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契りシリーズ。伊集院レイ編
 
 
 
「遅いなあ」
 夏のある1日、俺は、腕時計を見ながらつぶやいた。
 さすがに日曜日の午後、駅前の人の流れは相当なもので、次々と人は現れ去ってい
く。だが、約束の時間を30分は過ぎているのに、レイの姿はまだ見えない。
(おじいさんに捕まってるのかな?)
 俺はそんな事を考えながら、1週間前の事を思い出していた。
 その夜、アメリカに行っているレイから電話があった。久しぶりに日本に帰ってくる
というのだ。
『時間を作るから、会ってくれないかしら?』
というレイに、俺は二つ返事だった。
 
 きらめき高校の卒業式の日、伝説の木の下で、俺はレイに告白された。
 最初はいたずら電話のつもりだった。伊集院という男子生徒をからかうつもりだった
のだが、その内にだんだん伊集院という人間が興味深くなってきて、いろいろ構ってい
た。(決してそう言う趣味だったわけではない!断言しておく)
 さすがに、伊集院が女とは思わなかったから、セーラー服を着た伊集院を前にした時
は驚いた。だけど、伊集院の真剣な想いに俺も心を動かされ、二人は付き合い始めた。
 伊集院からレイへと、呼び方が変わったのはそれからだ。
 そのレイがアメリカへ行ってから3年、伊集院家の次期当主として、レイには様々な
義務があり、なかなかプライベートな時間はない。
 その中で、俺達二人はなんとか、今まで付き合ってきた。
 無論、反対や妨害が皆無というわけはなく、苦労は多かったが、それでも二人の間は
変わらなかった。いや、むしろ深まったと言うべきだろう。
 そんなレイと会うためなら、たとえ単位が危なかろうと時間を取らなくちゃ。
(もっとも、危ない単位などないけど)
 
「すげー」
「おい、見ろよ!あれ!」
 空想にふけっていた俺は、まわりのそんな声で、現実に引き戻された。
 強烈な排気音と共に、駅前のロータリーに、1台の黄色い車が入ってきた。それもた
だの車ではなかったのだ。
「ディ、ディアブロぉ!?」
 俺も、まわりと同じような反応をしてしまった。それもある意味無理もないと思う。
 ランボルギーニ ディアブロ。
 イタリアの自動車メーカー、ランボルギーニが送り出した怪物マシンだ。
 詳しいスペックは知らないけど、以前深夜の番組で、103,000,000円、
と言う値がついていたのを憶えている。1億300万円、気の遠くなるような値段だ。
 しかし、本当に驚いたのはそれからだった。そのガルウイングのドアが開き、そこか
ら、レイが降りて来たんだから。
「レ、レイ!?」
 俺は腰が抜けるかと思ったね。
「ご、ごめんなさい。遅くなってしまって」
 金色の髪を後ろでまとめ、白いワンピースのスカート姿のレイが、降り立ったとき、
駅のロータリーにいた男達の視線が集中したような気がした。
 それほど、レイは、・・・綺麗だったんだ。
「おじいさまが、なかなか離してくれなくて・・・、どうしたの?」
 どうも俺はボーーっとしていたらしい。レイが覗き込むように、俺の顔を見る。
 その白い素肌に、俺の心臓の心拍数が高まる
「・・・い、いや、そ、そうか、おじいさんがね。おじいさん、レイを可愛がっているか
らなあ。たまに帰ってくれば、なかなか離してはくれないだろうからな」
「そうなの、時間に遅れないようにしたのだけれど、車がこれしかなくて。
 車体が大きいから運転するの大変だったわ」
 言ってることはもっともなのだが、ディアブロが「これしか」か?
 俺はそんな事を考えてしまったのだが、レイはそんな俺の腕をつかんで叫んだ。
「早く乗って!」
「え?え?」
 事態の飲み込めない俺を、半ば強引にディアブロのナビシートに押し込めると、レイ
はディアブロをフル加速させた。
「むぎゅ!」
「シートベルトをつけて!」
 ナビシートでひっくり返っている俺は、レイの声で慌ててシートベルトをつける。
「な、な、何がおきているんだ!」
 何がなんだかさっぱり判らない俺は、左側のレイに向かって叫んだ。だけど、そのま
ま固まってしまった。
 強烈な横Gとスキル音と共に、ディアブロが横向きになって交差点を曲がっていく。
(な、何故に、町中でドリフトが出来るぅう?)
 尋常ならざる事態に俺は焦る。
「お、おい、レイ!」
 そこまで言ったが、再び固まった。
(シフトチェンジの手が見えない・・・)
 いわゆるマシンガンシフトという奴である。
「ごめんなさい!おじいさまの手の者が私を見張っているの。一旦、撒いたのだけど、
どうして見つかってしまったのかしら?」
(そりゃ、こんな目立つ車に乗っていりゃ・・・)
 俺は、こんなところがちょっと抜けているレイが、また可愛いと思え・・・なーーんて
惚れ直している場合じゃない。
 ディアブロの暴力的な加速が俺をシートに押しつけ、親の敵に会ったかのようなレイ
トブレーキングで、シートベルトが俺の体に食い込む。
 遠慮会釈のない横Gが、内蔵を別の生き物に変える。
 これに比べれば、遊園地の絶叫マシン「ビビール」もメリーゴーランドだ。まじで失
神してしまいそうだ。
 あっと言う間にディアブロは市街地を抜け、郊外を走っていた。
「あ、あのさ、レイ」
「なあに?」
 ようやくの事でそう言った俺に、レイが前を見つめたまま答えた。
「道を走ってる限り、この車だ、すぐに見つかると思わないか?」
「そう言われればそうね。・・・どうすればいいと思う?」
「例えば、駐車場のある建物に入るとかさ」
「そうね、・・・ちょうどいいわ。あそこに入りましょう!」
 レイは前方にあった建物を指さした。
「ちょ、ちょっと、待て・・・」
 俺はそれを止めかけたが、最後まで言う前にデイアブロは”車用のカーテン”をくぐ
り、建物の中に入る。
 レイは華麗なスピンターンを決め、後ろ向きにディアブロをスポットに納める。
 その建物の前を数台の車が通りすぎていった後、レイは大きなため息をつく。
「もう、おじいさまったら、どうして二人きりにしてくれないのかしら」
 レイのその声に、目が「鳴戸巻き状態」になっていた俺も正気に戻る。
「あのさ、レイ」
「なあに?」
「ここ、どういう所か知ってる?」
「え?・・・あ!」
 そう言って、レイはあたりを見回しながら、右手で口元を押さえる。
(どうやら、判ったみたいだな)
 二人の間に気まずいものが走る。
「知ってて入ったわけじゃないのよ。そんな事気にしてる余裕なかったもの!」
「判ってるよ。その慌てぶりを見れば」
 再び沈黙。
「・・・どうする?」
「え!?ど、どうするって?」
 レイの声がうわずっている。俺だって喉が意味もなく(あるか?)乾く。
「いつまでも、ここにこうしてもいられないし、かと言って、外に出れば、また追いか
けっこだ。まあ、多分にシチュエーションに問題があるとは言え、少なくても二人きり
にはなれる。
 いくらなんでも、部屋の一つ一つを探し回るようなことは出来ないだろうしね。
 もちろん、レイが嫌なら出よう。その後のことはその後考えよう」
 俺がそう言った後、レイはしばらく考えていたが、やがて肯く。
「いいわ。降りましょう」



