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獅子の嫡子(エピローグ)



 ケルサバルの銀河警察局支局に設置された、サリーの仮設オフィスに、ビリーからの
映像通信が入った。
「あれから二日だもんね。
 早く出発したいのは判るけど、もうちょっと待ってて」
 通信モニターに浮かぶビリーは、彼の宇宙船プロパリアーの中、国際宇宙港に足止め
されていた。
 サリーとしては、航行許可を出したいのだが、事件の重要証人ということでそうもい
かなかった。
 その催促で通信をしてきたと思ったのだが、その内容は違ったものだった。
「まあ、そこらへんは、もう、あきらめてるよ」
「・・・気味が悪いわね。妙に素直じゃないの?」
「ひどいなあ。これでも市民の義務は果たしてるつもりだぜ」
「どうだか・・・。それじゃ、なんの用なの?」
 その後のビリーの言葉は、演技が入っているとサリーには思えた。が、それは口に出
さずにいた。
「で、結局、獅子の嫡子って、どのぐらいの金額になったの?」
「・・・ばか。捜査の進捗状況を話せるわけないでしょ」
「まあ、そうだろうけど。
 あれだろ? さんざん大騒ぎしたあげく、せいぜい1億レートぐらいしか口座になか
ったんじゃないの?」
「・・・どうして、それを・・・?」
 まさに、それは事実だった。
 アクセスした先のデータは秘密口座そのもので、アクセスコードが変更され、事実
上、口座が凍結された形になっていたのだった。
 アクセスコードが不明な以上、それを現金化する事も移動する事もままならない。
 奪回に手段を選ばなかった事も、十分うなずける。
 だが、その中身というのが愕然とするものだった。
 ビリーの言う通り、その残額が1億レート余りしかなかったのである。
 無論、金額にかかわらず、犯罪は犯罪でしかない。
 だが、金額自体はかなりのものだが、国際的な組織による大掛かりの犯罪としては、
その額が余りにも小さいと言う印象は、確かに、捜査官の誰の頭にもあった。
「あれ? 当たっちゃった?
 いやね、こう言うのって昔からそうじゃん。
 使い込んだとか、さらに投資につぎ込んで大損したりして、結局、中身は空っぽって
話。
 どこでもよくあるストーリーさ。
 まあ、ありがちな結果だね」
 洞察だけでそこまで読めるとは思えない。
 それだけで充分、サリーに疑惑を持たせる会話だったのだが、わざわざ通信してくる
ビリーの真意を知りたいと言う好奇心が勝った。
「何? それだけのために、わざわざ連絡してきた訳?」
「ん?
 ・・・いや、それについて、おもしろい話があるんだけど。
 ・・・一口乗る?」
 
 
 
 大統領官邸の前に、様々なメディアの取材陣が殺到していた。
「連邦議会、財務省、国防省、その他の省庁、民間企業への一斉家宅捜索の最後の目
標、ここ大統領官邸に、今、中央検察局の捜査陣が到着しました。
 事件は、現職大統領の逮捕拘束という、前代未聞の事態へと発展しつつあります」
 レポーターの声が状況を伝える。
 その中、捜査官たちは官邸に入り、大統領執務室に立ち入った。
「ジュリアド・ゲドウィン大統領閣下。
 外国為替法、および内部情報不正使用禁止法違反の容疑で逮捕します」
 逮捕状を示しながらの捜査官の言葉にも、大統領、ジュリアドは椅子に深々と腰を降
ろし、表面上だけとしても毅然とした態度を崩してはいなかった。
「あなたには黙秘権があります。
 以後、あなたの発言は不利な証拠として使用される事があります・・・」
 容疑者としての権利を一通り伝えられた後、ジュリアドは言った。
「事ここに至っては、すべて指示に従う。
 軟禁は仕方がないとして、保釈はうけられるのかね?」
 男性の捜査官は、やや困った表情を浮かべながら、それに答えた。
「本来ならば、私から申し上げる事ではないのですが、それは無理かと思われます」
「なぜだね? もはや逃亡するだけの組織も資金も意思もない。
 この高齢で、留置所の生活は過酷とは思わんのかね?」
 高齢なのは確かだが、その鍛えられた肉体によって、後半は説得力に欠いていた。
「それには私がお答えいたしましょう」
「君は?」
「初めてお目にかかります。銀河警察局の バル・レイ・グラントと申します」
 サリーの上官であるバルであった。
「確かに、閣下の秘密口座には、約1億レートほどしか残ってはいませんでした。
 ところが、裏帳簿上、取引での損となっているものが、さまざまなルートでカモフラ
ージュされながら、ある団体に流れているのは、どう言う事でしょうか?
 それも300億レートと言う金額が、です」
 ジュリアドの表情が、ここで変化した。
「捜査中の段階ですが、これが獅子の嫡子の、真の姿ではないですか?
 保釈の段階で、何者かが救出、もしくは暗殺を装いこの国を脱出。
 その後、素性を変え、他国で隠匿生活を送る。
 シナリオとしてはこんなところでしょう。
 300億という金額は、それには十分です。
 なおかつ、過去の素性にかかわらず入国を許可する国はまだまだ多い」
 青ざめるジュリアドに追い討ちをかけるように、バルは続ける。
「さらに、軍隊が私的に利用された疑いがあります。
 証人、証拠とも揃っております。
 殺人、殺人幇助として捜査をしておりますが、最高指揮官たる閣下にも捜査が及ぶと
思われます。
 保釈は期待されない方がよろしいかと思われます」
 極めて事務的な口調で放たれた言葉は、痛烈なダメージをジュリアドに与えた。
 力なく背もたれに体を寄せた姿は、哀れみさえ漂わせていた。
 その光景を、サリーも見ていた。
 捜査の輪の、一番外側にいたサリーは、数日前のビリーからの映像通信を思い出して
いた。
 
 
「と言うような、二重三重のトリックを仕掛けてあるんではないかな? と言う話。
 まあ、あくまでも、あくまでも、仮定の話なんだけどね」
 そう付け加えつつ「真の獅子の嫡子」の正体を匂わせたビリーに、サリーは問いただ
した。
「カインね?」
 それは電子情報専門の情報屋の名前だった。データ貯蔵庫へのアクセスコードを知る
ビリーが、それを情報屋のカインに流し、その見かえりに高度な裏帳簿の情報を得た。
 銀河警察局でもその正体が掴めないでいるカインの事だ。それだけで裏口座を探し出
し、アクセスしたに違いない。
 確証はないが、その際、カインは資金のほんの一部、金額そのものはまとまった額で
あろうが、それを着服したと思われる。
 サリーはそう判断した。
「だから仮定の話だってば」
 ビリーは当然否定する。ビリー自体は金銭に絡んではいないだろうが、事実なら、犯
罪だ。
 だが、それを証明するための痕跡を、カインは残していないだろう。
 それも容易に想像がついた。
「判ったわ。司法取引としましょう。情報の見かえりに、捜査情報を流用した事は黙認
します。
 それでいいでしょ?」
「だから、例えばの話だってば」
「いいかげんにしなさいよ!
 これ以上とぼけると、本当にしょっぴいて尋問するわよ!!」
「おー、こわ! わかりました。それでいいです。
 ・・・じゃあ、またね」
 ウインクしながらそれだけ言うと、だしぬけに通信が切れた。
「まったく、もう!」
 画層が消えた青い通信画面に向かって、それしか言えないサリーだった。
 
 
  

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