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獅子の嫡子(15)




 木立の影に身を潜め、ビリーは辺りをうかがう。
『一人か、二人、・・・多くて三人?』
 それは意外な状況だった。
 先ほどのような時「勘」を優先させる時がある。だが、状況把握をする場合は、冷静
で客観的な見方をしているつもりだ。
 希望的観測で、敵の戦力を少なく見積もったりすれば、命取りになる。
 しかし、気配を読み取っても、判断材料を調べても、多人数に攻撃を受けているとは
考えにくい。
 攻撃の合間が長すぎる。こちらより多人数で待ち伏せをしていたのなら、反撃の糸口
を見つけさせないためにも、攻撃を仕掛けるはずだ。なにしろ、むこうが先手を取った
のだから。
 それがないと言うことは、罠か、それが出来ない理由があるのかの、どちらかだ。
 罠とは考えにくい。どんな罠だとしても、それを仕掛ける為の余裕。時間的にも条件
的にも、その余裕はないはずだ。
 だとすれば、人数は少ない。少なくとも作戦行動の可能な人数は、少数のはずだ。
『どういうつもりだ? やつら、軍組織の人間じゃないのか?」
 現在の状況から、少しずれた視点で、ビリーは悩まずにはいられなかった。
 事件に巻き込まれた当初に襲われた時は、相手の正体が掴めなかった。それ故、迂闊
に警察機関にも駆け込めなかった。
 なにしろ、その動きは軍事的な訓練をした人間の物だった。この国の警察機関が、味
方になってくれると言う保証もなかった。
 だが、事件の背後関係を聞いた今、自分を狙っているのは、ケルサバルの大統領に近
い者が送ってきた、刺客と言うべき人間達だと考えていた。
 ビリーの計算では、全滅させたとは言えないが、戦闘能力は完全に奪えたと判断して
いた。
 現実には、こうして攻撃を受けているのだから、見込みが甘かったことは認めざるを
得ない。だが、この小規模な戦闘は、一体どういう訳か、見当もつかない。
 通常の軍組織として、このような小規模での作戦行動は考えられない。ここは自分た
ちの領土外で、おそらく不法に入国したのだろう。この状況下で長居をすること自体が
危険行為なのに、まるで帰還を考えていないような行動は、ビリーには理解できなかっ
た。
 相手が気配を全く感じさせない事による焦りもあり、ビリーは心の中で毒づいた。
『まったくっ、何を考えてやがる! 気味が悪いったらないぜっ!!」



 一方、その「敵」も率直に言うと苦慮していた。ビリーに復讐を誓うオメガチーム、
かつて軍曹であったベイ・クワンである。
 ビリー達から見れば待ち伏せにあったと思えるのだが、彼にとっても不意な出来事だ
った。
 ビリーを追跡したものの、移動手段である車を潰され、移動もままならい状態だっ
た。
 非合法な手段でそれを手に入れるしかなく、そこで時間を大幅に費やしてしまった。
 ようやく、ここに辿り着き、ビリーのスピーダーを確認したところで、ビリーの姿を
認めたのだった。
 優位な立場にはいたものの、それも決定的なものではなかった。いわば遭遇戦に近い
様相を呈していた。
 故に、彼、ベイも有利なポジショニングもできておらず、トラップを仕掛けるような
余裕は、さらになかった。
 結果的に膠着状態に陥ったのだが、最初の一撃で勝敗を決することが出来なかったと
いう点で、自分が不利な状況に陥っていると、ベイは気がついていた。
 ビリーの傍らにいた男たちが、どういう存在かは不明だが、その後の動きを見ても、
ビリーの敵対勢力とは考えにくい。
 ベイにとっての敵と考えるべきで、それは、長引かせればそれだけ不利になると言う
事を意味していた。
 短時間の戦闘で決める。それが彼の結論だった。
 気配を消し、ベイはビリーに近づく事を試みた。直接、手を下さねば。という感情が
彼の心から消えていなかった。


 だが、ビリーとしても、それは読んでいた。心理までは予測しえなくとも、短期決戦
という点では同じ結論に達していた。
 すでに連絡を取っているので、捜査官達がすぐに駆けつけて来るだろう。
 詳しい事情が判らなくとも、こちらの人数を考えれば、逃げるか、短時間で決着をつ
けるか、の二者択一になるはずだ。
 問題は、それがどういう方法を採るかという点で、それを察知するためにも、ビリー
は全神経を研ぎ澄ませ、あたりに集中させた。
 すなわち、その時まで、それほどの時間はないと判断していた。
 実際、双方が考えていた時間は、ほんの数秒だった。
 迅速な判断ができなければ、戦闘では「死」に直結しかねない。それ故、二人の判断
は早かった。
 そして、それは来た。
 金属弾が、弾幕となってビりーに襲いかかってきた。
「援護を!!」
 ビリーが叫ぶ。
 妙な事に、戦闘の中心はビリーとなっており、二人の捜査官が援護をする側になって
いた。本来ならば参考人であるビリーが、戦闘に参加する状態は異常なのだが、それに
誰も気がついていなかった。
 事実、こういった訓練はされてない捜査官に、援護を期待する事さえ酷なことだし、
戦闘となれば、さらに望みようもない。

