ご案内のメニューに戻る
メインメニューに戻る

王女とトライアロー(3)


 ナビア・グランツは、手錠をはめられ、エピクロス3のブリッジにいた。
 体格はやや小柄で、褐色の肌を持ち、硬めの髪をセミロングでそろえている。
「どうして、私のことを?」
 正面の椅子に腰を下ろし、タバコを吸う"大尉"に、彼女は漆黒の瞳で見つめながら、
そう尋ねた。
「情報ソースは、明かせないが、確かな情報を教えていただいた訳さ。
 それよりも、質問はこちらからしたい。
 今のアナウンスで、王女様はご登場いただけると思うかね?」
 その問いに、ナビアはややひきつった表情を浮かべながらも、冷静な口調で答えた。
「補佐官を人質にして、グレイススリック様が要求を飲むと、本気で思っていらっしゃ
るのですか?」
「まさか。
 王女様は、若いのに、なかなか賢いそうじゃないか。
 自分が犠牲になれば、と考える、甘ちゃんでもなかろう?」
「そこまで判っているのなら、人質を解放して、逃げたらどうです?
 今なら、逃げ切れる確率は高いでしょう」
 まるで、自らを楯にしようとでもするかのように、ナビアは注意深く言葉を選び、交
渉を試みていた。
 そのナビアの様子を楽しむかのように、"大尉"もそれに答えた。
「確かにその通りなんだが、これだけの事をしたんだ。手ぶらで、と言う訳にもいかん
のだなあ、これが。
 王女様とて、自分が要求をのんだとしても、その時点で、乗員乗客の命もないと察し
ているだろ?」
 楽しそうに笑いながら、身の毛もよだつような内容のことを口にする"大尉"に、ナビ
アはそこ知れぬ畏怖を抱く。
「手ぶらで帰りたくない俺達、自分の命を引き換えにして、なんとか乗客の安全を図ろ
うとする王女様。
 そこに交渉の余地があると、彼女は思うのでは?」
「・・・」
「そこで、君の出番だ。君が死んだ後、次は乗客だ。と言えば、さしもの王女様も、冷
静ではいられないのではないかな?」
「・・・卑怯者」
「最高の褒め言葉だね。
 だが、実を言うと、君達補佐官には手を出すな。と言われてる。
 理由は、まあ、大体想像できるがね」
 生存者が、ドルフィナの補佐官だけ、と言う事態にでもなれば、感情的に禍根を残す
事になる。
 また、犯行の目的をカモフラージュして、その後の捜査の目をそらす役目も期待して
いるのだろう。要は、濡れ衣を着せようと言う意図だ。
 ”大尉”の想像とは、そう言う事だった。
 その時、"大尉"の背後から、声が上がった。
「船内通信に、文章で入電あり!
 差出人、フライオネル・グレイススリック」
「動いたか!」
 そう言って、大尉は船内通信の端末に取りつく。緊張の糸が切れたたナビアは、遠く
なる意識を必死に食い止め、その光景を視界に捕らえていた。
「発信箇所はF4ブロック。第4デッキのある区域です」。
「トライアローが潜り込んでいる区域か・・・」
 と言った"大尉"は、しばらく考え込んだ後、通信文を読んだ。
「乗員乗客の、安全を保証しなければ、要求は飲めない。
 まず、乗客の半数を解放すること。
 ・・・やはり、その手で来たか」
 内容を確認するように、声に出し、不敵な笑みを浮かべる。
「第4デッキの強制封鎖を解除。
 交渉に付き合っている時間はない。"曹長"に、そっちに向かわせろ」


