メインページへ   目次へ   《末尾へ》   《一つ前に戻る》


ときめく時の中で総集編(最終章)

 
   ときめく時の中で(221)
 
 
 
 秋も深まり、12月の声が聞こえる頃の日曜日、将は誕生日をむかえた。
 そして、その日、将は美里とミズホの事務所を訪れ、ミズホ側の2人と応接室のテー
ブルについていた。
 そのテーブルの上に数種類の書類があり、その内の1枚の書類に、将は自らの名前を
書き込んでいた。
 名前を書き終えた将は、その紙を美里に差し出し、美里は将の名前の下に自分の名前
を書きこみ、最後に判を押した。
「これでいいと思います。ご確認下さい」
 美里はその紙を180度まわして、ミズホのスタッフに手渡す。
 確認したスタッフが、ゆっくりとうなずきながら言った。
「結構です。
 現段階では、これは仮契約です。正式期限は来年3月2日より、12月31日まで。
 2年目は、3年目は1月1日からその年の12月31日までの契約期間の3年契約で
す。
 ご異存ありませんね?」
 将と美里はその声にうなずいた。
 そして顔を見合わせほとんど同時に頭を下げ、将が言った。
「よろしくお願いします」
 これにより、将は正式にプロ契約を交わした事となる。
 
 
 
「しょうがないでしょ? 将はまだ未成年なんだから、保護者の私がいなきゃ、こうい
う契約は交わせないんだから」
「うん。それは判っているんだけどね・・・ 」
 ミズホとの契約を終え自宅へ帰る美里の車の中で、将と美里はそんな会話を交わして
いた。
 将は今日の契約に美里を同伴させなければならない事に抵抗があった。これからプロ
になろうとしているのに、自分一人では契約もできないことに、自分自身で情けない思
いをしていた。たとえ、それが法律で決められていたとしても、である。
 加えて、将自身も知らない内に、ミズホが驚くほどの後援会のようなものが、すでに
でき上がっていた。古式家と美里の人脈から、弁護士、税理士、会計士等が将の契約に
ついて助言をしてくれたりしたのである。
 さらに衆議院議員等もメンバーに加わっており、とてもデビュー前の新人とは思えな
いような編成となっていた。
 だが、それが逆に将には重圧になっていた。
「こんな恵まれた環境でスタートしていいのかな?って思えてならないんだよ。
 なんだか、かえって怖いような気もするんだ・・・ 」
 そんな将の声に、美里は前方を見ながら言った。
「将はこれからプロとしてやっていくんだ。親としてはそれを応援するのは当たり前で
しょ?
 未成年だからこそ、私達がその手助けをするんじゃないかしら?
 それを未熟だと思うことはないわ。今はテニスに全力を注ぎなさい。社会の細々した
ことは、これから覚えていけばいいのよ」
 しばらく考えたような素振りを見せた後、将は黙ってうなずいた。
 美里は横目で将のそんな姿を見ながら”それにしても”と思った。
 美里の軽自動車はミッドシップのオープンと言う変わったレイアウトを持っており、
室内はお世辞にも広いとは言えない。
 助手席の将はいかにも窮屈そうに座っていたのである。
「ところで将、今身長いくつなの?」
 いきなりそんな事を聞かれ、不思議そうな表情になりながらも将は答えた。
「えーと、この前テニス部で測った時は182cmだったけど、それが?」
「そう、 ・・・3年弱で13cmも伸びたのね」
「え?」
 美里は微笑む。
「高校に上がる前、将は169cmだったのよ。男の子って伸びるときはあっと言う間っ
て聞いてたけど、実際、目の当たりにしてみると、 ・・・驚いちゃうね・・・ 」
「なんだよ、お母さん。突然そんな事を?」
「ううん、なんでもないの。ただ、なんとなくそう思っただけよ」
「変なお母さん」
 美里は微笑みながらも、内心では寂しさのようなものを味わっていた。
 
 
 
「そう、吉野くん、プロになるのね?」
「ああ、今日仮契約に行くって言ってたよ」
 そのころ、美樹原と和人は動物園にいた。
 12月を控え、朝夕は冷え込むことが多かったのだが、今日は暖かな日となってい
た。
 そして、いつの間にか話題が将のことに及んでいた。
「あいつもいろいろ悩んだみたいだけど、なんとか結論が出たみたいだよ。 その話を
してくれた時の将の表情、なんかさっぱりしていたからなぁ。
 それなりに不安もあるだろうけど、誰だって何らかしらの不安はあるものだし、それ
に将自身が認めているように、恵まれた環境にあるんだから、ま、出るべくして出た結
論だな」
 満足そうと言うべきか、嬉しそうと言うべきか、ともかく陽気な表情で和人がそう将
のことを話すと、美樹原が小首をかしげながら和人に聞いた。
「ところで、和人くんの方こそ進路はどうするの? 就職? 進学?」
 和人はふと美樹原の顔を見つめ直した後、ふと空を見上げながら言った。
「うん。まあ、進学しようと思ってる。館林さんには、まだしばらく迷惑かけちゃうけ
ど、出世払いで恩は返そうと思ってる」
「どこを狙ってるの?」
「T大法学部」
 和人はさらりと言ってのけたが、美樹原の驚き様は相当なものになっていた。
 ぽかんと口を開け、和人の顔を見上げながら立ち尽くしてしまった。
 和人はそんな美樹原に微笑みかける。
「無謀だと思ってる?」
「だ、だって、T大しかも法学部なんて、とんでもない倍率でしょ。
 レベルだって高いし・・・ 」
「まあ、普通はそう考えるよなあ」
 和人は笑いながら、空を見上げた。
「ご、ごめんね。私だって和人くんがそう望むのなら、受かって欲しいと思うけど、冷
静に考えると無理があるかなって ・・・思うの。浪人覚悟ならとは思うけど・・・ 。
  ・・・ごめんね」 
「いいんだって、そう思うのは、当然だと思うし、実際、浪人も覚悟しているよ。
 ただね、俺、何とかやれると思う。そう思うんだ」
「和人くん?」
 自信にあふれる和人の表情に、美樹原は首をかしげる。
「愛、俺ね。司法試験受けてみたいんだ。
 別にT大でなくてもいいとは思うんだけど、いろいろ考えてそういう結論に達したん
だ」
 そんな和人の言葉に、美樹原はうなずく。
「うん。頑張ってね。私に出来ることなら、何でもするから」
「ありがとう」
 そう言って和人は歩き出す。美樹原もそれに続いて歩き始めたが、和人の左手が不自
然に身体の後ろで止まっていることにすぐに気が付いた。
 手のひらを上に向けた、和人のその手の意味にもすぐに気が付いた美樹原は、そっと
自分の右手をその手の上に乗せる。
 そして、美樹原は和人の横顔を見上げて、思わず笑顔を浮かべてしまった。
 自分でそう言う状況を作り出したはずの和人の顔が、朱色に染まっているのが可笑し
かったのだ。
 
 
 
   ときめく時の中で(222)
 
 
 
「スキーに行こう!」
 それは優美の一言から始まった。
 12月に入ってすぐの、3−Bの教室、昼休みの事だった。
 あまりに突飛な一言に、将、和人、そして四本松の3人は、ほとんど同時に間の抜け
た返事をしてしまった。
「はあ?」
 その返事に、優美は右手の人指し指を立て、力を込めた声で言った。
「だからぁ、卒業旅行とは言わないけど、1泊ぐらいでみんなでどこかに行こうって事
なんだよ。
 どうかな?」
「どうかなって言ったって・・・ 」
 先ほどから呆気に取られっぱなしの四本松が、無意識の内に答える。するとそれに代
わって、和人が半ば呆れたように言った。
「早乙女、お前何考えてる? この時期になってスキーだぁ? 卒業旅行と言うには、
ずいぶんと早いぞ。」
 和人の言葉に対して、優美はやや不機嫌そうに答える。
「こんな時だから行くんじゃいの!?
 卒業してからだと、 ・・・将くんは私達と旅行になんか行けないでしょ。
 それに、みんながその気なら、今の内に準備を始めなきゃ」
 和人が優美の言葉を受け、独り言のように言った。
「みんな、これから大変な時期だっちゅうのに・・・ 」
 優美はそれを聞き逃さなかった。
「あのねえ、和人。ちょっと残酷だけど言っておくよ。和人の言う大変なこの時期、こ
の中で大変なのは和人だけなんだよ」
「は?」
「私は大学の推薦が決ってるし、優ちゃんも就職が決まって一安心でしょ?
 将くんも契約が済んだんだし、 ・・・」
 優美はしばらく間を置いて、和人に勝ち誇ったように言った。
「まだ進路の決ってないのは和人だけなんだよ」
「ああ! お前! なんてデリカシーのないことを言うんだ!!」
「和人が、そんな人並みの神経だとは知らなかったなあ」
「お、お前なあ!」
「ままま、優美ちゃんも和人もその辺にしておこうよ。
 和人くんはそういう事情だから行けないとして・・・ 」
「四本松までそう言うか? いいか、誰が行けないなんて言った。一泊ぐらいなんとか
するよ!」
 四本松にまでからかわれたと思った和人は、むきになって反論するのだが、人指し指
を振りながら優美が続ける。
「じゃあ聞くけど、勝負どころの冬休みに、一泊二日の旅行なんか行っても大丈夫な
の?」
「そりゃ、そう簡単なところじゃないけど、その時になってからドタバタしてもしょう
がないだろ?」
 優美はその表情を真面目なものに変え、和人に聞いた。
「大体、和人の志望ってどこなのよ?」
「ん? いや、まあな・・・ 」
 和人が口ごもっていると、それまで黙ったままだった将が突然言った。
「あ、ちょっと待って」
 そう言って将は廊下に小走りに駆け寄った。
「連尺、ちょっと待って!」
「え? なあに?」
 将が呼びかけた先、廊下を歩いていた連尺が振り向いた。頃よく廊下を歩く連尺を、
将が認めて呼び止めたのである。
 将に近寄る連尺に将が聞く。
「ちょうどいいとこに来た。ちょっと聞きたいんだけどさ。
 冬休み中に2日間ぐらい予定の空く日、作れるかな?」
「冬休みに? 2日間?  ・・・どうしたの?」
「いや、そんなに大したことじゃないんだけど、今、スキーに行こうって話になってて
さ、それでどうかな? って思ったんだ」
「スキー?」
 将の後ろから近寄ってきた和人、四本松、優美に気が付いた連尺が将に顔を向ける。
「みんなと?」
「うん」
「今からなら取ろうと思えば、予定は取れると思うけど・・・ 」
 その連尺の声に、ネガティブな成分を感じ将が聞く。
「駄目かな?」
「え? そう言うわけじゃないの。
 みんなで行く事自体に反対という訳じゃないわ。ただ、スキーというのがちょっと
ね」
「駄目なの?」
 そう聞いたのは将ではなく優美だった。連尺が複雑な表情で答える。
「駄目というか、我ながら考えすぎだと思うけど、・・・ 」
「考えすぎだと思うけど?」
 連尺の口調に不思議な物を感じた四本松が聞いた。
「何が問題なの?」
「ん? うん。将くん、スキーは初めてでしょ?」
「え? ああ」
「初めてだと筋肉の使い方が判らないでしょ。それに寒いところだから筋肉が硬くなっ
てるし、ちょっとね。
 万が一の事があったら、ミズホの人にも申し開きもできないし、あまり賛成できない
な」
 連尺の言葉に、その場の空気が一気に冷める。それは誰よりも連尺自身が感じたこと
だった。
 彼女は慌てたように言った。
「あ、あのね。決ったわけじゃないんでしょ?」
「うん」
 そう答えた四本松に連尺がうなずく。
「別のところにしたら?」
「別のところ?」
 4人の声が揃った。
「そう、別のところ。そうね、例えば温泉とか?」
「温泉ん?」
 再び声が揃った。
「温泉ねえ・・・ 」
 和人が腕を組みながらそう言った。連尺は、内心”例が悪かったかな?”と思ったの
だが、それを助けるかのように将が言った。
「うん、いいんじゃない? たまにはそうやって、のんびりと、すごすっていうのも」
 将のその言葉で、また空気が変わった。
「うーーん。まあ、優美もスキーというのは思い付きだし、そう言うのもいいかなって
思うんだけどね・・・ 」
 その場の雰囲気が決りかけた時、連尺が言った。
「行き先はともかく、とりあえず日程でしょ? その後、行き先決めて、宿決めて、お
家の人にもちゃんと説明しなきゃいけないし、今からでもそんなに時間があるわけじゃ
ないわね」
 指を折りながら連尺がそう言うと、将達の表情が曇っていく。
「で、誰が幹事するの? 将くんと連絡取らないといけないから、それが決ったら早め
に教えて欲しいな」
 連尺がそう言って将達を見ると、4人は気まずそうに顔を見合わせていた。
 1泊2日の日程はともかく、それまでの下準備が大変であり、誰がその面倒なことを
受け持つかという事が問題になっていた。
 その時、将が無意識の内に連尺の方に顔を向けると、他の3人もつられるように連尺
に顔を向ける。
 それらの表情には、皆、共通の成分が含まれていた。
 それは言葉となって、ほとんど同時に表現された。
「連尺」
「連尺さーーん」
「みゆきーー!」
 すがるような目つきと声に、連尺は「え?」と言うような表情になる。
 だが、その意味を正確に理解した連尺は、小さくため息をついてから答えた。
「判ったわ。私も行きたいし、やりましょ」
 あまりにもあっさりと連尺がそう言ったために、優美が意外そうな声を上げる。
「いいの?」
「ええ、ミズホと連絡を取り合うのにはその方が都合がいいから」
 連尺はにっこりと笑った。
 
 
 
 連尺が自分の教室に向かった後、優美が四本松に聞いた。
「ねえ、連尺さんって、将くんのマネージャーというより、お目付け役って感じがしな
い?」
「そうね。将くんはみゆきを信頼しきっているからね」
「 ・・・優ちゃん?」
 優美は小さくそう言うだけだった。
 
 
 
   ときめく時の中で(223)
 
 
 
「ふううっ!」
 荒々しい息を吐き、テニスコートに立つ将に、まわりで見ていたテニス部員は声を失
った。
 寒風が吹き始めた12月の中旬、将の練習はそれだけで人の目をひくものになってい
た。
「藤崎先輩! 吉野先輩すごすぎますよ。ちょっとシャレにならないと言った方がいい
ですよ」
 西島が、なかば哀願するような口調で隣にいた詩織に言った。
 あまり環境が変わるのは良くないと判断した西島達は、結局、新年度になるまで、詩
織にコーチを続けてもらうように依頼していた。
 結局のところ、詩織は技術面のアドバイスをする存在として、テニス部に欠かせない
ものになっていたのである。
 そんな詩織が西島に言った
「将くんは、私達が考えているより、すっと高いところを目標にしているのよ。
 それが・・・ 」
「プロと言うもんなんですかね?」
 詩織の言葉の途中で西島が言った意見に、詩織はうなずいた。
「そうかもね?」
 そして二人は、コートで球を打ち返す将の姿を見つめた。その視線の先の将は、ゲー
ム形式の練習をしていた。
 ただ、その相手は一人ではなかった。1年生男子の二人を相手にしていたのである。
 練習なのでポイントこそ取ってはいないが、その内容は明らかに、将が「押してい
た」。
 西島は右手で前髪を掻き上げながら、ぼやくような口調でつぶやいた。
「あいつらも決して弱いという訳じゃないのになあ。
 いくら吉野先輩が相手とはいえ、2対1で押されるなんて、いい経験とか何とかより
自信なくしちゃうかもな」
 そんな西島の声に答えたのは、いつの間にか詩織のそばに立っていた本郷だった。
「それはあるかも。きりのいい所で切り上げた方がいいかもね? ・・・で、その替わりは
どうするの? あなたがするの?」
 いきなり本郷にそう言われ、西島は苦笑いを浮かべる。
「それもあるだろうけど、連尺先輩がなんて言うかな? それしだいだな」
「あのねえ、今はあんたがキャプテンなのよ?
 自分で決めればいいじゃない!?」
「まあ、それはそうなんだけど、やっぱり前キャプテンの意向には逆らえないものがあ
るからなあ。
 引退したとは言え、テニス部に在籍してる訳だから」
 そんな時、詩織が口を挟む。
「あれ? みゆきさん、そんなに口出しするの?」
「いえ。部の運営に関しては何も言いませんけど、こと、吉野先輩の件に関してはチェ
ック厳しいですから・・・ 」
 西島がそう答えると、詩織は将が練習をしているコートの脇に立つ、連尺の方に視線
を向ける。
「そうね。本当に、将くん専属のマネージャーのようになってるわね」
 詩織の言葉に本郷が答える。
「実際助かってるんですよね。
 コートの調整や、練習スケジュール管理なんかみゆき先輩がアドバイスしてくれます
から。
 でも、最近、将先輩のレベルに愕然としてしまうんですよね」
「確かにそれはあるね」
 西島がそう答え、3人は将の方に視線を向けた。
 
 
 
「ありがとうございました!」
「こちらこそありがとう。相手をしてくれて助かったよ。
 またお願いするかもしれないけど、その時には頼むよ」
「は、はい」
 練習を終え、将は相手の1年生と握手をして、挨拶をした。その後、連尺の方に歩み
寄る。
 連尺から渡されたウインドブレーカーを着込みながら、将が言った。
「今日はこの後、軽く体操して終りだったよね? ミズホから渡された練習メニューで
は」
「そうね。 ・・・意外? 予想していたのより軽いメニューで」
「え? うん、まあね。
 今は身体を休める時で、来年になればきつくなるんだろうけど、ちょっとね」
 汗を拭きながら言った将の声は、少しばかりネガティブな成分が含まれていた。
「何か不満なの? それとも不安かな?」
 それはいつの間にかそばに来ていた詩織だった。その後ろには西島と本郷も立ってい
た。
 詩織の質問に対して、将は苦笑いを浮かべるだけで何も言わなかった。まるでそれに
替わるように、連尺が将に確認するような感じで答える。
「どちらかと言うと不安、よね?」
「ん? まあ、そうかな」
 将がそう答えると、連尺は詩織に顔を向ける。
「今までは、しゃにむに走ってきたのに、ここに来て休まされてるから、不安なんです
よ。
 これでいいのか? って。身体がうずいちゃうんでしょ?」
 将は声もなくうなずいた。その表情は”参ったなあ”と言うような物になっていた。
 その理由は詩織にはよく判っていた。ただ、それと同時に一抹の寂しさのような物も
感じていた。
 満面に笑みを浮かべ、連尺が言った。
「将くんには目標があるから、それに追いつきたいんですね。だけど部活の時より、
かえって練習メニューが軽くなってるから、気持ちだけが高ぶってしまうんですよ。
 それを押さえつけられているから、集中力を維持するのが大変なんです」
 その内容とは全く逆の表情になっていた連尺に、詩織達は言葉をなくしてしまった。
 将がそんな詩織達に言う。
「それじゃ、俺達そろそろ行きます。
 お先に」
「え? ええ」
 詩織がそう答えると、西島と本郷も続く。
「お、お疲れさまでした」
 その言葉にうなずいた後、将はバッグを持ち、連尺はその後に続いてコートを出て
いった。
「なんか意外だったなあ・・・ 、いろんな意味で・・・ 」
 ぼそりと言った西島の声に、本郷が反応した。
「みゆき先輩に仕切られちゃってる事?」
「それは違うだろう!? ・・・違いますよね? 藤崎先輩?」
 西島のやや不安げな声に、詩織は落ち着いた笑顔で答える。
「ええ、そうね。
 将くんはみゆきさんを本当に信頼しているのよ。
 だから、 ・・・さ、お喋りはこの辺にしておきましょ? まだ私達のメニューは終わっ
てないんだから」
「は、はい」
 詩織が何を言いかけたのか? 西島と本郷は心の隅で思いを巡らせたのだが、すぐに
気持ちを切り替え、それぞれの持ち場に戻っていった。
 
 
 
「松島課長。お客さんですよ」
「え? 僕に?」
 ちょうどその頃、松島の父親は勤め先で、来客を告げられていた。
 松島啓介。中堅電化製品メーカーに勤める37歳。職種は事務。
 実年齢よりはるかに若く見えるため、とても高校生の子供がいるようには見えない。
 業務終了時間が近づいての来客に、彼は首を傾げながら自分のデスクから離れる。
「誰?」
「とっても可愛いお客様ですよ」
「何、それ?」
 呼びに来た女子社員の言葉に疑問を持ちつつ、玄関ロビーに出た啓介はその来客にそ
の足が止まった。
「え? に、虹野、 ・・・さん?」
 
 
 
   ときめく時の中で(224)
 
 
 
「こんにちは」
 ぺこりと頭を下げた虹野に、啓介はどうしてここに彼女がいるのかと、ひたすら悩む
のだった。
「虹野さん、どうしてこんなところに?」
「 ・・・すみません、突然。 ・・・お邪魔とは思いましたが、近くに来たもので・・・ 」
「いやあ、それはいいんですよ。
  ・・・うーん。ここで少し待っていてもらえるかな? もうちょっとで仕事が終わるか
ら」
「はい」
 虹野の元気な声に啓介はうなずき、部署に戻った。
「すごい可愛い女の子だそうですね?
 課長も隅におけませんねえ」
「おいおい勘違いするな。あの娘は息子のガールフレンドだよ」
 若い男子社員の冷やかすような声に、啓介はそう答えた後、残っていた仕事を片付け
た。
 
