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ときめく時の中で総集編 第5集
ときめく時の中で(62)
新しい出会いと流れ( 1 )
春休みというのはいかにも中途半端である。
夏休みほどまとまった日数はないし、
冬休みのように新年を迎えると言ったイベントがある訳ではない。
確かに学生という立場からすれば新学年という節目をむかえるのであるが、
それを実感できるのは新学期に入ってからになるだろう。
課題が少ないというのは確かに助かるが・・・。
そんな春休みの1日、将は和人とショッピング街に来ていた。
将の新しいテニスシューズを買うためだ。
和人が一緒なのにはちょっとした訳がある。
それは昨夜、将の家での事だった。
春休みを利用して洗うため、自宅に持って帰って来たテニスシューズを見て、
美里は呆れたように言った。
「この前新しいのを買ったような気がするんだけど、
もうこんなになっちまったのかい?」
美里がそう言うのも無理もない。
どうやって使えばこんなになるのかと思えるほど、
将のシューズはぼろぼろになっていた。
「練習がきついんだよ」
「それにしたってこんなの使ってるより、新しいのを買えばいいじゃないの?」
「今、経営状態が悪くって」
「ああ!もう、まだ高校生なのにそんな所帯じみたこと言ってどうする!
親のすねはかじるためにあるんだぞ。
お金なら出すから新しいのを買っておいで」
それを聞いた将は、天井を見上げ大きくため息をつく。
「助かったあ、実のところ困ってたんだ」
「本当にもう、一言言ってくれれば良いのにねえ」
美里はそう言って、財布の中から現金を取り出し将に渡した。
「ちょっと待って、これじゃいくらなんでも多すぎるよ」
それは将の言う通り、テニスシューズを買うには過ぎた額だった。
「いいんだよ」
「いいって言ったって」
「たまにはその余ったお金で、高校生らしくバーーっと遊んで来なさいよ。
和人君でも誘ってさ。
どうせ、あの子暇を持て余してるんだろうしね。
・・・ただし、条件がある」
「条件?」
「そう、条件。
余ったお金を貯金しようなんてけちな事を考えたら許さないよ。
1日でどーーんと使いきっちゃう事。それが条件」
「・・・・」
身振り手振りを加え力説する美里に、将は呆然とする。
そんな将に美里も気が付いた。
「なに?
何をそんなにボーーッとしてるの?」
「・・・、いやあ、我が母親ながら太っ腹だなあ、って思ってさ」
内心は完全に呆れているのだが、そこまで正直に口にはしなかった。
「しかしまあ、お前のおふくろさんも変わってるよな。
たまには遊んで来いだもんな」
「俺もそう思う」
からかう和人に将は反論できない。
将も全くその通りだと思うからだ。
「まあ、せっかくだからお言葉に甘えて遊びまくろうぜ」
「ああ、そうしよう。
でも、その前にシューズを買わなくっちゃな」
「安く上げれば、それだけ軍資金が増える訳だ。
主婦としての腕の見せ所だな、将」
「誰が主婦じゃ!!」
ともかく二人は、まず、スポーツ用品が多く取り揃えてあり、
しかも安いと言う評判の店にやって来た。
多く揃えて一品辺りの単価を下げる、いわゆる薄利多売を目指しているだけあって、
店内はとにかく広い。
柱を取ってしまえばサッカーのフィールドが入るのでは?
と思えるほどの広さである。
その一角、テニス用品のコーナーに二人はいた。
「こんなのはどうだ?」
そう言いながら、和人が差し出したシューズを受け取った将は、
手に取ってみたり試しに履いてみた後、首を横に振りながら将は言った。
「うーーん、悪くはないがもう少しソールが厚い方がいいな」
「なんだ、意外と注文がうるさいな。
そんなに違うもんか?」
「慣れれば一緒かも知れないが、やっぱりこれだけあるんだから、
納得できるのがあればそれにしたいよ。
それに、まだ半分も見てないじゃないか」
将の言う通り、テニスシューズ一つとっても呆れる程種類がある。
確かに、サイズごとに全部並べてあるので多くなってはいるのだが、
それにしても種類自体が多い。
「これだけ種類が多いと見るだけでも大変だな」
「本当にそうね」
和人の感想には、将ではない別の人物の賛同が得られた。
余りにも聞き覚えがある声に、将はシューズを選ぶ手を休めてふり返る。
そこには、二人の見知った顔があった。
「藤崎先輩、それに連尺、どうしてここに?」
「それは私達も同じ気持ちよ。
すごい偶然だと最初は思ったわ。
だけど、考えてみればテニス用品のコーナーだもん、可能性がない訳じゃないもんね」
そう言う詩織に将はうなずく。
なんにしろ、もし偶然を司る神様などがいるのなら、
今回ばかりは感謝したい将だった。
ときめく時の中で(63)
新しい出会いと流れ( 2 )
ショッピング街の大型スポーツ用品店で、テニスシューズを選んでいた将と和人は、
詩織と連尺の二人とばったり出くわした。
プライベートな時間に詩織と連尺が一緒にいるというのは、
将にとっては意外な事だった。
「どうして藤崎先輩と連尺がここに?」
「将君こそどうしたの?」
逆に詩織は笑って問い返す。
「俺はシューズが古くなったので買いに来たんです」
「ふーーん、そうなんだ。
・・・私達は市場調査よ」
「市場調査?」
将と和人の声がそろった。
二人からの疑問を受けて詩織が答える。
「限られた予算を有効に使うために、備品や消耗品なんかを調べて回ってるのよ。
もうじき新入生も入ってくるし、そうしたら忙しくなるから今の内にと思ってね」
「で、連尺がその手伝いを?」
「うん」
本当に短く連尺は答えた。
会話の主導権を詩織に委ねているのだろう、口数が少ない。
それを補うかのように詩織が続ける。
「元城キャプテンと米津君も、今頃は別のお店をまわっているはずよ」
「なるほどね」
将は納得してしまった。
要するに幹部会の仕事としてまわっていると言う事だ。
ここで会った事は確かに偶然には違いないが、
その可能性は決して低くはないだろう。
黙り込んでしまった将に代わって、和人が詩織に聞いた。
「それで、あと何軒ほど回るんですか?」
「予定はここで終わりよね?みゆきちゃん」
「はい、そうです」
和人がどんな理由でそんな事を聞いたのか?
と、将は考えたのだが、その答えが出る前に和人はこう言った。
「それじゃ、もし良かったらこれからどこかへ遊びに行きませんか?
実を言うと今日の将は少し金持ちですよ」
「え?」
今度は詩織と連尺の声がそろった。
「おい、和人お!」
将は止めたのだが、和人はお構いなしに事情を説明した。
その説明に納得した詩織が意外な提案をした。
「それじゃ、この近くに最近オープンしたゲームセンターに行きましょうよ」
「へ?」
「ほあ?」
それに対する将と和人の答えは、少々間の抜けたものになってしまった。
声こそ出さないものの、連尺でさえ意外そうな顔をしていた。
ある意味無理もない事かも知れない。
詩織がそんな事を言うとは少しばかり予想できない事であろうから。
そんな空気を察したのか、詩織が言った。
「何?私がこんな事言うのって、そんなに意外?」
「いえ、そういう訳では・・・」
将の言葉は歯切れが悪い。
そんな将に和人が助け船を出した。
「まあ確かに、藤崎さんが?というのはありますね」
「そうかなあ?」
詩織は首を傾げる。
そんな詩織に流れを止められた会話を和人が打ち破る。
「ま、藤崎さんのご希望であれば聞かない訳にはいかないでしょうね。
じゃあ、行ってみましょうか?」
いつの間にか会話の主導権を握った和人の提案によって、
4人はそのゲームセンターへ行く事になった。
はっきり言って、ゲームセンターは和人の独壇場であった。
例えば、レースゲームでコーナーを逆回転しながら抜けていった時などは、
そのゲームをよく知らない詩織や連尺も、
「すごーーい!」
と、歓声を上げた。
また、格闘ゲームで和人が使う女性キャラクターが相手を投げ飛ばし、
関節技を次々決めゲームクリアをしてしまった時は、その難しさを知る将が、
「さすがだなあ」
と、うなってしまった。
4人は通信機能の付いたゲームで対戦したりしたのだが、
勝つのは大体和人であった。
「遊ぶ事に関しては和人君の方が一枚上手のようね」
少し意地悪っぽい詩織の質問に、将は苦笑いで答える。
「この方面に関しては、もともと和人に勝とうなんて思いませんよ」
「詩織先輩、きっと和人さんが凄すぎるんですよ」
フォローのつもりなのか連尺が言った。
「まあ、こういう遊びに強いのは昔からだからなあ」
そう言った将の言葉を聞いた和人は、半ば自嘲気味にこう言った。
「他は将にはかなわなかったけどな」
そうして和人は肩をすくめた。
そんな和人が、
「将、今度はこれやってみないか?」
と言ったのは、それまでとは一風変ったものだった。
太い棒状になったクッションマットを蹴り倒すもので、
その強さがKgで表示されると言う具合になっていた。
将はゲームの説明を読んだ。
「前蹴りは禁止、・・・要するにミドルキックか。
でもさ、こう言う数字っていいかげんなんだろ」
「それでも、比較にはなるぜ」
「・・・何か考えてるな?」
「当然賭ける!」
将は額に右手を当てた。
「そう来ると思ったよ。
で、何を賭けるんだ?」
「俺が勝ったら、弁当1週間分。お前が勝ったら、掃除当番2週間代わる。
これでどうだ?」
「よしっ!のった!!」
詩織と連尺を蚊帳の外において、二人の賭けは成立した。
詩織と連尺の二人は、声も出せずに成り行きを見守っていただけであった。
ただ、二人とも、将と和人に対して同じ感想を持つのみだった。
(この二人っていいコンビね)
ときめく時の中で(64)
新しい出会いと流れ( 3 )
将と和人の二人は、詩織と連尺と言う立会人(?)を得て、
キック力をはかるゲームで賭けをする事になった。
連尺は事の推移を呆然と見ていただけだったが、
詩織が楽しそうに見守っていたのが意外な事であった。
じゃんけんで先攻になった和人がゲームマシンの前に立つ。
左半身を前にして、両脇を絞め両手のひらをやや開き、顔の前で構える。
そのファイティングポーズは様になったものだった。
詩織が横に立つ将に尋ねる。
「ねえ将君。
私、あんまりこういうの詳しくないんだけど、和人君、武道か何かしてた?」
「ええ。昔、近所に武術の先生がいまして、そこで習っていました。
今でも時々行きますけどね」
「ふーーん、それじゃあ将君不利だね」
「いや、俺も同じ先生に習ってましたから互角でしょう。
和人は最初から賭けにならないような事はしませんよ」
「それはどうかしら?」
「え?」
将の疑問に詩織が答える前に、
和人の右足が鈍い打撃音と共に棒状のクッションマットを蹴り倒した。
”143Kg”と言う表示を見た和人は、少々長く息を吐き出しながら、
「まあ、こんなもんかな?」
と言った。
その顔はある程度納得がいったような様子だった。
将と和人は、肩の高さでお互いの右手でタッチを交わした。
続いて将の番となる。
将のかわりに横に立った和人に詩織は聞いた。
「和人君、勝つ自信はあるの?」
「いやあ、絶対とは言えませんけど自信はありますよ。
昔からスピードでは将の方が優ってましたけど、
パワーの点では俺の方が少しばかり上でしたからね」
「そう、それは残念だったわね」
クスっと笑った詩織に、和人は怪訝そうな表情を浮かべてたずねる。
「それは、どういう意味でしょうか?」
「ともかく今は見ていましょうね」
詩織がそう言ったので、和人、そして二人の会話を聞くだけだった連尺も、
将を見た。
将はちょうどマシンの前に立ち、構えたところだった。
その構えは和人のものとよく似ており、二人が同一の武術を習っていた事が伺える。
「シッ!!」
短く小さな声と共に、将の右足が見えない輝きを放ちながら閃光の弧を描く。
和人が先程作り出したものより、明らかに大きな音が場内に響き渡る。
”197kg”という表示に、和人の尖り気味の下あごがストンと落ちる。
「ね?」
ウインクしながらそう言った詩織に連尺が尋ねた。
「詩織先輩、何だか最初から判ってたみたいですね?」
「そうね。
直接武術には関係ないかもしれないけど、この数ヶ月の部活で、
将君の下半身を含めた筋力は見違えるようにアップしたわ。
当然キック力も上がったでしょうから、勝つのは将君だなって思ったのよ」
「それで藤崎さん、俺に、”残念だった”と言ったんですか?」
そう言った和人に将も続いた。
「藤崎先輩は俺にも意味ありげな事を言うんだもんな。
その時点で、先輩には勝負が見えていたんですね」
「それを最初に言ってくれれば、こんな賭けしなかったのになあ」
ぼやく和人に詩織は言った。
「だって、二人盛り上がってたから、水を差しちゃ悪いと思って。
それに勝負は下駄を履くまで判らないって言うでしょ」
「それはそうですけど」
将と和人の声がそろった。
4人はそれから、おかわり自由のフリードリンクサービスのあるファミリーレストランで休んで行く事にした。
そこで将の食欲に他の3人は呆れることとなる。
注文した時にすでに判ってた事だが、軽く3人分はあろうかという料理が、
実際に所せましとテーブルに並べられると声をなくす。
「将、お前、良く食うな」
もっともそう言う和人の食事の量にも、詩織と連尺はそうとう驚かされたのだが。
「将君、そんなに食べて夕食大丈夫?」
たまりかねた連尺が聞いた。
時計の針は4時を少し回ったところで、
今食べたら夕食に差し支えそうな気がするのは、決して連尺一人ではなかった。
「今日昼抜いたし、それに最近よく腹減るんで大丈夫なんだよ、これが」
将の答えを聞いて詩織は納得したように言った。
「将君、去年の身体測定で、身長いくつだった?」
「え?・・・?
