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ときめく時の中で 外伝(5)


   −10cmロマンス。25話前後



 中沢健太は3年生、テニス部キャプテンである。
 幅広い人脈と、まめな性格で、学年を問わず人望は厚い。

 佐鳴琴魅、3年生、テニス部サブキャプテン。
 172cmという女性としては高い身長と、ざっくばらんな性格で、男子からも女子
からも人気を集める。
 特にその姐御肌な部分から、女生徒からの人気はそうとうなものである。

 共に人気があり人望もある二人だが、異性としての付き合いを申し込まれた事は、
不思議な事に双方とも全くない。
 もっとも、周りからすれば、それは不思議でも何ともない。
 なぜなら、この二人がお互いに好きあっているのは、あまりにもみえみえな事実であ
るからだ。
 中には例外もいる。
例えば恋愛関係などにはとんと不器用な人間、同じテニス部の後輩、1年生の吉野将
などはその代表だろう。
 そういう一部の例外を除き、二人がそれなりの間柄になるのを想像できない人間は、
全くと言っていい程いない。
 問題なのは、その一部の例外の中に、当の本人が二人とも、計ったように入ってし
まっている事だ。
「何やっとんだか、あの二人は?」
「さっさとくっついちまえば良いのに」
 そんな声が、どうしたって上がってしまうのである。

放課後の教室、中沢は一人の女子に相談を持ち掛けられていた。
「じゃあ、別れちまえば?」
「ひどいわ、中沢君!
どうして、そんなひどい事言うのよ!!」
「お前達二人の事で、どうして俺が怒られなきゃならんのだ」
「・・・ご、ごめんね。
だって・・・」
「好きなんだろ?大瀬の事」
「うん」
どうやら、付き合っている異性の事での相談らしい。
中沢の突き放したような言い方に、その女生徒は本音をもらす。
それを聞いて中沢は優しく微笑む。
「なら許してやれよ。
実を言うと大瀬からも相談を受けてるんだ。
かなりこたえていたぜ」
「本当?」
「ここで今更、嘘ついてどうすんだよ?」
「・・・うん、判った。
今日電話してみる」
「ああ、それがいいね」
「ありがとね、中沢君。相談に乗ってくれて」
「いえいえ、このぐらい、お安い御用で」


その女生徒の相談を終え中沢が教室を出ると、廊下に佐鳴がいた。
「大変だね、恋愛ごとまで相談を持ち掛けられるなんて」
「うーーん、あの二人は俺が橋渡ししたようなもんだからなあ。
ほっとく訳にもいかんだろう」
「・・・そうかもね」
「ところで、何か用?」
「ああ、そうそう。
文化祭のテニス部の予定表を提出するようにって、実行委員から連絡があったわ。
明日までにですって」
中沢はしばらく視線を宙に泳がせていたが、ポンと手を叩く。
「ああ、すっかり忘れてた。用紙、部室だ。
書いてそのままにしてあるわ。いかんいかん」
「もう、しっかりしてね。
・・・私にあんな事させるんだから」
中沢は怪訝な顔になる。
「・・・嫌なのか?」
「嬉しくてしょうがないって訳じゃないけど、一度引き受けたんだからやるわよ。
それに吉野君が女性役をするんなら、それに見合うのは私しかいない、
そう言ったのは中沢君よ」
「今になって思うんだが、女性役、俺でも良かったよな。
背が丁度良い」
「それじゃあ、やる前に負けを認めるような物じゃない?」
「どういう意味だ?」
「中沢君が女装なんて、想像するだけで寒気がするわ」
そう言うと、佐鳴はわざと肩を震わしながら腕を組む。
それに中沢も答える。
「そりゃ言える」
二人は笑いながら部室に向かった。
「しかし、俺達の背の差、変わらないよなあ」
中沢がしみじみと言った。
そうなのだ。
二人の身長差は10cm。10cm佐鳴の方が背が高い。
中沢と佐鳴は、中学以来の知り合いである。
きっかけは、テニスをしている中沢の姿に、佐鳴が興味を持った事から始まる。
まだ小学生にも見えるような小柄な身体で、コート狭しと駆け巡る姿が、
佐鳴の目にとても新鮮に映ったのである。
そして、佐鳴もテニスを始めた。
なんとなく息のあった二人は、仲の良い友人のような付き合いになっていった。
その頃から佐鳴は中沢より背が10cm高かった。
しかしそんな事は当時、余り気にはならなかった。
なぜならその世代は女の子の方が成長が速く、男より背の高い女の子は、
少なからずいたからである。
「そのうち追い越すからな」
冗談めかして中沢は、よくこう言ったものである。
中沢の背は伸びた。伸びたのだが、佐鳴も全く同じ様なスピードで伸びてしまい、
結局二人の身長差は、今まで変わる事がなかった。
こんなエピソードがある。
中沢の横に並ぶ時、佐鳴は自分でも無意識の内に前屈みになる事がよくあった。
ある日、そんな佐鳴の背中を叩き、中沢はこう言った。
「背筋を伸ばして、胸を張れって。
気持ちはわかるが、文字どおり等身大の自分でいろよ。
どうも、前屈みになってると卑屈に見えてしょうがない。
卑屈な佐鳴なんて、俺は見たくないぞ」
もっと他に言い様があると思うのだが、佐鳴にはその言葉で十分だった。
それからである。
佐鳴が姐御肌になったのは。
いつでも胸を張り、さっそうと歩く姿は、校内でも輝きを放った。
一部の女子から、少々危ない視線を投げかけられる事もあったが、
背が高い事を気にする事は、ほとんどなくなっていた。
「でかい女」
などと陰口を叩く者は、まわりからのひんしゅくをかったものである。

