獅子の嫡子<11>
「キングッ! 罠です!!」
ケーマが声に出して叫ぶ。
「オプションCに移行! 集合ポイント、後方200メートル!」
『やられた! あの警報トラップは、心理トリック!!』
キングの胸に、後悔と屈辱の念が生まれる。 だが、訓練された精神によって、それ
に動ずる事はなかった。
冷静に、だが急を要するため、音声にて命令を下す。
「コース、援護を。各員、後退しながら、状況報告。
エッジ。報告を。エッジ」
繰り返された命令に、ようやく返事が来た。だが、それはキングが望んだ声ではなか
った。
「こちらフ−β。エッジ、α、θ、戦死。β、δ、負傷。
現在、両名、後退中」
キングの精神に暗雲が立ちこめる。だが、それによって、命令に支障があってはな
らない。
各個の状況報告を聞きながら、すぐさま、命令を下した。
「シルバー、爆発物探査に、切り替え。あと二つ程度のトラップがあるかも知れん。
ストレート、エッジ班をフォロー」
この時のキングの判断は、結果的には間違っていた。だが、それを責めるのは酷だろ
う。
この状況下では、追っ手を足止めにするためのトラップ、と判断してしまうのも無理
はない。
まさか、
”たった一人で、待ち伏せ”
をするなどとは、彼らのセオリーにはなかったのだから。
「ぐっ!」
突如、脇にいたシルバーの身体が、後頭部から血しぶきを吹き出し、後方に吹き飛ん
だ。
『狙撃!?』
一瞬、状況が掴めなかったキングだが、すぐにそう判断できた。その状況判断の間
が、キングを挟んで反対側にいたゴールドとの明暗を分けた。
「伏せろ!!」
叫びつつ、キングが言った時、ゴールドも同じ結論に達していた。だが、ほんのわず
かの遅れが彼にもたらしたのは、銃弾の弾幕だった。
「があっ!」
体中に銃弾の痕跡を残し、地面に倒れる。
「コース、銃撃を受けている。援護を」
「了解。目標、視認」
と答えるコースの覗く暗視スコープには、オートライフルを連射する、ビリーの姿
が浮かび上がっていた。
位置はキング達の位置から、わずか20メートルほどの距離だった。
その肩口に、レーザー照準が赤い点を付ける。
「なめるな」
無意識のうちにそう口にしたコースが、引き金を引こうとした時、彼の神経が危険信
号を鳴らした。
『ミサイル!?』
頭上に、ミサイルの航跡が接近していた。彼は認知できなかったが、そのミサイルは
速度も遅く、小型の物だった。だが、彼にとって威力は悲劇的に絶大だった。
頭上でそのミサイルが破裂する。そこからは小さな金属球が、四方にはじけ飛んだ。
体中に衝撃をうけ、たまらず、足場の枝からずり落ちた。
枝に身体を引っかけながらの落下のため、それによるダメージは少なかったが、すで
に戦闘能力はゼロに等しくなっていた。
「キング。ビーンズです。・・・レーザー照準を、逆手に・・・とって・・・」
地面にたたきつけられ、苦痛にさいなまれながらのコースの報告に、キングは戦慄を
覚えた。
ビーンズとは、散弾銃のミサイル型と言うべきだろう。殺傷能力自体は低いが、狙い
が正確でなくとも、広範囲に損害を与える事ができる。
今回はさらに、レーザーの光を目標に設定していたのだろう。至近距離への誘導が可
能となっていた。
だが、キングが戦慄を覚えたのは、それだけではなかった。
『これは正規の軍隊の戦法ではない。だが、ゲリラのものでもない。
荒っぽく、緻密なこの戦闘はなんだ!
なぜ、こんな装備を持っている? 奴は何者だ!!』
キングはその推理を試みたが、結論を得る事ができなかった。
まったく気配を感じさせない何者かが、彼の背後に立っていた。
銃声が響く。
その直後、キングの意識は、永久に戻る事なく失われた。
小銃を構え、用心深くケーマがその場所にやって来たのは、銃声から数分後だった。
状況は一目瞭然だった。ケーマはあたりを見渡しながら、電波を飛ばす。
「ストレート。キングが戦死した。指示を」
だが、返事がない。
「ストレート。応答を! 聞こえるか!」
ストレートも、また、返事をできる状況ではなかった。
エッジの班を援護するため、3人一組で行動していたストレートを含む「A班」は、
統率された動きで移動していた。
お互いがお互いをカバーする、理にかなった行動だったが、信じられない事態が彼ら
を襲った。
一瞬、ほんの一瞬、他の二人、フ−1、フ−2両名が、ストレートを視界から外し
た。その直後、二人が見たのは、背後から肩口にナイフを突き立てられた、ストレート
の姿だった。
そして、肩口から心臓にかけて致命傷を負わされたストレートは、薄れゆく視界の中
で、自分の戦友が、次々とナイフで殺されていく光景を見つめていた。
暗闇の中、彼らを葬っていった男、ビリーの色のない表情と、身体中に点在する赤黒
い血の跡が、ストレートが最後に見た物だった。
「そんな、バカな」
彼はそう口にしたつもりだったが、その言葉は音声には、なっていなかった。
ほんの数分で勝敗は決した。
オメガチームは、自分たちが狩る側だと思っていた。実は自分たちが狩られる側にな
っているのだと気がついた時には、すでに手遅れだった。
その時点で「敵」ビリーは、「戦場」を後にし、安全圏へと立ち去っていた。
無傷の者であろうと、負傷者であろうと、戦闘意欲はすでになく、自分たちの立場に
呆然とするだけだった。
「勝者」となったビリーだが、その表情にはむしろ、苦い成分が多く含まれていた。
自らが辿ってきた道を逆進し、乗り捨てたスピーダーの場所まで来ていた。
ボディをくまなく調べ、そこに発信器を見つけた。足下に投げ捨て、かかとで押しつ
ぶす。メンテナンス用のハッチを開き、スイッチ類を操作する。
キーを差し込み、始動する。事も無げに動力が入る。
「気がつかないうちに、油断してくれたな」
それは無意識のうちに漏れた言葉だった。戦略からすれば、移動手段を使えなくして
おくのは常識である。
それを怠った事を言っていた。
ビリーはその近くにあった3台の車を見た。
サバイバルキットのパックから、爆薬を取り出し、慣れた手つきで車にセットした。
その爆薬は、ビリーを載せたスピーダーが、その場を離れた3分後に、彼らの車を破
壊した。
速度を抑えつつ、ビリーは真の目的地へと向かった。