 
 
 仕事が終わり、啓介は虹野と帰宅した。
 ”どこかで食事でもしていこうか?”と啓介は言ったのだが、”不意に訪れたのだか
ら”と虹野が断ったため、電車を乗り継ぎ、最寄りの駅で降りた二人は並んで歩道を歩
いていた。
「でもいいのかな、この道で?」
「いいんです。松島さんの家は私の家に帰り道にありますから」
「 ・・・ふうん、そう?
 それで今日はどうしたの? 悟と何かあったのかな? そうでなきゃ、わざわざ会社
にまで来ないでしょ?」
「え? そう言うわけじゃないんです。今日来たのは・・・ 」
 虹野はそう答えかけ、言いにくそうにして言葉を飲み込んだ。
「ん? 何?」
 啓介の声に促されたかのように、虹野が続けた。
「あの、松島さんのお宅は、今年クリスマスどうされるんですか?」
「え?  ・・・そうねえ。まあ、ここ数年は家族ですごしてるなあ。ホームパーティーと
いうほどの物でもないけどね。 ・・・それが何か?」
「ええとですね。 ・・・あの、よかったらでいいんです。
 私、その日お邪魔してもいいですか?」
「!?」
 虹野の言葉の意外な内容に、啓介は無意識の内に足を止めてしまった。
「ご迷惑ですか?」
 立ち止まった啓介に気付き、振り向いた虹野が不安げな表情で聞いた。
 啓介は歩き出しそれに答える。
「いや、迷惑とかじゃないよ。ただ、それってどういう事なのかな?
 確かにみんな喜ぶだろうけど、何か無理してない?」
「そんな事ありません。私は松島さんのお宅でクリスマスイブを過ごしたいんです。
 駄目ですか?」
 啓介は横目で虹野を見ながら不思議そうに首を振った。
「わからんなあ。虹野さんの方には用事ないの? ご家族の方は?
 そもそも虹野さんのように可愛い娘なら、付き合ってる男の子いるでしょ?」
「お父さんもお母さんも、その日お仕事が入っちゃって、寂しいことに家には私一人な
んです。
 それに、クリスマスをすごしてくれるような彼もいないんです。
 これって、寂しいですよね」
「寂しいって事もないでしょう。虹野さんのような素敵な女の子なら、この先いくらで
も素敵な彼氏に巡り会えるさ。今年はたまたまなんだと思うよ。悟は残念がるだろうけ
どね。
  ・・・ああ、今年来てくれれば喜ぶな」
 虹野が首を振る。
「松島くん、 ・・・いえ悟くんは違いますよ。悟くんが私を見る時の目って、まるでお母
さんを見るような目なんです。
 私はお母さんじゃありませんから・・・ 」
(これがあの時の言葉か・・・ )
 虹野の言葉に、啓介は内心で思った。
「そうか、 ・・・虹野さんから見るとそう見えるか、やっぱり。
 でも、それならなんで僕の家に? 虹野さんならお友達も多いだろうし、他に行く所
だって多いでしょ?
 クリスマスイブなんて言う特別な日に、なにもわざわざ男所帯で過ごさなくたってい
いんじゃない?」
 啓介がそう言うと、今度は虹野が立ち止まった。
「?」
 それに気付いた啓介も足を止め、振り返った。
 そして啓介が見たものは、戸惑うような表情で立ちつくす虹野の姿だった。虹野は思
いきったという感じで口を開く。
「特別な日だから、イブだからこそ、特別な場所にいたいんです。
  ・・・いけませんか?」
「 ・・・虹野さん?」
 啓介は虹野の言葉を自分なりに整理してから、額に右手を当て、顔をしかめながら
言った。
「まあ、これはへんな親父の勝手な想像だと思って、違ってたら笑ってくれてもいいん
だけどね。
 そういう事言われると、誤解しちゃいそうだよ」
 表情の選択に困り、結局、苦笑いになった啓介に対して、虹野は真面目な表情のまま
で、それに答える。
「笑ったりしませんよ。
 松島さんが考えていること、間違っていませんから・・・ 」
 啓介は額に手を当てたまま空を仰いだ。
「あちゃー、それは考えていなかったなあ・・・ 」
「すみません。ご迷惑ですか?」
「いや、迷惑と言うんじゃないんだ。 ・・・むしろ嬉しいと言った方がいいね。
 ただ、驚いちゃったというのがあるんだ。
 虹野さんのような可愛い女の子にそんな事言われるなんて、光栄の至りと言うべきだ
ろうね。
  ・・・しかし、 ・・・本当に驚いたね」
 二人はしばらくの間、ただ立ちつくしていたが、無言のまま啓介が歩き出すと、虹野
もそれに続いた。
「あ、あの。私、別に松島さんに、なにかしてもらいたい訳じゃないんです。
 ただ、私の方が一方的にそう思っているだけなんです。今日みたいにお会いしてくれ
るだけでいいんです」 
 それだけは判ってください」
 その言葉に、啓介は何も答えることも出来ず、無言で歩くだけだった。
 長い沈黙の後、二人は啓介の自宅へと着いた。
「どうします? 寄っていきますか?」
 玄関先を指差しそう言った啓介に、虹野は首を振った。
「いいえ。今日はご遠慮します」
「 ・・・そう」
 啓介は残念そうな、それでいてほっとしたようにも見える表情になった。虹野はそん
な啓介に言った。
「あの、今日は突然お邪魔して申し訳ありませんでした。
 そ、それでは失礼します」
 ぺこりと頭を下げ立ち去ろうとした虹野に、啓介は慌てて声をかける。
「虹野さん」
「はい?」
 振り向いた虹野に啓介は、半ばためらうような口調で言った。
「イブの日、よかったら遊びに来てください。
 子供たちがどうこうではなく、僕も虹野さんのような人がいてくれると、うれしいと
思いますから・・・ 。
 お断りする理由はありません」
 啓介がそう言ってしばらくの後、虹野が大きくうなずく。
「はい! お願いします!」
 そう言って、虹野は満面に笑顔を浮かべ走り去っていった。
「・・・」
 啓介はそれを無言で見送ったのだが、思いもしなかった胸の高鳴りを感じて苦笑いを
浮かべた。
「 ・・・参ったな。どうも・・・ 」
 そうつぶやき自宅の玄関をくぐった。
 
 
 
 同じ頃、古式ゆかりが帰宅すると、父親から自分宛ての郵便物が届いていることを知
らされた。しかもそれは国際郵便であった。
「どなたからでしょうか?・・・ あら!?」
 差出人を確かめた古式は首をひねった。
 そこには普段見慣れぬアルファベットが筆記体で書かれた名前と、その下に、文字は
異なっても、明らかに違うと判る筆跡で書かれた「カタカナ」の名前があった。
「ラルフ−ハインツ−ミューゼルさんが、どうして手紙を、下さったのでしょうか?
 判りませんねぇ」
 そう独り言を言いながら、古式は封を開けた。
 
  
 
   ときめく時の中で(225)
 
 
 
 その日の朝の古式家の風景は、いつもの朝の通りだった。だが、父親は些細な違和感
を感じていた。
 それが何なのか? 父親は思いを巡らし、自分の娘が妙に落ち着かない物腰をしてい
るせいなのだと感じとった。
「ゆかり・・・ 」
 何があったのかと父親は聞きかけたのだが、それでも必死の思いでそれを飲み込ん
だ。
 高校在学時までは自ら「親ばか」と認めるほど、娘のゆかりに対し、心配を通り越す
ほどの「干渉」をして来た。
 だが、高校を卒業してからはそれを控え、自覚に任せるようになって来ていた。
 今の様子が普段と変わっているのも、昨日の国際郵便のせいではないかと想像はでき
たが、その内容を問い質そうとはしなかった。
 少し前までなら、下手をするとゆかり宛の手紙を開封することさえあった。さすがに
この時は、静かな口調ながらもゆかりに叱責され、それ以来、そこまでの干渉はしなく
なったのだが・・・ 。
 ともかく、昨日届いた手紙がどんな内容なのか知りたいと言う気持ちを、父親は必死
に抑えていた。
 それでも、心配になるのはどうしようもなく、その視線は頻繁にゆかりに向けられて
いた。
 その視線の先、ゆかりは父親の見越した通り、普段の彼女らしくもなく、やや浮き足
立っていた。
 そしてその原因も、また父親が見た通り、昨日の手紙であった。
 差出人は、ドイツテニス界の若き皇帝、ラルフ−ハインツ−ミューゼルであった。
 その内容は2通の手紙からなっていた。1通目は筆記体のアルファベットでつづられ
ており、もう1通は文句のつけようのない日本語で書かれていた。
 ゆかりには全く理解はできなかったが、そのアルファベットがドイツ語である事は
判った。そしてもう1通の手紙がその訳であった。
 その内容は要約すると以下のようになる。
 まず突然の手紙を謝罪する言葉から始まり、年末、正確に言うとクリスマス辺りの、
ゆかりの都合をたずねる文が続いた。
 その理由は、スポンサーであるミズホ、それにつながる伊集院グループとの兼ね合い
で、伊集院のクリスマスパーティーに出る事になったのである。その時、彼ののパート
ナーになってくれないかと聞いてきたのである。
 あまりに突然の申し出に、さすがのゆかりも戸惑いを覚えずにはいられなかったが、
それだけではなかった。
 年が明けてすぐに開かれるグランドスラムの一つ、オーストラリアンオープンに出場
するための調整を日本でする事になり、その間のオフの日に、日本を案内してくれない
か? という事だった。
 通訳もマネージャーもいるという事であったが、あまりにも突飛なその内容に、実際
どうしていいのか判らないと言うのが正直なところだった。
 一晩明かしてもその結論の出ないゆかりは、その迷いがそのまま物腰に表れてしまっ
たのだ。
 父親の自分を心配する視線に気付いはいたが、ゆかりは気安く父親に相談をしようと
は思わなかった。高校時代と違い、父親が必要以上に自分に干渉しないのは自主性に任
せるということであり、彼女自身、本当に答えが見いだせないような時以外は、自分で
答えを見いだそうと努力していた。
 そしてその結論は、朝食をとった後、不意に出た。
 ゆかりははしを置き、内心で自分自身に言った。
(ともかく、ドイツ語の、本を、買うことにいたしましょう)
 
 
 
 2学期のテストも近づいているというのに、連尺はテスト勉強をこなすと同時に、あ
る事務処理も着々と進めていた。
 将や優美、四本松、和人の3−B組と、連尺の5人で行く、早めの卒業旅行の準備で
ある。
 当初はその5人で行くはずだったのだが、話が漏れ、その人数が徐々に増え、ちょっ
とした団体旅行というべきものになっていた。
 当然、それに伴いその事務処理は加速度的に増えていったのである。
 だが、その増えた仕事も連尺は順調に処理していった。その様子を見て、優美は心か
らホッとした。自分が言い出したことではあるが、連尺のように自分が処理しきれると
はとても思えなかったのである。
 そんな中3−Bのクラスを訪れた連尺は、その優美に1枚の紙を差し出した。
「何これ?」
 連尺はにこりと笑って、事も無げに言った。
「コピーを取ってきて、その後、参加する人に配ってきてね。
 保護者の方に渡すものよ。言ってみれば旅行のご案内ね」
「なんでそんなものを?」
「生徒だけで行くんだもん。心配する親もいるでしょ? 念のためよ」
「ふーん」
 優美は納得したように短くそう答え、その紙を受け取った。
 その後連尺は、将を廊下に呼び出した。
「なに?」
「事後承諾で悪いんだけど、将くんにこの旅行の発起人になってもらったよ。
 と言っても、名目上だけで、将くんは何もしなくていいんだけどね」
「どういう事? それ?」
「だからぁ、今、早乙女さんに渡した紙、連絡先は私になってるけど、将くんの名前だ
け借りたの」
「なんでそんなことを?」
 唖然とした表情の将に対して、連尺は平然と答える。
「最終的に何人になるか判らないけど、参加者は20人程にはなるはずだから、中には
必要以上に心配する親も出るでしょ?
 そんな時、将くんと女子の私の名前があれば、何となく安心してしまうものよ。
 なんて言っても将くんのネームバリューは、きら高関係者の間では相当なものだから
ね」
「だますのか?」
「人聞きの悪いこと言わないでよ。
 別にやましいことをする訳じゃないけど、無用の誤解を与えて余計な手間をとられた
くないだけなんだから。
 それとも、一軒一軒、保護者の人に”これこれこういう旅行で、参加者は何人で、こ
ういうスケジュールになっています”って説明してくれる?
 それに嘘をついているわけじゃないんだからね。名誉職なんて、どんなところでも見
られるでしょ?」
 すらすらとそう言った連尺に、将は呆然としてしまった。確かにそうかも知れないが
たかが小旅行にそこまで考え、計算するものなのか、と。
 しばしの沈黙の後、将は無意識のうちにこう言った。
「わ、悪う」
「ほめ言葉と思っておくわ」
 にっこりと笑って連尺がそう答えると、将は観念したと言うべきか、悟ったような表
情と言うべきか? ともかくそんな表情で言った。
「参ったな。ミズホの人ともそんな風にやり合ってるんだろ?
 この前、ミズホのスタッフの人に”君のマネージャーは手強いね”と言われたぞ」
「え? そんなこと言ってた?」
「ああ、どうも噂になってるみたいで、一度会ってみたいと言うスタッフの人がいるぐ
らいだよ。連尺の顔を知らない人はまだ多いから・・・ 」
 そこまで言った後、将は何事か思い付いたような表情になった。
「あ、そうだ。 連尺、クリスマスイブの日空いてるかな?」
「イブ? なんで?」
「例の伊集院家のクリスマスパーティー、あるだろ?
 ミズホの関係で今年もあれに出ることになっててね。
 ミズホの関係者の人も多く来るということだから、その時連尺を紹介するから一緒に
行かないか?」
 将の言葉に連尺は、しばし悩むような素振りを見せた後、聞き返した。
「将くんのマネージャーとして?」
「うん。そうだけど、それが何?」
「ううん。別になんでもないの」
 そう言った後、連尺は内心で思った。
(そうよね。それ以外の何でもないんだもんね)
 そして将に向かって答える。
「うん。お願いしようかな。イブの日は空いているから」
 少し残念なような気もしたが、連尺はそれでもいいと思った。
 
 
 
   ときめく時の中で(226)
 
  
 
 きらめき高校の2学期の期末試験が終わり、その結果が発表されると、校内にざわめ
きに似た物が広がった。
 期末試験1位に、和人の名前があったのだ。
「何だよ、早乙女? 人の顔じろじろ見て?」
 3−Bの教室で、優美が和人の顔を無言で見続けたため、和人はたまらず優美に聞い
た。  
「だってねえ。もう、驚くとか何とかより、何を言っていいか判らないんだよ。
 和人が学年で1位なんて、ちょっと考えつかなかったから・・・ 。
 和人が本気になればひょっとしたら? とは考えたことはあったけど、実際の事にな
ってみると和人ってすごいんだなあ。と感心しちゃうんだよ」
 ため息と共に、感嘆しきった声の優美に対して、和人は平然と答える。
「そうか?
 今回のテスト、簡単だったろ? 学年1位なんて他の人、例えば将なんかの調子が悪
かっただけだろう。
 それに、学年で何番かなんて、入試にはさほど関係しないよ。要は自分自身の学力だ
から・・・ 」
 和人の言い方が妙に落ち着いたものに感じ、優美が聞いた。
「出来る人はどんなに難しくたって、簡単だって言うのよねぇ。
 なんか悔しいなあ・・・ 。
  ・・・ねえ、和人がそんなに変わったのって、美樹原さんが影響しているの?」
「なんだよ、突然?」
「だって、あまりに極端なんだもん。今年の文化祭の頃からの和人の変化って、ものす
ごいでしょ。
 優美に思い当たる事って、やっぱり美樹原さんとの事ぐらいだもん」
 和人は思いを巡らせるようにゆっくりと教室内を見渡した後、静かに言った。
「そうだなぁ。それだけと言うわけじゃないけど、早乙女が言うことは確かにあるよ」
「やっぱり、いいとこ見せようとか思うわけ?」
 先程までの表情に、やや興味津々と言った成分を含ませて、そう聞いた優美に、和人
は苦笑いで答える。
「そう言うのじゃないんだ。
 なんて言うのかな? 俺が学校でだらしなかったら、”浮かれてるからだ”とか言わ
れかねないだろ?
 文化祭の時、自分でも派手な事したなぁと思っているからね。
 俺は別にそれでも構わないんだけど、下手すると、愛まで悪く言われかねない。
 そんなことは絶対にさせない。 
 そう思ってはいるよ」
 和人の固い決意を表す表情に、優美は意味もなく気後れするような感覚を覚えた。
(なんだよ。和人ったら、突然大人びちゃってさ・・・ )
 そんな事を思いながら、優美は和人に聞いた。
「この前から聞こうと思っていたんだけど、大体、和人の進路ってどこなのよ?
 もう決めているんでしょ?」
「ん? まあね。そういう事があるから、頑張らなきゃと思うんだよ。
 なんと言っても、相手は強敵だからね」
「だからぁ、それはどこなのよ!?」
「T大法学部」
「へ?!」
 素っ気なく言った和人の返事に、優美は絶句してしまった。
 和人は微笑みながら、そんな優美に言った。
「早乙女は無謀だと思うか? 俺の考えは?」
 和人の質問に、優美は一瞬だけ考え込むような素振りを見せたが、すぐに明るい笑顔
と共に和人に答えた。
「そんな事はないんじゃないかな? 和人がそう考えるんならできる。
 優美はそう思うよ」
 優美の言葉に、和人はゆっくりとうなずいた。
「その期待には答えないといけないな。もう少し頑張るよ」
「うん、頑張ってね」
 優美もそう答えてうなずいた。
 
 
 
 ちょうどその頃、将と四本松は廊下を歩いていた。そこで、やはり和人のことに話が
及んでいた。
「将くんはあまり驚いていないみたいね?」
「え? なにを?」
「和人くんが、学年で1位をとったって事」
「ああ、その事か。
 別に驚くことじゃないよ。和人がやる気になったんなら、このぐらいの事、不思議で
もなんでもないさ。
 大体、小さい頃から何かやろうとする時、覚えるのは、まず和人の方が先だったんだ
よ。
 だけど途中から失速しちゃうんだよな。意識してなのかどうか判らないけどね」
 ごく当然と言った感じの将の言葉に、四本松は微笑む。
「将くんと和人くんって、本当にお互いの事判りあってるみたいね?」
「まあ、長い付き合いだからね」
「でも、卒業したら別の道でしょ?」
「ん?  ・・・ああ、そうだね。
 そう考えると、なんだか寂しくなるなあ」
「そうね。少なくとも将くんが、きらめき市を離れるのは確実な事なんだもんね。
 実感はわかないけど・・・ 」
 そんな会話を交わしているうちに、二人の間に妙にしんみりした空気が流れた。
「な、何、静かになってるんだろうな? 俺達は。
 まだ、年も明けてないって言うのに・・・ 」
「そ、そうね。やらなきゃいけない事はまだまだ多いのよね」
 歩きながら二人は、ややひきつった笑いを浮かべた。
 四本松はややためらった後、将に言った。
「私、まだ、将くんとシングルスで試合したことないのよね。
 学校にいる間に、一度、試合してもらえないかな?」
「え?」
「かないっこないは判ってるのよ。ひょっとしたら、将くんにとっては、なんのメリッ
トのない事かも知れないけど・・・
 でも、卒業したら、まずそんな機会には出会えないだろうから、それまでに、一度お
願いできないかな?」
 そんな四本松に将は笑って答える。
「四本松にそう頼まれたら、断れるわけないじゃないか。四本松には色々助けてもらっ
たからな。
 とてもそれだけでお返しできるとは思わないけど、それで、少しでも恩返しができる
んなら、喜んで相手させてもらうよ」
「!? 恩返しだなんて・・・ 。私、そんな大した事してないよ」
「いや、身近にプレーヤーがいてくれるということが、どんなに心強かったことか、言
葉じゃ、とても言い表せないよ」
 将の言葉に四本松の表情が急激にほころんだ。
「私、将くんの役に立てたのかな?」
「なに当たり前の事言ってるんだよ?
 決ってるだろそんなの」
 そんな言葉に、四本松は心を満たされるような感覚を覚えた。
 四本松はこの時、将が連尺をクリスマスパーティーに誘ったということを耳にしてい
た。
 それを聞いた時は、正直言って心に寒さを覚えた。
 だが、自分のしてきた事も、決して無駄ではないのだと思えたからである。
 将が自分のことをどう思っているのか、正直言って判らない。だが、それはこの際、
さほど重要ではない。
 小さい頃、四本松は身体が弱かった事もあって、まわりに助けられてばかりだという
記憶しかなかった。それが、自分が誰かの力になれた、誰かを助けることができた。
 その事は、四本松に今まで経験したことのない充実感をもたらすこととなった。
 四本松は満面に笑顔を浮かべて、将に言った。
「それじゃ、お願いね。約束よ」
「ああ」
 