だが、中沢の前では別である。
(私みたいに背が高くっちゃ駄目よね。
中沢君だって、きっと自分より背が低い女の子が好みだろうし、そんな背の女の子は
いっぱいいるもの)
そう思ってしまうのである。
そしてその中沢も、
(俺みたいに背が低くちゃなあ。いくら佐鳴が身長が有るって言っても、
それより背の高い男はいくらでもいるからな)
などと思ったりするのだ。
身長など、人間の魅力のごく一部なのに、そう割り切れるほど、中沢と佐鳴は精神的
に成長しきれないでいる。
まわりの人間が「何をしてるんだか?」と思っていても、二人にとって、それは大き
な問題だったのである。


「さてと、どこに置いたっけ?」
部室に着いて、中沢はあたりを見渡した。
中沢と佐鳴以外、誰もいなかったので、聞く事も出来ない。
「確か、お菓子の空いた缶に入れたんだよ」
自分の記憶を探る中沢の言葉に、佐鳴は疑問をはさむ。
「黒の四角い缶?」
「そう」
「・・・じゃあ、あれじゃない?」
そう言い、佐鳴が指し示したのは、スチール製の棚の上だった。
それはかなり天井に近い、高い位置にある。
「あ、あれだあれだ。誰だよあんな所に置いたのは?」
中沢はぶつぶつ言いながら、椅子をその下に持って行き、乗ろうとしたのだが、
佐鳴がさえぎった。
「私が取るわよ。その方が能率的でしょ?」
中沢の返事の前に、軽やかに椅子に飛び乗り、棚から目的の空き缶を下ろす。
「これよね?」
「そうそう」
中沢は缶を受け取り、中から一枚の紙を取り出し、缶は佐鳴に返す。
「悪いけど、これ、戻しといて」
「はいはい」
缶を最初の位置に戻し、佐鳴が椅子から降りようとすると、
2個のテニスボールが落ちて来た。
棚の上に無造作に置いてあったのだろう。
それが缶を置いた振動かなにかで落ちて来たのだ。
そのうちの一個が、ちょうど地面に降りようとしていた佐鳴の右足の下あたりに、
コロコロと転がって来たのである。
「キャッ!!」
「危ない!!」
そのボールを避けようとして、佐鳴はバランスを崩す。
その佐鳴を、すばやく反応した中沢がしっかりと両腕で支えた。
「ふーー、危なかった。大丈夫か?」
「うん、大丈夫よ。
・・・ありがとう、中沢君。助かったわ」
そう言って佐鳴は中沢を見上げた。
中沢も佐鳴を見下ろした。
それはお互い、奇妙な感覚だった。
佐鳴はバランスを崩し、膝を曲げていたため顔の位置が下がり、
今までと顔の高さの位置が逆なのだ。
「なんか、中沢君の顔を見上げるのって初めて」
「お、俺も佐鳴の顔を見下ろしたのは初めてだ」
もう腕を離しても良いのだが、中沢はその手を広げる事も出来ずに、
佐鳴の胸のやわらかさを、高まる心臓の動悸で感じていた。
佐鳴も、自らその手を振りほどこうとはしない。
「中沢君」
ささやくように言って、佐鳴は静かに瞳を閉じる。
「さ、佐鳴?」
中沢の頭脳はあからさまなパニックに陥った。
天使と悪魔がタップを踏んで、思考の舞台の上で目まぐるしくその主役の座を争う。
最終的にどちらがその主役の座に付いたのかは不明だが、
中沢が意を決した時、部室のドアノブがカチャリと音を立てた。
信じられない素早さで、中沢と佐鳴は、ドアの反対側に揃って顔を向ける。
部室に入ってきたのは、有玉と詩織だった。
「二人だけ?」
有玉の言葉に中沢は振り返り答える。
「あ、ああ。ぶ、文化祭の予定表を探してたんだ。
な、佐鳴?」
「え?ええ、そうよ」
佐鳴も振り返りそう答える。
「それであったんですか?」
詩織が尋ねる。
「あ、ああ。今、佐鳴に持って行ってもらおうと思ったんだ。
悪いけど藤崎も一緒に行ってくれないか?」
「・・・ええ、いいですよ」
「じゃあ、頼むわ、佐鳴」
中沢はそう言って、予定表の用紙を佐鳴に手渡す。
「・・・はいはい。
それじゃ行きましょ、詩織」
「はい」
佐鳴と詩織が部室を出て行くと、有玉が中沢に歩み寄り、腕を組み、苦笑いを浮かべ
ながらこう言った。
「ひょっとして、お邪魔だったか?」
「バカ!!そんなんじゃねえ!」
「ふーーん」
意味ありげに笑う有玉に、中沢はそれ以上反撃出来なかった。


(琴魅先輩、可愛い)
詩織はそう思わずにはいられない。
何故か?
それは、佐鳴の独り言がしっかりと聞こえてしまったからである。
廊下を歩きながら、佐鳴は独り言のつもりで、
必要以上の声量を出してしまったのである。

「全くもう、中沢君ったら、ほんとにこういう所で意気地が無いんだから」



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−終わり

−−−−−−−−−−−−−−−−後書き

どの辺がロマンスだ!?
と言うご意見ございましょうが、平にお許しを。

今回の外伝5は今までと違って、ちょっと軽い感じになりました。

いかがでしたか?

それでは。

−−−−−−−−−−−−−NIFTY-Serve ID-HQI01420 鈴鹿8時間

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