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契りシリーズ。虹野沙希編
 
  うだるような暑さの、7月のある日の午後、沙希は高校以来の親友、朝日奈夕子のア
パートを尋ねていた。
「キャッホーー!!いらっしゃーい!沙希チャン!」
「こんにちは、ひなちゃん」
  挨拶をかわし、部屋に入る。
  タンクトップとショートパンツというラフなスタイルの夕子が、冷蔵庫からウーロン
茶のペットボトルを取り出し、2つのグラスと共に、二人の間にある卓袱台の上に置い
た。
  沙希は、卓袱台と夕子という組み合わせに、毎度の事ながら違和感を覚えるのだが、
夕子に言わせると「便利なんだからしょうがないじゃん」と言う事になる。
  ともかく二人はウーロン茶を飲み干して、一息ついた。
「で、相談って何々?」
  夕子が切りだした。前の晩、沙希から電話で相談があると言われた。電話では話せな
い事と言われ、好奇心(もとい)友情に厚い夕子としては、昨夜から気になって仕方が
無い。
  少しためらって、沙希が言った。
「あのね、・・・さ来週の水曜日、彼とディズニーランドに行くの」
「ふーーん、そう」
(なんだ、のろけか)
  夕子はそう思った。沙希が高校の卒業式の日、想いを寄せていた男子生徒に告白した
事は、もちろん彼女から聞いていた。その後も、いろいろな話を聞かされて来たので、
今回も正直な所(またか)と言う心境だった。
  ところが、どうも今回は様子が違うようだった。
「なによぉ、どうしたってゆーのよ?」
  さすがに夕子は、少しばかり心配になった」
「・・・実はね・・・」
「ん?」
「1泊2日で行くの」
「ぶっ!」
「キャッ!」
  驚いた夕子は、ほんの少しではあるが、口に含んでいたウーロン茶を吹き出してしま
った。ティッシュを取り出し、濡れた所を拭きながら、夕子は言った。
「ごめん、ごめん。だって・・・それって」
  沙希は黙ってうなずいた。それがどういう事か判っていると言う事である。
「なるほどねぇ、卒業から5ヶ月か、いい頃かも知んないねえ」
  何がいい頃なのかは知らないが、しきりに夕子は首を縦に振る。
「それでね・・・」
「判っておる。皆まで言うでない。アリバイでしょ?私にまっかせなさーーい!!」
  そう言って夕子は自分の胸を叩く。
「うん、それもあるんだけどね・・・」
 
  本来、彼女は嘘をつく事を良しとしない。ましてや大切に育ててくれた両親を欺く事
は、かなり良心がとがめた。しかし、それ以上に彼との時間が欲しかったのである。
  彼は大学に行き、沙希は専門学校に行った。決して会えない距離ではないが、高校に
行っていた頃に比べれば、会える機会はグンと減った。
  彼が「夏休みに、どこか旅行にでも行かないか?」と聞いて来た時、散々迷った後、
彼女はうなずいたのである。
  今日来たのは、確かにそういった事もある。だが、それ以上に、重大な話があったの
だ。
 