 
 
   ときめく時の中で(227)
 
 
 
 クリスマスイブの日の昼頃、詩織は一人駅にいた。12月の寒い風が吹く日だった。
 その詩織の立つホームに、列車が滑り込んできた。ドアが開き、多くの乗客が乗り降
りをし、ホームに人の波ができる。
 詩織はつま先立ちで、その人波を見渡していた。
 やがて泳いでいた視線が定まり、詩織は右手を上げて声を出した。
「トシくん!」
 その声に反応して人波に片手が上がり、声が答える。
「詩織!」
 その声の主、それは君本だった。
 詩織と君本は小走りに駆け寄る。君本が、少しずり落ちたショルダーバッグを背負い
直してから言った。
「なんだ詩織、改札口で待ってれば良かったのに」
「なによ? 久し振りに会ったというのに、第一声がそれ?」
 演技ではあろうが、少し機嫌の悪い詩織の声に、君本も、多少演技がかった風に肩を
すくめながら答える。
「ごめん、ごめん。
 だけど、わざわざ入場券買わなきゃいけないだろ? 何もわざわざと言う気がしちゃ
ったんだ」
「だって、少しでも早くトシくんの顔を見たかったんだもん」
 そう言った後、詩織は自分の言葉の意味に気づき、顔を赤らめた。君本もそれにつら
れるように顔を赤くして右手を口元に当てる。
 しばらく、その気まずいような雰囲気のまま、二人はホームに立ちつくしていたが、
やがて申し合わせたかのように同時に笑い出した。
 その笑いが収まると、詩織が言った。
「おかえり、トシくん」
「ただいま、詩織」
 そして二人はごく自然に手をつなぎ、ゆっくりと歩き出した。
 
 
 
「それにしても、よく航空チケット取れたね? 私、正直言うと無理かな?って思って
いたわ」
 駅を出た二人は、駅前のロータリーでバスを待っていた。
 バスを待つ間に、詩織が言った言葉を受けて、君本が答える。
「まあね、必死になって捜したと言うのもあったけど、運がよかったかな?
 なにしろイブに間に合ったんだから。
  ・・・だけど、ごめんな」
「え? 何が?」
「何って。新年をこっちで迎えられない事、詩織、E−メールで怒ってたじゃないか」
「あ、その事? 私のほうこそごめんなさい。メール送った後、反省したの。トシくん
にだって事情があるんだって。
 もう1月2日から学校は始まるのよね」
「まあね。授業があれば出なくちゃならない。と言うか、そうしないと、あっと言う間
に置いていかれるから」
「大変ね」
「俺が日本人だからって関係ないからね。どんどん進んでいくから・・・ 。
 あ、バスが来た」
 君本が言うように、バスが近づき、その前に止まり入り口が開く。二人はバスに乗り
込み、シートにならんで座った。
 走り出したバスの中、詩織が先程の会話の続きを切り出した。
「そうなのよね。トシくんはそれでも日本に帰ってきてくれたのに、私わがまま言っち
ゃって、恥ずかしいな」
「いいんだって、日本の感覚だと、どうしても新年を迎えたいと思うからな。
 詩織の気持ちも判るよ」
「でも、やっぱり、あの書き方はいけないね。反省してます。ごめんなさい」
 そう言って詩織は頭を下げた。君本は何も言わず、詩織の手を強く握ってそれに答え
た。
 詩織はその手が彼女を許すものであることが判り、2回程うなずいた。
 バス停にバスが止まり、数人の乗客が乗り降りする光景を、二人はなんとなく見つめ
ていた。
 再びバスが動き出してしばらくの後、詩織が口を開く。
「あのね、トシくん」
「ん?」
「私思ったの。もし、トシくんがよければ、来年は私のほうからイギリスに行けばいい
んだって。
 どうかな? この考え?」
「うん。それはいい考えかも知れないね。
 でも、実際にできるのかな? いろいろ障害がありそうだ。
 例えば旅費はどうする? テニスのコーチは?」
「旅費は、アルバイトをして作るわ。間違っても、お父さんやお母さんのすねはあてに
しませんよ」
 君本の問いかけに、ややすましたような笑顔を浮かべて詩織は答え、さらに続ける。
「コーチはね・・・ 、新年度になったら、きっと私は必要ないと思うよ」
「必要ない?」
「て言うか、いつまでも居すわると、私が主みたいになっちゃうでしょ? 考えてもみ
て、来年の5月になったら私ももう20歳よ。
 そんなおばさんがいたら、みんなやりにくくてしょうがないでしょ? 歳は取りたく
ないわね」
「 ・・・あのなあ、詩織ぃ」
 君本は笑った。詩織もそれにあわせたように笑って続ける。
「実際問題、私に教えられることはもうないと思うの。私の力なんかなくても、みんな
は成長していくわ。
 私の役目はもうおしまい」
「詩織?」
 急に真顔になった詩織に、君本は戸惑った。
(吉野くんの事か・・・ )
 ふと、そんな事を考える君本を見透かしたように、詩織が言った。
「将くんの事も確かにあるね。
 今だから言うけど、将くんのコーチをする事になった時、正直言って不安だったの。
 大丈夫だろうかって」
 ”大丈夫か?”
 詩織の一言には、様々な意味と想いがこもっている事が君本にもわかる。彼は何も言
わず、詩織の次の言葉を待った。
「今になってみると、この経験はとっても有意義だったなって思うの。
 もし、怖がって逃げていたら、私の気持ちは1年前から、なに一つ変わることが出来
なかった。時が止まったままだったと思うの。
 でも、私、この間に変わったと思う。ゆっくりと、静かに変わって来たと思うの」
 黙って聞いていた君本だったが、その時そっと言った。
「それは、変わったと言うより、大人になった・・・ と言うべきなんじゃないかな?」
 詩織は君本の顔を見つめ、静かに微笑んだ。
「そうね、そうかも知れないね。
  ・・・そして、それは将くんも同じなのよね。いつの間にか、将くんにとって私は特別
な存在じゃなくなっていた。将くんには、もっとかけがえの無い人が現れたのよ」
「だれ?」
「ふふふ、内緒よ」
 そう言って笑った詩織に、君本が言った。
「なんか、残念そうだね」
「あら、妬いてるの?」
「別にぃ」
 少しすねたような君本に、詩織はくすくすと笑いだし、それにつられるように君本も
笑い出した。
 口にこそしなかったが、お互い、二人に、また新たな結び付きが生まれたような気が
していた。
 二人の会話は、少々際どい内容だが言葉遊びの類であり、それはとりもなおさず、二
人の間にある信頼関係が深まっているという証だった。
 詩織は君本の腕に自分の腕を絡ませ、そっと身を寄せた。
「お、おい」
「いいじゃない、すぐ着くわ。それまでの間、ね?」
 甘えた声の詩織に、君本は”しょうがないなあ”と言う表情で、詩織のその腕にもう
片方の手を添えた。
 
 
 
   ときめく時の中で(228)
 
 
 
 イブの日もすっかり陽が落ち、君本家では藤崎家を招いてのクリスマスホームパーテ
ィーが開かれていた。
 君本が帰国し、久々に一家が揃ったので、藤崎家を交えてのパーティーとなった。
 君本のイギリスでの話や日本での両家の話などで盛り上がり、一段落した後、君本が
それまでとは違う、引き締めた表情をして言った。
「藤崎さん」
 それは詩織にではなく、両親に向けての声だった。
 そのただならぬ雰囲気に、詩織の両親も無意識の内に姿勢を正した。
「本当なら、まず、詩織に話さなければいけないんでしょうけど、こういう機会はこれ
からも少ないでしょうから、この場をお借りして言わせてください」
 そこまで言って、君本は1回大きく息を吸った。
「今回、日本に帰国する前、国際電話で親には話して賛成してもらったんですが、話し
たい事というのは、つまり・・・ 。
 なんて言うのか、 ・・・イギリスに行って、まだ1年も経っていませんが、そんな短い
間でも詩織と離れてみて、改めて詩織がとても大切な存在だって実感したんです。
  ・・・俺はまだ学生だし、なんの生活の支えもありません。
 でも、将来、ちゃんと出来るようになったら・・・ 」
 口ごもり、言葉に詰まった君本を、両親が無言で無言で見つめる。その瞳は「しっか
りしなさい」とでも言いたげだった。
 詩織はそれを見て、君本が何を言おうとしているのか、正確に理解した。
 それは詩織の両親も同じであるのだが、誰もが君本の言葉を待った。
 君本は皆のその視線を感じ、思いきったように言葉を続けた。
「詩織と結婚させてください」
 その場の空気がほんの一瞬だけ、動きを止めた。
 その空気を動かしたのは詩織の父親だった。彼は小さくため息をついた後、ゆっくり
とした口調で静かに言った。
「まあ、今さらという気もしないでもないが、こう言うのはある程度、形式が必要だか
らこう言うのもあるんでしょうが・・・ 。
 それにしても、君本さんもお人が悪い。なんの前触れもなく、こういう事を聞かされ
る父親の気持ちにもなってくださいよ」
 詩織の父親の声に、君本の両親は苦笑いを浮かべる。
「あ、あの・・・ 」
 そう言ったのは君本だった。自分の願いに対する答えを聞きたいのである。
 詩織の父親は、その君本の声に答える。
「ああ、そうだね。私達はともかく、まず、当事者である詩織はどう思うんだい?」
 そう言って詩織に視線を向ける。
 その視線の先、詩織は高揚した気持ちがそのまま表情に表れていた。
「はい。私からも、お願いします。
 私、トシ君の・・・ 」
 感情が高ぶり、そこから先は言葉にならなかった。それを受けた詩織の母親が、君本
に言った。
「人思君」
「はい」
「詩織の事よろしくね。それから、今はともかく勉強を頑張るんですよ」
「はい」
 元気よく君本が答えるのを受け、母親は詩織に言った。
「詩織は学校に行きながら、花嫁修業ね。
 ますはお料理からね」
 詩織は声も出さずに、ただうなずくだけだった。
 藤崎家と君本家は、特別なイブの夜を迎えたのだった。
 
 
 
 その頃、伊集院家の邸宅では、恒例のクリスマスパーティーが行われていた。
 その会場で、将は連尺といた。
 二人のまわりにはミズホのスタッフ達が集まっていた。
「こんな可愛い娘が連尺さんだとは、最初見た時には、全く思えなかったなあ。
 吉野君の練習メニューを追加してくれと厳しく要求する電話からは、とても想像でき
ないよ」
 ミズホのスタッフの一人がそう言ったのを受けて、連尺がいたずらっぽい笑顔で答え
る。
「あら? なら、どんな人を想像していたんですか?」
「なんて言うか、もっと、勝ち気そうな、いかにもキャリアウーマンのような人を想像
してました。ちょっと気が弱い人間なら、近寄り難いようなね」
「ひどいわぁ。私ってそんな風に思われていたんだ」
「連尺は公私の差が激しいからな」
「ああ! 将くんまでそんな事言うの!?」
 冷やかすような将の言葉に、連尺がすねた素振りを見せたので、その場に笑いが漏れ
る。
 別のスタッフが言った。
「吉野君は連尺さんに頭が上がらないようだけど、尻に敷かれる方かい?」
「え?」
 将は最初戸惑い、やがて笑顔を保ったまま答える。
「そうですねぇ。
 連尺はキャプテンでしたから、どうしても上に見てしまいます。これって刷り込みな
んでしょうね。きっと」
「そういう事ではなくて、彼女として尻に敷かれているんじゃないのかい? という事
なんだけどね」
 やや詮索じみた口調のその言葉に、連尺が答える。
「残念でしたね。
 私達はそういった関係じゃないんです。ただの部活仲間、もしくはプレーヤーとその
マネージャー、と言ったところですかね。
 そういった感情はありませんよ」
「いや、隠さなくってもいいんだよ。プレーに悪影響がでなければ、ミズホは恋愛を禁
止したりしません。
 むしろあなたのような人なら、逆に私達としても歓迎したいですよ」
「本当に、そんなんじゃありません! ね? 将くん?」
「え? ええ、そうですよ。連尺の言う通りです」
 そうやって二人が口をそろえると、ミズホのスタッフ達はそれ以上、何も言わなかっ
た。
 もっとも、スタッフ達のその表情。苦笑いと言うべきか、冷やかすような空気を感じ
させる表情からは、彼等の内心を察することが出来たのだが・・・ 。
「おお、いたいた」
 そんな時、一人の男がその場にやってきた。
「ちょうど良かった。
 もうすでに1度会っているそうですが、改めて紹介させていただきますよ」
 そう言ってその男が身をひるがえすと、そこには一人の外国人が立っていた。
 言われた通り、将にはその外国人に見覚えがあった。
「ミューゼルさん」
 将がそう言ったのを聞いて、連尺が視線をやや斜め上に向ける。連尺もその顔には見
覚えがあった。ただし、直接ではなく、雑誌などを通してだが。
 その外国人、それはラルフ=ハインツ=ミューゼルだった。
「Guten Abend、・・・こんばんわ」
 たどたどしい日本語で、ラルフがそう言うと、将は反射的に会釈をしてあいさつを交
わした。
「こんばんわ」
 それを見て連尺が言った。
「はじめまして。 ・・・と通訳していただけますか?」
 後半は、その傍らにいた通訳に向けて言った言葉だったが、ラルフが答えた。
「はじめまして。にほんの、すコし、でキます」
「あれ、日本語?」
 将は思わずそう言った。
「ラルフさんは、日本語を勉強なさってきたんですよ」
 そう言って、その後ろから現われたのは古式だった。
「姉さん?」
 ラルフと古式、この二人が並んでいる事に、将は意外な思いをした。
 
 
 
   ときめく時の中で(229)
 
 
 
 古式は普段している左右の三つ編みを解き、豊かな量の髪を下ろし、紫を基調とした
きらびやかなドレスを着ていた。
 それは、ややもすると別人とも思えるほど、それまでの印象と違っていた。
 古式がそれだけは変わっていない、暖かな笑顔とともに口を開く。
「ミューゼルさん、多少不便はありますが、日常会話なら、なんとか会話が出来るほ
ど、日本語を勉強されてきたのですよ」
 古式の説明は、確かに将の発した最初の疑問には答えていたが、今、将が思っていた
疑問には答えてはいない。
「姉さん、・・・ 」
(どうしてミューゼルさんといるのか?)
 将はそう聞きたかったのだが、スタッフの言葉に遮られた。
「ミューゼルさんが吉野君に提案があるんだそうだ。いや、どちらかと言うとお願いと
言うべきかな?
 実はね・・・ 」
「すこし、まって、ください」
 スタッフの言葉を制したのはミューゼルだった。
「わたし、sprechen、 ・・・はなしたい。よしのさん、ヘ。
 カれと、はなしたい。いいですカ?」
 言葉自体は、決して流暢とは言えないが、言いたいことは十分に伝わってくる。
 スタッフの”よろしいか?”という問いかけに将はうなずいた。
 ラルフの希望で、将とラルフ、そして通訳のスタッフの3人は、パーティー会場の隅
の方に歩いていった。
 後に残された連尺が、古式にそっと近付き小声で聞いた。
「将くん、これ、聞きたかったと思うんで、私が聞いておきます。
 後で私から将くんに伝えますので教えてくれませんか?」
「はい、なんでしょうか?」
「どうしてゆかり先輩がミューゼル、 ・・・さんといらっしゃるんですか?」
 ラルフに敬称をつけるべきか? またつけるなら、どうつけたらいいか連尺は少し悩
んだので、名前と敬称の間に多少の空白が生まれた。
 そんな連尺の問いに古式は首をかしげる。
「どうしてそう思われるのですか?」
「ええ ちょっと、予想がつかない取り合わせだと思いまして・・・ 」
「そうですねぇ。そう思われるのも、無理もありませんね。
 当の私でさえ、実感は、全くありませんから・・・ 」
 そうして古式は、連尺にこれまでの経緯を話した。将との練習試合、その後手紙が来
たこと。そして、今日の事、一旦ドイツに帰るが、新年明けてすぐ、日本でオーストラ
リアンオープンの調整に入る事。
 さらにその間に、古式が日本を案内する事、等を普段と変わらぬ口調で、ゆっくりと
説明した
 やや突飛な話に連尺は戸惑ったのだが、逆に「そういう事もあるかも」とさえ思える
のは、古式の落ち着いた態度のせいだったのかも知れない。
 古式本人は気が付いていないかも知れないが、ラルフが古式を指名したのは、ラルフ
が少なからず彼女に興味があったせいではないのか?
 そんな想像と古式のそんな態度とのギャップが、なんとなく微笑ましく思えてしまう
連尺は、ついそんなことを考えてしまうのだった。
 連尺はそれ以上詮索するわけにはいかないだろうなと、話題を変えた。
「ところで、そのミューゼルさん、将くんにどういったご用なんでしょうか?」
「それは、私にも判りません。でも、大切な、そして将くんにとっても、良いお話だと
思いますよ」
 にこやかな表情で言った古式に、連尺もうなずく。
 そんな連尺を見て、古式が表情を変えずに続ける。
「それにしても、みゆきさん、将くんの隣にいる事が、すっかり似合うようになりまし
たねえ」
「!? そ、そうですか? ・・・でも、それも今だけです。高校の同級生と言うだけで、
将くんのそばにいられるんです。
 卒業すれば将くんには、専門の方が隣に立つでしょう。
 あと2カ月程の間だけです」
「みゆきさん?」
 古式は連尺の寂しげなの声に、不思議な感じさえした。
 言葉だけとらえれば、単純に選手とマネージャーと言う関係に限った内容ではある。
 だが、言外にそれ以外のことも含ませていると判る。
 その点に関して、連尺がひどく弱気になっていると感じられたのだ。
 卒業、それが各人に与える心理的影響、そこから生まれる感情。すでにそれを経験し
ている古式にも、ある程度その心情は理解できる。それ故、うまく言葉を連尺に投げ掛
ける事が出来なかった。
 遠くで会話を交わす将とラルフを、二人は静かに見つめるだけだった。
 
 
 
その将は、ラルフから直接お願い事をされていた。
 通訳を通しても何ら失礼ではないと思うのだが、ラルフはそれが許せないのか、直接
将に話しかけてきた。
 当然、ラルフの日本語だけで間に合うはずがなく、双方多少話せる英語、そして、つ
いラルフが口にしてしまったり、通訳に確認する時に出るドイツ語。
 3カ国語が入り交じる会話になってしまい、会話そのものにかなりの労力を割くこと
になってしまった。
(意外と真面目と言うか、不器用な人なんだな)
 将は心の中で苦笑いを浮かべ、さらに冷や汗をかくという行為を強いられる事となっ
た。
 そんな苦難を伴って交わされた会話の内容はおおよそ以下の通りである。
 新年が明けてすぐ、ラルフは再来日をする。オーストラリアンオープンの調整を日本
で行う事としたのである。
 その時、将にその調整、練習のパートナーになってもらいたいと言う事だった。
 将は「なぜ?」とは聞かなかった。
 理由がどうであれ、トッププロと練習が出来ると言う事は、様々なものを吸収(言葉
を悪くすれば盗む)する絶好の機会である。
 この前の練習試合とはその量、質とも比べ物にならない。
 しかも、こちらから頼み込んでのものではなく、向こう側からの申し出なのである。
 断る理由はどこにもない。将の思考はすでにプロとしてのものになっていた。
「わかりました。喜んで、お相手させていただきます」
 通訳を通じての将の返事に、ラルフは大きくうなずいた。
 
 
 
 その頃、松島家では、虹野が悟とダイニングキッチンにいた。石油ストーブが赤々と
燃え、室内を暖かくしていた。
 例年、松島家では、クリスマスだからと言って、特別なパーティーのようなものをす
るわけでもないのだが、一家揃って、ケーキにろうそくを立てたり、食事ぐらいはす
る。
 今年はそこに虹野を招いたのであった。
 食事をした後、ゲームをしたり、TVでビデオを見たり会話を楽しんだりしていたの
だが、そのうちに悟の弟、実が睡魔に襲われ、虹野の膝枕で寝入ってしまった。
 そんな実を、父親の啓介が寝室まで抱きかかえて行った。後に残された虹野と悟は、
何をするでもなくTVの画面を眺めていた。
 そこに啓介が入ってきた。
「実くん、寝ちゃいましたか?」
 虹野の質問に啓介が答える。
「うん、何だかはしゃぎ疲れと言う感じがしないでもないな」
「実、朝から異常なハイテンションだったからなぁ」
 悟の感想じみた独り言に虹野が反応する。
「そうなの?」
「ええ、どうしなんでしょうね?」
「虹野さんが来るって聞いていたからですよ。
 実は人見知りが激しいんですけど、虹野さんにはすっかり懐いてしまいましたね」
 悟の疑問に答えたのは啓介だった。
(お父さん?)
 啓介の表情が普段と違うことに気付き、悟は不思議な思いで虹野を見た。
「?」
 虹野もまた雰囲気が違っていた。
 虹野と啓介、二人の間に漂う雰囲気に、悟は呆然として虹野を見つめてしまった。
 その視線に気付き、虹野は思わず視線を反らしてしまった。
(やだ、なんだか、恥ずかしいな)
 内心でそんなことを思い、虹野は顔を赤らめてしまった。
 虹野のそんな姿と、この場の雰囲気に悟は思った。
(まさか・・・ ?)
 
