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ときめく時の中で総集編 第3集



   ときめく時の中で(24)

  移りゆく季節に心揺れて(1)



 将にとって初の公式戦となる、新人戦の初日がやってきた。
 参加する人数が多いため試合会場が別々になり、組み合わせの関係で、
将が試合をする会場にはきらめき高校の参加者は他にいなかった。
「他に気をとられなくて良いんだから、かえっていいさ」
 将に付き添うキャプテンの中沢がそう言ったのを聞いて,
「キャプテン。もともとそんな事気にする余裕なんて有りませんよ」
将はそう言った。
「そうか?
 吉野だったら、ウインブルドンのセンターコートに立っても、
平気な顔していそうだがなあ」
「いい加減にしてくださいよ、ほんとに」
 将がそう答えた時、それをはたで聞いていた詩織が
「あら、私もそう思ったけどな」
と、半分からかうように言った。
「藤崎先輩まで、そんな事言うんですか?」
 そんな将に、詩織と中沢は顔を見合わせクスリと笑った。
 将に付き添うのは、中沢と詩織の2名である。
 3年生の公式戦がもうないとはいえ、新人戦が終わるまで、
中沢はキャプテンとしての役目を負うことになる。
 もっとも、自分が言い出した将の新人戦への出場である。
 役目を解かれても強引に付き添っていたことだろう。
 詩織にいたっては直接教えた身である、他の誰が行くというのであろう。
 実は、将に付き添いたいという希望者は多く、
中沢はそれらを断るのに苦労させられた。
 他にも新人戦に参加するものがいる。
 将だけ付き添う人間が多ければ特別扱いになってしまう。
 それは中沢にとって、何より将自身が一番いやなことであったからである。
 直接会場に応援に来ることさえ禁じた。
 そのおかげで中沢は、試合の様子を収めるためのビデオカメラの使い方を、
必死に覚えなければならなかった。

 新人戦は経験を積ませるという意味から、全てがトーナメント制ではなく、
まず予選として総当たりのリーグ戦がある。
 6ゲーム先取の1セットマッチという変則の試合を1日で計6ゲーム行なう
ややハードな形となる。今日はその予選なのである。
「問題は、最初の試合にいきなり笹妬高校の高林とぶつかることだ」
 会場に向かう電車の中、組み合わせ表を見た中沢が言った。
 将をはさみ、中沢、詩織がシートに座っていた。
「その人がどうしたんですか?」
 将の質問に中沢は苦笑いである。
「元プロテニスプレイヤーの高林 春治って知ってるだろ。
 何をトチ狂ったんだか、今度衆議院選挙に出るって言う」
「ああ、知ってます・・・つまり」
「そう、その息子さんなの。要注意というわけ」
「へえ、そうなんですか」
 反対側に座っていた詩織からそう聞かされた時、
将の感想は他人事のような感じだった。
「平気そうだな?」
「どんな教育受けてきたか知りませんが、同じ高校生じゃないですか?
 それに負けたとしたって、トーナメントじゃないんだから次で頑張りますよ」
 その言葉を聞いて、中沢は先程の言葉を繰り返した。
「やっぱり、ウインブルドンでも平気な顔をしてるよお前は」
「私もそう思うな」
「もう、二人してからかわないでくださいよ」
 この時までは、確かに将はリラックスしていた。


 新人戦だと言うのに、将の試合会場は一種独特の雰囲気になっていた。
 高林春治の息子、高林栄治の高校デビュー戦を見ようと、
一部の関係者が詰め掛けたのだ。
 その数自体は30人ほどとたいした数ではないものの、その存在自体が、
他の選手たちに対して影響を与えていた。
 スタンドなどない普通の公営施設のコートに、
背広姿のそんな人数が来れば無理もなかろう。


 その中、将は慣れているはずの自分のシューズ相手に苦戦していた。
(あれ、あれ、何でだ?何でひもが結べないんだ?)
 自問自答している内にようやく答えが出た。
(なんだ、俺、あがってるんだ・・・まいったなあ)
 将とて例外ではなかったのだ。
 将は初めての経験に、自分でもどうしていいのか解らなくなっていた。
 その様子は、すぐ外で見ていた中沢と詩織にも手に取るように判った。
「まずいな、吉野の奴、硬くなってやがる。
 あいつでもあがることがあるのか」
「・・・・」
 詩織は何も言えなかった。

 将のゲームの番が来た。
(落ち着け、落ち着け)
 自分に言い聞かせれば聞かせるほど、かえって足の接地感がなくなっていった。
 その時である。
「将君!」
 そう呼ぶ声に、将は振り返りその声の主を探す。
 その声の先には、そう、詩織がいた。
 中沢はあせった。いくら新人戦とは言え、プレイヤーに対してのアドバイスは
禁止されている。
 中沢の心配をよそに、詩織のした事はただひとつ。穏やかな笑みを浮かべ、
将の目をまっすぐ見ながら、静かにうなずいただけである。
 一瞬の間を置いて、将も同じようにうなずいた。
 そして、それまでのことが嘘のように体が自由になっていた。
 それは中沢にもはっきりと判った。
「こりゃ驚いたな、これが師弟愛っていうものなのか?
なあ、藤崎?」
 中沢の言葉に、詩織は少し照れたように笑うだけであった。

(何をあがっているんだ俺は。藤崎先輩に教えてもらったことを出せばいいんだ。
先輩を信じろ)
 ベースラインに立ち、ガットを直しながら将はそう思っていた。
 もはや周りのことなど関係なくなっていた。


 高林のサービスでゲームが始まった。
 弾丸のようなサービスが将のコートに突き刺さった時、
会場は小さなざわめきに包まれた。
「さすがサラブレットですな」
「新人戦では敵なしでしょう」
 そんなざわめきである。
 その時、将はラケットを肩に乗せ、サービスの着地地点を見て思っていた。
(なんでえ、要注意って言うから、どんなすごいものかと思えば。
これなら藤崎先輩のファーストサービスの方がよっぽど強烈だったぜ)
 そして相手のコートを見て不敵な笑みをこぼす。
 それは正に、天使が浮かべる悪魔の笑顔とでも言うべきものであった。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−続く
 
   ときめく時の中で(25)
 
移りゆく季節に心揺れて(2)
 
  
   
 吉野将、新人戦でベスト16進出!
 しかも、あの高林を破って!
 そのニュースは、試合の翌日に、早くもきらめき高校内を駆け巡った。
 それを聞いて、将を勧誘し失敗したクラブの者が、逃がした魚の大きさに悔やみま
くった、などという話がもっともらしくニュースに付随した。
 
 上機嫌なのは中沢である。
「いやあ、自分で出させておきながら、よくもまあって感じだな」
笑いを押し殺しきれない。
 
 新人戦はまず、8ブロックから成る総当たり戦(リーグ戦)の予選が行われる。
 その後に、各ブロックの1、2、3位の成績の選手による、決勝のトーナメントが行
われることになっている。
 ベスト16というのは、リーグ戦を1位で通過するとシードされ、
2回戦からの出場となり、その時点でベスト16になっているという訳である。
 つまり、将は予選リーグを1位で通過したのである。
 中沢が機嫌が良いのも無理はない。
 
「高林は、はっきり言って油断していた。
それが、吉野の力が予想を越えていたためリズムが狂って、
最後まで取り戻せないまま終わったって訳だ。なんだかんだ言っても1年生だよ」
 中沢は、聞かれるたびに、詳しくその時の様子を話した。
 将は”余り触れ回らないでくださいよ”と言うのだが、
”どうせ話題になるんだし、正しい情報を流しているのさ”
と、もっともらしく答えた中沢だが、要はうれしいのだ。
「高林を負かしたと言うことで、他の参加者は意識しすぎて自滅。
 吉野のした事は、基本的なことばかりだ。
 拾って、走って、打って、・・・駆け引きとか作戦なんてないんだ。
 しかし、なかなか基本を出しきると言うのができないんだよ。
 それを確実にこなした吉野もたいしたものだが、短期間でそれを教え込んだ、
藤崎のコーチングもすごいよ」
 ただし、他の新人戦参加者に対する配慮もあるので、
「もっとも、運が良かったといえばそれまでだ」
といった言葉を忘れなかった。
 事実、有玉に対しては、
「正直言って、少々出来すぎだ。
 歯が立たないとは言わないが、3セットマッチの決勝トーナメントじゃ、
まず勝てないだろう。いかんせん実戦経験が少なすぎる。
 まあ、負けることもいい経験だがな」
と口にしていた。
 その洞察が正しいことは、後日証明されることとなる。


 放課後の美術室、キャンバスに向かい熱心に筆をふるう女生徒がいた。
 片桐である。
 そこへ、ショートヘアの女生徒が声をかける。
「頑張ってるね、彩ちゃん」
 手を休め、片桐は振り返り答える。
「ハーイ、サッキー、もうコンクールだからね。ラストスパートよ」
 サッキー、本名の「沙希」から片桐がつけたこのニックネームに、
 彼女は少々違和感を覚えるのだが、彼女の性格からそれを言い出せないでいる。
 片桐はいい友人だし、親しみを込めていってくれてるのを、
咎めるつもりはなかった。
 彼女の名前は虹野沙希。サッカー部のマネージャーの彼女は、
同部のアイドルとして一部では有名である。

「ふーん、テニスが題材なの」
 キャンバスをのぞき込んで虹野が言った。
「イエース、そうよ。この夏はすっごくクリエイティブな夏休みをすごしたんだ」
「・・・そ、そう。
 あっ、テニス部って言えば例の1年生って知ってる?」
「オフコース!もちろんよ!
それはもう、この夏休み、彼、すごく成長したんだよ」
 片桐は、テニス部の夏の合宿にほとんど毎日のように見学に行って、
将の特訓などを見てきたことを話した。
 虹野はどうやら聞き上手のようで、
片桐の話を上手く相づちなどしながら聞いていた。
「実は、その吉野君を最初に勧誘したのは私なんだ」
「リアリイ?本当にい?」
「でも、その時は断られちゃったんだ。
 ああん、もう悔しいなあ!彼が来てくれてたらきっといい戦力になったのになあ」
 彼女の性格では、無理強いすることができなかったのだろう。
 心底残念そうな表情である。
「すごく熱心ね、サッキー」
「国立競技場へ行くのが私の夢だからね」
 きっぱりと言ったその虹野に、片桐は何度もうなずいた。
「バイザウエイ、ところで何か用があったんじゃないの?」
「そうそう、はい、これ私のクラスの文化祭の出し物の企画書。
彩ちゃんが提出先だったよね」
「ザッツトゥルー、その通りよ。でも、文化祭の実行委員も楽じゃないわね
えーーと、あれえ、またお化け屋敷?」
「やっぱり、多いの?」
「オリジナリティがないのね、委員会がまた大変よ」
「もう、根性で乗り切るしかないね」
「ハアー、他人事だと思って」
と言って、二人は軽く笑った。
「バーット、でも今年は違うわよ。例の企画、今年はできそうなの」
「例のって、あの?」
「そう、あれよ」
 今度は同時に吹き出した二人であった。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−続く 
   ときめく時の中で(26)
 
移りゆく季節に心揺れて(3)
 
 
 
 
「クラブ対抗、ミスきらめき高校コンテスト?
・・・だったら、テニス部は最強ですね」
 将のその言葉に、その場にいた女子部員が顔をほころばせる。
 テニス部は美人ぞろいだと、言っているようなものである。
 それを見た元城は米津に耳打ちする。
「あれって、計算して言ってるのか?」
「そうじゃないから困りものなんだよ」
 米津は当然のように言った。
 
 放課後、テニス部の部室に15名ほどの部員が集まっていた。
 文化祭でのテニス部の方針を決めるためだ。
 その音頭をとっているのは中沢である。
 まだ引退した訳ではないが、彼がこうしているのは、
要するにこういうお祭り騒ぎが好きなのだ。
 本来、運動部は文化祭では脇役の立場なのだが、こういう企画があったら
中沢という人間は黙っていられないのである。
「でも、これが俺とどういう関係になるんです?」
 中沢から手渡された企画書のコピーを手に将は首を傾げる。
 中沢の答えは予想外のものだった。
「よく、その企画書を見てみろ」
「え?・・・・えーーーーーーーーーー!!!!!」
 その企画書には、”ミスきらめき高校コンテスト”の前に、
小さく、本当に小さく、
”男子”
と書かれてあったのだ。
 将は軽いめまいを覚えながら質問した。
「キ、キャプテン、ま、まさか?」
「おう、察しがいいな、お前が出るんだよ」
頭の中は、完全に真っ白である。
 
