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獅子の嫡子<10>


 
 
 森林に覆われた山裾が夕闇に染まる頃、ビリーのスピーダーは山沿いの道に停止して
いた。
 それを取り囲むように、男達が、いた。ビリーを襲った男達だ。
「一旦、別の方向に逃げて、発信器を外した後、本来の目的地に向かったわけか」
「方向にして、約90度。こちらが本命の方向でしょう」
「乗り捨てた理由は?」
「おそらく、これだと思われます」
 と言った男がスピーダーの一部を指さした。
「砂か?」
「ええ、砂漠の砂が推進機を故障させたんでしょう。
 皮肉な物です。時間差で足が限界になるとは」
「まあ、そのおかげで追いつけたと考えると、武運はこちらにあるのかも知れんな」
 そんな会話をしている男達に向かって、山沿いの木陰から別の男が声をかける。
「キング」
「ケーマ。痕跡でも?」
「比較的、新しい足跡が一人、この山を登っています」
「地図を」
 キングと言われた男が、そう指示すると、薄いフィルムを傍らの男が広げる。そのフ
ィルムに等高線で描かれた地図が浮かび上がる。
「山の向こうに町がありますね」
「ここが目的地?」
「わからんが、夜になれば動きづらいはずだ。今夜のうちにケリを付ける。
 ケーマ、案内を。他の者は追撃戦の準備。オプションはBまで!」
「了解」
 声が揃い、手慣れた手順で男達は用意を始めた。
『いつまでも逃げ切られると思うな。
 私達、”オメガ”がオメガであるゆえんを見せてやる』
 リーダー格、”キング”と呼ばれる男は、一人そう思った。
 彼ら”オメガ”が、その姿、その牙を、本格的に見せ始めた。
 
 
 
 時を同じくして、ビリーの声が夕闇に漏れた。
「トライアローが、逃げ専門じゃないところを見せてやる」
 
 
 