 
 
   ときめく時の中で(230)
 
 
 
 ホームパーティーと言うほどの物ではないが、松島家での団らんが終り、虹野はタク
シーで帰ることになった。
 電話で呼んだのだが、時期が時期であるためなかなか捕まらず、30分待ちと言われ
たのだが、それすらかなり遅れていた。
 玄関で待っていたのだが、不意に虹野が悟に向かって言った。
「あのね、悟くん・・・ 」
「はい?」
 虹野の表情にただならぬ雰囲気を感じた悟は、身を硬くした。だが、虹野の言葉を啓
介が遮った。
「あ、虹野さん。それは僕の方から・・・ 」
「 ・・・はい」
 虹野は啓介の声にあっさりとしたがった。
「お父さん、虹野さん。これって・・・ 」
 悟は疑問を口にしかけたのだが、遅れて来たタクシーのクラクションに中断させられ
た。
 虹野が言った。
「今日はありがとうございました、とっても楽しかったです」
「こちらのほうこそ。また来て下さいね」
 啓介がすぐに優しく答える。蚊帳の外にいるような気がして、やや不満だが、悟も
うなずいた。
「はい」
 虹野は元気良くそう答える。
 虹野が乗ったタクシーが二人の視界から消えると、悟が啓介の方を見もせずに言っ
た。
「お父さん?」
「ん?」
「間違ってたら、笑ってくれていいけど・・・ 」
「いや、多分、悟の考えている通りだよ。
  ・・・驚かせたかな?」
「う、うん。そういう事態は、全く考えてなかったからね。唐突と言うか、何と言う
か、言葉が見つからないぐらい・・・ 」
「お父さんだってそうさ。会社の女の子もそうだが、女の子の考えることは、時々本当
に判らないな」
 悟の言葉を最後まで待たずに、啓介は言った。悟も慌てることなく続ける。
「どっちから? ってその言葉からすると・・・」
「 ・・・虹野さんの方から・・・ 」
「はあぁ」
 大きくため息をついた後、悟が言った。
「で、どうするのさ? これから?」
「お父さんにも判らん」
「判らんって・・・ ?」
「正直言うとな、戸惑っていると言うのがあるんだ。
 実際、お父さんにはまだお母さんの存在は大きい。忘れるわけがない。
 だけど虹野さんの言葉に、心が高ぶるのも事実なんだ。
 ・・・悟」
「?」
 自分の名を呼ぶ父親の表情に、言葉にはとても出来ない複雑なものを感じ、悟は何も
言えなくなってしまった。
「お父さのような歳になっても、こう言ったことには慣れないし、不器用になるもんな
んだよ。
 判るか?」
「・・・・・・うん。何となく」
 長い沈黙の後、悟がそう言うと、啓介が言った。
「何となくでも判ってくれればいいよ。ごめんな」
「なんで謝るの?」
「だって悟・・・ 」
「そんな、心配しなくてもいいのに。
 僕、お父さんのような大人じゃないけど、お父さんが思っているほど子供でもないつ
もりだよ。 
 こうやってはっきりした事で、かえってすっきりしたぐらいなんだ。
 自分の気持ちも良く判ったし・・・ 。
 虹野さんの言った通りだったなって・・・ 」
「悟?」
 啓介は隣に立つ自分の息子から、「男」を感じずにはいられなかった。
(いつまでも子供じゃないか)
 啓介は内心でそう思いながら夜空を見上げた。
 
 
 
『ここで待っていてくれ。古式さんをお送りするから』
 古式の自宅に続く坂道の下、ラルフは車を降り運転席のカールにドイツ語でそう言っ
た。
 伊集院家でのクリスマスパーティーが終わり、ラルフはカールが運転する車で古式を
送っていくことになった。
 家まで車で登ると、慣れていない者は反転するのに苦労するから歩いていくと、古式
が言ったため、ラルフが送っていくことになったのである。
「キょう、どうモあリがとうございます」
 その坂道の途中、ラルフの感謝の言葉に、古式が笑顔で答える。
「げるん、げしぇーえん」
「!?」
 古式のその言葉に、ラルフは無意識のうちに立ち止まってしまった。2歩ほど歩いた
古式が不安そうに振り向いた。
「あの・・・・・・、今の言葉、判りませんでしたか? ドイツ語で”どういたしまして”と
言ったつもり、なのですが・・・ 」
 古式の心配そうな表情を打ち払おうとするかのように、ラルフは精一杯の笑顔を作っ
た。
「Nein・・・ いえ、わかる、です。
 Aber・・・ 、しかし、ドイツご、おどろいた、です」
「私も、少しはドイツ語を、お勉強したのですよ。ラルフさんに少しでも、お役に立て
れば、と思いまして」
 正直に言って、ラルフは古式の言葉を正確に理解するほど、日本語の語学力はまだな
い。しかし、古式の目を見つめるラルフは、その意味を言葉ではなく、他の何かで知る
ことが出来た。
「ゆかりさん、やさしい、です。
 にほんご、langsam・・・ ゆっくり、はなす。わたし、わかる」
 限られた語彙をフル活用して自分の考えを話すラルフに、古式の微笑みにさらに温か
みが増す。
「そう言っていただくと、嬉しいです。ですが、特別にゆっくり話していると言うこと
はないつもりなのですが・・・ 」
 この言葉に限っては、正確にラルフに伝わった訳ではないのだが、今回はそれは幸い
だったろう。
 ラルフはこの雰囲気を追い風にしたかのように、上着の内ポケットから1枚の紙を取
り出した。その紙を広げながらラルフは言った。
「すこし、じかん、ほしい、です」
「はい、なんでしょうか?」
 古式の質問にラルフは直接答えず、広げた紙を見ながら口を開く。その紙にはアルフ
ァベットが並んでいた。
「わたし、にほんにきた、リゆう、いろいろある。
 そのひとつ、あなた、ゆかリさんに、あいたカった。
 はじめて、あったときから、あなたのこと、わすれないです。
 わたし、こういうこと、はじめて。とまどい、あります。
 めいわく、なければ、みらいにむけて、あってくれませんか?」
 その紙に書いてあったであろう事を一気に読み上げた後、ラルフは大きく息を吐いて
古式の顔を見つめた。
 古式はラルフが何を言ったのか、最初理解できなかった。基本的に簡単な単語で成り
立っているが、普通使わないような言い回しもあるし、文法もおかしいところもある。
 古式は理屈ではなく、この言葉は、ラルフが辞書などをひきながら一所懸命に作った
ものだろうと言うことが判った。
 悪いように考えれば、こういった事態になることを、あらかじめ計算していたとも取
れるのだが、ラルフの今の様子や常日頃の人柄を考慮すれば、そうでない事はあきらか
である。
 むしろ、陶磁器のような白い肌をやや赤く染め、不安げな表情をしている今のラルフ
には好感が持てるほどである。
 古式は瞳を閉じゆっくりと言った。
「ええ、よろしいですよ」
「Wie bitte?」
「私でよろしければ喜んで」
 この時二人の会話は、言語として成り立っていたとは言えない。しかし、二人はお互
いの意志を正確に伝えあっていた。
「Vielen Dank!」
 ラルフはそう叫んだかと思うと古式を抱きしめた。
 それは思わずしてしまった行為なのだろうが、古式にとってはあまりに突飛な出来事
だった。
 しばらく声も出せなかった古式だったが、やっとの思いで小さく言った。
「ラルフさん・・・ 」
「あ! すいません」
 その声に我に返ったのか、ラルフは古式から身を離す。
「すいません。うれしい、つい・・・ 」
 ひたすら恐縮するラルフに、古式は全く別のことを感じていた。
「?」
 ラルフの顔に、なぜか将の面影を見たような気がしてしまったのである。
(なぜなのでしょうか? 全然似ていないのに)
 古式はなぜだろうかと思いを巡らせると、今いるこの場所に、思い起こすことがあっ
た。
(そう言えば、この場所は・・・ そういう事でしたか)
 それは約1年半前、女として、最後に将と抱き合った場所であったと、記憶が彼女に
知らせていた。
 古式は納得したようにうなずくと、ゆっくりとした、普段と変わらぬ口調でこう言っ
た。
「もういいんです。そろそろ参りましょう。
 寒いですから、お体にさわるといけません」
「はい」
 ラルフがそう答え、二人は再び歩き始めた。
 
 
 
   ときめく時の中で(231)
 
 
 
 1年もあと数日を残すのみとなった頃、将、和人、四本松、優美、そして連尺の5人
を含める、きらめき高校の同級生17人は、高校最後の冬休みを利用して、山あいの温
泉街に来ていた。
 メジャーになりすぎている訳でもなく、また、うらさびれてもいない、ごくありふれ
た温泉街だ。
「なんだか、のんびりしたところだね?」
「でも、寂しくもないし、騒がしいわけでもない。いい所じゃないの」
 等という会話が交わされ、旅行先の選択がおおむね好評だったことに、ここを選んだ
連尺はホッと胸をなで下ろした。
 実際、彼らはこの小旅行を満喫していた。温泉につかったり、街を散策したり、会話
を楽しんだりして、あっと言う間に夜を迎えていた。
 アルコール抜きの宴会を終え、こう言った温泉旅館にありがちな、「娯楽室」で卓球
を始めたのだが、何がきっかけなのか、いつの間にかトーナメント制で優勝を決めるこ
ととなり、異常に盛り上がるのだった。
 人数が多いのと、見ている方が好きな事もあって、連尺はその脇のベンチに座り、見
物に回っていた。
「あ〜ぁ、負けちゃった。優ちゃん卓球も上手いんだもん。
 優美、ああいう、小さな球打つのってどうも苦手だからなあ」
 うっすらと汗をかき、頬を上気させた優美がそう言いながら、連尺のところにやって
きた。
「準決勝で?」
「うん、われながら、惜しかったって思うよ。 準決勝の相手が優ちゃんだってのは、
やっぱり、高い壁だったなぁ。
 テニスと卓球って、似ているところ多いのかな?」
「さあ、どうかしら? 私はプレーそのものに関してはそれほど詳しくはないけど、そ
れほど関係ないと思うわ。現に将くん、領家くんに負けたでしょ?」
 連尺の言う通り、将は準々決勝で和人に負かされていた。
「そう言えばそうだね。優美の考え過ぎかあ・・・・・・」
 ぼやくような口調で優美がそう言って笑顔を浮かべると、連尺もつられるように笑っ
た。
 その時だった。連尺が手にしていた小さなバッグから電子音が流れ、連尺はそこから
携帯電話を取り出した。
 少し離れたところでクラスメイトと会話をしていた将が、「俺にか?」と言った表情
でのぞき見る。連尺はそれを制するように、視線だけ将に向け、軽く2度ほどうなずい
た。
 将も2回ほどうなずき、再び会話に加わった。
 将と連尺、二人の間で交わされた無言の会話を興味深げに見ていた優美は、連尺に視
線を向けた。
 その視線の中、連尺は立ち上がり、壁ぎわで話し始めた。
「はい、吉野です。・・・・・・あ、連尺です。いつもお世話になっています。・・・・・・はい、
明けて5日まで、・・・・・・それまでは菅間さんに連絡をとると言うことですね?
 はい、判りました。お気をつけて行ってきてください。
 ・・・・・・え? お土産ですか? そんな気を使わないで下さい。
 ・・・・・・はい、失礼します」」
 笑いを交えた応対に、落ち着きのようなものを感じた優美は、連尺に言った。
「ねえ、聞いていいかな?」
「何を?」
「今の、ミズホから?」
「ええ、そうよ。それが何か?」
「だって、それなら将くんに用があるんでしょ? 連尺さんが受けちゃっていいの?」
「?・・・・・・、ああ、その事。
 私、ミズホと将くんの間の連絡役になっているのよ。だから、携帯電話預かっている
わけ。
 なにしろ、ここ最近の将くん、意識が行っちゃってることが多くて、誰かがしっかり
サポートしないと連絡が取れなくなっちゃうから」
 連尺の使った単語に、優美はただならぬものを感じて聞き返す。
「いっちゃってる?」
「うん。要するに集中しちゃうの。特にテニスに関してね。
 そうなると、まわりのことに全然関心がなくなっちゃうのよ。
 この前もミズホから渡された、USオープンのビデオに集中しちゃって、テニス部の
部室で夜9時過ぎまでいたことがあったの。その日、私、用事があって早く帰っちゃた
の。 まずいことに、その時、ミズホから将くんの自宅に連絡がはいる事になっていた
んだけど、将くんいないでしょ。私の所に電話がかかってきたの。
 ”どこにいるか知ってるか?”ってね。
 それからよ。お目付け役としてそばにいる訳。なんか心配で・・・ 」
 最後の言葉とともに苦笑を漏らす連尺に、優美はため息交じりで言った。
「そんな事、優美、気が付かなかったぁ。将くん今までとあんまり変わらないようだけ
どなぁ」
「事、テニスに関することは、・・・ という注釈が付くわよ。
 私といる時と言うのは、必然的にテニスの事に触れることが多くなるから、そうなっ
ちゃうのかな?」
 連尺は笑いながらそう言ったが、優美は一つの仮定に行き着いていた。
(ひょっとして、そうなっちゃうのは、連尺さんがそばにいるから、将くん安心できる
からなのかも・・・ ?)
 しかし、優美はその仮定を口にはしなかった。視線の隅に卓球に興ずる四本松の姿を
捉えた優美は、それを言えば、自分の中の何かのバランスが崩れると無意識に感じたの
である。
 そんな優美に構わず、連尺が続ける。
「私思うんだけど、将くんは一刻でも早く、実戦を経験したいんだと思うな。
 でも、高校があるからね。
 将くん話してくれたんだけど、高校を中退してプロに行くという事も考えていたらし
いの。
 だけど、お母さんが反対したそうなの。高校は卒業するようにって。
 その理由は、学歴がどうとかじゃないんだって。
 将くんのお母さん、訳あって高校を卒業できなかったから、将くんには、ちゃんと最
後まで高校には行かせたいそうなの。
 3年間一緒にすごした仲間、友達というかけがえのない人達と、思い出を共有して欲
しいという事なのね」
 しみじみとした口調で連尺が話し終えると、優美は思わずにはいられなかった。
(なんで、将くんの事、そんなに知っているのよ? 将くん、連尺さんには、そこまで
話すの? それって信用しているって事じゃない!)
 優美は、自分でもわからない動揺を感じて、話題を多少違う方向に変えた。
「 ・・・ねえ、連尺さん。高校卒業したら、将くんのマネージャーにならないの?」
「え?」
「だって、ミズホからも、将くんからも信頼されているって感じでしょ?
 そのまま、マネージャーになれるんじゃないかなぁ」
「まさか。
 私は将くんが高校を卒業するまでのつなぎよ。
 将くんがプロ入りしたら、それ専属の人がついて、もっと専門的にマネージングする
でしょうね。
 私のでる出番なんてないわ。きっと」
 まるでそれが当然だと言わんばかりの連尺の口調に、かえって優美の方が慌てる。
「ちょっと、連尺さんそれでいいの?」
「え? どうして?
 だって、その方が将くんの為になるなら、その方がいいに決まってるでしょ?
 確かに、私自身にセンチメンタルなところが、全くないとは言わないけど、将くんの
事を思えばね。
 答えは必然的にでてくるでしょ?」
「連尺さん・・・ 」
 連尺の名を口にするだけで、二の句の継げなくなった優美。
 そんな優美に、と言うより、まるで自分自身に言い聞かせるように連尺が言った。
「将くんは高みを目指す人なの。
 そのためにはそれを支える人が必要よ。
 私にはできない。したくても力が及ばないのよ。
 それで将くんの足を引っ張るような事になったら、私、自分自身が許せなくなるでし
ょうね。
 だって・・・ 」
 連尺は何か言い出しそうだったが、ハッと我に帰るような表情になった。
「やだ、私、何、暗くなってるのかしら?
 今日は楽しむ日なのにね」
 連尺はそう言って微笑んだが、優美はその笑顔に影の部分を感じずにはいられなかっ
た。
 それは卓球を楽しむ四本松と、明暗の対象を成していた。
 
 
 
   ときめく時の中で(232)
 
 
 
 新しい年を迎えたきらめき市は、風もなく穏やかな元日となっていた。
 その新年初日の朝、本郷南は迷惑そうな表情でいながら、ていねいな言葉遣いで電話
に向かっていた。
 彼女の自宅は6畳相当のフローリング1ルーム、それに付随するユニットバス、キッ
チンと称するには粗末とも言える流し場、それが全てである。
 その内装は女の子の部屋にしては質素で、それ以上に生活感という物に根本的に欠け
てた。
 その部屋の片隅で、本郷は一気にまくし立てた。
「新年だろうとなんだろうと、私はあの人に会うつもりはありません。申し訳ありませ
んがこの辺で勘弁してください。
 失礼します」
 それだけ言うと、ほとんど一方的に電話を切ってため息をついた。
「ふうう」
 そのため息が終わるのとほとんど同時に、内装の雰囲気そのもののデザインの電話が
鳴った。
「何よ、もう!」
 本当は取りたくはなかったのだろうが、電話に出ないわけにはいかない相手なのだろ
う。本郷はしぶしぶ電話を取った。
「はい! ・・・・・・なんだ? ニシか?」
 
 
 
 ちょうどその頃、早乙女の家を四本松が訪れていた。玄関先で優美が出迎える。
「明けましておめでとう、優ちゃん」
「おめでとうございます」
 あいさつを交わした二人は、初詣でに出かけた。
「ところで、結局和人はどうなの?」
 その道すがら、優美が聞いた。
「そんな意味のない質問しないでよ。美樹原さんがいるのに」
 半ば呆れたような口調で四本松が言うと、優美も納得したような表情になる。
「そうか、そうだよねぇ。あっちに行っちゃうか、やっぱり・・・ 。
 それじゃしょうがないかな」
 優美はそう言って首を振り、言葉を続ける。
「それで将くんはどうだって?」
「旅行の時は、元旦、空いてるって言ってたけど、その後、連絡が取れなかったの。
 将くんもいろいろ忙しいみたい」
「うーん、それもそうか。将くんも実質的にはもうプロなんだし、大変な事多いんだろ
うなあ」
 わざとらしく腕を組み優美がそう言うと、四本松が思い出したように言った。
「じゃあ、今から将くんの家に行かない?
 いくら忙しくたって、今日ぐらいいるでしょ?」
「!? そうだね! それ、いいアイデアだね」
 全くの即断即決で、二人は将の家の方角に足を進めた。
 
 
 
「なによ? 突然電話してきたかと思えば、”初詣でに行こう”?
 一体どういうつもり?」
「いやあ、テニス部の部長、副部長として親交を深めようと思ってな」
「何言ってるんだか・・・ 」
 本郷は明らかに呆れたような表情でそう言ったのだが、西島のほうもいっこうに悪び
れる様子もない。
 西島はさらに続ける。
「どうせ他に行くところもなくて、暇を持て余しているだけなんだろ?」
「よ、余計なお世話よ!  ・・・確かにそうだけど、あんたに心配してもらわなくたっ
て、・・・・・・!?
 ニシ、あんた、気使ってるつもり?」
「へ? 何のこと?」
 西島は内心ギクリとしたのだが、精一杯平静を装い答えた。だが、それは本郷に見透
かされてしまったようである。
「あんたって、嘘がつけないね」
「ははは」
 照れ笑いを浮かべる西島を、本郷は軽く睨みつけながら言った。
「言っておくけどね、私が感謝するとでも思ったら大間違いよ。
 ・・・・・・やっぱりあんたなんかに話すんじゃなかった。私は同情されたいわけじゃない
んだから、・・・ 」
 本郷はさらに続けようとしたのだが、立ち止まり、彼女を見つめ返す西島の視線にさ
えぎられた。
「同情なんかじゃねえよ!」
「 ・・・ニシ?」
 本郷も立ち止まり振り返る。
「同情なんかじゃないよ! おまえのおやじさんがどうこうなんて、おまえには関係な
いじゃんか!?」
 本郷は西島の滅多に見たことのない、いや、初めて見ると言ってもいい真剣な表情に
戸惑いすら覚えた。そんな本郷に西島は続ける。
「俺は、おまえが・・・ 」
「それ以上は言わないで! あんただって知ってるでしょ? 私は・・・ 」
 今度は静かな口調の西島が、本郷の言葉を中断させる。
「知ってるからだよ。俺が知ってる本郷南なら、今日、暇を持て余してるわけないはず
なんだ。
 とっくに出かけているはずだ。行き先は、・・・・言うまでもないだろ?
 それをしないのは、・・・・・・それも言わなくてもいい事だろ?」
「・・・・・・」
 本郷には何も言えなかった。西島もまた何も言えず、二人は無言で歩き始めた。
 長い沈黙の後、本郷が口を開く。
「私らしくないかな? こんなの」
「らしいとか、らしくないとかなんて、変わっていくもんだろ?
 それが成長って事なんだし、・・・・・・」
 そこまで言って、西島は照れ臭そうに笑った。
「あははは。ほら、今の俺もそうとうらしくないだろ?」
「本当ね」
 本郷は短くそう言って、ゆっくりと歩き出した。その歩き方からも、また表情からも
先程までのような、西島に反発する雰囲気が多少なりとも和らいでいた。
 
