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SSときめく時の中で。外伝(8)204-Line
ときめく時の中で。外伝(8)(40話前後)
夏に想いを
「技術的には問題ないのよね」
それは夏も近づいた頃の、美術部の部活動中の事だった。
1枚のキャンバスを見ながら、美術部顧問の女性教師は、そう言って、困ったような
表情を浮かべていた。
そのキャンバスを描き上げた人物、片桐彩子もそれにならうかのように、その横で同
様の表情を浮かべた。
顧問が続ける。
「魂とか、気持ちとかあいまいな表現しか使えないんだけど、何か、もう少し付け加え
られたら、素晴らしいものになると思うの。
だけど、それをなんて言ったらいいのか? 難しいのよ。
こういう時に、人を指導する立場としての力不足を感じるわ。片桐さんには申し訳な
いんだけど、結局、自分で見つけるしかないのよ・・・」
恐縮したような雰囲気さえ漂わせた顧問の言葉に、彩子は軽く首を振った。
「Non Non いいのよ。I think so. 私もそう思っていたところし、圭ちゃん先生のそう
いうところ、私、好きよ」
「ごめんね」
「Don't worry 気にしないで」
どちらが先生なのか判らない会話をして、顧問が離れていくと、彩子はキャンバスに
向き直り小さなため息をついた。
この頃、彩子は、壁のようなものに突き当たっていた。
自分でもなかなか上手く描けたと思う絵でも、何かが足らない。そんな気がしてなら
なかったのだった。
それが芸術の分野でよく言われる、「感性」とか「才能」等と呼ばれる物だと言うの
も、うすうす分かっていた。
だが、それ故、その答えを誰から聞くことも出来ないと言うことは、かなりの心理的
な重圧になっていた。
顧問の言葉にも、彩子が想像した以上のものはなかった。だが、それはそれで良い。
世の中には、自分の感性を絶対的に正しいと決め、押しつける教師もいることを思え
ば、自主性に任せる若い女性の顧問に好意を抱くのも、決しておかしなものではない。
実際、彩子はこの顧問に、敬意と尊敬を混ぜた親しみを人間的に感じていた。
もっとも、だからと言って問題が解決するわけでもなく、彩子は絵の道具を片付け始
めた。
「片桐さん?」
顧問や他の部員達の疑問の声に、彩子はさっぱりとした口調で答えた。
「今日はここまでにしておくわ。これ以上、絵を見ていても意味がないのも」
あまりにもはっきりと簡単に言われたため、誰も何も言えなくなってしまった。
逆に顧問などは(そのほうがいいわね)とさえ思うのだった。
美術室を出た彩子は、特にすることもなく、さりとて真っすぐ帰宅する気にもなれず
学校内をぶらぶらしていた。
(寄り道って言っても、特に行きたいと思うところもないし、どうしようかな?)
そんな事を考えていると、廊下の先に、見覚えのある赤い髪の女子生徒が視界に入っ
た。
「Hi! 夕子! 何やってるの? You あなたがこんな時間まで学校にいるなんて珍
しいわね?」
彩子に呼び止められたその女子生徒、朝日奈夕子は不満げな表情で振り向いた。
「あによ? それはどういう意味? 私だっていろいろと用事があるんよ」
「なにかイベント、行事がある時か、補習がある時、ぐらいかな?」
「ううっ。なんか反論できない」
それが、ジョークなのかどうなのかは分からないが、夕子はあっさりと彩子の意見を
実質的に肯定した。
「テニス部の中沢さんにね、コンサートのチケット頼んであんのよ。
それで、今からもらいに行くの。お金が足りなかったから、ちろっと銀行に行って来
たんよ」
「Wo Really ? 本当に? なかなか取れないって言っていたコンサートのでしょ?