「それもって、他にも何かあるの?・・・ああ、避妊?ちゃんと彼にしてもらうんだよ。
  そう言うのって、ちゃんと言った方が良いんだからね」
  夕子の言い方はストレートだ。沙希は顔を真っ赤にしながらも、首を横に振った。
「んもう!それじゃあ何よ?」
  いい加減じれて、夕子が言った。
「その、・・・男の人って、判るって聞いたの」
「何を?」
「女の子が初めてかどうか、って事・・・」
「?」
  沙希の言った意味をしばらく考えていた夕子だが、その意味を理解した時、その顔か
ら普段の軽い(あるいはそう見える)表情が消えた。
「ま、まさか・・・」
「うん」
  沙希が肯く。二人は声を無くし、その二人の間をセミの声が埋めていく。
  夕子がウーロン茶をグラスに注ぎ、いっきに飲み干す。やけに咽が乾いた。
「話したくなかったら、話してくれなくていいけど、・・・いつ?」
「・・・中3の時」
「かーー!私より早いじゃん」
  夕子は頭をかきながら言った。
「で、相手は?」
「・・・」
「それは言えないか・・・?」
「うん」
「・・・真剣だったんでしょ?」
「え?」
「だから、真剣な気持ちであげたんでしょ!?沙希チャンのヴァージン!」
  またも、ストレートな表現である。含みを持たせた会話というのは夕子は好きではな
いのだ。
  沙希は黙って首を縦に振る。
「だったら、いいじゃない」
「?」
「どうせ、沙希チャンの事だから、その事を彼に言うかどうか悩んでるんでしょ?」
「・・・うん」
「そんなの黙ってるに決まってんじゃん」
「でも」
  沙希の言葉は単発で、会話の主導権は夕子が握っていた。
「じゃあ聞くけど、仮に、彼の初めてが沙希チャンでなかった時、それを彼の口から聞
きたい?」
  沙希はしばらく黙り込んでいたが、やがて首を横に振る。
「でしょ?聞きたくないっしょ?そう言うの黙っておくのって、男女の暗黙の了解みた
いなもんよ」
「でも・・・、判ってしまったら?」
「判りゃしないって・・・沙希チャンが言わない限り。それにそんな事で離れて行っちゃ
うような奴なら、こっちからポイよ!」
「・・・」
  沙希は夕子のような考え方が出来るかどうか不安だった。その不安を見透かしたかの
ように、夕子は言った。
「大体、沙希チャン、大切な事忘れてる」
「大切な事?」
「そう!今、沙希チャンが好きなのって誰?彼でしょ?過去がどうあれ、今好きなのは
  彼なんしょ?それを忘れてる!
  それにそんな事で、沙希チャンから離れていくようなバカじゃないって。
  自信を持ちなよ!」
「・・・うん」
  沙希はうなずいた。
「でもさあ」
  夕子が下から見上げるような目つきで言った。
「なんで、そういう事、私に相談するかな?そういうのに慣れてるように見える?」
「え?・・・あの、それは・・・」
「ああーーあ、やっぱりそうなんだ」
  夕子はそう言って、卓袱台に突っ伏す。
「そりゃ、違わないけど、・・・でも、沙希チャン」
「なに?」
「素敵な思い出にするんだよ」
「・・・うん、ありがとう」  
  
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
「次はどこに行くの?」
「スプラッシュマウンテンさ!」
  ディズニーランドは、夏休みを利用したゲストで溢れ返っていた。
  そんな中、沙希は彼とのディズニーランドの1日目を、元気一杯に過ごしていた。
  待ち時間が多いため、アトラクションに乗る回数そのものは少ないが、彼女にとって
二人でいられる時間そのものが貴重なものだった。何しろ、話したい事、聞きたい事が
山ほどあるのだから。
「60分待ちだって」
「ここでも待つのね」
「これでも少ない方さ。それとも別の所に行く?」
「ううん。行きましょ」
  二人は列の最後尾につく。その後ろへ、すぐさま別のアベックがついた。
  何気なく振り向いた沙希が、凍り付いたように動かなくなった。
  それは後ろのアベックの男も同様だった。男の口から思わず声が漏れる。
「さっちん、かい?」
「飛島先輩?」
「え?サンズの飛島さん?」
  驚いた声をもらしたのは、沙希がつないだ手を、強く握った事に異変を感じた彼であ
る。
  人気プロ野球団「東京レッドサンズ」通称サンズ。飛島とは昨年入団した高校出身の
ルーキーで、外野手として出場し、試合数108試合、打率2割9分2厘、ホームラン
21本、打点62点、盗塁21という堂々たる成績で、新人王を獲得した選手である。
  
「沙希ったら、飛島さんと同じ中学だなんて、1度も言ってくれなかったじゃない」
「そ、そうだったかな?なかなか言う機会が無かったのね」
  彼の問いかけに沙希は、多少上擦った声を自覚しながら言った。
  偶然というきっかけで、二組のアベックは、のろのろとスプラッシュマウンテンの中
を歩いていた。
「そうか、さっちん、高校でも野球部だったのか。・・・君はそこでさっちんと?」
「はい。俺も野球部だったんです。でも、プロ野球の選手がこんな所にいるなんて思い
ませんでしたよ」
「俺達にだって休みぐらいあるさ、今日はその貴重な1日だったんだがなあ」
「だったんだけど、何?」
  飛島の連れの女性が、そう言って飛島を問い詰める。
「いや、充実した1日だなあって・・・」と言って飛島は話題を変えようとした。
「ところで、今日の事は、他言は無用にしてくれよ。また、写真週刊誌にたたかれちゃ
うからな」
  沙希と彼は、そこで初めて、その女性がTVで噂になった年上のモデルだと言う事に
気が付いた。
「はい、もちろん」
  彼がそう答えるのを聞きながら、沙希は心の動揺を抑えようとした。だが、抑えよう
とすればするほど、ある記憶が蘇って来る。
  その記憶、それは沙希が中学3年の夏休み、やはり暑い日の事だった。
  
