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王女とトライアロー(2)



 エピクロス3の操縦室、ブリッジでは、1Gの五分の一という人工重力が、血のりを
床や計器類にへばりつかせ、血溜りを所々に作っていた。
 その赤黒い彩色の中、数人の男達が動き回っていた。多くの者の服装は、エピクロス
3の乗務員のものではなかったし、統一性もなかった。
 その中に、乗務員の制服を来た者が3名、手錠をはめら、銃を突き付けられていた。
「あんまり、事を荒立てたくなかったんだがな」
 彼らに、そう言ったのは、がっしりとした、筋肉質の体を持った男だった。
 その体格からして、一見すると力で押すタイプの人間かとも思えるが、太い首に支え
られた顔は、知性的な雰囲気が漂っていた。
「全動力停止、通信回路切断、そして救難信号。
 船長の命を賭した行動は、確かにダメージがあったよ」
 やや、ぼやいたような口調だったが、その直後の言葉には、凄みが加わった。
「だが、死んじまったら、なんにもならねえ。
 お前らも、おとなしくしてる事だ」
 単語の一つ一つが、弾丸となって、乗務員達に撃ちこまれ、彼らは身じろぎするだけ
だった。
 その言葉を放った男の元へ、別の男が駆け寄ってきた。
「大尉。動力復旧まで、40分。ミュー駆動炉は1時間。通信回路の復旧は見当もつき
ません」
 ”大尉”と呼ばれたその男は、内心では不機嫌極まりなかったが、それを表情には出
さず、質問を返した。
「外の船は?」
「トライアローのもので、何者かが、第4デッキに入船しました」
「割り振る人員がない。第4デッキ付近、強制封鎖」
「わかりました」
 その返事の後、ブリッジにいた何人かを集めた。
「お前達も知ってる通り、この船の船長のせいで、手順が狂ってこの様だ。
 ここまでジャンプしてきたものの、推力と通信手段がなくて、応援チームと合流も出
来ん。
 おまけに姫は捕まらん。
 ・・・こりゃ、無事に帰れたとしても、おやじに何を言われる事やら」
 渋い表情の「大尉」に質問が飛ぶ。
「で、どうするつもりです?」
「いざとなったら、トライアローの船を奪う。
 その前に、最善を尽くすか。・・・彼女をつれて来い」



「領域占拠? そりゃまた、時代遅れの犯罪だねえ」
 同じ頃、事情を聞かされたビリーは、そんな感想を漏らした。
 ビリーの前に姿をあらわした二人は、男がカーク、女がグレイスと名乗った。
 『本名だか、どうだか?』とビリーは思ったのだが、それは口にはしなかった。
 二人の(主にカークが受け持っていたのだが)説明によると、パナボリス共和国か
ら、タイレン民主政府地域への定期航路で、パナボリスを発った直後、数十人のグルー
プに乗っ取られたのだと言う。
 二人は、「運良く」逃れる事が出来たが、他の乗客、乗員は客室などに拘束されてい
るらしい。
 その後、ミュードライブがあったのだが、その後の展開は判らない。
 なんとも不確かな情報だが、今はこれ以上は望むべきではないだろう。
 問題は、この二人を信じるかどうか? にかかってくる。
 が、
『俺、本当に、女に弱いんだよなあ』
と、内心でぼやくほど、その結論は見えていた。
「ともかく、ここに逃げ込んだのは正解だな。
 今なら俺の船がある。そこに逃げこんで、後は専門家に任そう」
 ビリーとしては、これ以上、ごたごたに巻き込まれたくはない。状況が判った以上、
一刻も早く撤退しようと思うのは、当然だった。
「いえ、それは出来ません」
 しかし、グレイスが、急に強い口調となって、それを拒む。
「なんで?」
 ビリーには、全く理解できない主張だ。
「なに考えてんだ? やばいんだって、この状況は。のんびりしてられないんだよ」
「危険な状況なのは、充分承知しています。
 ですが、私が逃げ出したら、他の皆さんにご迷惑がかかります」
「あのねえ。心がけは立派だが、まずは自分の命だろう?」
 半ば呆れたような口調で、ビリーはそう言ったが、返事はない。
 その様子に、ビリーはこう聞いた。
「あんた達、一体、何者?」
 二人は息を飲んだ。それをはっきりと感じたビリーは、畳み込むように言葉を続け
る。
「カークさんだっけ? さっき、この女の子をかばう様は、恋人とか、知り合いと言う
雰囲気じゃなかった。
 忠誠を尽くします。って、感じがしたんだけどね?」
