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生きる事の・・・



「嫌な世の中だ」
 知らない間に、ため息と区別が付かないような声で、僕はそう言っていた。・・・ら
しい。
「え? どうしたの? 突然?」
 映画のパンフレットから目を離し、彼女がそう聞いて来て初めて、自分が何を口走っ
たのか、ようやく理解できたぐらいなのだから
「ん、いや、なんでもないよ」
 反射的に僕はそう答えた。当然と言えば当然の返答だ。
 彼女と付き合い初めて、まだ2カ月。デートだって今日で4回目だ。
 そんな大事なデートの時に、こんな事を言うなんて、僕はバカなんだろうか?
 彼女は職場でも人気がある。狙っていたのは僕だけじゃない事も知っている。
 付き合ってくれる事自体が、僕にとって奇跡みたいなものなのに・・・。
「なんでもない、って言えるような話題じゃないよ。それも世を儚んだような口調で言
うんだから」
 映画が始まるまでの待時間。映画館の席で彼女がパンフレットを見ていた為、僕は考
え事をしてしまった。
 今週、僕は仕事でミスをしてしまった。些細なミスなんだけど、僕は落ち込んでい
た。自分でも跡を引くタイプとは知っている。が、それが引き金のように、そう言う時
には次々といろんな事が舞い込んでくる。
 いろんな事が重なって、自分で言うのもなんだけど、とにかく僕の精神状態は最悪だ
った。
 そんな時は変な事を考えるもので、世界の終末とか人生の意味とか、そんな壮大なテ
ーマまで、全部ネガティブな方に考えてしまうんだ。
 確かにね、あと40年もしたら、石油資源がなくなってしまうとか、人口増加、民族
対立。日本に目を向けたって、破綻寸前の国家予算。超高齢化社会。棺桶に片足を突っ
込んだ民主主義。どうしようもない官僚、政治家、そして僕たち国民。
 そんなこんなを考えていると、暗澹とした気分になるだけだ。
 デートのために、気合いを入れて持ち直したんだけど、気が緩んだんだろう。
 『口が滑ると言うのはこういう事なんだろうな』などと考えながら、僕は必死にごま
かした。
 だってそうだろう。こんな事言ったって「暗いのね」と言われるのがおちだ。
 僕の周りで、こんな話題を真面目に言い合う奴はいないし、少なくとも、デートの時
にする会話じゃない。
 タイミング良く、開幕のブザーが鳴り響いた。彼女の追及をなんとか免れ、僕は心底
ホッとした。
    
                
  だけど、彼女にとってはそうじゃなかったらしい。
「映画の前に、嫌な世の中だって言ってたでしょ?」
 映画を見終わり、食事に行く事になった。その途中、車の助手席で彼女がそう言っ
た。
 僕は答えに窮した。
 「もういいじゃない」と言えるような雰囲気ではないし、そもそも、彼女のつぶらな
瞳に見つめられたら、嘘やごまかしは通じそうにない。そんな気分にさせられる。
 観念して、たどたどしく、僕は思っていた事を、彼女に言った。
 『これで振られるんなら、それでもいいや』
 そんな気分が僕の心を占めていた。
 だけど、彼女の答えは予想に反していた。
「なんだ。そう言う事考えるのって、私だけじゃないんだ。よかったぁ」
 嬉しそうな笑顔を浮かべて、彼女はそう言った。
「学校の頃から、友達とそういう話、した事ないし、話せるような雰囲気でもなかった
から、私って暗いのかなあ。って悩んだ事もあったのよ。
 なんか、ホッとした感じ」
 僕の不安なんか消し飛んでしまいそうな笑顔だった。
 でも、一つ疑問が残った。「悩んだ事もあった」と、過去形なのは、なぜ?
 少し悩んでから、僕はそのことを聞いてみた。
「だって、世界の終わりが来たって、それまでは生きなきゃ、しょうがないでしょ?」
 事もなげに彼女はそう言った。
 もちろん、それで僕の不安が消えたわけではないけれど、夕日の中の彼女の笑顔は、
僕の心に一つ灯りを指し示してくれたようだ。
 そして、確かに一つ言える事は、さらに彼女が好きになった。と言う事だった。
 
 
 終わり。
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