  飛島は中学時代から注目を集める選手であった。沙希は最初、そんな事は知らずに
野球部にマネージャーとして入部した。
  そして、しばらくして、沙希は1学年上の飛島に、段々ひかれていった。
  飛島も、何事にも一生懸命な沙希の姿に心を寄せ、二人はごく自然に付き合い始め
た。
  中学を卒業した飛島は、遠方の私立高校に入学した。「野球で入った」などと陰口を
叩くものもいたが、陰での努力を知っている沙希には気にならなかった。
  沙希が中学3年生の夏休み、お盆休みを利用して、飛島が実家に帰って来た。
  会えなかった時間を埋めるように、二人はデートをした。その日、二人は夕立にみま
われ、濡れた服を乾かすために、沙希の家で一休みをした。
  沙希の両親は共働きのため不在だった。そして、お互いに好き合う若い男女、今まで
会えなかった寂しさ。
  条件は揃っていた。
  ぎこちない、しかし、真剣な愛情で二人は結ばれた。
「雨、止んだみたいだね」
「・・・うん」
  まるで雨に打たれたかのような汗の中、二人はそんな言葉を交わした。
  だが、距離と言う障害は、二人に大きく立ち塞がった。
  会う機会はなかなかできず、電話は疎遠になり、使わない便箋は増えていった。
  そして二人は、自然消滅というジャンルに分類される別れを迎えた。
  それから2年、沙希の心の傷を癒す人物が現われた。それが、今、隣にいる彼であ
る。
  
  それが何と言うめぐり合わせか。沙希は滅多に持った事のない、恨みという感情を、
決して見る事が出来ない、運命を司る神に向けて放った。
「沙希、沙希!」
「え!」
「何、ぼーーっとしてるの?スプラッシュマウンテン怖かった?」
「う、うん。そうね。すごかったもんね」
  確かにすごかったが、沙希が気をとられていたのは、飛島だった。
  4人は、同じゴンドラに乗せられた。沙希にはその時間が、別の意味で長く感じられ
た。
  出て来た所で、彼がトイレに行くと言ったのである。
「私も行くから、ここで待っててね」
  そう言ったのは、飛島の連れの女性だった。
  後に残されたのは、沙希と飛島だった。
  
「君、悪いんだけど、5分ぐらいトイレの中にいてもらえる?」
  トイレに向かう途中、飛島の連れの女性にそう言われた時、彼にもその意味が判っ
た。
「ええ、わかりました」
  沙希と飛島が二人きりになったのは、偶然ではなかった。
  
「元気そうだね?」
「・・・先輩も。活躍はいつもTVで見ています」
「ありがとう。・・・そして、・・・すまなかったね」
「謝らないで下さい。・・・あの時は、二人とも、まだ子供だったんです。
  それに、私、後悔してませんから。私、先輩に会えて良かったって思ってます」
「俺もだよ。さっちんに会えて良かった」
  飛島が差し出した右手に答え、沙希は握手をした。
「彼の事、好きかい?」
  飛島の質問、きっとこれが、この人と交わす最後の会話になるだろうと、沙希は思い
ながら、にこやかに微笑んだ。
「はい!」
  その笑顔に、もう迷いはなかった。
  
