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ときめく時の中で 外伝(1)
夏の日 20話前後
蝉時雨とはよく言ったもので、正に、上から降ってくるかのような、セミの声の中、
将は多少古びた一軒の家の玄関をくぐった。
玄関の脇には、これまた多少古びた看板があり、そこには、
「針、灸、マッサージ飯田」
と書かれていた。
「おや、将君か、久しぶりですね、元気でしたかな」
将を出迎えたのは、白い見事な顎髭をたくわえた老人であった。
「お久しぶりです、おかげさまで、元気でやっています」
「そうですか、それは良かった、ところで今日は何かな?」
将が今日ここに来た理由は2つ、まずはその一つ目である。
「ちょっともんでもらえますか?足が張っちゃって」
テニス部の合宿が終わってから二日目、将の体からは張りが抜けきっていなかった。
そのためのマッサージを頼む。
「ああ、御安いご用ですよ、奥へどうぞ」
「はい」
「そうですか、テニスを始めたんですか?」
固いベッドにうつぶせになった将をマッサージしながら老人、飯田は言った。
「ええ、合宿でしぼられまして」
「そのようですね、でも、無理はさせてませんね、
なかなかいいコーチのようだ」
「藤崎さんと言う2年の先輩に、コーチを受けたんです」
「ほお、高校生でこれだけのコーチができるというのは、なかなか勉強してますね」
「そういうものなんですか?」
「高校生だと、どうしても無理をさせます。すると間接などが痛められるんですよ。
それがないですからね」
「よく判りますね」
将は素直に感心した。
「そりゃ、これだけ長くこの仕事をしていれば判りますよ。
その藤崎さんて方、信じてよろしいですよ、いいコーチです」
「先生がそう言うのなら安心ですね」
「私が何も言わなくても、将君はその藤崎さんを信じているでしょう?
そうでなければ、これほどにはなりません」
飯田にそう言われて、将は無言で肯定した。
マッサージが終わり、二人は、Tシャツという普段着で、芝生のしかれた裏庭に出
た。
将の二つ目の目的のためである。
大木の木陰で二人は向き合う。
「今日は畳上げていましてね、暑いですがここでしましょう」
「実戦に近いから、この方がいいですよ」
「そうは言っても将君のコンディションもありますから、
”打ち””投げ”は抜きにして、”決め”だけで行きましょう」
「はい」
将が返事をして、二人は礼を交わす。
そして柔道のような組み手争いから、将は飯田の背後をとる、飯田は将の右肘を取
り、将の自由を奪う。
飯田は見掛けからは想像のできない動きで、将を翻弄する。
将が飯田の背中を、軽く2回叩いたところで、組み手を解き、さらに始めからし切り
直す。
ある時は立ったまま、ある時は芝生の上でのグラウンダーになって、繰り替えされ
た。
そのくりかえしは、二人がたっぷり汗をかくまで、くりかえされた。
「やっぱり先生にはかなわないなあ」
組み手が終わって、タオルで汗を拭きながら、将はそう感想を洩らした。
「なあに、”投げ”と”打ち”があれば、もう将君にはかないませんよ。
”決め”は経験だから」
飯田はそう答え、さらに続ける。
「しかし、強くなったですね、将君は。
泣きべそをかいてここへ来たのが、ついこの前のような気がするのに、今ではこんなに
立派になって」
将はいつものように聞き役にまわっている。
「そういえば和人くんはどうしましたか?元気にしてますか?」
「ええ、最近はずいぶんおとなしくなりましたよ。
以前は、先生から教えられた技で、随分派手にやりましたけどね。
そのおかげで先生には迷惑をかけたって、今は反省してますよ」
「よいよい、彼はあれでも決して、儀に反した事はしませんでした。
それにわたしは、どこの協会にも属さない身、圧力など関係ありません。
争いごとにすすんで加わるのは感心しませんが、自らを守るために修行するのだから、
教えた事は使えば良いのです。
スポーツとしての格闘技を否定する気はなく、むしろそれは健全な事です。
その流れから言えば、この家の流儀がなくなるのも当然でしょう」
「やはり、先生限りですか?」
将の質問に飯田は笑顔で答える。
「和人君と将君が、私の最後の弟子です。
あなたがたが継いでくれたらと思う時もありましたが、これも定めです」
「すいません」
「いいんですよ、そんな事は気にしないでも。
さて、この年寄りには、将君の相手は、正直荷が重くなってきました。
そろそろ戻りましょうか?」
「はい、先生」
蝉時雨の中の、将のある1日の出来事であった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−終わり
−−−−−−−−−−−後書き−−−−−−−−−−
実を言うと、私、格闘技には詳しくないんです(自爆)。
どのくらい詳しくないかと言うとですね。
この話の中に出てくる格闘術は柔道をベースに、その時々の優れた(?)格闘術を、
積極的に取り入れ、関節技や打撃系も考慮しながらできた実戦に即した格闘術。
と言うイメージなのです。
ですから彼らは、Tシャツで組むわけです。
ところが、柔道って、もともと打撃系もあったんですよね。
スポーツとなる過程で、危険な部分が削られていったわけです。
この話を書く時点では、知りませんでした(._.)。
まあ、それはそれとして、この話は、将の運動能力がどのようにして育てられたの
か? と言うことを表現したわけです。
いかがでしたでしょうか?
よろしければ、ご感想、批評などお聞かせ下さい。
それでは。
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