「レイって、こういう趣味だったの?」
「あ、あなたがどこでも良いって言うから・・・」
 無人のフロントで「どこにするの?」と聞いたレイに、「どこでもいいよ」とは言っ
た。確かに言った。
 だけど部屋に入って驚いた。その部屋は「うさぎさん」とか「くまさん」とかが可愛
く描かれた壁に、極端なほどの色使いの部屋だった。
 要するに、めちゃくちゃメルヘンチックな部屋だったのだ。
「まあ、いいかぁ」
 俺は苦笑いしながら、部屋のあちこちを見て回った。レイは、というと、ソファに腰
を下ろし、きょろきょろとあたりを見回している。
 なんだかんだ言っても、こういうところの中には、二人とも興味はある。
 エアコンが効いているせいか、背中が急に冷たくなった。
「シャワーを浴びてきたら?Tシャツの背中びっしょりよ」
 レイの言葉に、俺は背中の汗を自覚した。
「冷や汗か」
 苦笑まじりの俺の言葉に、レイが謝る。
「ごめんなさい。怖い思いをさせてしまって・・・」
「いいんだって。そのおかげで二人きりになれたんだから」
 俺はそう答えて、シャワールームに入った。
 熱い湯を浴びながら、俺は自分に言い聞かせた。
(いいか、はやまるんじゃないぞ。こうなったのは、あくまでも成り行きなんだから、
理性を保てよ)
 そうは言ったものの、シャワーを終え、備えつけの浴衣を着た瞬間、その決心が揺ら
ぐ。
「み、短い」
 裾が極端に短い。まるで、短めのスカートみたいなのだ。
(何を考えてるんじゃ?これをデザインした奴は?)
 そうは言っても、汗が乾くまでTシャツを着る気にはなれない。
 いや、俺はまだいい。レイがこれを着たら、俺は理性を保っていられるだろうか?
 去年見たレイの水着姿、すらりとのびた白い足が思い出された。
(べ、別に、レイがこれを着なきゃいいんだよ)
 そういう俺の思惑は、レイの言葉にあっさりと崩れ去った。
「私も汗かいちゃったから、シャワー浴びてくるわ」
 まさか、行くなとも、この浴衣を着てくるなとも言えない。
 俺は何をするでもなく、ソファに座ってTVのお昼の番組を見ていた。だが、その内
容はさっぱり頭に入っては来ない。
 当然だ。壁一枚向こうに、レイがシャワーを浴びているのだ。冷静でいられる訳がな
い。
「お待たせ」
 浴衣姿のレイは、そう言って俺の左隣りに座る。
(おいおい、何がお待たせなんだよ?)
 俺の心の内を、知ってか知らずか、レイは甘えた声を出す。
「なんにしても、こうして二人っきりになれるのって久しぶりね」
「ああ、そうだね」
 気まずい沈黙・・・。
「なんか、飲もうか?・・・レイは車だから、アルコールはまずいよな」
 俺は立ち上がろうとしたが、レイに腕をつかまれる。
「いいの。側にいて」
 そう言って俺の二の腕に頭をつける。
「いいの。せっかく会えたんだもの、しばらくこうしていさせて」
「レイ」
「・・・寂しかった。
 あなたに会いたくて何度も泣いたわ。
 この一週間、長かったわ。昨晩なんて、あなたに会えると思うと、どきどきして眠れ
なかったほどよ」
「俺だってそうさ」
 二人は顔を見合わせ、そっと近づける。
 唇が触れ合う。あくまでも唇が触れるだけのフレンチキス。
 二人が付き合ってからの、これが精一杯だった。
 だが、俺はそれだけでは収まらなかった。
 そのままレイを強く抱き締める。レイも俺を抱きしめた。
 お互いの舌が、熱く絡み合う。溶けるような甘美な感覚に、俺の理性が音を立てて、
弾け飛んだ。
「あん」
 レイの声を聞いたような気がした。「気がした」という程なのだから、俺が普段の俺
でないことは判った。だが、抑えはきかなかった。
 そのままレイをソファに押し倒した。
 絡む舌はますます熱く、脊髄が熱を帯び、しびれた感覚に襲われる。
「だめ!ここじゃ、いや」
「!?」
 だが、レイの言葉に俺は正気に戻り、慌ててその身を離した。
「ご、ごめん!」
 俺はソファに腰掛けながら、レイに背中を向ける。
「ごめん。こんなところじゃ嫌だよな。どうも、俺って自制心がなくって」
「そ、そうじゃないの。ここじゃなくて、そっちなら」
 そう言って、レイはベッドの方向を指さした。俺の喉が、自分の意思にかかわらず、
ゴクリと鳴った。
「あ、あのな、レイ・・・」
「何も言わないで!あなたとなら場所なんて関係ないの。お願い・・・」
 そのまま顔を横に向け、レイはか細い声でこう言った。
「・・・抱いて」



