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獅子の嫡子<9>

 
 
 
「許可証はお持ちですか?」
  警備兵にそう訪ねられ、サリーは身分証明証と、銀河警察局発行の調査許可証をし
めした。
 しばし、許可証の文面を眺め、警備兵はそれを返した。
「はい、結構です。
 ただし、お通りの前に、ここに指紋を残して下さい。退場時の確認のために必要とな
りますので」
 そう言いながら差し出された、黒の薄いタッチパネルに、サリーは右手の指を当て
た。
 それに続いてレオンも同じ動作をした。
  
 二人がやって来たのは、コラムトリトーン郊外の強襲陸軍基地のある、アトラント基
地だった。
 事件の手がかりとなるアラン中尉の消息を知るため、ついに銀河警察局として、正式
に動く事になったのだ。
 レム・オルは別方面から操作するというので、今回は二人だけでの捜査だった。
 もっとも、二人とも彼に好感を持っているとは言い難いので、好都合と言えば好都合
ではある。
 
 
 
 基地内の広報部を訪ねると、デスクワーク専門という物腰の女性中尉が、カウンター
越しに応対した。
 身分証明証と捜査許可証の文面を読み比べ、モニターに許可証を当て、丹念に身元確
認をした。
『こういう仕事は、どこでも同じような手順を踏むものね』
 自分の部署も例外ではないと知りつつ、待ちくたびれたように、サリーがそんな事を
考えた頃、女性士官が検索を終え、身分証明証を返しながら言った。
「了解いたしました。
 銀河警察局と軍の規定に基づき、高度な軍機密以外の情報を提供いたします。
 7番、8番ブースをお使い下さい」
 事務的なものの言い方が、かんに障らないわけではなかったが、こういう物だと考え
るしかない。ともかく今は情報が必要なのだ。細かいことまで気にしている余裕はな
い。
「高度な軍事機密以外ね」
 案内されたブースに向かい歩いている時、レオンが半分独り言のように言った。それ
は充分に皮肉がこもった言い方だった。
 同じような事を言おうとしたサリーだったので、苦笑を押さえきれない。
「”その国の一般国民が知り得るレベルの情報提供の義務。”ですからね。
 それだけで感謝するべきでしょうね」
「サリーさん。本当にそう思ってます?」
「まさか」
 苦りが濃くなった笑みを浮かべ、サリーが言い終えた時、二人は目的のブースに着い
た。
「こんにちは。あなたのお名前は」
「私はケイン。8番がアベルです。ミス・・・?」
「サリー・ホワイトよ。彼はレオン・タイ」
 内心『なんて名前の組み合わせ』と思いつつそう答えたサリーは、”ケイン”の席
に、レオンが”アベル”の席についた。
  二人の前にはサリーの肩幅ほどのモニターがあり、その下に簡素なコンソールがあっ
た。情報検索機と呼ばれている物だった。
「ケイン。アルファベット順に、登録名簿を記入してちょうだい。
 ・・・以後は音声カット」
「わかりました。ミス、ホワイト」
 との音声を最後に、モニターに文字が表示されていった。
”絞り込みは?”
 と言う表示に対し、画面を指で触っていく。
”この基地に所属したことのある男性,名前にアランとつく人物,
 とここまで入力した後、わずかに思案を巡らし、こう付け加えた。
生死は問わず,リストアップ”
 入力に対する返答が返ってきた。
”該当者132名。以下、リストを表示します。”
 その数字に、この先の苦労を思いやり、二人はため息をもらした。
「あなたは、下半分を受け持って・・・」
 と、指示仕掛けたサリーの口が止まった。
 慌てて、画面を操作すると、前言を撤回する言葉が、その口から漏れた。
「その必要はないわ。多分、この人よ」
 レオンがサリーの指さす部分を見た。
「こ、これ・・・?」
”アラン・ライジン・ベッカー中尉 訓練中、死亡”
 赤い文字で表示されていたそのリストは、ごく平凡な軍人の資料だったが、サリーに
引っかかったのは、その、最終更新日が3週間ほど前だった事と、この一行だった。
”死亡要因、軍事機密、アクセス付加”
「どう言う事よ。この死人の数は・・・」
 サリーはそう言ったきり、言葉が続かなかった。
 
