前のページに戻る
メインページに戻る

細やかなトラブルメーカー(後編)





 手配されていると言っても、ビリーには身に覚えがなかった。
 全く覚えがないか? と言われれば、それはそうでもない。過去に、きわどい綱渡り
をした事も、一度や二度ではない。
 だが、今になって手配されると言うのは、どうにも納得がいかない。
 それはノービスにとっても同じだった。
「・・・なんか覚えある?」
「・・・今んところは、ない・・・」
 と言う会話が、端的にそれを表現していた。
 そんな会話の二人を尻目に、画面ではカインが一方的に話を続けていた。
「もし、詳しい情報を知りたいというのなら、連絡をくれ。
 格安で、詳しい情報を教えるよ。じゃあな」
 と、言う言葉で、レターは終わった。
 ビリーは「うーん」と小さな唸り声を発し、腕組みをして、しばらく黙り込んでしま
った。
 対するノービスも、いろいろ思考実験してみるが、どうにも材料に乏しく、計算もま
まならない。
 ただ言える事は、カインが親切心や、”サービス”で情報を提供してくれた訳ではな
いと言う事だった。
『なにがサービスだよ。詳しい事は有料で、と言う営業活動じゃないか』
 計算の上でとは言え、憤慨の感情をノービスが感じ始めた頃、ビリーが口を開いた。
「唸っていたってしょうがねえな。
 ともかく、もう少し詳しい情報がなきゃ、話にならん」
 と言って、コンソールを操作し始めた。
 それが亜空間通信の操作だと判ったノービスが、慌てて聞いた。
「カインに聞くのか? それって、なんか癪な話だぞ!?」
 だが、ビリーの方は、いたって穏やかな笑顔と、口調で答えた。
「いや、今回に関しては、ちょいとつてがあってな。そっちから探ってみるよ」
「?」
 何の事だか判らないノービスに構わず、ビリーは相手を呼び出した。ただし、音声の
みの言うのが気になる。
「あの〜、わたくし、ビリアーノと申しますが、捜査課の、サリーホワイトさんをお願
いいたします」
 もろに演技と判る、間の抜けた口調でビリーはそう言った。
 
 
 
 銀河警察局の捜査課に所属するサリーホワイトは、たまりにたまった書類を片付ける
ため、ここ数日はデスクワークの連続だった。
 その中にあって、気になる事があった。と言うよりも、デスクワークをしていたから
目にしたとも言える。それは、重要参考人として、ビリーが手配されたと言う手配書類
が原因だった。
『まったく、何してんだか? あいつは』
 突き放したような思考をしたが、本心ではない。
 まったくの赤の他人ではないビリーの事が、どうしても気になってしまうのだ。
 そんな時、内線が彼女を呼び出した。外線が入っているのだと言う。
 音声のみと言うのは気になるが、職業柄、そういう事は珍しくもないため、サリーは
反射的に受話器を取った。
 だが、相手の声を聞いた途端、彼女のペースが乱れた。
「ビ!!」
 ビリーと叫びかけたが、周りにいる同僚達に気が付き、ひそひそ声ではなしはじめ
た。
「ちょっと、ビリー、あなた何してんの!? こっちにも手配書回って来てるのよ!」
「あー、どうやらそうらしいね。それで俺も困ってんのよ」
 プロパリアーのコクピットで、さして困ってもいない口調でビリーがそう言った。
 ビリーは続ける。
「で、一つ、力、貸して欲しいんだよね」
「こんな時にぃ?」
「こんな時だからお願いしてるんじゃないの?
 で、俺って何をしたことになってるの?」
 呆れたようにため息をつき、あたりを見回しながらサリーが答えた。
「営利誘拐よ」
「営利誘拐ぃ!?」
「まだ事件にはなってないけど、あなたと接触した事が知られちゃって、私も聴取受け
たんだからね」
「またまた、それはお互い合意の上でしょ?」
 サリーの言った趣旨と、ピントのはずれたビリーの言葉に、サリーは顔を赤らめなが
らも、苦い表情で答えた。
「ともかく、今、どこにいるのよ。何してんの?」
「まあ、詳しい事は、また後で連絡するよ。調べたい事もあるしさ。
 なるべくそこにいてよ。じゃあね」
「ちょ、ちょっとまちなさいいよ!」
 と言うサリーの言葉を最後まで聞く事なく、通話は一方的に切れた。
「んもう!」
 サリーは八つ当たりに、受話器をフックに叩きつけた。鈍い金属音が、抗議の悲鳴を
上げた。
 
 
 
