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細やかなトラブルメーカー
ジャミア国際宇宙港の貨物ターミナルを、ビリーはとぼとぼと歩いていた。
条件の合う仕事を契約したのだが、事情でプロパリアーへの積み込みが明日になると
言うのだ。そのため、今日一日が、宙に浮いてしまったのだ。
休暇と思えばいいのだろうが、その一日も、半分は日用品や食品の買い出しに費やさ
られ、中途半端な時間しか空かない。
おまけに、国際宇宙港ぐらいの規模の施設になると、商店や飲食店の数や質も都市と
変わらず、だいたいの事はここで済んでしまう。いや、船への積み込み等のサービスを
考えると、ここで済ましたほうが経済的ですらある。
そんなわけでどこかへ出かけるわけでもなく、フロアをぶらぶらしたあげく、カウン
ターキッチンで遅い昼食を取ることにした。
ジャミア産グレープフルーツジュースと、ソーセージパケットサンドを注文した。
『まあ、これなら外れはないだろう』
と言う消極的な理由からだった。
ふと、背後に視線を向けると、妙な集団が目に止まった。
正確に言うと、集団ではない。目的は似通ってはいるが、他には共通項が見当たらな
い30人ぐらいの人間がフロアに、立ったり、座ったりして固まっているのだ。
目的が同じと判るのは、手に手に手製のプラカード(と言うより単なる紙)を持って
いるのだ。
その紙には、それぞれ「テライザ共和国」「ドルフィナ首長国連邦」「ラグナセカ」
等の国名と4桁ほどの数字が記されていた。
そんな旅行者の一団が旅客ターミナルではなく、この貨物ターミナルに集まっている
と言うのが、一種異様な光景を作り出していた。
「あれ、何?」
好奇心から、ビリーはカウンターの中のマスターに尋ねた。
「ああ、あれかい。今、ここは春休みなのさ」
中肉中背で人懐っこそうな男性が答える。
「ここ2、3年ぐらいかな? 学生とかが来るようになったのは。
お客さん、トライアローでしょ?」
「ええ」
「目的地が一緒なら、格安の料金で一人や二人、乗せようと思うんじゃないですか?
小遣い稼ぎのつもりで」
「ああ、そう言うこと・・・」
「運び屋の船と言ったって、一応客室があって、料金も交渉しだいで格安になるっての
が知れ渡ったんでしょう。暇はあるけど金はない若い人たちが、トライアローが声をか
けるのを、ああやって待ってるんです。
誰が言い出したのか、コバンザメハイカーって呼んでます」
「なるほどねえ」
注文したものが出され、それを口にしながら、ビリーは一人運び屋が、その「コバン
ザメハイカー」に声をかける光景を目にして、思った。
『運び屋も信用されるようになったもんだ』
ビリーが運び屋になる前、この職業には決して良いイメージはなかった。はっきり言
えば、犯罪者やならず者の集まり。というのが一般的なイメージだった。
それが、今や、学生のような若い世代が、旅行に利用するようにまでなっている。
長い年月をかけて業界全体でイメージアップや、ルール作りがされ、ようやくここま
できたのだ。
ビリーはその時代のことには詳しくないが、それには相当の苦労があった事は想像に
難くない。
『信用ってのは大事なもんだな』
等と思いながら、食事を終え、席を離れた。
コバンザメハイカーの一団の前に来た時、ふと、一人の少年に目が止まった。
10代の中ごろだろう、まだ幼さが残る、きゃしゃな少年だった。
デイパック一つを背負い、身軽ないでたちだった。
「ケルサバル・・・」
彼の目指す先が、ビリーの目的地と同じ、ケルサバル連衆国だったのだ。
「・・・・」
その少年から視線を反らし、しばらくビリーは自問自答を繰り返した。
別に人を乗せる事は、過度なサービスを要求されなければ苦手ではないし、客室も用
意できる。ついでに乗せるのは簡単だ。
だが、どうも、少年の雰囲気が引っ掛かるのだ。有体に言えば「家出少年」と言う雰
囲気が漂っているのだ。
しかし、だからと言って、彼の提示した金額「1400」は捨て難い。ちょっとした
格安チケットでも、このぐらいはする。他の者達の提示金額とは、桁が一つ違うのだ。
『ま、たとえ家出少年だったとしても、事がおきなきゃ問題ないさ』
と言う思考が決定打となり、ビリーは視線を少年に向ける。
「荷物の関係で、出発が明日になるけど、いいかな?
