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契りシリーズ。紐緒結奈編
 
  その日の結奈の荒れ方は、今まで見た事もないものだった。
  普段あれほど軽蔑していたアルコールの息をまき散らかしながら、アパートのドアを
開け放ち、ずかずかと部屋に入って来た。
「ど、どうしたんだよ、結奈。そんなに飲んで!?」
  俺は夕食の後片付けをしていた手を休め、結奈の手荷物を受け取った。
「うるさいわね。いいでしょ、私はもう20は越えているのよ」
「そんな事は知ってるよ。同じ年なんだから」
  
  そう、俺達は同じ年だ。同じ母校、きらめき高校の同級生だった。まあ、いろんな事
はあったものの、卒業式の日、結奈は俺に告白した。
  俺も彼女の事が好きだったので、二つ返事でOKしたわけだ。
  卒業して、二人は一風変わった(と、人にはよく言われる)生活を送っている。
  二人は同じ部屋に住んでいる。断っておくけど「同棲」ではなく「同居」だ。
  俺は大学に進んだのだが、結奈は外資系の製薬会社に、並み居る大学卒者を押しのけ
て、見事に就職した。(どんな手を使ったのか、多少不安なのだが・・・汗)
  結局、二人は同じ街に住む事になったので、生活費を節約するためにも、同居する事
にしたわけだ。言ってみればルームメイトだな。
  もちろん、お互いの両親は大反対。そりゃ、そうだろうな。年頃(笑)の男女が二人
同じ屋根の下に暮らすんじゃ、いい顔をする訳が無い。
  まあ、散々苦労して親を説得して(俺の場合は俺の人徳だろうが、結奈の場合は、
ふたたび不安だ)、お互いの部屋を持ち、それぞれのドアに鍵を付ける事を条件に、二
人の同居は許可された。
  キッチン、バス、トイレは共同、掃除と食事は当番制、洗濯はそれぞれがする。
  正真正銘のルームメイトだ。
  そんな生活も4年目を越えると、口さがない連中がいろいろ言う。
「なんにもないのか?」と。
  本当になんにもないんだから仕方が無い。
  意外と言ったら失礼だと思うけど、結奈はその辺りは相当真面目みたいで、俺もこの
若さで、レーザーカッターの餌食にはなりたくないからな(笑)。
  
  だけど、こんな結奈を見ると心が痛む。
  俺が知ってる結奈は、いつも自信満々で、こんな風に取り乱す事など無い。
  よっぽど会社で嫌な事があったんだろうな。
「ウッ」
  青ざめた表情の結奈が、突然、口元を手で抑える。
  おいおい、ちょっと待てよ!
  俺は慌てて彼女をトイレに連れて行く。その背中をさすってやる。
「ゴホッ!ゴホッ!・・・見ないでよ!」
「そりゃ、そんな姿を見られるのが恥ずかしのは判るけど、仕方ないだろ。結奈は病気
なんだから」
「ゴホッ!・・・?」
「気持ちが弱くなっちまう病気さ。病人を看病するのは当然だろ」
  そう言われて、結奈も観念したらしく、黙って背中を俺に預けた。
「・・・ありがとう。もういいわ」
「そう言うんなら、もう止めるけど、吐くだけ吐いちゃえよ。でないと、また後で苦し
む事になるからな。クスリは何飲んだって効かねえぞ。かえって危険だ。・・・ま、これ
は、結奈の方が専門か?」
「あなた、どうして、・・・そんな事詳しいのよ」
「大学に4年もいれば、こういう事に詳しくもなるさ」
  結奈はあきれたような表情になったが、この際しょうがない。
  
「ほら、牛乳。荒れた胃を整えてくれるぞ」
  俺は結奈が座ったテーブルにコップを差し出す。
「・・・これの科学的根拠は?」
「・・・いいだろ、そんな事は。いらなきゃ俺が飲むよ」
「仕方が無いわね。いただくわ」
  素直じゃない言い方は、高校時代と変わらない。でも、長い付き合いで、すっかり慣
れちまった。
「明日も講義があるんでしょ。寝なくっていいの?」
  牛乳を飲んで結奈が言った。
「結奈がこんな状況で、俺だけ寝れるわけないだろ」
  俺の答えに、結奈は手にしたコップを、意味もなく手で回す。
  それを見て俺は続ける。
「あのさ」
「何よ?」
「嫌な事があるんなら、聞くぜ。何の力にもなれないかも知れないけど」
「そうね。その通りね」
  慣れてるとはいえ、この言い方はそっけないなあ。
「でも、自分の身体をコントロール出来無くなるまで飲むより、よっぽど、ましだと思
うけどな」
「・・・」
  お、これは、効いたみたいだな。
「確かにあなたの言う通りね。迷惑かけてしまったわね。謝るわ」
「迷惑だなんて思ってないさ。大好きな結奈のためだ、何でもないよ」
「ば、馬鹿ね。なに言ってるのよ!」
  そう言った結奈は、頬をほんのりと染めた。おいおい、なんだか調子が狂うな。
  