 ケインの船室がノックされたのは、そのすぐ後だった。
「どうぞ」
 了解を得て入って来たのは、当然、ビリーだった。
「どうしたんです?」
 笑顔で聞いたケインの問い掛けには直接答えず、ビリーはスツールを指差して逆に聞
いた。
「座っていいかな?」 
 ケインが頷くと、ビリーはそれに腰掛け、ひきつった笑顔を浮かべながら、2度3度
と両手を叩いた。
「?」
 ケインが怪訝な表情に変わると、ビリーはようやく思い口を開いた。
「ただの家出少年じゃなかったようだな」
 ケインがビクッと身体を震わせた。刑の宣告を待つ被告人のような表情で、ビリーを
見つめる。
「そんな顔すんなって。別にそれを責める訳じゃないんだからさ」
 困ったように苦笑いを浮かべながら、ビリーはそう言って、壁面にある通信端末の画
面を開いた。
「ケイン・マッコビー。ニュース検索で簡単に名前が出てきたよ」
 ビリーが操作すると、画面にニュースパレットの記事が浮かぶ。
「3歳で掛け算を覚え、7歳で小学校、9歳で中学、11歳で高校を卒業。
 大学では社会システム工学を専攻し、『銀河系星系における、距離と物流バランスに
おける経済法則』と言う論文を発表。社会学博士を得る。現在14歳。
 文句の付け様のない天才だな」
 一気に画面を読み上げ、振り向いて聞いた。
「なんで家出なんかした? 立ち入った事だが、巻き込まれてしまった以上、聞く権利
はあるはずだぜ?」
 対するケインは、質問に直接は答えず、長い沈黙の後で、こう返した。
「お母さんが?」
 なんとも不完全な質問だったが、それだけでビリーには充分意味が通じていた。
「捜索願いを出したらしいな。ところが、君みたいな人間は、国にとっても宝だから、
警察がすぐさま動いて、大騒ぎになったそうだ。
 渡航用パスコードから、この船に行き着き、銀河警察局に手配が回って、俺は営利誘
拐の重要参考人となっちまった。
 まあ、事件というまでにはなっていないがな」
 淡々とした口調で、判っている限りの事実を並べた。
 自分が予想していなかった事態が起きている事を知らされ、半ば独り言のようにケイ
ンがつぶやいた。
「だから、捜さないでって書き置きしてきたのに・・・」
 それをビリーは聞き逃さなかった。
「そんな事したのか!?」
 怒鳴り声とも取れるビリーに、ケインはきょとんとした表情で答える。
「ええ、ちょっと疲れたから、旅して来ます。
 心配しないでいいから、捜さないで。って」
 ビリーは最初、呆気に取られた表情をしていたが、やがて、右手を顔にあてうつむい
てしまった。
「あのなあ、それじゃ遺書と取られたってしょうがねえぞ。
 親とすれば、大騒ぎにもするさ」
「え!? そうなんですか?」
「そうなんだよ!」
 と、ビリーは苦みを含んだ笑顔で言ったが、ケインの容姿を見て、それでも内心では
納得していた。
『まあ、えてして、こういうのは良くあるんだろうな。天才と言われても、ちょっとし
た事が、そっくり抜け落ちているってのは』
 天才と言う人物像が一人歩きしているが、目の前にいるのは、やはり年相応の少年な
のだと、ビリーは一人で納得していた。
 
 
 
「別に何か不満があった訳じゃないんです」
 星の輝きを見ながら、ケインが言った。
 そのまま船室で話を続けてもよかったのだが、外が見えるコックピットの副操縦席に
ケインを座らせた。空間そのものは狭いが、解放感があるので話もしやすいだろうと言
う判断からだった。
 ケインが続ける。
「勉強は面白いし、良い成績なら、みんな喜んでくれるから、それも嬉しいから、苦し
いとかそう言うのはなかったんだ」
 いつものように、操縦席に座ったビリーがうなずいて、続きを促した。
「だけど、大学って大人ばっかりでしょ?
 勉強に関しては問題ないんだけど、話が合わないんだ。女の人の話とか、お酒やお金
の話とか・・・。
 それに、僕の前では、みんな遠慮して、そういう話しはしないんだ。
 話しにはついていけないけど、聞かせてくれたっていいと思いません?」
 突然、質問を投げ掛けられて、ビリーはあたふたとしながら答える。
「あ、いや、そういう気持ちは判らなくはないな。俺も同じ立場になったら、同じよう
な事をするかもしれん」
「そうなんですよね。
 だけど、僕だって、そう言うのは判る年なのに、必要以上に子供に見られているんで
す。
 で、考えたら、僕、一人で旅もした事ないんだって気が付いたんです。休みの日なん
か、勉強してるほうが楽しかったから。
 そう言った事を体験したら、少しは違ったものの見方が出来るかな?って。
 ちょうど休みになった事もあるし、お小遣いもたまってたから、気分転換を兼ねて・・・。
 そんなに、深い意味があったわけじゃなかったのに・・・。」
 最後には、少しばかり沈んだ声になっていた。
「そう言う事、お父さんやお母さんに話した事あるのかい?」
「え?」
 突然、ビリーにそう言われ、ケインは多少驚いた表情で、ビリーに視線を向けた。
「別に俺は、偉そうに言えた身分じゃないが、そういう事を親に話した事、ないんじゃ
ないかな?」
 返事はなく、ケインの首が、こくりと前に倒れ、元の位置に戻った。
「きっと、君は親に心配かける事のない、いい子なんだと思う。
 だから、こんな時、大騒ぎになるんじゃないかな?」
 それはケインにとっても、肯定できる見解だった。
「ま、今までと違う事をやれって言っても、そう簡単には出来ないし、それが正しい事
だとも、俺には言えない。
 ただ、やりたい事ができたら、素直に親に言っても良いと思うぞ」
 言葉としての情報量はそれほどではないのだが、ビリー自身は、饒舌に過ぎたと内心
で思い、後悔の念さえ浮かんだ 偉そうに言えた身分か? と自分に言いたい心境だっ
た。
 だが、ケインはそれを素直に受け取ってしまった。逆に、ビリーの方が戸惑ってしま
うほどに。
「そうですね。向こうに着いたら、さっそく両親に連絡をとってみます。
 ビリーさんには、ご迷惑をお掛けしてしまいますが」
 大人びた言い方をされ、背中がむずがゆくなるビリーだった。そして、そんなケイン
を見ているからこそ、へそ曲がりな心理が、むくむくと沸き出してくるのだった。
「しかし、まあ、せっかく旅行に出たんだから、少しぐらい楽しんで行ったって、ばち
は当たらんとおもうぜ」
「え?」
 ケインには、意味が理解できなかった。ビリーはそれを説明しようとはせずに、にや
りと人の悪そうな笑顔を浮かべ、こう言った。
「お客さまに、できる限りのサービスをするのが、運び屋さ」
 
