契りシリーズ。藤崎詩織編 たく、詩織もあんな奴のどこがいいのかねえ? いくら幼馴染みで、小さい頃から好きだったとはいえ、あんな冴えない男・・・、と 3年前までは言えたんだよな。 あいつの頑張りは、さすがに俺も認めざるを得ない。 なんて言ったって、きらめき高校に入学したときには下から数えた方が、圧倒的に 早かったのに、3年の1学期には学年トップ、運動もばっちり、見た目も申し分なし って具合で、詩織に充分見合う男になっちまった。 認めないわけにはいかないだろうが、詩織の幸せの手助けをしなけりゃならない。 俺の立場からすれば。 だから、卒業式の日に、詩織があいつに告白しようとするのを、俺は全力で手伝わ なけりゃならなかったのだ。 自分の運命を恨むぜ。 ・・・いや、違うんだろうな。これはきっと寂しさだ。 いくらあいつが幼馴染みと言ったって、俺は、生まれてすぐの詩織を知っているん だ。あいつが物心つく前から、詩織の事を知っているんだ。 それを、あいつが、・・・ちっ。愚痴っていても仕方がない。 お仕事お仕事、と。 さて、詩織は何をしてるんだ? ああ、彼のために家でお料理か、あーあ、手つきが危なっかしいな、さすがの詩織 も料理はあまり得意じゃないんだよな。 あ!危ない!! 「きゃっ!!」 詩織の足元に包丁が落ちる。危ないって言ったらないぜ。 「・・・ああ、びっくりした。危ないところだった」 危ないところじゃなくて、危なかったの!俺に出来るのは、ほんのちょっと、その 方向をずらす事ぐらいで、かばいきれないことだってあるんだから。気をつけてくれ なきゃ。 「今、けがなんかしたら、せっかく彼と二人っきりになれるチャンスがふいになっち ゃうわ」 ・・・そうなんだよな。今日、二人は、きっと結ばれるだろう。 と言うのは、双方の家の人達が、二人を残して旅行に行ってしまったんだ。 信じられない話だが、あいつの両親は懸賞に当たって、グァムに。 詩織の両親は、会社の福利厚生制度とかで、香港に行っちまったんだ。 おまけに、二人の仲は両親公認だし、両方の親とも、一応釘は刺していったけど、 それで済むとは思っていないようだ。 詩織の母親などは「ちゃんと、避妊だけはしなさいよ」と言う始末だ。 まったく、呆れるぜ。 とは言っても、お互いに、これ以上の相手は望めない、と思っている結果なんだろ うな。 はっきり言って、俺は面白くない。だけど、仕事だから、あいつと結ばれるための 手伝いをしなけりゃならないんだ。 おっと、そうしてる内に、玄関に来客を告げるチャイムが鳴った。 「はーーい。どなた?」 どなた?なんて聞いているけど、その嬉しそうな表情を見れば、誰が来たと思って るかは明白だ。 「おじゃましまーす」 ほら、あいつだ。 「いらっしゃい。今、晩ご飯作ってるところなのよ。ちょっと待っててね」 「ああ、待ってるよ。詩織の手料理が食べられるんなら、いつまでだって」 けっ、でれでれしやがって。 「そう言ってくれると嬉しいな。その前に、お風呂入って来たら?」 「え?いいよ。家に帰ってから入るから」 そうだ、そうだ。 「もう、一人しか入らないんじゃ、ガス代だってもったいないでしょ。 それに、お風呂、ちゃんと洗える?」 詩織、そんなにこいつを、この家の風呂に入れさせたいのか? 「そ、そう? それじゃあ、借りようかな」 お前、最初からそのつもりだったんじゃないのか!? いかん、俺がエキサイト してどうする。 「クスッ」 「なんだよ、詩織?」 「だって、こうしていると、新婚さんみたいね?」 「あ、ああ、そうだね・・・」 「・・・」 あ、あのねえ、自分たちの会話で、頬を赤く染めてるんじゃないっていうの。 あいつは、一旦家に帰り、タオルやら、着替えなどを持ってきて、風呂に入った。 詩織はその間に、危なっかしいながらも、なんとか料理を作り、テーブルに並べ る。 冷蔵庫を開けて、・・・ビールか・・・まだ、未成年でしょ? 「一本ぐらい良いよね」 よかないって言うの。 「お先にいただきました。いいお風呂だよ。詩織も入ってくれば?」 お前ーーー!! 「ううん。お料理が冷めちゃうから、先に食べちゃお、ね?」 「ああ、そうだね」 こいつは知らないんだよな。詩織は料理を作り始める前に、すでに一回風呂に入っ ていることを。 「はい、グラスをどうぞ」 「あ、ああ、ありがとう」 詩織があいつのグラスにビールをそそぐ。 「へー、詩織、つぐの上手いじゃんか」 「お父さんのお相手してるからね」 「そうか。じゃあ、今度は詩織だな、はい」 あいつが、詩織のグラスにビールをそそぐ。 「ありゃ、泡だらけになっちゃったな?」 そんなに勢い良く、つぐからだ。 