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契りシリーズ。早乙女優美編
 
 
 
 バスケットシューズの底と、きれいにワックス掛けされた木目の床が造り出す、軽快
な音が体育館を満たしていく。
 汗が飛翔となって飛び、バスケットボールがリングの淵を跳ねる。
「リバン!」
「ほら、走る!」
「パーース!」
 きらめき高校は秋の中にあった。
 今、体育館で行われているのは、優美達、3年生の引退送別試合である。
「優美っぺ!」
「はいな!」
 元気な声で答えた優美の元へ、鋭いパスが供給される。
 ドリブルで切れ込もうとする優美の正面に、一人の2年生が立ちはだかる。それは、
優美が次期キャプテンにと考えている、有望な部員だった。
「通しませんよ、キャプテン!」
「そう上手く行くかな?」
 優美はそう言って、ドリブルをしようとするが、それはフェイントだった。
 相手も見ないで出されたボールは、走り込んだ3年生部員に渡り、その手から、きれ
いなループを描き、リングに吸い込まれていった。
「いつもドリブルとは限らないぞ!」
 人指し指で相手を指しながら、優美は言った。
「はい!」
 元気よくその2年生が答えるのを聞いて、優美はディフェンスに戻る。
 その途中、優美は思った。
(もう、優美も引退なんだ。
 早いなあ。先輩が引退してから、もう1年なんだ)

 この年の3月1日、つまり、卒業式の日、優美は卒業する男子生徒に告白した。
「好きです」
と。
 彼はそれを受け入れた。そして二人は恋人として、付き合い始めたのである。
 その男子生徒は、優美と同じバスケ部員で、優美の兄である好雄の親友だった。
 彼は卒業してから、バスケットが強い、遠くの大学に進んだため、優美達はなかなか
会うことは出来ないでいた。
 夏休み以来、電話か手紙のやり取りをするだけである。
 しかし、大学の方も忙しいらしく、ともすれば、電話も手紙も途絶えがちになってい
た。
(先輩、元気でやっているのかなあ?)
 
 
 
「ありがとうございましたあ!」
 試合は、3年生チームが勝利した。62対60というスコアだった。
「早乙女先輩、引退しても部活に顔出してくださいね」
「キャプテン、引退しちゃやだよー!」
 涙を含ませた後輩の声に、優美は答える。
「こらこら、そんな事言っていてどうする。これからは、みんなで頑張らなきゃ駄目じ
ゃないか?」
 正直なところ、優美とて寂しい物に心を揺り動かされており、あとわずかで、涙がこ
ぼれそうになっていた。
 しかし、自分がキャプテンであるという自覚から、それを必死でこらえているのだっ
た。
 そんな時、体育館の入り口が開かれた。
「間に合わなかったか・・・」
 そこにいた男性が、肩で息をしながらそう言った。
 優美がその人物を認めた時、彼女は駆け出していた。
「せんぱーーい!!」
 そう言ったかと思うと、飛びつくようにその人物に抱きついた。
「先輩、先輩。優美、会いたかったよーー!!
 どうして?いったい、どうしたんですか、今日は?」
「ああ、優美ちゃん、引退試合があるって言ってただろ?
 時間が取れたから、見に来たんだよ」
「へへへ、優美、嬉しいです」
「あのね、優美ちゃん」
「はい、なんですか?」
「みんな、見てるんだけど・・・」
「あ!?」
 そう言われて、優美は、二人を見つめるやや冷やかすような視線に気付き、頬を赤ら
める。
 二人のことは、もう公になってはいるが、こうまで当てつけられては、そういう視線
で見られるのも無理はない。
「優美っぺ。あんまり見せつけないでくれるかなあ?もう、熱くってたまんないよ」
「そうです、そうです。刺激が強すぎです」
 優美は顔を赤らめながらも、ささやかな反論をした。
「私が悪かったわ。ごめんなさい。私だけが幸せじゃいけないよねぇ」
 優美の言葉に、好意的なブーイングが返ってきた。その中、彼が優美の耳元で囁く。
「優美ちゃん」
「はい、なんですか?先輩」
「ともかく、先に後かたづけや、あいさつをしておいで。
 俺、裏の駐車場で待っているから」
「はい、そうします」
 
 
 
