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獅子の嫡子<2>


 
「失態だな」
 豪華な調度品で占められた室内。ゆったりとした手付きでグラスにブランデーを注い
でいた男がそう言った。
 テーブルの前に立つ彼の身長は高く、肩幅も、それ相応にひろい。巨体と言うべきだ
ろう。ただ、初老と言うような年齢のため、その身体には躍動感と言うものが少しばか
り欠けていた。
「申し訳ございません」
 恐縮してそう答えたのは、背後の椅子に座っていたもう一人の男だった。年齢は彼の
方がやや年少に見える。男が続けた。
「所轄警察は押さえていても、その前に偶然とは言え、運び屋と接触するとは、予想外
でして・・・」
「で、そのトライアローの足取りは?」
「ロングランドに向かったと言うことです」
「・・・まずいな・・・」
 一瞬の沈黙の後、年少の男が続けた。
「はい。ですが、すぐに手を打ちました。入国には間に合いませんが、上陸する前に押
さえられるはずです」
「宇宙空間でか?」
「はい」
「さすがだと言いたいところだが、トライアローを過小評価してはいかん。逃げるのは
あいつらの得意分野だからな。
 オメガを用意しておけ」
「いや、それは!」
「構わん。軍には友人もいる。なんとでもなる。
 だが、あれはそうはいかん。あれをなんとしてでも手に入れるのだ。
 判ってるな?」
 見えない言葉の鋭い矢が何本も放たれ、年少の男に突き刺さる。男は冷たい汗を額に
流して答えた。
「裏ルートも使って、足取りを追え。打てる手は全部打っておくんだ!!」
「はい、直ちに」
 
 
 
 見えざる手が、身辺に迫っている事も知らぬビリーを乗せたプロパリアーは、ロング
ランド連邦の首星、第2惑星「レグナイル」の衛星軌道上にいた。出入国管理ステーシ
ョンに接舷するためだった。
「やれやれ、ようやく着いたぜ」
 ノービスが僻々とした口調でそう言った。
 
 ケルサバルとロングランドは、知っている人間は「隣同士」または「隣の国」と言う
ような表現をする。
 別の言い方をする人間は「もっとも近くて遠い国」とも言う。
 もちろん比喩的な表現で、恒星系国家が「隣」と言うのには訳がある。
 この2国間が別星系とは言い切れないのだ。
 ロングランドの恒星「356C」を中心とする惑星系の最外縁、平均距離、約95億
qの軌道上に、ケルサバルの恒星「356E」がある。ケルサバルはその衛星を居住地
域にしている事となる。
 惑星系国家と言う体裁を取っているために、便宜上「惑星」と言う表現を使っている
が、天文学的に言えば「衛星」となる。
 連星ではなく、主従がはっきりしている恒星同士というのは、銀河系全体を見ても珍
しい。
 加えて、もともとケルサバル連衆国はロングランド連邦の植民星であった。70年ほ
ど前に独立を果たしたわけであるが、ロングランドから見ればケルサバルは「家から独
立した子供のようなもの」になる。
 ところが現在の国力を単純に比較すると、5:3でケルサバルの方が上なので、逆か
ら見ると「いつまでも親みたいな顔をする」となる。
 あくまでも、国民感情を大雑把に人格化すればそうなる、と言うことだが・・・。
 そんなわけで、2国間の関係は「親密だが、仲がいいとは言いにくい」と言うところ
である。
 それはともかく、ビリーのような運び屋にとって、もっともやっかいなのは、両国間
が中途半端に近い。と言うことだった。
 
 人類が銀河系宇宙に進出する事になった最大の要因は、亜空間航法の完成である。
 開発者のミュー・ワライアエン博士の名前から、ミュードライブと呼ばれる。膨大な
反物質エネルギーを利用して、亜空間を利用する画期的な航法であり、その功績は測り
知れない。
 だが、当然、短所も存在する。亜空間と現空間との間に、どうしても「ずれ」が生じ
てしまうのだった。
 ピンポイントで目的地を設定できない。ミュードライブから離脱する際、時によって
は、億km単位の誤差が出てしまうのだ。
 広大な銀河系宇宙からすれば、微々たる数字だが、人間からすると重大で、ミュード
ライブアウトの瞬間、惑星や小惑星等に激突する事も有り得る。
 実際に60年ほど前、恒星系内で客船がミュードライブアウトの際、小惑星に激突し
て乗員乗客1568名が死亡する事件があった。それ以後、恒星系内でのミュードライ
ブが法律で禁止された。ミュードライブインは出来るが、アウトする時は恒星系外にし
なければならない。
 通常、恒星系は円盤状をしているので、その「上下」の縁を利用する事となる。
 もっとも、恒星系内だろうと外宇宙だろうと、物質の割合は似たようなもので、この
法令は感情的な部分から成り立っている側面が強い。何もない空間の方が比較にならな
いほど多いので、そこで天体等に激突するというのは、正に天文学的な確率である。
 「運が悪いとしか言いようがない」というのが、宇宙を生活の場としている者の正直
な感想だった。過酷な宇宙を飛行する以上、その程度のリスクは避けられない。これは
ある意味「常識」として存在していた。
 しかし、立法府を形成する人間の集合体は、そうは考えられず、結局この法律は成立
してしまった。決まった以上、それは守らなければならない。・・・可能な限り。
 加えて「短距離」のミュードライブは、超加速と急制動が急激に起こる事となり、ミ
ュー駆動炉に負担を掛けるので、機械、機関の寿命を考慮しても、やはり避けなければ
ならないと考えられている。
 そんなわけで、ケルサバル、ロングランド間は、連続通常加速での航行となり、距離
の割りに時間を取られる事となる。
 「もっとも近くて遠い国」と呼ばれるのは、それが所以である。
 そういった事で、目的地である出入国管理ステーションに着いた時、ノービスは「や
れやれ」といった感想を持ったのであり、それはビリーとて同様だった。