えーーと、167cmでした」
「そう。きっと今は、軽く170cmを越えてるわよ。
肩幅も広くなってるし、その食欲は当然かもね」
詩織がそう言ったので、連尺も納得したようだった。
「ちょっと、失礼」
そう言って将が席を立つ。はっきり言えばトイレである。
その姿を見送って詩織が和人に尋ねる。
「これは興味本意だから、無理に答えてくれなくてもいいんだけど、
良かったら教えて。
将君と和人君、どちらが強いの?」
質問の意味は和人にはすぐに判った。
「別に隠すほどの事じゃありませんよ。
そうですね、先生によく言われたし実例もあるんですが、申し合いでは俺、
実戦では将、ってところですね」
「?」
詩織も連尺もその意味が判らない。
「俺達が習っていたのはかなり実戦に近いものなんです。
で、練習で試合なんかする時は、ある程度手加減しないといけない。
将はそれが苦手なんですよ」
和人はアイスコーヒーを一口飲む。
「将は優しいから、ぎりぎりの手加減と言うものが出来ない。
相手にけがをさせたくないんですよ。
それでいつも、その1歩手前になるんです。
ただでさえ手加減なんて難しいのに、それでは技の切れも落ちます」
「それが実戦になると?」
詩織の言葉に和人はうなずく。
「先生に言われました。
将が切れたら逃げろ。絶対勝てないからってね」
和人は静かに笑った。
その笑いは和人のクールな顔立ちにも合いなって寒気さえ漂うものになった。
詩織と連尺は無意識の内に息を呑んだ。
そんな二人に和人は続けた。
「普通、切れるというのは熱くなってしまうものなんだけど、将は違うんです。
本能で戦うと言うか、野性がむき出しになるというか、
自分の持ってる全ての戦闘能力を手加減抜きで相手にぶつけるんです。
相手はたまったもんじゃない。
そんな将の相手ができるのは、ある程度格闘技をやっているか、
よっぽど実戦なれをした人間だけでしょうね。
先生に言われるまでもなく、そんな将に対したら俺は逃げますね」
詩織も連尺も言葉がでない。
そんな二人を見て、和人はソフトな口調に変わる。
「安心してください、滅多な事で将は切れませんよ。
将が切れるのは、大事な人が侮辱されたり、大切な人を守るような時だけです」
和人は一呼吸置き、先程までとはうって変わった柔らかい笑みを浮かべる。
「そして、お二人にこれだけは言っておきますが、
あいつはその大切な人を命懸けで守ります。
・・・将はそういう奴ですよ」
和人の言葉に、まるで打ち合わせでもしてたかのように、
詩織と連尺は同時にうなずいた。
ときめく時の中で(65)
新しい出会いと流れ( 4 )
春休みの日曜日、ショッピング街の入り口で如月は四本松と待ち合わせていた。
流れる人並みに四本松の姿を捜して、如月は左右に首を振る。
「ちょっと早く来すぎたかしら?」
待ち合わせ時間の11時より10分程早く来てしまったようで、
特に何をする訳でもなく立ち尽くしていた。
そんな如月の肩を軽く2回叩いた者がいた。
「おはよう、未緒ちゃん。早かったね」
「え?・・・!優ちゃん?
どうしたの!?その髪は!?」
如月が驚くのも無理はない。
それまで四本松は、ゆるやかなウエーブを描く柔らかく細い髪を、
肩を覆うまで伸ばしていた。
その髪が正にばっさりと切られ、今の四本松のへアースタイルは、
ボーイッシュなほどのショートカットになっていたのだ。
「お父さんやお母さんにも同じ事を言われちゃったんだ。
やっぱり、変かな?」
「変とかと言う問題じゃないわ。だって全然別人みたいなんだもの。
確かに、前の髪型になれてるから違和感はあるけど、
客観的にみるとその髪型の方がいいみたい」
「本当?」
「本当よ、優ちゃんにはその髪型の方が合ってると思うわ」
「実のところ私もこの髪を見た時、なかなかいいなと思ったんだ。
未緒ちゃんがそう言うんなら間違いないね」
「まあ?」
如月はそう言ってくすくす笑った。
その笑顔につられるように四本松も笑う。
「でも、切る時は大変だったんだ。
お店の人に
”本当にいいの?もう一度考えなおしてみれば?”
何て言われて、なかなか切ってくれなかったのよ。
説得するのに苦労したわ。
ああいうこと本当に言われるのね」
「何かあったの?」
ややまじめな顔になった如月に四本松は気付いた。
「うーーん、やっぱりそう言われるか。
確かに思うところはあるわ。
未緒ちゃんには話すつもりだけど、とりあえず今日は未緒ちゃんの用事が先よ。
コンタクト作るんでしょ?」
「・・・ええ、そうね」
「それじゃ、行きましょ」
そう言って四本松は如月の腕をとり、二人は連れだって人並みに紛れていった。
四本松の注文したメロンソーダのグラス中で、
無数の小さな泡が生まれては消えていった。
如月のコンタクトレンズを作るため専門店を訪れ、検査や手続きをした後、
二人は、ビルの二階にある、通りを見下ろす喫茶店で一休みしていた。
窓際の席に座った二人は、下の通りを行きかう人々の流れを見ていた。
ストローでアイスレモンティーを一口飲み、如月が四本松に向き直る。
「コンタクトって思っていたほど面倒なものじゃないのね。
もっといろいろ大変なんだと思っていたけど」
「確かに眼鏡のようにとはいかないけど、それほどじゃなかったでしょ?
私もコンタクトにした時、最初は抵抗あったもの」
如月の感想に、四本松は自分の右の黒目がちの瞳を指差し、ウインクして答える。
四本松のその姿に如月はうなずき、再びストローに口をつけ、一呼吸置いた。
「ところで、髪の事、聞かせてもらえるかしら?
何があったの?」
余りにも単刀直入な如月の問いかけに、四本松は手にしていたグラスを、
危うく落とす所だった。
最初からそのつもりだったのではあるが、いざ話すとなるとためらってしまう。
その短いためらいの後、四本松はまず如月に質問した。
「将君の事、どう思う?」
その質問は、実を言うと、如月にはある程度予想が出来ていたものであったので、
その答えを出す時間は極端に少なかった。
「吉野 将君?
そうね、2年生・・・いえ、もう3年生ね。
3年生の間でも時々話題に上るわよ。おおむね好意的な話しでね。
私自身もなかなか素敵な男の子だと思うわよ。
それが原因なの?・・・まさか?」
悪い予感を表情に浮かべる如月に、四本松は小さく吹き出す。
「別に失恋した訳じゃないわよ。
そんな事、実際にはなかなかしないよ」
笑いながらそう言った後、両手で頬杖をつき四本松はため息をつく。
「それに、私の場合は失恋以前の問題よ」
「?」
如月の疑問に、四本松は続けて答える。
「私、小さい頃から病気のせいで、両親やみんなに迷惑ばかりかけていたでしょ」
「そんな・・・」
「ううん、迷惑なんて言うのはおかしいかも知れないけど、もし健康な体だったら、
しなくてもいい事までさせてしまったわ。それは事実でしょ?」
「・・・」
如月もそれは判らない訳ではない。
彼女自身、そう思った事は1度や2度ではないからだ。
「そのせいなのかしら、
気がついたら私、人に迷惑をかけない事をまず第一に考えるようになっていたの。
その事自体は変えようとは思わないわ。
だけど、ある時思ったの、私ってなんだろうって」
無意識の内に、グラスの氷をストローでかき混ぜながら、さらに言葉を続ける。
「クラスのみんなが私の事、とても大切にしてくれるの。
それはとても嬉しいわ。でもね、いつも考えていたの。
”どうして私をみんな大切にしてくれるんだろう”って。
その答えはなかなか出なかったわ。
出ないはずよ。
私には私がないんだから」
四本松のその言葉には、まるで自分自身に苛立つかのような響きがあった。
「優ちゃん?」
如月が疑問と不安を、表情と言葉で表わした。
それに四本松は気付いた。
「あ、ごめんね。
これじゃ何の事か判らないし、それに、私が勝手に一人で興奮したらいけないよね」
そう言って、興奮をさます様にストローに口をつけ、メロンソーダを飲んだ。
一呼吸おき、四本松はさらに続ける。
ときめく時の中で(66)
新しい出会いと流れ( 5 )
四本松の言葉を、如月はその意味を考えながら聞いていた。
四本松自身、なかなか自分の思うことを表現できない事もあったので、
如月はその意味を確認したり、自分なりに想像したりした。
そう言った訳で、四本松が髪を切った理由というのは、
まるで二人の共同作業によって形になった感さえある。
「去年の夏、将君が清川さんと話したり、詩織先輩と一緒にいたりしただけで、
私、大騒ぎした事があったでしょ?」
四本松がそう言った事に如月には覚えがある。
と言うより、その事で相談されたのは如月自身なのだから当然ではある。
「でも、それはある意味当然の事かもしれないわよ。
好きな男の子が他の女性と一緒にいる所を見れば。
それに、大騒ぎと言ったって、それほどでもなかったと私は思っているんだけど?」
如月の反論に、一応、四本松は頷く。
「そう言ってくれると助かるわ。
でも、今になって考えると、結局あれは、私と言うものがなかったからなのよね」
「自分に自信がないって言うこと?」
「うーーーん、それもあるんだけど。
あーん、もう、上手く言えないなあ」
「慌てなくても良いわよ。一緒にゆっくり考えましょう」
「・・・うん、そうね。
・・・私ね、人に迷惑をかけない事ばかり考えて、
自分が何をしたいかが判らなくなっていたの。
ううん、それどころか、そう言うこと自体、真剣に考えた事なかった。
確かに迷惑はかけないかも知れない、でもそれでは、
いてもいなくても一緒じゃないのか?
私と言う人間はどこにあるのか?
そんな事を考えたら、恐怖さえ感じたわ」
「そんな事はない!
優ちゃんには優ちゃんにしかないものがあるわ!」
むしろ淡々と話す四本松に対して、今では如月の方が熱を帯びていた。
そんな如月に、四本松は静かに笑って答える。
「ありがとう。
未緒ちゃんが言ってくれたなら、あっ、そうかな、と思うでしょうね。
でも、私にはそうは思えなかった。
私と言う人間を覗いてみたら、そこには本当につまらない女の子しかいなかったの。
吉野将君と言う男の子を好きなだけの女の子。
ただそれだけの女の子しかいなかったの。
そんな女の子を将君は好きになってはくれないわ」
もはや最後の単語は、ため息におされたように出て来た感がある。
そのため息をかわしながら、如月が自分の意見を言う。
「仮に優ちゃんの考えが正しいとしても、
彼が優ちゃんの事を好きにならないとは限らないわ。
そうでしょう?」
「そうね、そうかもね。
でも、それではきっと、私、将君に引け目を感じてしまうと思うの。
将君は優しいから、そんな私でも受け止めてくれるかもしれないね。
・・・ううん、やっぱりいや。私、将君の重荷にはなりたくないもん。
今の私では、私自身に自信が持てないの」
四本松の言葉を聞いて、如月はその意味を考える。
「今、と言う事が重要なのね?」
「そうよ、将君に対してどうか?と言うより前に、私が私自身を自覚したいの。
今はそれが何かは判らないし、それを見つけられるかどうかも判らないけど、
やってみたいの」
「それで、髪を切ったの?」
「うん。・・・なんてね、本当はそんなに思い込んでる訳じゃないのよ。
実は詩織先輩から言われたんだけど、試合に出られるかも知れないの。
練習試合だけどね
その時、ともかく、できる事からやって行こう。まずはテニスから初めてみよう。
そう思ったの。
そうしたら、あの長い髪では少し邪魔っけだし、夏になったら熱いだろうし、
それに新学年になることあって、気分を変えるためにも思いきったの。
そんなに重大決意と言う訳でもないのよ」
そう言って四本松は、目を細め、首を右に少し傾けてにっこりと微笑んだ。
「そうなの・・・」
如月はそんな四本松を複雑な思いで見つめていた。
元々二人の間柄は微妙なものである。
年齢はほとんど同じであると言っても良く、幼い頃、病院で仲良くなってから、
どちらかと言うと、四本松の方がお姉さん役をしていた。
ところが、ある時突然、二人の間に学年と言う壁が立ち塞がった。
二人の友情そのものは、幸いにも変わらずに今まで続いて来たが、
毎年春になると、如月は常に一つ先に行く自分と後から来る四本松に、
どうしようもない物を感じていた。
しかし、二人の間の学年と言う壁を、四本松は時々、軽々と飛び越えて、
先に行ってしまうような気がする時が如月にはあった。
今もそうである。
「自分とは何者なのか?」
それは好きな読書をしている時、しばしば見かけるテーマである。
だが、それはまだ如月には頭では判っても、実感できる事ではなかった。
あまつさえ、その事で悩んだ事など今の所はない。
その、自分にとって未知の領域に、四本松は先に踏み込んでいたのである。
急に四本松が大人びて見えた如月だった。
「私、恥ずかしい」
弱々しく言った如月に四本松は驚いた。
「どうしたの?」
「・・・だって、優ちゃんは人に好かれようとかする前に、まず自分を見つめ直し、
自分を見つけようと努力しているのに、・・・。
それに比べて私ときたら、・・・」
「未緒ちゃん、何かあったの?」
心配そうな四本松に、如月はうつむき加減だった顔を上げた。
「実はね、コンタクトにしようと思ったのは、好きな人に、
”そうしてみたら?”と言われたからなの。
情けないでしょ?自分でこうしようと決めた訳じゃないのよ。
言われた通りにしたら、私の事好きになってくれるかも知れない。
そんな理由なのよ。
優ちゃんを前にしたら、そんな自分が恥ずかしいわ」
「未緒ちゃん・・・」
四本松は何と言って良いものか悩んだ。
四本松にとって、如月は自分自身に充分厳しい人間だと思っていた。
現に今だって、自分に厳しいからこそ、その事が恥ずかしいと思えるのだろう。
四本松はそう理解していた。
そして思い悩んだ末、微笑みながらこう言った。
「その事が自覚出来た事だけでも、一つの成長じゃないのかしら?
未緒ちゃんなら、きっとこれをプラスにする事ができるわよ。
だからそんなに自分を攻めちゃ駄目よ。
ねっ、未緒ちゃん」
如月の手を取り、四本松は頷く。
「そうかな?」
「そうよ」
二人は、両手での握手と笑顔を交わす。
それは二人の間の友情を、お互いが確認するための仕草であった。
氷だけが残っていたグラスの中で、その氷が小さい涼しげな音を立てた。
ときめく時の中で(67)
新しい出会いと流れ( 6 )
「みゆき!早くしないと、新学年早々遅刻するわよ!」
いつもの様に朝食は食べ終えたのに、家を出る時間になっても自室から出て来ない
連尺に、母親が心配して台所から声をかける。
「はーい!判ってるわよ。ちょっと髪型が直らなくって」
自室の壁にかかっている鏡をのぞきながら、連尺はヘアーブラシで髪をといている。
やや硬いが癖のない黒くまっすぐな髪は、本来ならば彼女の自慢なのだが、
その硬さゆえ、いったん寝癖などがついたりするとなかなか直ってくれない。
加えて、まっすぐな髪は、少しでも曲がっているとひどく目立ってしまうのである。
それでも長年の経験や、無臭のヘアスプレーなどを駆使して、
なんとか寝癖を駆逐する事ができた。
「うん、なんとかいいかな?