 二人とも言葉はなかった。
 まるで限りある時間を惜しむように、俺達は抱き合い、愛し合った。
 最初こそは、ぎこちなかった二人も、お互いの呼吸が判ってきた。
「くっ!」
 二人が一つになる時、レイの声に俺の動きが止まった。
「痛いの?」
 表情を見れば、痛くないかどうか判りそうなものだ。俺は自分自身のバカさ加減が嫌
になった。
「・・・うん。でも、大丈夫。
 ・・・それより、髪の毛が引っ張られて痛いの」
 うかつだ。言われるまで気が付かなかった。
 見事な金色の髪が、レイの背中からベッドに広がっていた。これが頭を引っ張る形に
なれば、相当痛いだろう。
 レイは背中を少し浮かべ、髪を頭の上の方へ掻き上げる。俺もそれを手伝う。
「長い髪って大変だな」
 そう言った俺に、レイが心配そうな声で聞いてきた。
「髪、切った方がいい?」
「いいんだよ、レイはそのままでいてくれれば、ね?」
「はい」
「じゃあ、行くよ」
 無言で肯いたレイに向かって、俺は腰を入れた。
「はああん!」
 室内にレイの声が響き渡ったところまでは憶えている。
 どうも、その後の記憶があやふやだ。
 ともかく気が付いた時、レイは仰向けになった俺の胸に、顔を載せていた。
「あなたったら、すごいんだもん」
 レイの感想(!?)に俺は照れたのか、鼻の頭をしきりに指で掻いた。

 だが、この時、幸福感と満足感に浸っていた俺達は知らなかった。
 レイの行方を見失った伊集院家が、この近辺に大捜査網をひいていた事を。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・終わり




後書き
 
知らない内に、コメディタッチになってしまいました。なんでかなあ?
まあ、元々、伊集院というのは、有り体に言えば、むちゃくちゃな設定な訳です。
その伊集院を、このシリーズにするのは相当苦労するな、と思ったのですが、書き始め
たら、わりとスムーズに行けました。
けっこう楽しんで書けましたね。
 
 
いかがだったでしょうか?



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