 
 
 将の自宅の玄関で、優美と四本松を迎えたのは将自身だった。
「明けましておめでとうございます」
 ややくだけてはいるが、型通りと言える範囲のあいさつを交わした、優美、四本松、
そして将の3人は、玄関先でしばらく雑談をしていたが、優美が思い出したように将に
聞いた。
「ところで将くん、今、暇かな?」
「え? ああ、まあ、暇だけど、それが?」
 将の返事に四本松が続いた。
「じゃあ、初詣に行こうよ。 ・・・それとも、もう行っちゃった後とか?」
「いや、まだ行ってないよ。 うん、判った。それじゃ行くか?」
「そう来なくっちゃ!」
 元気良く優美がそう言い、四本松がニッコリと微笑む。
 将はうなずき、支度を始めた。
 
 
 
 なんだかんだと言いながら、結局、西島と本郷は二人で神社にやって来た。
「あれ、キャプテン?」
 不意に声を上げたのは西島だった。本郷が冷やかすような口調で言った。
「何よ。あんただってキャプテンでしょ?」
「いや、そうなんだけど、そうじゃなくて、 ・・・ともかくあそこ!」
 西島が指差した先、おみくじを引く人波の中に連尺の姿を認め、本郷も意外そうな声
を出す。
「あれ? ホントだ」
 そんな二人に気付いた連尺が歩み寄り、笑顔で二人にあいさつした。
「明けましておめでとう」
「おめでとうございます、キャプテン」
 そう答えた西島に、たしなめるような口調で連尺が言った。
「もう、キャプテンは西島くんでしょ? しっかりしてね」
「すいません」
 やや緊張した面持ちで西島が頭を下げると、本郷がそれに代わる。
「みゆき先輩、きょうはお一人なんですか?  ・・・将先輩と一緒じゃないんですか?」
 連尺は一瞬、きょとんとしたような表情になったが、すぐにくすくすと笑い始めた。
「いやだなぁ。南さんまでそんなこと言うの?
 将くんとはただ単に選手とマネージャーという関係よ。さすがに今日は完全なオフな
んだから、別行動よ。
 将くんだって口うるさいのがそばにいなくって、羽根を伸ばしているんじゃないかし
ら?」
 終始、笑顔と共にそう言った連尺に、西島と本郷はしばらく呆気にとられていたが、
やがて視線を交わす。
(なんか、余裕のようなものを感じるのは私だけ?)
(いや、俺もそう思う)
 本人達は嫌がるだろうが、それは端から見ればそうとう息が合っていると映る光景だ
った。実際連尺もそう思ったが口にはしなかった。
 そして二人もそれに気付き、全く同時に顔を背けた。
 連尺はそんな二人の様子に吹き出しそうになるのを必死で抑え、二人に聞いた。
「二人は今からお参りでしょ? もしお邪魔でなかったら、私ここで待ってるから、途
中まで一緒に帰らない?」
「は、はい!」
 西島が訳もなく緊張してそう答えた。
 
 
 
「将くん、今日1日家にいるつもりだったの?」
 四本松の少しばかり呆れたような声に、将はうなずく。
「軽く汗を流す程度のトレーニングはするけど、他にどこに行くと言う予定もないから
な」
 平然とそう答えた将に優美と四本松は軽く首を振った。
 そうして、将、四本松、優美の3人が神社につき、階段にさしかかると上のほうから
声がかかった。
「あれ? 今からお参り?」
 その声に3人が視線を上げると、そこには西島と本郷を左右に従えた連尺が立ってい
た。
「明けましておめでとう」
「おめでとうございます」
 またしても型通りのあいさつが交わされたのだが、将と連尺だけは違った。
「よっ」
 将がそう言うと、連尺は軽くうなずいただけでこう答えた。
「うん」
 第三者でさえ、わずかそれだけの会話に多くのものを感じるほど、それは独特の雰囲
気の会話だった。
 そして、その時、優美が気にしたのはとなりに立つ四本松のことだった。
(優ちゃん)
 だが四本松の表情には変化は見られず、優美にはその内心を推し量ることが出来なか
った。
 
 
 
   ときめく時の中で(233)
 
 
 
 冬休みも終り、鏡明の朝は、このところ、とみに忙しい。
 姉の魅羅の仕事が軌道にのってきた事自体は喜ぶべきことなのだが、その余波は家事
の負担となって鏡家の兄弟に降り掛かってきていた。
 とはいえ、それに対して、口だけは不平不満を漏らすものの、決して本心から嫌がら
ないところが、この兄弟の美点の一つだった。
 明の分担は朝の時間帯だった。朝食を用意し寝坊している兄弟を叩き起こしたりし
て、あっと言う間に明自身の登校時間となってしまう。
 1分1秒を金と交換しても良いと思えるほどの朝が連日続くのだが、明はそれをいや
だと思ったことはなかった。
 もともと長男と言う立場もあり、今までにも、よく家事をしてきたので、今日も手際
よく朝食の用意をしていた。
「光。卵、冷蔵庫から出して。
 映はどうした?顔洗ったのか?」
「はあい」
「今いく」
 にぎやかな会話が交わされるダイニングの役目をする8畳間に、魅羅が入ってくる。
「お早う」
「おはよう、おねえちゃん」
「おはよう」
 元気な声が飛び交う中、明が言った。
「ご飯食べていくよね? 朝、抜いていくのは良くないんだから・・・ 」
 それは姉である自分を心配してのものだと判るため、魅羅は優しく微笑んで答える。
「大丈夫、ここまで用意してあれば食べないわけないでしょ?」
 自分の望む答えが返ってきたため、明は心底ほっとした表情になった。
 魅羅は、そんな明の様子に心暖まるものを感じるのだったが、”それにしても”と思
う。
 それ以前からも、明は料理はして来たほうではある。だが、ここ最近、明の作る料理
は栄養とか健康とかを意識した献立が増えてきた。 
(高校に行ってからよね)
 そんな事に思いが及んで、魅羅は無意識のうちに声もなく笑い始めてしまった。
「なんだよ、お姉ちゃん。思い出し笑いなんかして?」
 そんな魅羅に気付いて言った明に、魅羅は表情をなるべく抑えて答える。
「なんだか、最近、明の作るご飯、変わってきたなあって思ったの。
 栄養のバランス考えるようになったでしょ?」
「そりゃね。そういう事も考えなきゃいけないだろうからね」
「それって誰の影響なのかな?って思ったら、つい笑っちゃったの」
 今度は含みのある笑いを浮かべる魅羅に、明は見るからに動揺した。
「な、なに? なんなの?」
「その後、どうなのかな? 引退したキャプテン、連尺さんだったわね? 
 何か進展があったの?」
「ば、何を言ってるんだよ!? そ、そんなんじゃないよ!」
「あら、お姉ちゃんになら、隠さなくたってじゃない。教えなさいよ」
「あ、あ、あ! あ! もうこんな時間だ! 行かなくっちゃ、遅刻しちゃうよ!」
 あまりにも取ってつけたような理由で明が立ち上がり、部屋を出ていくと、それまで
黙って事の成り行きをみていた兄弟達が、たまらず笑い始めた。
 その笑い声の中、落ち着いた素振りでお味噌汁を飲みながら魅羅は思った。
(誰に似たのか、明もこう言うところ不器用ね)
 
 
 
「お姉ちゃんにも参っちゃうよなぁ」
 逃げるように家を出てきた明は、寒さに身を振るわせながらそうつぶやいた。
 実際、どうなっている?と聞かれても、その答えを知りたいのは、むしろ明自身のほ
うである。
 好きなのか憧れなのか、自分でもはっきりしない感情だけでもそうとうに神経がすり
減らされる。さらにその相手、つまり連尺が他の人間、将を好きだという事態は、10
余年しか生きていない明には、重すぎる経験である。
 さらにその将が連尺をどう見ているのか? どう思っているのか? が、はっきりし
ないとあっては、先が見えないと言うのも無理からぬ事であろう。
 確かに将の行動がはっきりしないのは事実である。一時は四本松と噂になったことも
あるし(それは未だに時々聞かれる噂ではあるが)、それ以外のことでも噂の種だけは
絶えなかった。
 自分が行動をおこせばいいのだが、そういう勇気が出せない明は、”自分のことは棚
に上げてか?”と知りつつ、思ってしまう。
(いっそ、はっきりしてくれれば、諦めもつくのに)
 と。
 だが、自分の中に行き場のない熱い感情が潜んでいる事は、明自身、十分自覚してい
る。
 それを抑えきることが出来るのか? 明には全く自信がなかった。
 
 
 
「ねえ、和人、ちょっといい?」
 3年の3学期ともなると自習の時間が圧倒的に多くなる。
 そんな自習時間の教室で、和人は優美に小声でそう言われた。
「なんだ? 金ならないぞ」
「誰が借金の相談してる!?
 ちょっと時間あるか? って聞いてるの!」
「今じゃ、まずいわけ? こんなにまばらなのに」
 この時期になると欠席する生徒も多い。受験をするために、というのが大きな理由だ
が、病気、例えばインフルエンザ等で休む生徒もいる。
 四本松もそのうちの一人だった。
 また、中には特別な事情で休んでいる者もいた。将がそうだった。
 ラルフに練習相手にと、本人から指名された将は、この時期学校を休んでいた。
”いい経験になるはずだから”と学校に許可をとったのである。
 そういう事情から、優美が相手をしているのは和人一人なので、和人としては、今、
聞きたいのだが、優美は首を振った。
「いや、今はちょっと・・・ 」
 その表情からいつもと違うものを感じて、和人はうなずいた。
 
 
 
 そのころ、将は連尺と共にミズホの室内テニスコートにいた。
 ラルフの練習相手に指名された日から、自分なりにコンディショニング作りはして来
たので、ついて行けないと言うことはないが、その内容はやはりハードなものだった。
 それゆえ学ぶべきことは多かった。練習メニューもそうだが、さらにそれ以上にラル
フの集中力に驚かされた。
 そしてその練習を経て、ラルフのコンディションが上がっていくと、将は思い知らさ
れる。
 前回、将とラルフが練習試合をした時、確かにラルフは全力を出していた。しかし、
オーストラリアンオープンに向けて調子を上げている今のラルフは、さらに上のレベル
にいた。
 その差はわずかなもので、まさに紙一重と言うべきものだろう。だが、世界で戦う上
では、そのわずかの差が勝負を分ける。
 その差と言う物を実感できたということだけでも、将にとって大きな収穫だった。
「ありがとう、れんしゅう、たすかりました」
 練習が終わり、ラルフが将に礼をして握手を求めた。
「いえ、こちらこそ、いい経験になりました」
 握手に応え、将が返事をする。
 ラルフが何事か言いかけたが、上手く言えなかったのだろう、通訳を通して言った。
「今日は彼女はいないのですか?」
「は?」
「イブの日に一緒にいたあの女性です」
「ああ、連尺ですか。彼女は学校です。それが何か?」
「ミズホのスタッフから、なかなか優秀な方だと聞いています。
 もう一度お会いしたいと思っていたのですが、残念です」
「まさか、連尺をラルフさん個人のスタッフにしたいなんて考えているんじゃないで
しょうね?」
 将の言葉は、ある意味冗談言ったものだったが、通訳から聞いたラルフは、そうは受
け取らなかった。
 通訳が言葉を伝える。
「私としては彼女が了解してくれるのなら、それもいいかと思っているのです。 今、
私には優秀な人材がいくらでも必要ですから。
 ですが、吉野さんが許してくださらないでしょう」
「俺が? なんで?」
 将の戸惑うような声に、ラルフは苦笑いを浮かべる。
「こういう駆け引きは今はやめておましょう。
 彼女が吉野さんにとってかけがえのない方だというのは、あなた自身が一番御存知な
事でしょう。
 パーティーでの二人のご様子を見れば判ります」
「そんな、・・・」
 将は何か言い返そうとしたのだが、思わぬ人物がそれをさえぎった。
 その人物を認めたラルフがその名を呼んだ。
「こしきさん!」
「え?」
 振り向いた将の視線の先、コートの出入口。そこには古式が立っていた。
「姉さん、なんで?」
「あした、オーストラリアにいかなければならいので、過去に約束した、食事に行くで
す。スシは、バランスがいいと、許可をもらいました」
 ラルフが笑いながら直接言った声にも、将は呆然としたままだった。
「出会いはたいせつにしたいのです。
 それには、・・・ 勇気、ひつようです。しかし・・・ 。
 あなたも、そうした方が、いいと思います」
 ラルフはそれだけ言うと、カールを伴って古式のもとへと歩いて行った。将も古式に
挨拶をしようと歩き出したが、内心で思った。
(判っているんですよ。そんな事は・・・ )
 その思いには苦い成分が含まれていた。
 
 
 
   ときめく時の中で(234)
 
 
 
 インフルエンザで長い間学校を休んでいた四本松が登校してきた。
「ずいぶん、ひどく、やられたみたいだったけど、もういいのか?」
 心配そうな将の声に四本松は笑ってうなずく。
「うん。心配してくれてありがと。
 もう2、3日前から良くはなっていたんだけど、大事を取って休んだの。
 それに、今ぐらいじゃない? これだけのんびり出来るのって?
 まあ、ゆっくり休もうって家でごろごろしていたの」
 優美が聞いた。
「それにしても長かったね。どのくらいだっけ?」
「えーと、ちょうど10日、 ・・・ね」
 右手の指を使って計算した四本松が答えると、和人が多少不満げな口調で言った。
「それにしても心配したよ。お見舞いに行ったって、四本松のお母さんに断られちゃう
しさ」
「そうだよぉ。優美、何か優ちゃん怒らせるような事したかなぁ? って事まで考えた
んだからね」
 優美がそう続けると、四本松が笑いながら答える。
「そんな事あるわけないでしょ。風邪を移しちゃいけないからよ。
 本当にひどくやられたんだもん」
「そんなに酷かったんだ?」
 将の口調はなぜだか感心したようにも聞こえた。
 四本松が答える。
「そうなのよ。意識なくして、家の中で倒れたぐらいなんだから。我ながら驚いちゃっ
たわよ
 子供の頃はからだが弱かったから、よく風邪なんかひいていたんだけど、ここ数年な
かったから、こたえたなぁ、今度のは・・・ 」
「そんなになっちゃうのか」
 相づちを打つ将に応え、四本松がうなずく。
「心配してくれるのは嬉しかったんだけど、みんな今が大事な時でしょ?
 和人くんはもうすぐ受験だし、将くんは体力作りをしなければならないし・・・ 。
 ともかく日がな一日、ボーっとしてすごしました」
 笑いながらの四本松の言葉に、優美が思い立ったように言った。
「じゃあ、全快のお祝いしようよ」
「は?」
 揃った3人の声に、優美が自信満々といった風に答える。
「だから、お祝いにみんなで、 ・・・そうだなあ。うん、カラオケにでも行こうよ」
「今日か?」
 将が聞くと優美がさも当然という風に答える。
「当ったり前じゃん。今日行かないでどうすんの?」
「俺もか?」
 これは和人である。優美は今度はいぶかしげな表情になる。
「何?行かないって言うの? 和人は」
「だって、試験・・・ ]
 優美は和人の言葉を最後まで続けさせない。
「何言ってるのよ! 優美は知ってるんだからね。和人、この前の模試で志望校、A評
価だったんでしょ?
 今更どたばたしてどうするの?
 それとも何? 優美達よりも美樹原さんとの方が大事だって言うの? 和人は?」
「いや、そう言うのは・・・ 」(ちょっと違うんじゃないか?)
 和人はそう続けようとして、途中でやめた。無用な論議になることは明白だったから
である。
 和人は内心で、
(四本松とはえらい違いじゃないか?)
 と思うだけにとどめた。
 一方、当事者である四本松は、事の成り行きに呆然とするだけだった。
(優美ちゃん、なんか急いでるみたい・・・ )
 その優美は反対する意見がない事に、納得したようにうなずいていたが、脳裏に数日
前の事が蘇っていた。
 
 
 
 数日前の昼休み、屋上で優美は和人と話込んでいた。
「将が誰を好きか?」
 優美に聞き返した和人の問いに、真剣な表情で優美が答える。
「和人だって、薄々わかってるはずでしょ?」
「ん? ・・・ああ、まあな。
 ただ、単純に好きとか嫌いとかそう言う物だけじゃないだろうね」
「 ・・・そうね。
 だけど、少なくとも、 ・・・それは優ちゃんじゃないよね」
「だろうね」
「 ・・・そうよね。」
 二人の間に沈黙が流れる。
 しばらくの後、その沈黙を和人が破る。
「早乙女」
「何?」
「 ・・・お前、なんか妙な考えしてるだろ?」
「妙な事ってどういう意味よ」
 優美は真面目な表情で言い返したが、和人は何も言わずに、優美をじっと見つめるだ
けだった。
 優美はあきらめたようにうなずいた。
「 ・・・和人からすれば、妙な考えかもしれないけど、だけど・・・ 」
 続けようとする優美を、意外な和人の言葉が止める、。
「いいんじゃない? 早乙女がしたいようにすれば。
 四本松は友達なんだから、黙っていることもできんだろ?」
 優美はしばらく黙っていたが、にっこりと微笑む。
「うん」
「ただし」
「?」
「あんまり突っ走るなよ。それでだけが心配だ」
「大丈夫だよ。ただ、優ちゃんの気持ちを聞くだけだから」
「そうか」
 和人は納得したような表情で空を見上げた。
 
 
 
「うーーん。声が変だよぉ」
「優美ちゃん、マイク離さないんだもん。喉も痛くなるわよ」
「んにゃ、痛くはないんだって。変だって言うの」
「同じ事じゃない」
「てへへへ」
 優美はてれたように笑った。
「てへへじゃないでしょ?」
 四本松も”しょうがないわね”と言うような笑顔を浮かべた。
 カラオケで歌いまくり、将、和人と別れた優美と四本松は、日が落ちた線路脇の帰り
道を歩いていた。
「すっかり暗くなっちゃったね。そんなに遅い時間じゃないのに」
 優美の言葉に、四本松が続いた。
「冬だからね」
「それでも以前よりは昼間、長くなったよ」
「そうね」
 そんな会話の後、二人はまるで申し合わせしていたかのように、ほぼ同時に空を見上
げた。
「春が近づいているのね」
 ぽつりと言った四本松の言葉に、優美が、少しためらうような素振りをした後、言葉
を続ける。
「その前に、バレンタインデーがあるよ」
「!? ・・・そうだったね。もう1カ月ないんだね」
 優美が四本松の顔をのぞき込むようにして、やや声を細めて言った。
「優ちゃんはどうするの? バレンタインは?」
「え? そう言う優美ちゃんこそどうなの?」
「ゆ、優美は義理だけだよ。バスケ部の関係でね。 結局、本命をあげるような人はで
きなかったし・・・ 。
 で、優ちゃんはどうなのさ?」
「そうね。本命一つだけ。よ」
「へ、へー、そうなんだ。誰なの?」
 優美はそう言ったのだが、その口調には多少演技めいたものが含まれていた。
 もっとも、どんなに自然に言ったとしても、四本松はその言葉をそのまま受け取らな
かっただろう。 
 それほど四本松は優美の考えが判っていた。
「優美ちゃん」
「ほえ?」
「優美ちゃんには、そういう含みを持たせるような話し方は似合わないわよ。
 判っているんでしょ?」
「 ・・・う、うん」
 ばつが悪そうに優美が2度ほどうなずくと、四本松が笑いながら言った。
「そんな顔しないでよ。それが優美ちゃんらしい所なんだから」
 笑みを浮かべながら四本松が続ける。
「それにさっきだって、さりげなく私をとなりに座らせたでしょ?
 ああ、優美ちゃん気を使ってるなぁ、って思ったわ」
「 ・・・余計なお世話、だったかなぁ?」
「ううん。ありがとう。いい思い出になるわ。こう言ったこと、私、忘れないと思う
から」
 その口調と内容と、さらに先程からの笑顔にアンバランスなものを感じて、優美が首
をかしげながら聞いた。
「どうしたのよ、優ちゃん? そんな言い方して、それじゃ最初からあきらめているみ
たいじゃない?」
「あきらめてるとかじゃないわ。 ・・・ううん。そうなるのかな?
 だけど、何となくそれが1番自然な成り行きのような気がするの。
 残念だけど、私にはそこに割り込んでいけないな。そういう風に思えるの」
「優ちゃん?」
 優美の表情が悲痛とも言えるものに変わったのを見て、四本松は耐え切れないように
笑い出す。
「やだ、もう。なんで優美ちゃんがそんな顔するのよ?
 私のほうはかえってさっぱりしてるのよ。それにこういう思いがあったからこそ、自
分でも変わったなぁ、って思えるほど変わったわ。うん、成長よね。
 それだけでもいい経験になったわ。
 ただ、最後のけじめと言うか、それぐらいはしたいな、って思うの。
 だから、ね、全然、 ・・・平気だよ。
 心配、してくれなくても、 ・・・大丈夫、なんだ、から・・・ 」
 人気が絶えたガード下にさしかかったところで、四本松の言葉がとぎれる。それに合
わせるように足も止まり、それに気付いた優美も立ち止まる。
 二人はゆっくりと向き合った。
「 ・・・優美、 ・・・ちゃん・・・ 」
 途切れ途切れにそう言った四本松の表情は、先程までの笑顔から急転直下の変化をし
ていた。
 優美がゆっくりと言った。優美の表情もまた、四本松のものと同類のものだった。
「駄目だよ、優ちゃん。もう少し我慢して、・・・ 。
 もう少しで電車がくるから・・・ 」
 遠くから伝わってくる電車の音が、やがて耳を覆うような大音響に変わった時、四本
松は優美に倒れ込むように抱きついた。
 膝から崩れ落ちそうになる四本松を、優美は必死に抱きかかえるのだった。
 