なんだか今日は手間取ったなあ」
独り言を言いながら、連尺は机の上の鞄に手を伸ばす。
そして、その机の上にあるフォトスタンドを見つめる。
そのフォトスタンドには一枚の写真が入っていた。
それは3月の終わり、きらめき中央公園に桜を見に行った時、
売店で売っていた使い切りのカメラで写した将の写真である。
桜を撮ろうと買ったのだが、無論それだけのためだけに使う訳ではなく、
お互いの姿を撮りあったのである。
それは学校以外での将の姿を写した、彼女だけの写真である。
「将君、今日からまたよろしくね」
フォトスタンドに語りかける連尺に、母親が登校を促す。
「みゆき!!」
「はーーーい、今行きまーーす」
元気の良い返事と共に、連尺は部屋を飛び出す。
後に残されたフォトスタンドの中では、照れ臭そうな笑顔を浮かべた将がいた。
今日からきらめき高校は新学年をむかえる。
その頃、将はもう少し余裕のある朝を過ごしていた。
将の家は連尺の家より学校に近いためである。
「早いもんだねえ、つい、この前入学式だと思ったのに、将も、もう2年生か」
しみじみと言った美里の言葉に、将は少しからかうような言い方をした。
「月日が早く流れるように感じるのは、年をくった証拠って言うぜ」
内心、猛反撃があると身構えていた将だったが、
美里から帰って来たのは意外な言葉だった。
「そうなんだよねえ、ほんとにそうなのかもしれない。
ここ数年なんかあっという間なんだよ。
気がつけば、将はこんなに大きくなってしまったし、年を取る訳だね」
余りに意外な言葉に将は拍子抜けである。
そんな将に美里も気付く。
「なんだい、その顔は?」
「いや、何でもないよ。
・・・それじゃあ、行って来ます」
「はいはーい。いってらっしゃーーい」
そうして将は新学年最初の登校をする。
「おはよう。将」
「ああ、おはよう和人」
正門のところで将は和人とばったり出会った。
「2年生だってさ、俺達。
まったく、早いもんだよなあ」
肩をすくめ和人が言った。
「俺のおかあさんも、朝、そんな事言ってたぜ」
「へえ、美里さんがそんな事を」
「ああ。それで年月が早く流れると思うのは、年くった証拠だよ。
なんて言ったら、怒るどころか納得するんだから、驚いちゃったよ」
「へえ、・・・ちょっと待て。
それじゃ、俺が年くったと?」
「別にそうは言ってない」
「言ったようなもんじゃないか!!」
そんな事を話しながら、二人は新しいクラス分けが表示された紙が貼り出される、
指定の場所にむかった。
「あっ、将君、和人君。おはよう」
その二人を早乙女優美が迎えた。
「やあ、早乙女。おはよう」
「新学期そうそう元気だなあ、早乙女は」
「和人君がいつでも無気力すぎるんだよ」
「ええーー?俺ってそんな風に見える?」
「まあ、やればできるのに、やらないって所はあるな」
将の言葉に早乙女はうなずき、和人は顔をしかめる。
「あっ、そうそう、そんな事より、私達おんなじ2−Bのクラスなんだよ。
3人ともなんだ。すごいよねー」
「へーー、そりゃすごい。
早乙女が先月言ってた事が現実になった訳だ」
「そうなんだ、優美嬉しいな」
「て事は、3年まで早乙女と同じクラスって訳だ」
空を見上げ、いかにも大袈裟に絶望的な表情を浮かべる和人に、
早乙女は頬を膨らめる。
「何よーー!そのいやそうな顔は?!」
「別にーー」
二人のちょっとした漫才を黙って見ていた将の背後から、
聞き慣れた声がかけられた。
「おはよう、将君」
その声の主が判った将は、振り返りながら答える。
「ああ、おはよう四本松・・・!?」
その将の返事が途中で止まる。
つられて振り向いた和人が声を上げる。
「四本松さん?・・・こりゃまた、随分とばっさりとやったもんだねえ」
髪を短くした四本松に、元々面識のない早乙女を除き、将も和人も驚きを隠せない。
「・・・変?」
四本松の短い問いに、将はすぐさま答える。
「いや、良く似合ってるよ。なあ、和人」
「そうそう、確かに最初は驚いたけど、いいよその髪」
「本当に?」
「本当、本当」
将と和人の声が揃う。
「良かった」
その会話を聞いていた早乙女が会話に加わる。
「四本松さんって、今度2−Bになる四本松さん?」
「ええ、そうですよ」
「それじゃあ、この4人同じクラスだね」
「早乙女、なんで四本松のこと知ってるんだ?」
将は疑問に思った事を口にした。
「だって出席番号、優美のすぐ後ろなんだもん。
珍しい名字だから目に止まったんだ。
そうか、四本松さんって将君達と知り合いだったのか」
「ああ、同じテニス部なんだ」
将が説明をすると、早乙女はうなずいて右手を差し出す。
「私、早乙女優美です。よろしくね、四本松さん」
それに答え四本松も右手を出し、二人は握手を交わす。
「四本松優です。こちらこそよろしく」
握手を交わす二人を見ていた将の背後から、また別の声が将の名前を呼んだ。
女性の声である。
「吉野先輩!!」
その声に将、そして和人までもが顔色を変える。
恐る恐る振り返った二人は、その声の主を認めて声を揃えた。
「・・・本郷・・・本郷南!?」
ときめく時の中で(68)
新しい出会いと流れ( 7 )
将の名を呼んだのは、いかにも真新しい制服に身を包んだ一人の女生徒だった。
細身の体、細めの顔、目許が多少鋭い感じがあるが、
整った顔立ちの美少女であった。
そして、腰まであろうかという栗色の細めの髪が、彼女を引き立てている。
「・・・本郷、・・・本郷南!?」
将と和人のそろった声は、疑問ではなく現実の確認であった。
それはまた同時に、その少女、本郷南にとっても、
二人が捜していた将と和人であるという確認になってた。
「吉野先輩!」
きれいなソプラノがもう一度将の名を呼んだ。
そして、ほとんど同時に本郷南は将に抱きついた。
「あーーーん、会いたかったあ!せんぱーい」
あまりの事に、早乙女も四本松も焦点の合ってない目で呆然とその光景を見ていた。
「おい!場所を考えろ!」
そう言って将は本郷を振りほどく。
「あっ、ごめんなさい。嬉しくって、つい・・・」
2歩程下がって、本郷はペコリと頭を下げて謝る。
「本郷、お前きらめき高校に来たのか?」
和人が驚きを隠せない表情で尋ねた。
「はい、領家先輩は難しいぞって言ってましたね?」
「そりゃ言うさ!」
またしても、将と和人の声が揃う。
「あーー!それはひどい!
領家先輩はともかく、吉野先輩までそんな事言うなんて、それはひどいわ!!」
「あ、いや、ごめん」
「俺はともかくってのはどう意味だよ?」
腰に両手を当てて不満を表わす和人を、将がなだめる。
「まあまあ、和人、おさえておさえて。
・・・それにしても、本当に驚いたよ、お前がこの学校に来るなんて。
この1年ほど、なんの連絡もして来なかったから余計に驚いたよ」
「私ね、1年間、もう本当に頑張ったんだよ。
ここに入れる日まで、それまで先輩に会うのはやめようって決めてたの。
だから、先輩を見掛けたら嬉しくって・・・」
本郷はそう言い両手を胸の前ですりあわせて、照れ臭そうに笑った。
「南い!もう時間だよお」
「うん、今行く!」
友達なのだろう、背後からの声に答える。
「それじゃ、またね。せ、ん、ぱ、い」
そう言いながらウインクを残し、早足で立ち去る本郷に、
毒気を抜かれたような表情になった将と和人であった。
「あーーー、びっくりした」
天を仰ぎ言った和人に、将も同意する。
「俺も」
「やっぱり、将を追って来たんだろうな。本郷は」
「やっぱり、そうなるんだろうか?」
「うーーーん」
「うーーーん」
ひたすら唸る二人に、ようやく気を取り直した早乙女が聞いた。
「知ってる娘?」
(あれ?これって変な質問だよね)
と早乙女は思った。
あれだけ親しく話していたのに、見ず知らずと言う事はないだろうに。
とは言っても、他に聞きようがなかったのである。
将にしても、早乙女の言いたい事は判ったのですぐに答える。
「ああ、同じ中学の1つ下だったんだ」
「ふーーん」
納得したような、呆れたような表情の早乙女に代わって四本松が聞いた。
「なんだか、ストレートに感情を表わす娘ね」
「そうだろ、昔からあんな感じなんだけどね」
将の答えに和人が続ける。
「そのかわり、やる事はやる娘でさ。
約1年前までは、とてもこの学校に受かるような成績じゃなかったんだけど、
よっぽど頑張ったんだろうな。驚いたよ、本当に」
「将君がらみ?」
「う、うーーーーん」
早乙女の悪戯っぽい質問には将は答えられず、黙り込んでしまった。
そんな将を助けるように和人が言った。
「まあ、いろいろと訳ありでね」
「ふーーーん」
今度は早乙女と四本松の声がそろった。
この二人はなかなか気が合いそうである。
入学式が終わった後、新年度という事で2、3年生は身体測定がある。
そこでちょっとした事があった。
測定を受けるため、衣服を脱ぎ上半身裸になった将の体に、
保健室の中にどよめきが湧いたのである。
決して筋肉隆々という訳ではないが、バランス良く鍛えられた体は、
同性の目から見ても(いや同性だからこそか?)素晴らしいものだと判るし、
感嘆の声が上がるのも無理はない。
もっともその本人にしてみれば、そんな声が上がる理由は判らないでいた。
毎日少しずつ変化していくため、本人にはえてして判らないものなのだ。
「お前、気がつかないうちにすげえ体になってたな」
和人が将に言った。
当たり前と言えば当たり前なのだが、いくら親友とは言え、
そうそうお互いの裸などは見ないので(そんな事を想像したら、
お互い、嫌な顔をするだろう)、和人にとっても将の変化は驚かされたのである。
「そうかな?」
「そうだよ。いくらテニスしてるからって、どうしたらそんな体になるんだ?」
「いや、この学校、ウエイトトレーニングの器械が揃っててさ、
面白くってついやっちゃうんだよな。
それで、藤崎先輩に”オーバートレーニングだ!”ってよく怒られるけどね」
「ウエイトトレーニングが面白いなんて奴、今まで俺は聞いた事ないけどなあ」
「そうか?そうかなあ?」
そんな将の身長は172cm。
体重は62kgであった。
これは1年生の時から比べると、身長で5cm、体重で7kgの増加である。
その日の放課後、詩織の放った言葉によって、
テニス部の部室内の空気が凍りついていた。
元城、米津、そして連尺の3人が、その空気と同じように凍りつき固まっていた。
その3人の中で、まず元城が動きを取り戻した。
「藤崎、俺の聞き違いでなければ、今こう言ったよな?
『選手としてのテニスはやめる』と」
元城の問いに、詩織は力強くうなずいて肯定した。
ときめく時の中で(69)
新しい出会いと流れ( 8 )
「選手としてのテニスはやめる」
詩織の放った言葉に動きを止められたテニス部幹部会、
元城、米津、連尺の3人の反応はそれぞれだった。
それに何の効果があるのかは不明だが、椅子から立ち上がり、
ともかくは詩織に確認した元城。
座ったまま腕と足を組み、水平よりやや上の何もない空間をじっと見つめる米津。
あまりの衝撃で身を固くし、詩織を見つめる連尺。
その3人の内、事態の確認する役目を元城が受けもった。
「藤崎の事だから、意味もなくそんな事は言わないだろうし、
充分考えた上での事なんだろうが、出来ればその理由を聞かせて欲しいな。
俺達にはその資格があると思うんだが、どうだろう?」
もちろん詩織自身も最初からそのつもりである。
今までいろいろ考えて来た事を話し始めようとした時、第3の人物が発言した。
「テニス部をやめる訳じゃないですよね?」
それは、不安を口調と表情で表わした連尺の問いかけであった。
その連尺に詩織は優しく微笑む。
「心配しないで、みゆきさん。そんな気はもちろんないわよ」
その言葉だけでは、さすがに不安が一掃される訳ではないが、
それでも連尺の表情は少しだが落ち着きを取り戻した。
その表情にほっとした詩織は、元城に向き直り本題に入る。
「結論から言うと、みんなのバックアップにまわりたいの。
具体的にはトレーナーね」
その言葉の意味を元城と連尺が考えていたその時、今まで黙っていた米津が言った。
「吉野か?」
「そうよ」
それだけの会話で、米津はまるで全てが判ったかのような表情を浮かべた。
詩織の方も、もはや米津に言うべき事は何もない、と言った風情である。
そんな二人を交互に見て元城が慌てたような声を上げる。
「ちょ、ちょ、ちょっと待てお前ら。同じ空間にいて次元の違う会話をするな!
判るように説明しろ!判るように!」
元城にしてみれば真剣なのだが、そう言われた二人、特に米津にとって、
元城の慌てぶりは少しばかり笑いを誘うものだった。
口に手を当てて笑いを噛み殺す米津に元城は不機嫌な声を上げる。
「悪かったな。俺はお前のように頭の回転が速くないよ」
「いや、すまん。そういう訳じゃないんだ。
おそらく藤崎の考えは、俺が以前から考えていた事と同じなんだよ。
この時点で元城が判らなくても無理はないんだ。
そんなに慌てなくても、今、藤崎が説明すれば判るよ。
笑ったのは悪かった。すまん」
素直に頭を下げられては元城としてもこれ以上は言えない。
詩織に向き直り本題に戻る。
「で、吉野がどうからんでくるんだ?」
元城の質問に、詩織は少し頭の中を整理してから答える。
「前のキャプテン、中沢さんに将君の事を任せられてから、
コーチングやトレーニングの事などを、私なりにいろいろ勉強して来たわ。
でも、勉強すればするほど私が力不足だと言う事が判って来たの。
このまま選手とコーチ役の掛け持ちをする事は私には出来ない、
正直言って、最近そう思えてならないの」
「そんな事!
藤崎先輩はこれまでも、ちゃんとやって来れたじゃないですか!?」
連尺の言葉に、詩織は目を閉じ首を横に振る。
「今までやって来れたのはあくまでも結果論にすぎないわ。
言ってしまえば運が良かっただけよ。
今のままではいずれ無理が来るわ」
それを聞いて元城は椅子に座り込み大きなため息をつく。
「ま、藤崎の事だから、何を言っても考えを変えさせる事は出来ないだろう。
が、それでもあえて言わせてもらうよ。
確かに藤崎の言う通りかも知れない。
吉野にはそれなりのコーチングスタッフが必要だろう。
しかし、それをやるのが藤崎である必要はないのじゃないか?