 佐鳴と新橋は完璧に楽しんでいる。
「この企画を見た時にやったーって思ったのよ。
 吉野君自身が言ったように、テニス部はこれに関しては最強よね」
 佐鳴の言葉に、新橋も同意見だ。
「そうなのよ。吉野君だったら、足、剃る必要ないもんね」
 埴輪顔になる将をよそに、二人を中心にした女子部員が盛り上がる。
 他の男子部員といえば、将がいけにえになった事に同情するとともに、
自分でない事に心底安心していた。
 ようやく思考回路が接続された将は、事態を打開すべく、
一人の上級生に助けを求めた。
「藤崎先輩、何とか言ってください」
 だが、望んでいた答えは返ってこなかった。
「えーーとねえ、あきらめなさい」
 普段ならば、最上級の女神の微笑みにも勝るであろう藤崎の笑顔が、この時には、
悪魔のもののように感じ、がっくりと肩を落とした将であった。
 それを見て女子がまた盛り上がる。
「盛り上がってるところ悪いんだが」
 中沢が、もう一枚の企画書を皆に見せる。
「実はまだ、こういうのもあるんだ」
 その企画書には、見間違う事のない大文字で、でかでかと
”同時開催、クラブ対抗

女子

ミスターきらめき高校コンテスト”
(ベストカップル部門も開催)

と、記されていたのだ。
 一瞬凍り付いた女子部員たちであったが、やがて一人に視線を集中させる。
(この時、一人だけタイミングがかなり遅れたものがいたのだが、
ここで言うまでもないであろう)
 その視線の集まる先の人物は、先程までの笑顔を、
まるで舞台のセットが入れ代わるように別の物に変えた。
「え?!・・・私?」
 何かに上から釣り上げてもらっているのではないか?そう思えるように、
不自然に立ち上がったのは詩織である。
「あー、いや、最初はそれも考えたんだが、吉野の身長を考えるとな。
 適任は別にいるだろう、と、俺は思うんだが?」
 そう言う中沢の言葉に、今度は別の人物に視線が集まる
(やはり、一人遅れた物がいたが)。
 次の人物は、この企画を一番喜んでいた人物の内の一人であった。
 事態を把握したその人物は、顔を両手で覆いながら天を仰いだ。
「中沢君、それは名指しで言ってるようなもんじゃない」
「やってくれるよな、佐鳴」
「断るとは、思ってないくせに」
「いやあ、自主性にお任せしますよ」
「・・・・・・・・・・・・」
 暗黙の了解、と言うよりあきらめたという感じで、佐鳴の返事を得た中沢が
議事を続ける。
「で、衣装の事だが、当然テニスウェアになる。
この企画の事が、これだけ早く判ったから、これは俺が何とか出来る、と」
「ちょ、ちょっと待ってください」
 元城が割り込んでくる。
「吉野サイズの女子用のあてなんか、あるんですか?」
「だから、今これだけ早く判ったんだから、何とかできると言ったんだろ」
「そうですけど、・・・。
大体、この企画の情報自体、こんなに早くどこから手に入れたんです?」
 元城の追求は続く。中沢は、それを半ば楽しんでいるようである。
「・・・うーんと、まあ、ニュースソースは秘密にしておくものだ」
 そう言って、中沢がはぐらかして答えると、
元城は腕を組んで独り言をするしかなくなる。
「いったい、中沢さんの人脈はどうなってんだ?」
もっともそれは、元城だけの物ではなく、テニス部員の多数が、
以前より抱いている疑問である。

 と言う訳で、テニス部は今回の文化祭に、多少変な形ではあるが、
参加する事になった。
 それは将にとって冷や汗ものの文化祭となるのだが。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−続く
 
   ときめく時の中で(27)

移りゆく季節に心揺れて(4)




 文化祭、はっきり言ってお祭りである。
そして、一番楽しいのは祭りの前日なのかもしれない。
 将は翌日に控えた文化祭のイベント、クラブ対抗”男子 ”ミスきらめき高校、の
準備と衣装あわせと称したもののために、テニス部の部室にいた。
 もっとも、それはそう称されるものからは、かなり遠い位置にあるものであった。
(結局俺って、先輩たちのおもちゃ、なんだよな)
将がそう思うのも無理はない。
 2、3年の女子部員が、将のテニスウェア(女子用)姿を見て、
歓声を上げているのだから。
 ここにいるのは、佐鳴、新橋、古式、芳川、そして詩織、その他4名
の女子ばかりである。
「きゃーーっ、かわいい!」
 女子用のウェアと言っても、普通のショートパンツの上から、
スコートを着けただけなのだが、スカート姿と言うのはかなり印象が変わる。
 耳まで赤くしながら、無駄だろうなと思いつつ、将は抵抗を試みる。
「もういいでしょ。明日になれば、いやでももっと見れますよ」
「駄目よ。その姿をイメージしてメイクするんだから」
 新橋は心底うれしそうである。
「化粧するんですか?」
「当たり前でしょ、そのための道具ももってきたんだから」
「・・・・・はあ、」
 実のところ、将は母親の美里にもよくメイクされた事がある。
 それどころか女の子の服を着せられ、写真なども多く撮られて、
将の家のアルバムでは、まるで男の子と女の子、
二人の兄妹(?)がいるような気がするほどである。
(俺って、女性におもちゃにされやすいのかなあ?)
 メイクの最中、将はそんな事を考えていた。
 考えてみればメイクなど翌日にすればすむ事で、特に今、
練習しなければならない事ではない。
 要は遊ばれているのだが、素直に従うところが将らしいところではある
「こんなものかな?」
メイクしていた新橋がそう言ったので、どれどれ、とばかりに他の女子がのぞき込む。
「うん、いいわね」
「かわいい、かわいい」
 などと言う感想の中、詩織だけはその表情からして
違うものを持っているようである。
「詩織は気に入らないの?」
 新橋が心配そうに聞いた。
 えっ、と言うように、我に返った詩織はあわてて笑顔で否定した。
「いえ、違うんです。
なんか、誰かに似ているような気がさっきからしているだけです。
 可愛いわよ、将君」
詩織の言葉に、将は全身が恥ずかしさで火照った。
「誰に似てるの?詩織?」
「それが、どう言ったらいいのか、なんとなく誰かに、としか言えないんですよ」
 ほかの者は、似ている、と言う言葉に反応した。
「似てるねえ?
そう言えばどっかで見た事があるような・・・」
 等と思い思いに口にしながら、それぞれが考え込んでしまった。
「ああっ、わかった!!」
 声を上げたのは、メイクをしていた新橋である。
「ゆかりだよ、ゆかりに似てるんだよ」
 いっせいに、皆の視線が古式に集まる。
 その古式自身はそんな事態には動ぜず、右手の人差し指を顎にあて、
考え込んでいる(ように見える?)。
「そう言われて見ると、顎の形とか」
「見ようによっては、輪郭とか?」
 将と古式の間を、何対もの視線が何度も往復し、二人の共通項を探されるたびに、
将は先程からの火照りが、少しずつだが強制的に冷却されていくのを感じた。
 この中で、将と古式が母親違いとは言え、本当の姉弟であることを知っているのは、
まず、100%将だけである。
 こんな形でその事が表れるとは思いもよらなかった。
 無論、だからと言って現実に、今ここで、
そんな結論を出す人間がいるとも思えないのだが、やはり神経に良くない。
「何だか、姉妹と言っても通じそうだよね」
「ハハハ、そうかもね」
 さすがにこれには肝が冷える、弟ではなく妹と言うのが奇妙だが。
「どう?ゆかりはどう思う?」
 その問いに、古式は、しばらくの間を置いて、いつもの口調で答えた。
「そうですねえ、吉野さんのような、妹がいたら、うれしいですねえ」
「あのー、一応、弟なんですが」
 将は思い切って、会話に加わった。
 古式が喋るペースに、黙っていられなくなったからだ。
 その発した言葉は、意味と形そのものは、古式が言った事に対する、
冗談を交えた反論なのだが、ただ単に言葉にすればまったくの真実なのである。
「あら、そうでしたね。でも、弟でもうれしいですねえ」
”相変わらずだなあ、ゆかりは”
そんな言葉に、場が盛り上がる。
(何て奇妙な光景なんだろう)
 将は、そう思わざるをえない。本当の弟に対して、仮定の話をする。
 複雑な思いである。


 結局、当然と言えばそれまでだが、その話題は、
”他人の空似”
と言う結論に収まったのだが、将としては冷や汗ものであった。


 そして文化祭が始まる。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−続く


 
   ときめく時の中で(28)

移りゆく季節に心揺れて(5)



「暇だね」
「暇ですね」
 佐鳴のそっけない質問に、将もそっけなく答える。
 文化祭のこの日、二人はテニスウェアの姿で椅子に座りテニス部の部室にいた。
 ただし、佐鳴は男子用、将は女子用であり、その上二人ともメイクまでされている。
 テニス部の部室で準備をしたのはいいのだが、時間が余ってしまい、
他の部員たちはさっさと見物、もとい、見学に出ていってしまった。
 しかし、将と佐鳴はさすがにそのままでは出るに出られず、
時間が来たら呼びに来てもらう約束をして、部室で暇をつぶす事となった。
 で、その姿であるが、佐鳴は髪をいつものポニーテールより下で束ね、
ややきつめのアイラインにしているぐらいだが、将の方は念がいっている。
 メイクは、昨日のような感じで施されたが、
肩にかかるほどのかつらをしているのだ。
「しかし、中沢君って、そんなかつらどこから手に入れたのかしら?」
「佐鳴先輩が知らないのに、俺が知るわけないでしょう」
「そりゃそうだ。でも中沢君もなかなかいいセンスしてるな、
似合ってる、って言うのも変だけど、なかなか可愛いよ」
 からかい半分、本音半分といった感じで、佐鳴が言うと、
「もう、死ぬほど恥ずかしいんですよ」
と、顔をあらぬ方向に向けて答える。
 その姿に苦笑いしながら、さらに佐鳴は続ける。
「詩織に見られるのがそんなに恥ずかしいか」
 佐鳴のその言葉に、将は精神的に椅子から突き飛ばされる事になる。
「ど、どどどうして、そんな事を!」
 一応、否定はしているが、その動揺ぶりで答えが明白になっている。
「別に隠さなくたっていいじゃない。好きなんでしょ?詩織が」
 佐鳴の言葉は回り道などせず、真剣に将に攻めてくる。
 将は、もともとごまかすなどと言うことが嫌いな方なので、
真正面から受け答える。
「・・・正直なところまだよく解りません。もちろん、尊敬してます。
 あこがれても、・・・います。
 でも、一人の女性として好きなのかどうか、まだ解らないんです。
 それにあんなに素敵な人に、俺なんかがつりあえるとも思えませんし・・・」
 そこまで言いかけた時に、佐鳴が中断させる言葉をはさむ。
「こら!吉野 将!君は自分を過小評価しすぎるぞ。」
 文字にすれば厳しく思えるかもしれないが、その言葉には暖かみさえ含まれている。
「そりゃあ、確かに、私から見ても詩織はすごくいい子だし、
男子に人気があって当然だろうね」
 本音から出ている事がよく解る佐鳴の言葉に、将は静かに聞き入っている。
「競争率めちゃくちゃ高いだろうけど、吉野君だってなかなかいい線いってると思うぞ
私は」
「そうですか?」
「そうだよ。だから、頑張ってもっと自分を磨かないといけないね。
 詩織を一人の女の子として好きなのかどうかは、それから考えても遅くはない、
と私は思うよ」
「はい」
 素直に答える将だがしばらくして聞き返す。
「ところで佐鳴先輩こそ、どうなんですか?」
 質問自体は曖昧だが、意味は明白なので佐鳴は苦笑いしながら答える。
「私だけが聞くのはやっぱりずるいから、話すね。・・・いるよ、好きな人」
 少し間をおく、と言うより恥ずかしいので続けられなかったらしい。
「でも、それが誰か、は、勘弁してね。さすがに恥ずかしいから」
「中沢キャプテンじゃないんですか?」
 将のその言葉に、今度は佐鳴が精神的に椅子から突き飛ばされる事になる。
「ど、ど、どうして将君が知ってるの!?」
「・・・えっ、・・・マジ?」
 二人とも凍りつく。
 先に我を取り戻したのは佐鳴であった。
「引っ掛けたなあ」
「いや、そんなつもりは・・・」
 あわてて将は否定する。なんとなくそう思っただけで、
根拠があって言った訳ではなく、ほとんど冗談のつもりだったのだ。
 それが佐鳴にもわかったようで、首を振ってため息をついた。
「もう、反応が正直すぎたのね。判ってると思うけど、秘密にしといてよ」
「もちろんですよ、上手く行くといいですね」
 将がそう言ったのを聞いて、佐鳴は再びため息をつく。
「テニスを始めたきっかけも彼が原因なんだけどね。でも、難しいなあ。
 将君は知らないと思うけど、彼って意外と人気あるんだよ。
 それに、見ての通り私の方が背が高いんだ。
 私にしたって女の子に慕われたりしてさ。まいっちゃうよ」
「そんな事言うなら俺は年下ですよ」
「・・・・」
「・・・・」
 顔を見つめあい、声を出して同時に笑った。


