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ときめく時の中で外伝(3)
有玉と新橋、二人だけの時 30話前後
「コーヒー入れる?」
ノートに書き込みをしていたボールペンを休ませ、淳子は栄に聞いた。
「ああ、そうだな。そうしてもらえるかな?」
「じゃあ、ちょっと待っててね」
そう言って淳子は立ち上がり、キッチンへと向かう。
日もとっぷりと暮れたこの時間に、二人がいるのは淳子の自宅である。
テニス部を事実上引退してから、二人は受験に向けて、よく淳子の家で勉強をするよ
うになっていた。
栄の家は個人病院と言う訳ではないが、大病院でもないところで、自宅と病棟の区別
が今ひとつついていない。
別にこれは、病院に限った事ではなく、自営業を営んでいればどこでも有りえる事な
のだが、その事業主(栄の父の場合は、医者という事になる)のプライバシーは無視さ
れる事がままある。
それはその家族にまで及ぶ事があり、要は勉強に集中できないのである。
人の生命にかかわる医者の家族である以上、それはやむを得ない事であり、第一、そ
の程度で集中出来ないようでは、受験で実力を発揮できようはずもない。
それは重々承知している栄であり、家族にそれを口にした事はない。
だが、どうしても集中したい時、淳子の家に来るのである。
対する淳子の家は両親とも不在である。
実は淳子の父親も医者なのである。
ただし、栄の親と違い、開業してもいないし、勤めている訳でもない。
もう少し正確に言うなら、同じ病院に長く勤めていられないのだ。
おそらく、性格的なものもあるのだろうが、とにかく同じ所に長くいられないのであ
る。
ことに大病院になればなるほど、それが顕著であった。 しかし、腕の方が確かなせ
いなのか、不思議と職にあぶれたことがない。
むしろ、どこにも勤めていないと、あちらこちらから誘いが来るほどである。
ところがである。淳子の父親は突然、山深い無医村に行くと言い出したのだ。
母親はというと反対するどころか、大賛成で荷作りを始める始末である。
高校生である淳子は、環境の変化は良くないだろうという、両親、本人双方の希望に
より自宅に残る事となったのである。
以後の事は、高校を卒業するまでに自分で考えればいいと言うことなのだ。
淳子の両親は、自主性を尊重しているのである。
そんな訳で淳子の家は二人にとって絶好の勉強場所であった。
コーヒー独特の香りと共に淳子が戻って来た。
「お待たせ。一休みしましょ」
「ああ、もうこんな時間なのか」
栄が見上げた先には、きりのいい時間になると、中から人形が出て来て踊り出す仕掛
け時計があった。
その時計は8時を少し廻ったところであった。
ノート類を片付け二人はしばしの休みを取る。
ブラックを好む栄とは対照的に、甘党の淳子はこれでもかと言わんばかりに、
クリームや砂糖をたっぷりとカップに注ぐ。
栄などは、それを見ただけで口の中が甘ったくなるほどなのだが、それでいて、淳子
は太ることがない。
夏の水着シーズンには、その見事なプロポーションに、さすがの栄も見とれてしまっ
たほどである。
甘い物が大好きでありながら、太らない淳子は、他の女子からうらやましがられ、同
時にテニス部七不思議に数えられているのである。
それぞれの好みにあったコーヒーに、二人は口をつけ一息ついた。
「淳子のご両親は、その後なんて言ってる?」
唐突に栄は切り出した。
しかし淳子の方も心得たもので、栄の聞きたい事に的確に答える。
「うん。先日FAXで、薬剤師になりたいのなら反対はしないって返事をもらったわ。
もっとも、うちの親なら、私が何になりたいって言っても、反対しないでしょうけど
ね」
そう言って淳子は、苦笑いとは微妙に違う笑みを浮かべる。
「そうか」
それに対する栄の言葉はそっけない。
「・・・」
淳子が不安になるのはこんな時である。
確かに栄は饒舌ではない。全くの無口という訳ではないが、必要な事以外は滅多に口
にしない。
淳子と二人きりの時はなおさらだ。
淳子は、栄にとって自分が特別な存在であると確信はしている。
だが、人の心は判らないものである。
そう思っているのはひょっとしたら自分だけなのかもしれない、そんな不安は常につ
きまとう。
薬剤師になりたいというのも、医者になる(はずの)栄の力になりたいと言う、全て
ではないにしろ、それが大きなウエイトを占める動機からきている。
しかし、栄はそれに対しても多くは語ってくれない。
それどころか、栄自身が医者になるのかどうかも語ってはくれない。
栄は父親と上手くいってない。
父親は、長男である栄を医者にしたいのであるが、栄は渋っている。
人の命を預かるという事の重みを、子供の頃から嫌というほど知らされているから
だ。
無論、それが弱さだと言うのなら栄は否定しないだろう。
だが、成人にもなっていない18歳前後の少年の中で、生命の重さに耐えられるもの
が何人いるであろうか?