 
 通信端末から目を離し、グレイススリックはビリーに聞いた。
「これでいいんですね」
「時間稼ぎのために、スピードアップさせる。
 矛盾してるようだがな」
 そう言いながら、グレイススリックに宇宙用の、やや大きめのヘルメットを渡す。
 すでに宇宙服を着ていたグレイススリックが、それをかぶる。その装着を手伝いなが
ら、ビリーが続けた。
「むこうが主導権を握っている、と、思わせておくのがミソだ」
 そう言いながらも、グレイススリックの、絹を思わせる滑らかな金色の髪に、一瞬、
心を奪われる。
 それも本当に一瞬だけで、ビリーはヘルメットの装着を確認すると、グレイススリッ
クとカークの正面に立つ。
「レギュラースーツは、二人には重いと思うが、念のためだ。
 後は、さっき言った通りに」
 それにうなずいた二人を見て、今度はリストフォンに向かって話し掛けた。
「ノービス。頼む」
「了解」
 その場の雰囲気には、ややそぐわない、冷静な通信音声が、リストフォンから聞こえ
た。
 ライフルを構えるビリーは、ヘルメットのバイザー越しにグレイススリックを見つめ
る。
 その表情は、冷静を装ってはいるが、緊張は隠しようがない。
「姫」
「はい」
 抑揚のない声だけが、グレイススリックから返ってきた。
「どんな交渉上手が相手でも、可能性のない依頼を受けるトライアローはいない。
 絶対に、とは言えないが、まかせてもらえないか?」
 今度は、力強い声が返る。
「はい!」



「トライアローの船。離れていきます」
 エピクロス3のブリッジでは、予想外の展開に驚きの声があがった。
『どういう事だ? なぜ、退路を自ら断つ?』
 指揮者の役である”大尉”も、その事態を掴みかねていた。
「船外に、脱出した形跡は?」
「いえ。全くありません。
 ・・・なにか、特殊な方法を使って、脱出したとか?」
「・・・いや、それはないな」
 と言って、考え込んだ。
『揺動のつもりか?
 トライアローはどうか知らんが、あの姫が逃げるとは考えられん。
 だったら、こんな苦労はしなくてもいいからな。
 どの道、姫を捜す事には変わりはない』
 そう結論づけて、”大尉”は通信機に向かって、命令口調で言った。
「封鎖区域に突入。目標を捜索、捕獲しろ」
 その命令に従い、武装した十人余りの男達が、閉鎖されていた区域の隔壁を開き、侵
入を開始した。
 そんな彼らを出迎えたのは、待ち構えていたビリーの攻撃だった。ライフルの激しい
掃射の後、小型の爆発物による攻撃は、エピクロス3の船体に、振動を与えるほどのも
のだった。
「敵襲!」
 油断していた彼らは、慌てて、通路の陰に身を隠しながら、後退していった。
 それを追撃する形で、ビリーの攻勢が続く。
「攻撃?」
 予想外の展開を告げる連絡通信に、"大尉"は船内配置のモニター画面に目を移す。
 2ブロックほど後退させられたが、食堂を兼ねる小ホールに拠点を築き、踏みとどま
っていることが表示された。
『なるほど、トライアローと接触したか。
 さすがに予想外だったな』
 と、"大尉"は思うが、決定的な障害になるとも思えない。
 トライアローの人員は、基本的に一人か二人。確かに「敵」に回すと厄介な相手では
あるが、戦力差がありすぎる。
 そのうち、そのトライアローが、通路を右に折れ、船内中央に向かって移動したこと
が伝えられた。
 指示を求められた"大尉"は、面白くもなさそうな声で言った。
「放っておけ」
 意外な指示に、その場の空気が変わる。
「あれだけ派手にやれば、揺動だってのは子供でも判る。
 まあ、位置だけは抑えておけ。邪魔をされても困る。
 問題は姫だ。居場所は判ったんだ。さっさと片付けてずらかるぞ」
 この時点で、彼が気にしていたのは、時間だけだった。
 だが、その時間が経つにつれ、様相が変わってきた。
「いない訳がないだろう」
 思わず、"大尉"の口から、そんな言葉が漏れた。
「いくら隠れる場所があったって、限度がある」
 目指すグレイススリックの姿を確認できない事態は、予想していなかった。
『トライアローは、囮じゃなかったのか?』
 そんな思いと共に、時間が迫っていることもあり、焦りを感じた頃、追い打ちをかけ
るような報告が届いた。
「トライアローが、消えた!?」
 乗客を拘束している大ホールから、二ブロック離れた同じ階層の医務室に入り込んだ
ところで、その姿が判らなくなったと言うのだ。
 事態を推測した”大尉”は、ひとつの結論に達した。
「しまった。業務用区域か!」