「そろそろ、時間ですよ」
 詩織が部室にやってきた。
 詩織の姿を認めて佐鳴は、肘で将をつついて片目をつぶる。
 将は少し照れる。
 その様子を見て詩織は首を傾げる。
「どうしたんですか?先輩?将君も、何だか変よ」
「なんでもないよ、ね、吉野君」
「ええ、その通りです」
「???」
 詩織は小首を傾げ、考え込むだけであった。


 コンテストは、テニス部の圧勝であった。
 将と佐鳴は、”ミス””ミスター””ベストカップル”
の3部門を制してしまったのである。
 そのおかげで、将は上級生、佐鳴は下級生の女子の人気が上がり、
それぞれが別の理由で悩む事となるのである。

 中沢にとって、これほどの結果になるとは思いもよらぬ事であり
最後の仕事?としては、最高の終わりかたとなった。
 きらめき高校テニス部は、いよいよ新体制としてスタートする。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−続く

 
   ときめく時の中で(29)

移りゆく季節に心揺れて(6)


「新キャプテンは、元城 祐二!」
 中沢のその言葉に、一番驚いた、と言うより、唯一反論したのは、
当の本人だった。
「そんなばかな話がありますか!?
何で、俺がキャプテンの器だと思えるんですか?」
 テニス部の全員参加ミーティングが開かれていたテニスコートいっぱいに
聞こえるような声であった。
「新キャプテンの指名には反対できない、そういう不文律があっても、
なお反対か?」
中沢の表情は穏やかなものだが、その言葉は毅然としたものだった。
「それを言うなら、今年は女子がキャプテンのはずでは?」
 それでもなお、元城は引かない。
「なにも、年ごとに入れ代わってた訳じゃないさ、
男子が2年続けたってかまわないだろう。
 なら聞くが、ほかに誰がいいと思っているんだ」
「藤崎がいるじゃないですか。
 実力から言っても人望から言っても適任です」
 おそらく元城はそう予測していたのだろう、間髪を入れずに即答した。
「それは俺も考えたさ。だが、それでもお前の方が適任だと思うのは俺の間違いか?」
 そう言われて、元城は口ごもる。
 追い討ちをかけるように佐鳴が続ける。
「中沢君だけではないわ。
 私も、有玉君も、淳子も、3年生全員があなたが適任だと判断したの」
「そういう訳だ、腹くくれ」
 短いが重みのある有玉の言葉がとどめをさす事になった。
 元城は、観念した表情で、
「わかりました、全力を尽くします」
とだけ答えた。
 小さく3回ほどうなずいた後、中沢は続ける。
「サブキャプテン、藤崎 詩織」
「私ですか?」
 詩織のその言葉に中沢は少し驚いたそぶりで斜め上を見上げた。
「おいおい、しっかりしてくれよ。新キャプテンの推薦があるくらいなんだぞ。
これ以上手を焼かせる気か?」
 詩織も覚悟を決めたようだ。
「はい、わかりました」
 ほんの短くそう答えた。
「他の者で反対する者があれば、今、言ってくれ」
 反対する者はいなかった。その事が中沢には1番うれしい事だった。
「3年は、これで引退する事になる。
 もちろん、ちょくちょく顔を出すが、明日からはお前達が自分で考え、
自分で行動する事になる。
 いいか、忘れるなよ。全て自分たちでやるんだ。
 伝統だとか先輩がどうだとか、いっさい気にするな。
 自分たちが、今、何をするのか、何をしなければならないのか、
真剣に考えて行動しろ。そして責任の取り方も考えろ。いいな。」
 中沢の問いかけに、それぞれがおもいおもいにうなずいた。
「俺から言うことはそれだけだ」
 将は、改めて中沢がなぜ人望があるのかわかったような気がした。


 その夜将の家では、和人が持って来た数枚の写真で、
美里がけたたましいほどの笑い声をあげていた。
「和人お!何でこんな写真持って来たんだよ!」
「何でったって、美里さんに見せなきゃ意味なかろう」
「そういう問題か!」
 和人が持って来たのは、先日の文化祭での将の女装姿の写真である。
笑いをこらえて美里が将の肩を何度も叩いた。
「高校行っても、こういう事考えるのはいるんだねえ。
いやあー、可愛い可愛い」
 満面に笑みを浮かべる美里に、将は完全に呆れてふててしまった。
「まあ、まあ、いいじゃないか。すぎてしまえばいい思い出さ」
 和人が将をなだめようとするが、逆効果になってしまったようだ。
 肩を落とす将に、美里と和人は顔を見合わせクスリと笑った。
「しかし、この写真の将、誰かに似てるような気がして仕方がないんだけど、
思い出せないんだよなあ」
「どれどれ?」
 美里も、改めて写真を見て考えるがわからないでいる。
 和人の疑問に、今までふてていた将が答えた。
「古式さんだよ」
「古式さんって、あの、のんびりゆったりの古式さん?
・・・・・おお、そう言われれば確かに似ている」
 和人はただ単純に喜んでいるが美里は少々複雑な思いである。
 そんな美里に将が聞く。
「お母さんはどう思う?」
「おいおい、美里さんは古式さん知らないだろう?
比べようがない・・・」
 将と美里の雰囲気がいつもと違う事に和人が気付いた。
「どうしたの?」
 将は美里を見た。
”どうしようか?”
と目で問いかける。
 美里はやや考えてから悟ったような顔で答えた。
「和人くんに隠す事なんて何もないはずでしょ、将」
「そうだね」
 和人は状況がつかめないでいるのだが、さらに将から聞かされた事に、
驚きを隠せない事となる。
「古式さんは俺の姉さんなの」
「へ?・・・へ?・・・へ?」
「やったよ、和人を固まらせたよ!」
 喜んでいる場合ではないと思うのだが、ともかく将は和人に詳しい事を語り始めた。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−続く
 
   ときめく時の中で(30)

移りゆく季節に心揺れて(7)



 和人は放課後、校舎の屋上からテニスコートを眺めていた。
「将と古式さんがねえ・・・」
 独り言が思わず口に出る。
 吉野親子、美里と将から聞かされた話は、和人にとってショックと言うより、
現実感のないTVドラマのようにしか思えなかった。
 美里がいわゆる未婚の母だと言うことは知っていた。
 だが、その父親が古式ゆかりの父親だとは、どうして想像できようか。
 もちろん、この学校に来なければ、まさしくTVドラマ並みの縁の遠い話だったのだ
が、現実には同じ学校に入り、しかも将は同じテニス部に入っているのだ。
 しかし、それ以上に和人にとって複雑なのは、
この事をいとも簡単に話してくれた事だ。
 自分を信用してくれるのは嬉しいのだが、実際のところ、
これから自分はどうしたらいいのか、少々わからないでいる。
 古式と接する事はほとんどないにしても、事情を知ってしまった以上、
今までと全く同じでいられる自信は正直言ってなかった。
 もちろん秘密にすべき類の事だ、というのはわかる。
 ぺらぺらと喋りまくるような馬鹿な事はしない。
 だが、ひょんなことで口にしてしまうかも知れない、その不安はぬぐい切れない。
「将の野郎、自分が出来るからって、人も同じように出来ると思うんじゃないよ」
 誰に聞かせる訳でもなく、独り言をしている和人の後ろに、
一人の女生徒が立っていた。
 その気配に和人が振り向くと、それは美樹原だった。
「あれ、こんにちは、美樹原さん」
「あ、・・・あの・・こんにちは」
 夏祭り以来、おかしなもので、校内でよく顔をあわせるようになり、
最近では美樹原の方から話し掛けるほどになっていた。
 最初の頃、美樹原はもじもじして顔を赤らめ挨拶をするのが精一杯であったのだが、
回を重ねるたびに段々なれてきたようだ。
「どうしたのかな?今日はこんな所に?」
「・・・領家さんこそ、・・・どうしたんですか?」
 美樹原の方が1学年上なのだが、どういう訳か和人の方が、
年上のような口のきき方になっていた。
「俺は、ただ単に暇潰し」
「わ、私も、・・・そんな所です」
 相変わらず、言葉が途切れる事があるが、それでも随分と変わってきたものである。
「詩織ちゃん・・・、藤崎さん、テニス部のサブキャプテンになって、
ここ数日忙しいみたいで・・・」
「ああ、そう言えば、将もそんな事言ってたなあ」
 和人は、将が先日言っていた事を思い出した。
「私・・・、どこのクラブにも入ってないから・・・、」
「俺だってそうだよ」
「あ、・・そうでしたね」
「それじゃあ無所属どうし、途中まで一緒に帰ろうか・・・、
あっ、俺と一緒じゃあ、恥ずかしいよね?」
「い、いえ、そんな事・・・」
「・・・そう?
・・・それじゃあ、帰ろうかな?」
「は、はい」
 そんな会話を交わした後、二人は一緒に下校していった。
 実は、美樹原が男子と下校するのはこれが初めてのことであり、
和人にとっても、同じことだった。
 ただし、その認識は、お互い違ったものだったが。



 その頃、テニス部の新しい”最高幹部会”元城、米津、詩織の3人は、
今後の方針を決めるために、部室にいた。
「何だか人数少なくなって、寂しくなったなあ」
 話し合いの中で、ふと、元城がそう言うと、
「昨年も最初は3人だったからな、そのうちメンバーを加えていけばいいさ」
と、米津が答える。
 旧メンバーは、元城と米津の二人であり、中沢、有玉、佐鳴、新橋の
4人の3年生が抜け、代わりに入って来たのは、詩織のみである。
 人数で言えば2分の1である。
 確かに元城の言うように、人数だけで言えば寂しいものがある。
「まあ、当分、藤崎を当てにする事にしよう」
 本音とも冗談ともとれる言い方で、元城が言うと、
「元城君、キャプテンがそんな事でどうするの?」
詩織にそう言われ、さらには米津も、
「頼むぜ、新キャプテン」
と、皮肉にも取れそうな言い方をするので、
元城は、二人の間を自分の視線を忙しく往復させてから言った。
「なーんだよ、二人して・・・、
俺一人に、なんでもやらせる気か?」
 両手を腰にあて、わざとすねたような言い方に、米津と詩織は笑いを殺せない。
「わかってるわよ。まずは、ともかく秋の公式戦の布陣を決めるんでしょ?」
 詩織が先程まで話し合っていた事を再び議題にした。
「おおっと、そうだった、そうだった。
で、米津はどうすればいいと思う?」
「キャプテンは、まずどうしようと思ってるんだ?」
「ああ!もう!キャプテンはやめろ!
背中がかゆくなる!」
「キャプテンはキャプテンだろう?」
「だから、やめろって!!」
 実際に背中をかいて見せる元城に、詩織は多少困ったような顔に、
笑顔を混ぜて言った。
「米津君、私もまだサブCとか言われると戸惑うの。
だから、この3人の時はしばらく名前で呼びあいましょう?」
 詩織の提案に米津も同意した。
「わかった。
で、元城はまずどう考えているんだ?」
 背中をかくしぐさをやめ、元城は少しばかりまじめな顔になって、
自分の考えを言った。
「うーん、まず、吉野をどうするか?で悩んでいるんだ。
米津の事だから、もう考えてると思ってるんだが、・・・どうだ?」
 そう聞かれ、米津は短いため息をついてから言った。
「確かに考えては、いる。
元城から意見を求められたから言うぞ」
 その言葉に元城は少し驚いた表情になった。
「・・・ひょっとして、俺を立てているのか?」
「当たり前だろ、俺はあくまでも参謀役、キャプテンは元城だ」
「・・・米津、・・・お前って意外と律義な奴だなあ」
「うるさいよ」
 そう言う米津は多少照れたようにも見えた。
「吉野は、混合ダブルスでどうだ?」
 照れを隠すように米津が言った答えに、元城も、詩織も、態度で同意した。
「なるほどね、キャリアの少なさはパートナーが補う、そう言うことか、
なあ、藤崎?」
 元城の、詩織に向けられた言葉に詩織も力強くうなずく。
 その様子を見た米津は更に続ける。
「勘違いされるとは思っていたが、パートナーは藤崎じゃないぞ」
「!?・・・なんじゃい!そりゃあ!」
 米津の意外な言葉に、元城は驚くと言うより呆れた。
 そんな元城にかまわず、米津は笑みを浮かべながら言った。
「吉野のパートナーは、古式でどうだ?」