別の人間に任せたって良いじゃないのか?」
「いや!それはいや!」
「?!」
詩織の答えは、普段の彼女を知る者にとって、
とても想像のつかない口調になっていた。
それまで冷静でいた米津でさえ、眉をひそめた程である。
「将君をここまで育てたのは私よ!
もちろん彼の努力もあるわ。
でも、今さら人の手に委ねたくないわ!!」
あまりの詩織の言動に、他の3人はしばらく声を失う。
最初にそれに答えたのは、またしても元城であった。
「・・・藤崎らしくない言い方だな。
それに、そんな私情をはさむのもお前らしくない。
一体どうしたんだ?」
元城の諭すような言い方に詩織は我に帰る。
「・・・ごめんなさい。
私情であるのは判っているの、でも、どうしても自分を抑えられないの。
これは不遜な言い方かも知れないけど、私の実力では高校生クラスが精一杯よ。
でも、将君は違うわ。
彼の秘められた力、私達の物とは根本的に質が違う才能だと言う事、
それは賛成してもらえると思うのだけれど、どう?」
3人が違う速度でそれぞれ頷くのを見て詩織は続ける。
「私は恐いの。
そんな将君を、もし、私自身が潰してしまったら、
なんて考えると恐くてしかたがないの。
でも、それと同時に、彼がどこまで行けるのか見てみたい、
そしてその力になりたい、そうも思ってしまうの。
・・・自分でも矛盾してると思うし、
それが私情だ、わがままだとと言われれば一言もないのだけれど・・・」
「兼任コーチではそれができない、そう言いたいんだな?」
詩織はコクリと頷く。
「もちろん、キャプテンである元城君の決定にはしたがうわ。
そして、そんな私情を持つ事が許されないとしたら、
退部させられてもしかたがないとも思っているわ」
元城は大きなため息と共に右手で頭をかく。
「藤崎を退部させてしまうような、そんな馬鹿ができると思うか?
そんな事をしたら、この幹部会にとってそれは自殺行為に等しいよ」
元城の言う通りである。
新体制になって約半年、この4人の役割分担は絶妙な物になっていた。
米津が提案、作案し、元城が修正および決定をする。
実行に際しては、連尺がその実務的な部分を請け負い、
詩織が全般にわたってバックアップをする。
そのシステムはここまでほぼ完璧に機能していた。
無論、新入生が入って来れば修正も余儀なくされるであろうが、
そのシステムから詩織を外すなどとは、
元城にとって考えるだけばかばかしいものであった。
「なあ、米津も同じ事を考えていたのか?」
元城の質問に米津は答える。
「まあ、ほぼ同じだな。
ただ、藤崎があそこまで取り乱す程だとは考え付かなかったがな」
「それは俺もそう思うよ」
そう言いながらニヤリと笑う元城と米津に、詩織は恥ずかしさに頬を赤らめた。
ときめく時の中で(70)
新しい出会いと流れ( 9 )
現役を引退すると言う詩織に、
テニス部の幹部会は大きな環境の変化を強いられていた。
詩織の決心は固い。
元城も米津も詩織に対する説得を諦めざるをえない。
「しかしまあ、藤崎にこんな意外な一面があるとはね」
説得を諦めた元城は、そんな感想をこぼさずにはいられない。
その言葉に自らの取り乱しようを思い出し、詩織は赤面する。
連尺はどんな顔をしてよいものか悩み、米津は意味ありげな笑いを浮かべる。
そんな米津が元城の感想に答える。
「成績優秀、性格温厚、誰からも好かれ、優等生を絵に描いたような藤崎より、
かえって俺は親しみが持てるけどね」
米津の言葉に、連尺も内心で同意していた。
確かに連尺にとって、詩織という存在は特別である。
成績とか、性格とかいう個々の資質より、同じ女性として尊敬している。
もちろんそれは連尺だけではなく、そう感じる者は女子、男子を問わず多い。
それが詩織の人気の高さの元となる訳なのであるが、それによって高慢になったり、
態度が変わるような事が詩織にはない。
それが更に詩織の評価を高める事になった。
”完全無比”
安易に使うべき言葉ではないであろうが、連尺にとって詩織というのは、
まさにそういう存在であった。
しかし、それゆえ連尺には劣等感のような物がぬぐい切れないでいた。
それが今、詩織の意外な一面を見て微妙な変化をしていたのである。
だが、同時に全く別の感情が存在していたのも事実である。
そんな意外な面を見せるほど、将という存在が詩織の中で大きなウエイトを占めている。
そう感じた連尺は複雑な思いにとらわれてもいた。
”詩織先輩にとって将君はどういう存在なんだろう?”
それによって連尺自身の気持ちが変わる事はないのであるが、
彼女にとって詩織の存在は大きすぎた。
「連尺はどう思う?」
「え?」
元城にそう言われ、連尺は我にかえった。
それまで聞き役にまわっており、気がつかないうちに自分だけの思考の世界に入り込んでいたのである。
「おいおい、連尺までどうした?
藤崎がコーチ役、いやトレーナー役かな?まあそれはどうでもいいんだが。
それに徹する事に関してどう思うか?
と言う事なんだけどな」
「すいません。少し考え事をしていたもので」
連尺は少し考えてから、自分の考えを口にした。
それは、彼女自身でも意外な方向に向いていた。
「・・・詩織先輩がそう決めたのなら、それはそれで構いません。
でも、それによって将君だけを特別扱いしているようにとられる事は、
十分に注意しなければいけません。
万一そんな事になれば、テニス部内に亀裂が入る事になりかねませんし、
将君自身の立場も悪くなります。
それでは本末転倒です。
そうならないためにも、詩織先輩には、
今までの仕事がおろそかにならないようにお願いしなければなりません。
また、これはいまさら言っても仕方ありませんが、
こんなに重大な事は、ご自分で決める前に一言相談して欲しかったです。
先輩から見れば、私はまだ力不足かとも思います。
でも、プライベートな事ではないテニス部に関する事なのですから、
少なくとも、幹部会であるキャプテンか米津先輩には、最終的な結論を出す前に、
一言でいいから言って欲しかったと思います。
今言っていると言われればそうなんですが、そんな重大な事を突然決められては、
なぜ私がこの場にいるのか判らなくなります。
あえて言うなら、幹部会の存在理由さえあやふやな物になりかねません。
その辺りを、もう少し考えて欲しかったと思います」
一気に喋り終えた連尺に、元城、米津、そして詩織の3人は、しばらく声を失った。
確かにそれは一つの正論であり、米津も考えていた事である。
しかし、それを連尺が言うのは全くもって予想の範囲外であった。
さらに連尺の言葉は、言葉遣いも丁寧だし、口調も穏やかなものではあったが、
紛れもなく詩織に対する痛烈な批判でもあった。
普段から自他共に認める”藤崎詩織シンパ”である連尺がそこまで言うのは、
他の3人にとって十分衝撃的な事であった。
後になって連尺自身も思った。
なぜ、あんな事を言ったのか?と。
その理由は、結局彼女自身にも判らないのである。
が、一つだけ確かな事は、これが連尺の詩織に対する、
ほんのささやかではあるが初めての反抗という事である。
まるで自分自身の言葉に驚いてる様にも見える連尺の表情に、
詩織は答える。
「そうね、みゆきさんの言う通りね。
考えが足りなかったわ。ごめんなさい。
以後、十分注意します。本当にごめんなさい」
深々と頭を下げ、連尺や元城、米津に謝罪する詩織に、連尺はかえって慌てる。
「そ、そんなに気にしないで下さい!
私の方こそ生意気な事を言ってしまいました。
すいませんでした」
「ううん、私、自分がどうすればいいのか考えるのに精一杯で、
周りの事を考える余裕がなかったわ。
もしも、これからこんな事があったら遠慮なく叱ってね」
「いえ、そんな、私の方こそ・・・」
連尺は言葉を続けられなかった。
彼女が詩織を尊敬するのはこういった所からも来ている。
自分の過ちは素直に認め、それを注意した人間が連尺のような後輩であっても、
決して相手を逆恨みしない。
言葉にすればありふれた事でも、実際にはなかなかできる事ではないからだ。
詩織と連尺のやりとりが一段落した事を見計らって、元城が切り出す。
「まあ、連尺が言った通り、注意しなければならない事は山積みだが、
ともかく目の前のことから片付けて行こう。
まずは、藤崎の穴をどうやって埋めるかだ。
女子は三方、藤崎の2本ラインで考えていたんだが、その藤崎が抜けるとなると、
そのプランは根本から考え直さないといけない。
古式をシングルスにするとダブルスが弱くなるし・・・。
米津の考えは?」
いきなり質問された米津であったが、慌てず平然と言った。
「その前に、藤崎の意見を聞こう。候補がいるようだ」
そう言われて詩織は頷き答える。
「私が候補に推すのは優さんよ」
「ゆう?・・・って四本松か?」
元城は声に出して驚いた。
連尺は言葉もなく詩織を見つめるだけである。
米津は連尺と同じように黙っていたが、その内心はかなり違っていた。
彼は詩織の答えを聞いて、
『やれやれ、これは新編成のプランを考えるのが大変だなあ』
と考えていた。
つまり、詩織の推薦をすでに受け入れていたのである。
ときめく時の中で(71)
新しい出会いと流れ(10)
詩織が抜けた後の選手に、詩織が推薦したのは四本松の名前であった。
米津はともかく、連尺は正に意外と言った表情を浮かべたものだし、
元城などは、詩織が姓ではなく名の「優」と言ったので、一瞬考えてしまった。
「ゆう・・・って、四本松か?」
そんな元城の返事に、詩織は腰に両手を当てて答える。
「んもう、元城君。
キャプテンなんだからしっかりしてね」
「いやあ、悪い悪い。
どうも女子の名前で呼びあう習慣には慣れなくってな」
「それで、どうかしら?
この案は?」
詩織にそう問い掛けられ、元城は腕を組み、ちらりと米津の方を見る。
「俺がどうこうより、米津はもう納得してるような感じだけどな。
これも考えていた事か?米津?」
突然の元城の言葉に、米津は視線だけを天井の方に向け、大きくため息をつく。
それに答える米津は少々歯切れが悪い。
「うーーん、実を言うと技術的な事は良く判らないんだ。
藤崎がそう言うんなら、それを取り入れようと言う訳だ。
別に、そこまで同じ事を考えていた訳じゃないぞ」
「ふーーーん、そうなのか。
で、連尺はどう思う?」
「私も、詩織先輩の意見を取り入れたらと思います」
「まあ、基本的に、連尺は藤崎派だからなあ。
反対はしないだろう」
「でも」
連尺がそう言ったので、元城と詩織、そして米津までもが、
意外そうな表情と共に彼女に視線を注いだ。
そんな視線に答えるように、連尺は背筋を伸ばして続ける。
「反対はしませんが、一応聞かなければならないと思うんです。
それは、詩織先輩が優さんを推薦する、
その理由というのを、聞かせてもらわないといけないと思うのですが?」
連尺の言うことは一理ある。
「あ、うん」の呼吸と言うのも確かに大切だが、
システムを運用する時にそれでは不都合な場合がある。
どこかで、その根拠なり理屈なりの付け合わせをしないと、
後になって混乱するかも知れないのだ。
そのための一線をどこかで引かないといけない。
今回その役を連尺はしたのである。
「そうね、みゆきさんの言う通りね」
詩織は頷きそう言った。
「私が彼女を推薦する理由というのは、上達のスピードの速さね。
この1年での上達ぶりは、目を見張るものがあるわ。
と言っても、ひょっとしたら気付いていないかしら?」
詩織の問いに、元城はしぶしぶと言った感じで、米津は苦笑いをしながら、
頷き肯定した。
そして、連尺はどう答えていいかも判らない様であった。
「それはある意味当然ね。
彼女、意識して目立たないようにしてた、そんな風にも見えていたもの。
確かに技術は速いスピードで上達したけど、
そういう性格は試合に対して大きなマイナスになるわ。
でも、ここ最近すごく変わったの。
なんて言うか、積極的になったと言うか、前向きになったと言うか・・・」
「実戦向きになって来た?」
「そうね」
元城に詩織は簡潔に答える。
更に元城はたずねる。
「で、藤崎はいつ頃から、その四本松の素質に気付いてたんだ?」
「将君とゆかりがペアを組むようになった頃ね」
「そんなに前から?」
その声は意外な事に米津の物であった。
「思い出してみて。
あの二人の練習相手をしたのは私と彼女なのよ。
あまりに実力差があったら、練習にすらならないでしょ?
でも、彼女はちゃんとやって来れたわ。
ただ・・・」
「性格的に問題があった?」
連尺が、その後の言葉を予測した。
「そうなの。
その性格的な物が、ずいぶん変わって来た事が、彼女を推薦する理由ね」
部室の中に久しぶりの沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは元城だった。
「そうすると、幹部会のメンバーは全員裏方にまわる訳だ」
「?」
これはその他の3名の気持ちである。
それに気付いた元城が続ける。
「吉野をさ、シングルスにも出そうと思うのさ。俺の代わりにね」
「そう言えば、元城、シングルスのメンバーだったな」
米津の言葉に元城は右の拳をわなわなと震わして、顔の前に持ってくる。
「ど!どうせそうだよ!!
俺は1回戦ボーイさ!!」
演技なのか、本音なのか判らないが、元城はすっかりいじけてしまった。
詩織と連尺は苦笑いするだけである。
「まあまあ、キャプテン人にはそれぞれ、向き不向きがありますから」
「連尺、それ、慰めになってないぞ」
「・・・・」
「なんてな、俺に実力がないのは自分が一番よく知ってるよ。
さて、本題に戻ろう。
とりあえず今度の笹妬高校との練習試合で新メンバーを試すとして、
藤崎、なにか希望があるか?」
「そうね、例のノートパソコンの使い方を教えてもらわないといけないわね。
他にも記録したいデータが2、3あるから、
そのあたりの事も紐緒さんにお願いしないといけないわね。
元城君、紐緒さんに連絡してね」
「ああ、そうだな。さっそく連絡してみるよ」
「その必要はないわ」
その声と共に部室のドアを開けたのは、紛れもなく紐緒本人であった。
あまりの意外な人物の登場に、呆然と見守る4人に構わず紐緒は言う。
「話しは聞かせてもらったわ。
藤崎さん、追加したい事を聞かせてもらえるかしら?」
「ちょ、ちょっと待て紐緒!