 ”大尉”がその事実に気がついた頃、グレイススリックとカークは、その業務用区域
の中を、遊泳していた。
 業務用区域とは、文字通り、船のメンテナンスや、火災などの非常時の際、利用され
る一般の乗客は立ち入れない区域のことだ。
 エピクロス3クラスの旅客船なら、設置が義務付けられているし、そのスペースも広
大なものになる。
 もっとも、通常は人工重力が切られているので、無重力に慣れていないと、動きが制
限される。さらに、案内なども必要最小限のものになっているので、判りにくく、「迷
子」にもなりかねない。
 二人は、そこに逃げ込んでいた。
 もちろん、宇宙生活者なら、知らないはずはないが、そう気がつかせないために、ビ
リーはわざと派手に動いたのだ。
「姫、ご気分はいかがですか? 酔われたりしてませんか?」
 前を行くカークが、グレイススリックを気遣った。無重力空間では、宇宙酔いの恐れ
があったからだ。
「大丈夫です。
 それより、船の中に、こんな空間があったなんて。
 ビリーさんに出会えた事は、幸運でしたね」
「どこまで信用していいものでしょうか?
 寝返ったりしたら、万事休すです」
 カークの危惧は、ごく当然のものだった。偶然出会った、素性も知らぬ者の指示に従
い、命を預けるのだから。
 だが、グレイススリックは落ち着いた口調で、それに答える。
「トライアローは、契約を重んじる方々だと、聞き及んでいます。
 それに私は、あの方を信じても良いと思います」
 そう言って、彼女はビリーの言葉を思い出していた。
「派手に動いて、業務用区域の存在から目をそらさせる。
 が、所詮は時間の問題だ。放送で呼び出しをかけて来るだろう。
 そこからは、俺がなんとかする」
 なんとかすると言っても、それだけでは心もとない事この上ない。グレイススリック
とカークの心境を察するかのように、ビリーは続けた。
「俺を信用できない気持ちはあるだろうが、だからと言って、自分を儀性にしようなん
てかんがえるなよ。
 国の対面だとか、外交関係とか考えるより、まずは、自分の身を考えてくれ」
 その言葉を思いだし、グレイススリックは一人うなずいた。
 そして、カークに向かってこう言った。
「もし、あの方が寝返るような事があれば・・・」
「あれば?」
「私の人を見る目がなかった、と言う事でしょうね」
 肯定する事も、否定する事も出来ず、返答に窮するカークだった。
 ともかく、それより、ビリーから受けた指示を遂行する事が先決だと思いなおし、グ
レイススリックに言った。
「ともかく急ぎましょう。彼の言う通り、この区域から早く抜け出さないと」
「はい」


「時間がない。
 放送で姫を呼び出せ。お遊びは終わりだ」
 状況の成り行きが、思惑を外れてきたために”大尉”は声を荒げて、そう言った。
 だが、その時、さらに予想もしなかった事態が、ブリッジに起きた。
 その場にいた者達が、突然、バタバタと倒れていったのだ。
 眠るように倒れていく、その光景に"大尉"は、とっさに感じ取った。
『ガス!?』
 だが、それも一瞬で、彼の意識も白い闇に包まれる事になる。その視界の中、ブリッ
ジの中央に、宇宙服に身を包んだ一人の男が、突然現われた。
 業務区域への接続部分が床面にあり、それを利用したのだった。
 その男がトライアローだという事を、認識できたかどうか。本人にも分からなかっ
た。