食事はセットプレートメニューでよければ、一食10レート。サービスで、今晩から
客室を使って良しって事でどうだ?」
あいさつも前置きもないビリーの言葉にも、少年はすぐさま反応した。
「うん。それでいいよ」
ビリーの方が戸惑うほどの即決だった。
少年は紙をバッグにしまい込むと、ビリーの前に立ち、見上げながら右手を差し出し
た。
「始めまして。僕の名前は、ケイン・マッコビーです。よろしくお願いいたします」
堅苦しいほどの礼儀をもって、少年は言った。
「俺はビリー。ビリー・ロウエル。こちらこそ」
ビリーはそう答え、握手を交わした。
『なんか育ちが良さそうだなあ』
それがビリーの第一印象だった。
「客室はこのシングルルームを使ってくれ。多少狭いのは勘弁な」
プロパリアーの船室にケインを案内して、ビリーは多少、申し訳なさそうな口調でそ
う言った。
実際、部屋は狭く一応の掃除もされてはいるが、一般の客船の船室とは比べるべきも
ない内装ではあった。
しかし、それだけならば、さしてビリーには気にならない事のはずだった。だが、何
と言うべきか、どうも気押されしてしまうのだ、このケインと言う少年に。
『なんだかなあ』
まったく意味不明と言うしかない。
「いえ、僕には充分の広さです」
何事もないような口調でケインは答え、さっさと荷をほどき始めた。
旅馴れたという雰囲気ではないが、堂々とした態度に、ビリーは声もなくため息をつ
いた。
疲れていたのか、結局、その後ケインは一歩も部屋を出ることなく、ベッドで寝てし
まったのだった。
『楽な客だ』
正直ビリーはそう思わずにはいられなかった。
翌日、ビリーは早朝より貨物の搬入に立ち会っていた。
搬入業者に、いろいろと細かな指示をしなければならないからだ。
ふと、視線を感じ振り返ると、カーゴスペースの一番端にある階段の口に、ケビンが
搬入の様子を興味深そうに見ながら立っていた。
「こんなの見ていて楽しいのかい?」
作業が一段落したので、ビリーが歩み寄って笑顔で聞いた。
「ええ、いろんな荷物が、こうして運ばれてるんだ。って思ったら・・・」
「ふーん、そんなもんかね? 仕事で慣れちゃったから、俺にはそんな感覚はないんだ
が」
「普段、当たり前のように思っていますけど、銀河全体の経済は、ビリーさん達が支え
ているんでしょうね」
ビリー自身、自分の仕事に自負やプライドは少なからず持っている。だが、そこまで
言われると、褒め過ぎだ。かえって照れ臭い。
「あのなあ、子供がお世辞を言うもんじゃないよ。
いくら何でも、支えているっていうのは言い過ぎだ」
「いいえ。全体の60%を占める、個人ベースのトライアローが、貨物運搬企業では対
応し切れない部分を支えているんです。決して言い過ぎではありません」
「それだけ採算が悪いところを請け負っている、と言うことだろ?
