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王女とトライアロー(8)



 プロパリアー内の、リビング兼食堂で、サリーはコーヒーカップを片手に、資料をま
とめていた。
 スーツの上着は着ておらず、ネクタイも外し、襟元も緩めている。さらにノーメイク
と言うこともあって、オフと言う印象が強い。
 しかも、朝の時間帯ともなれば、さらにその印象は強まる。
 そこへ、左右の手に、それぞれ一枚ずつの食器トレイを持ったビリーが、入ってき
た。
「できあいで悪いんだが、朝食」
「ありがと。ぜいたくは言わないわよ」
 カップを置き、スプーンに持ち替えながら、サリーが言った。
 彼女の正面に座りながら、ビリーが聞いた。
「朝っぱらから、仕事熱心な事だ。
 なんの資料?」
「あなたの証言の調書よ。ここに来たのは調査だから」
 身振り手振りを交えつつ、悪びれもせずサリーは言った。その調書を、ビリーに渡し
て付け加える。
「なんなら、見る?」
「捜査資料だろ? いいの?」
「全部、あなたの証言だもの。隠してもしょうがないでしょ」
「まあね」
 そう答え、朝食のライ麦パンのサンドイッチを口に入れながら、調書に目を通すビリ
ーに、サリーが釘を刺す。
「ただ、汚さないでね。公式資料なんだから」
「はいはい。判ってますって」
 多少、うんざりしたような苦笑いを浮かべて、ビリーがした返事を最後に、しばらく
の間、食事の音と、紙をめくる音だけが聞こえていた。
「ねえ?」
 その、しばしの沈黙を破ったのはサリーだった。
「あなたの知っている事って、それで全部?」
「どういう意味だよ? 俺が隠し事? 何の得があって?」
「そうじゃなくて、あなたが乗り込む前のことよ」
「ああ。そう言う事。
 言ったろ? 想像することは出来るし、まあ、そんな事だろうなとは思うけど、それ
じゃ、意味ないだろ?」
「やっぱり、直接聞くしかないか」
「嫌なの?」
「私、ああいう、お嬢って、好きになれないのよ」
 サリーの言葉に、ビリーは首を振って、苦笑いを浮かべた。
「なにがおかしいのよ?」
「いや。一度会ってみなって。印象、変るぜ」
「どういう意味?」
 サリーの質問に、ビリーが答えようと、口を開きかけた時、ノービスが端末モニター
から、会話に割り込んで来た。
「お取り込みのところ、申し訳ない。サリーに、映像通信が入ってるんだけど、通して
いいかね?」
「通信? 誰?」
「レオン・タイ捜査官から」
「レオンから? 通して」
「いいの? 捜査上の機密とかは?」
 それはノービスなりの気遣いだったが、サリーは素っ気なく答える。
「それなら、彼の方から一言あるはずよ」
「なるほど」
 妙に納得したような口調で、ノービスはそう言い、回線をつないだ。
 モニターに、レオンの姿が映った。
 そのレオンからの通信に、サリーだけではなく、側で聞いていたビリーも、「なに、
それ?」と声を出してしまうのだった。


