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王女とトライアロー(7)



 ドルフィナ首長国連邦。人口4億3千6百万人。優れた工業産業で、トップクラスの
国力を持つ。
 主星は第二惑星、カイザル。首都はヘム=リオン市。
 首長国と称しているが、政治形態は議会制民主主義をとっている。
 この国の特徴は、なんと言っても、王族の存在である。
 王族が存在している国というのは、少数ではあるが、決して希有なことではない。
 ただ、それは有史以前、ほとんど神話の世界からつながる王家であったり、文化遺産
として残されていると言うケースや、国家として、認められていない辺境の地域で、ほ
ぼ、"勝手に"名乗っている。と言った具合で、国家の主権者である事例はない。
 ドルフィナ首長国連邦でも、主権は国民にある。が、実権を持った王族、と言う点
で、その他の王族とは一線を画している。
 これを説明するには、この国、並びに銀河連邦の歴史を、簡単にさかのぼる事が、必
要となって来る。
 一世紀ほど前の事、全世界を揺るがすエネルギー危機が訪れる。
 通称「ルシファーショック」。
 これにより各国の経済事情は一変し、急激な経済危機が各国を襲った。
 経済が、がたがたになった国々の間では、紛争が起きたり、坂道を転がるように、
内情不安に陥る地域が続出した。
 そんな中でも、素早い確実な対応で、それを切り抜けた国がいくつかあった。
 ドルフィナ首長国連邦も、その内の一つだ。
 当初は激動の波に洗われていたが、一人の指導者が現れてから、状況は一変する。
 それが王族、フライオネル家の始祖となるフライオネル・ケンファーである。
 ケンファーは、強力な指導力と、ややもすると強引な手法で、政治と経済を一つにま
とめ、その危機を乗り越えていった。
 極端な言い方をすれば、経済構造が一本化され、政府の直轄下に収まっていた、とな
る。
 その頃を揶揄して、「一時的な社会主義状態」とさえ呼ばれている。
 言ってしまえば、ケンファーは独裁者なのだ。ケンファー自身は、言論を封じ込める
ような事はしなかったが、社会的に、それを言いにくい風潮があった。
 独裁者であると同時に、国家的英雄でもあったのだ。
 だが、歴史から見れば、良心的な権力者が、犯罪者的な独裁者へと変貌した例は、数
え切れない。
 それを危惧する者は、決して少数ではなかった。
 緊急避難的な意味で、それを受け入れていた者達も、経済が安定してくると、さすが
に黙ってはいられなくなる。
 世論としても、そんな雰囲気を感じ始めた頃だった。
 議会で、急進派と呼ばれる議員たちから、そう言った意見が出始めた。
 ここからが、ケンファーという男の、異色な所だった。
 政治の表舞台から、一気に身を引いたのだ。そして、今後、政治活動を行わないと宣
言してしまった。
 そうなると、ケンファーを独裁者とする追及の芽が、摘み取られた形となる。
 ほぼ、国家そのものと言える、とてつもない資産、財産をケンファーは保有していた
が、それまで国家に返却しろとは、急進派とても言えなかった。
 さらに、その資産を、適度に分散し、自分の"取り分"を減らしていったために、その
姿勢を支持する国民は、非常に高かった。
 ケンファーは、そう言ったバランス感覚が、抜群に優れていたのだ。
 彼は、名より実を取る道を選んだのだが、それが、名誉を守る事ともなった。
 直系の子孫は、政治に介入しないことを宣言し、それが受け入れられると、逆に、賞
賛の声が大きくなった。
 驚くべき事に、その過程で、ケンファーを王とする"法律"が、国民投票で可決された
のだ。後に「宴の投票」と呼ばれる選挙だった。
 確かに比類する者のない大富豪ではあるが、政治的に見れば、巨大企業グループの
オーナーに過ぎない。
 それを王としてしまう事には、もちろん、様々な意見が出た。率直に尊敬の対象とし
て、賛成したものもいるだろうし、政治的影響を排除できれば、と言う考えもあっただ
ろう。その時点で、フライオネル家は、実質的に王族のようなものだったので、それを
事後承認するだけだ。と公言する者もいた。
 つまるところ、そういう時代だった。としか言いようがない。
 ともかく、政治的には関与しない。だが、その意向を無視しては国家が成り立たない
という、誠に奇妙とも言える王家が、こうして誕生したのだった。
