獅子の嫡子(16)
プロパリアーは、ロングランドの制宙域を後にした。
「積荷」は、 ベンフレッド主席捜査官を筆頭とする、ロングランドの捜査官、約8
名。ケルサバル、特殊部隊チームオメガの「元」軍曹、ベイ・クワン。
そして、ビリーだけがその正体を知る「証拠品」。それだけだった。
銀河警察局との接触ポイントまで、標準時間で約5時間というところまで来ていた。
その船室にベイは拘束されていた。名目上は強制送還ということであり、容疑は「出
入国管理法違反」と「銃および武力行使法違反」だった。
捜査官の許可を得て、ビリーはそのベイの船室を訪れた。
椅子に腰かけたベイは、両手首、両足首を、それぞれ手錠でつながれていた。ビリー
をして「ここまでしなくても」と言わしめたのだが、これがロングランドのやり方だと
言われては、返す言葉はない。
ビリーの姿を見たベイの眼光からは、いまだに鋭さは消えていなかった。
「話は聞いたよ」
それだけ言うベイに、ビリーは答えず、椅子に座り、ベイの視線と高さを等しくし
た。
「貴様が軍人上がりだという事は、俺からもわかった。
そんな人間が、自決を止めるには相応の理由があるからだと思ったが、なるほどな」
ここまで聞き、ビリーがようやく口を開く。
「優秀な軍人が、犯罪者に利用され無駄死にするのは見るに耐えん」
ベイは重い口調でそれに答える。
「正直な心境では、貴様が憎い。
だが、それ以上に不当な命令を下した上の連中、そして大統領は、もっと許せん。
俺たちが訓練をし、危険な任務についてきたのは国家に対する忠誠からで、犯罪の手
助けのためではない」
「やっぱり、命令に従っただけか・・・」
「当たり前だ」
「・・・命令は絶対だからな」
短くビリーが答えると、一時、会話が途切れる。そのわずかな均衡を破ったのは、ベ
イだった。
「組織のどこかで、犯罪を隠蔽をした部署がある。それを解明するために、生き恥をさ
らした。
責任は取れるんだろうな?」
「当たり前だ」
ビリーはそう答え、さらに続けた。
「軍隊を使うにはそれ相応の覚悟がいるし、その覚悟と危険性を知ってこそ、軍人は尊
敬される。
それを忘れ、私利私欲で動く軍人や、軍に命令する奴は、人殺し以下だ。
俺もそんな人間は許せない。
そこで、あんたに生き証人になってもらいたい。と言う訳だ。協力してくれる?」
ベイは無言でうなずく。
「それを聞いて安心した」
と言い、椅子から立ち上がる。
部屋を出ようとするビリーの背中に、ベイが声をかける。
「不当な命令を出された経験が?」
すぐには返事は来なかった。
ドアを開け部屋を出ようとした、その時、ビリーは短く、肩越しにこう言った。
「ちょっとな」
「よう」
「よう、じゃないでしょ?」
「あ、やっぱり? ノービスにも同じような事言われたよ」
「やっぱり、じゃないでしょ?」
銀河警察局がチャーターした宇宙貨物船と接舷し、ドッキングエリアでビリーを捕ま
えたのは、予想どおりサリー・ホワイトだった。
銀河警察局とロングランド、おのおのの捜査官が挨拶を交わし、書類などを点検して
いた時、二人の間ではこう言った感じで会話が展開されていた。
「ほんとにもう。どれだけ心配したと思ってるの・・・」
数秒の空白の後、「よ!」と言うサリーは、ビリーにボディブローを、ほとんど同時
に叩き込んでいた。手加減なく・・・。
「うおおっ」
力なくうずくまるビリーは『どう心配したんだよ?』と、思わずにはいられなかっ
た。
それはどう見ても痴話ゲンカにしか思えず、半分呆れたような口調で、ベンフレッド
がビリーに言った。
「ビリー・ロウェルさん、あなたの条件を揃えました。
そろそろ、証拠品の提出をお願いしたいのですが?」
ビリーにも異存はない。
スペースジャケットのポケットから、依頼品で、この事件のカギとなるハガキを取り
だした。
「それが?」
「そう。こんなもののために、多くの血が流されたわけだ」
捜査官がハガキを受け取り、示された書類にビリーはサインした。
「ところで、内容を見たのかね?」
と言う問いに、ビリーは答える。
「悪いけど、拝見させていただいた。形が形なんでね」
「で?」
ビリーは視線をあげ、その問いの真意を発言者の表情から読み取った。
「一応、暗号の形は取ってあるが、事件の概要を知れば、子供にだってわかる。
ライオンの子供。これは文字通り、獅子の嫡子の事だ。
壁紙を変えたって言うのは、障壁、か、接続対象が変わったと言う事だろう。
データ貯蔵庫あたりの事じゃないかな?
で、そのアクセスコードが、あて先不明で戻るときに使われる、差出人の住所がそれ
になるんじゃないか?
そして、指紋はそのハガキについている、血痕が使えると言うわけだ。
証拠の内容は取引の裏帳簿か、口座そのもの。
どう? この推理は?」
ビリーを見つめる複数の捜査官の表情から、それが正しい事が判る。同時に、その表
情に混じる不安感も充分読み取れた。
「心配すんなって、少なくとも、捜査の邪魔になるような事はしないよ」
そこまで冗談のような口調で言ったビリーだが、その表情が引き締まる。
「こんだけ証拠が揃ったんだ。うやむやな解決はなしだぜ」