王女とトライアロー(9)
垂直離着陸機は、ドルフィナの首都、ヘム=リオン市へ向かっていた。
人口120万人。広大な平野部に流れる二つ大河の、河口付近に開けた都市で、中
心部は、その大河にはさまれた、島のような部分に集中していた。
もっとも、地図の上では確かに半島だが、上流部に、二つの川を結ぶ運河が何本も
通っているので、実質的には島である。
『天然の要塞だな』
上空から見たビリーの脳裏に、そんな感想が浮かんだ。
航空戦力を除外すれば、確かにその通りだが、本人も判っているが、それはあまり、
現実的ではないだろう。
機内には、サリーも同乗していた。身元確認や面会理由、その質問事項などが、担当
の係員とやり取りされていた。
一方、ビリーも、予測通りに身体検査を受けた。
スーツケースの中身を調べた係員は、ビリーのスペースジャケットに、巧妙に仕込ま
れた武器類に、めまいのような物を感じていたようだった。
「これは、こちらでお預かりしておきます」
そのめまいの果てに、係員はそう言ったが、ビリーとしても、それは織り込み済みの
事だった。
「呼びだした理由は何?」
ビリーはそう聞いたが、「答えられる立場にありません」と拒否されてしまった。
垂直離着陸機での飛行は、正味15分程度であり、目的地にあっという間に到着して
しまった。
着陸のため、旋回している窓の下、光を浴び、輝く外壁を持った超高層タワービル
が見えた。
「あれが、王宮?」
そう言ったビリーの言葉は、もっともな物に違いない。
いくら、馴染みがないとはいっても、王宮という言葉から思い浮かべるイメージとい
うものがある。
「眼下に見えるビル群を総称して、フライオネルグループ本部総合庁舎と言います。
通称、ガラスの城。もっとも、外壁の素材はガラスではないのですが」
これには答えられる立場なのだろう。ビリーの言に対して、担当係官が、そう説明し
た。
「一番高いビルが、第4ビルで、地上230メートル。
他に、大小6棟のビルがあり、第4ビルの41階から、最上階48階が、王宮として
使用されています。」
「本社ビルが、王宮ってわけ。
こんな市街地のど真ん中にあって、警備に支障はないのですか?」
傍で聞いていたサリーが聞いた。仕事柄か、こう言った事が気になるらしい。
係員が答えようとした時、着陸体勢に入り、返事が一時途絶える。
着陸地点は、第4ビルの隣のビル、第1ビル屋上の、発着場だった。
姿勢が安定したため、係員が続けた。
「社会システムで、安全をはかる。過剰な防衛施設で、身を守るのは健全ではないと言
う考え方です。
もっとも、非常の際に備えて、迎撃システムも完備されています。
機密上、どう言うシステムかは申せませんが」
そう言う係員の口調は、自慢げな雰囲気が漂っていた。
係員が、そう言い終わるか終わらないかと言うタイミングで、垂直離着陸機は、屋上
に着陸した。
ドアが空くと、6名ほどのスーツ姿の男達が、出迎えていた。
ビリーには、その中の一人に、見覚えがあった。
オジカ・ケイジだった。
「ご足労をおかけいたしました。
一等補佐官、オジカ・ケイジです。
銀河連邦警察局、サリー・ホワイト捜査官でいらっしゃいますね」
そう言って、オジカはサリーに握手を求めた。
サリーがそれに答えた時、垂直離着陸機が上昇を始め、轟音の中での会話となる。
「サリー・ホワイトです! お手間を取らせます!」
「お連れの捜査官の方も、すでにお着きです!