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−続く


 
   ときめく時の中で(31)

移りゆく季節に心揺れて(8)



 将の混合ダブルスのパートナーは古式ゆかり。
 米津の示した提案に、元城も詩織も驚きを隠せないでいた。
 元城も、将をダブルスに、とは考えていた。
 経験の少ない将を公式戦に出場させ、実戦経験をつませるのと同時に、
使える戦力として計算していたのだ。
 詩織にしても、将を混合ダブルスにと米津が言った時、
何の疑いも持たずに自分がそのパートナーになると考えていた。
 元城と詩織は顔を見合わせ、まず元城が質問した。
「もちろん、理由を聞かせてもらえるんだろうな?」
「当たり前だ、理由は複数ある」
 米津は一旦間をおき、少し上を見ながらその理由を述べ始めた。
「まず、吉野は藤崎を完全に信頼し尊敬している。
いや、崇拝している、と言っても良い」
 米津の言葉に詩織は苦笑いを浮かべようとしたが、上手くいかず、
彼女にしては珍しい、ややひきつった笑いとなった。
「それはそれで良いのだが、今回はそれではまずい。
 本来パートナーは、対等、もしくはそれに近いものでなくてはいけない。
 だが、吉野は藤崎の対等のパートナーになろうとは思わないだろう。
 パートナーの形にもいろいろあるから、それが間違っているとは言えないが、
今回はそれではまずいんだ。何より吉野のためにならない」
 将の事も考えてこのプランを考えた事がよくわかるので、
詩織も元城も反論できない。
 それを見て米津は続ける。
「次に、佐鳴さんの抜けた女子シングルスには、
藤崎が入ってもらわないといけない。
 そして同じく、新橋さんが抜けてパートナーのいなくなった古式をどうするか?
 彼女は明らかに、ダブルス向けのプレーヤーだろ?
 三方が使えれば良いのだが、3年にならないと親が許可を出してくれん。
 男子のダブルスを組むにしても、篠原、坪井を、わざわざ切り離すような
勿体ない事はできない。ようやく最近になって息が合って来たんだからな。
 そうやって考えていくと、他の布陣は考えられなくなってしまった訳だ」
 元城は、なるほどといった感じで腕を組み考え込む。
 詩織にしても腕こそ組みはしないが、
その表情は元城と全く同類のものを表わしていた。
 元城はすでにその意見を受け入れようと思っていたのだが、
一つ不安材料があった。
「それは良いのだが、公式戦までに古式と息が合うと思うか?」
 そう聞かれると先程までの確信のある表情から、
一段下がった表情になる米津だった。
「正直なところ、俺もそのことに関しては自信がない。
 やってみなければ判らない、と言う所だ」
 元城には、米津がそういった不安を持つのはよくわかる。
 つい先日までは、わからなければ中沢がいた、有玉がいた。
 佐鳴や新橋、他の3年生にも聞くことができた。
 だが、今はもう自分たちで決めなければならない。
聞くことの出来る相手、答えの出せるのは、自分たちだけなのだ。
 元城は決断した。
 それは、自分がキャプテンだと言うことを初めて実感した時でもあった。
「・・・よし、そのプランで行こう。
 米津は、それにあわせた練習メニューの試案を作ってくれ」
「わかった」
「藤崎は、引き続き吉野を頼む。
 加えるなら、そのパートナーの古式と女子側の世話も頼むことになる。
 自分の事もあるだろうが、これもサブCの仕事と思って頼まれてくれ」
「ええ、良いわよ」
「それと、やっぱり、幹部会に人員がたりないな。俺も考えるが、
来週までに、誰か推薦してくれ」
「わかったわ」
「俺も了解した」
 米津と詩織は、この時、中沢が元城を新キャプテンに指名した事が
正しいものであったと同時に実感していた。



 ちょうどその頃、和人は一緒に下校した美樹原とも別れ自宅の前にいた。
 滅多に車の入る事がないガレージに、一台の見覚えのある車を認めて思った。
(兄貴か)
 急いで玄関を開けダイニングキッチンを覗くと、一人の初老の女性に迎えられた。
「おかえりなさい、和人さん」
「ただいま、寺島さん。いつもご苦労様です。
・・・・で、・・・兄貴が来てるの?」
「はい、之信さんが先程から、2階におみえです。
差し出がましいとも思いましたが、ご夕食、二人分作りました、
よろしかったでしょうか?」
そう言われて、和人はしばらく考えてから言った。
「うん、そうだね、ありがとう。
で、今日はもういいから、終わってください。
 後片付けは、こちらでやりますので。
「そうですか、・・・ではまた明日まいります」
「はい、またお願いします」
 そうして、寺島という女性を送り出してから、和人は2階へ駆け上がっていった。
 階段を上がって、まず手前の部屋を開けたが、人影はなかった。
 ドアを閉じ廊下を進んで、西日のあたる自分の部屋のドアを開けた。
 そこには、Yシャツにスラックスといういかにも仕事帰り風の青年が、
ベッドに横になり寝息をたてていた。
 その姿を見て、和人は苦笑いを浮かべぽつりと言った。
「全く、人の部屋で熟睡しやがって。俺のプライバシーをなんだと思ってるんだ」
 そう言ってから踵を返し1階へ降りて行った。
 空腹感もあったし、シャワーも浴びたい。
 とりあえずシャワーを浴び、食事をとっていると、2階で寝ていた人物、
之信があくびと共に降りて来た。
「随分と熟睡してたねえ、向こうじゃ寝れないのかな?」
「・・・なんだその言い方は?まあ、一理あるかな?」
「なんだよ、兄貴らしくないな。いつもなら減らず口も叩くのに」
「まあな、お、俺の分もあるのか?食っていいのかな?」
「いいも悪いも、どうせ奥さんには外で食べて行くって連絡してあるんだろ。
食ってもらわんとこっちも困るよ」
「そうか、そうか」
 そう言って、之信は席に着いた。
(自分の家で、誰かと食事をするのも久しぶりだな)
 正面で食事をとる之信を見て和人はそう思っていた。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−続く



 
   ときめく時の中で(32)

移りゆく季節に心揺れて(9)



 久しぶりに之信との食事を終え、和人は片付けもそこそこに、
兄のいる2階の自分の部屋へ行った。
「ところで本題、今日は何の用なんだい?」
 ベッドに腰掛け和人は聞いた。
 之信はカーペットに直に座り、和人を見上げる格好で答えた。
「自分の家に帰ってくるのに、理由がいるのか?」
「よく言うよ、婿養子に行っちまったくせに・・・」
 その言葉が言い終わらぬ内に、之信は素早く和人の後ろに回り込み、
ドラゴンスリーパーをかけた。あっという間の早業である。
「俺は、領家の姓を名乗ってるぞ!婿養子じゃねえ!!」
「いでででで!!!でも、マスオさん状態であることには変わりないだろう!!!」
「まだ言うか!」
「あたたたた!!判った、判った、俺の負け!痛いって!」
「よーし、それでよろしい」
 そして元の位置に戻り、急に真顔になり和人に向き直る。
「どうだ?そろそろ、俺の所へ来ないか?
あれも、いつでもかまわないと言ってくれているし、いつまでも一人暮らしでは
不便だろう?」
「家の事は、寺島さんがいるから大丈夫だって・・・」
「そういうことを言ってるんじゃない!」
 軽い口調の和人を、戒めるように強い口調となる之信だった。
「・・・正直言えば負い目もある。逃げるように出ていったからな、俺は」
「そんな事関係ないさ、俺は俺の意思で残ったんだし、それより、
俺みたいな人間がそっちへ行ったら兄貴の肩身が狭くなるぜ」
「館林はそんなに了見の狭い家じゃないぞ!」
 真剣そのものの表情に和人は声を失う。
「もし、お前が居づらいと言うのなら、見晴ちゃんと結婚して、
お前が館林の姓を継ぐ。こういうのはどうだ?」
「どこまで本気なんだ!兄貴は!!」
 急に話しが変な方向になって、和人は思わずベッドに仰向けに倒れこむ。
「見晴ちゃんはいい娘だぞ」
「そういう問題じゃねえだろう!!」
 飛び起き之信に詰め寄る。
 空気が固くなり、沈黙が流れる。
 之信がその沈黙を破る。
「お前の気持ちもわかるが、あの二人はもう終わりだ。
 何もお前がその犠牲になることはない。
 家はあっても家族はない。こんな状態がお前にとっていい訳ないだろう」
 和人は顔を伏せしばらく考えていたが、やがてその顔をあげ之信に向き直る。
「いや、兄貴の気持ちは嬉しいけどやっぱり駄目だ。
 ここは俺の家だし、それに家族にも勝る人もそばにいてくれる。
 追い出されない限り、高校出るまではここに居たいんだ」
「・・・吉野さんか・・・」
「・・・ん、・・・・」
 小さくうなずいて和人は肯定する。
「・・・わかったよ。やれやれ、お前が頑固なのは知ってたはずなんだがな。
 吉野さんには、俺からもよろしく言っておくよ」
 そして、自分の腕時計を見て立ち上がる。
「それじゃ、俺は行くぞ」
「ああ、」
「なんだよ。泊まってけ、とか言わないのか?」
「その気もないくせに」
「そりゃ、そうだけどな」

 之信の車を送り出し、和人は玄関先で短いため息をつく。
 そのため息の意味を知っているのは、彼自身だけであった。



 将は古式と、ペアになって初めての練習をする事になった。
「それでは、よろしくお願いいたします」
 古式の挨拶に、毎度の事ながら、将は心の中でたたらを踏んでから答える。
「こちらこそよろしく、古式さん」
「お姉さん、でしょ」
 将の返事が終わるか終わらないかの内に、将の背中を軽く叩いてから詩織が言った。
「ああ、そうか。ええっと、こちらこそよろしく、姉さん」
「はい、」
 古式が目を細め、微笑みながら返事をする。

 ペアを組むにあたって、将と古式に詩織が一番初めにしたアドバイスは、
将の意表をついたものだった。
 古式と言えば、たとえそうだったとしても見た目には全く判らなかった。
「呼び名を決める?」
 ともかく、それに反応して聞き返したのは将だった。
「そうよ、試合の時にかかわらず、お互いの呼び名を決めておくの。
技術的にはともかく、意思の疎通をはかる時お互いに決まった呼び名があると、
かなり違うものよ。
と言っても、これ、先輩からの受け売りなんだけど」
 照れ隠し気味に詩織はにこりと笑う。
 その笑顔に、正体不明の気押されを感じながら、将は再び聞く。
「古式先輩、でいいんでしょ?」
「うーん、一応ペアなんだから、あまり上下関係をはっきりさせてしまうのは、
どうかなって思うの。
それに、”こしきせんぱい”じゃ、多少言いにくいでしょ?」
 そう言われて、頭の中で声を出してみると確かに言いにくい。
 普段ならばともかく、試合となったら・・・。
「それじゃ、なんて言えば、いいんですか?」
「混合ダブルスの場合、なぜかテニス部では昔から、上級生を呼ぶ時は、
お兄さん、お姉さんになってるのよ。
自然に決まるまで、しばらくはそうしてみたら?」
「姉さん・・・ですか?」
「そうよ、ゆかりもそれでいいでしょ?」
「はい、私はかまいませんよ」
 古式が返事をする間に考える時間ができた将は、一つの疑問にぶつかった。
「ところで、古式先・・・姉さんは、俺の事を何て呼びますか?」
「そうですねえ、なんと、お呼び、いたしましょうか?
えーーーーーと、やっぱり、将さんとしか、思い付きませんねえ」
 ゆうに光が地球を150周ほどまわれる時間をかけて、古式が答えると、
 将は、額に右手人差し指と中指を当てながら言う。
「将さんでは、薬品になってしまうから、将と呼び捨てでかまいませんよ」
「それはいけません。
えーーーーーーと、それでは、将君、と呼ばさせていただきます。」
 それを聞いて、将が詩織にたずねる。
「それで、よろしいですよね、藤崎先輩?」
「えーーーーと、よろしいと思いますよ」
 古式の言い方が感染してしまった二人だった。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−つづく 
   ときめく時の中で(33)

