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獅子の嫡子<8>

 
 
 ビリーは、レイリーをスピーダーに乗せ、郊外のレストランへと向かった。
 その”駐車場”でレイリーを降ろした後,操作パネルに指示を打ち込んだ。
「何してんだ?」
「盗難予防さ」
 そう答える、ビリーだった。
 正直言って、レイリーが素直に従って、ここまで乗ってくるとは思ってなかっ
た。何か裏がありそうだとは思うのだが、それ以上に今は情報が必要だった。
 その用心のための、”仕掛け”をしているのだ。
 『こういう、駆け引きは疲れる』
  心底、そう思うビリーだった。
 
 レストランでありきたりの注文をし、料理が出されると、ようやく本題に入る。
「で、単刀直入に聞くが、獅子の嫡子ってのはなんだ?」
 ビリーがそう切り出すと、レイリーは呆れたように首を振った。
「ほんとに単刀直入だなあ」
「こっちは命まで狙われてんだ、のんびりしてられないんだよ」
「まあ、そりゃそうか。
 獅子の嫡子ってのは、まあ、言ってしまえば埋蔵金みたいなもんさ」
「はあ? まいぞうきん?」
 ビリーの答えは、なんとも間の抜けたものになった。無理もない。あまりに時代錯誤
の単語が突然現れたのだから。
「埋蔵金、ってのはジョークだよ。
 昔、ケルサバルが独立しようって時に、このロングランドと一触即発で戦争って事態
になった事はご存じ?」
 ビリーは無言で首を横に振った。
「そりゃ、そうだ。。で、まあ、その事態に備えて、ロングランドが資金を用意した」
「それが、獅子の嫡子?」
 半ば身を乗り出すようにビリーが聞く。
「そう、コードネーム、獅子の嫡子。 軍資金にしろ裏金にしろ、そう言った時には、
何かと物入りだからな。
 結局、軍事衝突は避けられ、それが使われることはなかった訳なんだが、それが、
どういう訳か行方不明になっちまった。
 一説にはプラテニュウムに変えられ、どこぞの建物に埋められているとか、債権で都
合を付けたから今では紙切れ同然だとかいろんな説が飛び交っちまう始末なんだが。
 事の真偽はともかく、それがあんたが鍵を握っている獅子の嫡子の正体さ」
 レイリーの表情は途中からなぜか得意げな物になっていたが、その反対に、ビリーの
表情は懐疑的な物になっていた。一つため息をつき、料理を口にしながらという不作法
な反論をした。
「どうも、聞けば聞くほど胡散臭い話だねえ」
「そうそう、このあたりまでは、どこにでもあるような、よた話さ。
 だいたい、話のでどころだって、その数年後の国家会計で、使途不明金が76兆レー
ト見つかった。というだけの話で、それに尾ひれがついて話が大きくなった可能性の方
が大きいぐらいさ」
「それがなんで、今頃、大騒ぎになってるわけ?」
「複数の情報源から、同じような情報が出回り、それを裏付けるような事件が起きたり
してね。
 つい先日も、この国の航宇宙領域で、工作船が難破しかけたという事があったんだけ
ど、その船籍がなんとケルサバル! おまけに当事者は否定してるんだが、どう見ても
戦闘の痕跡があったんだそうな・・・」
”あんたがやったんだろ?”
 口にはしなかったが、レイリーの目はそう物語っていた。
 ビリーは内心ギクリとした。その情報の速さと正確さが、裏社会で飛び回っている事
が重大さを証明していた。
 が、無論、それを表情には出さなかった。もっとも、それには相当の労力を要したの
だが・・・。
 無言のビリーに対し、レイリーは調子に乗ってきたのか、饒舌になってきた。
「宝くじ以下の確率だろうが、76兆なんてのは、駄目で元々で動いても、価値のある
話だろ。
 だから、大騒ぎなのさ」
 それまで、聞き役に廻ったビリーがぽつりと言った。
「欲しいか?」
「は!?」
「その獅子の嫡子の鍵が」
 半ば身を乗り出すようにビリーが聞く。
 ビリーの突拍子もないように思える問いにも、レイリーは冷静だった。
「いやいや、こう見えても、俺は俺なりに自分の器ってのをわきまえているつもりで
ね。
 分不相応な事には手を出さないようにしてるんだ。 適当なギャラをもらって、それ
以上の欲は出さない。それ以上は命に関わるからな」
 だが、ビリーは、窓の外を見渡しながら、冷酷ともとれるような口調で言った。
「今回ばかりは、早く逃げた方がいいぜ」
「やっぱり、スピーダーにセンサーを仕掛けてたんだな。用心深いねえ。俺が時間稼ぎ
をしている事、判っていたのね」
 平然とレイリーは答えるが、リストビジョンを見るビリーの表情は硬い。
「早く逃げろよ」
「なんで? ギャラはもらわなくちゃ」
「そんな甘い相手じゃないんだよ!」
 と言うが早いか、律儀にも料金をテーブルの上に置くと、店の奥に向かって駆け出し
ていった。
 ウエイトレスの制止の声を無視し、キッチンを駆け抜ける。
 調理人の罵声とどよめきを背中に浴びつつ、裏口を開け放ち、そのまま飛び出し、地
面を転がる。
 すると、そのビリーのいた跡を、ワンテンポ遅れて弾痕が地面に連なっていく。
『遠慮なしかよ!』
 内心で文句を言いつつ、レストランの植え込みを飛び越え、道路に飛び出した。中腰
で走りながら、リストビジョンのスイッチ類を操作する。
『武装したのが10人以上か、こりゃ、逃げの一手だな』
 決して見やすい画面でないが、リストビジョンの情報を読みとるビリーだった。
 その間にも、ビームガンの閃光や、弾丸がビリーの周囲に爪痕を残していく。
『もう、こうなると、正気じゃねえな!』
 そう思わずにはいられなかった。その流れ弾が周辺の建物や車、そして通行人に被害
を及ぼしているのだ。
 手当たり次第、無差別な行為である。
 後始末は何とでもなると言うことか? と、ビリーが考えていると、スピーダーがビ
リーの右後方から、飛来してきた。
「よし!」
 ビリーの脇に並んだ瞬間、素早い操作でそれに乗り込む。
 スロットルを開け、スピードを上げ、その場から脱する事にはどうやら成功しそうだ
った。
 