 その言葉を突き付けられ、グレイスが口を開く。
「カーク。この方には、すべてをお話しましょう」
「しかし・・・」
「この方が、私達を捕らえる気があれば、とっくに捕まっています。
 今は、ご協力を得たほうが得策です」
 その容姿に違わない、美しいソプラノだったが、その声質は、有無を言わせない響き
があった。
 カークは、観念したようにビリーに向き直って、声のトーンを落として言った。
「こちらのお方は、ドルフィナ首長国連邦の、第一王女、フライオネル・グレイススリ
ック様でいらっしゃいます。
 私は、王室一等補佐官、カーク・D・オライオンと申します」
 あまりにも大げさな単語が続き、ビリーの脳が、一瞬、思考停止に陥りかけた。
「・・・本当に?」
 思わず、無個性な疑問の言葉が口をついた。
「これが、身分証明証です」
 そう言って、カークがカードを示した。裏面に指を当てると、指紋が浮き出るタイプ
の物だ。指紋が一致している事は、一目で判る。
 もっとも、このカード自体が偽造と言う可能性がない事はないが、状況から考えて、
そこまで手の込んだ事はできないだろう。
『王女様の方は?』
 と言いかけてやめた。恐らく、本国ではその必要もないのだろう。
 それよりも、確認する事が他にあった。
「一国の王女様が、なんでこんな所に? 護衛は?」
「王室では、皇太子を含め、王位継承前、非公式で各国を視察する事が盛んなのです。
 最小限の随行員で、隠密に行動するため、必要以上の護衛もありません」
 つとめて冷静にカークは言ったが、それに対するビリーは、ひどく乱暴だった。
「お忍びかよーっ。いいの? そんなんで」
「今まで、情報が漏れた事はなく、トラブルもありませんでした」
「今回だけは、情報が漏れ、トラブルになったわけだ」
「残念ながら」
『また、えらい事に巻き込まれたもんだ』
 正直、ビリーとしては、頭を抱えたい心境だった。
「じゃあ、誰だか知らんが、奴らの狙いは、お姫様?」
「まず、間違いなく」
「それじゃあ、姫君が逃げだしゃ、乗員乗客の命の保証はない。かと言って、こっちか
ら、のこのこ出て行っても、同様か。
 お姫様の立場とすりゃ、どっちも避けたい所だな」
「はい。わが王家のために、関係のない方々が儀性になったら、国際的な感情面で、禍
根を残す事になります」
 そう言ったのは、それまで口を閉じていたグレイススリックだった。
「だが、ここにいても、いずれ見つかる。救援が来るまでの時間の勝負だが、少しでも
時間稼ぎはしたいところだろう。
 これから、どうす・・・」
 「これから、どうするつもりか?」とたずねたかったビリーだが、急に襲いかかって
きた悪寒のような物に、その言葉が途切れる。 
「協力、とか言ってたな」
「はい。その時間稼ぎに、ご協力願います」
 ビリーの瞳を見つめ、グレイススリックが懇願した。だが、おいそれと聞き入れられ
るような話ではない。
「冗談! そんなのは、俺の仕事じゃないよ」
 だが、その言い方は失敗の部類に入るようだった。グレイススリックが、言葉を変え
てきた。
「では、乗員乗客を、安全な場所まで運んでください。
 それなら、トライアローの仕事の範疇でしょう?」
『可愛い顔して、したたかだ』
 そんな思いが脳裏を駆けぬけ、ビリーはつい、無茶な要求を出した。少なくとも、そ
のつもりだった。
「一億レート、報酬が出るなら」
「でたらめだ!」
 そう答えたのはカークだったが、グレイススリックの返事は違った。
「それこそ、冗談では? 五十万レートが相場でしょう」
「姫様!」
 カークが止めに入る。だが、なにくわぬ表情で、グレイススリックは答える。
「かまいません。
 今、この方は条件を示しました。ならば、交渉の余地があると言う事です」
『しまったーー!』
 ビリーの表情が青ざめる。何の事はない、自ら墓穴を掘った形となってしまった。
 自分の相手が、波大抵のの交渉相手ではない事を、思い知らされたビリーだった。
 負けを認めざるを得ない。
「報酬交渉だったら、うけつけないよ。
 1レートでも値切ったら、交渉打ち切りだ」
「しかし、この状況では、単に脱出するだけでも至難の技でしょう。
 ならば、少しでも報酬が得られるなら、その方が得だと思いますが?」
「それにしても五十万はひどい。5千万だろ」
「百万」
「一千万」
「百五十万」
 その見かけとは裏腹な、グレイススリックのしたたかな交渉術に、ビリーはささやか