 自分からから見て右方向に、ビリーは横っ飛びに移動し、そのまま3回転ほど地面に
転がる。年輪を重ねた倒木の影に隠れ、仰向けの体勢でやや斜め前方の上空に向かい、
2発、銃を撃った。威嚇を意味しているのだが、効果があるとはビリー自身が思ってい
なかった。
 むしろ、自分の位置を知らせるようなものだと、承知はしていた。
 直後、ビリーの視界に入ってきたのは、手榴弾だった。初めて見るタイプのものだ
ったが、この手のものは、黙っていても本能が警報を鳴らす。
 ビリーは飛び跳ねるようにその場から離れる。その際、右肩のあるブロック状の物を
左手で外す。
 これは飾りではない。特殊火薬の一種で、手榴弾の代わりにもなる。
 発射されたと思われるあたりに、それを投げつける。ほとんど時を同じくして、ビリ
ーの背後で爆発が起こる。その爆風に、半ば押されるように高さ1メートルほどの茂み
の中に飛び込む。とがった枝が体のあちこちに痛みを与えたが、構って入られない。
 投げた特殊火薬の火柱があがる。発火地点の付近に、茂みの中から銃を撃つ。
 木陰が動いた。姿そのものは見えないが、「敵」だ!
 ビリーから見て、右方向にその影は移動した。それに相対するかのようにビリーも移
動する。銃が乱射されたが、お互い移動しているのだ。そうそう当たるものでもない。
 直径が1メートルはある木の幹に取り付き、陰から連射する。
 だが、分が悪い。相手は連射式のライフルだろう。
 ビリーの銃の弾倉が空になった。
 木に隠れ、素早く弾倉を取り替える。
 だが、そのわずかな時間だけでベイには十分だった。援護をする捜査官を、ライフル
の一連射で動きを封じ、ビリーの隠れる木に向かって、銃を構えながら走り出した。
 ビリーは動きを封じ込められた。客観的に見れば。
 だが、意外な光景がベイの視界に写った。
 木の根元付近に閃光が走った。
 いったい何の光なのか、ベイは一瞬、理解できなかった。
 それが、ビーム兵器類の光だと気がついた時、状況は一変した。
 木がベイに向かって倒れて来たのだ。
 ベイは近づきすぎていた。樹木の下敷きになる位置にいた。
 横に跳ね、それを避けたベイに向かって、今度はビリーが襲いかかった。
 ビリーは、まだ倒れきっていない木の幹を「駆け上がって」来たのだ。
 ビリーの右手には、長さ20cmほどの金属製の筒があり、その先から1メートル弱
のビームの剣が光を放っていた。
 ビームフェイバーと呼ばれる、特殊な武器だった。小型のエネルギー刀としては強力
この上ないのだが、触れるものを何でも切り裂いてしまい危険極まりない。それ故、扱
う者に相当の技量を要求する。
 ベイ自身も扱いかねて、使用をやめた経緯がある程だった。
「うおぁっ!!」
 ビリーが叫ぶ。
 反撃の体勢を取る間もなく、ベイはビリーに懐を取られた。
「くっ!」
 とっさにライフルを捨て、腰に装備していた戦闘用ナイフを抜く。
 だが、抜かれたナイフの刃を、ビリーが左手で掴んだ。
 戦闘の経験が豊富なベイも、その行為には驚きを隠せなかった。
 しかし、その直後、さらに驚くべき事が起きる。
 強化セラミックの刃が、付け根の部分から硬質な音と共に、真二つに折れた。
「!」
 そして同時に、ベイの左の肩口には光の刃を収めた、ビームフェイバーが押さえつけ
られ、さらに、折れた戦闘用ナイフの切っ先刃が、首筋に当てつけられていた。
「勝負あった! ジタバタするな!」
 ビリーの言う通り、完敗だった。
「・・・義手にその武器、戦闘技術。・・・お前、何者だ!?」
「ただのトライアローさ」
 冷酷にビリーが言った。
 勝敗が決したことを悟った捜査官が駆け寄ってくる。
 その光景を横目で見ていたベイに、ビリーが言った。
「自決はやめとけ」
「!?」
「犯罪者の片棒をかつぐ事はないぜ」
 ビリーの言っている意味が、ベイには判らず、動きが止まる。
「あんたは生粋の軍人だ。見れば判る。
 命令されて来たんだろ?」
 ベイは何か言いかけたが、口にはしない。
 ともかく、ビリーはベイを思いとどまらせる事が出来た。
「事件の真相を知ってから決めても、遅くはないと思うぜ」
 捜査官に身柄を確保されながら、ビリーの言葉をベイは聞いていた。
 身を翻しながら、誰に言うでもなく、ビリーは言った。
「でかい組織の末端は、親玉が何をしてるかしらないもんさ」
 苦い成分が漏れた。


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