 優美が、いろいろな用事を済ませて、駐車場にやってきた。数人の部員が付いてくる
事は、ある程度予測できた。
「お待たせしました」
「じゃあ、送るよ」
 彼はそう言って、ジーンズのポケットから鍵を取り出した。
「せ、先輩、車なんですか?」
「ああ、国産の中古だけどね」
 そう言って、白い小型のセダンのドアを開けた。
「優美ちゃん?・・・俺の運転じゃ、不安?」
 優美は首を、ぶんぶんと横に振って答える。
「そ、そんな事ないです。優美、なんだか、こういうのにあこがれていたんですぅ」
 優美の目は、心なしかきらきらと輝いているようだ。
「そうか、彼とドライブだもんね。いーなー」
「ゆみっぺ。車、好きもんね」
 付いてきた者から、冷やかしの声が上がる。
「へへーー、じゃあお先にね」
 そんな声も優美にとっては心地よいものになっていた。
「それじゃ、行きましょ。先輩」
「ああ、そうだね。みんな、それじゃあ、元気でね」
 「はーーい」と言う複数の声に見送られ、二人の乗った車は、夕方の街並みを走って
いった。
 
「優美ちゃん」
「はい、なんですか?」
「好雄に電話で、”優美ちゃんと食事して帰るから”と言ってあるんだけど、
・・・いいかな?」
 そう言う彼の声に、優美は激しく首を縦に振る。
「はい、もちろんです。このまま、まっすぐ帰るなんて方が嫌ですぅ」
 甘えたような声で答える優美に、彼も苦笑いで答える。
「OK、それじゃ行こう」
「はい!」
 
 と言うわけで、二人が来た場所は、ありきたりのファミリーレストランだった。
「ごめんね。気のきいたところに連れて行ってあげられなくて」
「ううん、いいんです。優美、先輩となら、どこでも構いませんよ」
「そう言ってくれると、正直言って助かるよ。車買ったら、苦しくってね」
 そう言った彼に、優美は不思議そうな顔になる。
「でも、・・・そんなに車、必要ですか?」
 優美の質問に対する答えはこうだった。
「まあ、大学は車がないと困るところにあるけど、それ以上に・・・」
「それ以上に?」
「優美ちゃんを助手席に乗せたかったからね」
 そう言って、ウインクする彼に、優美は頬を真っ赤に染めた。
「もう!先輩の意地悪!」
 優美はそう言って、彼の背中を思い切りひっぱたいた。
 ずいぶん手荒な表現ではある。
「痛てててて!」
 
 そんなこんなで、二人は夕食をとった
 優美にとって、それは今までの夕食とは全然雰囲気の違うものだった。
「優美ちゃん、遠慮しないで注文していいんだよ」
「え、でも・・・、そんなに、お腹減ってませんから」
「そう?」
「はい」
(もう、先輩ったら、好きな人の前で、そんなにぱくぱく食べられる訳無いじゃない
ですかぁ)
 優美はそう思って、控え目に注文した。
 だが、今まで運動をしていたのである。空腹感がないわけはない。
 おまけに、彼もスポーツをしているせいで、食事の量は相当なものだった
 目の前で食べる彼の姿に、優美の表情は物足りなさそうなものになった。
「はい、優美ちゃん」
「え?」
 目の前に、手つかずの皿が差し出され、優美は慌てる。
「俺の前では自然のままでいてよ。足りないんでしょ?ご飯」
 そう言って、彼が指し示した料理は、優美の好物のものばかりだった。
「そうじゃないかと思って、優美ちゃんの分も頼んでおいたんだよ。
 元気がいいと、お腹もすくよ。俺は、いつも元気な優美ちゃんが好きなんだから、
遠慮しないで食べて、・・・ね」
 優美は本当に嬉しそうに笑いながら肯いた。
「はい、ありがとうございます。遠慮なくいただきますです!」
 そうして、優美が元気よく食べる姿を、彼は楽しそうに見つめていた。
 
   
 
「優美、海が見たいです」
「え?」
 食事が終わり、車に乗る段になって、優美が言った。
 彼はしばらく、優美の瞳を見つめていたが、自分の腕時計に目をやる。
 日も落ちたばかり、いくらなんでもこのまま帰るには早いし、それ以上に別れるのが
辛い。彼は肯いた。
「そうだね。行こうか?」
「はい!」
 
 
 