 
 
 プロパリアーは、積み荷の到着期限ぎりぎりに、ケルサバル連衆国の首都近くの、国
際宇宙貨物ターミナルに到着した。
 通常、トラブルを考慮して、積み荷の到着期日には余裕が持たせてある。ビリーがぎ
りぎりに到着したのは、もちろん理由がある。少しばかり寄り道をしたのだ。
 この星系のラグランジェポイントに、スペースコロニーが浮いている。
 そこは観光コロニーで、「人工的な」自然公園や、無重力を利用したテーマパークな
どがあった。
 わずか1日ではあったが、そこでケインは、勉強から離れ、一日を過ごしたのだっ
た。
 それはビリーの休暇を兼ねていたのだが、ケインに対するサービスという意味合いが
大きかった。
 だが、そんなビリー達を、貨物ターミナルで待っていたのは、男女5人の銀河警察局
の捜査員だった。
「ビリー ロウェルさんですね? 恐れ入りますが、署までご同行願います。
 理由はご存じですよね?」
 いかにも叩き上げと言った感じの、屈強そうな男性の捜査官が、プロパリアーの乗員
搭乗口で、ビリーに向かってそう言った。
 『断るわけにはいかないんだろ?』とビリーは内心でそう思いながら、不機嫌そうな
表情になった。
 事情聴取というのは、どういう立場であれ、あまり気分の良いものではない。
 加えて、その横に立つサリーの怒ったような表情が、さらに気分を重くする。その気
分をごまかそうと、故意にふざけた口調でビリーは言った。
「あ、やっぱり報告した? 俺が連絡した事」
「当たりまでしょ!? 黙っていたら、私の首が危ないわよ!」
「事件にはなってないって、言ってたじゃない」
「事件じゃないけど、連絡をよこすと言っておきながらすっぽかす。納入時期が近づい
ても到着しない。一歩間違えれば事件になってたわよ!
 その間、私が、ジャミアの当局と、上司の間に立って、どれだけ苦労したと思ってん
のよっ!」
 サリーの剣幕に気押されつつも、軽い口調でビリーは答える。
「この借りは、そのうち、精神的にお返ししますって」
「あのねえ・・・!」
「ゴホン」
 痴話喧嘩になりかねない雰囲気を、わざとらしい男性捜査官の咳払いが断ち切った。
 そんな二人の横を、保護される形で、女性の捜査官に連れられたケインが通った。
「ビリーさん、お世話になりました」
「おう、元気でな。縁があったまた会おう」
 と言う会話を交わした後、ケインとビリーは、まるで申し合わせていたように、右手
の握りこぶしを突き出し、親指を立てる。
 ウインクをして笑顔を浮かべるビリーに、サリーが申し訳程度に声を抑えて聞いた。
「まるで男同士の無言の会話ね?」
「まあ、いろいろとあってね」
「ゆっくりと事情は聞かせてもらいますからね」
 なんとなく、サリーの口調に艶めかしさを感じたビリーは、よせばいいのにふざけた
口調で言ってしまった。
「いいんだけど、少しは寝かせてくれよな」
 それに対して、サリーは口では答えず、靴の踵でビリーの足を思いっきり踏み付け
た。
 何とも情けないビリーの悲鳴が、プロパリアーの船内に響いた。
 
 
 終わり


後書きのページへ
目次のページに戻る
メインページに戻る