 
 
   ときめく時の中で(235)
 
 
 
 多くの人が春を待ちわびる2月上旬。
 テニス部の練習が終わり、松島悟は帰り道にあるスーパーで夕食などの買い物をした
後、帰宅した。
「ただいま」
「お帰りお兄ちゃん」
 いつもの通り、弟である実の声が出迎えたのだが、この日はそれだけではなかった。
「あ、お帰り、悟くん」
 聞き覚えのある声に悟は声を失った。
「虹野さん、どうしたんです?」
 玄関に立つ悟の正面、居間から実と一緒に現われた虹野に、悟は無意識の内に指さし
しながら聞いていた。
「うん。今日、学校の課題でチョコレートケーキ作ったんだけど、もう大きすぎて、私
一人じゃ食べきれないから、みんなで食べてもらおうと思ったの。
 悟くん遅いから、実くんと先に食べていたの」
「お兄ちゃん、すごく美味しいよ」
 実が口のまわりにチョコレートをつけながら、なぜか得意げに言った。
「あ、そう。後で僕にも食べさせてよ」
「うん」
 やはり得意げに返事をして、実は居間に戻っていった。その後ろ姿を見送って悟が虹
野に聞いた。
「お父さんは? まだ、帰ってませんか?」
「うん。今日ここに来ていいか、仕事の最中にお邪魔かな?と思ったんだけど電話で聞
いたら、残業になるから、先に来ていていいって言われたの。
 実くんが帰っているから、上がっていていいって事だったの」
(おいおいおいおい)
 口にこそ出さなかったが、悟は内心でそう叫んでしまった。
 父親啓介と悟の帰りが遅いため、普段、実はどうしても鍵っ子になってしまう。
 それ自体はもう慣れたことだが、そこに虹野を簡単に呼んでしまう父親の感覚にもな
のだが、仕事場に電話してしまう虹野にも意外な感じがしてしまうのである。
 そして、すっかり虹野になついてしまった実と言い、悟はその状況の変化に、多少、
着いていけないところがある。
(いったい、なんなんだ? これは?)
 そう思いつつ、悟は自分の部屋で制服から私服に着替えた。
  
 
 虹野手製のチョコレートケーキは、形こそ多少崩れてはいたものの、味の方は充分及
第点がつけられるもので、啓介が食べる分の1/8を残して、実と悟の二人が大部分を
食べてしまった。
「おいしかったです」
 という悟の言葉に、虹野が満面の笑みを浮かべた。
 お腹が一杯になった実は、やりかけとなっていたTVゲームをやり始めてしまってい
た。
「実、虹野さんにお礼をしなきゃ駄目だろ」
「 ・・・え、うん。ありがとう」
 実はそう言ったものの、その口調はどう聞いても心がこもってはいなかった。
「実!」
 少し怒ったような口調で悟が言うのを虹野が制した。
「いいのよ。実くんは、さっき、いっぱい美味しいって言ってくれたから」
「そうですか? すいません。実はこうなると、全然他のことが目にも耳にも入らなく
なりますから」
 苦笑いでそう言った悟に虹野が答える。
「そうね。でも、こう言うゲームってちっちゃい子の方が上手いよね」
「そうですね。僕もかないませんから」
 そんな会話をしていた二人だったが、虹野が少し表情を引き締める。
「あ、あのね。こういう事、悟くんに聞いていいのか判らないんだけれど、よかったら
教えてくれない?
 お父さん ・・・啓介さんって、今、付き合っている人いるのかな?」
「え? ええとそうですね。僕もあまりよくは知らないんですけど、恐らくいないと思
いますよ。
 子供の僕から言うのもなんですけど、お父さんて、ちょっと見てくれはいいから、そ
こそこ、もてはするみたいだけど、僕らみたいな子供がいると判ると、どうしても引い
てしまうみたいです。
 以前、そんな事言ってました」
「へえ、そうなんだ」 
 その時の虹野の表情は、それ以外の複雑な感情も多少含まれてはいたが、基本的に、
ホッとした表情だった。
「なんでそんな事聞くんですか?」
 と悟は聞く気にもなれなかった。代わりに悟は別のことを聞いた。
「あの、僕も聞きたい事があるんですけど?」
「え? 何かな?」
「ええと、要するにですね。・・・・・・お父さんのどこが良い訳なんです?」
 多少のためらいを経て放たれた悟の言葉は、時間差攻撃となって、虹野に突き刺さっ
た。
「や、やだ!」
 そう言った虹野の顔が真っ赤に染まったのだが、すぐに気を取り直して答える。
「そうよね。悟くんにはそれを聞く権利があるわよね。
 ええと、そうね。 ・・・今だからそう思えるんだけど、やっぱり初めてお会いした時か
な? ああ、素敵な人だな。って思ったのは」
「初めて会ったのって、あのショッピングセンターでの事?」
「うん、そうよ。
 その時は、素敵な人だなって思っていたぐらいで、そう言った感情はなかったわ。
少なくとも私はそう思っていた。
 でも、その後、お会いする度に、自分でも驚くぐらいに、どんどん変わっていっちゃ
ったの。こうなるともう理屈じゃないのよね」
 悟が何も言わずにうなずくと、虹野は続けた。
「以前、悟くんから、お母さんがいないってお話し聞いたでしょ?」
「はい」
「その時、悪いとは思ったんだけど、なんか暗い家を想像しちゃったの」
「・・・・・・暗い家ですか・・・・・・」
 ぼそりと言った悟の声に、虹野は両手を合わせる。
「ごめんなさい! それは私の勝手な偏見でした。ごめんなさい!」
「いや、いいんです。それで? その後は?」
「う、うん。だけど、啓介さんも、実くんも、みんな明るくて、とっても楽しい家族で
しょ? 
 ああ、これは、啓介さんの人柄からこうなったんだな。すごい人なんだなって思った
の。 ・・・違ってるかな?」
 悟はうなずきながらそれに同意した。
「そうですね。それはありまあすね・・・ 」
 だが、そこまで言って悟の口調が変わる。多少責めるような口調で虹野に聞いた。
「でも、外じゃともかく、家の中じゃとんでもない人だったりしますよ。
 夏なんかパンツ一丁で歩き回ったりするし、歯、磨くのが下手で、口からだらだらこ
ぼしながら磨くんですよ。だから、洗面台から離れられないんです。歯磨きの時」
 考えてみれば悟の言い方も散々なものなのだが、虹野は全く動じなかった。
「そりゃ、家の中なら、そう言ったくだけた格好もするでしょ? 夏の暑い日ならなお
のことよ。歯磨くのだって、誰にだって不器用なものの一つや二つあるものよ。
 私だって、ちょっと、口に出せないような事、あるんだからね」
 その虹野の言葉を聞いた悟には、なんとなく安心してしまう感覚があった。
 だが、
「父をよろしく」
 とは言えないような気がした。
 それを言うにはいろいろな意味で、まだ早いと思ったからである。
  
 
 
   ときめく時の中で(236)
 
 
 
 最初、松島悟がその雰囲気に気が付いたのは、コートの金網越しに立っていた女子生
徒の姿を認めたときだった。
 委員会で部活に出るのが遅くなり、もう練習は始まっているはずだから見学する人が
いてもおかしくはない。
 だが、その女子生徒の真剣な表情に、悟は奇妙な感覚を覚えた。
「確か、バスケ部の早乙女さん、だったよな」
 うっすらとした記憶の中からその名前を掘り起こした悟は、不思議に思いながらもコ
ートの中に入っていった。
「マツ、頼むよ」
 いきなりそう言ったのは西島だった。
「何が?」
 そう聞いた悟に、西島は何もいわずにコートの一つを指差した。
「?」
 その指の先に、テニスウエアを着た四本松がいた。
「なんで、姉さん、いや、四本松先輩が?」
「俺にもよく判らないんだ。今日になって突然”練習に加わらせて欲しい”って言って
来たんだよ。
 断る理由もないし、1年生の相手をしてもらえるから助かったんだけど・・・ 」
「なんかまずいのかい?」
「 ・・・休んでくれないんだ」
「?」
「練習始まってから、ずっと、ああやってサービスを打ち続けているんだよ。
 いくら引退したからって、あれじゃ身体悪くしちゃうよ。マツから言ってくれよ。少
し休んでくださいって」
 悟はしばらくサービスを打つ四本松の姿を見つめていたが、やがて、そっと言った。
「いいじゃないか。気の済むまでやってもらえば。
 四本松先輩だって考えがあると思うよ」
「本当にそう思うのか?」
 悟は何も答えず、更衣室のほうに歩いていった。
「お、おい!」
 西島は呼び止めようとしたのだが、あきらめたように頭をかく。
「たく、何だって言うんだ? 先輩といい、マツといい」
 そう言って大きくため息をついた。
 
 ”気の済むように”と言った悟だったが、彼の行動は、少しその言に反していた。
 テニスウエアに着替えた悟は、じっくりと準備体操をした後、四本松のコートの反対
側に立った。
「お相手願えますか?」
 そう言って、ほとんど有無を言わせずに構えをとった。
 そして、次々と打ち出される四本松のサーブを、悟はことごとく打ち返していった。
「松島先輩って、普段は目立たないけど、本当は凄いんだ」
 そんな声がコート脇でささやかれる頃、四本松のサーブが止まった。
 悟はそんな四本松に無言で近づき、小さな声でそっと言った。
「もう、気は済みましたか?
 練習を手伝ってくれるのは嬉しいんですけど、さすがに球威が落ちてきてるようです
から、この辺にしておいたらどうです?」
 四本松は荒い息をしながら、それに答える。
「そうね。なんか思い切り身体を動かしたかったんだけど、これ以上はみんなの迷惑
になりかねないね。
 この辺にしておこうかな?」
「とりあえず、クールダウンしてから、汗を拭いて着替えてきてください。風邪でもひ
いたら大変です」
 そこまで言った後、悟はその場にいた部員達に言った。
「みんな、先輩にお礼を言って。そろそろ帰るそうだから」
 悟の声に部員達が口々に礼を述べると、四本松がうなずいてそれに答える。
 そして悟に耳打ちした。
「うん。ありがとう。悟くん。また、来たくなったらお願いね」
「それはいいんですけど、今度はあまり無茶しないでくださいね」
「それって、命令?」
「ご希望なら、命令しましょうか?」
 やや意地の悪い笑顔で悟が言うと、四本松は不意に明るい笑顔になり、ウインクしな
がら答える。
「全く、悟くんにはかなわないな。それじゃ、帰るね」
「ええ」
 四本松が汗を拭きながらコートを離れるのを見届けた悟は、コート脇の優美のところ
に歩み寄った。
「?」
 いぶかしげな表情の優美の前で回れ右をした後、悟は背中越し、金網越しに優美に言
った。
「あんなもんでどうですか?」
「???」
 唐突なその言葉に優美が反応できないでいると、悟がその説明をした。
「四本松先輩のお友達ですよね? 先輩の事が気になっているんじゃないんですか?」
 そこまで聞いて、優美はようやく聞き返した。
「君、どこまで知ってるの?」
「さあ、どこまでなんでしょうか?」
 そう言って笑った悟の笑顔に、優美は余裕のようなものを感じた。そして安心したと
言う感情と同時に、ふと、全く別の次元での後悔のようなものも感じた。
「そうかあ。後輩って言うのもあったんだな。優美もうかつだったなあ」
「なんですか? そりゃ?」
 力の抜けた悟の声に、優美は首を振る。
「んにゃ、なんでもないの。
 それじゃ、後は頼むよ。後輩くん」
「ええ、任せておいてください」
 力のこもった悟の声に、優美はうなずくのだった。
 
 
 
「送っていくよ。和人くん」
「め、愛?」
 それは和人の帰宅途中の事だった。
 正確には学校を出てすぐのところで、和人は美樹原に呼び止められた。それ自体はさ
して珍しくもなく、今までも何回かあったことだった。
 ただ、和人が驚いたのは、美樹原が乗用車に乗っていたことだった。
 パステルブルーの軽乗用車規格の2ボックス車は、デザインそのものはありふれたも
ので、そのクラスではもっとも販売台数の多い車だったったのだが、美樹原との組み合
わせは十分意表をついたものだった。
「愛、免許とったの? いつの間に?」
「へへ、和人君には黙っていたの。驚かしてあげようと思って。
 どう、驚いた?」
「ああ、びっくりしたよ。免許取ろうとしていたなんて、全然気が付かなかったから」
 美樹原は、和人が自分の思った通りの反応をした事で満足したようで、笑顔で和人を
助手席に招く。
 だが、和人が躊躇する素振りを見せると美樹原の表情が曇る。
「あ、学校の前じゃ、都合悪かった?」
「いや、そう言うわけじゃないんだ」
「ほんとに?」
「ああ・・・ 」
 和人は別に美樹原の事で噂になろうと、文化祭の時、あれだけ派手にやった以上、今
更、全く気にも止めない。
 男女交際に関して、口やかましく言う生活指導もいるが、何も言わせない自信があっ
た。
 和人が気にしたのは、全く別の事で、それはボンネットとリアウィンドウに貼り付け
られた真新しい若葉マークだった。
 しかし和人は、それを口にする訳にもいかず、度胸を決めて助手席に乗り込んだ。
 和人の決心に反して、美樹原の運転はしっかりとしたもので、とりあえず不安な面は
少なかった。
「和人くん、本当は乗るの恐かったんでしょ?」
「え? そ、そんな事はないさ」
「ふーん、それじゃ、そういう事にしておきましょうか?」
 美樹原の笑みがひっかかったものの、図星をさされた和人としては反論できない。負
けを認めた和人は、降参と言った風に両手を上げて言った。
「はいその通りです。でも、今はそれほどじゃありません」
「そう? それならよかった。免許取るの、苦労したのよ」
「だろうね。でもなんで? なんで免許取ろうと思ったの?」
「うん。和人くんは目標を決めて頑張っているでしょ? 私も何かしなくちゃって思っ
たの。
 それに、和人くん車の免許取る余裕ないでしょ? 私が取れば行動半径が広がるな
って思ったの。
 ちょうど、お父さんがこの車を捜してきてくれたの。
中古だけど、いいでしょ?」
「うん。いいんじゃないの」
 美樹原は満足そう表情になって、運転をしていたが、やや、ためらうような口調で和
人に聞いた。
「ねえ、和人くん?」
「ん? なに?」
「和人くんはどうして司法試験を受けようと思うの?」
「え? ああ、それはね、希望としては家庭裁判所に行きたいんだよ」
「家庭裁判所?」
「そう、家庭裁判所。
 人を裁いたり、人生に影響を与えたりすると言うのは、確かに責任が重いけど、そう
いう苦しみを味わっている人の、せめてもの手伝いをしたいんだ」
 真剣な表情で和人はそう言ったのだが、やがて照れたように笑った。
「はは、なんて、えらそうに言ってるけど、俺が悪かったから、と言うのもあるんだ
よ。 前々からそういった仕事につこうと思っていたんだけどね。
 要するに”馬鹿なことやってんじゃないよ”って言いたいのかな?」
 そう言った和人の表情は、明らかに照れたものになっていた。
 
 
 
   ときめく時の中で(237)
 
 
 
 日付変更線の遥か彼方の地、スペインでのトーナメントに出場するため滞在している
ホテルで、ラルフは困惑気味の表情でカールに聞いた。
『なあ、カール』
『なんだい? ラルフ?』
『たった今、ゆかりからバレンタインデイのプレゼントが届いたんだ』
『ほー。そりゃよかったじゃないか。わざわざ国際便で送ってくれるなんて、脈ありっ
てところだろう。1日早いって言うのは、まあ、ご愛敬だな。
 日本にもそういう習慣があるんだなぁ。
  ・・・で、どうしてそれで、そんなに浮かない顔をしてるんだ?』
『ああ、それは嬉しいんだが、なんでチョコレート何だろうな?』
 ラルフが日本の(商)習慣を知るのは、もう少し先のことである。
 
 
 
「おい吉野。領家。お前らなあ」 
 日付変更線を越えた日本、きらめき市のきらめき高校では、下校途中の将と和人が教
師に呼び止められていた。
 別に悪いことをした。と言うわけでもないのだが、教師は言わざるを得なかったので
ある。
 将と和人の二人とも、両手に大きめの紙袋を下げており、そこには色とりどりのパッ
ケージがあふれていた。
 バレンタインのプレゼントである。
 数としてはそれほど多いと言うわけではないのだが、形がばらばらなので意外とかさ
ばってしまうのである。
 それがこの日の行事とは言え、それほど大胆に堂々と持ち運びをされては、教師とし
ても黙って見過ごすわけにはいかない。
 うんざりしたように、和人が言った。
「先生。そう言わないで下さいよ。
 ちょうだいって、女子にお願いして回ったわけじゃないんですから。俺だって将だっ
て、こんなにもらえるとは、全く思ってなかったんですから」
「その割りには、その紙袋はなんだ? 用意してあったんだろう?」
 教師の追及には将が変わって答える。
「気を利かせてくれた女子が何人がいて、もらったんですよ。
 これに入れて持って来たんでしょうね。
 それとも、学校に、このチョコレート、置いてっていいですか?」
 おどけるようでいながら、それでいて、なかば脅かすような将の口調に、教師もたじ
ろぐ。もともと反射的に言ったようなもので、それほど、深く追及する気もなかったの
だ。
 教師はわざとらしく咳払いをしてから言った。
「判った判った。気をつけて帰るんだぞ」
「はいぃ」
 教師の声に、まるで弾かれたように和人は歩き出した。
 その歩みが、いつものものよりそうとう早かったので、将は疑問に思って和人に聞い
た。
「おい、どうしたんだよ? 何、そんなに急いでんだよ?」
「愛が来たらどうする?」
「 ・・・? 約束してんの?」
「 ・・・そういうわけじゃないけど、もし来たら・・・ 」
「もし来たら?」
「これ見られるの、やっぱ、まずいだろう? そう思わないか?」
 将ははっきり言って吹き出しそうになった。
(変われば変わるもんだな)
 そんな事を思った将を見透かしたように、和人が言った。
「べ、別に尻に敷かれてるわけじゃないからな」
 しかし、視線をそらしてのその言葉には、説得力が欠けていた。
 将は笑いをこらえるのに苦労した。
 
 
 
 そうして二人は、本当に久しぶりに一緒に帰ったのであるが、その途中、公園にさし
かかったところで和人が、自分の手荷物を見ながら言った。
「なあ、将。これ、ここで入れ直していかないか?
 少なくとももうちょっと入れようがあると思うんだけど」
 そう言われた将は改めて自分の手元を見る。和人の言う通り、紙袋からはみ出すよう
に入っているパッケージも、入れ直していけば収まるような感じではある。
 学校でそんな事をするのは、何となく気恥ずかしかったので、ともかく入れてきたの
だが、この状況では街の人の目が気になってしまう。
 将はうなずきながら和人の提案に同意した。
「そうだな、そうするか」
  
 
 