聞かせてもらったって、どこあたりから聞いていた!?」
慌てる元城に対して、あくまでも平然と紐緒は答える。
「そうね、藤崎さんが、”吉野君は私が育てた”と言ってたあたりかしらね。
パソコンの様子を見に来たのだけれど、あまりの意外な展開に、
さすがの私も入るのをためらってしまったわ」
詩織は顔を真っ赤にして、何も言えないようである。
「あのなあ、一応、これ部外秘の会議なんだけど」
元城の諭すような言い方にも、紐緒は全くひるまない。
「あら、私の事をテニス部の一員の様なものだと言ったのは、
元城君、あなた自身でしょ?」
元城は一言も帰せなくなった。
ときめく時の中で(72)
新しい出会いと流れ(11)
「ごめん。
気持ちは嬉しいんだけど、俺、君とは付き合えないよ」
春も本番を迎えた4月のある日の放課後、
和人は一人の女生徒に、校内の中庭に呼び出されていた。
その女生徒とは昨年度まで同じクラスだったのだが、
2年になって別のクラスとなってしまった。
和人に好意をよせていた彼女は、思い切ってその想いを打ち明けたのだが、
和人の答えは彼女の望むものではなかった。
「あの、・・・彼女にして欲しいという訳じゃないの。
一緒に下校したり、気が向いたらでいいから、
休日に遊びに行ったりする事からでいいの。
・・・それでも駄目かな?」
不安と悲しさが混じり合った表情を浮かべるその女生徒に、
和人は下げていた頭を更に下げる。
「ごめん・・・。
実は、俺、今、好きな人がいるんだ。
だから、・・・ごめんな」
そう言われた女生徒は、多少驚いたような表情を浮かべる。
「そっか、・・・エヘヘ。
領家君にそういう人がいたなんて少し意外だけど、
・・・それじゃしょうがないね。
・・・うん。打ち明けたら、かえってすっきりしちゃったな。
ありがとうね。来てくれて」
「いや、いいんだよ。このぐらい」
和人は頭を上げて答える。
ただ、視線は合わせないようにしていた。
「・・・それじゃ、元気でね」
「ああ」
和人の返事が終わるか終わらない内に、
彼女は口元を右手でおさえ、小走りでその場を後にした。
その後ろ姿を見送った和人は、ぽつりと言った.
「こういうのは、こっちもつらいんだぜ」
ズボンの両ポケットに手を入れ、振り向いた和人は、
視線の先にある人物の姿を認め、その名を口にした。
「美樹原さん」
そう言って視線を斜め下に向け、軽く首を横に振る。
「盗み聞きとはいけないなあ・・・。
ね、美樹原さん?」
「あ、あの・・・これは、・・・違うんです。
たまたま、通りがかって・・・でも、つい聞いてしまいました。
・・・ごめんなさい」
「いや、いいんですよ。
ここは誰でも通るし、人に聞かれてもしょうがない所なんだから、
そんなに謝る事はないですよ」
「・・・・、よかった、そう言ってくれて」
「まあ、非情な所を美樹原さんに見せてしまったのは、
少しばかりドジを踏んだなとは思いますけどね」
和人は両手の平を顔の前で空に向ける。
「・・・そんな事ありません。
・・・断る時に断る方が、相手を思いやるものです。
はっきりさせないまま、・・・ずるずる付き合う方が、
かえってつらいものだったりしますから」
そう言う美樹原の表情には、ほんの僅かではあるが、
いつもにはない暗い影が差していた。
「美樹原さん?」
和人は、その僅かな違いに気付いた。
美樹原も、そんな和人の問いに、自分がいつともと違う一面を、
和人に見せてしまった事を知った。
「あ、・・・あの、・・・・」
「何かあるの?」
「いえ、・・・そう言う訳では・・・」
「美樹原さん!」
「・・・領家君?」
和人の厳しい表情に美樹原は戸惑う。
「また、何か一人で悩みごと抱えてるんじゃないんですか?」
「領家君」
「・・・話したくなければ無理には聞きませんが、
美樹原さんのような性格の娘が一人で考え込んでいると、
悪い考えを浮かべがちですからね。
心配になるんですよ」
「・・・あの、私、・・・そんな風に見えますか?」
「いや、これは俺が勝手に思い込んでいるだけであって、
実際は違うのかも知れません。
それならその方がいいんですよね。
ま、何かあって、どうしても誰かに話したい、聞いて欲しいという時、
良かったら聞かせてください。
もっとも、力たらずで何も出来ないかもしれませんがね」
首を傾げ、和人は苦笑いを浮かべる。
「そ、そんなことは・・・・、ありがとうございます。
でも、・・・もう少し自分で考えてみます。
それでも駄目な時には、相談に乗ってくださいね」
「俺でよければ」
そう言って和人は、右手を胸に当てて軽く頭を下げる。
そのしぐさは少々おどけたものだったので、
美樹原はクスクスと小さな笑い声を上げた。
「領家君て、最初の印象ではもっと恐い感じがしてたのに、
・・・意外と優しくて面白いんですね」
「意外って言うのは心外ですが、俺って目付きが悪いせいか、
どうもそう見られますね」
将がこの場にいれば、”見られるんじゃなくって、実際に恐いんだよ”
とでも言うであろうが、無論、美樹原はそんな事は知る由もない。
「でもそんな意外な一面が知れ渡ったら、領家君のファンがまた増えてしまいそう」
「何ですかそりゃ?」
「あら、知らないんですか?領家君の隠れファンって女の子は多いんですよ」
普段美樹原は、男性の前で、こんなに口数が多くはない。
和人とだと、ある程度気が楽になる様である。
「隠れファンねえ」
「・・・あ、領家君に好きな人がいるなんて聞いたら、ショックよね」
「ああ、あれですか。
ああ言っておけば間違いないでしょ?」
「・・・!
それじゃあ・・・嘘?」
「まあ、あまり誉められたものじゃないけど、嘘も方便って言うじゃないですか」
美樹原は少し呆れたような表情を浮かべた。
「・・・領家君て、こういう事慣れてるみたいね?」
「ひどいなあ、美樹原さん。
それじゃあ俺がプレイボーイみたいじゃないですか?」
「嘘も方便・・・なんでしょ?」
「あ・・・」
片目を閉じ、からかうような美樹原の口調に、和人は内心驚いた。
「そうよね。和人君がそんな人だったら、みんな隠れファンなんかしてないわよね。
和人君、女の子に興味なさそうだから、隠れているんだもん・・・」
「言っておきますが、興味がない訳じゃないですよ」
「そうなの?」
「そうです」
「じゃあ、本当は好きな人いるんでしょ?
美樹原は何気ない口調なのだが、和人にとっては鋭すぎる追求であった。
「ま、まあいいじゃないですか、その辺は。
いずれ、またの機会に、と言う事で」
「あ!・・・ごまかした」
「ああ、もう俺は帰りますよ」
「それじゃ、一緒に帰りましょう」
『ど、どうしたんだ?今日の美樹原さんは』
和人はキツネにつままれたような気分であった。
ときめく時の中で(73)
新しい出会いと流れ( 12 )
新学年になって早々のある日の夜、早乙女家では夕食を終え、
それぞれがくつろいでいた。
そんな中、シンプルな白い電話が電子音を鳴らす。
「ハイハーーーイ」
一番近くにいた優美が受話器を上げる。
「もしもし早乙女です。・・・あ、・・・。
あ、お兄ちゃんですね。ちょっと待ってください。
お兄ちゃーーん!電話ーーー!」
「おーー、判った。今行く」
奥の部屋でTVを見ていた好雄が答える。
「誰から?」
「さあ、誰でしょうねえ?」
「何、勿体ぶってるんだよ」
そんな会話をしながら優美は好雄に受話器を手渡す。
「はい。お電話かわりました。
・・・・なんだ、お前か」
電話だからいいようなものの、好雄はあからさまにがっかりした表情をする。
「当たり前のこと聞くなよ。
・・・ところで今日は何の用だ?」
誰からだと思っていたのだろうか?
どうやら電話の相手は、期待していた人ではなかった様である。
「・・・へ?
吉野将?2年の男子?
・・・いや、知ってるも何も優美のクラスメイトだよ」
「?」
優美は自分の名前が会話に出て来たので、思わず聞き耳を立てる。
「うん?・・・。それは良いけど。
しかし、珍しいなあ、と言うより初めてじゃないか?
お前が女の子の事以外の情報を知りたがるなんて。
・・・まあ、そういう事にしておこうか。・・・判ってるよ。
まあ、専門外だけど、他ならぬお前の頼みとあっては調べない訳にもいかなさ。
・・・ああ、俺に任せてくれよ。
それじゃあな」
そう言って好雄が受話器を置くと、優美がひょっこりと顔を出す。
「何、お兄ちゃん?優美がどうかした?」
「いや、別に何でもないよ。
ちょっと野暮用があってな」
「なんか将君の名前も出ていたみたいだけど?」
「優美。・・・お前よく聞いてるなあ。
まあ、これは男同士の秘密だから教えられないよ。残念でした」
「ぶーーー」
膨れる優美に対して、好雄は声を上げて笑いながら、
ふたたび奥の部屋へ入っていった。
翌日の放課後、きらめき高校のテニスコートでは、
多くのテニス部への入部希望者を迎えていた。
それは昨年にも同じような事があった。
が、今年が昨年と違うのは、男女の比率が約半々と言うことである。
将は昨年の事を知らないのであるが、いろいろな機会で口伝えで聞いてはいた。
だが、実際に目のあたりにすると、驚きとも感心ともとれない感想が、
つい口から漏れる
「こりゃまた凄いですね」
そんな将に詩織は少しばかり呆れたように言った。
「何を言ってるの?この中の何人かは将君目当てよ」
「え?」
あっけにとられている将に対して詩織は続ける。
「将君、そろそろ自覚してね。
もう将君は初心者なんかじゃなくて、人の注目を集める存在なんだよ。
テニスをはじめてから、僅か半年ほどで地区大会を制した将君の事は、
テニスをしている人達の間ではかなり有名な事なんだよ。
それにきら高テニス部は、過去の実績などにとらわれず、
実力さえあれば1年生だろうと試合に出られると言う話も広がってるみたいなのよ。
そのせいなのか、今年が去年とかなり違うのは、
中学でかなりならした人達が多いことよ。
それもこれも将君がいたからこそなんだよ」
「そんな大袈裟な」
「ほらあ、またそんな事言う。
自覚してねって言ったじゃない」
「・・・はい」
「なーにを言ってるんだか、藤崎は」
そんな二人の会話に元城が割り込んで来た。
「も、元城君」
そんな元城に、詩織は明らかに慌てたそぶりを見せた。
「?」
それが判った将は興味深そうな目を元城に向けた。
「藤崎が今言った事はな、去年、藤崎自身が中沢さんに言われた事なんだよ。
まあ、去年の場合は”藤崎だけ”が目当ての奴が多かったんだがな」
「もう!言わなければ判らないのに」
詩織は少し照れたような笑いを浮かべた。
「自分のオリジナルのような言い方は、やっぱり、まずいんじゃないのか?」
対する元城の笑いは、あからさまに意地の悪いものだった。
「まあ、藤崎の言った事は正論であることには間違いないんだし、
そのあたり、自覚してくれよ」
「はい、キャプテン」
頷いてから、将は元城に聞き返す。
「ところでキャプテン、今年も入部テストするんですか?」
「ああ、あれか。
あれは去年の希望者が、あまりにもよこしまな動機を持ったものが多かったから、
仕方なくやったんであって、今のところはやるつもりはないよ。
今年はとりあえず仮入部期間を設けて、その間に各自でやって行けるかどうか、
自分自身で決めてもらうようにするよ。
なにせ今年の1年生は粒が揃ってるからなあ。
俺の後輩も4人とも入って来たし」
「あら?きら中4島全員?」
詩織が元城に聞いた。
「ああ。4人ともだ」
「な、何ですか?そのきら中4島って?」
将にはその単語の意味がさっぱり判らなかった。
元城が答える。
「俺は付属からのエスカレーターなんだけどな、
その付属中に活きがいいのが4人いたんだ。
その4人の名前に”島”がつくんだよ」
「島?」
「ああ、西島大介、江ノ島明、福島恭一、松島悟、みんな島がつくだろ?」
「あ、なるほど。それできら中4島?」
「そういう事。
まあ、いずれわかると思うけど、あいつら上手いぞ」
「そうですか。戦力アップですね」
「そうだな。
ところで吉野。あの娘の事、吉野は知ってるんだよな?」
固有名詞が省かれていたのだが、将はすぐに判った。
「本郷ですか?」
「ああ。・・・あの娘って、どういう娘?」
「・・・ああいう娘です」
全く答えになってない。
ときめく時の中で(74)
新しい出会いと流れ( 13 )
『本郷南はどういう娘か?』
元城にたずねられた将だったが、とても一口では答えられない。
悩んだあげくの将の答えはとんでもないものだった。
「ああいう娘です」
「おいーー!それじゃ全然答えになってないぞ!」
元城の言い分はもっともなのだが、他に答えようがないのだ。
元城がそんな事を聞いて来たのには、無論、訳がある。
それはある程度、将や和人には予想できていた事なのであるが、
本郷はテニス部へ入部希望を出したのである。
その受け付けをしたのが元城なのであるが、彼女の受け答えに、
元城は少々面食らってしまったのだ。
「テニスの経験は?」
という質問に対して本郷は、
「全くありません」
と、答えた。
実のところ、そういう事自体は珍しくもないし、さほど問題ではない。
元城が意に止めたのは、本郷のあまりにも堂々とした態度であった。
普通そんな質問をされて、テニスの経験がなければ、
無意識の内に萎縮してしまうものなのであるが、そんなものは微塵もなかった。
さらに、「入部の動機」に至っては、
「吉野先輩を追って来たからです」
である。
『正直というか何というか』
元城はそう思わずにはいられない。
将目当ての入部希望は確かに多い。
だが、ここまで正直に堂々と、それを入部希望の理由に掲げる者は、
彼女の他は皆無であった。
とどめは、「何か質問は?」ということに対しての本郷の言葉である。
彼女は元城にこう言ったのである。
「私の入部の動機を、皆さんは心良く思われないかもしれません。
でも私にとって、それはとても大切な事なんです。
もちろん、私には経験がありませんから、
みなさんにご迷惑をおかけする事になるかもしれません。
でも、1年、いえ、半年待ってください。
それまでには、ちゃんと”テニス”ができるようになって見せます。
どうか入部させてください」
口調そのものは、力むわけでも、凄むわけでもないが、
それはしっかりとした力強い主張であった。
「そうですか、本郷がそんな事を・・・」
元城の話を聞いて、将はそんな感想を洩らす。
「ああ。何と言ったらいいのか、なかなかユニークな感覚の持ち主のようだな」
元城の言い様に、将は腕を組み、首を少し傾け苦笑いを浮かべる。
「・・・なあ、吉野はどう思う?」
判断しかねる、そんな感じで元城は将にたずねる。
将は組んでいた左手を顎に当て、少し考えてからそれに答える。
「・・・そうですね。
あいつがそう言ったんなら、それは現実となる可能性は高いですよ」
「そうか?」
そう言ってから、元城はさらに尋ねる。
「良かったら聞かせてもらえないか?彼女とはどういう経緯があるんだ?」
将はそれに答えようとしたが、ふとその動きを止め、
傍らにいた詩織にちらりと視線を向けた。
その視線の意味に気付いた元城は、詩織に頼んだ。
「悪いんだが、藤崎。ちょっと席を外してもらえないか?」
詩織もそれに対して気を利かす。
もっとも、それに対する返事は、演技ではあったのだが、
詩織にしては少々意地の悪い物であった。
「ふーーーん、男の人同士、何を話すのかなあ?」
「藤崎先輩、そんな言い方しないでくださいよーー」
将は慌ててしまう。
将としても別に隠し事をしたいわけではないのだが、
なんとなく詩織には聞かれたくないのである。
「うふふ、いいのよ。将君にも聞かれたくない事あるものね」
そう言い残し、立ち去る詩織の後ろ姿を見て元城が言った。
「藤崎に聞かれたくないって事は、大方、昔、付き合ってたってとこだろ?」
それに対して将は答える。
「そういうのじゃないんです」
「じゃあ、なんだ?」
「・・・あまり詳しくは話せないんですが、本郷って家庭、複雑なんです。
それで、結構悪い方へ行ってたんですが、ある日、
あるきっかけを境に変わったんです」
「・・・まさか、そのきっかけがお前と言う訳?」
将は少し間をおいて答える。
「本人がそう言ってますからね」
「・・・何があったかは聞かないが、それで彼女とはどうなってるんだ?」
「好きですと言われました」
「それで?」
「俺、その頃、あんまり人付き合いが得意な方じゃなくて、断ったんです」
「でも、追いかけて来たんだろ。きらめき高校に」
「ええ」
将は大きく深呼吸をして続けた。
「俺に見合うようになるって言ってました。
それまで、好きでいさせてくださいって。
その間に俺が誰かを好きになっても構わないから、絶対怨まないから、
好きでいさせてくださいって」
元城はそれを聞いて、身震いをする。
「それは・・・また・・・、・・・こう言ってはなんだが、すさまじい話だな。
断らなかったのか?」
「・・・できませんでした。
だって、それからあいつ変わったんです。
真面目に学校にも行くようになって、立ち直ってきたんです。
保護者の人のも頼まれましたしね。
お願いだから見放さないようにって」
両親や家族ではなく、”保護者”と言う単語を使った将に、
元城は事情の複雑さを垣間見たような気がした。
「それでどうだろう?