係りの者が、ご案内いたします!!」
爆音と強風の中、叫ぶような声で会話を交わした。
二人の係員に案内され、サリーは屋上のエレベーターホールへと足を進めた。
そして、ビリーの方は、オジカがそのまま残り、相手をした。
そのころには、ジェット音も小さくなり、会話には不自由しなくなっていた。
「突然、お呼び出しして申し訳ございません」
「それは良いのですが、これからどちらへ?」
「ご案内します」
そう言うカークが案内したのは、第1ビルから、第4ビルへの連絡通路で、そこか
ら、王宮へ向かうリフトウェイに乗り込んだ。
41階でリフトウェイは止まる。
そこが王宮への入り口だった。
再度のボディーチェックを受け、王宮へのゲートをくぐる。
そこからは階上へは行かず、同じ階の、こじんまりとした会議室に通された。
ただ、部屋に備えられた調度品は、その手の知識に疎いビリーにも判るぐらい、一級
の物ばかりだった。
ビリーは席を勧められ、オジカがテーブルをはさんで正面に座る。
部屋には、彼ら二人だけとなっていた。
「で、仕事ってのは?」
そう言って、ビリーは切り出した。
オジカにとっても、雑談をするのは性に合わないのだろうか、戸惑いもなく、いきな
り用件に入る。逆にビリーの方が、面食らってしまったぐらいだ。
「姫の警護、護衛をしていただきたい」
簡潔にオジカは言ってのけた。
「俺の仕事、知ってる?」
「運び屋、トライアローです」
「じゃあ、それは俺がする仕事じゃないでしょ?」
無駄とは知りつつ、ビリーは抗弁してみた。
「契約上は、グレイスリック妃が無事に移動するための、補佐をしていただく事にな
ります。
これなら、旅客業務となり、問題は無いはずです」
さらりと、オジカは言ってのけた。
ビリーにも、それは想像がついていた。その程度の抜け道は、誰でも考えつく。
「俺に、そんな大役が、つとまると?」
「グレイススリック妃、そして同僚からの報告では、判断力、知識、 …戦闘能力。
いずれも水準を満たしていると言う事です。
それに、これです」
オジカが手元の資料を、ビリーに差し出した。
「現時点までに判明している、あなたの調査資料です。
トライアローの評価もA。
特筆するべき事に、ガルネイド大統領不正蓄財事件、いわゆる、獅子の嫡子事件で、
真相究明のための重要人物だった事。
その過程で、特殊部隊を、たった一人で壊滅させた事実には、驚愕せざるを得ませ
ん」
ビリーはその資料に、ざっと目を通したが、そこに記されている項目の正確さに、軽
いダメージを感じた。
わずかな時間で、これだけの調査がされるという事は、この国の諜報機関の優秀さ
を、充分感じさせた。
「しかし、一国の王家ともあろう者が、外部に警護の依頼をするかね?
そんなに人材不足?」
ビリーの言葉は、充分に皮肉の域に達していたが、オジカは動じる風でもない。
「本当に、必要で優秀な人材は、足りると言う事はありません。
それに今回に関しては、内部の者より、いっそ、外部に委託した方が安全と考えられ
たいきさつもあります」
最後の言葉に、ビリーの眉が、ピクリと反応した。
大きく深呼吸をした間の、沈黙をおいて、ビリーが声をカミソリのようにして、オジ
カに切りこんだ。
「では、その、いきさつって奴を、教えてもらわないとな」
その問いかけは、予測されていたのだろうか、手元から一枚の紙片を、ビリーに見せ
た。
「これに、サインしていただけますでしょうか?」
「これは?」
「誓約書です。この場で今からお話する事を、契約するしないに関わらず、決して、口
外しないという」
ビリーはこの段になって始めて、不機嫌な表情を浮かべた。
「心外だな。トライアローにだって、守秘義務ってもんがある。
口外して良いものかどうかの、判断ぐらい出来るさ」
「ここにお呼びした以上、信頼は当然しております。ただ、私としても、形式として、
ご署名していただけない段階で、これ以上、お話する権限を預かっておりません。
ご了承いただけないでしょうか?」
「それは、そっちの都合だろ?