夕子の情報網は本当に Great! すごいわね」
「まあ、本当にすごいのは中沢さんの人脈なんだろうけどね」
夕子は、謙遜したような表情でそう答えた。
彩子にはそれが夕子にしては少し珍しい素振りだと思ったが、それ以上に彼女の行動
力のようなものに舌を巻いていた。
自分も人から見れば行動的だと言われるだろうな、というような自覚はある。だが、
上級生である3年生につてを求める夕子の行動は、彩子から見ても素直に凄いと思って
しまうのだった。
実際にはそれなりの見返りもするだろうし、必要となれば、自分もそのぐらいの行動
をするかも知れないとは思うのであるが・・・ 。
「ねえ、私もついて行っていいかな?」
「へ? 別にいいけど? あ、言っておくけどチケットは余裕ないかんねぇ!」
「NON NON NON 違うわよ。噂に聞く中沢さんってどんな人かなって思ったのよ。
どうせ暇だし」
「そういう事ならいいけどさ」
「それじゃ、決まりね。Let's Go! 行きましょ」
言うが早いか、彩子はすたすたと歩き始めていった。夕子がその後を慌てて追い掛け
ていくのだった。
「あ、ちょっち待ってよぉ」
「ほい、約束のものだ。残念ながらアリーナ席だけど、それしか、手に入らなかったん
だ。勘弁してくれ」
「ひゃー、もう十分です。ありがとうございました!」
テニス部の部室の前で、テニス部キャプテンの中沢からチケットを受け取ると、夕子
は何度も頭を下げた。
「このお礼は必ずしますんで、私に出来ることがあれば何でも言って下さいね」
「ああ、その時には頼むな」
「はい!」
そんな会話を見ていた彩子だったが、その脇を通り過ぎた長身の男子生徒にわけもな
く視線を奪われた。
「どうしたんよ? 彩子? ぼうっとしちゃって?」
用事のすんだ夕子が、そんな彩子に気が付いた。彩子ははっと我に返ったように、軽
く首をふった。
「あ、夕子、今のあの人知ってる?」
「え? 誰?」
「ほら、あの背の高い人」
「 ・・・ああ、あの人、ほら、テニス部のエース、有玉栄さんじゃん」
「あ、あの人がそうなの」
そう言ったきり、しばらく声もない彩子に、夕子は意地の悪そうな笑顔を浮かべた。
「さすがは彩子お目が高い。と言いたいけど、めちゃくちゃ競争率高いよ。
あのルックス、身長、テニス部のエース、おまけに病院の長男と来れば、それもある
意味当然だけどね」
「Difference! 違うわよ。なんだか、こう、創作意欲みたいなの沸いて来ちゃったのよ
ねぇ」
「は? 何それ?」
「そう言えば、私、ここのところ静物画しかやってなかったからな。動きのあるのをや
ってみるのいいかも知れないわね」
一人納得したような表情の彩子だったが、その脇にいた夕子は何がなんだか判らない
と言った表情だった。
「よくやるわ」
彩子が夕子の事をそう思った以上に、夕子も彩子の行動力に舌を巻いていた。
絵のモデルになって欲しいと、彩子は有玉のところに何度も足を運んだ。有玉という
生徒はそう言ったことが苦手で、その頼みを断っていたのだが、彩子の熱心さにとうと
う折れ、コートの外からならば、と言う事で了承したのだった。
そういうわけで、彩子はテニス部の夏休み合宿に付ききっきりになるのだった。
そして迎えた、ある夏休みの一日、彩子は親友の虹野沙希に、心底感心したような表
情で言った。
「テニス部の練習って、Very hard とても大変なのよね。
時間的にはそれほど長くはないんだけど、中身が濃いと言うか、充実してると言う
か、無駄な時間がないスケジュールが組まれているのよね」
それに対して、沙希は感心したような口調で言った。
「テニス部の練習って、Very hard とても大変なのよね。
「そう言う、彩ちゃんも大変ね」
「Why どうして?」
意外そうな表情で彩子が聞き返すと、沙希はどこか嬉しそうな表情で、その理由を説
明した。
「だって、それを知ってるって事は、1日その練習を見てるって事でしょ?