 直径6km、全長10qという巨大な円筒形が、ステーションの全体像である。
 円筒の軸を中心線にして回転し、内部に遠心重力を発生させるタイプのもので、軸か
ら同心円状に、何階もの層が設置されたこの形は、密閉型と呼ばれている。
 当然、中心、軸に近づくほど重力が減り、中心近くの無重量帯が「港」として利用さ
れている。
 よくあるタイプのステーションだ。
 ただ、回転の力を打ち消すために、中心部から、互いに逆回転をしている。全長5q
の円筒が縦につながり、互いに逆回転していると言う方が正確かも知れない。
 これは珍しい部類に入る。
「この形は初めてだな」
 接舷作業の最中、ビリーが漏らした言葉だった。
 貨物ターミナルで積み荷を降ろし、精神的に身軽になったビリーは、コックピットで
ノービスと会話を交わしながら、コンソールに向かっていた。
 左手にはライ麦パンのサンドイッチを持ちながら、モニターに航路図を呼び出してい
た。
 ノービスが、これからの予定を尋ねた。
「どうする? 一番近くの国際宇宙港へ降りるか?」
 はがきの宛名の住所を確認し、航路をトレースしながらビリーが答える。
「HAPから、RET経由でTYOか。結構面倒くさいなあ。
 入国手続きは済んでいるんだから、近い地方空港へでも降りるさ。空港使用料だって
ばかにはならんし、いざとなれば、砂漠地帯にでも降りれば、タダなんだし」
 好き勝手なことを言いながら、ビリーは航路を設定していった。
 本来、国際宇宙港で出入国手続きは行われるのだが、ビリーのような「貨物便」は、
その後の利便を考えて、今回のように宇宙ステーションで手続きをする場合がある。
 当然、その後は、制限がない限り自由に移動できるのだが、ここから先は「タダ働き
」となるので、なるべく出費は抑えたい。と言うのがビリーの本音だった。
「あれ?」
 ノービスは人間のように、独り言を漏らすことさえある。これは。そのノービスの声
だった。
「宛名の住所、もう一度言ってくれないか?」
 その質問にビリーは、「なぜだ?」と聞き返すようなことはしなかった。いろいろな
状況はあるが、ノービスの質問にはそれなりに意味があるので、時間の無駄を省く意味
でも、すぐさま、はがきを見直し宛名を読み上げた。
「ロングランド連邦、グレートライドン、カルベック州、ガバンゲルド郡、ケルト村、
アザ489・・・だけど?」
「おかしいなあ?」
 それは目的地付近の地図のデータを、通信データで取り込んでいた時に生まれた疑問
だった。
 目的地が地図上にないのだ。
 デジタルデータで、地図のメーカーから直接入手するので、最新の、もっとも詳しい
地図が入手できるはずなのに、目的地が地図上に見つけられないのだ。
「どう?」
 ビリーもモニターで、入手した地図で目的地を探すが、やはり見つけることは出来な
かった。
 ケルト村までは確かに存在するのだが、その先がどうやっても確認できなかった。
「どういうこと?」
 ノービスの問いに、ビリーは仮定を立てた。
「住所変更とか、名称変更とかがあったんじゃないの? 差出人はそれを知らないで書
いた。と」
「ああ、そういうのはあるな」
「ま、ともかく、そのあたりの地図、適当に買っておいてくれ。無駄にはならんだろ」
「公共機関を使えば、地図もいらんだろうに・・・」
 ノービスの意地悪な言い方に、ビリーは頬をひきつらせながら答える。
「こんな所じゃ、交通の便がいいわけないだろうが」
「ま、確かにな」
 ビリーの言の正しさを、今回はノービスも認めざるを得なかった。
「よし、行くぞ」
 相手はコンピューターなのだから、本来、言う必要はないのだが、ビリーは口に出し
て、そうノービスに命じた。主と従ははっきりとしているのだが、ある程度の事は言葉
にする。それが「二人」のルールみたいなものだった。
「ほいほい」
 わざとふざけたような口調で、ノービスが答えた。
 