 時は流れ、減少はしてきたが、依然、桁はずれの資産を持ち、国民から尊敬の念を集
めつつ、フライオネル家は11代目となっていた。
 11代目の王の名は、フライオネル・プロム。グレイススリックの実の父親となる。


「なるほどね。ひとつ勉強になったよ」
 ノービスがまとめた、ドルフィナ首長国連邦の資料に目を通した直後の、ビリーの感
想だった。
 ドルフィナに王族が存在する事は、なんとなくではあるが知っていたが、その成り立
ちについては、知識として完全に抜け落ちていた。
 ビリーにとっては、特に知っておくべき情報、と言うわけではなかったのだ。
 プロパリアーは主星、カイザルへの大気圏突入を果たし、首都ヘム=リオン市にもっ
とも近い宇宙港、ヘイワード=グッデン総合空港へと向かっていた。
 結局、グレイススリック達は、操縦室の入る事はなく、ビリーは、いつもの手順、い
つもの雰囲気で、着陸する事となった。
 着陸して、いつもの通り、管制塔の誘導で貨物専用の駐機スポットに入る。
 だが、ここからは、いつも通り、という訳にはいかなかった。
 プロパリアーの到着を待ちかねたかのように、黒塗りのリムジンが4台。プロパリア
ーの乗降口に横付けされたのだ。
 ビリーにとって、全く初めての事態だった。
 やがて、乗降口のモニターカメラが、数人の軍服姿の男女を映し出した。
 カメラに向かって、代表となって、一人の男が敬礼をし、こう言った。
「王族警備隊所属。ピエール・ザーリッシュ中佐と申します。
 乗船許可を申請します」
 ビリーの知識の上では、中佐という階級では、若い方だろうと分類される。肩幅はし
っかりとしており、いかにも軍人と言う印象があった。
 見事に焼けた肌に、大きめの目がかなり目立つ。
 ザーリッシュは、カード状の身分証明証を、乗降口脇の読み取り機に通す。
 結果は見るまでもない。
 ビリーはマイクを通して答える。
「今、そちらに行きます。しばらくお待ちください」
 そう言って立ち上がったビリーに、冷やかすような口調でノービスが言った。
「大層な、お出迎えですな」
 何か言い返そうとしたビリーだが、気のきいた返事が思い浮かばず、苦笑いをして、
肩をすくめた。
 そんなビリーが、"階下"に降りるために、エレベーターの前まで行くと、階段を上が
ってきたカークと出くわした。
「迎えの者が来るはずなのだが」
 開口一番、カークがこう聞いた。
 エレベーターのドアが開き、ビリーが乗り込むと、当然のようにカークも乗り込んで
来た。
 『なんの用?』とビリーは思うのだが、それは口には出さない。カークの質問に答え
ると同時に、聞きたい事があった。
「ピエール・ザーリッシュ中佐というお方が、迎えに来てるよ」
 その名前が出た瞬間、カークの顔色が曇る。
「知ってる人?」
「姫の護衛の、直接の責任者だよ。
 俺、あの人苦手なんだよなあ。いかにも軍官僚のエリートって感じで・・・」
 『自分だって、エリートじゃないのか?』とビリーは思ったのだが、これも口にはし
ない。
「じゃあ、逃げる? 会いたくないんだろ?」
「いや。そうもいかんのよ。これもお役目でね」
 カークはそう言って、ビリーの後についていった。
 乗降口としているのは、地上に近い部分にあるエアロックである。
 そのエアロックのドアを開くと、警備隊の面々がザーリッシュを頭にして、きれいに
横に整列していた。
 ザーリッシュが、敬礼を施すと、つられてビリーも敬礼を返したのだが、「あ」と気
づいて右手を下ろす。
 その姿を見て、ザーリッシュは『軍隊上がりか』と言うような表情を一瞬見せ、腕を
下ろした。
「この度は、ご協力いただき、お礼申し上げます」
「いえ、ただ契約に従ったまでです。礼には及びません。
 乗船許可とは、一体どういう事です?」
「は。
 グレイススリック妃殿下の警護の引き継ぎを行いたく、ザーリッシュ以下、6名の乗
船許可を求めるものであります」
「そう言うことでしたら・・・」
 と言ってビリーはカークに目を向ける。
 カークは無言で顎をやや傾け、「しょうがないだろ」とでも言いたげな表情でビリー
に答えた。
「ご案内します」
 ビリーがそう言って先頭に立ち、カークが続いた。
 そのカークに向かって、ザーリッシュがこう言った。
「オライオン君。今回は、妃殿下をお守りになっての、大奮闘だと聞いている。
 ご苦労でしたな」
 それは誰がどう聞いても、皮肉たっぷりなものだったが、カークも動じることなく答
える。
