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獅子の嫡子<12>



 比較的近くに爆発音が響いた。チームオメガのメンバーは、それがなんであるか、推
測することは容易だったが、今はどうすることも出来なかった。
 斜面の窪地に遺体が集められ、首に掛かっていた認識票が引きちぎられる。
 その斜面の上の細道に、6名のメンバーが集まっていた。そのうちの3人には、治療
の為の包帯が、腕や、頭に巻かれていた。
 ビリーの攻撃に、予想外の損害を受けた彼らは、その処理に追われていた。
 密入国の特殊攻撃だった。国際問題をさけるためにも、この戦闘はなかった事にしな
くてはならない。
 遺体の回収は後日にならざるを得ない。いや、それができるのなら、まだ救われるか
も知れない。
 ただでさえ、戦闘の轟音は近辺の町に届いた可能性が高い。事件性を考え、地元の警
察機関が動き出したら、ここに長居する事は、それだけで危険だ。
 戦死者に別れを惜しむ暇はない。
「遅くとも、夜明けまでには、ここから撤退する。遺体は、回収部にまかせる」
 ケーマが命令を下す。だが、そのコードネームももはや意味がない。
「”軍曹”、これからの指示は?」
 その声に彼は答える。
「戦死、9名、負傷3名。完全に作戦は失敗した。
 一刻も早く、この国から離脱する。証拠を残すな。
 ギャロはキーマを、デペレイドはラドルを補佐して山を降りる。
 ガイクは地力で歩けるな?」
 頭に巻いた包帯に、赤黒い血痕を浮かべる男はうなずいた。
「通信ができ次第、ピッキングポイントに向かえ」
「軍曹は?」
 軍曹と呼ばれる男、名前をベイ・クワンと言う。
 ベイは答える。
「俺は落とし前をつける。あの運び屋を、やる」
「軍曹。そりゃ、いけません。正規の任務から外れます」
「わかってる。これは個人的な復讐だ」
 そう言って、首から下げている認識票を外し、一人に手渡した。
「こっからは軍とは関係ない。俺、個人での行動だ」
「はやまっちゃいけねえ。次の機会にかけるべきだ」
「俺達に次はない。こんな惨めな結果を残したらな」
「軍曹」
「時間がない。議論はここまでだ」
 確かに時間はなかった。ベイが、無事に国に帰る事ができる可能性は、かなり低い。
 だが、このまま帰国できたとしても、軍での自分たちの立場は苦しい物になる。
 命あってこそ、という考え方が、彼、ベイには通じないという事を、他のメンバーは
知っていた。
「ご武運を」
「お前らも」
 そう言葉を交わした彼らは、同じ方向に歩き出した。だが、身軽なベイは他のメンバ
ーより素早く行動し、自分たちの乗ってきた車の所までやってきた。
 だが、そこに待っていたのは、どう見てもスクラップと化した三台の乗用車だった。
『やってくれる』
 ベイは走り出した。だが、その動作には余裕があった。
 実はビリーは見落としていた。ベイが、念のためにと、新たに発信器をスピーダーに
取り付けていた事を。
 スピーダーは、「故意に破壊されなかった」のだ。
 この点で、ビリーに油断はあった。
  
 
 
 サリーは、通信回線を確保し、銀河警察局と連絡を取っていたのだが、突然、暗号文
での連絡を指示された。
 それは、「獅子の嫡子」という単語の検索を依頼した直後からだった。
 それ以降の銀河警察局の対応は、サリーにとっては未体験の出来事となっていた。
 彼女が初めて見る局内の高官達が、ケルサバルに次々とやってきたのだから。
 極秘裏に首都のホテルに捜査本部が置かれ、サリーとレオンは事情報告を指示され
た。
 当初こそ、軍のデータバンクへの、不正侵入による違法捜査が問題になったのだが、
それがあくまでも形だけだという事は、聴取をうけていたサリーとレオンが一番判って
いたかも知れない。
 局内でエリートと知られる、バル・レイ・グラントという40歳台の男性捜査官が、
捜査指揮を受け持っていた。
 彼が執務に使っている一室にサリーとレオンが呼ばれ、テーブルに相対して座った。
 バルがサリーに言った。
「君達のおかげで、内偵を進めていた懸案が、急速に進展した。
 事ここにいたっては、詳細を話さないわけにはいかない」 
 そう言って、手元にあったファイルをサリーに差し出し、見るように促した。
 サリーとレオンは、そのファイルのページをめくっていったが、やがて一人の固有名
詞にその視線が停まった。
「そう、君達が捜査をしていた、シュタインメッツ氏は、ロングランド連邦所属の、
潜入捜査員だった可能性が高い。
 当然、ロングランド側としては、そんな事は認めていない。
 問題は、彼が何を捜査していたか? なのだが・・・」
「獅子の嫡子」
 短くサリーが言った。
「そうだ。彼が接触していた、”飲食店”の女性従業員、そして、交際をしていたと言
う軍士官。彼のファイルに、獅子の嫡子という単語があった事で、それまで我々が進め
ていた捜査とのラインがつながった」
 もったいぶった言い方に焦れ、レオンがズバリと聞いた。
「いったい。獅子の嫡子とはなんです。これほどまでにして秘密にする物なのです
か?」
 若い新任捜査官の、不躾とも言える質問にも、バルは不機嫌そうな表情は浮かべなか
った。たとえ内心がどうであっても・・・。
「包み隠さず話そう。これは、最高機密に関する。
 獅子の嫡子とは・・・」
 
  
  
 その報告に、男は一時、声を失った。
「軍の、最精鋭、オメガが、壊滅?」
 ようやく絞り出した言葉は、事実の確認だけだった。
「・・・はい」
「ばかな!!」
 唇を震わせ、その男は立ち尽くした。
「今後はいかがいたしましょう?」
「・・・捜せ! どんな手を使っても、その運び屋を捜し出すのだ!」
「わかりました。大統領閣下」
 
 
 
 バラバラだった事柄の糸が、やがてつながり、一つの物になろうとしていた。
 その結び目は、ビリーの手元にあった。
 そして彼は、今、ある集落に辿り着いていた。
 たった一枚のはがきを届けるという依頼のために。
 ケルト村。それがその集落の行政単位だった。
 その村の生い立ちは、ビリーには見当がつかなかった。時代がかった設計の家々が並
ぶ以外、さして特徴のない村だ。 人口は千人弱ほどだろうか? 
 その村の中を、ビリーは徒歩で移動していた。
 スピーダーでの移動では目立ちすぎる。ただでさえ、スピーダーは砂の影響で、部品
がいつ駄目になるか判らないような状態だったのだ。
 だから、時間がかかるにしろ、徒歩での移動となった。だが、それは彼が予想してい
た以上の労力が必要だった。
 なにしろ目的地が見つからないのだ。
 はがきの住所を、尋ね歩いたのだが、一向にらちがあかなかった。
 そうこうしているうちに、ビリーは数人の男達に取り囲まれていた。
 決して気がつかなかった訳ではない。だが、彼らに戦意という物がまるで感じられな
かったため、状況を見送った形となった。
 リーダー格とおぼしき男が、ビリーに向かって言った。
「その住所を知っている」
と。


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