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老婦人の休日
室内には、白い薄手のカーテン越しに朝の日差しが差し込んでいた。
その光の中、ビリーはベッドの上に上半身を起こした。
ふと、左の小指に柔らかな人肌と体温が伝わる。
「?」
一瞬事態が飲み込めず、左手の先を見ると、そこにはウェーブした栗色の髪を持つ女
性が、すやすやと寝息を立てていた。
『あ? あ、ああ!』
声を出さずに、ビリーはようやく状況を理解した。
ひょんなことから、組織を裏切った女性を逃がす依頼を受け、ぱっぱと片付けたと思
ったのだが、そのまま銀河警察局の依頼で、その仕事を延長する羽目になってしまっ
た。
仕事自体は何事もなく順調に終わり、ビリーに取っては楽な仕事となった。
銀河警察局と運び屋の関係と言うのは、一種独特で、良好とも険悪と言うわけでもな
い距離感があった。
違法行為はしない事になっている運び屋ではあるが、綱渡りをする事は日常茶飯事な
ので、相性が良いとは言い難い。
だが、それは全体的に見て、の話で、個人的に公的機関とパイプを持つ事は損ではな
いし、依頼の話もすぐさま受けた。
問題は、その担当捜査官だった。
サリー・ホワイトと名乗る女性の捜査官で、ビリーと同じ28歳。
切れ長の目をしたその女性は、とても荒っぽい仕事をしているとは思えない、整った
容姿をしていた。
もちろん、捜査チームには、他にも女性の担当官が数名いたが、ビリーと彼女、サリ
ーはその移動の最中にも、妙にうまがあった。
無事目的地についた後、サリーとデートの約束をし、結局そのまま一夜を共にしてし
まったのだ。
『ま、確かに美人だよな』
内心でそう納得していると、サリーも目を覚まし、ビリーと視線があった。
「やあ、おはよう」
ビリーが笑顔の中に困惑を散りばめた表情でそう言うと、一旦、表情の選択に悩んで
から、サリーが笑顔で答える。
「おはよう」
「良く眠れた?」
「ええ、おかげさまで」
そう言って、さらに笑うサリーの言葉の裏に気が付き、ビリーは複雑な心境をそのま
ま表情に出した。
「え、いや、こちらこそと言うべきか・・・」
そんなビリーの素振りが可笑しかったのだろうか? サリーはシーツを頭までかぶ
り、「クックックッ」と笑いを押し殺した。
しばらくの間、面白くもなさそうな表情で、ビリーはその様子を見ているだけだっ
た。
「笑わないでくれるか? 俺、こういうのに馴れてないんだから」
「そう言う事にしておきましょ」
笑いをこらえながらサリーが答える。もちろん言外に「嘘ばっかり」と言っている。
「あ、そうそう!」
だが、突然何か思い付いたような表情でそう言って、ベッドの脇に置いてあったセカ
ンドバッグに手を伸ばす。白い背中が露になり、ビリーとしては目のやり場に困る。
『おかしなもんだなぁ。こうも堂々とされると、こっちの方が恥ずかしいなんてな』
などとビリーは考えていた。
「忘れないうちに渡しておかなきゃ。 昨日の話、嘘じゃないのよ」
「?」
そう言って、サリーはビリーに一枚の紙を手渡した。
「私の名刺。
言ったでしょ? 仕事以外でも、あなたに興味があるって」
悪戯っぽく笑うサリーを横目で見てから、ビリーは名刺を見つめていた。
「ビリー! おい、ビリー!!」
ノービスの声にビリーは、名刺から視線を上げた。
「いつまで名刺見てんだ!? 大気圏突入だぞ!」
「あ? ああ」
気のない声でビリーはそう答え、ノービスは呆れたような声になる。
「あのなあ、いつまでも女一人に尾を引いてんじゃねよ、初めてでもあるまいし」
「そんなんじゃねえ。この先、どうなるか考えてたんだよ」
「ま、そう言うことにしといてやるから、ともかく、大気圏突入に備えてくれよ。
貨物は満杯、スケジュールはぎりぎり。いくら報酬が良くても、何かあったら、ただ
じゃ済まないんだぞ」
「わかった、わかった」
観念したようにそう言って、ビリーは準備に入った。