「は! 中佐殿に、そのように評価いただき、大変恐縮であります」
 カークも負けず劣らずだった。
 肩越しにカークの表情をかいま見ると、苦虫をかみつぶしたような表情が見て取れ
た。
『たいした心臓だよ』
 ビリーは、内心で肩をすくめた。
 与えられた部屋の前で、グレイススリックは、ザーリッシュを出迎えた。
「妃殿下。ご無事で何よりです」
「ご心配をおかけいたしました。やはり、中佐のような方がいらっしゃらないと、心細
い思いをします」
 そんなグレイススリックの受け答えを見たビリーは、その表情の変化に驚きを隠せな
かった。
『今、姫の顔になった』
 今まで、プロパリアーの中で見せていた表情と、今の表情の違いに、ビリーは驚きと
共に感心してしまった。
 その後は、ビリーには全く見ているだけという状態だった。
 手際よく下船処理が行われ、あっと言う間にその準備が整ってしまい、グレイススリ
ックがプロパリアーから降りる事となった。
 見送るために、ビリーも、リムジンの前までついて行った。
 移動の際に、ビリーは一言も口を開くことはなかったのだが、リムジンに乗り込む間
際、グレイススリックがビリーに向かって声をかけた。
「お世話になりました。ありがとうございました」
「いえ。こちらこそ、"妃殿下"とご同行でき、光栄です」
「こちらにご滞在のご予定は?」
 指向を変えたグレイススリックの質問に、一瞬ビリーは戸惑いを見せたが、質問その
ものには的確に答えた。
「休暇とはいきませんが、一日、二日ぐらいはのんびりする予定です」
「そうですか。ごゆっくりしていってください」
 そう言って、グレイススリックは後部ドアから乗り込んでいった。
 その直後、ビリーは肩を二度、たたかれた。その方向に視線を向ける。その人物はカ
ークだった。
 カークは右手を固めて親指を立てて見せる。そして片目をつぶり、ニヤッと笑った。
 だが、その笑みに、何事かは、感じることが出来る、いや、感じ取ってしまったビリ
ーだった。


 とにもかくにも、グレイススリック達を見送り、無事、契約を終える事が出来た。
 本来なら、次の仕事に取りかかろう、という所なのだが、今回は、いつもと違う、空
虚な時間をビリーは過ごしていた。
 一応、空港貨物ターミナルの出荷貨物のチェックを、ノービスには指示したものの、
仕事に身が入っているとは、ビリー自身にも思えなかった。
「驚いたよなあ。まるでスイッチを切り換えるように、お姫様の顔になるんだから。
 あれが王族というもんかね?」
 自室のベッドに横たわりながら、ビリーはノービスに語りかけたが、対するノービス
の言葉はつれないものだった。
「あのねえ。終わった仕事に、いつまで感傷に浸ってるの?
 気が抜けちゃったのかよ?」
「うう…」
 反論が出来なかった。
 確かに、集中力と言うものがない。肩の荷が降りた。と言うような状態なのだろう
か、とも思う。
 なんにしても、これではどうしようもないので、グレイススリックに言った通り、骨
休みにでもしようかと思った矢先、空港管理事務所から、ビリーに来客があるという通
信が入った。
 ターミナルロビーにて、面会を希望していると言う内容の通信文を、ノービスが読み
上げていったのだが、その来訪者の名前のところで、ノービスの声が止まった。
「なに? どうしたの?」
 そう言うビリーの問いに、ノービスは答えず、その通信文をモニターに直接、表示し
た。
「なんだよ、まったく。
 何を、もったいつけて…。」
 と言ったビリーも、その言葉が途切れた。その代わりに出た言葉がこれだった。
「嘘だろ? 本当かよ?」


 ビリーがターミナルロビーの指定の場所にやってきたのは、それから30分ほどだっ
た。寄り道をしていたわけではなく、徒歩で移動するには宇宙港は広すぎるのだ。
 指定の場所は、ロビーの中に開放された、カフェスタイルのレストランだった。
「遅いわよ! 何してたの!?」
 そんなビリーを迎えたのが、この言葉だった。
 発したのは、ウェーブした赤い髪を持つ、女性だった。
 年齢は、ビリーと同じぐらいだ。
 切れ長の瞳に、すっきりとした鼻筋、なだらかな輪郭を持ち、素肌は透けるように白
い。
 充分、美人の範疇に入る。
 スカートタイプのビジネススーツに身を包んだ彼女は、椅子から立ちあがり、ビリー
を責めた。
 ビリーも負けてはいない。
「あのなあ、サリー。前触れもなく呼び出しといて、遅いはないだろう?