 
 
 出入国管理ステーションからロングランド本星への進入コースは、HAP、RET、
TYOと言う通過点を経る。それらは航空管制の都合でそう仕切られているだけで、さ
して難所があるわけではなく、何事もなく通過できるはずだった。通常ならば。
 異変が起きたのは、最初の通過点、HAPに差しかかった時だった。
「交信信号?」
 ビリーは思わず声を上げた。意外な事態に、ただ単に声を上げてしまった。これが多
少なりとも緊張を強いられるような時であれば、不用意に声など上げないのだが、この
ルートでは緊張感も下がり気味だったのだ。
 通常通信での交信は、距離があると時間差があり過ぎて使用に耐えられない。宇宙空
間を舞台にしていれば、そういう事態のほうが圧倒的に多い。
 それが、なんの問題もなく使える距離からの通信と言うことが、通常ではない事態を
示していた。
 無論、管制空域、宙域では安全確保のため交信が行われることはある。だが、その交
信がプロパリアーの至近距離、しかも後方空域にいる宇宙船からと言うのは、確かに普
通ではない。
 だが、ともかく通信回路を開かないと、らちが開かない。
「とにかく回線を開け。座標は? ・・・レーザー通信でいけるだろ」
 モニターで数値を確認しながら、ビリーが指示を出す。
 さしたる時間も経たず、通信画面に男が映し出された。
「ガルネイド連衆国、国家警察局の者です。恐れ入りますが接舷許可をいただきたいの
ですが?」
 口調は丁寧で、使われた単語も優しいものだが、それが意味するものは停船要求であ
る。
「どういう事、こんな状況で? そんなに重要なことなの?」
「はい。事は緊急を要します」
 返答は落ち着いていた口調で返ってきたが、その表情に微妙な緊張感を隠し切れてい
なかった。
 その緊張感の中、男が続けた。
「シュタインメッツ氏殺害事件について、お伺いしたい事がありまして」
「またかい? これ以上、何を聞きたいんだ!?」
 正直、もう、うんざりと言った心境だった。口調にもそれが滲み出ていたが、心理と
してはそれだけではなかった。
 ビリーの神経組織が、緊張感を全身に伝えていた。
 なぜなら、ここは「ロングランドの領空」なのだ。
 どうしてガルネイドの警察官が、こんなところまでやってくるのか? そもそも、ど
うして追い付いたのか?
 出入国管理ステーションで費やされた時間で追い付いたのか? ならば、ステーショ
ンで尋問をしてもいいのではないか?
 いや、それ以前に、これではれっきとした国家主権への侵害ではないか。
 他国の領土内で、捜査をすすめる権利はどこの国にもない。もちろん捜査協力と言う
形でなら有り得るが、時間的に無理がある。万が一、仮にそうだったとしても、それな
らばロングランドの当局の人間がそばにいるはずであるが、それもない。
 怪しむなという方が無理のある状況だった。
 通信相手に判らないように、ビリーはノービスにさりげなく指示を出していた。呼び
出しサインに使われた船籍の確認だった。
 ノービスも心得たもので、その結果は音声抜きで、モニターに表示してビリーに答え
た。確かに船籍に間違いはなく、ガルネイド連衆国のものだったが、それはそれで疑問
が募ると言うものだった。
「他国の領土内に来るまでに、重要な事?」
 それでも、そんな疑念を感じさせない、冷静な口調でビリーは尋ねた。
「はい。ある証拠品を捜索しておりまして、関係者にあたっているのです」
 正直、ギクリとした。思い当たる節が確かに有るのだ。が、表情には出さず、感づか
れているかも知れないと思いつつも、ビリーは答えた。もともと、全てお見通しなのか
も知れないのだから。
「私には何の事なのか判りませんが、それでも接舷して、船内捜索でもしたいと?」
「はい、ぜひ」
「捜査令状、あるんですか? ないんでしょ?」
 他国の領土内での、はっきり言えば違法捜査なのだ。あるわけがないと知りつつビリ
ーは聞いてみた。
「ですから、お願いしているのです」
 ビリーは少し困惑した表情を浮かべて、唸るように言った。
「まあ、そう言うことならしょうがないけど・・・」
 と、いったん区切ってから、ビリーは言葉を続けた。それはさりげない口調で、言葉
の内容それ自体も特殊なものではなかったが、相手に与えたインパクトは相当なものだ
った。
「お宅たち、本当に警察の人?」
 必死で抑えてはいたが、その動揺はスクリーンを通してもはっきりと見て取れた。
 ビリーにはそれで充分だった。
「ノービス! エンジン全開!! 航路計算急げ!!」
 
 

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