獅子の嫡子<4>
同じ頃。サリーはガルネイド連衆国、首都コラムトリトーンにいた。
仕事柄とは言え、見えない壁を突き破っていくような作業は、精神的な疲労を感じざ
るをえない。それは判っていつつも、サリーは移動中の地下鉄の中でため息をついた。
レオンがそれを感じとったかどうか、サリーに聞いた。
「判っていたつもりでしたけど、ほんと、地味な捜査ですよね」
サリーとしても苦笑を浮かべるしかない。
国家警察局と(ほとんど無断で)独自に捜査を続ける市警察、それと正体不明の組織
にはさまれ、サリーとレオンは二人だけで、「足で稼ぐ」捜査の実践を余儀なくされて
いた。
だが、それでも多少なりとも表情が明るい二人だった。ようやく、捜査の進展があり
そうな雰囲気になってきたのだ。
当初、立体フィルム映像版の被害者の顔写真だけが、唯一の手掛かりだった。
隣近所の聞き込みから始めたのだが、当然のごとくと言うべきか、手掛かりらしいも
のは何一つ聞き出せなかった。
それでも、立体フィルム映像版の長所、映像に加工できる事、具体的に言えば髭を付
け加えたり、髪形を変えたりする事が出来るわけだが、それを利用することによって、
わずかながら足取りがつかめてきた。
結構頻繁に地下鉄を利用していた事。その行き先が、機動陸軍の基地方面だと言う事
。
ただし、直下の駅までは利用せず、その二つ前の駅で降りていた事(足取りを消すた
めか?)。そしてそこからは歩いて基地方面に向かっていた事。
塵を集めるような作業で、そこまで辿り着き、一件のバーに働いている女性が、顔見
知りらしいと言う情報を、ようやく聞き出したのだ。
「かえるとへび」一風変わった名のバーに、その女性は勤めていると言う。名前はミ
リンダ・ラファエル。年齢は20代後半ぐらいと言うことだった。
繁華街の路地裏にある「かえるとへび」には、サリーひとりが入っていった。
「あなたには捜査官の臭いが、プンプンするのよ」
とレオンに言ったのが、理由そのものだった。
不満げなレオンを通りに残し、店内に入ったサリーは、辺りを見回した。薄暗く、さ
して特徴のない内装の店だ。30人ほどで満員というところか?
サリーは出入口や、10人ほどいる客を確認してから、カウンターのスツールに腰を
降ろした。
わざとキョロキョロ見回す演技をした後、ゆっくりと歩み寄るカウンター内の店員、
年齢から言って恐らくマスターだろう。その人物に丁寧に聞いた。
「あのー、すいません。ここにリンダという人が働いているって聞いたんですけど?」
「あんたは?」
「私は彼女の古い友達で、最近連絡がとれなくて、心配してきたです」
サリーの演技は、捜査官と言うより役者のそれに匹敵するほど自然なもので、すっか
り信じ込んだマスターは、大きなため息を一つ吐いた後、残念そうな表情でゆっくりと
答えた。
「残念だけど、彼女は死んだよ」
「死んだ!?」
サリーの声が大きくなり、店内の客が数人振り向く。サリーの反応は演技ではない。
「なんで? どうして?」
「殺されたんだ」
マスターの答えは短い。
長い沈黙の後、カウンターに肘をつき、額に指を当てながら、サリーが吐き出すよう
に言った。
「ブランデー、一杯いただけるかしら?」
無言でマスターはうなずき、しばらくの後、サリーの前に茶色い液体のそそがれたグ
ラスがおかれる。
自らを落ち着かせるように、ゆっくりと飲み干したサリーは、さりげない口調を心掛
けながら聞いた。
「誰に? なぜ?」
「詳しいことは、俺にも判らんよ。ある日突然、姿が消えて、数日後にマイール川に浮
かんでた。ニュースボードにも小さく載ってた記事。それだけだ」
そっけない口調の返事も相まって、サリーは途方に暮れたような表情になっていた。
カウンターに両肘をつき、両手を合わせ自らの額に押しつける。
やっと、捜査の糸口が見えてきたと思ってきたのに、それがぷっつりと途絶えてしま
ったのだ。こういう経験は一度や二度ではないが、やはり精神的なダメージは大きい。
(また、一からやり直しか・・・)
そんな思いがさりーの頭をよぎった。そのの姿が、哀れに映ったのかどうかは不明だ
が、マスターが彼女にささやくように言った。
「まあ、慰めにはならないだろうが、あの娘、彼がいたよ。生前のことはそいつから話
しが聞けると・・・思うが?」
「誰?」
「実は、よく知らないんだ。
土地柄、強襲陸軍のアラン中尉と言う事ぐらいは、階級章とかで判ってるんだが」
朗報だった。また糸口が見つかったのだから。
だが、それを表情にまったく反映させないまま、サリーは聞き返した。
「そんな軍の人じゃ、簡単に会えないじゃない。それに、アランなんて名前、何人いる
か判らないじゃない」
「それは俺の知った事じゃないな。仕事ぶりはごく普通だったし、プライベートな事は
なんとかして、そいつに聞くしかないな」
その通りだった。サリーにもそれは充分判っていたことだ。
ころ合いを見計らって店を出たサリーに、レオンがさりげなく近づいてきた。
その表情は少しばかり青ざめていた。
「どうしたの?」
「待っている間、端末機で情報を集めていたんですが・・・」
数秒空いた時間の後、レオンの口から出た言葉は、サリーさえ青ざめさせた。
「シュタインメッツ氏殺害事件の犯人として、ビリー氏が国際手配されていました」
「それ、どういう事? 滅茶苦茶じゃない!」
はっきりと口で言われたわけではないが、状況から察して、サリーとビリーがただの
関係ではない事は、レオンにも判っていた。それゆえ、事件の意外な進展に驚かされて
しまっていたのだ。
「ええ、複数の証言からビリー氏以外の人間が、銃で殺害したと言うのは証明されてい
ます」
「当たり前よ! なんで、それが指名手配なのよ!?」
「最後に被害者に触れていたのが、ビリー氏だからだそうです」
驚いた、というより呆れ果てた表情でサリーは、言葉を吐き捨てた。
「じゃあ、何? この国では人命救助を試みて、助けられなかったら、殺人犯になるわ
け?」
この段になって、後輩であるレオンの方が、先に落ち着きを取り戻した。
彼は諭すような口調で、サリーに言った。
「冗談じゃありません。こんな証拠じゃ、よっぽどの独裁政権でもなければ、裁判で有
罪に持ち込めませんよ。たとえ有罪になったとしても、国際世論が許さないでしょう」
見えない冷水を脳にそそぎ込まれたサリーは、潜めるような声になった。
「つまり、裁判をする気がない?」
無言でレオンがうなずいた。
ちょうどその時だった。
低音楊陸機が二人の上空をかすめ、基地に向かって飛行していった。
その排気炎を見つめながら、サリーは思った。
『ビリー。あんた、大変な事に巻き込まれているよ』