なかなか出来ないことだと、私は思うな」
実際、1日中部活を見学するだけでも相当に体力を要するものだし、絵を描くと言う
ことは集中力も要求されるだろう。
絵心のない沙希でも、そう言ったことはうっすらとは判る。彼女にしてもサッカー部
のマネージャーと言う役を担っているので、他人事ではないのだから。
だが、彩子は平然と答えた。
「絵を描くこと好きだからね。それに放っておいても意欲が沸いてくるから、苦にはな
らないわよ」
「ふーん、そうなの?」
沙希は何気ない口調でそう言ったのだが、ふと、彼女にしては珍しい悪戯っぽい表情
で彩子に聞いた。
「創作意欲って、やっぱり、モデルと言うか、対象がいいから?」
「What? なに? どういう意味?」
「夕子さんから聞いたわよ。絵の対象はテニス部と言うより、有玉さんなんだって?」
「な、何言ってるのよ!? そんなんじゃ・・・ 」
そんな事ではないと言い掛けた彩子だったが、あっさりとそれを認めてしまった。
「That's Right その通りよ。やっぱり”ああ、すてきな人だなあ”って思っちゃった
わね」
「で、どうするの?」
沙希の質問に、彩子は胸を張って答えた。
「そう、そこなのよ。告白しようとは思うんだけど、何かきっかけが欲しいなって思う
のよね。
で、秋のコンクールで入選できたら、告白しようと思うんだ」
「入選?」
沙希は無意識のうちにそう言っていた。コンクールがどういったものか詳しくは知ら
ないが、入選と言うものを一朝一夕に果たせるとは思えなかったからだ。
そんな沙希の心情を見透かしたように、彩子が言った。
「Don't mind.心配しないで。確かに自信があるわけじゃないけど、インターハイに出
るような人が相手じゃ、そのくらいの事しないとね」
沙希はそんな彩子の答えに不思議な感覚にとらわれた。
彼女の知っている彩子は、フランクであまり考え込むようなことがないと言うキャラ
クターだった。だが、それはあくまでも彼女の一面であり、そんなナイーブな一面もや
はり秘めているんだな、と彼女は思った。
「そう、それじゃ頑張らなきゃ、ね」
「Yes そうね。頑張るわ」
そう言ってうなずく彩子の姿に、ふと、沙希は全く別の事に気が付いた。
「そう言えば、彩ちゃん、インターハイって言ったけど、まだ、代表に決まってはいな
いんじゃないかな?」
サッカー部とテニス部のスケジュールがほぼ一致しているため、沙希にはそう言った
事情がよく判る。
沙希の質問に彩子は自信たっぷりに答えた。
「大丈夫よ。あんなに厳しい練習してるんだもの。インターハイに行けるに決まってる
わ」
だが、それはかなわなかった。
決勝戦にまで進んだ有玉だったが、大熱戦の後、惜敗した。
応援のため、その場に居合わせていた彩子の視線は、敗れても取り乱すことのない有
玉に集中していた。
そして、理屈ではなく、彼女の身体がこの光景を残したいと思った。
写真ではなく、自分の目で見たこの光景を、何らかの形に残したいと思ったのだっ
た。
彩子は描いた。正に「寝食を忘れて」と言う表現が当てはまる集中ぶりだった。
(一日が24時間では足りない)
過去にそう言った、若くして亡くなった画家の言葉が、今の彩子には実感できた。
そして、夏休みが終わる頃、何枚かのキャンバスを犠牲にしてその絵は完成した。
技術的にはまだ至らないところはある、と彩子は判っていたが、それでもその絵に
は、今、自分に出来る全てを注ぎ込んだと言う実感があった。
日が傾きかけた頃、美術室でその絵を見つめながら、彩子は大きなため息をつきなが
ら、ある、一つの事に思い当たり、苦笑いを浮かべた。
「そう言えば、コンクールなんてものもあったっけ」
彩子はいつの間にか、ただ単純に絵を描きたいと言う感情を見失っていた。
上手く描きたいと言う事に、必要以上に捕らわれていた自分自身に気が付いた。
「えへへへへ、有玉さんには感謝しなくっちゃな」
彩子はそう言って、窓の外を見た。
けだるさが残る暑い午後だったが、その風には秋の気配が含まれていた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−おわり
後書き
この話を書いていて、本来、「とき時」と言うのはこう言う話を書きたかったんだ
なあ、と再認識してしまいました。
いえ、別に、この形に不満があると言うわけではないのですが、オリジナルキャラ
が、メインになりすぎた。と言う感じはあります。
ときメモの女の子13人に対応するキャラをつけ、女の子のサイドストーリーのよ
うなものを書いてみたかった。
そんなところでしょうか?
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