王女とトライアロー(11)
契約を交わし、ビリーはグレイススリックの警護を引き受けることになったのだが、
まず待っていたのは、細々とした実務的な手続だった。
例をあげると、プロパリアーの保管の問題だった。
契約条件の中で、保管料も報酬に加えられることになっていたが、プロパリアーの保
管場所は、国際宇宙港の外れも外れで、その移動だけでも意外と手間がかかった。
その上、ノービスには、「出番なしか?」と散々文句を言われる始末だった。
また、ビリーが使用許可を求めた「モノ」が、また厄介だった。
それはストラップがついた、背負うこともできる、強化プラスティック製のスーツケ
ースだった。
サバイバルキット。そうビリーは呼んでいたが、そんな程度ですむものではなかっ
た。
確かに、固形燃料や保存食、小型テントなどもあるのだが、組み立て式ライフルや小
型爆薬というような物までが収められており、先頭装備と言う表現のほうが実情にあっ
ているほどだ。
さらに、ビリーのスペーススーツが、また、とんでもないもので、見た目はごく普通
の宇宙用の作業服なのだが、巧妙に武器や爆弾などが仕込まれていたりして、服そのも
のが武器という感じあったりしたのだ。
「戦争でもするつもりか?」
事情を聴くために、ビリーの相手をしていたカークが、呆れたように、そう言ったほ
どだった。
本来、この国では、、銃器の所有自体が違法だった。
ビリーとしても、「ここまでしなくても」と思いたいのだが、エピクロス3の件を考
えると、とても楽観はできなかった。
結局、使用許可を得たのだが、使用には十分の配慮を。と言う但し書きがついた。
『使うと厄介なことになると言うことか』
許可自体が、英断ではあると思えるのだが、ビリーとしても、多少、気が滅入るとこ
ろであった。
ともかく、そう言った手続きが終わって、ビリーに最初に訪れた公式行事と言うの
が、「任官式」というものだった。
「なんじゃそりゃ?」
それをはじめて聞いた時、ビリーの口から出た感想だった。
それにカークが答える。ビリーは名目上、カークのパートナーと言うことになってい
たので、何かと言うと、彼が受け答える事が常になっていた。
「一族の長で、さらに組織のトップとなれば、部下全員の事をいちいち知ってるわけは
ないけれど、まったく知らないと言うわけにもいかない。
で、形式が必要と言うわけだ」
その任官式に向かう途中、カークがそう言った。
「形式…?」
「俺たちのような、王族直属の一等補佐官クラスが任命された時、王にお目通りがかな
うと言うわけだよ。
ビリーも形の上では、一等補佐官だからな。任官式をパスするわけにはいかない。と
言う事さ」
軽い口調でカークは事もなげに、言葉を続けた。
その任官式にはグレイススリックや、オジカ、ナビアも同行していたのだが、おかま
いなしだった。
もっとも、ほかの3人は慣れた風で、一切、意に介していなかった。カークというの
はそう言うキャラクターらしい。
だが、そこからほとんどビリーに耳うちする格好で、カークは声を潜めて言う。
「こう言う手順を踏まないと、変に目立つからな」
ただ、それだけ言った。ビリーは考えすぎだとは思いながらも、こんな考えが頭をよ
ぎった。
『どこに敵がいるか、わからない状態になっているのか?』
と。
任官式といっても、その名称から受ける印象とは、その内容は少しばかり違ったもの
だった。
王宮内の王の執務室につながる廊下で、壁に背を向け、グレイススリックの隣にビリ
ーが立つ。そして、その前を王が通るのを待つと言うものだった。
実務主義の形式主義が妥協したような、”式典”ではあった。
だが、儀式は儀式であるのは確実で、この国、いや王族を中心とした組織にあって
は、この任官式、すなわち、一等補佐官になると言うのは、ひとつの到達点だと言うこ
とが、ビリーには見て取れた。