移りゆく季節に心揺れて(10)



 中沢と有玉の二人が、引退以来初めてテニスコートにやって来た。
 金網越しに練習している下級生部員の姿を見ながら、
中沢は横にいる有玉に言った。
「何だか妙な気分だなあ。
 つい先日までは、なんでこんなに苦しい事をしなければならないんだ、
そう思いながらやっていたのに、こうしていると、
また向こうに行きたくなるのはなぜなんだろうなあ?」
 そう言う中沢に、有玉は肯定の意味を込めた静かな笑みを浮かべる。
 そんな二人に気が付いた元城が駆け寄っていく。
「お久しぶりです、キャプテン」
「おいおい、現キャプテンはお前だぞ。ちゃんと自覚してるか?」
「自覚してますよ、でも、つい呼んじゃうんですよ」
「まあ、そんな所だろうな。で、どうだ?」
「なんとか、よたよたしながらやっていますよ。
 何か気が付いた事ありますか?」
「・・・、古式と吉野を組ませるのか?」
 そう言う中沢に、元城は将達がいる3番コートを振り返り見てから、
不安そうな表情を浮かべる。
「・・・まずいですか?」
「俺は引退した身だ。気にするな」
 さらに元城の表情に不安が増す。
中沢はそんな元城に笑いながら続ける。
「そんな不安そうな表情をするなって、悪い考えじゃあないよ。
 むしろ感心したぐらいだ。この調子でいいんじゃないか?」
 そう言われて、やっと表情に余裕ができた。
「良かった、もし反対されたらと思ったら気が気じゃありませんでしたよ」
 そんな会話がされている時、将と古式は3番コートでの練習で、
お互いの呼吸を合わせようとしていた。
 その相手をしていたのは詩織と四本松なのだが、二人とも妙な感覚をいだいていた。
 特に詩織はそれが顕著だった。
(どうしてこの二人は、こんなに早く息が合うの?)
 まだ3日目である。
 もっと苦労するはずだった。と言うより、どうやって呼吸を捕まえればいいかを、
あれこれ考えていたのにそれを表わす機会がないのだ。
 古式はともかく将はダブルスそのものが初めてなのに、不慣れな様子どころか、
まるで長い間ペアを組んでいたかのように生き生きと動きまわっているのである。
 その感覚は、多少縮小されてはいたが四本松も全く同類の物を持っていた。
 ただし、彼女の意識はどうしても将を中心に捕えてしまうので、
将のポテンシャルを再確認する事になってしまう。
(将君って、すごいなあ)
 ごく素直にそう考える四本松だった。

 将はといえば、自分がどういう動きをすればいいのかほとんど考えていなかった。
 と言うより、この球は古式この球は自分、自分がこう動けば、
古式はこう動くだろうと思っていると、大体そう動いてくれるので、
考える必要を感じないのだ。
 自分が古式の弟であることを知っている将だが、
(何だか、ドラマみたいな、嘘みたいな話だなあ)
と、にやけて考えてしまうのみである。

 一方、古式も彼女なりに考えていた。
(どうしてか)
(しら、将君とで)
(すと、動きや)
(すいですねえ、い)
(ったい、なぜな)
(んでしょう?)
 ボールが来たりして、たびたび思考を中断されながらも、本当に彼女なりに、
考えてはいたのである。
 思考が中断されても、全くその続きから再開できる事は、
ある意味彼女らしい事ではある。


「ちょっといいかな?」
 短くそう言って、有玉は、中沢と元城が会話をしている場から離れた。
 コートのすぐ脇で、スケッチブックを広げる見知った顔の女生徒を認めたからだ。
 邪魔にならないように静かに近づき、しばらくその後ろに立ってスケッチブックを
覗きこんだりしていたが、熱心にスケッチブックに向かう女生徒はそんな有玉に
気がつかない。
 じれた訳ではないが、このままではらちが明かないとその女生徒に声をかけた。
「片桐、テニスばかり描いていると絵の幅が狭められてしまうなんてことを、
絵の先生とかに言われないか?」
 有玉をよく知る者なら、彼にとってこれが饒舌の部類に入るもの、と思うだろう。
 その声に振り返る片桐は少しばかり驚いたようであった。
「あっ、・・・有玉さん」
 その表情に赤みがさすのを有玉は絵を見られたためと理解した。
「なかなかよく描けてるじゃないか。上手いよ」
「リ、リアリイ、ほんとに、きっとモデルがいいのよ」
「・・・・、吉野か?
まあ、確かにあいつには、どこか華がある感じだよな」
「そ、そうね、うん、・・・」
 口ごもる片桐に、いつもと違う物を感じた有玉だったが、
思い出した事が一つあったので、それには触れずに続けた。
「そう言えば、片桐の絵がコンクールで佳作入選したそうじゃないか。
おめでとう」
「サンキュー、ありがとう。知っててくれたんだ」
「当たり前だろ。テニス部で知らない人間はいないよ」
「・・・・テニス部で、か」
「なに?」
「あっ、・・・ノオ、いえ、なんでもないの」
「何を描いたのかな?」
「あ、そ、それは、もうじき絵が戻って来るから、その時にね。
・・・・・ア、オウ、タイムイズカム、時間だわ、も、もう行かなくちゃ
それじゃ、グッバイ、さようなら」
 それだけ言って、ばたばたと立ち去る片桐に有玉は首をかしげるだけだった。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−続く


 
   ときめく時の中で(34)

移りゆく季節に心揺れて(11)


「なんか、えらいことになって来たなあ」
 身震いしていてもおかしくないほど震えた声を出す元城に、
隣に座る米津は呆れたように答える。
「落ち着けよ、お前が試合をする訳じゃあるまい。声が上擦ってるぞ」
「そう言うお前だって、裏声じゃないか!」
「・・・・・・・・・」
 元城の思わぬ反撃に米津は声をなくした。

 二人を含めたテニス部員数名が今いるのは、小規模ながら常設の観客席を持つ、
公営施設のテニスコートである。
 その観客席の一角をきらめき高校テニス部が占めている。
 高校生の大会とは言え、さすがに地区大会の決勝戦ともなると、
それなりに設備が整った所でプレーすることになる。
 そう、彼らが見に来たのは秋の公式戦の決勝戦である。
 なんと、女子シングルスで詩織が、混合ダブルスで将と古式のペアが、
あれよあれよと言う間に決勝へ進出してしまったのである。
 くじ運がよかったとか陰口も叩かれたりしたが、運だけで勝ち抜けるものではない。
 しかし詩織には誰もが驚かされた。
 将のコーチとして夏をすごし、秋になったらサブCの仕事が増え、
自分が練習する時間が少なかったはずなのに堂々の決勝進出である。
 中沢が言っていた事がある。
「人に物を教えるというのは、そりゃあ難しいものさ。
 それができるかどうかはともかく、教える事を確実に理解していなければ、
教える事なんてできはしない。
 吉野に教えるのはまず基本だ。
 藤崎の基本がなってないとは言わないが、吉野に教える事によって藤崎自身、
レベルアップする事は確実だぞ」
 今になってようやく、中沢の言葉が現実の物となっていた。
 そして、将と古式である。
 二人の大会に入ってからの成長には目を見張るものがある。
 もともと、急造ペアとはとても思えないほど息が合っていた二人だが、
勝ち進むにつれてさらに凄味さえ増して来たのだった。
 一番特筆すべき所は古式のプレイスタイルの変化であろう。
 本来ベースライン付近での打ち合いに強い古式は、
ダブルスではどうしても後衛に回りやすい、そして前衛に弱い。
 高校生とは言え、二人とも前にでるスタイルが主流になって来ている今、
それではどうしても限界が来る。
 それがこの大会では積極的に前に出るようになっていた。
 もちろん、まだ上手くこなせると言う訳にはいかないが、
それを将がよくフォローしていた。
 もっと正確に言うなら、将のミスを古式が、古式の弱点を将が、
それぞれ見事なほどフォローして相手を翻弄したのだ。
 絶妙なコンビネーションであった。
 恐ろしい事にそれは決勝戦でもいかんなく発揮された。
 優勝候補といわれた対戦相手に、一歩もひけをとらない戦いを演じ、
大接戦の果てに、見事勝利を手中にしたのだった。
 その時、普段の古式を知るテニス部員達は想像しがたいものを目撃した。
 勝利の瞬間、思わず小さなガッツポーズをする将に、「将君!!」
といった普段からは想像できない声をあげて、古式が将に飛び付き抱きついたのだ。
 それを、ごく自然に将は受け止め抱きしめ合うのだった。
 そうしたシーン自体は特に珍しいものではないだろうが、
その話を後になって聞いた有玉が、
「古式がそういう表現をするとはね」
と、洩らしたほど考えにくいものであった。
 その光景を目撃した者の中で、複数の人間が胸に痛みを覚えたのであるが、
その人数、固有名詞は不明である。

 そして詩織と言えば、決して力で押すと言うタイプのプレーではない。
 むしろ華麗という言葉を使うべきなのかもしれない。
 しかし、相手は確実に追い詰められ自分のペースをつかめない。
 終わってみれば、2セットを連取してのストレート勝ち、圧勝である。


「おい吉野、両手に花というのはそういう状態を言うんだぞ」
2年生の坪井にそう言われ将は顔を赤くする。
 大会が終わり表彰式が済んだ後、夕闇が迫る中での記念撮影会となっていた。
 それぞれ優勝メダルを首に下げ、将の右手に古式、左手に詩織が立つ、
と言う構図になってはそう冷やかされるのも無理はない。
 とにもかくにも、秋の公式戦で好成績を残したきらめき高校テニス部は、
以後マークされる立場になる。
それを予想して、米津は元城に言った。
「これからは、追われる身、か。なかなか、大変なものだな」
「素敵な女の子と付き合うには、いろいろ障害が多いと言う事さ」
「・・・元城・・・お前」
「絶句するなよ、なんだ米津?」
「元城、・・・・お前。たとえ話の仕方が、中沢さんに似てきたぞ」
「え?そりゃあ、まずいなあ」
 はっきりと演技と解る元城の言葉に米津、そして元城自身も声を出して笑った。
 この先がどうあれ、やはり今は喜びたい。そう言った事である。


 大会が終わり12月の声が聞こえる頃になり、そろそろ期末テストと、
学校中がざわめき出している中で、将の身にまたまたちょっとした
些細な事件がおこっていた。

「どうしてみんな知っているんだ?」
 将は和人に聞いた。それに関する和人の答えは歯切れが悪い。
「いやー、その、確かに、なんだ。早乙女に聞かれてだな、確かに俺もしゃべった。
でもなあ、あいつ、そんなにスピーカーか?」
「いや、それだけじゃないだろう。どうせ生徒会名簿でも見たんだろ」
「生徒会名簿に、誕生日なんて載ってたっけ?」
「うーーーーーん」
「げに恐ろしきは女の情報網・・・・・」
 黙り込む二人の前には、将あてのプレゼントの山があった。
 どこからどう調べたのか、将の誕生日プレゼントである。
「まあ、もらっていやな物ではないがな」
 ここまで言って頭を抱える。
「なんで、ヘアバンドとか、ピアスとか、ルージュとか女性物があるんだ!!」

 もっとも、真剣に選んだ物も多いのだが、それが誰からの物なのかは、
ここでは伏せておこう。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−つづく


 
   ときめく時の中で(35)

移りゆく季節に心揺れて(12)



