ご案内のメニューに戻る
メインメニューに戻る

獅子の嫡子<3>


 
 
 
 うなりを上げるエンジンが、わずかに機体に揺さぶる。ボディに「ヤレ」があるせい
なのだが、ビリーにとっては、それが愛着に近いものにすらなっていた。
 ともかく、あからさまに逃亡の意思を見せたプロパリアーに、相手の船も反応を見せ
た。 ノービスが最大望遠で映し出した映像から、推測できる限りのデータをモニターに
表示しながら、音声でナビゲートする。
「形式や形状だと、工作回収船になるんだけど、普通の船かね? これ?」
「すぐにわかるさ」
 ビリーの解答が正しいか否かは、すぐに判明した。
 その運動性能が、明らかに普通のものではなかったからだ。
「やはり、カタギの船じゃねえな」
 無意識のうちに舌打ちをしながらビリーはそうつぶやいた。
『また、厄介ごとに巻き込まれちまった』
 同時にそう思ったが、これは声には出さずにいた。だが、「また面倒なことになりそ
うだねぇ。これは」と言う、ノービスの抑揚のない声で図星を刺された形のビリーは、
「うるさいよ!」と言うのが精一杯だった。
 ともかく、その「厄介、面倒」事から逃れるのが先決だからだ。
「大気圏の進入航コースが特定される前にまかないと、ちょっと、やっかいだな」
 ところが、ビリーに限らずノービスも、この時点まではまだ事態を甘く見ていた。そ
れを知らされる事態が、その直後に発生した。
「エネルギー体、高速接近中!ブラスター!」
 ノービスが叫ぶ。「Sフィールド作動!」半信半疑ながらも、反射的にシールドとな
る、Sフィールドを稼働させる。
『間に合うか?』
 ビリーの懸念はぎりぎりの所で回避された。プロパリアー周辺に形成されたエネルギ
ーフィールドが、ブラスターのエネルギーを飛散させた。
 長距離からの射撃で収束率が落ちている上に、元々、高出力の砲台ではなかったのだ
ろう。
 しかし、ビリーの方はそれで済むはずもない。
 ブラスター、熱線砲と呼ばれる武装は、宇宙空間ではもっとも「効率」がよく、非常
に多く使われている。
 宇宙空間での戦闘を想定されている機体なら、大なり小なり備えられている武器であ
る。無論、戦闘艦ともなれば、その出力、規模とも民間のものとは比べ物にはならな
い。
  今回は、一応、相手が民間船を「装っている」のでなんとか助かったが、ぎりぎりの
命のやり取りをしたことに何ら変わりはない。
「野郎! ふざけやがって!!」
 激昂した口調でビリーはそう言ったが、その反面、冷静な部分のビリーは、事態を冷
静に分析していた。
 「直撃」だったのだ。
 Sフィールドが間に合ったから無傷で済んだのであり、それは威嚇とか、身柄を確保
すると言った意思がないことを意味している。
 ビリーにある唯一の心当たりも、決して切り札とはならず、むしろ、闇に葬ってしま
いたい類のものらしい。
 それも疑わしい、と言う程度でこの状況だ。人の命を言うものをかなり軽く見ている
証拠だし、また、それらをもみ消す事もさして苦にならないと言うことだ。
 背後にどんな組織があるのか、あまりにも手掛かりが少ないにもかかわらず、その規
模がうかがい知れると言うものだ。
「ノービス! やるぞ! 戦闘準備!」
「了解!」
 凄まじい勢いで航路計算をするノービスが、もっとも効率的な反転コースと攻撃ルー
トを探り出す。元々から備わっていた機能ではない。ビリーが鍛え育て上げた計算パタ
ーンだ。当然、ビリーには性に合う攻撃パターンがはじき出される。
 操縦席のコンソール、左端から、スティックが跳ね上がる。
 攻撃モード用のコントロール装置である。
 目標のデータが少しづつ増えてくる。工作回収船を装っているため、見掛けはごく普
通の作業船に見える。
 球形のブロックを縦に三つつないだようなフォルムで、操作用のアームが2、3本見
てとれる。全長はプロパリアークラスより多少大きめで、150メートルクラスという
ところか?
 だが、見る人が見ればその微妙な部分の違いは明確で、当然、ビリーもそのうちの一
人である。
「両舷全速出力最大! 油断するなよ。簡単な相手じゃねえぞ!」
 自戒を込めるようなビリーの言葉に、ノービスも情報で答える。
「運動性能が予測より約15%高い! コース変更データ!」
 音声と画像でのやり取りで確認を取りがら、ビリーは急激な姿勢変更をプロパリアー
に強いる。同時に肉体にも強烈な加速重力、G、となって襲ってくる。鍛えられている
ビリーには耐えられるが、一般の人間ならただでは済まないだろう。 
『ボディがヤレるわけだよな』
 後にデータをシミュレートしたりする度、ビリーは思ったりする。それほど機体と搭
乗者に苛烈な負担を与えているわけだが、その効果はもちろんある。
 ビリーの戦法は一撃離脱が基本だ。だが、あまりにも高速で交錯する航行ラインの中
の、ほとんど一瞬の射撃ポイントで効果的に攻撃を加えることは、予想以上に困難を極
める。
 当然、交戦相手も回避行動をとる。むざむざ標的になろうと思うものはいない。結果
的にドッグファイトの形になる。
 だが、ノービスのナビゲートと、ビリーの機体を知り尽くした操船技術はそれ自体、
有利に展開することを可能にしていた。
「L4、U2に回避行動」
 無駄のないノービスのナビゲートに、ビリーも的確に答える。互いに回避行動と射撃
位置につこうとする動きが、複雑なラインを描き出す。背後に着いたビリーのプロパリ
アーが有利な立場なのだが、工作船も絶妙な回避行動でそれ防ぐ。そしてラインが交錯
する間際、前置きもなく3から始まるノービスのカウントダウンに、ビリーは寸分違わ
ずトリガーを絞る。
 プロパリアーブラスターは、決して大出力ではないが、工作船のSフィールドを、オ
レンジ色の火花を散らしながら突き破り、機関部に「軽傷」を負わせた。
 構造材そのものに大きな亀裂は見当たらないが、細かな火花が被弾個所に飛び散る光
景が確認された。しばらくの間は、航行機能を奪うには充分だろう。
 相手にSフィールドがなければ、機関部を吹き飛ばし、航行不能どころか、大破、爆
発という事さえ有り得る程の出力はあり、その装備がなかったら、もう少し違う方法を
とらねばならなかっただろう。
 もっとも、ただの工作船にSフィールドが装備されていると言う事自体、おかしなこ
となのだが。
 ビリーは軽く右のこぶしを握り、感情を表現した。ノービスも「致命傷となると厄介
だ。あのくらいでちょうどいいんじゃない?」と、成果に及第点を与えた。
 人員に犠牲者を出したくはないが、あれ以上の結果はまず無理だろう。第一、先に生
命を狙われたのはビリーの方なのだ。もう少し派手に、と言う手もあったが、背後関係
を考えるとあまり無茶はしたくない。ビリー、ノービス、双方の考えだった。
「コースを変えて星に降りよう。あの船はついてこれないだろうが、予測されると厄介
だ。
 まずは、地下に潜って情報を集めるとしよう」
 ビリーの言葉に、ノービスはあえて反論もせず、黙々と(?)着陸コースの変更計算
を進めた。





 

ご案内のメニューに戻る
メインメニューに戻る
続きのページへ