「あなただって、馬鹿な話だと思うでしょ!?」
「確かに、そりゃ馬鹿な話だよなあ」
  結奈は自分が荒れた原因を、ようやく話してくれた。それはこういう事だ。
  結奈が所属する開発グループは、画期的な新薬を開発している所だった。あと1ヶ月
もあれば、臨床試験へと移行でき、それに成功すれば莫大な利益が上がるはずだったの
だ。
  ところがそのプロジェクトが、突然中止された。
  その理由と言うのがあきれる。それはプロジェクトの実質的なリーダー、結奈に対す
る嫌がらせだと言うんだから。
  要するに、結奈に手柄を取らせたくない。入社してわずかの女性に、大きい顔をされ
てはたまらないと言う、時代遅れの感覚なのだ。
  そりゃ、結奈じゃなくたって怒るわ。
「まあ、今回は一敗した訳だけど、それって裏を返せば、結奈が驚異だって事だろ?」
「え?」
  彼女にしては珍しく、きょとんとした顔になっている。
「だから、結奈の力を認めているんだよ、その連中は。
  結奈だったら、それを跳ね返せるさ」
  結奈は何も言わず、天井を見上げたが、やがて俺の方に顔を向ける。
「いい所に気が付いたわね。その通りよ。私の邪魔をするものは排除するのみよ!」
  なんだか、違うような気もするが、ま、これも彼女らしいんだから、良しとしよう。
「頑張ってね、結奈ちゃん」
  俺はわざと甘えた声を出して、結奈の背中から両手をまわす。
  さて、今日は何をされるか?
  これはゲームみたいな物で、こうやって俺が結奈に触ったり、抱きついたりすると、
結奈が得体の知れない兵器(!?)を出して俺を制止するという。ちょっと危ない、い
つもやってる遊びだったのだ。
  それが今日は違った。結奈は俺がまわした両手に、そっと手を添えたのだ。
「結奈?」
  結奈は俺の手を握り締めながら、ためらうように言った。
「ありがとう」
  ど、どうしたんだ!結奈がこんなになるなんて!?
「今日ほど、あなたがいてくれる事がありがたいと思った事はないわ。ありがとう。
  それでね・・・・」
  結奈は長い間沈黙した。だが、その顔が赤く染まっていく。
「それでね」
「それで?」
「・・・好き」
  ちょっと待てーー!どうしたって言うんだ?もう、全然予想もしなかった事態だぞ!
  そりゃ、夢に見た事はあるけど。
「結奈、酔ってるな?」
「馬鹿ね。酔いなんか、もう、とっくに醒めてるわよ」
  結奈はそう言った。確かにその目は、とろん、としてはいるが、酔った物ではない。
  こ、これは・・・。俺は咽が鳴るのを自覚した。
「結奈」
  結奈はもう俺に身体を預けている。そしてそっと目を閉じた。
  うおーー!やってやるぜ!レーザーカッターでも、粒子還元砲でも持ってこい!
  (原文、矢でも鉄砲でも持ってこい!)
  俺は結奈の唇にKISSをした。
  俺を待っていた物は、レーザーカッターでも、粒子還元砲でもなかった。
  待っていたのは、俺の首にまわった結奈の両手と、その手にした室内の環境リモコン
(当然、結奈作)から送り出された、室内を暗くする命令だった。



  まぶしい直射日光をまぶた越しに感じ、俺はけだるさが残る左腕で、その直射日光を
遮る。
  目を開け、広がった視界の中に結奈がいた。
  俺のシャツを着ていたが、逆行に透けて身体のラインが浮かび上がる。
  目の保養、目の保養。
「朝食の用意が出来たわよ」
「・・・あれ?今日、結奈が当番だったっけ?」
「・・・いいじゃないの。たまには」
  ま、いいけどね。
「なによ?」
  結奈を見つめていた俺に気付いた彼女は、右手人差し指で頬をこすりながら、そう言
った。
「いやあ、きれいだなって思ってさ」
「ば、馬鹿ね!早く起きてよ。遅刻するわよ!」
「ああ」
  ま、上出来だったよな。
  俺はそんな事を思いながら、結奈の作った朝食を食べるために、キッチンへと向かっ
た。
  
  
  一度は白紙になったはずの、結奈のチームが開発した新薬が発表されたのは、それか
ら2ヶ月後だった。
  結奈何をしたんだ?それに早すぎないか?・・・また汗が。
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おわり

 

後書き
 
 実のところ、この話はもっと重い雰囲気になるはずでした。
 ところが、「俺」というキャラクターがうまく走ってくれて、こんな雰囲気になりま
した。
 この「俺」と言うのは、私自身の感覚や物事の捉え方とは大分違う人物になったよう
で、「彼なら紐緒ともうまくやっていけるだろうな」と思ってしまったほどです。
 この話の骨格は、SEXで紐緒自身は変わらないけど、ある意味一皮むけるのではない
か?と言うものです。
 なお、第一稿では申し訳程度に、性描写があったのですが、いかにも不自然なもので
したから、すっぱりと切ってしまいました。
 もう、何がなんだか、ですねえ(^_^;)
 
 なお、この「俺」は大学を1年留年している設定です(笑)。
 そこまで表現するとうるさくなるだろうと思い、カットしました。


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