結局、サリーとはその場で別れた。お互い、次の目的地が違ったのだ。
ビリーは工業の国、ジャミアに行く事になっていたし、サリーは捜査のために現地に
留まる事になっていた。
再会を約束して、ビリーはプロパリアーに戻り、その地をあとにした。
大気圏に無事突入し、プロパリアーは国際宇宙港に向けての滑空飛行に入っていた。
ジャミアは恒星系国家や、惑星国家でもない。海上とは言え国境線を持つ、銀河連合
でも少数派の大陸国家である。
恒星系には全部で5つの惑星があったが、他の4つは条件が悪すぎ、開発は断念され
ていた。
結局、入植が行われた惑星は一つである。
複雑な経緯から、惑星自体に固有名詞はない。開発当時のコード「U.C276a」
と呼ばれている星に、二つの国家が存在していた。
二つある大陸の、やや小さい方の大陸と、大小100あまりの島を「ジャミア」は領
土としていた。主な産業は工業であるが、影の主力産業は、軍需である。
その大陸のやや外れ、首都ではなく、最大の工業都市「ニューナラ」に宇宙港はあっ
た。
着陸手順に従い、プロパリアーは指定された滑走路に着陸し、駐機エリアに誘導され
る。チェックリストをコントロールに提出して、手順がすべて完了するとビリーはノー
ビスに言った。
「荷物をいつもの通り、下ろしておいてくれ。
俺はカリタの店に行ってくるから」
「バルバロッサのメンテ? それとも売るのか?」
「まだ悩んでいるんだ。ま、4日ぐらいはここにいるだろうから、それまでには決める
さ。
とりあえず、積み荷の情報集めておいてくれや」
「了解」
その他の業務で必要な事項を、コンソールに打ち込んで、ビリーはコクピットを出て
行く。
「じゃあ、後、頼むわ」
「ホイホイ」
ノービスの言葉を背中に受け、ビリーは通路を歩いていった。
『ああ、この前、車をなくしたのが痛いな。
地下鉄だなあ』
そんな事を考えながら、ビリーはプロパリアーを降りた。
広大な平野部に広がる都市にいくつかある繁華街の一つ、その路地裏にビリーは来て
いた。
その一角の古びたビル。そこが目的地だった。一階のガラスのドアを、手で開けて中
に入る。
そこは大小様々な武器を扱う銃砲店だった。
「いらっしゃい」
さほど広くはない店内の奥。カウンターの向こう側で、口ひげをたくわえた初老の男
が、そう言った。いかにも店主と言うたたずまいである。
「ロウェルさん。いい時に来ました。 捜されてた形番の銃が見つかりましたよ」
ビリーの姿を見て、店主は誇らしげに言った。
対してビリーは、申し訳なさそうな表情になる。
「あー、悪い。その話はなし」
店主の表情そのものは変わらないが、内心は面白くないだろうとビリーは思う。
フォローするつもりはないが、用件に入った。
「その代わりと言ってはなんだけど、見てもらいたい物があるんだ」
そう言いつつ、ジャケットの内側からハンドガンを取り出す。
「これなんだけどね」
ビリーがカウンターのその銃を置くと、店主の表情が一変した。
「こ、これは、バルバロッサの460モデル!?」
「あ、やっぱり本物?」
「どこで!? どうやって手に?」
上ずった声が店主が問い詰める。
「まあ、いろいろ事情があって」
「いくらだ? いくらなら売ってくれる?」
興奮気味にビリーの両肩を持ち、身体を揺らす店主に『やれやれ』とビリーは困った
表情を見せた。
ビリーの表情に店主も、その心理を察したようだった。
「売る気ないの?」
「だから、今考えてるとこなの!?」
ビリーの表情に、冷静さを取り戻した店主も、その心理を察したようだった。
「・・・で、これをどうしろと?」
「3年程使ってなかったと言うから、メンテナンス。それと登録だな」
「・・・登録? 前があるのか?」
「・・・多分・・・」
「どういう経路で手に入れたんだか?」
呆れるような声で店主は言ったが、それ以上聞くような事はなかった。
書類などを引き出しから出しながら、店主はビリーに聞いた。
「これがどういう銃か、知ってるのかい?」