 「ハイパーポテンシャル」
 将に付けられたあだ名の一つである。
 何でもそつなくこなす将のために作られた言葉だが、
そんな将にもいくつかの弱点があった。それが、理数系である。
 ほかの教科は、優秀とまでにはいかないにしてもそれなりの実力があるのだが、
理数系、特に数学が苦手科目になっていた。
「数学の果てには絶望しかない」
 将がぽつりと言った言葉に、テニス部部室は大爆笑になった。
「今のは実感こもってたなあ」
「吉野君にも苦手な物があるとはねえ」
 期末テストが近づいていたために部活は休みになっているのだが、
何人か、テニス部部室で勉強会と称して集まっていた。
 下級生は上級生から、昨年の情報を仕入れ対策を考えると言う、
裏技(?)狙いの者もいたが、ちゃんとした勉強会となっている。
 で、その時、将がしてたのは四本松から借りたノートの写しである。
「参考になると良いのだけれど、よかったらこれ使ってみて」
 そう言って差し出されたノートは、ポイントごとに解りやすく説明が入れてあり、
一目で、丁寧に作られた物だという事がわかった。
「こんなに手が入った物、借りて良いのか?」
「今はとりあえず必要ないし、早めに返してくれればいいわ」
「じゃあ、今、写すよ」
 と言うやりとりがあって始めたのである
 コピーをしても良いのだが、自分で写した方が覚えるだろうと、
書き始めたのだが、あまりの数字と記号の羅列に呆れ、
あと2年以上もこんな事をするのかと思ったら、
つい、先述の言葉となってしまった訳である。
「ひどいなー、こっちは笑い事じゃあないんですよ。
 先輩たちこそ、大丈夫なんですか?」
「それを言われるとつらい」
「ささ、勉強しなくっちゃ」
 こうして、この話題はすぐに収まった。
 ノートを写しながら、将は先日、如月という2年生から聞かされた、
四本松の話を思い出していた。

 部活に入ってから、家事が時々ではあるがさすがにたまるようになって、
部活が休みの日にはそそくさと帰る将だったが、
この日、校門の所で如月とはちはわせになった。夏祭り以来である。
 学年が違い、クラブだとかの共通点がないと、会わない時は本当に会わないものだ。
「お久しぶりです、如月さん」
「本当にそうですね、お元気ですか?
 それと、地区大会優勝おめでとうございます」
「ありがとうございます。
 でも・・・よくご存じですね。」
「優ちゃん・・・、四本松さんにくわしい事はよく聞かされてますから」
「ああ、なるほど」
 将は、二人が浴衣でならんでいる、夏祭りの記憶を思い出していた。
「ひどい言われかたしてるんでしょ」
「そんな事ありませんよ。吉野さんはすごいって、いつも言われるんですよ」
「本当ですかあ?」
「本当です」
 二人は同時に吹き出して笑ってしまった。
 帰り道が途中まで同一方向なので、一緒に帰る事になった。
「如月さんは、四本松とは先輩後輩と言う感じ、あまりしませんね」
「そうですね、私達もあまりそう言う気はしていません。
 小さい頃からのお付き合いですし年齢も変わりませんから」
「え?・・・それはどういう訳で?」
「私が2月生まれで、彼女が5月生まれなんです」
 そう言われて将は計算してみた。
「ああ、そう言うことか」
「ところで、どうですか?優ちゃん・・・いえ、四本松さんは」
「いいんですよ、いつもの通りで」
「あ、は、はい。それで、元気にやってますか?優ちゃんは」
「ええ、元気にやっていますよ、・・・それがなにか?」
 将のその言葉に、如月は少し困ったような表情を浮かべる。
「いえ、たいした事ではないんです。
 ただ、彼女はそういうことあまり言ってくれないから、気になっていたんです
 彼女、高校に入ってからテニスを始めたんです。やっていけてますか?」
「そうなんですか?とてもそうは思えなかったなあ。
 四本松とは、練習でよく付き合ってもらうけど、うまいなあ、って思うこと、
よくありますよ」
「あら?地区大会の優勝者にそう言われたと知ったら、彼女喜びますよ」
 将は、右手で頭をかいた。
「もう、勘弁してください。姉さん、いや、古式先輩に頼りきりだったんですから」
 明らかにそういう事に慣れてない様子の将に、如月は笑いを押し殺しながら
小さな声で言った。
「こういう所、好きそうよね、優ちゃんは」
「えっ?何か?」
「いえ、なんでもありませんよ」

 そんな出来事を思い出しながら将は、
(このノートと言い、四本松、最近頑張ってるよな)
などと考えながら、四本松を見ていた。
 その視線に気付いて、四本松は慌てたような声を出した。
「ど、どうしたの、将君?」
「いや、なんでもないよ」
 そう言ってノートに向き直る将を、四本松はしばらくの間、
戸惑いながら見ているだけだった。




−−−−−−−−−−−−−−−−−つづく



 
   ときめく時の中で(36)

移りゆく季節に心揺れて(13)




 期末試験も終わり冬休みを控え、成績の不安を抱えながらも、
生徒たちが浮かれ出す頃、佳作入選を果たした片桐の絵が、美術室に掲示されていた。
 ここしばらく雑用に追われなかなか足を運べなかった有玉が、
その絵を見にやって来た。

「勝敗」

 そう名付けられたその絵は、テニスを題材にしたものだった。
 ゲームの終了直後、同じコートに立つ勝者と敗者。
 歓喜と悲哀、動と静、光明と暗影、対比の中にも調和のある、
好感の持てる絵であった。
 ただし、その主役は紛れもなく敗者の方であった。
 そして、その絵を見たテニス部員は皆、同じ思いにかられた。
 有玉も例外ではない。ただ、同じ事を考えたのだが、出る言葉は違うものであった。
「これは・・・俺か?」
 疑問文の形は取ってはいるが、確信を持って言った言葉である。
 それは夏の日、インターハイ地区大会予選の決勝。
 有玉の夏が終わった瞬間に間違いなかった。
「・・・・・・・・」
 声を失い、絵を見つめるだけの有玉に後ろから片桐が声をかけた。
「ハロー、こんにちは、有玉さん。・・・どうですか、ご感想は?」
その声に有玉はすぐに答える事ができなかった。
「あ、いや、・・・何と言ったいいのか・・・」
「駄目かしら?」
「いや、そうじゃないんだ。・・・これ、俺だろ?」
 コクリとうなずく片桐。
 有玉はその様子を見て、両手で髪を掻き上げ長めのため息をつく。
 その姿は、どう対応したら良いか判らない、という事を如実に表わしていた。
「・・・照れ臭いというか、何と言うか」
「ご迷惑でしたか?」
「いや、そうじゃないんだ」
 何ともじれったい会話となってしまった。
 それでも有玉は何とか自分の考えをまとめた、結論には程遠いものだったが。
「ありがとう、と言うべきなんだろうな。ありがとう」
「こちらこそ、有玉さんがいなければこの絵は完成しなかったわ。
サンキューベリーマァッチ、とっても感謝してます」
 そう言われて有玉は微笑む。
 その笑顔を片桐は、ほんの一瞬だけ見つめていたがすぐに首を横に振り、
言葉を続ける。
「この絵は、感謝の印として展示が終わったらさし上げます。
受け取ってください」
 これには有玉は驚いた。
「ちょっと待て、それは駄目だ。
片桐にとっての記念になるものだろ、そんな大事な物は受け取れないぞ」
「でも・・・」
 もっとも有玉は、こういう事を言う人間がハイそうですかと
簡単に引き下がらない事を知っていた。
「・・・じゃあこうしよう。
 それを描き上げるまでに、何枚か没にしたのがあるだろう、
それををいただこうかな?」
 片桐としても、これ以上の提案はないだろうと判っていた。
「オーケーいいわよ。
 でも、そのままじゃ人に見せられないから、少し手直しさせてね」
「そうだな、それでいい、楽しみに待ってるよ」
 契約(?)が成立したので有玉は美術室をあとにした。
「絵を見て来たの、栄?」
 美術室を出てすぐの廊下の所で、姓ではなく名前で呼び止められ、
有玉は立ち止まる。
「ああ、新橋はもう見たのか?」
「昨日ね」
 そう言ってから新橋は、辺りを見回し、人がいないのを確認してから、
有玉に近づき小声でささやかな抗議をした。
「もう、こんな時ぐらい、名前で呼んでくれたっていいでしょう」
「どこに人の目があるか判らないぞ、淳子」
 そう言ってウインクする有玉に、新橋は頬をふくらませた。
「それはそうなんだけど、・・・。
 ところで、どうするの?片桐さんって女の子」
「どうするって何が?」
「何がって、・・・栄、あなたねえ」
「なんだよ」
 新橋はその質問に、言葉のかわりに短いため息で答えると、
「だめだわ、こいつは」
 と言い残し立ち去ってしまった。
 その姿を見送った有玉は、右手で頭をかいた。
(いくらなんでも、俺だってそこまで鈍感じゃないぞ、淳子)
 内心でそう思いながら。



 ちょうどその頃、連尺はテニス部の部室にいた。
 元城、米津、詩織の3人に聞かされた言葉に、連尺は正直なところ戸惑っていた。
「私が幹部会議に?」
 それに答えたのは元城である。
「米津の強力な推薦でな。どうだろうか?」
 そう言われ、米津はうなずく。
 この時米津は、連尺の各部員に対する気配りを高く評価していた。
 それは、ほんの些細な物の積み重ねなのだが、それを実践できるという事が、
いかに大切な事か自らの経験で知っていたからだ。
「具体的には、1年生をまとめてもらう役をしてもらいたいんだけど、
どうかな?」
 詩織にそう言われた連尺は、ほんの少し考えてからこう言った。
「わかりました、どこまでできるか解りませんが、よろしくお願いします」
 その答えは米津にとっては少々意外だった。
 連尺の性格から推測して、説得にはもっと時間がかかると思っていたからだ。
(性格を読み違えてたか、変ったのか?
おそらく後者なんだろうな)
 米津はそう考えていた。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−つづく

 
   ときめく時の中で(37)

移りゆく季節に心揺れて(14)



「伊集院のクリスマスパーティーか、そんなに行きたい物かなあ?」
 テスト明けのある日の午後、そんな独り言を言いながら、元城は、
いかにも気が重いといった感じの足取りで、3年生のクラスがある階に向かっていた。
 事の起こりは、1年生のテニス部員が、
伊集院家のクリスマスパーティーはすごく良いらしい、
という話をどこからか仕入れてきた事に始まる。
 それだけならまだいいのだが、その招待状がどうにかして手に入らないかと、
元城に言って来たものだから、いらぬ苦労する羽目になってしまった。
 「無理」と言い切れれば苦労はしないのだが、当てがない訳でないので、
性格的に断れないのだ。
「一応あたってみるけど、あまり期待はしないでくれよ」

 気が重い理由というのは、まず、3年のクラスには行きにくいと言うのがある。
 上級生のクラスへ行くだけがそんなにいやなのかと思われるだろうが、
こればかりは性格的な物なので、今すぐにはどうしようもない。
 加えて、その”当て”に迷惑をかけたくないと言うのもある。
(やっぱり、断っておくんだった)
 いまさらそんな事思ってみても遅い。

 そんな心配をよそに、その”当て”である中沢の返事は、
いたって楽観的な物だった。
「で、何人行くの?」
「何人って、そんな簡単に・・・」
「俺を当てにして来てくれたんだろ、まかしてくれって」
 いとも簡単に答える中沢に、元城は完全に拍子抜けしてしまった。
 そんな元城に、中沢は質問してみる。
「しかし、伊集院と同じ学年なんだろ、直接、伊集院に頼めばいいだろう?」
「俺、あいつ嫌いなんですよ」
「珍しいな、お前がそういうことを言うなんて」
「あいつに好感持ってる男の方が珍しいと思いますよ」
 元城の返事に中沢は苦笑いを浮かべる。
「まあ、そうかも知れんが、
あいつにはあいつなりに苦労があるのかも知れないんだし、
そういう言い方はあまり感心できないな」
「・・・、どんな苦労があるのか知りませんが、中沢さんがそう言うんでしたら、
改めます。すいませんでした」
「いいさ、そう言う所がお前のいい所だからな。
 で、何人行きたいのか教えてくれよ」
「それでは2、3日中に調べて来ます。それでいいですよね?」
「ああ、なるべく早くな」
「はい」
 そう言う元城は、まだ何か言いたげな様子なので、
それを感じた中沢は聞いてみた。
「ほかにも何かあるのか?」
「いえ、前から思ってたんですが、中沢さんって、どうしてそう顔が広いんですか?」
「えっそうかなあ、俺、顔は小さい方だと思ってたんだが」
 そう言って両手で両頬を抑える中沢に、今度は元城が苦笑いである。
「怒りますよ」
「冗談、冗談」
 そう言ってからしばらく考えて、中沢はこう言った。
「いいか、元城。
 人脈を広げる1番早い方法は、人脈が広い人間と知り合いになることだ。
 もし俺が顔が広い、人脈が広いと言うなら、元城、お前もすでに顔が広いんだよ」
 元城は、しばし考えてからやがてこう言った。
「目から鱗が落ちると言うのは、こういうことなんですね」