と言うのは、他にも、この任官式に列席していたのが、もう一組あったのだ。
その任官を受けるとおぼしき人物の男性が、どう見ても、緊張の極みだった。一国
の、尊敬を集める王に会うのだ。それも当然なのかも知れない。
ビリーといえば、”臨時雇い”でもあり、王族に対して畏敬の念を抱いている訳でも
ない。だから、どうと言うことも無かった。
そんなビリーが気になったのは、その緊張しきった男の横に立つ、おそらく王族の一
人であろう、青年だった。
年齢で言えば、20代半ば、ビリーより、やや年下と言ったところか? 身長もビリ
ーと同じくらいだ。
ややウエーブした金色の髪が目を引く。華奢だがしまった体つきをしていたが、白い
肌と、つぶらな碧眼のせいか、やや女性的な印象も与えている。
その印象が、グレイススリックと重なる。
『ああ、そうか』
と、唐突にビリーは合点がいった。
前日、資料で調べた、グレイススリックの長兄、フライオネル・エドワースの三面映
像資料が、脳裏に蘇った。
状況や立場を考えれば、すぐに思い当たらなければならないはずだった。
『俺も、多少なりとも緊張しているのかな?』
などとビリーが考えた時、通路の端のドアが開いた。
「国王陛下が参りました。 各自、ご注意願います」
それは威圧的な口調ではなかったが、その場にいた面々は、その言葉により、いっせ
いに姿勢を正した。
通路の端、高層ビル内の上下移動のための設備、リフトウェイのドアが開き、ドルフ
ィナ首長国連邦、第十一代国王、フラオネル・プロムが姿をあらわした。
6名ほどの随行員を従えて、何ごとか会話を交わしながら、執務室、すなわちビリー
達のいる方へ歩いてくる。
身長そのものは、それほど高いほうではない。170cm程だろうか? ただ、背筋を
伸ばし、胸を張った姿勢は、それ以上に見えさせていた。
体つきも痩せすぎもせず、太りすぎもしていない、筋肉質のものだ。
髭などはなく、精悍な顔つきで壮年と言うには、若々しい印象だ。
エドワードの前を通りすぎる時、側近が、国王プロムに小声で伝えた。
プロムは、エドワードの脇に立つ、一等補佐官に任命された男に目を向け、軽く会釈
をした。さしずめ『よく責務を果せ』と言う意味だろうか?
そして、グレイススリックの前に来たところで、ビリーに向かって同様のしぐさをし
てみせた。
そして、そのまま執務室へと入って行く。
それが全行事だった。
「これで終わり?」
ビリーがカークにもらしたこの感想が、全てを物語っていた。
「だが、少なくとも、双方とも顔は知っている、と言うことになるだろ?」
そうカークが返した。
これがこの国の流儀なのだろう。ビリーとしても、慣れるしかない。
ビリーとカークがそんな会話をしていると、グレイススリックがしなやかな動作で
移動していく。
ビリーもそれにあわせて、背後につく。もう、契約は有効であり、気を抜くことは出
来ないのだ。
本来なら、前を歩きたいところだが、場所柄、そうもいかない。
他のカーク、オジカ、ナビアの3人も、グレイススリックを守るかのような位置でつ
いてくる。
エピクロス3でもそうだったが、補佐官と言うのは、万一の時のボディガードの役も
おっているのだと、契約時に知らされていた。
もちろん、専門ではないため、ビリーと契約を交わす事になった訳なのだが、それな
りに板についているのには、多少なりとも驚きを感じたものだった。
グレイススリックの歩く先に、フライオネル・エドワード王子がいた。
「お兄様。その後いかがですか?」
「まずまずだ。…そちらこそ、どうなってる?」
ビリーにとって、それはとても兄妹の会話とは、とても思えないものだった。
だが、それを口にする権利が無いと言うことは、彼自身判りきっていたことである
し、有り体に言えば、興味はさほどそそられない。「そういう家族もあるだろう」程度
にしか思えないでいた。