 秋も深まった海岸は、やや風も冷たく、それから身を守るかのように、二人は寄り添
いながら、防波堤の上を歩いていた。
「先輩?」
「ん?」
「また、学校の方へ戻るんですよね?」
「うん、明日の午後にはね」
「・・・また、会えなくなっちゃうんですね」
「・・・そうだね」
 立ち止まった優美に、彼も気付き足を止める。
 優美は顔を伏せ、切ない声を上げる。
「優美、寂しいです。先輩が側にいなくて、すごく寂しいです・・・」
「・・・優美ちゃん・・・」
 彼は優美の前に立ち、彼女の顎に右手を添え、顔をそっと上げる。そのままゆっくり
と唇を重ねた。
 長いキスを終え、唇が離れると、優美は彼の胸に顔を埋め、両手を背中にまわす。
「先輩、お願いがあります」
「何?」
「優美を、・・・いえ、何でもありません」
 そう言って優美は身を離し背中を向ける。
「・・・優美ちゃん」
 彼は優美の背中から両手をまわす。
「俺だって、優美ちゃんの会えなくて、寂しいよ」
「・・・先輩」
「優美ちゃん」
「はい」
「・・・君を抱きたい」
「・・・はい」
 
 
 
「うん、ちょっと遠くに来ちゃったから、遅くなりそうなの」
『そうか。優美?』
「なあに、お兄ちゃん?」
『あんまり、あいつに迷惑かけるなよ』
「うん、判ってるよ。お兄ちゃん」
 浴衣姿の優美はベッドに腰掛け、そう言って電話を切った。
 二人は国道沿いのホテルの部屋を借りた。インテリアはシンプルなもので、けばけば
しさはないものの、大きめのダブルベッドには緊張してしう。
 優美は好雄とは口喧嘩などはしょっちゅうだったが、嘘はついてこなかった。それが
今、初めて嘘をついた。
 優美の心がちくりと痛んだ。だが、今の優美には、この時間が必要だったのである。
 バスルームから、バスタオルを腰に巻いただけの彼が出てきた。
「家に連絡したの?」
「はい。優美、お兄ちゃんに嘘をついちゃいました。悪い娘ですね」
「それは、俺も同じだよ。好雄に知られたら、まあ、殴られるだろうな。
・・・でも・・・」
「でも?」
 優美の横に腰を降ろし、彼は優美の肩に手を置く。
「それを覚悟の上で、俺は優美ちゃんが好きだ」
「・・・優美もです」
 二人は唇を重ねる。不慣れな手つきで部屋の照明が消される。
 浴衣を脱ぎ、裸になった優美は恥ずかしさから饒舌になる。
 暗闇とは言え、全くの闇でない。恥ずかしいのも仕方がない。
「へへへ、優美、胸、大きくなったんですよ。」
「そうみたいだね」
「はは、ウエストも締まってきてるんです。優美はまだ成長段階なんですよ」
「優美ちゃん」
「・・・はい」
 彼は言葉が不要だと言いたかった。優美もそれが判っていた。
 
(やん、変だよ。身体が熱くて、たまんないよ)
 優美は、愛撫する手に翻弄されていた。
「せんぱーーい!」
 優美は彼の身体に両手を回し、力を込める。
「優美、もう駄目です。変なんですぅ」
「少し待ってね、優美ちゃん」
「は、はい」
 彼は準備を整え、優美を抱き締める。
「優美ちゃん」
「はい」
 彼が入ってくる時、優美の顔が苦痛に歪む。
「い!痛い!」
「優美ちゃん、大丈夫?我慢できる?」
「痛いです。でも、我慢します。そのまま来てください」
「いいんだよ、無理しなくても」
「ううん。・・・いいんです」
 優美の声に彼も答える。
「あああんん!」
 優美の声が室内に響き渡る。
「判ります。今、二人は一緒になってるんですね?」
「そうだよ、優美」
「・・・優美、嬉しいです」
「え?」
「初めて、呼び捨てで呼んでくれましたね」
 彼は静かに微笑み、もう1度その名を呼んだ。
「・・・優美」
「はい」
「愛してるよ」
「優美もです」
 
  
 優美が自宅に帰った時、優美の雰囲気が変わっている事に好雄は気が付いた。
 それは、長年、一緒にすごしてきた兄だけに判る微妙な変化だったが、それだけで充
分だった。
「あいつ、殺す!!」
 
 
.......................終わり
 
 
 
後書き
 
なんで、オチつけちゃうんだろうなぁ?(^_^;)
途中まで、いや、ほとんど最後の所まで真面目に来たのに・・・ハハハハ。
 
優美に関しては、結構、どういうシチュエーションになるのか、自分でも判らないとこ
ろがあったのですが、書き出してみると、かなりすらすら進みました。
書いている内に、優美が可愛く思えてきました。
またか?(苦笑)
  
 
 

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