彼女を入部させる事を吉野はどう思う?
反対か?」
「俺の意見としては、あいつが入部したいというのなら、
そうさせてあげたいです。
ただ、入部の動機が動機ですから、キャプテンがどう判断されても、
俺としては、文句などは言いません。
言える立場でもありませんから」
それに対して元城は答える。
「動機なんて、そんなものはどんな事だっていいんだよ。
問題はその後、どこまで真剣に取り組む事が出来るかどうかなんだから。
吉野はその件に関しては肯定的なんだな?」
「はい。さっきも言ったように、あいつが半年待ってくれと言うなら、
待ってやってください。
それまで必死に努力するはずです」
元城は将の力の入った言葉にうなずいた。
「そうか、吉野がそういうのなら大丈夫だろう。
ただし、彼女が入部して来ても、特別扱いするなよ」
「もちろん、そのつもりですが、はたから見てまずいなと思われたら、
遠慮なくそう言って下さい」
「当たり前だ」
その後、二人の会話が一段落したところへ、入部希望の1年生男子、
4人がやって来た。
そのうちの一人が元城に挨拶をする。
「こんにちは、元城先輩」
「おっ、来たなあ」
将はその様子を横で見ていたが、そのうちの一人から発せられる
将自身に対する鋭い視線が気になっていた。
(なんか、攻撃的だなあ。恨み買うような覚えはないけど)
内心、そう思う将だった。
ときめく時の中で(75)
新しい出会いと流れ( 14 )
「紹介しておこうかな?
こちらは吉野将。知ってるとは思うが、現在のテニス部の重要戦力だ。
で、吉野、この4人が、きらめき高校付属中のテニス部4人組、通称、
きら中4島だ」
そこで紹介をやめた元城に、その四人はずっこける。
「元城先輩!芸能人のグループじゃないんですから、まとめないでください!!」
4人の弁を代表したのが、髪をやや長めにした小柄な方の一人であった。
そして彼は、先程まで将に対して攻撃的な視線を投げ付けていた人物であった。
右手を差し出し将に握手を求める。
将がそれに答えると彼は自己紹介をした。
「西島大介です。よろしくお願いします」
同時に手に力を込め、将の右手を絞り上げようとする。
普通なら、黙ってされるままにするか、握り返すなりするのだろうが、
将は少し違った。
にっこりと微笑みながら、彼、西島大介の手首の間接を押さえ、
軽くクイッとひねったのである。
「いてててて!」
慌てて手を離す彼に、将はまるで子供をあやすような口調で言った。
「力任せに握っても、手ってのは案外踏ん張りがきくもんだよ。
やるんなら、間接をきめる事だね。それなら女性でもできる」
あくまでも笑顔を絶やさない将であったが、明らかに西島大介は気迫負けした。
「ニシ!あれほどやめろって言っただろうが、このタコ!」
そう言って西島の後頭部を拳で軽くこづき、将の前に立ったのは、
髪をスポーツ刈りにした、背が将と同じぐらいの男子だった。
目付きはやや鋭く、顔の印象もシャープな感がある。
(なんとなく和人に雰囲気が似てるな)
将はそんなことを思っていた。
「どうもすいませんでした。このバカに代わっておわびします。
江ノ島明です。よろしくお願いします。吉野さん」
「エノ!バカとはなんだよ!バカとは!?」
後頭部を押さえ抗議の声を上げる
「まあ、何やら言ってますが気にしないでください。こいつ本当にバカだから。
事情は後程、元城先輩にでも聞いてください」
「ああ!またバカって言ったなあ!」
将は、吹き出しそうになるのをこらえながら、握手を交わし言った。
「ああ、・・・よろしく」
続いたのは、丸いレンズの、メタルフレームの眼鏡をかけた男子である。
背は西島と同じくらい、髪を7・3に分け、いかにも真面目そうな顔つきである。
「松島悟です。よろしく。
ニシ、いや西島はあの通りバカですけど、根はいい奴なんです。
どうか許してください」
「ああ、そうするよ」
「マツまでバカって言ったあ!」
「うるさい!!ニシは黙っとれ!」
西島は江ノ島に首を押さえられる。
それを横目で見ながら、将の前に立った最後の一人に、思わず将は言った。
「君、本当に高1?」
そう言うのも無理はない。とにかく背が高い。190CMはあろうか?
加えて、横幅もそれに見合うだけはある。
顔は穏やかそうなのだが、その体格だけで、初対面の人の多くは、
気押されするだろう。
「やっぱりそう言われますね。へへへ。
福島恭一です。よろしく」
それでも笑顔を浮かべた表情は、やはり高1のものだった。
一通り自己紹介が済むと、元城が手を叩いた。
「はい、そこまで。
お前達、3番コートに大久保と村櫛がいるから挨拶して来い」
「はい、わかりました」
そう答え、4人が立ち去ると元城は笑いながら将に言った。
「なかなか手厳しい歓迎だったな」
「いやあ、彼、西島君でしたっけ?
彼、会うなり俺に厳しい視線を向けてましたからね。
ちょっといたずらが過ぎましたか?」
「いや、ニシにはいい薬になっただろう」
「俺、彼に怨まれる覚えはないんですけど?」
「そりゃないさ、あいつが勝手に思い込んでるだけなんだから」
「?」
将には全くその意味が判らない。
「実を言うとなあ。ニシからよく電話が来てたんだよ。
”どんなに上手くたって、そんなに経験がない人間を試合に出さないでくれ。
テニス全体がなめられるから”
ってな」
「なんですか?そりゃ?」
将の質問に、苦笑いしながら元城は答える。
「あいつな、子供の頃からテニスをやって来てて、実力はありながら、
なかなか試合に出してもらえなかったんだよ。
まあ、運、不運もあったんだけどな。
だけど、吉野はわずかの間にレギュラーだろ?
文句の一つも言いたいんじゃないの?」
「・・・それって逆恨みって言いません?」
「そうだね」
「・・・」
将はほとほと困ったような顔になった。
それを見て元城は笑いながら言った。
「まあ、マツが言うように根はいい奴だから、目の敵にはしないでくれよ」
「・・・・はい、判りました」
正直なところ、将は少しばかり不愉快であったのだが、冷静になってみると、
自分のテニスに対する環境が、恵まれたものであると認めざるをえない。
「ああ。話は変わるが、藤崎には本郷って娘の事、
ちゃんと話してフォローしておけよ」
元城の言葉に将は首を傾げる。
「え!?それはどういう事で?」
「どういう事って、・・・お前」
元城はあからさまに呆れた表情を浮かべた。
「まあ、それは自分で考えるんだな」
それだけ言うと、元城は笑いながら立ち去っていった。
「????」
将にはその理由がわからなかった。
一応思い当たる事はあったのだが、それは将にとって自分自身でも、
虫が良すぎる事のように思えたからだ
「まさかね」
将は独り言で思考を打ち切った。
入部希望者へのオリエンテーションや練習が終わり、
帰宅しようと将が校門の所へ差し掛かると、そこに詩織が待っていた。
「あれ?藤崎先輩」
「あっ・・将君」
「どうしたんですか?こんなとこで」
「うん。・・・あのね将君」
「はい?」
「よかったら、一緒に帰らない?」
将に断る理由はなかった。
「ええ、俺で良かったら喜んで」
ときめく時の中で(76)
新しい出会いと流れ(15)
詩織と将は一緒に下校し、その途中で公園に立ち寄っていた。
将は、本郷との経緯を詩織に話した。
「そう。そういう事があったの」
聞き終えた後、詩織はそんな感想を言った。
「ええ、あんまり詳しい事は、いくら藤崎先輩でもお話出来ないんですが、
いろいろあったんです」
将は心苦しさをそのまま表情に表わしていたので、詩織は微笑みながら言った。
「ううん、いいのよ、それは。
人には話せない事、話して欲しくない事が、その娘にだってあるはずなんだから。
それにそういう事を簡単に話してしまうようなら、逆に将君を軽蔑しちゃうわ。
やっぱり、将君はそういう所、しっかりしてるね」
詩織にそんな事を言われ、将は照れてしまう。
「そんなたいしたもんじゃありませんよ。
・・・時によって人は言葉だけでも傷つけられます。
その恐さを知っているだけです」
将は、ここ最近、滅多に見せる事のなくなった、傷ついた感情を混ぜ込ませながら、それでいて険しいという表情を浮かべる。
詩織にとっては、全く初めて見る表情である。
その詩織の視線を横顔に感じた将は、慌てて続ける。
「あっ!俺は何言ってるんでしょうね?」
わざとおどけて見せる将に、詩織は何も言わなかったが、
(将君の優しさが、ただ単に優しいだけの物じゃないような気がしてたのは、
きっと将君自身が、人の弱さを知ってるからなのね)
心の中でそう思っていた。
「・・・先輩?・・・藤崎先輩?」
「え?」
将の言葉に詩織は我にかえった。
「どうしたんですか?ボーーッとして。
先輩らしくないですよ」
「え、そ、そうかな?そんなにボーッとしてた?」
「いえ、ほんの少しですけど。
どうかしたんですか?」
同じ質問を二度した将に対して、詩織は笑って答える。
「何でもないわよ。
強いて言えば、その事を私に席を外させて、元城君にだけ話した事かな?
私って、将君に信用されてないのかな?
何て思っちゃった」
「そんな事はありませんよ!」
ほとんど無意識の内に将の語気が荒くなったので、詩織はビクッとして身を引いた
「あ!すいません」
「・・・ううん、いいのよ。
少し意地悪な言い方しちゃったから、将君だって気分悪いよね。ごめんね」
「いえ、いいんですよ。
・・・あの時、先輩に席を外してもらったのは、
ただ単に俺が聞かれたくなかっただけなんです」
「どうして?」
「どうしてなんでしょうか?
俺にも良く解らないんですけど、藤崎先輩には聞かれたくないな、
そう思っちゃったんです」
「私がやきもちを妬くとでも思った?
将君を好きな女の子の話を聞いて・・・・!」
「え!?」
「ううん。な、何でもないの」
詩織は、顔を真っ赤にして首を横に振り、そう言ったが、
将はしっかりと聞いていた。
ただ、将にはその言葉の意味をつかみかねていた。
将は現実的というか悲観的というか、妙に冷めた所があり、
物事を、あまり自分の都合の良いように考えないのである
ただ、詩織が顔を赤らめてるという事実だけは、しっかりと記憶していた。
詩織はその火照りを降り払うかのように、再び首を横に振り、
話題を変えようとした。
「いずれ元城キャプテンから発表があると思うんだけどね・・・。」
そして、その話題は将にとっては驚愕すべき事だった。
「レギュラーメンバーから降りる!?
なぜです!?