「いいの、私、そんなに強くないから」 つまり、今までにも飲んだ事があるということだ。 「それじゃ、乾杯」 「乾杯」 グラスが鳴って、二人はビールを飲み干す。 「はーーっ。結構、美味しいもんだな」 「お風呂上がりは、また格別でしょう?」 「そうだね。さあ、いただこうかな」 「お口に合うといいんだけど」 「大丈夫だよ。詩織の料理がまずいわけないだろ」 はいはい、その通りだね。 食事が終わって、後片付けもそこそこに、詩織はまた風呂に入った。 さっき、あれほど身体を洗ったのに、また洗ってる。 「だって、ねえ」 !? あーー、びっくりした。独り言か。俺の声が聞こえたかと思ったぜ。 その間、あいつは何をしているかというと、所在なげにTVなんぞを見ている。 詩織は、鏡の前で自分のパジャマ姿をチェックして、こう言った。 「よしっと」 なにがいいんだか? 「し、詩織?」 「え、なあに?」 「パジャマ、・・・可愛いね」 「!?・・・パジャマ、・・・だけ?」 「いや、詩織は、もっと可愛いよ」 「うふっ、ありがとう」 はいはい、ごちそうさまです。 そうこうしながら、二人はTVなどを見ていた。見ていただけだった。 お互い、意識してはいるんだが、きっかけがつかめないらしい。 じれったいなあ。・・・って、俺がそんな事言ってどうする。 「あのね」 「なんだい、詩織」 「えっと、・・・ううん、なんでもないの」 なんでもない訳ないのは、俺が一番良く知っているんだけどな。 「やっぱり、・・・」 「なに?」 詩織は顔を真っ赤に染めながら言った。 「膝の上に座っても、・・・良い?」 がああああ!!ついに来たかーー!!! 「あ、ああ、いいよ、おいで」 「うん」 詩織がいくら軽いといっても、膝の上に乗っては重いから、正確にはあいつの前に 座り込む形になる。いわゆるラッコスタイルだな。 二人はそうして、しばらくTVを見ていたが、内容、頭に入っているのかねえ? 「あのさ、詩織」 あいつが小さく言った。相当緊張してるようで、声の震えがすごい。 「なあに?」 「俺、今日、帰りたくない。・・・詩織を、・・・詩織と朝を迎えたい」 ・・・・・・・・とうとう言ったか。詩織の答は?・・・聞くまでもないか。 「・・・うん、帰らないで。私も、あなたと朝を、迎えたい」 来るべき時が来た。 詩織の部屋、詩織のベッド、二人にとって、ここは忘れられない場所になるだろ う。 生まれたままの姿で抱き合う二人。ここから先は、生死にかかわるような事がない 限り、俺には手が出せない二人だけの世界だ。見守るしかないんだ。 ぎこちないながらも、二人はお互いを愛していく。 ? なんだ?様子が変だぞ。どうしたんだ? 「あの、・・・ごめん、詩織」 「ど、どうしたの?」 「いや、・・・その、・・・駄目なんだ」 な、何いーーー!!ここまで来てかあ!! あいつの担当者は何してるんだ!!・・・って手が出せないのは、向こうも一緒か。 この野郎、しっかりしろよ!お前がそんなんでどうする!! ・・・って、俺が叫んでもどうしようもないんだよな。 「いいのよ」 そんな時、優しく微笑み、あいつを抱き締め詩織が言った。 「慌てなくてもいいの。 もう一回、しよ?」 その笑顔を、俺はどこかで見たことがあるような気がする。・・・ああ、そうか。 詩織は、こいつにとっての女神になった訳か。 「詩織!」 「うん。来て」 そりゃ、元気にもなるわ。女神に勇気づけられたら。 悔しいけど、詩織の愛情はそれほど深いというわけか・・・。 ま、幸せになるんだな、詩織。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おわり 後書き 美樹原編とは対照的に、男の方が駄目になっちゃう、というスタンスで始めたんで すが、ちょっと変わった手法でやってみました。 というのも、詩織というキャラクターと設定は、いろいろな場面が想像可能なんで すよね。 両親がいない。二人でどこかへ出かける。どちらかが病気になる。ETC・・・。 無論、それは他の女の子でもそうなのですが、私にとって詩織という娘は、そう言 う場面の選択肢が広かったのです。 (その辺りは、館林編とも対照的ですね) 逆に、選択肢がありすぎて、どれにしても、当たり前すぎてしまうような気がし て、ためらってしまったんです。(別に当たり前でいいんですけどね。このシリーズ には、ドラマティックな話というのは、あまりありませんから(^_^;)) で、いわゆる神の視線と言うのを、文字通り、神の視線、神の立場でやってみま した。 そうしたら、なかなか書きやすかったですね。 すいすい書けました。