 その頃、学校では優美と四本松が下校するところだった。
 そんな時、優美が校門の出口の所にいた人物に気が付いた。
「あれ、美樹原さんがいる」
「ほんとだ」
 二人は同時に
(和人か)
(和人くんね)
 と思った。
 だが、和人が帰ってしまったことを知っている二人は、互いに視線を交わしてから、
美樹原のところに歩いていった。
「こんにちわ。美樹原さん」
「あ、こんにちわ」
 二人にあいさつされた美樹原は、多少慌てたように返事をした。
「和人ですか?」
 いきなり核心をついた優美の問いかけに、今度は本当に慌てて美樹原が答える。
「え、は、はい!」
 四本松がすまなさそうに続ける。
「和人くん、もう帰っちゃったんです。なんか急いでるみたいで」
 四本松も優美も、和人がプレゼントを山ほどもらったと言う事を隠していたのだが、
落ち着きを取り戻した美樹原はあっさり、かつ平然とそこを突いた。
「なるほど、和人くん。いっぱいチョコもらったんだね」
 返事に窮し、黙ったままでいる四本松と優美を忘れたかのように、美樹原は独り言じ
みた口調で言った。
「和人くんったら、本当にもう」
 口調も表情も、気分を害したと言うわけでもなく、むしろ微笑みさえ浮かべる美樹原
に、意外な思いを感じつつ四本松が言った。
「寄り道とかしていたら、まだ、その辺りにいるかも知れませんよ」
 美樹原はその言葉にうなずく。
「そうね。どうせ館林さんの家に行くつもりだったんだからね」
 途中まで帰りの方向が同じだったため、3人は並んで歩くことになった。
 学校での和人の様子を、美樹原が聞きたかったと言う理由も、そこにはある。
「今日は車じゃないんですね?」
 優美が唐突に聞いた。先日、美樹原が和人を車に乗せて帰ったと言うのは、複数の人
間に目撃されており、その話しはあっと言う間に優美の耳にも届いていた。
「うん。車だと早く着きすぎちゃうから・・・ 」
「?」
 四本松と優美は顔を見合わせた。
 美樹原は気が付いたのである。和人と会う時間がそう簡単に取れない現状で、下校と
言うのはその貴重な時間であると言うことを。
 だが、車だとその時間が短縮されてしまうのである。寄り道をしたりすれば時間が取
れるのだろうが、和人の勉強のことなどを考えるとそれはしづらい。
 和人も気を使っているのか、”どこかへ行こうか?”と言うのだが、美樹原はそのま
ま受け入れられない。
 ”物分かりのいい彼女”でいたい自分とわがままな部分を持つ自分、その妥協点とし
ての結論が、せめて歩いて一緒に帰るという事なのである。
 そんな美樹原の言葉の意味がつかめないでいた四本松が、不意に声を上げた。
「あ、和人くん、ここにいるよ!」
 公園の中に和人、そして将の姿を見つけた四本松は、駆け出そうとしたのだが2歩ほ
ど踏み出した後その動きが止まった。
 その心理を優美が代弁した。
「な、なんか様子が変だよ?」
 そこには、将の胸ぐらをつかんでいる和人がいた。
 
 
 
   ときめく時の中で(238)
 
 
 
 ともかく人の目もあり、目立つことをきらう将と和人は、学校からの帰り道の公園で
紙袋にバレンタインのプレゼントを入れ直していた。
 何を言って良いものか判らない二人は、パズルのように頭を悩ましながら、黙々と入
れ直していたのだが、不意に将の手が止まった。
「?」
 そんな将の様子を不思議に思い、和人は将を見た。
 将のその手にあったパッケージには、和人も見覚えがあった。
「四本松か・・・ 」
 ほとんどため息に近い和人の声に、将は無言でうなずいた。
 
 
 
「ともかく受け取って。受け取ってくれるだけでいいの。それでいいの」
 登校してすぐ、四本松はそれだけ言って、将にそれを手渡した。
 そのすぐそばにいた優美と四本松の表情からは、ただならぬ雰囲気が感じられた。
 そして、将達もその意味が判っていた。
 
 
 
「あのな、将」
 動きがない将を見かねたように言った、和人の言葉に、将は答えた。だが、それは普
段の彼らしからぬ応対だった。
「それ以上言うなよ」
「そんな言い方ないだろう? 俺は俺なりに心配してだな」
「それが余計だって言うんだ。お前は美樹原さんの事を考えていればいいんだよ。
 これは俺の問題なんだから!」
 後になって思い返すと、なぜ、そんなに苛立ったのか? そんな言い方、そんな内容
の事を言ったのか? 将自身にもその理由は判らない。
 ただ一つ思い当たることと言えば、朝の四本松の表情であろう。そして、そんな表情
をさせてしまった遠因が自分にあると言うことも含まれているのかも知れない。
 だが、そんな将の言い様に、和人もかちんときた。
「なんだよ。それ?」
 和人の表情は、辛うじて笑みを浮かべていたものの、その目付きは、気の弱い人間な
らすくみあがってしまうような、鋭い視線を発していた。
 将はひるまず続ける。
「お前の言いたいことは判ってるんだよ。だがな、これは俺の問題で、お前にとやかく
言われたくはないね」
 和人の表情から、完全に笑みが消えた。
「ほう、言うようになったねえ。
 元はと言えば、お前自身に原因があると判っていて、そういう事を言えるのか?
 お前は!?
 朝、どんな思いで、四本松がお前にそれを渡したと思ってるんだ!?」
「うるさいな! 言われなくたって判ってるさ!!」
「いいや。判ってないね! だったら、なんで、いつまでも煮えきらない態度をとって
いる!?」
「じゃあ、何だって言うんだ!? 俺がどうだって言うんだ!?」
 その時、将は和人から視線を反らした。それは和人だけではなく、誰もが将らしくな
い行動だと思うものだった。
 和人は無意識のうちに将の胸ぐらをつかんでいた。
 
 
 
 将と和人、二人の神経は互いに向き合っていたため、ちょうどこの時この公園に来
た、四本松、優美、そして美樹原の存在に気が付いていなかった。
「何? あの二人、けんかしてるの? なんで?」
「ありゃりゃ。こりゃ、珍しいこともあるもんだ」
 切迫し緊張した声で言った四本松に対し、のんびりとした口調で優美が答える。
「優美ちゃん、何のんびりしてるのよ? もしそうなら止めなきゃ!」
「無駄無駄。もしあの二人が本気になったら、優美達に止められると思う?」
「そ、そんな・・・ 」
 絶句しつつも反論しようとした四本松を制するように優美が言った。
「あの二人がけんかするんなら、よっぽどの理由があるんでしょ? それを訳も判らな
いまま止めたって、火種がくすぶるだけよ。
 それに優ちゃん忘れてる。あの二人が心からの親友だって事を。
 大丈夫だって、滅多なことにはならないよ」
「そうかも知れないけど・・・ 」
 (それでも止めた方がいいんじゃ?)と思った四本松に、まるで答えるように優美が
言った。
「ま、止められる可能性がある人が、一人だけいるけどね」
 そう言って視線を向けた先で、美樹原は無言で将と和人を見つめていた。
 
 
 
「俺にまでとぼけるつもりか? よーし、言ってやろうじゃないか!」
 和人は完全に激昂していた。両手でつかんでいた胸ぐらを、将の身体が浮き上がらん
ばかりに持ち上げる。
「その煮えきらない態度が許せないんだ!! 好きなら好きだって言えばいいんだよ!
 お前がはっきりすれば、周りの人間だってかえってすっきりするんだよ!
 お前、好きなんだろ!? 連尺さんの事が!?」
 その瞬間、将の態度が激変した。
 和人の右手首をつかんだ将は、握力の限りにその手首を握りながら叫んだ。
「ああ、そうだよ。俺は連尺が好きだ!!」
 その声は、離れていた場所で事の成り行きを見守っていた四本松達にも、はっきりと
届いた。
(優ちゃん・・・ )
 優美の気遣うような視線の先にいた四本松の表情には、優美の心配しているようなも
のは感じられなかった。
 それは優美に安心感を与えていた。はっきり言って優美にとって将と和人の事より、
四本松の事のほうが、今現在は心配だったのである。
 そうしておいて、優美が将達のほうに視線を向けると、和人が将の声に反応したかの
ような声量で叫んだ。
「じゃあ、何でだ!? 何でそう言わない!? 俺が知ってるお前なら、こんな中途半
端のままじゃいられないはずだ! 違うか!?」
 将は今まで溜めてきていたものを一気に吐き出すかのように、それに答える。
「なら、お前なら言えるのか!? 先行きが全く見えない俺にそんな事が言えると思う
のか!?
 俺がこれから行くのは完全な実力社会だ。力が足りなきゃ、あっと言う間に消えてし
まうんだ! ケガをするかもしれない!
 俺の力が通用するかどうか全く判らないんだぞ!
通用したらしたで、世界中を転戦しなきゃいけないんだ。
 俺はいいさ! 自分で望んで行くんだからな。
 だが、連尺は違う。
 そんな連尺に付いて来てくれとも、待っててくれとも言えるか!? お前なら言える
のか!?
 俺にはそんな事言えないんだよ!!」
「お前、なんでそんな悪い方ばかり考えるんだよ!」
「世の中、上手くいかない事の方が多いんだぜ」
 和人は、将のその言葉に対して論理で対抗しようという考えはなくなった。
「馬鹿野郎!」
 和人は右腕を将の腕から振りほどくと同時に、鞭のように体の後方でしならせる。
「あ、入る」
 それを見た優美が反射的にそう言ったのと、ほぼ同時だった。
「和人くん! やめなさい!!」
 悲鳴にも似たその声に、和人の腕が止まる。将と和人は、ほぼ同時にその声の方に視
線を向けた。
 その声の主を認めた和人が、うわごとのように言った。
「め、愛?」
 和人の言うように、美樹原がゆっくりと近づいて来た。
「もう、いいでしょ、和人くん? 聞きたい事は聞けたんだから。
 あとは吉野くんが結論を出すべきことよ。判るでしょ?」
 美樹原の声に、将と和人は互いの手を振りほどく。
「め、愛。なんで、ここに?」
 美樹原は和人の問いかけには答えず、無言で和人の腕を取り、公園の出口に向かって
行った。
 だが、5歩ほど歩いたところで美樹原が振り向いた。
「吉野くん」
「は、はい?」
 自分の名前が呼ばれるとは思ってもみなかった将が、驚いたような顔で答えると、美
樹原が言った。
「吉野くんは優しいね。
 だけど、それは残酷なことでもあるんだよ」
 それだけ言うと、美樹原はなかば引きずるように和人を連れて行ってしまった。
 後に残された将は、優美達に顔を向けた。
 だが、優美は冷静に言った。
「今日、優美達は一緒に帰れないよ。 その理由は判るよね?」
 優美はそう言って四本松の手を取り、公園を後にして行った。
 将はしばし、何もできず茫然としていたが、やがて荷物をまとめて家路に向かうのだ
った。
 
 
 
 将はそれを予測していた。そこに彼女がいるだろうと思っていた。
 その予測通り、将が自宅のアパートに着いた時、2階に上がる階段のところに彼女は
いた。
「これで3年連続か? 寒かっただろ? 連尺」
「ううん。大丈夫。はい、これ」
 そう言って連尺は持っていた包みを将に手渡した。
 将はそれを受け取る。
「学校で渡してくれれば、寒い思いしないで済んだのに」
「だって、それでしょ?」
 連尺は将の荷物を指さした。
 将も視線を下げて自分の手許を見る。苦笑いを浮かべる将に連尺が言った。
「ともかく、ここなら荷物になってもすぐ家でしょ?」
「 ・・・そうだね」
 ほんのわずかの沈黙のあと、連尺が片手をあげて言った。
「それじゃあね」
「ああ」
 連尺が歩き出した時、将が声をあげた。
「あ、連尺!」
「え?」
「あ、いや。気をつけて。おやすみ」
「うん」
 再び歩き出した連尺を、見えなくなるまで見送って、将は階段を上がっていった。
 
 
 
   ときめく時の中で(239)
 
 
 
「合格おめでとう、和人くん」
 電話の向こうから聞こえてきた美樹原の声に、和人は照れながら答える。
「いやあ、補欠でようやく受かっただけだから、大したことないけどね」
「合格は合格よ。素直に喜ばなきゃ。 でも、・・・ 」
「ようやくスタートラインに立った所なんだから。だろ?」
「そうよ。これからも頑張ってね」
「ああ」
 終始照れたように笑いながら電話をする和人を、廊下の端から見ていた館林見晴と、
弟の雄一郎は、思わずニヤニヤと笑ってしまうのだった。
「合格通知を受け取ってすぐに、メグちゃんに電話か」
「和人兄ちゃんも尻に敷かれてるなあ」
「おませ」
 そう言って見晴は、雄一郎の頭を軽く小突いた。
「いて!」
 頭をさする雄一郎を無視したように、見晴は独り言のように言った。
「でも、良かったね和人くん。卒業の前に合格が判って。
  ・・・そうか、そうだよね。和人くんも、明後日にはもう卒業なんだ」
 その言葉の通り、和人に補欠合格の通知が来たのは、卒業式の2日前のことだった。
 
 
 
 卒業式を翌日に控え、きらめき高校のテニスコートでは、テニス部3年生の送別試合
が行われていた。
 その中、コート脇ではちょっとした出来事があった。
 「この日ぐらいは」と、久しぶり部活に顔を見せた詩織だったが、詩織のほんの些細
な違いに気が付いた者がいた。
 それは2年生の女子だった。それは正に、「女の子」らしい気の付き方だった。
「あ、あの、詩織先輩。その指輪。 ・・・ひょっとして?」
 その声に、詩織は左手の薬指を、恥ずかしそうな表情をしながら、皆に見せた。
「これ?  ・・・うん、そうよ」
 その場に黄色い歓声が上がる。
「おめでとうございます」
 そんな声が上がるその場に、次に試合をする将と四本松が通りかかった。
 場がわずかに緊張したのだが、将は事も無げに微笑む。
「おめでとうございます」
「あ、ありがとう」
 その声からは、不自然なものは全く感じられず、詩織の返事を聞くと、将はそのまま
コートへと向かった。
「おめでとうございます。詩織先輩」
 四本松も詩織に祝いの言葉を言い、将に続いた。
 詩織は二人の後ろ姿を見送り、心の底から安堵のようなものを感じるのだった。
 
 
 
「なあに、鏡くん?」
 部室のそば、人気の絶えたところで、連尺は明にそうたずねた。
「い、いえ、別になんでもありません」
「うそ。私に何か用があるんでしょ? ここなら他に誰もいないわよ。
 言ってちょうだい。さっきから気になってしょうがないの」
 実際の所そうだった。
 今日、明は、何かと理由をつけ、連尺のそばから離れようとはしなかった。
 明自身はもっともらしい理由をつけているつもりなのだろうが、まわりからすれば、
その魂胆も見えようというものだった。
 ただ、それを誰も口にしようとはせず、明と連尺を二人だけにしようと、自然に場を
離れていった。
 そうやって二人になったところで、連尺がそう切り出しては、明としても後戻りは出
来ないと悟るのだった。
「あの、先輩」
「ん? なあに?」
 高鳴る動悸を必死で押さえ、明はそれまでさんざん考えてきていた事を口にした。
「先輩からすれば、僕はただの後輩だということは判っているんです。
 だけど、 ・・・僕、 ・・・先輩のことが、好きです」
 ようやくの事でそれだけ言った明は、大きく息を吸い込み、そしてはいた。その表情
は不安にさいなまれつつ赤く染まり、視線は全く定まっていなかった。
 連尺はそんな明に、にこやかに微笑んだ。
「ありがとう、明くん。とっても嬉しいわ」
 だが、そこで表情に悲痛なものが加わる。
「気持ちはとっても嬉しいけど、でも、私、・・・ 」
 その言葉を、明がさえぎる。
「いいんです。判ってますから。先輩には好きな人がいるって事、判ってますから」
「明くん?」
「ただ、僕なりにけじめをつけたかっただけなんです。それだけなんです」
 連尺は何も言わず、ゆっくりとうなずいた。
 明はそんな連尺を見て、満足げな表情を浮かべ、背を向け走り出そうとしたが、1歩
を踏み出した時、振り返った。
「あの、先輩」
「?」
「先輩も、このままにはしませんよね? ちゃんと言いますよね?」
 連尺は明が何を言っているのか理解するのに、しばらくの時間を要したが、笑顔で答
えた。
 なぜ笑ったのか、連尺自身、判らなかったが、笑う以外なかったのである。
「ええ、もちろんよ」
 明も笑った。彼にしても、やはり、笑うしかなかった。
「そうですよね。それが連尺先輩ですから・・・
 それじゃ、失礼します。
 卒業しても、たまには顔を出して下さいね」
「ええ、そうするわ」
 その答えを聞いて、部室の方へ駆け出す明の後ろ姿を連尺は見つめていた。そして、
ゆっくりとコートに向かって歩いていった。
 
 
 
 明が部室の前にさしかかると、それを呼び止める声があった。
「すっきりしたようだな?」
「キャプテン?」
 そこには西島が立っていた。明は恥ずかしそうに視線を反らしながら、声のトーンを
落とした。
「笑っていいですよ。ふられることが判っていても、どこかで期待してたんですから」
「ばーか。笑うわけないだろ。それは誰だってそうなんだから」
「キャプテン・・・ 」
「じゃあ行くか?」
「はい」
 明の元気な声を合図のようにして、二人は並んで歩き出した。
「今度はキャプテンの番ですね?」
「!?  ・・・お前、結構言うね」
「すいません」
 そんな会話が交わされていった。
 
 
 
 送別試合が終わり、別れを惜しみながらも、それぞれが帰宅する時間になった。
「今日はありがとう。いい思い出になったわ」
「こちらこそ、ありがとう」
「それじゃ、また明日」
「ああ、また明日な」
 四本松と将は、帰り道の公園のところで、そんな会話を交わし、別々の方向に向かっ
て歩き出した。
 「また明日」二人の間でこの言葉を使うのは、ひょっとして今日が最後かも知れない
と考えはしたが、その実感は将には全くなかった。
 そんな時、詩織が将の前に不意に現れた。
「詩織先輩?」
「今、帰り?」
「詩織先輩こそ、先に帰ったんじゃなかったんですか?」
「将くんにね、ちょっと」
「俺に?」
 
 
 
 そして、詩織と将は一緒にならんで歩いた。将にとってそれはずいぶんと久しぶりの
感覚だった。
「ああ、先輩。さっきは時間がなくて素っ気なかったですけど、ご婚約、おめでとうご
ざいます」
「ありがとう。親戚の人には、まだ早いって言う人もいるけど、形を整えたほうがいい
と言う人もいて、こうなったの。
 少なくとも、トシくんが卒業するまではこのままだけど、私は早いとは思わないわ」
「むしろ遅すぎたぐらいですよ」
 そう言った将の声に、詩織は将が自分の知っている将とはすでに違うのだと、改めて
実感したのだった。
「で、用はなんだったんです?」
 将の疑問に詩織が答える。
「え? ううん。やっぱり、なんでもないの」
「当ててみましょうか? 美樹原さんから何か聞きましたね? 違いますか?」
 将のややいたずらっぽい笑顔に、詩織は戸惑った。そして、その洞察が正しい事に、
観念したように苦笑いを浮かべた。
「そうなの、メグから聞いてね。
 余計なおせっかいだとは思ったんだけど」
「ご心配お掛けしたようですね。
 でも、大丈夫です。ご心配なく」
「将くん?」
「俺もいろいろ考えましたけど、自分なりに結論がでました。
 だから、大丈夫です」
 力強く言った将の言葉に、詩織はうなずいた。自分の心配が杞憂なものであったと悟
ったのである。
 そして、詩織はこの瞬間、何か、全てが終わったような、虚脱感に似たようなものを
感じた。
 
 
 
「それじゃ、君本さんとお幸せに」
「うん。ありがとう」
 短くあいさつを交わし、二人は別れた。
 吹く風はまだ冷たいが、春が感じられる夕闇が西の空にあった。
「よし!」
 それは将と詩織、同時に発せられた言葉だった。
 翌日、きらめき高校の卒業式が、春らしい日和の中で行われるのだった。
 
 
 
SSときめく時の中で(240)
 
   ときめく時の中で(最終話)
 
 
 
「吉野先輩、一緒に写真撮ってください」
 きらめき高校では、卒業式が無事終わり、生徒や教師達が、教室、校庭等あちらこち
らで別れを惜しんでいた。
 そんな中、将は一人の姿を捜していた。ただそれだけの事なのだが、それすら、多く
の困難が行く手を遮り、思うようにならなかった。
 写真や寄せ書き、その他の事で忙殺され、将が自由に行動できるようになるのはかな
りの時間が経ってからだった。
 だが、その人物がどこにも見当たらず、将はしょうがなく自分の教室に戻ってきた。
(このままで帰る訳には)と、焦る気持ちがあったが、ともかく自分の席につき、落ち
着こうと思った。
 ふと、忘れ物でもないかと、机の引き出しを覗くと、そこにそれはあった。
 何の飾り気もないただの白い封筒。
 差出人の名前もなかった。
 将はその封を開け、中の手紙を読んだ。
 
”伝説の木の下で待っています”
 
 短くそう書かれていた文面を見た時、将はすでに駆け出していた。
 
 
 
 テニス部の部室では、本郷と西島の二人が部室の後片づけをしていた。
「なあ、本郷」
「なによ?」
「まあ、こんな時、こんな所でなんなんだけど、俺じゃ駄目かな?」
「何が?」
「吉野先輩の代わりになれるとは思ってないけど、俺だって結構お買い得だと思うぜ。
 自分で言うのもなんだけど」
 西島の言葉に、本郷は心底呆れたような表情になった。
「バッカじゃない? あんたなんかが将先輩の代わりになれる訳ないじゃない! 
 10年早いわよ!」
 そう言って本郷はぷいと背中を向けた。
 西島は何か言い返そうとしたがあきらめた。
(よりによって、言い方がまずかったよな。我ながら)
 そんな事を思っていると、本郷が背中を向けたまま言った。
「10年じゃ長すぎるから、1年にまけてあげるわよ」
 西島はしばらく固まっていたが、やがて大きくため息を突いて、静かに笑った。
 
 
 