 ちょうどその頃将のクラスでは、早乙女優美が将に、お願い事をしていた。
 それを聞いて将は天を仰ぐ。
「弁当作りのアドバイス?俺が?」
「お願い。将君、お料理が得意だって優美聞いたんだ。今日、将君お買い物行く日
でしょ。材料の調達とか、教えて欲しいんだ。
 できれば、優美の家で練習に付き合って欲しいんだ」
 両手を顔の前であわせて頼み込む優美に将は考え込む。
「早乙女、なんで俺に、なんだ?こういうのは普通、女同士でするもんだと
思ってたんだが。それに、こういう事教えてもらえるような友達が、
早乙女にいないとも思えないんだが」
 将の質問に優美は照れたように笑った。
「やっぱり、理由が知りたいかな?」
「できればね」
 将も笑いを浮かべるが、それは少々意地悪い物だった。
「うーーーん、しょがないなあ、絶対に内緒だよ」
 そう言ってから、優美は事情を説明する。
 気になっている上級生の男子に弁当を作った事。
 その弁当のできが、あまり良くなかった事。
(本人の証言なので、実際には相当ひどい物だったと推測される)
 その事に後で気付いて赤面した事。
 その事をほかの女子に知られる事が、恥ずかしい事。
 男としての意見を聞きたい事。
 それらの理由を聞いて将も納得した。
「判ったよ、そういう事なら協力しましょう。
 ・・・しかし意外と早乙女って勉強家なんだな」
「意外とは何よ、意外とは」
「悪い悪い、・・・ところでさあ、なんで、今日が買い物行く日だって知ってんだ?」
「えっ、だって・・・」
 そう言って、優美が顔を向けた先には和人がいた。
 二人の視線に気付いた和人は、慌てて顔をそむける。
「和人!お前、いい加減にしろよ」



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−つづく



 
   ときめく時の中で(38)

移りゆく季節に心揺れて(15)



「イカは獲れたばかりは半透明、そのうち茶色になって白くなって、
鮮度が落ちてくると黄色くなって黒くなる、だから、茶色の方が新しいの」
「でも、そのまま買ったら、優美料理できないよ」
「だから、お店の人に中身抜いてもらうの。
これは俺個人の考えだけど、イカはフライの基本だから、
冷凍食品とかじゃ味気ないよ。
・・・すいませーん、このイカ2杯、中抜いてください。
それから、このさば2匹、頭取ってください」
 慣れた様子の将に、優美は感心していた。
 将と優美の二人が、今いる所は、学校に程近いスーパーマーケットである。
 優美の弁当作りのアドバイスをする事になった将は、まず、
材料の調達のためにここに寄ったのだ。
 ついでに、自分の買い物も済ませてしまおう、と言うことになる。
(それにしても、学生服とセーラー服の二人は、はっきり言って浮いている)
「将君、お買い物上手だね、優美感心しちゃうよ」
「早乙女だって、家の手伝いこまめにやれば、このぐらいできるさ」
「ぶーーーー」
 ショーケースの商品を見比べながら言う、将の言葉に他意はないのだが、
普段から家の手伝いをしている、とは、とても言えない優美は
頬を膨らませてしまった。
 その様子に気付いた将は、苦笑いしながらフォローした。
「いいんじゃない?これから覚えていけば」
「そうかな?そうだよね、よーし頑張っちゃお」
 その言葉に将は、内心、やれやれと思いながら、
商品を見比べる作業を続けた。


 優美の家は、ごく普通の住宅街の一画にあった。
「ただいまあ」
 元気よく玄関を明け、優美は家の中に入る。
「お邪魔します」
 将もそれに続いていく。
 両手の買い物袋がさすがに重い。
 自分の物と優美の物を、なんだかんだで両方持つ羽目になったからだ。
 玄関で荷物をいったん置き、靴を脱いでいると、奥から一人の男性が出て来た。
「あっ、お兄ちゃん、ただいま」
「おかえり優美・・・ところでそっちのは?」
 将の存在に気付き、顎で示す兄に優美は抗議する。
「お兄ちゃん、そっちのは、とは将君に失礼だよ。
 お願いして来てもらったんだから。
 将君、これは好雄兄ちゃん
 お兄ちゃん、こちらは同じクラスの、吉野将君だよ」
「はじめまして吉野です。
 優美さんには日頃お世話になってます」
 将の挨拶に、こちらこそと答えてから、好雄は優美の言い方に文句をつけた。
「優美こそ、これは、とは何だ。これは、とは。」
「はいはい、ごめんね、と。将君、こっちだよ」
「あっと、それではおじゃまします」
「キッチンはこっちだから、先に行っててね。優美、着替えてくるから」
「冷蔵庫借りるよ、なま物が痛んじゃうから」
「うん、いいよ」
 半ば無視された形の好雄は、玄関で生きた彫像と化していた。

 好雄がようやく動きを取り戻しキッチンに入って来た時、
将はまさに慣れた手つきで、買って来た物を袋から取り出し、
テーブルに並べていた。
「吉野君て、テニス部なんだろ、優美からよく聞いてるぜ」
「こちらこそ、優美さんからよく聞いていますよ。一学年上のお兄さんの事は」
「どうせろくでもない事ばかり言ってんだろう、優美のやつ」
「えーーーと、まあ」
 冷や汗をかきながら苦笑いする将に、好雄もつられて笑う。
「やっぱりか、優美め、覚えてろよ。・・・しかし君も正直と言うか、
嘘がつけないと言うか、普通、そんな事はないですよ、とか言うもんだぜ」
 そう言った後で、笑いをおさめ、好雄は将に詰め寄る。
「ところで、優美とはどういう関係なんだ」
 その質問の意味をしばし考えた後、将は吹き出した。
「・・・ああ、心配いりませんよ、ただのクラスメイトですから」
「本当だな?」
(優美さんには別の人がいますよ)
 将はそう言いたかったが、言う訳にはいかず、返答に窮してしまった。
「お兄ちゃん!余計な事を聞かないで!!」
 そんな将を助けるかのように、優美が割り込んで来た。
 割り込むと言うより、乱入と言うべきかも知れない。
 左手でウエスタンラリアートを好雄の首に叩き込むと、
そのままの体勢でキッチンの外まで引きずって行ったのだ。
「ぐえっつ」
 という言葉を残して、好雄が引きずられていく様を、
将はあっけにとられて見ていた。
「まったくもう、お兄ちゃんたら・・・」
 キッチンに入って来て、優美はそこまで言ったところで、
呆然としている将に気付き、赤面してしまった。
「・・・見られちゃったね」
「見ちゃいました」
 そう言って、将は大笑いをした。
「早乙女・・・、お前恐いなあ・・・、これからは、お前に逆らえないよ」
 笑いをこらえつつ、そう言う将につられて、優美まで笑い出してしまった。
「それじゃあ、とりあえず、料理教えてもらおっかなあ。
 教えてくれるよね、将君」
 そう言いつつ腕まくりをする優美に、将は両手を優美に向け開いて、
わざと大袈裟に脅えたそぶりをした。
「わかりました、わかりました。
 好雄さんの二の舞はごめんですから」
 もっともある意味では、この後の将の苦労はそれ以上だったかもしれないが。


 悪戦苦闘の果てに何とか出来上がった試作品を、将が味見をした。
 固唾を呑んで見守る優美に、親指を立てた左拳を見せ、片目をつぶった。
 それが、良い意味である事が判った優美は、ほっとため息をつく。
「今度は、これを一人でやるんだぞ、できるな」
「うん、優美頑張る。
 でも良かったなあ、将君がいてくれて。
 今度はケーキなんか教えて欲しいな」
 優美の要求はどんどん膨らむが、将の答えはつれない。
「俺、お菓子なんかはできないぜ」
「えーー、どうして?こんなにお料理上手なのに」
「オーブンがないの、俺の家には。
 だからと言う訳じゃないが、そもそも作ったことがないからな」
 そういう将に優美はがっくりと肩を落とす。
「あーーーあ、残念だなあ、伊集院さんのクリスマスパーティーに、
手作りケーキ持って行こうと思ってたのになあ」
「なんだ招待されてるんだ、早乙女は」
「うん、将君は行かないの?」
「俺には縁遠い物だからね」
 将はこの時までそう思っていたのだが、実はそうではなかったのである。




−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−つづく


 
   ときめく時の中で(39)

移りゆく季節に心揺れて(16)



「将君は伊集院さんのクリスマスパーティーに行きたい?」
 テニス部の練習が終わり、後片付けをしている時、突然詩織にそう言われ、
将は戸惑った。
「そりゃまた、どういう訳です」
「元城キャプテンが、今、人数を調べているの。
なんでも、まとまった人数行けるらしいの、どうかな?」
 将はしばし考え込んだ後、こう言った。
「うーーーん、俺、堅苦しいの苦手なんですよね。
 第一、伊集院て人と面識ないんですけど、それでもいいんですか?」
「それは構わないみたいよ。
 私も去年行ったんだけど、すっごく盛大なパーティーよ、
でも立食形式だし、気軽に行けるわよ。
それに盛大すぎて、逆に誰がいるか判らないぐらいだから」
「日時は?」
「24日の午後6時からよ」
 その日の予定を思い出した将は、残念そうな表情を浮かべる。
「6時じゃ、ちょっと行けませんよ、用事が入ってまして」
「遅れても大丈夫よ、ね、行きましょうよ」
 詩織が少し甘えたような声を出したので、将の心臓がペースを上げる。
「ずいぶん熱心に誘いますね?」
「将君が行かないと、残念がる娘がいるのよ」
「そんな物好きはいったい誰です?」
 照れたように頭をかき顔を伏せる将に、詩織は両手を後ろに組みながら
将の顔をのぞき込むようにして答える。
「それはねえ、・・・内緒」
 そのしぐさと甘い声に、将の心臓はさらにペースを上げた。
「わかりました、用事が済みしだい行きますよ。
・・・でも、ドレスを着せられたりなんて事はないでしょうね?」
「あら、判っちゃった?」
「・・・ほんとなんですか?」
 将の声が情けない物になってしまった。
 それを聞いて詩織は笑いを隠せない。
「ウフフ、冗談よ。じゃあ、将君も行くと言う事でいいわね」
「ええ、いいですよ」
「当日会場で待ってるからね」
「ハイ」


 その数日後、成績簿が渡される。
 将は何とか苦手の理系もクリヤして、
「ああ、これで新年が迎えられる」
と、年配の人が言うような言い方をしてしまう。
(四本松のノートが役に立ったよ、助かった)
 
 そして24日をむかえる。


 用事を済ませ将が伊集院の家についた時、時計は午後7時を少し回っていた。
「これはまたすごい豪邸だなあ」
 そんな事を言いながら門につくと、一人の黒服に呼び止められた。
「レイ様のお友達でいらっしゃいますか?」
「一応招待状はいただきましたが・・・」
「大変申し訳ございません、その様なお召し物では少々、ご遠慮いただいております」
 黒服の言葉に将は自分をみる。
 ジーンズにラフなジャケット、これ程本格的な物とは思わなかったので、
普段着で来てしまったのである。
「・・・まあ、これじゃしょうがないか」
 と諦めて帰ろうとすると、黒服が慌てて呼び止める。
「ですが、その素晴らしい肉体に目が眩んで何も見えません。
 さ、今の内にお通りください、レイ様にはくれぐれもご内密に」
 背筋に寒い物を感じた将だったが、通してくれるならと言う事で中に入った。


 野球は無理にしても、ソフトボールなら楽にできそうな一階ホールで、
パーティーは行われ、人々が談笑していた。
 その様子を中2階のテラスから眺めている二人がいた。中沢と、伊集院レイである。
「相変わらず盛況って奴だな」
 料理が山盛りになっている小皿を持った中沢の感想に、伊集院は答える。
「伊集院家のパーティーですからね、関連企業の招待客も多いですから」
「レイは去年から、パーティーのホスト役なんだよな。
実質的な後継者披露なんだろ、これってのは」
「一応そうなりますね」
「お互い大変だな」
「そうですね」
 中沢は手にした小皿の料理を、次々と片付けていく。
 その様子を眺めながら、伊集院が言う。
「でもどうしたんですか今年は?
 去年までは、どんなにお誘いしても来てくださらなかったのに」
「後輩にこのパーティーに行きたいと頼まれれば、俺も来ない訳にはいくまい。
 すまなかったな、突然、大人数頼んじまって」
「いえ、いいんですよ、そんな事は。
・・・それより、例の吉野君って方は来ていないみたいですが」
 その言葉に中沢は、口にした食べ物を慌てて喉に押し込んだ。
「なんだお前、将に興味があるのか?」
 からかうような中沢に、伊集院は慌てて否定する。
「違いますよ、何言ってるんですか!」
「何でも、吉野のスコート姿の写真が、高値で取り引きされてるって話だからなあ」
 文化祭でのイベントで、将が女装した時の写真のことを言っている
「やめてください、僕はストレートですよ」
「だったらいいじゃないか」
 にやりと笑う中沢に伊集院は声を失う。
「噂をすれば、って奴だぜ」
 中沢が顎で指し示す先に将の姿があった。