 夕日の名残も完全に消えた頃、「オメガ」のチームは、峰の中腹、か細いハイキング
コースを歩いていた。
 ケーマと呼ばれていた男が、一団から少し離れた先頭を歩く。
 残りのメンバーは比較的まとまって歩いていた。
 人一人がやっと通れるような道幅なので、縦長の隊列になっていたが、ケーマに対し
て信頼を置いているのだろう。
 各自、背中に大きなバッグを背負っているが、普通の服を着ている。ただ、それぞれ
が拳銃や、ナイフなどの武器を携帯している事が、違和感を感じさせる。
 そんな状態で、静かに素早く進んでいたが、やがてケーマの動きが止まり、右手を静
かに上げる仕草で、状況が一変する。
 キングの手が様々な動きで指示を伝えると、各員がそれぞれの方向に音もなく散開す
る。
 配置が完了した頃、キングは、静かに、それでいて素早く、ケーマの所に移動した。
 その気配を背後に察し、ケーマが肩越しに振り向く。
「なにか?」
 この、キングの問いかけは、声ではなく、手の動きで表現された、彼ら独特の手話に
よって発せらていた。
 ケーマは右手、人差し指で前方を指さす。暗視ヴィジョンを備えた小型双眼鏡で、
キングがその方向を確認した。
 その方向、二手に分かれた道のその中間、やや、彼らの位置から高い中腹に、迷彩色
が施された簡易テントが設営されていた。
『状況からして、運び屋の物だろうな。
 あそこなら退路も確保できるし、位置的にも悪くない』
 キングが双眼鏡から目を離すと、ケーマが今度は、自分の足下を指さす。
 そこには道の端から端まで、10センチほどの高さで、線が張られていた。
『トラップ?』
「ただのセンサーです。直接の危険はありません」
 やはり、手話でケーマが言った。
『万が一、民間人が通った場合、後が面倒。
 警報装置での追っ手対策か。状況からすると、あのテントで休息してる事になるな』
 キングが状況を確認していると、ケーマが手話で語りかける。
「テントに気を取られ、足下をひっかけるという、絶妙な位置です。
 目標は軍にいたか、戦闘経験が豊富にありますね」
「手強い可能性か?」
 キングの手話に、ケーマがうなずく。
 キングが左手の袖を引き上げると、大きめのリストヴィジョンが現れた。
 そのパネルを素早く操作すると、そこに打ち込まれた文字を内蔵AIが読み取り、
音声で、無線信号として発信した。
 その音声は、各員が装着しているイヤーレシーバーと呼ばれる、小型の受信器から、
命令となって伝達された。
「攻撃オプションをBレベル。危険と判断した場合、射殺を許可」
 散開し、所定のポジションについていた各隊員が、視線を交差させる。
『やばいのか?』
 そんな、共通した意識の中、コースと呼ばれている隊員が、一本の木を軽々と上って
いった。 しっかりした枝に足場を固めると、背にしていたバッグから狙撃用ライフル
を取り出し、なれた手つきで組み立て始める。
 また、シルバーと言う作戦名を持つ隊員は、小型の暗視装置を取り出し、キングの脇
で監視を始める。
 各員が手にしていた武器から、小銃などに手持ちの装備を変更していった。
"フ−α準備完了"
"エッジ準備完了"
"フ−β準備完了"
"フー3準備完了"
 キングのリストヴィジョンに、各員の状況が表示される。
 それを確認してから、キングはシルバーの肩をたたき、状況を説明させた。
「 熱反応はありますが、人間だとは確認できません。
 あたりも小動物の熱反応があるので、この中に紛れ込まれると判別つきません」
 やはり手話での報告に、キングはすばやく作戦を立てる。
『夜間用装備が手薄なのは痛いな。
 ・・・ともかく、どっちにしろ、やるしかないんだが』
 そしてリストヴィジョンを操作した。
「ストレート班、二手に分かれ退路をふさぐ。
 エッジ班、目標に接近、確保、。
 コース、狙撃用意。実施は判断に任せる。
 ゴールド、シルバーはキングと共に行動。
 ケーマ、独自の判断で補佐
 状況開始」
 最後の一行が、音声となって各自に伝わった瞬間、彼らの動きが変わった。
 高度な訓練をされた動きで、それぞれの位置に素早くつく。その動きには全くの無駄
がなかった。
 エッジ班と呼ばれたグループ、5名が、目標であるテントに近づく。
 ストレート班は6名。それぞれ二手に分かれ、退路をふさぐ。
 その光景を見ていたケーマは、言い様のない不安感に襲われていた。
 その不安感がなんなのか、彼は思いを巡らせていたが、その理由が説明できない。
 展開状態は問題がないように思える。各員の動きにも問題はない。理論立てていく
と、問題点はなにもないのだ。
 だが、彼の脳から、ちりちりとした危険信号が消え去らない。
 それは勘と言うべき物なのだろう。それ故、彼は作戦の凍結や中止を、上申する事が
できないでいた。
『間違いなく、軍隊の経験者。発信器の利用や、逃走ルートの取り方。テントの設営と
警報装置の設置。どれをとってもそれを裏付ける。
 だが、やつは、なぜ警察に駆け込まない?
 背後関係を気にしているとしても、そう言った素振りも見せないのはなぜだ。
 なぜ、自分で解決しようとする? なぜこんな場所で仮眠をとる? 警報装置を付け
るような用心深さがありながら、一気に縦走しようとはしないのはなぜだ?
 つじつまが合わない行動は、なぜだ』
 そして、エッジの班が音もなくテントに近づき、まさに取り付こうとする時、彼、ケ
ーマは、レシーバー付属のマイクに向かって叫んでいた。
「駄目だ! キング!!」
 その瞬間、闇を引き裂いたのは、目も眩むような閃光、鼓膜を打つ爆音、そして、激
しい爆風だった。
 エッジの班、5名を巻き添えにして、テントが吹き飛んだ。
 明らかに爆発物による物だった。
 ビリーの反撃が始まった。


 

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