 レオンが伝えてきた内容というのは、確かに意外なものではあった。
 王宮の業務開始と同時に、グレイススリックとの面会の催促を、レオンが求めたと事
が発端だった。
 グレイススリックの件で、事件処理の負担が増し、業務が滞っている、と言う説明と
同時に、王宮側の手際の悪さを謝罪され、一等補佐官が応対を始めた。
 ここからが、どうも妙な成り行きとなる。
 面会そのものは、問題もなく受理されたのだが、王宮側から、迎えの者が来るという
のだ。
 そんな話は聞いたことがない。
 裏に別の事情があると思えるのだが、名目上は、スケジュール管理の都合と、安全上
の問題。さらには、事前打ち合わせを、移動の際に行うため。と言うものだった。
 確かにおかしな話ではあるが、拒否すべき性格の条件ではない。
 ただ、それが今日の午前10時という早い時間帯と言うのは問題だが、やむを得ない
だろう。
 と、ここへ来て、サリーが一つの事に思い至った。
「ちょっと、待って。私はどうするの?」
 対するレオンの返事は、のんびりとした口調の物だった。
「あ、それはご心配なく。
 事情を説明したら、そちらに、別に向かってくれるそうです」
「事情を説明って、私がここにいる事、むこうに話したの!?」
 サリーの語気は、やや荒い物になっていたが、レオンは全く意に介さない。
「ええ、捜査目的のための滞在で、公務ですから」
 本気なのか、とぼけて言っているのか、判らないが、サリーとしては、言葉を返す事
が出来ない。
「一本取られたな」
 モニターから離れたところで聞いていたビリーが、冷やかすように言った。
『うるさいわね』
 とサリーは思う。面白くないという感情を押し殺し、レオンに確認した。
「じゃあ、王宮からのお迎えが、こっちに来るって訳ね? それもすぐに」
「そう言うことです」
 レオンは、あっさりとそう言ったが、ビリーの声が聞こえたのだろう。しばらく、躊
躇した後、こう切り出した。
「実は、どうも王宮サイドとしては、ロウエルさんに、関心があるようですよ」
「は? はあぁっ? 
 俺に?」
 前触れもなく、自分の名前が出てきた為、ビリーは面食らったように、間の抜けた返
答をしてしまった。
「まあ、これは、推理の範疇を出ないのですが、ロウエルさんの所だって言っただけな
のに、それ以上、聞いてこないんですよねえ。
 一民間人の名前を出して、それで終わりですか? おかしいじゃないですか」
 とぼけた表情をしているが、その洞察力に、ビリーはレオンに対する評価を、多少変
更する必要を感じた。
 それと同時に、別れ際に見せた、補佐官のカークの仕草の意味と、結びつくような思
いにとらわれるのだった。
 そのビリーの心情を、知ってか知らずか、レオンは続ける。
「だとすると、王宮内で、ロウエルさんの存在が知られている。と見るべきでしょう。
  ・・・それが、どういう意味なのかは、僕には判りませんが・・・ 。
 ともかく、伝言という形で、必要事項をお伝えしました。
 こっちも、準備があるんで、いいですか? サリーさん?」
「ええ。判ったわ。王宮で会いましょう 
「了解です」
 と、レオンは言って、通信は切れた。
「迎えに来るって、どういう事かしら?」
 通信が切れた後、サリーがビリーに聞いた。おそらく、一番、特異な要素であること
は、ビリーとサリー、二人の認識で一致していた。
「考えられるのは、グレイスが分単位で行動してるって事かな?
 来客が遅れたり、早く着いたりすると、対応に手数を取られることになる。
 だったら、最初から、自分のスタッフを迎えに行かせれば、能率がいいと考えたんじ
ゃないか?
 人員は必要以上にかかるが、計算はしやすい」
 その辺りの推理は、サリーもだいたい同じだが、彼女が気になったのは、推理そのも
のより、その中で使われた名称だった。
『グレイスって、何よ?』
 仮にも、王族であるグレイススリックを、愛称で呼ぶという事に、かなりの違和感を
覚えたのだ。
 そのあたりの事を、追及したいと思ったのだが、それは成らなかった。
 今度は、ビリー宛てに、映像通信が入ったのだ。
 案の定と言うべきか、それは王宮からのものだった。
 もはや、ばれているのは確かなのだが、サリーはモニターカメラの視界から外れた位
置に立つ。その上で、通信回路を開く。
「おはようございます」
 モニターの向こうから、そう切り出したのは、知らない顔ではない。 昨日、会った
ばかりの、グレイススリック付き一等補佐官、オジカ・ケイジだった。
「普通、官公庁の始業前でしょ?
 こんな時間に、何のご用です?」
 予想していた事態なのだが、ビリーはわざととぼけた口調で、そう聞いた。
「実は、緊急の業務を依頼したく、誠に勝手ながら、ご連絡さし上げたしだいです」
「緊急の業務・・・ 、お仕事の話?」
「はい。私どもの王宮にて、詳しい内容についてお話しいたします。
 ご都合がよろしいようでしたら、こちらから迎えの者を行かせます」
『ここでも、お迎えか』
 そんな考えが、頭をよぎった。サリーと状況が同じなのだ。
 仕事の内容にもよるが、もう関わり合いになるのは、遠慮したいと思ってはいるが、
その反面、興味をそそられるというのも事実だ。
 ともかく、様子を探る意味もあり、ビリーは一応の難色を示した。
「うーん。今日は休みにしようと思っていたんですよ。
 ちょっと、難しいかもしれませんね」
 断定形にはせずに、付け入る隙を見せてみた。これを相手がついてくるかどうかで、
自分をどう評価しているかがうかがえる。
 画面の向こう、オジカの返答が返ってくる。
「そこを押して、お願いいたします。
 と言うのも、この依頼の適任者は、ロウエルさん、あなた以外に考えられないので
す。」
『君にしか出来ない。か。
 交渉時の、最大の殺し文句だな』
 うがった感想をビリーは思い浮かべたが、当然、口にするはずもない。
「まあ、いいでしょう。お話だけでも伺います」
 ビリーがそう答えると、オジカはホッとしたような笑顔を浮かべたが、その中に、
多少の不満か不平を感じたのは、ビリーの気のせいなのかもしれない。
「さっそく迎えの者を、そちらに向かわせます」
 と、ここまでは本当に事務的な口調で言ったオジカだったが、この後が、少しばかり
違った。
 一言加えたのだ。
「捜査の為に、サリー・ホワイト捜査官が、そちらにいらっしゃると聞き及びました。
 一緒に来ていただく事になりますが、よろしいですね?」
 何か言い返そうとして、やめたビリーと、右手を顔に当て、うつむくサリーが、その
言葉の意味を表していた。



 迎えは垂直離着陸機(VTOL)でやってきた。
 小型機専用の駐機スポットから、空港所有の公用車が、プロパリアーの前に到着し
た。
 搭乗口で、アタッシュケースの中の書類を確かめていたサリーは、そこにやって来た
ビリーの姿に、好意的な声を上げた。
「似合ってるよ」
「そりゃ、どうも」
 ビリーは、サリーには見慣れぬビジネススーツを着込んでいた。
「でも、なんで?」
「王宮って、火器類の持ち込みは禁止だろ?
 いつものジャケットじゃ、着替えた方が早い」
 よく考えると、かなり危険な事をビリーは言った。
「で、そのジャケットは?」
 そう聞かれたビリーは、手にしていたスーツケースを、目線の高さに上げてみせた。
「持っていくわけ?」
 多少の非難の意味を込めたサリーに、ビリーは答える。
「なるべく身近にないと、不安なんだよ」
 本気かどうかは判らないが、そう言って公用車に乗り込んだ。



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