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
  夜の闇に、シンデレラ城の照明が浮かび上がっていた。
  沙希は、オフィシャルホテルの一室から、その眺めを見ていた。
  バスローブに包まれた身体が火照っているのは、夏の太陽に照らされたためだけでは
ない。高鳴る心臓の音は、まるで耳元から聞こえるようだった。
  カチャリとシャワールームのドアが開く。ビクッと身体をこわばらせ、沙希は振り向
く。
  そこには、バスローブを着た彼がいた。バスタオルで髪の毛を拭きながら、ベッドに
腰を下ろす。
「今日は楽しかった?」
「う、うん。とっても楽しかったわ!」
「明日もあるんだからね。どこに行こうかな?」
「どこに行こうかしら?」
  二人はそのまま黙り込み、クスリと笑った。
「おいで」
「うん」
  彼が差し出す手を取る。そしてそのまま、ベッドに静かに倒れ込む。
「沙希」
「はい?」
「好きだよ」
「私も大好きよ」
  まるで、その言葉が合図だったかのように、二人は熱い口付けを交わす。
  絡み合う舌は、まるでお互いを溶かしてしまうかと思えるほど、熱を帯びていた。
  やや乱暴に、彼は沙希のバスローブを脱がせる。沙希も逆らわなかった。一刻も
早く、彼の肌に触れたかった。もはや二人を妨げるものは、薄く小さな生地の、沙希の
白いショーツだけだった。
 長いようにも短いようにも感じた優しい愛撫の後、彼の手がそのショーツに触れた。
 沙希は一瞬彼の手を掴んだが、すぐに離した。
  するするとショーツが足を下りて行く感覚に、沙希の頬は赤く染まる。やがて彼の手
が沙希の、まだ若い草むらをかきわける。
「む、んん」
  沙希は声を殺した。
  羞恥と歓喜が2重の螺旋となり、脊髄を駆けのぼる。まぶたを閉じ、暗いはずの視界
に白い閃光が走る。
  そしてその手が、沙希の柔らかな真珠に触れる。
「ん、ん!」
  声を出すまいとして、沙希は思わず枕を噛む。
「沙希」
「な、なに?」
「無理しないで、声を聞かせて。君の声が聞きたい」
「で、でも・・・」
  ためらう沙希に、彼は唇を重ねる。それと同時に、彼女の熱い泉に二人の使者を向か
わせた。
「ああん」
  耐えきれなくなり、沙希は甘い吐息を漏らす。時を同じくして彼女の泉は、彼自身を
迎えるため、蜜のような潤滑油を増産していた。
 
「・・・付けてね」
  目を閉じ、沙希はそれだけ言った。
「ああ」
  彼はそう答え、一端、沙希から身体を離す。
「沙希」
「はい」
「二人はこれからだよ。前を見ていこうね」
  彼が何を言っているのか、沙希には判った。
「はああーん」
  沙希は嬉しさに、その青い瞳から数適の涙をこぼしながら、彼の首に両手をまわす。
  突き抜ける感覚が、彼女の腰を包む。意識が発光し、そのまま深い闇となった。
 
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
朝日が二人の裸体を照らす中、沙希は目を覚ます。
まだ、眠りの神に囚われている彼の頬に軽くキスをして、沙希はささやく。
「私はあなたを愛しています」
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おわり
 
 
 

後書き
 
 
虹野編に関しては、NIFTY-serveのSS-PATIOにおいて、不評をかった通り、いろいろ曰
があります。
このシリーズ中、唯一、中学時代、つまりゲーム上のストーリーが始まる以前に、経験
をしていると言う設定が、私自身をいろいろ考え込ませる設定になった訳です。
まあ、この辺りは、私のあさはかな部分が大きかったんでしょうが・・・。
 
元々、虹野編がこういう設定になったのに、深い意味はないんです。
13人全部がいる内に、一人ぐらい入れた方がめりはりが出るんじゃないかという、
(また、こういう事を言うとお叱りを受けるでしょう。それは覚悟の上です)
いわば、ときめきメモリアルのキャラクターを使った連想ゲームなんです。
 
さて、この中で、朝日奈が出て来ます。彼女はこう言います。
「かーー!私より早いじゃん」
          ^^^^^^^^
つまり、朝日奈編とこの虹野編は全く違う世界の話なんです。
当たり前って言えば当たり前なんですけど・・・。
私はこのシリーズを作るにあたって、虹野からこういった連想をしました。(それが私
には意外だったので、あの発言になってしまったんですが(ーー;))
でも、それは、無限にある世界の内の一つの話しであると、ご理解いただければ幸いで
す。
 
もともと、この虹野編は、真っ先にコンセプトが出来た内の一つなのですが、形にする
までに非常に苦労しました。
それでも、彼女のいじらしさ、可愛さが伝えられたかどうか、非常に疑問です。
「彼」の扱いもちょっと不自然な所があるかもしれません。
このあたりで苦労させられた訳です。
 
 
 
 

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