なぜ、先輩が選手を降りるんです?・・・どこかお体を・・・?」
「ううん。私は健康そのものよ」
「じゃあ、どうして?」
将の質問に詩織は答えない。
ただ、その澄んだ瞳で、真正面から将の目を見つめるだけである。
その瞳の意味に、将は疑問と共に、ある仮説を立てた。
「・・・まさか、俺?俺のために?」
内心将は、これは自分の自惚れであってくれと願っていた。
しかし、
「うん、そうよ。
将君のサポートにまわるためよ」
いたって平然と詩織はそう答えた。
「なんで、なんで俺なんかのために!?」
「それが一番良いと思ったからよ。
他に理由が必要?」
「・・・・」
詩織の口調は普段と変わらないが、有無を言わせないものがあった。
将は二の句がつげなくなってしまった。
「それにこれは、もう幹部会議でも了承された事なの。
私の独断じゃないのよ。
もっとも、みゆきさんに叱られてしまったけどね」
将にはそのあたりの事情は良く判らなかったが、詳しく聞く気にはならなかった。
もっと他に言うべき事があったからだ。
「・・・後悔しませんね?」
将の言葉に、詩織は少し考えてから答えた。
「後悔するかどうかは、将君次第だよ。
・・・後悔させないでね」
「それじゃ、脅迫じゃないですか!」
「そうだよ」
「え!?」
意外な詩織の返事に、将は戸惑う。
「私ね、決めたの。将君のためになることなら、どんな事だってしようと。
たとえ、それで影でどんなこと言われようと・・・」
「・・・・」
「だから、・・・後悔させないでね」
「・・・はい」
その日の夜、連尺は、テニス部の仕事を家に持ち込んで、
その書類の山と格闘していた。
入部希望者の名簿やら、新年度の予算編成表、
さらには練習試合のスケジュール表など、
敵は強力な布陣で待ち構えていた。
そんな中、一本の電話が休戦を促した。
「みゆき、電話よ」
母親の声に連尺は戦いの場である自分の部屋を後にした。
「誰?」
「清川さんよ。よろしく言っておいてね」
「はーーい」
連尺は受話器を取る。
「はい、お電話代わりました」
ときめく時の中で(77)
新しい出会いと流れ( 16 )
日曜日、ショッピング街は家族連れやアベック、その他の人々が多く繰り出し、
活況を呈していた。
そんな中、連尺は飛び付くように、緑色の髪を短く切った少女の腕にしがみついた。
「清川先輩!!」
「わっ!びっくりするじゃないか!
驚かすなよなあ、連尺」
「ごめんなさい、驚かせちゃって」
言葉は神妙だが、その表情は何やら楽しくてしょうがないような感じである。
「・・・な、なんだよ?なんだか嬉しそうだな」
連尺はそんな笑顔のまま答える。
「だって、先輩が私に服を選んでくれなんて言うんですもん」
「わ、悪かったなあ。どうせ私には、もろ、女の子・・・、の服なんて似合わないし、
選ぶセンスもないよ!!」
すねたように言った清川に、連尺は、ほんの少し悪戯っぽい答え方をする。
「そうじゃありませんよお。
私、前から先輩に、そういう服を着て欲しいって言ってたでしょ?
ようやくその気になってくれたのが嬉しいんですよ」
「だ、だってさあ、私にそんな服が似合うとは思わないだろ?」
「そんな事ありませんよ。絶対似合いますって。
私が選ぶのを手伝いますから」
「そ、そうかな?
いや、頼むよ。こう言うのは、同じ水泳部の人には頼めないんだ。
冷やかされるに決まってるし、第一、恥ずかしいじゃないか」
照れたような清川に、連尺は納得した表情を浮かべる。
「ええ、私で良ければ喜んでお手伝いしますよ。
そのぐらいの事はさせてくださいね。
・・・じゃあ、行きましょ」
「う、うん。そうだな」
そう答えた清川の腕を取り、連尺は人の流れの中をスイスイと進んでいった。
その連尺の慣れたように見える足取りに、清川は意外そうな顔をした。
(なんだ、連尺ってこういうの慣れてるみたいだな。
それに、知らない内にずいぶん”女の子”らしくなって来てるし。
水泳やってた頃は、髪も短くしてたのに・・・、そうか、髪を伸ばしているのか。
髪の毛でこんなに印象が変わるもんなんだなあ)
清川がそんな事を考えていると、連尺は足を止めた。
「まず、ここから行きましょ?」
「え?ああ、連尺に任せるよ・・・う!?」
途中までそう答えた清川だったが、その店を見て言葉を失った。
それは、清川がもっとも苦手とする、いかにも少女趣味と言った店であったのだ。
恐る恐る連尺にすがるような視線を向け、清川は言った。
「い、いくらなんでも、ここのじゃ私には似合わないよ」
大袈裟に言えば、慌てふためくともいえる清川なのだが、連尺は全く意に介さない。
「大丈夫ですって。
それに、今、私に任せるって言ったばかりじゃないですか?」
「そ、それは、・・・」
こういった事に関して、連尺と清川の先輩後輩という関係は全く逆になるようだ。
それから数時間後。
時間も遅くなったので、夕食をとろうと立ち寄ったファミリーレストランで、
清川は、まさにぐったりとしていた。
対する連尺は元気一杯と言うところである。
「今日は楽しかったですね、先輩」
「え?ああ、そうだな」
そうは答えたものの、清川は内心、思わずにはいられない。
(”女の子”するのも体力がいるもんなんだなあ)
もちろん体力そのものは、清川の方が上であるのだが、こういった場面では、
あまり役に立たないものであるらしい。
とにかく連尺はよく動いた。
次々と服を選んでは、清川に試着させ、あれこれ考えてはまた次を選び、
店を渡り歩いた。
その間、清川は着せ変え人形状態に陥っていただけなのだが、
もうそれだけでぐったりとなってしまったのだ。
ただ、労力に見合う結果は得られた。
連尺の見立てはなかなかのもので、清川自身も気に入った買い物ができた。
それらは全て別の店で買ったもので、セットではないのだが、
白のワンピースをベースに、つば広の帽子、白い靴でコーディネイトされた姿は、
当の清川が、
「これが私?」
とため息を洩らしたほどである。
「今日は、ありがとな。
おかげで、気に入ったものが買えたよ」
テーブルに手を付き、少しおどけて頭を下げた清川に、連尺は笑って答える。
「良いんですよ、お世話になった先輩のためなら、このぐらいお安いご用です」
「でも、連尺がいなくって、私一人じゃ、とても見つけられなかったよ」
「気に入ったでしょ?」
「ああ、すごくね」
「だから言ったんです、先輩、可愛い服だって絶対に似合うって」
連尺の言葉に、清川は照れて頭をかいた。
注文した料理が運ばれて来たので、二人の会話が一旦中断する。
「さあ、食べようぜ」
ナイフとフォークを持ち、そう言った清川の前には、多数の皿が並んでいた。
その数、連尺の倍は軽く越える程である。
「・・・・」
それを黙って見つめる連尺に気付いた清川は、再び照れて頭をかく。
「あはは、あんまり食べるんで呆れただろ。
なんか、ここ最近、お腹が減るんだよな。
ま、水泳は多少太ったっていい競技だからな。つい食べちゃうんだよ」
とは言うが、清川が太るようにはとても思えない連尺である。
恐らくその栄養は、成長と運動エネルギーに換えられるのであろう。
そう推理した連尺は、ぽつりと独り言を言った。
「将君と一緒なんだ」
もっともそれは独り言にとどまらず、清川の耳にもしっかりと入った。
「将君?・・・ああ、吉野君か。
彼もよく食べるの?」
「・・・ええ、もうすごいんですよ。
先日、一緒に食事した時は、今の先輩より更に多いぐらいでしたよ」
「へーー、そりゃすごい。
・・・、もう一緒に食事したんだ」
興味深そうに自分を見る清川に、連尺は慌てた。
「ち、違いますよ!
藤崎先輩とか、将君のお友達の領家君と言う人と一緒だったんです」
力いっぱい否定する連尺に、清川はいかにも残念そうな表情を浮かべる。
「なーーんだ、進展したかと思ったのになあ。
・・・それで、どうなの?その後は?」
「その後・・・と言っても、・・・別に・・・」
連尺は極端に歯切れが悪くなった。
「なんだ、まだ何もないのか」
何が嬉しいのか、清川はにこにこ笑っている。
「何もって・・・そんな・・・」
もはや、しどろもどろである。
ここへ来て、ようやく本来の先輩後輩の関係になったようである。
ときめく時の中で(78)
新しい出会いと流れ( 17 )
「あのさ、・・・連尺って、今、髪の毛伸ばしてるだろ?
それってやっぱり、吉野君のため?」
買い物帰りのファミリーレストランで、悪戯っぽい表情を浮かべる清川に、
そう問い詰められて、連尺は両手で首の後ろあたりの髪を押さえる。
「こ、これですか?・・・これは違いますよ。
尊敬してる先輩の髪型、真似してみようかなって思って伸ばしてるだけで、
将君は関係ないですよ」
連尺は否定するのだが、清川は納得したとも疑ってるとも言えない表情で、
連尺を見つめる。
「ふーーん、まあ、そういう事にしとこうかな。
・・・それで、そのことで、何か感じ方が変わるもんかな?」
清川の表情は、意外なほど真面目なものだったので、連尺は首を傾げて言った。
「今の所は、そんなに変わると言う事は特にありませんよ。
でも・・・、それがどうかしましたか?」
「いや、ただ、私も髪を伸ばしてみようかなあ?って思っただけだよ」
「え?」
「な、なんだよ。そんなに驚く事ないだろ。
・・・やっぱり、似合わないよな。私には」
正直な所、清川は自分自身でも、そういう事が似合わないと思っていた。
そういった事をストレートに表わした清川に、連尺は慌ててそれを否定した。
「そんな事ありません。似合いますよ、きっと。
ただ、急にそんな事言うから驚いただけです。
・・・どうです?伸ばしてみれば?」
「う、うーーん、どうしようかな?
でも、部活もあるしなあ」
「・・・そうですね。タイムがどうこうより、やっぱり手間がかかりますから、
部活優先の先輩だから、難しいかな?」
連尺の言葉に清川はうなずく。
「まあ、髪の毛なんてそんなにすぐに伸びる訳じゃないんだし、ゆっくり考えるさ」
「インターハイがありますからね」
「ああ、そうだね。
ところで、テニス部の調子の方はどう?」
「今のところは順調ですよ。
まずは、今度の日曜日の練習試合、てところですね」
「そうか、マネージャーってこういう時大変なんだろ」
「そうですね。
今度は相手校を迎えることになるので、準備がありますからね」
「そうだろうね。・・とにかくがんばれよ。
マネージャーがいるおかげで、私達選手が、練習や試合に集中できるんだからな」
清川の言葉に連尺は大きく頷いた。
「ええ、判ってます。
責任大きいんですよ」
連尺はそう言ってクスクス笑った。
それに答えるかのように清川も笑った。
ちょうどその頃、古式は自宅に朝日奈を迎え、
古式の自室で雑談の花を咲かしていた。
高校生の部屋としてはかなり広く、六畳の畳敷きの部屋と、
やはり同じくらいの広さのフローリングの部屋が、
アコーディオンカーテンを仕切りにしてつなげられているという、
少々変わった造りである。
フローリングされた部屋にベッドや勉強机などが置かれ、
畳敷きの方には座卓が置かれ、TVやステレオデッキなどが備えられている。
畳敷きの方は、さしずめ古式個人の来客用の部屋というところであろう。
二人が話しているのは、その和室部分の方である。
もっとも一方的に話すのはいつものように朝日奈の方で、
古式はもっぱら聞き役である。
そんな感じで二人が話している部屋のドアがノックされた。
「はい、どなたでしょうか」
古式の問いかけに、ドアの向こうから返事があった。
「私です」
「あら、お母様でしたか。はい、どうぞ、お入り下さい」
「それでは、失礼、いたします」
その会話の間に朝日奈は、座卓の上にあったおせんべいを、
一枚食べてしまっていた。
「朝日奈さん」
「は、はい」
古式の母親がいきなり自分の名前を呼んだので、朝日奈は、
お茶を飲もうと伸ばしていた手を引っ込め、慌てて正座をした。
「何でしょうか?」
はっきり言ってぎこちない敬語で、朝日奈は聞いた。
「お夕飯、用意いたしますから、召し上がって、下さいませ」
「超ラ、・・いえ、それは、ありがとうございます。
喜んでいただきますです・・・あれ?」
敬語はやはり、朝日奈には慣れないものらしい。
そんな朝日奈に、母親は静かに微笑みながら続いた。
「それでは、後程、仕度が、でき次第、お持ちいたしますので、少々、お待ち下さい」
「はい、お待ちしております」
頭を下げ、朝日奈が答えると母親は、部屋を後にした。
その足音が聞こえなくなると、朝日奈は足を崩し、
先程までの自分のペースで喋り始めた。
「やったあ、やっぱり、ここの家のご飯っておいしいもんねえ。
自分でも、ちょーーっと図々しいかなあって思うけどお、家で一人で食べるのって、
やっぱ、さびしいーーって感じだしーー。
やっぱ、ラッキーって感じだよねえ。
ゆかりんとお友達になれて、ほーーんとによかったなあ・・・って。
・・・どうしたの?ゆかりん?」
朝日奈の問いかけに、古式は答えない。
「ねえ、ゆかりんってばあ?!」
再び、そう言われてようやく古式は反応する。
「・・・はい、・・・ええと、何の話だったでしょうか?」
「・・・まあ、それはいいけどね。
ところで、最近ゆかりん、変だよ。
なんか、ぼーーっとしてることあるし、どしたの?」
「どしたの、と、言われましても、私、ぼーーっと、してること、好きですから」
「確かにそうだけど、そうじゃなくてえ!」
朝日奈は苦笑いを浮かべる。
「最近、何か考え込んでいる事が多いじゃない?
何かあるんじゃないの?」
「なにかと、申されましても、これと言って、特には・・・」
「本当に?」
「ええ」
朝日奈はさらに問い詰めようとしたが、夕食が運ばれ始めたので、
断念せざるをえなかった。
翌日、テニス部の部活で、西島は元城にある事を頼み込んだ。
「なにい?!吉野と勝負がしたい?!
・・・お前、何様だと思ってるんだ?」
元城の口調は、彼には珍しく厳しいものになっていたが、西島も引き下がらない。
「俺には解らないんですよ。
テニスを始めて1年も経たない人間に、どうして先輩がそこまで肩入れするか、
それが解らないんですよ!」
その言葉に元城は、怒鳴ってやりたい気持ちを押さえ、
冷ややかな部類に属する笑顔を浮かべる。
「・・・わかった。そこまで言うなら許可しよう。
それで満足するんだな?」
「はい、実力を見せていただきます」
自信に満ちた西島の表情に、元城は内心思わずにいられない。
「やれやれ、一度痛い目を見てもらうか」
ときめく時の中で(79)
新しい出会いと流れ( 18 )
「ゲーム!!
ゲームカウント6−0、セットアンドマッチウォンバイ吉野。」
試合の結果を告げる詩織の透き通るような声が、テニスコートに行き渡った時、
西島はコートの上で呆然としていた。
いや、もっと正確に言うなら、狐につままれたような感じである。
元城に無理矢理頼み込んで実現した、将とのシングルスマッチで、
西島は1ゲームも取れなかったのである。
実力差を見せ付けられた、という感じではない。
実のところ西島は、いまだに将の実力を実感できないでいた。
「強い」という感じがないのである。
特別ストロークが強い訳でも、ネット際が際立つ訳でもない。
確かにサービスは並みではなかったが、飛び抜けているという訳でもない。
なのに気がついたら負けていた。しかも完膚なきまでに。
(なんなんだよ、これ?)