場所柄、危険の度合いは低いとは言え、辺りの事に注意を向けていたのだ。
エドワードも、複数の補佐官を引き連れていた。その人数は8名と、グレイススリッ
クよりかなり多い。
中にはどう見てもボディーガード専門と言う者もいて、同じ匂いを感じたのだろう
か、ビリーと目があった。
その目は、「ここでそれほど警戒しなくとも」と言う忠告と、軽い侮蔑の意味が含ま
れているように見えた。
『俺の勝手だろ』
と、ビリーはさして気にもとめなかった。
その時、グレイススリックとエドワードと言えば、耳元でささやくように会話をして
いたので、その内容までは聞き取れなかった。
いくつかの会話を交わし、何事かを確認して、二人は向き直った。
「叔父上が来ていた。42階においでになる。ご挨拶をしていくと良い」とエドワード
が言った。
「そうします」とグレイススリックが答えて、それぞれ反対の方向へと歩き出した。
当然、それぞれの補佐官もそれに従う。
オジカが、リフトウェイの時刻表を確かめながら、下りのゲートへと先導した。
その間、グレイススリック達一行は、終始無言であったのだが、リフトの到着を待つ
間に、グレイススリックが、ビリーに向かって口を開いた。
「妙な会話だと思いましたか?」
それが、先ほどのエドワードとの会話のことだというのは明白だった。
「そうですね。正直なところ」
「王家が、一度に揃うという機会が少ない上に、公の場ですから、どうしても、あのよ
うな会話になってしまうのです。
私たち自身、違和感を持ってはいるのですが」
ビリーには返答のしようがなかった。
今に限った事ではなく、警護の面や、不測の事態に備えて、王族が揃う事は少ないの
だと言うことが、その言葉から読み取れた。
グレイススリック本人が、どう思っているかは判らないが、どんな素晴らしい教育を
されていたとしても、さびしい思いを抱いている事は充分考えられる。
何しろ彼女は、まだ多感であろう17歳なのだ。
だからと言って、ビリーに何が言えるだろうか? また、それを言える権利も無い。
沈黙が、やや思い空気を生み出しながら、一向は下りのリフトウェイに乗り込んだ。
リフトウェイは、ビル内を縦に走る地下鉄と例えられる。時刻表もあるし、上下線が
あるのも同じだからだ。
王宮部分の41階から48階は、その下の階層とは分離しており、利用者数も少なく
なるため、旧来のエレベーター方式のほうが、コスト的には安上がりだった。が、効率
化の実験的な意味合いもあって、この方式が取られた。
屋上があれば、リフトウェイ方式から、エレベーター方式への転換は比較的容易だっ
たのだが、結果として効率が良かったので、転換は行われていない。
ドアが閉まり、下に向けて降り始めた時、予定表を見ながら、オジカが言った。
「移動のお時間を含めて、15分の予定でお願いいたします」
「わかりました。皆さんは、業務をお願いいたします」
グレイススリックの返事に、今度はビリーは反応した。
「俺、…自分は姫の警護に付かせていただきますが?」
「それが、ビリーさんのお勤めです。よろしくお願いいたします」
グレイススリックはそう答えた。
このリフトウェイは、46階、44階、41が停車階だった。
その44階で、カーク、オジカ、ナビアの3人が降りた。
「ビリー。報酬分は働いてもらうからな」
降りながらのカークの言葉に、内心『信用されたものだ』とビリーは思わずにはいら
れなかった。
発車のチャイムが鳴り、ドアが閉まるのを見届けた後、カークがオジカに言った。
「とは言うものの、姫のビリーに対する肩の入れようは、どういう事だ?」
「僕もそう思うよ。 公私混同に近いものがある。
確かに、調べた限り、ビリー氏の素性は確かだが…」
「おまけに、銀河警察局と、トライアロー協会のお墨付きときてる」
ため息と共に、カークがそう声を漏らす。
