獅子の嫡子<5>
ロングランド連邦。
二つの惑星からなり、3つの自治体が治める連邦制の国である。
主星をグレートライドンと言う自治体が治め、もう一つの惑星を二つの自治体が治め
ている。
そう言ったわけで、主星そのものを便宜上はグレートライドンと言うようになってい
る。本当は356C−2と言う無機質な名前なのだが・・・。
ビリーのプロパリアーは、目的地カルベック州の隣の州、バンケルト州の砂漠地帯に
ある大渓谷の底に降りていた。
急激な惑星改造がもたらした高低差1000メートルクラスの渓谷が、46万平方q
にも広がり、プロパリアーの(地上では)巨体を隠すのには絶好の場所だった。
あまりにも渓谷が広がっているため、観光名所にもならない。つまり、人がふらりと
立ち寄るような場所ではないのだ。その上、MF粒子を薄く撒いておけば、レーダーや
衛星探索にひっかかる事はまずない。もっとも、そこまでする必要があるかどうかは判
らないが、念には念を、と言うことである。
その主、ビリーは、身を隠すように渓谷の影に降りたプロパリアーの、ほぼ「対岸」
の崖の上にいた。しゃがみ込み、白い直径20pほどの白いボール状のメカを地面に据
え付け、表面のボタンを押しながら、左手首に巻いた通信機で、ノービスと交信してい
た。
「どう、衛星通信、受信できた?」
『はいはい。データ速度良好であります』
通信機の向こうから、ノービスの半分真面目、半分ふざけた口調の返事が帰ってき
た。
入国後のトラブルを考え、プロパリアーを隠したものの、それだと、別行動をとるビ
リーと交信が出来なくなってしまう。深い渓谷の底では、通常電波の届く範囲はたかが
知れるからだ。
ビリーが設置したのは、衛星通信の中継機だった。
この中継機が通信衛星の電波を谷底のプロパリアーに介して、この星にいる限り、ビ
リーとプロパリアー、つまりノービスは連絡が取れる・・・はずである。
「こっちはともかく、そっちは通信衛星につなげられるの?」
このプランを指示した時のノービスの質問、と言うか疑念である。衛星通信の個人使
用はさして珍しくもない時代ではあるが、それにはそれなりの設備が必要となる。
要するに公衆電話の類である。
それを使って、プロパリアーの座標を呼び出し交信を行うのである。が、そう言った
機器が「使えない事態」になるかも知れないじゃないか。と、ノービスは言っている訳
で、当然とも言えるその質問に対してビリーは、平然と他人事のようにこう言った。
「ま、なんとかなるんじゃないの?」
中継機のセットが終わると、ビリーはかたわらに「駐機」してあった白いスピーダー
に乗り込んだ。
一般的に「スピーダー」と呼ばれるそれは、一種のエアバイクである。MFクラフト
により、宙に浮き、移動する「乗り物」である。
条件にもよるが、1000メートル位の上昇も可能。加えてオプション等の交換をし
なくても、宇宙空間での移動にも使えると言うのが、最大の「セールスポイント」だっ
た。人間の身体はむき出しなので、当然、宇宙服を必要とするが、ビリーにとっては、
単なる作業服感覚であり、彼にとって欠かすことの出来ない「生活必需用品」だった。
ただ、重大な欠点もある。通常の生活圏、つまり地上等での取り回しが大変だと言う
事だった。
流線形を基本とした機体(車体)は全長が約5メートルもあり、それでいて、乗車定
員は二人。これでは一般的な用途ではニーズがない。ビリーのように、宇宙と地上を交
互に移動するような職業の者が使うようになっている。
本来なら、車で移動したいところだが、なにしろ「道」がないのだ。ビリーがいる、
この崖の上もスピーダーでほとんど無理矢理昇ってきたのだから。
「一番近い町までが、150qか・・・。やれやれ」
コントロールモニターに近辺の地図を呼び出しながら、そう言い、ビリーは防塵がわ
りの宇宙用のヘルメットのシールドを降ろした。
150qとは言っても直線距離であって、当然、迂回する部分もあるし、道に出れば
それに沿って行くことになるだろう。
その行程に多少うんざりしながら、軽い砂ぼこりを残し、スピーダーを発進させた。
グレートライドンの影の部分、つまり夜の闇の中を、一機の低音強襲楊陸機が大気圏
を突破し降下していた。
軍用らしい飾り気のない機内には、パイロットを除き、15名ほどの人間がいた。
全て男性で、20代後半から30代前半という年齢層である。
軍用機に乗っているのに、彼らが一見しただけで軍人に見えないのは、各々が民間人
のように、ばらばらの服を着ていたからだ。だが、その物腰や口調で、軍人だというこ
とは見る人が見れば明らかであった。
「以上が今回のミッションの概要だ。例によって行き当たりばったりの面は否めないが
な」
その中の、やや年長者の一人がそう言ったのを受けて、噛みたばこを口に含んだ若い
男が答える。
「生死を問わず、と言うのが難点ですね。どっちかにしてもらえませんか?」
その声に同調するように隣の男がうなずいた。
「他に同意見のものは?」
この集団のリーダーだろうと思われる年長者の質問に、何名かが軽くうなずいた。
「ジャクソン、リー、ウレゥバン・・・、まあ、大体いつもと同じメンバーか。荒っぽ
い奴らばっかりだな」」
メンバーから苦笑が漏れる。
「残念ながらターゲットの正体が判るまで、生かしておくと言うのが大筋だ。どこで、
どう情報が漏れいているか? 流れてないか? それらがはっきりするまで、このミッ
ションは終了を許可しない。と言う、上からの厳しいお達しだ」
「その後は?」
「判ってるはずだろ? カーター。元々俺達はロングランドには存在してない。出入国
管理上はケルサバルにいる事になってるんだ。
よけいな荷物は持って行けるはずがないだろう」
メンバー達に返答はなかったが、目くばせをしたり、肘を組み替えたりと、それなり
の反応を示していた。
楊陸機に軽いショックが響いた。減速の証だ。
「名前で呼ぶのはここまでだ。ここからはいつものようにだ」
「了解!」
それは命令であったらしい。返事はメンバーからほぼ同時に発せられた。
楊陸機は、街の明かりがかすかに見える距離にある森に着地しようとしていた。
ほんのわずかに空いた平地に、身を隠すかのように着地すると、間髪おくことなく、
ハッチが開き、無駄のない動きで男たちは外に飛び出す。それはほんの数秒の間の出来
事だった。
楊陸機はすぐさま飛び立ち、何事もなかったかのような静けさが辺りを覆う。
「MF粒子を撒いていたとは言え、目視されていたら厄介だ。各自散開、5時間後に集
合地点に。
遊んでるなよ」
「集合地点まで徒歩で15qですよ。遊んでる暇があるわけないじゃないですか!」
「その通りだ。 遅れたら厳罰じゃすまんぞ」
最後の口調は冷たく凄みのあるものになっていた。 それが本当の合図のように、男
たちはそれぞれの方向に散って、闇に溶け込んでいった。