俺には関係ない」
多少語気が荒くなった。
対するオジカは、あごに手を当てて、ぽそりと言った。
「困ったな」
だが、その口調は、全く困っていないようだった。
自分でも交渉下手だとは自覚しながらも、ビリーは落とし所を捜した。
「で、秘密は、墓に持っていくっていうのか?」
「 …いえ、われわれが、詳しい事情を明らかにするか、その事を強制できる立場に無
くなった時、までです」
あくまでも、冷静にオジカはそう言ったが、その口調と、選ばれた言葉とは裏腹に、
事態の深刻さをうかがわせた。
『たく、しょうがねえなあ』
厄介事に巻き込まれる危険より、好奇心が優先してしまうビリーだった。
奪い取るように誓約書を手元に寄せ、一気にサインを書きこんだ。
「これでいいんだろ?」
「はい」
誓約書を確認して、オジカは表情を引き締めた。
「うすうす、お察しの事とは思いますが、現在、王家に危険が及んでおります」
「姫が狙われたのは、その一端の表れか」
「まず、間違い無いでしょう」
「相手は宇宙賊?」
「我々の調査では…」
「国際犯罪となれば、一国の捜査機関では、足かせもついて、やりにくいか」
「はい」
「…ふーん」
緊迫した空気をさえぎるかのように、ビリーは気の抜けた返答をした。
そして、その口調のまま、さらに続けた。
「しっかし、判らないなあ。
そこまで調べがついてんなら、銀河警察局か、治安維持軍に申し出れば、捜査の方法
は、いくらでもあるし、護衛にしたって、要請をすれば、専門家がいるでしょう。
門外漢の俺の出る幕なんて、どこにもないじゃない」
ここまでは、確かに緊迫感の無い口調だったが、突然、顔つきが変わった。
「要するに、公にしたくない事情が、…あると?」
「その通りです」
そう答え、オジカはビリーの瞳を正面から見据えた。
「現在、宇宙賊と言う名前が、実情と多少異なっているという事は、ご存知ですね?」
ビリーは黙ってうなずいた。
宇宙賊、もしくは宙賊と呼ばれている集団は、宇宙開発当初からの存在であり、それ
は今もなお続いている。
だが、その形態は、時代に合わせるかのように、形を変えている。
その名の通り、旅客宇宙船や貨物便を襲い、略奪する行為も無くなっていないが、比
較した場合、その割合は大きくない。
現在では、その活動は経済活動に深く関わるようになり、非合法な経済活動を通し
て、一般市民までまきこむ、シンジケートと化している。
犯罪で得た資金を利用し、実態を隠し設立した企業に、何も知らない市民が、素性も
知らないまま、勤めると言う事態は、極端な話ではない。
そうなると、簡単に犯罪集団とする事は出来ず、それ故、事態は深刻さを極める。
当然、合法的な経済活動を行う事が可能となり、そこには企業買収や、吸収合併とい
った事も、当然含まれる。
「だからって、国家そのものとさえ言われる、この企業体が買収でもされるって言うの
かい?
ちょっと、考えられない話だね」
当然とも言えるビリーの感想に対して、オジカは、あえて何も応えないでいた。
『? なんだよ。その反応は』
そう思わずにはいられなかったビリーだが、自分でも寒気を覚える仮定に行き着
き、逆にオジカを見返した。
『試してんのかよ?』
ビリーは、内心では面白くなかったが、その仮定を口にした。
「内通している者がいる?」
声ではなく、うなずいて、肯定の意を表すオジカだった。
少し身を乗り出してから、オジカが続けた。
「事の性格上、ここから先の書類などは、作成しておりません。
全て、口頭のみとなります。
よろしいでしょうか?」
今度は、ビリーがうなずく番だった。
「現在、株式市場で、為替市場などに、正体不明の集団が、参入しております。
市場動向全体に、影響を及ぼすほどの規模で、です」
「それが宇宙賊につながっていると?」
「捜査中の段階ですが、その可能性は非常に高いと言えます。
ただ…。」
「ただ?」
「それだけなら、過去にも、例があります。
今回は、内部情報が漏れている形跡があるのです…」
オジカはさらに続けようとしたが、ビリーが右手でさえぎった。
「ああ、いい。
経済の事、説明されても、よく判らんから」
そして、大きなため息を漏らしてから、こう言った。
「要するに、この国も、一枚岩じゃ、ないって事だ?」
「はい」
「目的のためには、非合法な事もするし、悪い奴らと手も組む。そして、国さえ売りか
ねない。
そう言う人間がいる?」
「その通りです」
「…そりゃ、表ざたには出来ないわなぁ」
納得の口調でビリーがそう言った。
「エピクロス3の事件もあって、直接的な被害も考えられる。
護衛の必要性を考えるのも、無理はない。
付け加えるなら、誰が敵やら、味方やら判らない状況では、いっそ俺のような部外者
の方が、マシって判断だろ?」
皮肉をこめて言った、ビリーのこの言葉には、オジカも苦笑いを浮かべて答えた。
「その通りです」
この時点で、ビリーの腹は、ほとんど決まっていた。
ただ一つ、気になる点がある。
「最後に聞いてもいいかな?
俺が警護に加わるって件。あの姫様は、どこまで了承してしてるんだ?」
「どこまでもなにも、これはグレイスリック王女の指示です」
これは、まったく予想外だった。
しばらく声に詰まったビリーだが、やがて含みのある笑顔で答える。
「若いご婦人の、たってのご依頼とあっちゃ、断るわけにはいかないなあ」