それに続けてオジカは、普段通りの口調で言った。
「我々としては、確かな理由がない以上、姫の決定には従わなければならないが、その
辺りを明らかにしたいという感情は、否定できないな」
その会話を聞き終え、きびすを返しながらナビアが苦笑混じりに言った。
「王宮のエリートも、乙女心に関しては、さすがに疎いらしいわね」
「ナビア。そりゃどう言う意味?」
カークの声に、振り向きながらナビアは答える。
「姫も、まだ17歳の女の子だと言う意味よ」
その意味はさすがに、カーク、オジカにも判る。
「まさか」
率直に声を出すカークに対し、口に手を当て、考え込むそぶりを見せるオジカだっ
た。
「高い塔に閉じ込められた姫様は、助けにきた騎士に恋をするものよ」
そんな二人に追い討ちを賭けるナビアだった。
グレイススリックに付き添う形で、ビリーは、フライオネル・ナイクと接見してい
た。
ナイクは、国王、プロムの弟になり、グレイススリックの叔父にあたる。
叔父と言うには年齢が若く、グレイススリックが「叔父様」と呼ぶ度に、気の毒な気
さえしてくる。なにしろ、ビリーといくつも変わらない。まだ30歳になったばかりだ
というのだから。
その容姿も、兄、プロムに通じるものがあり、雰囲気も似ている。
だが、そんな事は、取り立ててどうと言うことはない。ビリーにとっても重要な案件
がナイクの口から聞かされたのだ。
「急な話なのだが、先ほどの国王陛下との討議で、グレイスにはカイザルジュニアに行
ってもらう事となった。」
カイザルジュニアと言う単語は、ビリーにも聞き覚えはある。惑星改造中の第3惑星
の事だ。物流のニュースで知っていた。
だが、そこへ行く理由はという疑問は、グレイススリックが口にした。
「陛下のご決定とあれば、もちろん従いますが、今、この時期に出向く理由はなんなの
でしょうか?」
それに答える事に、ナイクはビリーに視線を向けながらためらった。その視線の意味
を察し、グレイススリックが補足した。
「ロウエル補佐官なら大丈夫です。今回の事情を踏まえて契約しましたので、お話下さ
って結構です」
そうか。という表情で、ナイクはうなずいた。
「カイザルジュニアに向かう、表向きの理由は視察だが…」
一旦言葉をためた。その続きがどんな類のものかは、ビリーにも判る。
「実は、事態が予断を許さない。と言う情報を入手したのだ。
最悪の事態に備えての、王族の分散が、その理由だ」
『テロ』
真っ先にビリーは思い浮かべた。どう考えても、それに類するものだろうという事は
明白だ。
そんなビリーに関して、ナイクが一つ気づいたようだった。
「ロウエル補佐官? 君か? エピクロス3でグレイスを救ってくれたと言うトライア
ローと言うのは?」
ビリーは視線で、発言の許可をグレイススリックに求めた。
右手でグレイススリックが促し、初めてビリーは口を開く。
「たいした事も出来ませんでしたが、妃殿下のお役に立てたかと思います。」
「良い仕事をしてくれた。私からも礼を言わせていただきたい。
ただ…。」
と言った後、ナイクがしばらく間を置いた。
「ただ、なんでしょうか?」
そのグレイススリックの言葉に、ナイクはうなずいてから続けた。
「その犯行グループのボイドファミリーも、単に利用されただけだというのだ。
巧妙に情報を横流しをされてな。」
「!?」
「”敵”は、相当用意周到で、なかなか尻尾を掴ませない。 ともすると、追い詰めら
れているのはこちらかも知れない。
そういう時期だからこそ、グレイスには当地に向かってもらうのだ。」
それを承知で契約をしたのだが、事態がここまで差し迫っていると言う実感が、ビリ
ーに押し寄せる。
それはグレイススリックも同じなのだろう。
「わかりました。直ちに、カイザルジュニアに向かいます」
全てに納得したかのような表情を浮かべ、凛とした響きでグレイススリックが答え
た。