「遅くなりまして」
 将はテニス部の人間と合流した。
「遅いよー将君」
「待ってたんだからね」
 と、将の周りに人が集まる。

「人を集める人間というのがいるんだよな」
 中沢が言った先には、伊集院の姿なかった。
「あれ?」
 中沢が捜していると、伊集院はすでに将に近づいていた。
「あいつめ」
 中沢は思わず苦笑いを浮かべる。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−つづく


 
   ときめく時の中で(40)

移りゆく季節に心揺れて(17)



 伊集院家のクリスマスパーティーに遅れて来た将だったが、
そんな彼を待っていた人々に、すぐに取り囲まれた。
 古式や、連尺、元城、米津などを含めたテニス部員がその大部分である。
「遅いよー将君」
「待ってたんだからね」
「どうもすいません」
 そんな会話をしていると、詩織が手にグラスを持ってやって来た。
「将君、走って来たんでしょ。とりあえずウーロン茶を持って来たわ。
 ハイどうぞ」
「ありがとうございます、さすがにのどが渇いちゃって」
 そう言ってから将はグラスを口にする。
「さすが藤崎だな、よく気がきくな」
 元城の言葉に詩織は笑顔で答える。
「将君の性格だもん、遅れたら走ってくるに決まってるわ。ね?将君?」
 そんな詩織に、将はグラスを飲み干した後、腰に手を当て、
悟ったような顔つきで答える。
「いやあー、藤崎先輩には俺の性格から何から、全てお見通しにされてますから、
かなわないですよ」
 その言葉で場がうけた所へホスト役の伊集院が近づいて来た。
「伊集院さん、ご招待ありがとうございました」
「いえいえ、どういたしまして」
「とても素敵なパーティーですね」
「ありがとう」
 そんな挨拶を交わしながら、伊集院は将の前に立った。
「失礼、君が吉野君だね?」
「はい、はじめまして、吉野将です。よろしくお願いします」
 それに対する伊集院の答えは、少しばかりまずい物だった。
「こちらこそ、よろしく。しかし、その格好でよく入れたものだな。
 来年、外井にはもっと厳しくするように言わなければな」
 失礼な言われ方をされた将だし、言った方の伊集院にしても「言い過ぎたか」
と言う思いがあったのだが将の反応は意外な物となった。
「やっぱり、これじゃまずいですよね」
  両手を広げ自分の姿を再確認した後、
「もう少し考えて来れば良かったですね。どうも、へまをしでかした様で、
今日のところはこれで失礼いたします。
 もし来年招待してくだされば、もうちょっとまともな格好して来ますので、
今回はお許し下さい。それでは失礼いたします」
と言って、頭を下げさっさと会場を後にしてしまった。
 慌てたのは周りの人間の方である。
「ちょ、ちょっと帰っちゃうの?」
「怒っちゃったの?」
「吉野君が帰るなら私も帰る」
などと言って将の後を追っていった。それに対する将は冷静だった。
「違いますよ、先に礼を失したのは俺の方です。
 TPOと言うのがあるにもかかわらず、それを守らなかった俺を、
伊集院さんは注意してくれたんです。
 それに一度にぞろぞろ帰ったら伊集院さんに失礼です。
 くわえて、無理してくれた元城キャプテンの顔をつぶす事にもなりますから、
一人で帰ります。藤崎先輩、あと、お願いします」
 そう言って立ち去る将を、誰もがただ呆然と見送ったのである。
 呆然としてしまったのは伊集院もまったく同じで、
こういった反応は予想の内にはなかった。
 そんな伊集院の後ろに、いつの間にか中沢が背中合わせに立っていた。
 手には、また新しい料理が乗った小皿を持ち、その料理を口にしながら、
全然別の方角を見て伊集院に語りかける。
「あれが吉野だよ、驚いた様だな」
「ええ、今までにないタイプです」
 伊集院もまた、背中をむけたまま首だけを少し中沢に向け答える。
「マイペースと、言っていいものかどうか?」
「吉野がマイペースのように見えるのは、相手に対する許容範囲が広いからだ。
 だから、お前の言い方でもいい方に捉えてくれたんだ、
 おかげで、悪者にされずに済んだんだぞ」
「そのようですね」
 小皿の料理がなくなり、中沢は少し吐息を洩らす。
「将という名前、親はよく付けたよ。
 ああいうのが人の上に立つ器なのかも知れんな」
「・・・・」
「しかしお前もどじを踏んだな。わざわざ敵を作るようなまねはするなと、
いつも言ってるだろ」
「すいません」
「まあいいさ、一つ勉強になったんだし。じゃあまた後でな」
 と言う中沢の言葉を最後に、背中合わせの会話は終わった。


 12月といっても、風もないこんな夜はさほど寒くはない。
(さてと、ぶらりとしながら帰るか)
 そんなことを思いながら、将は噴水まである広い前庭を通り正門の所へ来た。
「これは、・・・もうお帰りですか?」
 来た時に呼び止められた黒服、外井が話し掛けてくる。
「ええ、やっぱりこの格好じゃ駄目みたいで、伊集院さんに怒られてしまいました。
今回は、早めに失礼します」
「そうでしたか・・・それでは、来年、またおいで下さい、お待ちしております」
 挨拶を交わして立ち去る時、思わず、
(なんか、やっぱりいやだなあ)
などと考えてしまう将だった。
 将がそんな事を考えていると、背後で別の会話が交わされていた。
「あなたもお帰りですか?」
「ええ、楽しい、パーティー、でしたねえ」
 その、のんびりした口調に、将は思わずふりかえる。
「ね、姉さん、何してるの!?」
 ふりかえったその先には、いつもの笑顔を浮かべた古式が、
ごく当たり前のように立っていた。
「何を、と言われましても・・・、帰るところですよ」
「帰るのは俺一人でいいって言ったじゃありませんか」
 将の言葉にも、古式はいつもの口調で答える。
「あら、私も、ちょうど、帰るところ、だったんですよ。
 そうしたら、将君が、帰るところ、だったのですから、仕方が、ありませんねえ。
 よろしければ、ご一緒に、帰りませんか?」
 これには将も言い返せない、しばらく声をなくしていたが、やがて苦笑いを浮かべ、
「全く、藤崎先輩だけじゃなく、姉さんにもかなわないなあ。
 ・・・それでは行きましょうか?」
と、諦めたように答えた。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−つづく



 
   ときめく時の中で(41)

移りゆく季節に心揺れて(18)



「姉さんはミルクティーだったよね」
 缶を古式の前に差し出して将が尋ねる。
「はい、ありがとうございます」
 その缶を古式は両手で受け取り、缶の暖かみを感じているかのように、
しばらく手の中で転がしていた。

 伊集院家のクリスマスパーティーからの帰り道、
二人は、近道しようと横切った近所の公園で休んでいく事にした。
 自動販売機で何か飲もうと言う事になったのである。

 小さな破裂音とともに、将が手にしたコーヒー缶のタブを開けると、
夜の公園に独特の香りが流れる。
 その香りの中、ブランコに腰掛けた古式が、正にしみじみといった感じで言った。
「今年も、もう、終わり、なんですよねえ」
 将は、その向かいの鉄柵に腰掛けて答える。
「そうですね、あと1週間ですね」
 古式も缶のタブを開ける。
 コーヒーの香りにミルクティーの甘い香りがブレンドされる。
「今年は、いい年、でしたねえ」
「本当ですね、地区大会優勝ですもんね。いまだに実感が湧きませんよ。
全て、姉さんのおかげですよ」
「それは、私のセリフです、将君のおかげですよ。
 本当に、ペアに、なれて、良かったですねえ」
 二人はまるで、申し合わせていたかのように、クスッと同時に笑った。
「でも、将君?」
 古式は少し間を置いた。
「でも将君、本当は、詩織さんと、ペアを、組みたかったんじゃ、ありませんか?」
 突然の飛躍に、将はむせて咳込んでしまった。
「な、何を突然に言い出すんですか!?」
「あら、違うんですか?」
 相変わらずにこやかな笑顔を浮かべてはいるが、
その瞳には真剣味が加えられていた。
 将はそれに答えるべく、やや背筋を伸ばして答える。
「姉さんがどう思おうと、俺は姉さんが最高のパートナーだと思っています。
 なにより、楽しくのびのびとプレーができます。
 先輩の事を、姉さんというのにもすっかり慣れましたし、
これからもよろしくお願いしたいですね」
「詩織さんと、よりも、いいと、思いますか?」
「藤崎先輩とペアを組むとしたら、もう少し堅苦しくなるでしょうね」
 右手で頭を掻き、苦笑いをする将だったが、
古式の瞳から、真の笑みを引き出す事はできなかった。
「・・・・・・・、それは、詩織さんのことが、好きだから、ですか?」
「・・・・、姉さん」
 将はしばらく声を失ったが、やがて意を決したような表情となる。
 いったん空を見上げて古式に向き直る。

「ええ、そうです姉さん。
 俺は、一人の女性として藤崎先、・・・藤崎さんを好きです」

 秋の文化祭の時、佐鳴に今と同じ質問をされた時には、
自分の気持ちが自分でも判らないでいた。
 しかし冬をむかえた今、はっきりと自分自身の詩織に対する気持ちが判って来た。

 藤崎 詩織という女性が好きだ。

という事実。
 それは将にとっては、初めてだが確実な物となっていた。
 古式は、目を細めうなずいた。
「それを聞いて、安心、いたしました。
 将君は、そういう事、話して、くれませんから、私、信用、されてないのかと、
いつも、気にしていたのですよ」
「だって、姉さん一度もそんな事、聞かなかったじゃないですか?」
 将にそう言われて、古式は右手人差し指を顎に当てて、
しばらく考え込んでしまった。
「・・・まあ、そう言われてみれば、そうでしたねえ」
「もう、姉さんらしいなあ」
 将は穏やかに笑みを浮かべ、素直な感想を洩らす。
「そうすると、こうやって、話してくれた、と言う事は、私の事、少しは、
信用して下さってる、と言う事、なんですよね?」
「少しも何も、姉さんは俺のかけがえのないパートナーですよ。
信用するか、しないか、なんてのは問題外ですね」
「そう言って、いただけると、嬉しいですねえ」
 にこやかに笑う古式につられて、将もまた同様の笑みを浮かべる。
 こういった、まわりをなごやかにする雰囲気を持っている事が、
彼女の長所の一つなのだろう。
 そんな事を将が考えていると、古式が先程までの話題に話を戻した。
「詩織さんと、将君となら、きっと、お似合いですねえ」
 そう言う古式の言葉を、将はそのままは受け取れなかった。
「・・・・、そう言われると、気休めにはなるんですが、まだ駄目ですよ」
「まだ?」
 古式の疑問に、将は答える。
「そう、まだです。俺の、好き、は甘えた好きなんです。
 自分でも判っているんですが、どうしても、いつもどこかで藤崎さんに頼ってる。
 こんな自分が、情けなくってしょうがないんです。
 年の差は埋められないけど、もっともっと自分を成長させて、
藤崎さんにふさわしい対等な立場の男にならないと」
 やや感情の高ぶった将の声に、古式は少し驚きを見せたが、
すぐにいつもの笑顔に戻った。
「男の方の、考え方と、いうのは、そういう物、なのですか?」
「さあ、これは俺だけが、そう考えているだけなのかも知れません」
「でも、将君が、そう考えているのなら、がんばってくださいね。
私に、できる事があれば、いつでも、協力いたします」
「その言葉だけで十分ですよ、姉さん」
 辺りの寒さに負けない、暖かい沈黙が流れる。
「そろそろ帰りましょうか?姉さん」
「そうですね、そういたしましょうか」



 そうして二人は、公園をあとにした。
 将の詩織に対するせつない想いを残して。


−−−−−−−−−−−−−−−−移りゆく季節に心揺れて−−終わり


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−つづく

                    鈴鹿8時間(HQI01420@niftyserve.or.jp)

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