だが、コストがさがれば、結局、最後に勝つのは大手だからな」
「やっぱり、厳しいですか?」
「そりゃ、楽ではないね。第一・・・」
と、言い掛けて、ビリーは言葉を失った。
『俺は、何を真剣に・・・、この子はなんじゃ?』
会話そのものは、さして高度なものではない。だが、相手がほんの10歳そこそこの
子供と言う事が、ビリーの言葉を途切れさせた。
「ませた事言ってんじゃないよ。子供はそんな事、気にしないでいいの。
船室に戻ってな」
「はい」
素直な笑みを浮かべ、そう返事をしてケビンは、ビリーの指示通り、船室に向かって
行った。
その後ろ姿を見ながら、ビリーはふうと、ため息をついた。
ケルサバルへの航行は、順調そのものだった。
逆に言うと、さしてする事もない訳で、暇を持て余し気味になるのも、また事実だっ
た。
こんな時、普段は、操縦席に座り、ビリーはノービスと毒舌の応酬を交わす事になる
のだが、今回は話題が客であるケビンの事になりがちだった。
「チェスで負けた? お前がか?」
ビリーが驚きの声を上げた。
「ああ」
もちろん、表情はないが、ばつの悪そうな口調でノービスが答える。
「レベルを落としてじゃなくて?」
「最初は、平均的なあの子の年齢レベルでやったんだが、最後はリミットなしだった
よ。あの子はいったいなんなんだ?」
当たり前と言えば当たり前なのだが、ノービスはコンピューターである。それもかな
り高度なレベルの知能を備えている。
確かに、汎用型なので、ゲームのように条件付けされると、弱い部分はある(ミスを
するところまで人間に似ているのである)。
だが、それでもノービスを負かすと言う事は、ケビンがそうとうの知能の持ち主であ
ることを物語っていた。
「で、あの子、今は?」
そうビリーが聞くと、ノービスは船内管理システムをチェックした。
「何をしてるかは判らんが、船室にいるな。トイレ以外は、ずっといるな。もう5時間
になるな」
「勉強してるみたいだぜ。ちらりと見たんだが、ノートとかは持ってきてるようだし」
お互いに、何とも言い様がなく、ふと、会話が途切れた。
どうにも、ケビンという少年を掴みかねていた。ただ一つ判っているのは、年齢のわ
りには、非常に頭が良い、と言う事だった。
「厄介な事にならなきゃいいけど」
ぽつりと言ったノービスに、咳払いをしたビリーは、わざとらしく話題を変えた。
「ISにアクセスしなきゃ、と。ニュース見ておかないとな。誰かからレターが来てる
かも知れないし・・・。」
そう言って、コンソールを操作したビリーに対して、音にならないため息を漏らし
た。
ISとは、インフォメーション=ステーションの略で、いわばデジタル情報の私書箱
である。
あまりにも広大な宇宙空間を生活の場にする者にとって、情報のやり取りは困難を極
めた。亜空間通信と言う技術は生まれたが、それも相手の位置、座標が掴めなければ呼
び出すことも出来ない。
これが恒星系の惑星や、正式登録された宇宙ステーション、コロニーであれば、位置
もトレースできるのであるが、頻繁に移動を繰り返す、トライアローのような者には、
それも叶わない。
そこで生まれたのがISである。
そこに登録をして、自分の登録番号あてに、デジタルレターを送ってもらい、都合の
いい時に、それを呼び出す。そうすれば多少のタイムラグは生まれるが、連絡は格段に
容易になる。加えて、ISを経営する各社の競争により、様々な付加サービスがあり、
ビリーの登録しているISでは、アクセスごとに、経済、政治、スポーツなどのニュー
スが文字ベースで送られてくる。これがなかなか役に立つ。
ともかく、ビリーがアクセスしてみると、様々なニュースと共に、数通のデジタルレ
ターが届いた。
その中の一通の差出人の名にビリーは反応した。
『カイン?』
ビリーが利用している情報屋、なんでも屋だ。ただ、実際に会った事もなく、年齢や
性別すら判らない、怪しげな人物ではあるのだが。
ただ、向こうから接触してくる事など、今までなかった。ビリーが不思議に思うのは
当然だった。
モニターに、以前から相変わらずの、コンピューター映像の人物が浮かび上がった。
「やあ、ビリー。元気そうだね?」
感情や抑揚のない声が、スピーカーから流れる。そのすぐ後に、いきなり用件に入っ
た。
「これはサービスなんだがね、お前さん、警察局に手配されてるようだよ」
「はあ?」
ビリーとノービス、同時に声が上がった。
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