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王女とトライアロー(4)



 心配そうな表情のナビアが、ビリーを見つめる。その場にいた乗務員もまた、同様だ
った。
 一方、余裕の表情を浮かべているのは"大尉"だった。
「一番最初の救助が、俺達というのは、てめえにとっての不運だよ」
 そう言う"大尉"に、苦々しい表情でビリーが答える。
「治安維持軍の初動の遅さには、いつものことながら、困りものだ」
「いずれ、仲間が踏み込んで来る。
 形勢逆転だな」
「そうだな」
 面白くもなさそうな表情で、ビリーは答え、"大尉"に向き直る。
「最後に一つ、あんたの名前と、ボスの名前ってやつを教えてもらえるかな?」
「俺の名はリオ。ボスはボイド。
 ボイド・ファミリーだ」
 それを聞き終わると、打って変わったように、ビリーが不敵な笑顔を浮かべた。
「そうかい。
 やっぱり、あんた、甘いよ」
 その言葉の意味を、その言葉を聞いた者全員、理解できないでいた。
 だからと言って、説明をするはずもなく、通信機に取り付いたビリーは、無線コード
を合わせると、マイクに向かって言った。
「ノービス、行け」
 短い命令口調のその言葉だけでは、なにがあるのか想像するのは難しい。
 映像モニターには、近づいてくる宇宙賊の戦闘艦が映っているのみだった。その映像
を見つめるビリーにつられるように、多くの者が映像モニターを見ていた。
 その戦闘艦の動きに、微妙な変化が見えた。ビリーが短く、つぶやく。
「遅いよ」
 その言葉の直後、戦闘艦に火柱が突き刺さる。
「ブラスター!?」
 誰からともなく、そんな声が上がる。
 さらに攻撃が続いていく。その攻撃の最中、プロパリアーが戦闘艦に急接近し、離脱
していった。
「俺の船を、円周軌道で加速、待機させていた。
 そこから、一撃離脱の攻撃を加える」
 ビリーが、その光景の説明を、わざわざ加えた。
 リオに、その状況が理解できないはずはないのだが、戦意を削ぐ意図で、故意に口に
したのだった。
 先ほどまでの、ビリーの面白くもなさそうな表情が、今はリオのものになっていた。
「中に人間がいれば、耐えきれないほど加速度で移動されれば、迎撃は難しい」
 苦々しい口調まで移動して、リオがそう言った。
 彼がそうなってしまうのも無理はない。援護となるはずの戦闘艦は、大破とまでは言
えないが、動力部への損害は明白であり、戦力の低下は明らかだった。
「Sフィールドも展開しない。MF粒子も散布しない。周辺警戒も怠っていた。では、
うかつとしか言いようがないな」
 事実は、全くビリーの言う通りなので、リオとしては、仲間のドジを恨めしく思うほ
かない。
 ビリーに、通常航行推進動力の復旧が告げられた。
「大至急、現宙域からの離脱を!
 敵さんの動きが、完全に止まったわけではないが、この状況なら逃げられるはずだか
らな」
 だからと言って、宇宙賊の戦闘艦が、だまってそれを見過ごす訳はない。
 砲台から放たれるブラスターが、エピクロス3に襲いかかる。
 同時に通信文が停船を命じてくる。
「脅しだよ。
 はなから有効射程外だ。
 当たったとしても、収束力が弱くて、話にならない」
 動揺する船内を静めるように、落ち着いた声でビリーは言った。それは功を奏した
が、半分は嘘だ。
 射程外と言う事は事実だが、防御手段のない客船で、直撃を受ければ、ただで済むは
ずがない。
 プロパリアーで攻撃したいが、一撃目こそ、奇襲と言う形で上手くいったが、警戒さ
れている今では、そうはいかないだろう。
 乗務員も回避行動をとっているが、ビリーの目からすれば、エピクロス3の動きは亀
といい勝負に思える。
 「運頼み」と言う単語が、ビリーの脳裏を駆けめぐったその時、別の方向から、ブラ
スターの火線が貫かれた。明らかな威嚇出力も段違いなのは、
明らかだった。
 新手かと思ったが、音声通信が入電し、それを否定した。
「こちらは、銀河連合治安維持部隊。第9方面軍、第7艦隊。戦艦ローズマリー。
 ただちに戦闘を中止し、停船されたし、繰り返す・・・」
「治安維持軍だ」
「助かった!」
 歓声があがるブリッジの中、ビリーは大きなため息を漏らす。
『助かったよ。ホントに』
 宇宙賊の戦闘艦は、見るからに慌てて転進し、逃走をはかるが、戦艦ローズマリーの
僚艦2隻がその後を追う。
 そしてローズマリーが、エピクロス3と接舷する。
 治安維持軍の到着で、ブリッジ、いや、それが伝えられた船内に、安堵の空気が広が
る。
 その雰囲気とは対象的なリオが、ビリーの意識と視界の中に映った。
 なぜか申し訳なさそうな口調で、ビリーは言った。
「こうなっては、治安維持軍に引き渡すしかない。
 さすがに、あんた達を開放する時間の余裕はないんでね」
「後悔するぞ」
「おい。恨みっこなし、後腐れなし、だろうが」
「あの王女に関わった事を。だよ」
「どういうことだ?」
 だが、そのビリーの質問に、リオはまともに答えようとはしなかった。
 ただ、「このまま関わっていくのなら、そのうちわかる」と答えるのみだった。