「金属弾のハンドガンとして、最高傑作。
最終的な完成品とか言われている、カスタムメイドの銃だってぐらいは」
「バルバロッサというのは、メーカーと言うより、職人の集まりみたいなもんだったん
だ。
損得抜きで、自分たちの理想の銃を作ろうとしたのが、俗に言う400シリーズだ」
書類に必要事項を書きながら、店主が教師のような口調で言った。銃器類に関しては
相当の知識があるのだろう。ビリーが口を挟む間もなく、次々と銃に関しての蘊蓄を披
露していった。
「ほとんどハンドメイドで、改良を重ねながら次々と名拳銃が生まれていったんだが、
なかでも最高中の最高傑作と呼ばれたのが、460年台前半の460から465Bまで
のモデル。
ちょうどこれだよ」
そう言って、半ばうっとりしたような目で、銃を見つめる。
ビリーもつられるように銃を見た。そんなビリーに諭すように店主が続ける。
「職人堅気というのかね。これ以上の改良点がみつけられないってんで、467年に生
産は打ち切り、バルも結局翌年に解散しちまった。
ところが、これほどすべてにバランスのとれた銃は、どこのメーカーにも作れねえ。
究極のモデルを作りたいなら、バルをコピーするしかないとまで言われたほどで、生
産打ち切りから20年になろうっていうのに、これ以上の銃はお目に掛かれない。
おかげでプレミアはうなぎ登り。
何よりすごいのは、これだけの銃でメンテナンスフリーだってんだから・・・」
『おいおい、いい加減にしてくれよ・・・』
店主の蘊蓄は、なかなか終わりそうにない。ビリーはかなり、うんざりしていたが、
話を最後まで聞くことになってしまった。
結局、話は20分ほど続き、しっかり預かり証を書かせてから、店を出た時には、ビ
リーの表情はげっそりしていた。
『おやじさん、腕はいいんだけど、アレがなあ』
苦笑いを浮かべ、ビリーは店を後にしていった。すると、美術商の前の1台のハッチ
バックスタイルの乗用車に目が止まった。
正確に言えば、その荷台から荷物を取り出している、年配の小柄な女性だった。
荷物は縦横のわりに、高さのない木箱で、美術商の前というシチュエーションを考え
れば、中身は絵画の類だと容易に想像がつく。
ただ、その木箱が女性に対して大きいのだ。
「お手伝いいたしましょうか?」
何気なくビリーは声をかけていた。
「あら、ありがとう。一人でも持てるのだけれど、手伝ってくると助かるわ」
初老をすこし過ぎたぐらいだろうか? ウエーブさせた銀色の髪は手入れがされ、乱
れた様子がない。表情も穏やかで、かなり裕福な印象を抱かせる。質素だが地味ではな
い服も、上品ささえ感じさせた。
店内に入ると、店員が小走りで近づいてきた。
「これはオハーラ様。御用でしたら、こちらからお伺いいたしますのに」
「いいんですよ。たまには自分で運転もしたかったものですから。
ところで、まだ2点、積んでいるんです。それはお願いできますか?」
丁寧な口調の彼女と、店員の会話で、彼女がこの店の上得意であることがビリーにも
知れた。
ふうと一息入れ、オハーラと呼ばれた彼女は、あらためてビリーの姿を観察するよう
に見つめた。
「あなた、運び屋さん?」
「え? ええ」
「それじゃ、謝礼をしなくちゃいけないわね」
予想してなかった彼女の言葉に、ビリーは少しばかり慌てた。
「いや、そんなつもりでは・・・」
「冗談よ。
真面目な話、お仕事の相談があるのですが、お時間よろしいかしら?」
「ええ、まあ」
「では、20分ほどお待ちくださる?」
「あ、はい」
会話の主導権は、完全にオハーラにあった。
『なんだかなあ』
内心でぼやきながら、ビリーは店先で彼女を待つことにした。
予定より少し遅れて、ようやくオハーラが店から出てきた。
「お待たせいたしました」
「いえ」
「さっそくですけど、運び屋さん、ワイドビーチをご存じ?」
結局、店の前での立ち話になり、いきなりオハーラはそう切り出した。
「ええ、こっから500キロほど東の都市ですよね?