それらの事が妨げになって、父親の言う通りにできないのである。
それ故、栄は自分自身に自信が持てない。
半人前であるという思いから抜け出せないでいる。
そのため、淳子と付き合っている事を公にできないでいるし、父親にも話せないでい
る。
加えて、お互いの親が、どちらかというと悪い意味での知り合いであるという事も、
問題になっていた。
どういういきさつで知り合ったのかは、二人とも聞かされてないのだが、古くからの
知り合いらしい。
ただ、犬猿の仲という訳ではないが、親友というものではないようだ。
全くの偶然であるのだが、父親から仮定の話として、淳子との付き合いを禁じられた
事さえあるのだ。
栄自身、自分が情けないのであるが、それに対して対抗しきれないでいる。
その事を正直に淳子に話せば彼女も安心するのであろうが、彼なりにプライドという
ものあるし、元々不器用な栄には、それは少々難しい注文であった。
淳子は淳子で、栄の自分に対する気持ちというものに確信はあったが、不安が皆無と
いうには程遠いのも確かである。
もともと二人の付き合いは、淳子の方が積極的であった。
告白したのも淳子の方であるし、デートなどの誘いをかけるのも大体は淳子である。
栄にすれば、それらは全て自分に対する自信のなさの表れなのであるが、そんな事な
ど知らない淳子にしてみれば、不安の果実を実らせるには十分の栄養源であった。
”ひょっとして、自分は彼にとって都合のいい女なのではないか?”
そんな事はないと思いつつも、無意識の内にそう思ってしまうのも事実である。
それでなくとも栄は校内でも人気がある。
淳子との付き合いを知らないのであるから、なおさらだ。
もしかしたら、いつの日にか栄は彼女の元を去って行くかもしれない。
そんな日が来たら自分は耐えられるだろうか?
淳子は思わずにいられない。
(たとえば、あの片桐という2年生は?)
淳子は、栄の絵を描いた、2年生の女生徒を思い浮かべた。
(きれいな娘よね)
同じ女性の目から見てもそう思う。
透き通るような白い肌、澄んだ大きな瞳、すっきりと通った鼻筋、愛らしい唇、
どれも淳子にはないものである。
淳子にはそばかすが残っているし、細目でもある。
客観的に見れば、淳子とて十分愛らしい少女であるのだが、自分ではそう思えないの
である。
栄の隣に立つのは彼女の方が似合うのではないか?
そんな事まで想像してしまう。
(いや、そんなのはいやよ!)
それは淳子にとって、想像するだけで身を切られるようにつらい事であった。
「どうした?」
栄の言葉で淳子は我に帰る。
「え?・・・ううん、何でもないわ。・・・ちょっと考え事をしていたの」
「そうか。・・・じゃあ、もう少し頑張るか」
「うん」
淳子は思った。
たとえそんな日が来たとしても、それまでは精一杯栄を好きでいようと。
「じゃあ、帰るよ」
勉強を終え、帰宅するため栄は玄関で靴を履いた。
「うん。気を付けてね」
淳子は、いつものように一段高い所で見送る。
「ああ」
そう答えて栄は淳子に向き直る。
淳子は決して背の低い方ではないが、栄の身長のせいで、二人の顔はほとんど同じ高
さになる。
どちらからともなく二人は顔を近づけ、そっと唇を重ねる。
学生鞄を左手に持ったまま、栄が淳子の腰に両腕をまわすと、淳子も栄の首に両手を
まわし、頭を抱きかかえる。
きりがないのではないかと思えるような長い口づけの後、離されたお互いの唇から、
甘い吐息が漏れる。
淳子の頬がほんのりと赤く染まるほどの、濃密な時間であった。
「じゃあ」
「ん」
短い別れの挨拶をして、栄は玄関のノブに手をかけるが、すっと振り返る。
「あのな、もし、あの片桐って娘から付き合って、と言われたとしても、俺は断るつも
りだからな。
変な気をまわすんじゃないぞ」
それだけ言うと、淳子の返事を待たずに玄関のドアを開け、足早に淳子の家を後にし
た。
玄関に残された淳子は、その言葉の意味が判った途端、満面の笑みを浮かべながら、
もはやすっかりと赤く染まった両頬を、両手で抑えるのであった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−終わり
−−−−−−−−−−−後書き−−−−−−−−−−−−−−−
私が意外だったのは、有玉、新橋のカップルに人気(?)があったということです。
メールなどで、”二人の話を読みたい”というのを頂いたりしたのは、正に嬉しい誤
算という物でした。
せっかくですから、彼らのエピソードを引っ張り出して来ました。
実のところ、当初の予定ではこのお話、
もっと煩悩全開バリバリ(^_^;)になる予定だったのです。
本来、私自身の好みで言えば、ときメモのキャラで、そういうのはいやなのですが、
”これは私のオリジナルキャラ、どう使おうと私の自由”
という詭弁があったのです。
が、実際書き下ろしていくと、どうしてもそういう雰囲気になれませんでした。
何だかいやだったんですよね、二人にとってとても大切な事を、見世物(これは言い
過ぎですか?)のようにするのが。
もちろん、この話以前に、二人はすでに寝ています(きゃっ!)。
もっとも、まだ初々しく、ぎこちない物です。
ことに新橋の方は、肉体的な快感なんていう物には程遠く、正直言って、痛みをこら
えながら結ばれている段階です。
新橋にとっては肉体的な苦痛より、結ばれる精神的快楽のほうが重要なんですね。
有玉は有玉で、自分自身の情けない部分で、新橋に嫌われるのではないかと、内心怯
えもあるのです。
それを肌を重ねる事で、抑え込んでいる状況なんです。
可愛いじゃないですか(^_^;)。
そんな事がありまして、この二人に申し訳がないような気持ちになってしまい、それ
を書く事がどうしてもできなくなってしまったのです。
ひょっとしたら、この外伝の世界も、私が思っているよりも、はるかにしっかりと、
ときメモの世界の中に入っているのかもしれません。
なお、この作中の医療方面の事実関係は、現実と多々違う部分がありますが、そこ
は、フィクションという事でお許しくだされば幸いです。
いかがでしたか?
よろしければ、ご感想、批評などお聞かせ下さい。
それでは。
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