 本人にとっては、まばたきのような時間だったが、かなりの時間が経っていたらし
い。
 ナビア・グランツの目には、その場にいた者達が、全員、後ろ手に縛られているブリ
ッジの光景が写った。
 梱包用の、科学繊維の細いロープを使っているらしい事が判った。
 自分にはそれがされてなかった。それどころか、先ほどまでの手錠さえ外されてい
る。
 そう言った状況を、彼女が理解するには情報が少なすぎた。
 そのナビアの視界に、一人の男が入ってきた。見知らぬ顔だった。
 それはヘルメットをとっていたビリーだった。
「気がついたか。
 俺はビリー・ロウエル。トライアローだ。
 あなた、ナビア・グランツさんだね?」
「はい。でも、なぜ?」
「あなたの”上”の方から依頼を受けた。」
「上? ・・・姫様と?」
「ああ。それであなたの事を、話で聞いていて、すぐ判った。
 協力してくれ」
「何を?」
 ナビアの質問に、ビリーは手元に置いてあった、スプレー式のボンベを見せる。
「この船に常備してあった、暴徒鎮圧用の催眠ガスを使った。
 これは、まあ、それの気つけ薬みたいなものだ。 これで、この船の乗員を起こし
てほしい。
 俺には、誰が敵やら味方やら判らないからな」
 ビリーにそう言われ、ナビアが、そのボンベを受け取る。そうして立ち上がったナビ
アに、ビリーが、さらに聞いた。
「こいつらのボスが、誰か判るかい?」
 その質問に、ナビアは的確に答える。
「少なくとも指示をしていたのは、この男です」
 そう言って、2メートルほどのところに倒れている”大尉”を指差した。
「結構。では、乗務員に、この空域から逃げられるように、準備させてくれ」
「あなたは?」
「俺? 俺は、このボスに話をつけたいんでね」
 そう言って、ビリーはなぜか薄く笑った。
 スプレーを”大尉”の鼻と口に近づけ、噴射すると、彼が目覚めた。
 自分の自由が拘束されている事を悟り、目の前のビリーを睨んだ。
「お前の仕業か?」
「依頼があってね」
 依頼という単語と、ビリー背後の床面にある、三本矢のマークが描かれたヘルメット
を見て、彼は察した。
「トライアローか」
「まあね。
 お仲間のいる区域も強制閉鎖した。業務用区域も含めてね。
 勝負あったよ」
「・・・どうするつもりだ?
 治安維持軍に引き渡すつもりか?」
「うーん、そこなんだが、実は、そこまでの依頼は受けてない。
 あんた達が、小型艇で勝手に逃げるんなら、深追いはしない。いや、出来ない」
「おめおめ逃げろと?」
 悔しさと怒りを表情にあらわにして、”大尉”は言った。
「詳しい事は知らないが、姫に逃げられた時点で、おまえらの負けだよ。
 いさぎよく、撤退したほうが傷は浅い。
 悪くない話だと思うが?」
「どういうつもりだ?」
「あんた達、宇宙賊だろ? トライアローは非合法な事はしないが、正義の味方ってわ
けでもない。
 後々、宇宙賊の逆恨みをかったら、商売にならんからな」
「宇宙賊とトライアローは、事が終われば後腐れなし。か?」
「そう言う事」
 ビリーとしては、これ以上、事を大きくしたくなかったのだが、状況のほうが、それ
を許してくれなかった。
「接近する船があります」
 ナビアが叫んだ。
 乗務員が、モニターに最大望遠でその映像を映した。
「さらにお仲間が駆け付けたってわけか」
 つとめて冷静にビリーはそう言った。
 モニターに映ったその船は、どう見ても宇宙賊のものだった。
 

続きへ 
ご案内のメニューに戻る
メインメニューに戻る