契りシリーズ。如月未緒編 未緒はベッドで目覚めた。 その視界に入った天井は、初めて見る見慣れないものだった。 「ここは?」 辺りを見回す未緒に、声をかけた者がいた。 「気が付いたかい?」 未緒の顔に戸惑いが表れる。 「私、また、倒れてしまったのですね?」 「うん、安心したせいかな?このホテルに着いたと同時にね」 そう言われて、未緒は思い出した。 飛行機から降りた頃から気分が悪く、ホテルに着いた辺りから記憶がないことに。 「ずっと、看ていてくれたんですか?」 未緒の質問に、その相手の男性は笑って答える。 「当たり前だろ。未緒が寝ているのに、どこにも行くわけないじゃないか」 未緒は本当にすまなさそうに言った。 「すいませんでした」 「どうして謝るの?」 「だって、その、・・・せっかくの新婚旅行なのに、私が身体が弱いばかりに・・・」 「いいんだってば、そんな未緒が好きなんだから」 彼の言葉に未緒の頬が、火がついたように赤くなる。 未緒はこの時、メガネをかけていなかったが、それがかえって幸いした。 何故なら、今、彼の顔を鮮明に認めたら、恥ずかしさで、また気を失ってしまうか も、しれなかったからだ。 未緒は、母校である私立きらめき高校の卒業式の日、ある男子生徒に告白した。 「好きです」 と。 その想いは受け入れられ、二人は恋人としての時間を積み重ねてきた。 数年の月日が流れ、未緒は純白のウエディングドレスを身にまとった。今から4日 前のことである。 そして、今二人は、新婚旅行としてサイパンにいた。 「私はこうして寝ていますから、どうか泳ぎにでも行ってください」 未緒の言葉に、彼は首を横に振る。 「いいんだよ。俺は未緒といられるだけで。それでいいんだ。 だから、ゆっくりお休み。式やら、移動やらで疲れたんだよ。疲れがとれたら、観光 をしようね」 「はい。・・・優しいところは、高校の時から変わりませんね」 「え?なんだって?」 「いえ、何でもありません」 火照った顔を隠すように、羽毛布団を頭からかぶり、そのまま寝ついた未緒だった。 後に残された彼は、持参した本を片手に、ベランダから海岸線を眺めていた。 そして、誰も聞くことのない小さな声で言った。 「抱きたいなあ」 未緒はそう言う点に関しても、彼女らしいと言えば彼女らしく、そうとう真面目だっ た。恋人として付き合っている時はもちろん、婚約した後でも、決してキス以上は許さ なかった。 彼とて、未緒を抱きたいと思ったことは1度や2度ではないが、未緒のことを考える と強引に出ることも出来なかった。 晴れて結婚したのだから、と思うのだが、式の当日や旅行の移動日などはそれどころ ではなく、二人とも疲れ果て、そのまま眠り込んでしまった。 (結婚式ってのは、体力勝負だよなあ) 彼がそう思うほど、式は様々なことがあり、思っていたような感動とは程遠いものだ った。 ともかく、そんな訳で、彼は今日をターゲットにしてきたのだが、未緒が倒れてしま ってはどうしようもない。 本を読んだりしながら時間を潰し、夕闇が訪れる頃、彼は言った。 「今日は、俺も寝るか」 彼はそのまま、未緒とは別のベッドで寝た。 結婚してから4日目、二人の初夜はまだである。 翌日、未緒の体調が回復して、二人はオプションの観光ツアーに出かけた。 「サイパンは今では観光地になっていますが、太平洋戦争中、ここは日米の大激戦地で した」 海岸線を歩きながら未緒は言った。直射日光から肌を守るための、つばひろの帽子が よく似合っている。 未緒の視線の先には、朽ち果て錆だらけになった、旧日本軍の戦車が記念碑として置 かれてた。 「小さい頃、本でこの事について知った時、私はショックでした。 人と人が殺し合うことがどんなに悲劇か、自分のこの目で確かめたかったのです」 「未緒がここ、サイパンに来たいと言ったのは、そういった訳なんだね」 「すみません、我侭を言ってしまって」 「いいんだよ。それで、どう?感想は?」 「憎しみ合うことより、愛し合うことの方が遥にいいことです。でも、それがとても難 しいことだから、人は争ってしまうのですね」 「そうだね」 「・・・だから、私は、今出来ること、人を愛するという事をしっかりやっていきたいと 思うんです」 「未緒?」 