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獅子の嫡子<13>




 いくら戦意を感じさせないと言っても、まわりを取り囲まれては、ビリーの神経がさ
さくれ立つのも無理はない。
 リーダー格の男が、その緊張を解きほぐそうと言うのか、笑みを浮かべる。
「君が用心するのも判ります。私はこういう者です」
 そう言って、彼がかざしたのは、身分証明証だった。
「・・・司法局。・・・管理官?」
 ビリーは、その意外な正体に、唖然とする。
「ロングランド連邦。総合司法局。国際犯罪部、第4課、主席管理官。
 ベンフレッド・コワルスキといいます。
 ビリー・ロウェルさんですね」
 ビリーはうなずいた。
「今、あなたは誰を、どの組織を信じればいいか、確信が持てないでいる。
 違いますか?」
「なんでもかんでもお見通し、みたいな口ぶりだな」
 ベンフレッドの言い方は丁寧なものだったが、ビリーにとっては癇に障る類の物だ
った。
 明らかに気分を害したというビリーの言葉にも、ベンフレッドは動じない。
「それはないだろうが、当事者である君より、君の立場は理解しているつもりです。
 同行して頂けますね?」
「嫌だと言ったら?」
「ふうむ。なら、仕方がありません。証拠隠匿で、逮捕する事になります」
「汚いね〜」
「国家レベルの犯罪です。不本意だがやむを得ません」
 飛び出した単語の重大さに、ビリーの思考回路が急激に動き出す。
「詳しい話を聞かせてもらえるかい?」
「残念ながら、捜査上の秘密で、一般市民や外国人に、現時点で、知らせるわけ
にはいきません」
「・・・じゃあ、お断りだ」
 ビリーは両手を方の高さに上げ、そう言った。
「自分が何のために命を狙われたのか、それも知らないまま手を引けるか!
 文句があるなら逮捕でも何でもするがいい!!
 そのかわり、俺は何も喋らん。 何一つ、証拠も提出しない。
 運び屋をなめるな!!」
 ビリーのそれは、ほとんどハッタリに近い。ビリーに、この事件の全容などは計
り知る事は難しく、自分自身を、さらに不利な立場に追い詰めることにも、つなが
りかねなかった。
 だが、偶然か、なにか策のあっての事か、ベンフレッドがのってきた。
「確かに、君の言うことにも一理ある。
 ここは取引といきましょう。
 こちらも事件の概要を話す。そのかわり、捜査に協力してもらう。
 それなら文句はないでしょう」
「管理官!!」
 ビリーの周りにいた捜査官から、そんな声が上がる。
「仕方ありません。切り札は彼が握っているのです。
 彼の協力が必要不可欠です」
 そう言ってビリーに視線を向ける。
「切り札というより、ジョーカーだろうがな」
 皮肉を込めてビリーは言った。
 
 
 
 ビリーが案内されたのは、村にたった一軒のみのホテルだった。
 とは言っても、下が酒場で、2階が部屋を貸していると言う、質素な2階建てで
ある。
 その一室に、ビリーはいた。
「まず、君が依頼を受けた件がどんなものか? ですが・・・」
「知ってるんだろ? その様子じゃ」
「なんらかの郵便物であるということは」
 ビリーは肩をすくめた。
「それがなんなのかは、この際伏せておく。
 だが、それが"獅子の嫡子"と、どう関わるんだ?」
「そこまで知っているのですか」
「だが、何度もブツをみたが、埋蔵金なんかが隠してあるような事は、何も書いて
なかったぞ」
 ベンフレッドが含みを持った笑みを浮かべる。
「どこで聞いたかは存じませんが、あなた自身、そんな話を信じているわけではな
いでしょう」
 手のひらで躍らされているような気持ちが心を覆い、ビリーは面白くもない、と
いう表情でうなずく。
「獅子の嫡子と言うのは、埋蔵金などではありません。
 ケルサバルの現大統領、ジュリアド・ゲドウィンと、この国の一部の高官による
不正蓄財の名称です」
 
 