西島の思考能力は完全にループしていた。
「ニシ!握手はどうした!」
「! あ、はい」
元城の厳しい声に、ようやく西島は我に帰る。
そして自分の思い上がりと、このゲームを見ていた他の部員の視線に気付き、
青ざめながらネットに向かった。
先にネットに来ていた将が差し出す右手に答え、西島は握手をする。
何を言うべきか思い付かない西島に、将は冷ややかに言った。
「キャプテンから、ずいぶん中学でならしてたと聞いてたから期待してたんだけど、
ちょっと、かいかぶりすぎたかな?」
その言葉の意味を西島が理解した時、
将の背中はすでに、コート一つ隔てた所にあった。
青ざめていた西島の顔が、小刻みに震え、見る見る赤くなっていく。
そして、決して走りはしないが、それに匹敵する速度の早足で、
西島はコートを出て行く。
その西島を、松島、江ノ島そして福島の3人が追いかけて行った。
その光景を将の横に立ち、肩越しに見ていた詩織は将に言った。
「少し言い過ぎだよ、将君。
将君の考えは判るけど、彼に怨まれちゃうよ」
そこには、詩織だけではなく元城もいたのだが、
彼には将の言葉が聞き取れなかった。
「ニシに何を言ったんだ?吉野」
将は西島だけに聞こえるように言ったのである。
そしてそれは、審判をしていて一番近くにいた詩織だけが、
辛うじて聞き取れたのである。
詩織は将の言った事を元城に言った。
「・・・やれやれ、その役目、俺がしようと思っていたんだがなあ」
頭をかきながら言った元城に将は答える。
「どうせ誰かが憎まれ役をしなくちゃならないんだったら、
一番効率のいい人間がやるべきでしょ?
キャプテンは逆に、フォロー役にまわった方が能率がいいと思いませんか?」
「確かにそうなんだがな。
すまんな、いやな役目を押し付けるような形になって」
「いいんですよ、このぐらい。
・・・じゃあ、俺、姉さんとダブルスの練習に入りますから」
「ああ」
「私もすぐに行くわ」
元城と詩織の声に背中を向け、将が立ち去ると、元城は詩織に言った。
「まあ、ニシってのは熱くなりやすいタイプで、誰かに対して、
対抗意識持たせるのが一番いい方法なんだ。
吉野の言う通り、その役目は吉野がやるのが一番効率的なんだが、
藤崎は反対なんじゃないのか?
そういう役目を吉野にやらせるのは」
それに対して詩織は少しうつむいて答える。
「私自身の意見は元城君の言う通りなんだけど、
将君、自分でそう決めたんだもん、私には何も言えないわ」
「複雑な心境ってところか?」
「・・・そうね、・・・そうかもね」
そう答える詩織の表情は、その言葉以上に複雑な物になっていた。
そのころ西島は、中庭のやや太めの木をテニスシューズの底で蹴りつける事で、
怒りをあらわにしていた。
「ちっくしょお!!
なんだよ、あいつは!!えっらそうに!!
テニス始めてから1年も経ってないくせに!!」
とは言うものの、そんな将に負けた身であっては、
自分自身でも情けない事おびただしい。
それが判っているだけに余計に腹が立つのである。
木を蹴り続ける西島の両肩を、福島が押さえる。
「ニシくん、何を言われたのか知らないけど、もうやめようよ。
木が可哀想だよ」
「うるせえよ!フク!
お前が来ると、俺が説教される子供みたいになっちまうじゃねえか!」
「・・・ニシくん・・・」
その巨体にはやや似合わない、困惑の表情を浮かべる福島に代わって、
松島が西島に言った。
「フクに八つ当りすることないだろ、ニシ、みっともないよ。
・・・フクも何か言い返せばいいのに」
「・・・いいんだよマツくん。今、ニシくん、一時的に熱くなってるだけで、
悪気はないんだから」
「ったく、もう、人がいいんだから。
でも、ニシ・・・」
「・・・判ってるよ・・・、ごめん、フク」
蹴り付けた木を背中にして西島は福島に謝る。
「俺、情けなくってさ。
いくら、変則の1セットマッチだからといって、1ゲームも取れなかったんだぜ。
それで、つい・・・」
「結果程、実力に差があった訳じゃないぜ」
そう言ったのは、それまで黙っていた江ノ島であった。
「エノ?」
「あの吉野って人と、お前との差はなんだと思う?」
「・・・・?」
首を傾げる西島に歩み寄りながら、江ノ島は正解を明かす。
「ミスの差だよ」
「ミス?」
「ニシは、吉野さんをそれ程強いとは思わなかっただろ」
「ああ」
「なのに、負けた。
それはな、吉野さんはミスショットがなかったのさ、ほとんどね。
どんな形のショットであれ、必ずと言っていいほどお前のコートに入れていたぜ。
それも、ライン近くだとか、逆サイドとかにな」
「・・・そう言われてみれば・・・」
「だろ?
吉野さんのテニスは、ミスをしないテニスなのさ。
口で言うのは簡単だけど、それができれば苦労はないって奴だよ。
・・・で、それに勝つ方法は?」
「・・・こちらもミスをしない事」
西島の答えに、江ノ島は頷く。
「正解」
「そうか!そうだよな、俺がミスをしないようになれば勝ち目があるんだもんな。
よーーし、そうと判ればこうしちゃいられん。練習しなくっちゃ。
待ってろよーー!
次の時にはあのセリフお返ししてやるぜ!
じゃあ、俺、先に行くぜ。ありがとな、エノ」
「あっ、待ってよ、ニシくん!」
駆け出す西島を、福島が追いかける光景を見ながら、江ノ島はポツリと言った。
「単純な奴」
「え?」
それを聞いた松島が江ノ島を見る。
「確かに、ニシの言う通りなんだが、その間には、
吉野さんもレベルアップするんだよな」
「あ!」
「まあ、これはニシには言わない方がいいだろうなあ」
苦笑する江ノ島に、真面目な顔になって松島は言った。
「僕、最近思うんだよ」
「なにを?」
松島は、一旦メガネのフレームに手をやり、にやりと笑って言った。
「エノを敵にしないで本っ当に良かったな、ってさ」
「・・・ふーーーん」
複雑な表情を浮かべる江ノ島に対して、松島はクスクス笑った。
ときめく時の中で(80)
新しい出会いと流れ( 19 )
「こちらが更衣室になります。
男子が右手、女子が左手となります」
連尺が段取り良く、20名ほどの他校の生徒を案内する。
日曜日のこの日、きらめき高校テニス部は、笹妬高校を迎えて、
練習試合をする事になっていた。
きらめき高校の面々は、すでにウエアに着替え、
各自ウォーミングアップをしている。
将は古式と、ダブルスの打ち合わせを兼ねた練習をしていた。
その相手をしていたのは、詩織と、今日初めての試合をする四本松である。
そして、笹妬高校の生徒達が出てくるのを見て、ウォーミングアップを終え、
4人はコートの脇に立つ。
「四本松、なんか、いつもとあまり変わんないな。
普段通り、って感じだね」
「そうね、私もそう思うわ。優ちゃん、落ち着いてるね」
将と詩織にそう言われ、四本松は慌てて首を横に振る。
「そ、そんな事はありません!もうあがっちゃって。
心臓が口から飛び出しそうと言うのを実感してるんですから。
ただの練習試合なのに」
それに対して詩織は答える。
「練習試合だって最初はあがるわよ、それが経験なんだから。
・・・いい事教えてあげましょうか?
将君のデビュー戦の時の話」
「え?将君の?」
「デビュー戦の、時の、話?」
四本松に加え、古式も反応した。
将はというと苦笑いである。正直な所、内心では
(もう、藤崎先輩、勘弁してくださいよ)
というところである。
「将君、試合前に、自分のテニスシューズの紐が結べなかったんだから。
あがっちゃってね」
「将君が?」
「まあ、それは、意外、ですねえ。初耳です」
四本松も古式も、本当に意外そうな表情となる。
「二人とも、俺をなんだと思ってるんです?
俺だって初めての試合となれば、あがりもしますよ」
そう反論する将の背後から、全く別の人物の声がした。
「そのわりには、見事に俺を負かしてくれたよな」
「?」
振り返る将の前に、将達とは違うデザインのウェアを着た男子生徒がいた。
背は将よりもやや高く、体全体も将より一回り大きい感じである。
5分刈りの髪や、太い眉、やや幅広の顔はいかにも体育会系の印象を与える。
「えーーと、どなたでしたっけ?」
将の質問に、その男子生徒は右肩を落とすが、すぐに立ち直った。
「高林だよ!笹妬高校の高林栄治!!
新人戦で、君にただ一つの負けを喫した高林だよ!」
将はしばらく記憶をたどっていき、昨年の新人戦の最初の試合で、
相手側コートにいた人物であることに気が付いた。
「ああ、あの時の」
「・・・やっぱり忘れてたか。俺はあの一敗を忘れなかったというのに」
「百戦して百勝という訳にもいかないんだから、そんな事言われてもなあ。
第一、最終的には新人王になったはずでしょ?
俺は決勝トーナメントで初戦敗退、どっちが上かは明白だよ」
「だから余計に悔しいんだ!
決勝で屈辱を晴らそうとしたのに、敗退してしまったんじゃ、勝ち逃げじゃないか。
おまけに、ミックスダブルスに行ってしまうし、
それでは、屈辱を晴らす機会がないじゃないか!」
「それは、俺が決めた事じゃないよ」
二人の会話を、あっけにとられて聞いていた詩織だったが、ようやく我に帰った。
「ちょっと、あなた!・・・」
詩織がそこまで言った時、元城と、笹妬高校の二人の男子生徒が駆け寄って来た。
「なんだ?どうした?藤崎?」
「高林!お前何やってんだ!?」
「あ、キャプテン」
「キャプテンじゃねえだろが!さっさと集まれ!
おい頼む」
「はい」
そう返事をした生徒は、高林の手を取り、引きずるようにして、
集合している場所に向かって行った。
その二人を見送って、笹妬高校のキャプテンは将達に向き直る。
「いやあ、すいません。
あいつ、そちらの吉野君をずいぶん意識してまして、ご迷惑をおかけしました」
それに対して元城が答える。
「いいんだって、あの高林君に意識されるなんて、吉野にもいい刺激だからね」
「実は、吉野君には感謝してるんですよ」
「?」
元城、詩織、四本松、将の4人は首をひねる。
古式は1テンポ遅れた。
「高林、最初の頃は天狗になってたんですけど、
吉野君に負けたのがよほど応えたのでしょう。
言うことをよく聞くようになって、扱いやすくなりましたよ。
吉野君のおかげです」
そう言われても将にはなんと応えて良いのか判らない。
黙り込む将に代わって、元城が言う。
「迷惑かけられたお詫び代わりに、予定にはないんだが、そちらの高林君と、
うちの吉野、シングルスマッチ組んでもらえないかな?
そちらにとっても悪い話じゃないと思うんだが?」
「それはありがたい。高林にもいいガス抜きになるから、ぜひ、お願いしたいですね。
ただし、・・・」
「ただし?」
「こう言ってはなんですが、高林、強いですよ」
余裕のある表情の笹妬高校のキャプテンに答えたのは、
それ以上の自信に満ちた表情の詩織であった。
「ご心配なく、将君も強いですから」
静かなのだが、気迫のこもった詩織に、相手はひるんだ。
「そ、そりゃ楽しみだ。お願いしますよ。
それでは、また後ほど」
そう言い残し立ち去る後ろ姿を見ながら、詩織は将に言った。
「だ、そうよ、将君」
「はい」
「言っておくけど、手の内を隠すなんてしなくていいからね。
全力を出してね」
「はい」
力強く答える将に元城は言った。
「なにせ、お前はうちのエースなんだからな」
将はそれに答えるようにニヤリと笑った。
将と高林のマッチは、荒々しく激しい、力対力のパワー勝負となっていた。
「ゆかり先輩、・・・将君のテニスって、こんなに激しいものなんですか?」
両手で口を押さえ、四本松は古式に聞いた。
四本松には、将がこれほど激しいプレイスタイルをするなどとは、
思いもよらなかったのである。
「驚きましたか?」
「・・・はい」
「でも、これも、将君なのです。よく、見ておいて、くださいね」
「はい」
勝負は正に互角であった。
第一セットは高林が制したものの、逆であっても全くおかしくなかった。
連尺は詩織に言った。
「これなんですね?詩織先輩が将君に賭けるという理由は。
この事に気がついていたんですね?」
「そうよ、私は見続けて行きたいの、この将君の姿を」
「判ります。いえ、今、初めて実感できました」
そう言った連尺の手は、小刻みに震えていた。
「吉野先輩」
仮入部の本郷は、将の姿に、正式入部の決意を更に深めた。
彼女の目には、将の姿はあまりにも輝いて見えたのである。
「エノ、俺はこの前の試合で手を抜かれたのか?」
西島は江ノ島にたずねた。
自分が将と対した時と、今の将があまりにも違うからだ。
「そうとも言えるし、違うとも言えるな」
「何だいそりゃ?」
「今、二人はお互いの力を引き出し合ってるんだ。
それも、恐ろしく高レベルな限界を越えた力をな!」
唇を震わせそう言った江ノ島の表情は、青白くさえ見える。
それを見て西島は拳を握る。
「俺じゃあ、その力は引き出せないと?」
「ああ、残念ながら、今の所は・・・」
その非情とも思える答えに、西島は逆に闘志を燃やした。
「よーし、判った。
やってやろうじゃん!!
その限界を越えた力を出した”吉野先輩”を倒してやろうじゃないか!!」
その西島を見て、福島と松島は顔を見合わせる。
2セット目を将が取り、セットカウント1−1となった時、試合は中止となった。
あまりにも時間がかかり過ぎ、他の予定に影響が出るからなのであるが、
双方の首脳部で、今、勝負をつけるのが惜しいような気がしたからでもある。
事実、これからの約1年半。
この地区の高校テニス界は、将を擁するきらめき高校、高林の在籍する笹妬高校、
この2校を中心にしていく事になるのであるが、それはまた別の話である。
将にとって、新しい年度はここから始まったと言っても良い。
−−−−−−−−−−−−−−−−−新しい出会いと流れ・・・(終)
鈴鹿8時間(HQI01420@niftyserve.or.jp)
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