未緒は笑って言った。 「私、まだ、あなたに言っていませんね」 「何を?」 「愛しています」 未緒の言葉に彼は面食らったが、すぐに微笑みをかえす。 「俺も愛しているよ」 「嬉しいものですね」 未緒は静かに彼に寄り添い、二人は抱き合う。 帽子が落ちないようにするのは彼の役目だった。 「まだかい、未緒?」 「もうちょっとです・・・はい、今出ます」 バスルームから出た未緒は、・・・青いワンピースの水着を着ていた。 観光ツアーを終え、夕食も済み、部屋の帰った二人は、明日泳ごうと決めた。 未緒の体調もいいようだからだが、水着姿が慣れていない未緒が「変なところはな いか?」と二人だけの水着のファッションショーになっていた。 「あまり、見ないでください」 そう言う未緒に彼は吹き出した。 「未緒、見なかったらなんにもならないだろ?」 未緒も自分の言葉に吹き出した。 「そうですね。それでは少し恥ずかしいけど、見てくださいね」 そう言って未緒はくるりと回る。頬が赤くなっていくのが自分でも判ったが、それほ ど嫌な感覚ではなかった。 「うーーーん」 彼の言葉に未緒の動きが止まる。 「ど、どこか変ですか?」 「いや、そうじゃないんだけど、ちょっと背中が開きすぎかな?と思って」 「え?」 未緒は肩ごしに自分の背中を覗き込む。 「そうですか?」 確かにワンピースの背中は大きく開いており、白い素肌があらわになっていた。 未緒は無意識の内に、お尻の水着のラインを整えた。それは彼女自身は気が付いてな いが、後ろにいた彼にしてみれば、充分扇情的なポーズだった。 「未緒」 「きゃ」 小さな悲鳴を上げ、未緒は身を硬くする。 「どうしたの・・・」 未緒は最後まで言葉を続けられなかった。半ば強引に、彼が唇を重ねてきたからであ る。 「む、ん」 今までなかった荒々しいキスだった。 舌が絡み合い、未緒の背中が熱を帯びる。 「はあ」 唇が離れ、未緒は吐息を漏らす。 そんな未緒を、彼は軽々と持ち上げベッドに運んだ。 「あ!」 そのままベッドに押し倒し、その上に彼が覆い被さる。 (やだ、怖い。・・・怖いけど、嫌じゃない。私、どうしたのかしら?) 未緒はそんな事を考える自分自身と、今までとは違う彼の荒々しさに、戸惑いを憶え ていた。 彼の手が、未緒の水着を肩から脱がす。 「・・・あの・・・」 「え?」 未緒の言葉に彼の動きが止まる。 「明かりを、消してください」 「ああ」 正直言って、未緒は自分がどうすればいいのか判らなかった。 彼のするがままに身を任せ、ベッドの上にその裸体を横たえていた。 彼の手が、未緒に触れる。 「あ!」 ビクッと未緒の身体が硬くなる。 最初こそは、硬さを残していた未緒だったが、彼の手により、しだいに潤いを増して きた。 彼の両手が未緒の足を大きく広げる。 「!」 あまりのことに未緒は両手で顔をふさぐ。 そのまま彼は、未緒に自らをあてがい、そのまま腰を突き出す。 「い、痛い」 切り裂かれるような痛みに、未緒の顔が歪む。 まるでしがみつくように、彼に抱きつき、その背中に無意識の内に爪を立てる。 「あああ!」 言ってしまえば、未緒には苦痛しかなかった。 だが、それ以上の幸福感に浸っていた。 激しい波が去り、二人はベッドの上で、裸体のまま抱き合っていた。 「未緒・・・」 何事か言いかけた彼の唇を、右の人指し指で押さえ、未緒は言った。 「謝らないでくださいね」 「・・・未緒?・・・」 「初めは戸惑いましたけど、いいんです。 でも、・・・今度の時は優しくしてくださいね」 そう言って、今度は未緒の方から唇を重ねるのだった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おわり 後書き 如月の場合は、結婚してから、としか想像できなかったのです。 加えて、最初の時には苦痛以外はないだろうな、とも思えて、有る意味酷い話になっ てしまいましたが、実際のところ、こういう女性の方が多いのではないのでしょうか? 彼には野獣になってもらいました。 まあ、好きな女の子が、二人っきりの室内で水着姿でいたりしたら、耐えられなくな るのも無理はないのではないか? そういう事です。