「それって、国を使ったインサイダー取引じゃないですか?」
 レオンが言った。
「そう、政策発表で変動する、株価、為替相場での売買で、資産を不正に蓄えたという
容疑だ」 
「現職大統領の、・・・犯罪」
 事件の概要を聞き及び、サリーは驚きを隠せない。
 横にいたレオンも、また、同様だった。
 捜査責任者のバルが続ける。
「発想そのものは単純で、誰でも考える事なのだろうが、在職期間が長いと言うことも
あって、その手口が巧妙になっていた。
 だから、その立証が難しかった。
 だが逆に、そうなると関係者も多くなり、罪の意識からか、待遇の不満からか、裏切
る者が出るのも、また避けられない」
 サリーとレオンの脳裏に、一人の固有名詞が浮かんだ。視線を交わし、代表としてサ
リーが口を開く。
「例えば、死亡したアラン中尉だとか?」
「・・・彼もそのうちの一人と考えて、間違いはないだろう。
 彼は、司法取引の相手先として、ロングランドを指名した。そこで、シュタインメッ
ツ氏が浮かんできたと言うわけだ」
「ロングランド? じゃあ、あの国も、この事件に関与していると」
「充分考えられる。いくら国家主席として権限を持っていたとして、これだけの犯罪
を、自国だけで行うのは、難しい。
 少なくとも、協力者がいると考えて良いだろう」
 事の重大さに、サリーもレオンも声を失った。
 銀河警察局という組織にいる以上、国際犯罪に携わる事は、充分あり得ることなのだ
が、いざ、自分が遭遇してみると、呆然としてしまう部分がある。それを自覚してしま
うのだ。
「そこにビリー・ロウェル氏だ」
 バルの言葉に、サリーの眉が、自分の意志に逆らってピクンと動く。
「シュタインメッツ氏が最後に接触し、ガルネイド連衆国が国際手配をした人物。
 どうやら、この事件の鍵が、彼の手元にあると考えるべきだろう」
 そこまで言うと、彼はサリーに視線を向ける。
「ホワイト捜査官」
「はい」
「事件の緊急性、かつ重要性を考慮して、君に協力して欲しい」
「命令ではなく?」
「そうだ。
 公的でも私的でも構わない。彼、ロウェル氏と接触を取り、身柄の確保に全力を尽く
してくれないか?」
 言われるまでもない。仮に、逆の命令をされたら、拒否していただろう。
「はい。微力をつくします」
 サリーは大きくうなずいた。
 
   
 
 事の重大さに驚いていたのはビリーも同じだった。
 国家的犯罪の渦中に自分がいるとあっては、そうそう落ち着く事もままならない。
「しかし、俺のなぜ行き先が判った?」
「郵便物で連絡する際、この村の架空の住所が連絡先になっていたのです」
「ここに司法局の支部があるとも思えないが?」
「もちろんです。通常の郵便の場合、宛先コードに暗号文が書き込まれており、司法局
に連絡が入る。
 そこで郵便物を押収する。という段取りです」
「荒技だな」
 ベンフレッドは無言でうなずいた。
「だが、今回は君が直接輸送した。これはこちらの想定外でした」
「だから、ここで待つしかなかった。と言うわけだ」
「そうです。
 だから、君が戦闘に巻き込まれても、それを知るのは事が終わった後でした」
 その言い方に皮肉を感じ、ビリーはわざとらしく素知らぬ顔をした。
「渡して下さいますね? この事件の鍵を」
 だが、ビリーは素直に同意しない。
「正直にそこまで言ってくれた事には感謝するが、だからと言って、あなた方を素直に
信じる事もできない。
 事態がここまで大事だと、あなた達が当事者ではないという確証もないからだ」
 ビリーの言葉に、その場の雰囲気が固まる。
「銀河警察局に、サリー・ホワイトという捜査官がいる。
 こちらの証拠提出の際、彼女に立ち会ってもらいたい。
 事件を自国で解決したいという気持ちも判らないではないが、ここに至っては、銀河
警察局の介入も、致し方がないのでは?」
 司法局の面々は悟った。自分たちの交渉相手が、一筋縄ではいかない人物であった事
を。
 ベンフレッッドは渋々ながらもうなずくしかなかった。
 驚嘆と冷ややかな視線の中、ビリーは不敵な笑みを浮かべた。

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