「ナビア!」
「姫様。ご無事で」
 戦艦ローズマリーの艦内で、グレイススリックとカーク、そしてナビアの3人は再会
を果たした。
 場所は、10人程度が定員となる会議室だった。
 ブリッジで拘束されていた宇宙賊達は、そのまま引き渡され、エピクロス3の船内に
残っていたその他の者達も、状況が伝えられると、そのままおとなしく投降していた。
 彼らは艦内の営倉に収監される事になった。逃走した戦闘艦も降伏し、事件そのもの
は収束を迎えていた。
 ただ、乗員乗客は、身元確認と事情聴取のため、一旦、ローズマリーに移乗する事と
なった。
 グレイススリック、カーク、そしてナビアの3名は、その地位と立場上、他の乗客と
区別され、ここに案内されたのだった。
「いち早く異変に気がついた、君のおかげだ」
 カークが、ナビアの功績に賞賛を送ったが、彼女は否定した。
「いえ、功労者は、あのトライアローの方でしょう」
 そう言われた本人、ビリーはこの場にはいない。
「ビリーさんは?」
 そうたずねるグレイススリックに、「実は」とナビアが答える。
 そのビリーは、全く別の場所にいた。
 しかも、3人とは扱いが全く違う。
『なんで俺が犯人扱い?』
 その状況をビリーは心の中で毒づいた。
 屈強な兵士二人に ”護衛”され、ビリーが連れて来られたのは、どうひいき目で見
ても取調べ室以外の、何物でもない部屋だった。
「乗客名簿に名前がないあなたが、どうして、エピクロス3の船内にいたか?」
 ビリーの正面に座る、”取り調べ”係の下士官が、あくまでも事務的な口調で言った
言葉が始まりだった。
「救難信号を受けて駆け付けた」
と言うビリーの主張にも、「この航路から外れたところに、なぜいたか?」と返され
る。
 依頼の件を伝え、プロパリアーの航路記録を調べろと、ビリーは言うのだが、「調査
中」の一点張り。
 一番の問題は、ビリーの武装の点だった。
「救助にしては大げさすぎる」
 と言う事で、この点は、ビリーとしても、用心のためとは言え、否定はし難い。
 要するに、宇宙賊と”グル”と思われているのだ。
 表情には出さないものの、ビリーとしては、しかめっ面と苦笑いを同時に浮かべたい
心境だった。