「先輩! 四本松先輩! 待ってください」
 学校を後にしていた四本松は松島悟に呼び止められた。
「なに? どうしたの?」
「コーチの件、考えてくれましたか?」
「あ、あの事? 私なんかでいいの?」
「当然です。でないと、僕が困るんですよ」
 そう言った松島の表情が赤くなっていることに、四本松は笑い出した。
「悟くんらしくない公私混同ね?」
「それぐらいでしか、時間稼ぎできませんからね」
 四本松は静かに微笑んだ。
「私でいいのなら・・・ 」
 
 
 
 呼び出された木の下に着いた時、さすがに将の息は上がっていた。
 膝に手をつき息を整えていると、木の陰から人が現れる気配がした。
 ゆっくりと視線を上げていき、現れた人物の、肩先まで伸びた深い紺色の髪を見た
時、将はその人物の名前を呼んだ。
「連尺」
 卒業証書を小脇に抱え、頬をやや紅潮させた連尺がそこに立っていた。
「ごめんなさい。こんなところに呼び出して」
「いや、俺の方こそ、言わなくちゃいけない事があったから。
 あのな・・・ 」
 だが、連尺は首を振った。
「待って。私から言わせて」
 真剣な連尺の表情に、将は無言でうなずき、連尺の言葉を待った。
「いろんなことが有りすぎて、何から言えばいいのか判らないけど、私にとってこの3
年間と言うのは、とても大切な時間だったわ。
 くよくよ悩んでいたこともあったし、苦しんだこともあった。
 だけど、今振り返ると、そのどれもが、私にはかけがえのない経験だった
 それだけでも、本当なら十分だけど、・・・・・・おかしいね。私って欲張りなのよね。
 まだ、一つだけやり残してることがあるの。
 ・・・・・・あれ? 私何を言ってるのかな? 話したいことは一つだけなのに、なんでこ
んなに回りくどいこと言ってるんだろ?」
「いいよ。俺はどこにも行かないよ。ゆっくり言えばいいさ」
「うん。でも、なんか、私らしくないから、思い切って言っちゃうね。
  ・・・好きよ。
 一人の男の子として、将くんの事が好きよ。
 将くんは、これから大きな世界に行くから、私に目を向けている余裕なんてないと思
うけど、こんな女の子がいたって事だけでも覚えていてくれると嬉しいな。
  ・・・私が言いたいことはそれだけ。
 ・・・・・・ごめんね。勝手なことばかり言って。
 それと、体に気をつけて、頑張ってね」
 連尺はそのまま走り出そうとしたが、将がその手首をつかんだ。
「待てよ! 待てって!」
「痛い、痛いよ、将くん!」
「あ、ごめん」
 将が慌ててその手を放すと、連尺がその手をもう一方の手でさすりながら言った。
「 ・・・うんと前にも、こんな事あったね」
「? ああ、一年の時にね」
「将くん。時々、手加減なしだから」
「だって、連尺、一人で言いたいことだけ言って、行っちゃうから。
 俺の話も聞けよ。
 だいたい、わざわざこの木の下に来たのはなぜだ?」
「そ、それは・・・ 」
 口ごもる連尺に、将が優しい声で言った。
「連尺自身がこの木の下で、話してくれたんじゃないのか?
 それでここに来たんだろ?」
「将くん・・・ 」
「正直言って、俺はこの先どうなるのか全く判らない。
 だけど、連尺にそばにいて欲しい。
 たとえ距離は離れていても、心だけは一番近くにいて欲しいんだ」
 それだけ言うと、将はゆっくりと言葉を吐き出した。
「俺も連尺が好きだ。
 誰よりも、連尺、君が好きだ」
 しばし沈黙が流れ、春の風が二人の間を駆け抜けて行った。
 声を震わせながら連尺が言った。
「どんな事になっても、 ・・・泣かないって、・・・・・・決めてたのにな」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
------------------------------------------------------------------------------
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 こうして、吉野将の高校生活は終わった。
 振り返ってみればクラブ中心の生活だった。
 ともかく、無事卒業できて何よりであろう。
 これからはプロテニスプレーヤーとしての生活が待っている。
 期待より不安な面が多いかもしれないが、それ以上に未知なる物に対する情熱
があった。
 
 そして、連尺は短大に進むこととなった。
 お互い、自分をもっと高めていく、という事となったのである。
 離ればなれになってしまうが、不安はない。
 伝説が永遠の物と信じられているように、お互いを信じている限り、
二人の愛も永遠なのだから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 この物語はあなたの心にメモリーしてください。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
-------------------------------------------------------------------------




ときめく時の中で ALL STAFF
              ときめきメモリアル
               ときめく時の中で
 
                 ALL STAFF
  
 
 
 
                  出演
 
 
           藤崎 詩織     吉野 将
 
           美樹原 愛     領家 和人
 
           早乙女 優美    連尺 みゆき
 
           古式 ゆかり    四本松 優
 
           虹野 沙希     吉野 美里
 
 
 
 「キラキラと木漏れ日の中で 二人の時が流れていくわ
       あんなにもあこがれ続けた 笑顔の側に私がいる」
 
 
 
 
           紐緒 結奈     中沢 健太
 
           片桐 彩子     佐鳴 琴美
 
           清川 望      有玉 栄
 
           朝日奈 夕子    新橋 淳子
 
           鏡 魅羅      元城 祐二
 
           館林 見晴     米津 義昭
 
 
 
 
 
 
 「この胸のときめき あふれる想いを 感じていたい 
             いつまでも あなたと二人きりで」
 
 
 
 
 
           如月 未緒     本郷 南
 
           早乙女 好雄    西島 大介
 
           伊集院 レイ    松島 悟
 
           鏡 明       領家 之信

           松島 啓介     松島 実
 
 
                君本 人思
 

 
 「初めてあなたに出会ってからどれくらい時が流れたの
       思い出の写真の中には 遠くで見てる私がいる」
 
 
 
             ラルフ ハインツ ミューゼル
 
 
    江ノ島 明   福島 恭一   芳川 舞   三方 春枝 
    高林 栄治   篠原 高継   坪井 幸秀  寺島 佳代
    中島 康生   館林 雄一郎  村櫛 希一  大久保 俊成
    森田大二郎   梶 秋夫    カール レーゼンビー
    中里 美枝   笠井 英雄   鏡 割    鏡 輝
    鏡 鏡     鏡 光      鏡 映     
 
   芹澤 勝馬   鞠川 奈津江  戎谷 淳   十一夜 恵

   藤崎家     古式家     君本家    美樹原家
   館林家     伊集院家    各家の方々
 
 
 
 
 
  「あの頃のときめき 変わらぬ想いを 抱きしめてたい 
            いつまでも あなたの胸の中で」
 
 
 
 
 
                 制作
 
 
             鈴鹿8時間PROJECT PROJECT SZ8
                          SINCE 1986
 
             主幹 企画
             原作 執筆 鈴木 良和
 
        キャラクターデザイン 
          イメージCG制作 矢島 康之
 
       シリーズ構成 設定監修 浅野 光耳
 
 
               ご協力(敬称略)
 
        ハードウエアサポート
      ソフトウエアアドバイザー 霧島
 
              校正協力 A.H
 
            人名辞典制作 たっちゃん 
 
            外伝制作協力 
        キャラクターデザイン あるふれっど
 
   インターネットホームページ提供 UMA
 
 
 
 
 
  「不思議な運命のめぐり合わせに 心から感謝したい
       まだ二人は始まったばかりだけど この気持ち変わらない永遠に」
 
 
  
 
                 音楽
               イメージソング
 
                 前期
 
         『CRAZY GONNA CRAZY』
                trf         avex trax
 
                 後期
 
                『熱くなれ』
                大黒 摩季         B-Gram
 
             エンディングテーマ(歌詞引用)「内」
 
               『二人の時』
                金月 真美        キングレコード
                作詞 ときめき作詞実行委員会
                作曲 めたるゆーき
                編曲 土井 一雄
 
 
  
 
  「この胸のときめき あふれる想いを 感じていたい いつまでも
                    あなたと二人きりで」
 
 
 
 
 
Special Thanks
 
  (株)KONAMI
 
            (株)NEC
 
            (株)ソニーコンピュータエンターテイメント
 
            (株)SEGA
 
            (株)任天堂
 
  (株)ニフティ  NIFTY−serve 
 
            FCGAMEM コンピュータゲームマシンフォーラム
 
  ときめきメモリアルSS専用PATIO
            ときめき文庫

            ときめき文庫および、その関連HP等を
  運営してくださった方々。
  
   感想をくださった皆様
 
       そして、ここまで読んでくださったすべての皆様
 
 
 
 
 
               「きらめく二人の時」
 
 
   ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
   ■       /         ■
   ■      /   /     /■
   ■     /   /     / ■
   ■  / /   /     /  ■
   ■ /     /     /   ■
   ■/     /     /    ■
   ■     /     /     ■
   ■    /     /      ■
   ■   /     /       ■
   ■  /      /        ■
   ■ /     /    1997.03.01 ■
   ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
 
 
                      E-MAIL-(HQI01420@niftyserve.or.jp)
                           PROJECT SZ8
                            1995-1997













 
  エピローグ
 
 

 
 5年後
 
 
 
 初夏とは言え、日も落ちた駅のホームはかなり冷え込む。
 そんな中、スーツ姿の西島大介は胸の内ポケットに振動を感じ、そこから携帯電話を
取り出す。
「はい、西島です。・・・・・・なんだ、南か? ・・・しょうがないだろ仕事なんだから。
 ・・・・・・うん、うん、もう始まってる? ああ、ビデオ撮っていてくれよ。
  ・・・え? ば、ばか、こんなとこで言えるか。 ・・・ああ、もう。
 好きだよ。 ・・・ともかくすぐ帰るから。 ・・・じゃあな」
 西島は顔を赤くしながら、携帯電話を元に戻した。
「たくもう」
 
-----------------------------------------------------------------------------
 
(母は強いというのは本当なんだなあ)
 中沢健太は、TVの前で赤ん坊を抱きかかえる琴美の姿を見てそう思った。
 付き合い始めたころは、水着になる事さえ恥ずかしがっていたものだったが、今、目
の前にいる琴美は、胸をあらわにして赤ん坊にお乳を与えていたのだった。
 もっとも、それは、まったく別の魅力を感じる事になっていたのだが・・・ 。
「国際電話で詩織に聞いたんだけど、あなた、この日が来る事、7年も前に予言してい
たんですって?」
 琴美の不意な質問に、健太は苦笑いを浮かべる。
「予言というより、まあ、願望だな。現実になるとは、さすがにね・・・ 」
「あなたも、応援に行けばよかったのに。行きたかったんでしょ?」
 琴美の声に健太は、目をつぶりながら乳を吸う、赤ん坊の頭を優しく撫でながら笑っ
て答える。
「咲花を置いていけるわけないだろ。TVで応援さ」
「あら? 咲花だけ?」
「・・・・・・琴美もだよ」
「ふふふ」
 
------------------------------------------------------------------------------
 
 消灯時間の過ぎた病院の4人部屋のベッドで、布団にくるまりながら液晶TVを食い
入るように見る、小学校4年生ぐらいの少年がいた。
 その頭を、布団越しに軽く抑えるものがあった。
 恐る恐る布団から頭を出した少年は、ばつが悪そうな声を出した。
「有玉先生」
 視線の先、そこには有玉 栄が立っていた。
「やっぱり、見てたんだね?」
「・・・・・・ごめんなさい」
「テニス、好きかい?」
「? うん。僕、将来テニス選手になるんだ」
「そうか。なら早く病気を治さないとね」
「うん」
 それだけ言うと、栄は病室を出て行ってしまった。
「栄」
「 ・・・ああ、淳子」
 彼を呼び止めたものは、白衣姿の新橋 淳子だった。
「もう、テニスに関しては甘いんだから」
「目標を持ってもらった方が治りは早いよ」
「? まあ、そういう事にしておきましょうかね?」
 淳子はそう答えたのだが、幸せそうな笑顔を浮かべた。
(二人の目標も、もうすぐだものね)
 
------------------------------------------------------------------------------
 
 ある大学の学生寮。その決して広いとは言えない一室で、7人もの男達がTVの前に
集まっていた。
「この人。鏡先輩の高校時代の先輩って、本当なんですか?」
「ああ、尊敬すべき先輩、プレーを盗むべき相手、恋敵だったこともあったかな?」
 なかば楽しそうに答えたのは、この5年で、すっかりたくましくなっていた鏡明だ
った。
「おい、鏡、なんか意味深な言葉だな。
 そんな事聞いたら、お前のファンの女の子達泣くぞ」
「大丈夫。こっちが一方的にそう思っていただけなんだから。この人には相手にもされ
ていなかったよ」
 楽しさを引き続いてにじませる明の言葉に、まわりの者は不思議そうに視線を交わす
のだった。
 
------------------------------------------------------------------------------
 
「だから、実がそんな事気にしなくたっていいんだよ。
 親父も虹野さんも、お前が高校卒業まで待つって言ってんだ。全寮制の学校に絞らな
くたっていいんだよ。 ・・・あ? ああ、判った。判った。優にそう言っておくよ。
 ああ、それじゃあな」
 アパートの6畳間の一室で、松島悟はそう言って電話を切った後、(失敗した)と
思った。
 彼の視線の先には、TVの前でニヤニヤと冷やかすように笑っていた早乙女優美と、
その傍らに頬を赤く染め、マタニティー服を着てカーペットの上でくつろぐ松島優(旧
姓四本松)がいた。優美が優のお腹をさすりながら聞いた。
「優ねえ。なんか、亭主関白っぽいね?」
「いや、弟の実が進路のことで相談があって、彼女にはいろいろお世話になってるから
よろしくって事です」
 そう答えた悟の表情は照れたものだったし、優は優で少しすねたような表情になって
いた。 多少困ったように優美が言った。
「 ・・・って、優美、お邪魔だったかな?」
「そんな事ないわよ。私達二人だけじゃ、はらはらしちゃって、見てられないもの」
「ホントに?」
 それには悟が答えた。
「もちろんです。早乙女さん、一緒に応援しましょうよ」
「TVの前で、ね? みんな、現地に行っちゃうんだもん。優美も行きたかったな。
 でも、引っ越しでお金無くなっちゃったからなあ。一人暮らしも楽じゃないよ」
「和人くんも日本に残ってるよ」
「和人はね。あいつは意地でも、次は受かってみせるって言ってたからね。
 そうじゃないと美樹原さんの名字を、変えさせることが出来ないからって。
 和人もなんだかなあ、って感じだよ」
 表情の選択に困った優と悟の顔を見て、優美は思った。
(あーあ、優美もそろそろ本格的に彼氏作ろうっと)
 
------------------------------------------------------------------------------
 
 3人がけのソファに、和人と愛は並んで座り、やや暗くした照明の元でTVを前にし
ていた。
「将の奴、とうとうこんなところに来やがって、置いてかれたような気分だぜ」
 その横にいた愛が、たしなめるような口調で和人に言った。
「和人くんも素直じゃないね。本当は誰よりもこの日を待ち望んでいたくせに」
「な、なにを? 俺は今、将を気にかけるような余裕は無いの。愛に迷惑かけっぱなし
なんだから」
「大丈夫。和人くん一人ぐらい、私が食べさせてあげます」
「それが駄目だって言うの」
 和人は困ったように頭をかいた。そんな和人に構わず、愛はTVの実況に歓声を上げ
た。
 
------------------------------------------------------------------------------
 
 美里はカウンターのスツールに腰をかけながら、自分の店内に沸き上がる歓声に顔を
しかめ、メンソールの煙草に火をつけた。
「カラオケとTVは店に入れない主義だったんだけどな」
「しょうがないですよ。 今や将くんは国民的な英雄ですからね。この店の前に、報道
陣が詰め掛けないだけでも良しとしなけりゃ」
 グラスを拭きながら美里の前にいたバーテンダーが声をかけた。
「それにしたって、私に内緒でTVを店内に入れる事ないでしょ?」
「でも、そうすると、ママ、仕事が手につかなくなるじゃないですか」
「何を言ってるの? たかが球の打ち合いでしょ? なのに、なんで国中が大騒ぎしな
くちゃならないのよ」
 呆れたような表情で美里が言うと、バーテンダーがそっと言った。
「ママ」
「なに?」
「煙草、フィルターに火がついてますよ」
「あら、やだ!」
 美里は困ったような表情になり、煙草を灰皿に押しつけてから、仕方がないなと言っ
た物腰で、TVに顔を向けた。
 TVからは実況というより、絶叫に近いアナウンサーの声が聞こえてきた。
 
------------------------------------------------------------------------------
 
「日本の皆様! この放送は、イギリス、ウインブルドンより、実況生中継でお送りし
ております。
 この一年半無敗を誇り、テニス界の帝王と呼ばれるミューゼル。
 その彼を相手にまわし、今、一人の日本人が優位に試合を進めています!
 そうです! ”東洋のライジングサン”吉野将です! 因縁の二人の対決が、ここ最
高の舞台。最高の状況で行われています!
 全英オープン、男子シングルス決勝! セットカウント2−1
 あとわずかです。あとわずかで、日本人初の快挙が生まれるのです!」
 
------------------------------------------------------------------------------
 
「あとわずか、が、くせ者なのよ」
 まるでその放送を聞いていたかのように、そう言った者がいた。
 ウインブルドン、センターコートの観客席で緋色の髪が揺れる。
 詩織がそこにいた。
「しかし、吉野くんもずいぶん強気だよなあ。送って来たチケット、今日のだけだった
んだから。それまで負ける気はない。という事なんだな」
 その横には人思がいた。
「今日だって、負けないわ。将くんは、それを私達に見せたかったのよ。
 せめてもの恩返しのなんでしょうね。あなたには助けてもらったから」
「そんなに大したものじゃないさ。 同じ日本人だしね。
 詩織だって、こっちに住んでると、日本と言う国を意識しちゃう事あるだろ?」
「うん。よく判るわ。サッカーにしたってそうだもん」
「まあ、彼の場合は、純粋に応援したくなる、と言うのもあるんだけどね」
「そうよね。ウインブルドンに、こんなに日本人がいるなんてね」
 そう言って詩織が視線を向けた観客席には、多数の日の丸が舞っていた。
 
------------------------------------------------------------------------------
 
 実況アナウンサーが、興奮を抑え切れないと言った様子で喋り続ける。
「視聴者の皆様にもご存じの方、多いかと思います。因縁めいたこの二人、吉野、そし
てミューゼル。
 ミューゼル最後の敗戦は、他ならぬ吉野がその相手でした。
 そして、その直後、吉野が膝の故障で引退をささやかれた時、それを助け、励ました
のがミューゼルでした。
 さらに何の因果か、この二人は義理の兄弟になります。ミューゼルの奥様、ゆかりさ
んは、吉野のお姉さんなのです。
 まさに因縁の対決、ウインブルドンセンターコート!!
 全英オープンテニス、男子シングルス決勝!」
 
------------------------------------------------------------------------------
 
 ラルフは冷静だった。
 確かに現状は不利だが、こういった戦況が初めてな訳ではない。過去にも何度も経験
してきた事だった。彼は愛用のラケットのガットを直しながら、ドイツの我が家にいる
妻の顔を思い出した。
 試合中に、試合とは直接関係の無いことに神経が向くというのは、彼としては珍しい
事だった。
 だが、ネットの向こう側の相手の瞳に、妻のものと似たようなものを感じてしまうの
では、それもある程度無理もない事だった。
『(ゆかり。さすがの君も、今日は試合を見ているだろうね。 
 ご覧の通り、彼は戻ってきたよ。最強の相手として。
 だが、そう簡単に負けるわけにはいかない。
 僕たちの伝説は、まだ、始まったばかりなんだからね)』
 そんな事を考え、ラルフはベースラインで構えをとった。
 
------------------------------------------------------------------------------
 
 その相手、将はベースライン上で、リストバンドで額の汗を拭いていた。。
(さすがに強い。あともう少しなんだけどな。
 だけど・・・ )
 そこまで考えた時、将は半ば無意識のうちに観客席に目を向けていた。
(だけど俺は勝つ。
 支えてくれたみんなのためにも、
 君のためにも、
 そして自分自身のためにも、
 俺は勝つよ)
 その将の視線を追うように、TVカメラが観客席の一人の女性を映し出した。
 その画面にアナウンサーが解説を加える。

「ああ、婚約者の連尺さんですね。
 マネージャーとして、そして恋人として、公私共にこの方が吉野を支えてきた事は有
名です。
 苦しいことも多かったでしょう。幾多の困難を乗り越えて来たことでしょう。
 しかし、まだ、大きな困難が立ち塞がります。
 これが何度目のマッチポイントでしょうか? ミューゼルの驚異的な粘りで、セット
カウント2−0から、ついに4セット目のタイブレークにまで、もつれ込みました。
 ここまで、確かに吉野が有利です。
 しかし、このセットをミューゼルが取れば、この試合どうなるか判りません。
 いや、むしろ、追う者の強みで、試合は一気にミューゼルに傾くかも知れません!
 
 追い詰めているのは、吉野将か? 
 それともラルフ−ハインツ−ミューゼルか?

 今、吉野のトスが、・・・上がった!・・・・・・・・



                              おわり



メインページへ   目次へ   《先頭へ》