な抵抗をして見せた
 だが、それも無駄な事だと思えた。依頼を受けるなら、時間を無駄には出来ない。
「よし、250万。これでいいだろ?」
「妥当な線ですね」
「それにしても、君にそれだけ支払えるのかい?」
『失礼な!』
と、言いかけたのはカークだったが、口にはしない。グレイススリックの交渉に、口を
はさむ事になり、それは避けなければならない事と、彼は思っていた。
 それほど、グレイススリックの交渉術に、ビリーはやられっぱなしだった。
「それはご心配なく。私個人ではなく、国民感情的に利益があるのなら、250万なら
安いものです」
 王女とは言え、遙かに年下の少女に交渉の主導権を握られたままなので、ビリーとし
ては面白くない部分もあるが、決着した上は、全力を尽くすしかない。
「命令するかも知れないが、失礼な点があっても、勘弁してくれ。
 そう言うのには馴れてないし、そう言う状況でもなさそうだ」
「承知しております」
 グレイススリックとカークの声がそろった。
『依頼主としては、悪くない方だ』
 ビリーはそんな事を思いながら、サバイバルパックから、金属弾式の拳銃とエネルギ
ーガンを、それぞれ一挺づつ取り出し、グレイススリックとカークに差し出した。
「自分の身は、自分で守る事態になる可能性がある」
 その銃と言葉の意味が分からない二人ではないが、カークが難色を示す。
「カークの気持ちも分かる。姫様の手を汚させたくないのは、俺も同じだ。
 だが・・・」
 続けようとするビリーを、グレイススリックが遮る。
「お気遣いは無用です。覚悟は出来ています」
 そう言って、エネルギーガンを受け取り、基本操作を確認した。だが、その手付きは
馴れた物とは言い難い。
「実際に使うような事態には、しない。少なくとも、そのつもりだ」
「信用しています」
 穏やかな笑顔で、グレイススリックがそう言った。
 その笑顔は、その場にいた者の心を落ち着かせるには、充分なものだった。
『なるほど、王族か』
 妙なところで納得してしまったビリーだが、こうしてもいられない。早速行動に移
る。
「第一の目的は、王女、および乗員乗客の安全。
 その遂行のためには、まず、情報を集める。
 この船の船内配置。乗員、乗客の状況。犯行グループの人数、装備、目的。
 知りたい情報は、山ほどだ」
 それに対してカークが聞いた。
「現実的に、どうする」
「船内配置は、情報端末でわかるとしても、その他が厳しい。
 ともかく、こちらの居所は掴まれてないようだから、下手に動くのは、逆効果だ。
 今のところ、様子を見るしかない」
 我ながら消極的な案だとは思うビリーだが、消去法でいくことにした。
 もっとも、状況の方が、それを許してくれないようだった。
 突然、船内に放送が流れ出す。
「船内におられる"お嬢さん"へ、ご案内申し上げます」
 男の声で流れたアナウンスは、礼儀正しい口調だったが、その雰囲気には威圧的な物
があった。
「かくれんぼはやめにして、出てきてもらえるとありがたい。
 さもないと、ご友人、ナビア・グランツさんに危害が及ぶ恐れがあります」
「ナビア?」
 グレイススリックが、その固有名詞に反応した。カークは、彼女に諭すような口調
で言った。
「私たちの情報が漏れている以上、彼女の存在が知られている可能性は、充分ありま
す」
「そうですね」
「知り合いか?」
 ビリーの問いには、カークが答える。
「私と同じく、王室一等補佐官、ナビア・グランツ。
 この旅に、同行していた者です」
「・・・お仲間がいたか」
「ご報告が遅れました」
「他に、お仲間は?」
「いえ」
 その間にも、放送が流れる。
「それを避けるためにも、ぜひ、ご連絡をいただきたい」
 その放送を聞きながら、ビリーは言った。
「そうか。まあ、お仲間がいようといまいと、この手が使われるのは時間の問題だっ
た。
 姫様の立場じゃ、拒否はできんしな」
「どうなさるおつもりで?」
 心配する成分を表情に浮かべ、グレイススリックが聞いた。
「様子を見るとは、こう言うことで、充分予測の範囲さ。
 トライアローのやり方って奴を、見せてやる」
 それは演技なのかは不明だが、自信あふれる表情で、ライフルを構え直しながらビリ
ーがそう言った。

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