 グレイススリック、カーク、ナビアの3人は、会議室で椅子に座って、話し合いの場
を持っていた。
 作戦説明に使うモニターを背に、一番奥まった椅子にグレイススリックが座り、カー
ク、ナビアがその前に並ぶように座っていた。
「そうですか」
 ナビアから、ビリーの”窮状”を聞いた、グレイススリックの感想だった。
 ビリーに救われた事は確かだが、治安維持軍が持つ嫌疑も、判りはする。
 個人的には、ビリーの事を証言する事に異存はないが、自分の立場で物を言えば、不
都合な事がおきかねない。
 それを自覚しつつ、グレイススリックはカークにたずねた。
「カーク」
「は」
「私が、ビリーさんを助けるような言動。つまり働きかけは出来るでしょうか?」
 その意味は、カークにもナビアにも理解が出来る。二人は顔を見合わせ、問いかけら
れたカークが、その問いに返す。
「もちろん、正確で客観的な証言だけで、ロウエル氏の身柄を拘束する理由はなくなる
でしょう。
 私としても、それは賛成できます。
 ただ・・・」
「ただ?」
「・・・一つ間違えると、捜査への介入、と、取られかねません。
 個人的には、姫のお考えに賛成できますが、補佐官としては、時期を見極めるべきか
と思います。
 ロウエル氏には苦労をおかけしますが、彼の潔白は状況証拠が証明してくれるでしょ
う」
 思いつめるような表情でカークはそう言ったが、グレイススリックは、やや落胆した
ような表情を浮かべた。
「あなたらしくない言い方ですね。立場を使い分けるなんて」
 その言葉に答えたのは、カークではなくナビアだった。
「今は、オジカがいませんから。一人二役をしなければならないんでしょう」
 その口調には、多少からかうような成分が含まれていたせいか、カークはやや顔を赤
らめながら不平を漏らした。
「そう言う風に取られるのは、心外です」
 一瞬だが、笑顔を浮かべかけたグレイススリックが、慌ててそれに答える。
「気分を害されたのであれば、お詫びします。
 そんなつもりで、言ったのではなかったのです」
「いえ、こちらそ」
「それで、実際にどうしましょうか?
 私としては、恩義には報いねばならないと思っているのですが。
 ナビアはどう思いますか?」
「私も姫のご意見と同じくします。
 契約の上でとは言え、一番危険な役目を負ったのは彼なのですから」
「カークは?」
「先程、申し上げました通り、個人的には否もございません」
「問題は、具体的な行動について。ですね」
「はい」
 カークとナビアの声が揃った。
 その時、会議室がノックされた。
「どうぞ」
 グレイススリックが答える。
「失礼いたします」 
 そう言って、2名の副官と共に入って来たのは、恰幅の良い、男性高級士官だった
 その姿を認めた3人は、時を置かず立ちあがり、グレイススリックの両脇に、カーク
とナビアが立つ。
「お初にお目にかかります。
 銀河連合治安維持部隊。第9方面軍、第7艦隊。
 旗艦ローズマリー艦長。ベルフンド・ザイー大佐であります」
 3人の前で、見事な敬礼と共に、低い声ながらも豊かな声量で、ザイー大佐はそう言
った。
「ドルフィナ首長国連邦。フライオネル王家、第一王女、グレイススリックです。
 お見事なお働き、感服いたしました。おかげで救われました。
 厚くお礼申し上げます。
 ありがとうございました」
 まるで清流のような、よどみのない動きでグレイススリックが頭を下げた。
「私どもも、妃殿下をお救い出来た事、誇りに思う次第です」
 グレイススリックの表情に、陰りが差す。
「ですが、乗員の方に、犠牲になられた方がいらっしゃると聞き及んでおります。
 お悔やみの言葉もございません」
「確かに。
 ですが、乗客に犠牲が出なかった事は、不幸中の幸いと申せましょう」
「はい。私も、それが救いです」
 ザイー大佐とグレイススリックの年齢から言えば、親と子と言える差があるのだが、
精神的な立場的で言えば、逆になっているのではないかと、この時カークは思った。
 実際、そういう雰囲気ではあった。
 それほど、グレイススリックの生み出す空気は特別だった。
 さらに、治安維持軍の立場からしても、特別な事情がある。
 治安維持軍の運営するための資金は、各国の拠出金で構成されている。もちろん、活
動においては中立が基本だが、その国力によって、微妙な影響は出る。
 多額の拠出をしている、とある国の高官の「誰が食わしてやってる」という発言は、
公式にはなっていないものの、有名な逸話ではある。
 ドルフィナ首長国連邦の拠出金は、世界的に見ても巨額なものである。
 その国の王族が、何事かを発言すれば、当人の意図とは関わりなく、過大な影響を与
える可能性は否定できない。
『慎重を期せねばならん。これは』
 とカークは思わざるをえない。もっとも、その手の事が苦手だということは、彼自身
も認めることなのだが。
「それで、ここにおいでになられたのは、どの様なご用向きでしょうか?」
 二,三の会話の後、穏やかに、グレイススリックがたずねた。
「実は、エピクロス3に乗船していた、運び屋、・・・トライアローの事で、妃殿下に
お尋ねしたい事がありまして」
「はい、私達が、知りうる事なら、お答えさせていただきます?」
 この時のグレイススリックの表情は、一種、微笑みじみた成分が浮かんでいた。
 もっともな事だと、ナビアは考えていた。
 つい先程まで、その点を議論していたのだ。むこうから水を向けられたのだ。幸いと
言うべきだろう。
 ザイ―大佐に代わり、副官の目つきが鋭い、やや神経質そうな印象の青年士官が、フ
ァイルを広げながら、一歩前に出た。
 ワン・リンウェイ少佐と名乗った彼は、グレイススリック達に席をすすめてから、事
態の説明をはじめた。
 要約すると、エピクロス3船内での、ビリーの”戦闘”についての正当性が問題とな
っているのだと言う。
 ビリーは、グレイススリックとの契約をし、正当防衛のもとでの戦闘行為だという主
張をしており、その裏付けのため、グレイススリック達の証言を求めたいと言う事だっ
た。
 証言を願えるかと尋ねられたが、是非もない。
 グレイススリック、カーク、そしてナビアの3人は、船内での出来事を、事細かに話
していった。


 ビリーの元へ、面会したいというグレイススリックの意向が伝えられてたのは、証言
の裏付けが取れ、晴れて”自由の身”となった直後の事だった。
 会議室へ案内されると、喜色満面の笑みを浮かべたグレイススリックが、ビリーを出
迎えた。
「この度は、ご迷惑をおかけいたしました。
 申し訳ございません。
 ですが、おかげさまで、窮地を脱する事が出来ました。
 その身をなげうっての、献身的な行為に感服すると共に、重ねてお礼申し上げます。
 ありがとうございました」
 社交礼儀だとビリーは思ったが、芸術的な雰囲気さえ漂う、その笑顔に、総毛立つ感
覚が走ったのも事実だった。
「契約に従ったまでです。
 姫様が、ご無事で何よりです」
 ビリーにとって、その点が一番の問題点だった。
 なんにしても、事件は一応の収束を見た。
 乗員乗客、会わせて369名を含めた、「エピクロス3占拠事件」は、乗員7名が犠
牲となる、痛ましい事件となった。
 宇宙賊への取調べに始まる、事件の全容の真相究明はこれからであるが、それは本
来、ビリーの関知するところではない。
 しかし、この、終結に向かっている事件は、ビリーにとって、単なる始まりの終わり
でしかなかったのだ。

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