 ビリーが後にしたレストランでは、数人の男たちが素早い動作で2台の車に分乗し、
二手に分かれ、その場を離れていった。
 その車中で、助手席に座った、リーダー格と見られる男が、の左腕のリストバンドに
向かって話しかけていた。
「ケーマ、首尾は?」
 リストバンドから、エンジン音に混じった声が帰ってくる。
「イエス、キング。念のために二つ、盗難防止のセキュリティセンサーだけではないよ
うだったので」
「ここで片が付けば、それに越したことはなかったんだが、保険をかけといて正解だっ
たな。さすが運び屋、逃げることに関しては一級品だ」
 すると運転席にいた男が言った。
「エッジは大丈夫でしょうか?」
「止むをえまい。”掃除係”は必要だからな。それに、あのどさくさだ。奴なら一人で
集合地点に戻れるさ。
 なんなら賭けるか? ストレート?」
「いや、止めておきましょう。多分、成立しませんから」
「そう言うことだ」
 意味深げが会話をしつつ、車は街中を走り去っていった。
「制限速度」を守りながら・・・。

「こりゃまた、派手にやったもんだ」
 ぽつんと残されたレイリーは、レストランで未だに食事をとっていた。
 ちょっとしたもめ事ぐらいは起こるだろと思っていたが、規模が少しばかり予想を超
えていた。
 周りの人間はざわつき、怯えていたが、彼は冷静だった。自分には関係のないことで
あり、報酬さえ頂ければ、それで終わりだと、彼は思っていたのだ。
 そこへ一人の男がやってきた。
「連絡をくれたレイリーさんかい?」
「へへ、エッジさんか? 上手く引き止めておいただろ?」
「ああ、ご苦労さん。おかげで助かったよ」
 と言いながら、そのエッジと呼ばれた男は、レイリーの右横に座った。
「で、報酬だ」
 と言うやレイリーの肩に左腕を回し、こう言った。
「残念だが使い道がないんだよ」
 その腕がレイリーの首に巻き付くような動きをし、その直後、鈍い音が低く鳴った。
 レイリーの瞳から光が急速に消えていく。
 そのまま、ゆっくりと、テーブルにレイリーの身体を降ろし、彼の腕を顔の下に入れ
た。
 一目見ただけでは、眠っているように見える姿勢だった。
「運がなかったな、あんた」
 そう言うと、喧噪の中を、”エッジ”は悠々と歩き去っていった。

  

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