 だいたい、なんでこの国にいる? なぜ、俺がここにいる事を知ってる?」
「なぜもなにも、また、あなたが絡んだ事件を、担当するように命令されたからよ」
 その答を聞いて、ビリーは意外な思いをしたが、同時に、事態が飲み込めた
 その時になってようやく、ビリーが、サリーと呼んだ女性の横に立っている、20歳
そこそこの若い男の存在に気がついた。
『誰だ?』
 そう考えたビリーの心理を見ぬいたように、その男が口を開いた。
「サリー・ホワイト捜査官とコンビを組んでいる。レオン・タイです。
 はじめまして。
 お噂はかねがね、ホワイト捜査官から伺っております」
 そう言って握手を求めた。捜査官と言うより、高校生というような印象がある。
 握手を交わしたビリーは、レオンにではなく、サリーに聞いた。
「噂? どうせ、ろくでもない事、話したんだろ?」
「ま、そんなところね」
 サリーがそう答えると、ビリーは面白くもなさそうに首を振った。
 3人は、そのまま席に座り、本題に入った。
「で、事件って、エピクロス3の事?」
 ビリーが、そう切り出した。
 サリーが答える。
「そう。多国籍に関わる事件だから、銀河警察局に、事件の捜査が回ってきたのよ」
「それじゃ、グレイス、グレイススリック王女にも、事情聴取するわけ?」
 コーヒーを飲みながら、ビリーが言った。
「もちろん、そのつもりだけど、面会予約がさすがに取れなくて…
 で、とりあえず先に、ここに来たのよ」
「で、何を聞きたいの? 知ってる事は、全部しゃべったぜ?」
「同じ事を聞くってのは、あなたも経験上、知っているでしょ?」
 そう言ってサリーは、小悪魔的な笑顔を浮かべた。この時、レオンは一言も発せず、
サンドイッチを頬張りながら、二人の会話に聞き入っていた。
「他の捜査官は?」
「とりあえず、この国には、私達、二人だけ。
 あれだけの大事件だからね、局は大騒ぎなの」
「ふーん。なるほどねえ」
 納得のいった表情を、ビリーは浮かべたが、それを見たサリーは、思いだしたよう
に、その点を追求した。
「ちょっと待って。なんで、あなたが聞くのよ?
 質問したいのは、こっちなのよ?」
 だが、ビリーは全く動じない。
「そりゃ、知っている事は話すけど、ここで?」
 そう言われて、サリーとレオンはあたりを見まわす。食事を取る人。休憩を取る人。
はたまた、往来を行き来する人々。数えるのも困難な人数の人々が行きかい、捜査上の
証言を取るにふさわしい場所とは思えない。
 困ったように髪をかき上げたサリーは、一つの考えに行きついた。
 ビリーにではなく、レオンに視線を向けて言った。
「悪いけど、ホテルには一人で行ってくれる?
 王宮からの返答が、来てるかも知れないし、来てなかったら、催促してほしいの」
「それはいいですけど、サリーさんは?」
「私は、ここで事情聴取していくわ。
 彼の船でね」
「なにぃ!」
 ビリーはそう叫んでしまい、回りの客から、冷徹な視線を浴びる。
「いいでしょ? そうすれば、朝まで、たっぷり時間はあるし、周りに人もいないじゃ
ない」
『そう言う問題じゃないだろうに』
 とビリーは思うのだが、レオンはと言うと、妙に納得いったような表情を浮かべてい
る。
「それって、公私混同って言わない」
「現場の判断の範疇よ」
 ビリーの抵抗も、あっさりと跳ね返されてしまった。
『まいったな、どうも』
 口にこそ出さないが、ビリーはそう考えていた。
 もっとも、断れば済む事なのに、それをしない、ビリーもビリーではある。


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