 
 心の隅にそんな事を考えなかったわけではないサリーだったが、あまりの事態に半ば
呆然としつつも、資料を印刷していった。
 レオンは手が空いた事もあったが、独自の判断で行動していた。
 さりげなくスーツの内ポケットから手帳を取りだし、受付の女性士官に問い始めた。
「あの、もしよかったら、ご自宅の連絡先を教えていただけますか?」
 レオンは取り立てて容姿端麗と言うわけではないが、十分に平均レベル以上のマスク
を持ち合わせていた。
 正直を言えば、彼の学生時代は、この手の質問に素直に答えてくれた女性の数も、決
して少数ではないのだが、女性士官もかなりの美人だった。
 おそらく慣れているのだろう。軽くあしらわれた。
「それが公務であるのなら、正当な理由をお聞かせ下さい。私用なら、その義務はない
かと思われるのですが?」
「まあ、私用なんですが、お食事でもと、思ったのですよ」
 と続けたレオンだが、回答は”無視”だった。
「あらま。・・・これは失礼しました」
 と言い、手帳を戻そうとした。だが、その手が滑り、カウンターの女性士官側に落ち
た。
「はい、どうぞ」
 わざとらしい手つきと口調で返された手帳を、レオンも丁寧に受け取った。
 表面では、ばつの悪そうな表情をしていたが、内心はまた別だった。
「いいんですか、パートナーがお帰りですよ」
 という声にレオンは振り向いた。
 そこにはプリントアウトした資料を抱え、持ち出し書類にサインしていたサリーがい
た。
「職務中に、感心できないわね」
 冷たい口調のサリーにレオンは答えた。
「はあ、どうも、すいません」
 
 
 
 来た時と同じ、面倒くさい手順を繰り返し、基地を後にした車中で、サリーが聞い
た。
「ホントの目的はなに?」
「へ、何が?」
「とぼけないでよ。あの女性に声をかけたのは、私用じゃないんでしょ?」
「判ります?」
「あなたも一癖あるタイプね。で?」
「公衆端末を見つけたら停まります。すぐにわかりますよ」
 そう言ってレオンはうれしそうに笑った。
 やがて公衆端末を見つけ、レオンは座席においてあったスーツケースを取りだした。
「僕はキーボードがないと駄目なタイプで・・・」
 と言って取りだしたのは、昔ながらのキーボード型の携帯端末だった。
「あなた、まさか?」
 戸惑いの表情を浮かべるサリーに、先ほどからの表情のままレオンが答えた。
「直接アクセスすると、”アシ”がつきますので」
 そう言いつつ、問題の手帳を取りだし、その一部にシールを押し当てる。そのシール
を携帯端末の画面に当てた。
”読み取りに成功しました”
「よし」
 と言って車を降り、公衆端末に向かった。 その後にサリーも続く。
「大体予想はつくけど、それって違法捜査よ」
「それを教えてくれたのは、サリーさんですよ」
 いたずら小僧のような表情でそう言われると、サリーには答えようがない。
 携帯端末をセッティングし終えると、レオンはキーボードを操作し始める。
”アクセス開始”
 という表示の後、画面に指紋が浮かび上がる。
「網膜チェックまではないだろう」
 独り言をつぶやくレオンの指が素早く動く。
「パスコード、探索」
 ものすごい勢いで数字と記号が画面に現れては消えていく。
”接続完了、アクセスに成功しました”
 その表示に、先ほどの言葉とは裏腹に、サリーが小さな歓声を上げる。
 キーボードに打ち込むスピードが上がる。
「事故。・・・訓練中。・・・ん、なんだ?
 ・・・獅子の嫡子?・・・
 ・・・なんだこれ?」
 一瞬動きの停まった指が、再び動き始める。
 突如、警告音が鳴り、画面が真っ赤に染まる。
「ヤバイッ!!」
 レオンが叫んだと同時に、サリーが身を翻し、運転席に飛び込む。
「早く!!」
 サリーが叫ぶ。その声に一瞬遅れ、レオンが車になだれ込み、ドアが閉まるか閉まら
ないうちに、車が網発進をかけた。
「アシがつくようなデータ、残さなかったでしょうね?」
 冷たい汗を流しながらサリーが尋ねた。
「それはもう。でも、あの士官に接触したのは判るでしょうから、いずれバレますね」
「当分、銀河警察局は、この国に頭が上がらないわね」
「でも、収穫ありましたよ。データにあんなプロテクトかけるなんて。
 この事件、奥が深いですよ」
「あなたがそれを言わないでよ!!」
 レオンの意外な一面に、驚嘆と感心を持ちながらも、そう言わざるを得ないサリーだ
った。



  

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