軍用宇宙港のあるところですから、仕事がら知ってます」
「そこに明日までに私を運んでいただきたいのです」
「・・・」
ビリーは言葉につまった。べつにどうと言う事はない依頼だが、相手を考えると疑問
符がセットされてしまう。
ビリーの心境を見透かすように、オハーラはなんだか嬉しそうな表情で言った。
「私同様の年代物の車ですけど、交代で運転してくれる方・・・」
と、そこまで言って、自分の車に顔を向けたオハーラの表情が曇る。
「運び屋さん、悪いようにはしませんから、この話受けていただけませんか?」
口調も硬いものになった彼女の言葉に、ビリーも視線をそちらに向ける。
彼女の車の向こうから、スーツ姿の5人の男が歩いてきたのだ。
「後で詳しいことはお話しますから、どうかお願いします」
『そう言われてもなあ・・・』
口にこそしないものの、ビリーは困り果てていた。
なにしろ状況が全く掴めない上に、近づいてくる男たちが、揃いも揃って「悪党面」
なのだ。
「大奥様。エドワード様がお待ちです。どうかご一緒下さい」
言葉遣いは、一応丁寧だが、その威圧的な声質が、ビリーの神経を負の方向に刺激し
た。
「私は会う約束をした覚えはありません。エドワードにはそう言ってください」
気丈にオハーラはそう答えたが、男たちは聞いていないようだった。
彼女の周りを取り囲み、半強制的に連れ出そうと言う素振りを見せた。
「は、運び屋さん」
助けを求めるような彼女の声に、ビリーの気持ちも決まった。
「奥さん、これ、邪魔してもいいものなんでしょうか?」
「はい。でも、あまり手荒なことはしないで下さい」
「わかりました。ご依頼、お受けいたします」
そんな二人の会話に、一人の男が怪訝な表情になり、ビリーに言った。
「なんだお前は、関係ねえだろ!? 邪魔すんな!」
『おーおー、随分、扱いが違うこと』
内心では呆れながら、精一杯、丁寧にビリーは答えた。
「そうもいきません。たった今、そちらのご婦人と契約いたしまして、こちらからする
と、邪魔しているのはそちらでして・・・」
すると、男は、おそらくリーダー格なのだろう、別の男に視線を向けた。その男が無
言で頷く。
いきなり、ビリーに相対していた男が、大振りの右フックを繰り出してきた。
『馬鹿か? そんな合図すりゃ、まるわかりじゃねえか!』
予測していたビリーは、ダッキングしてかわすと、素早く左ストレートを相手の顔面
にたたき込んだ。カウンターの形になった。
攻撃されることを予想していなかったのか、男は派手に後方に倒れ込む。
すぐさま、ビリーはもう一人の男のあごを掴み、突き飛ばす。振り返りながら後ろに
いた男を足払いで、乱暴にしりもちをつかせる。
呆気にとられる残り二人に構わず、ビリーはオハーラの手を取る。
「乗って!」
そう言われて、オハーラは助手席に乗り込む。彼女にしては精一杯だが、ビリーから
すればスローモーションに見える。しかし、年齢を考えれば仕方がない。
彼女がドアを閉めるのを見て、手をついてボンネットを飛び越す。
呆気に取られたと言うより、身がすくんでいるのか、男たちはその光景を見ているだ
けだった。
『なんだ、素人か』
ビリーはそう思いながらシートに座り、車を発進させた。
追っ手がいないか、ミラーでビリーが確認していると、落ち着きを取り戻したオハー
ラが言った。
「運び屋さん」
「はい?」
「あまり、手荒にしないで下さいと・・・」
「しましたよ、可能な限り。・・・って、今のはやりすぎでした。
すいません」
ビリーは反省しきりだった。
「私の方からなにも説明がないのですから、仕方がないですね」
ビリーを慰めるような声でオハーラが言った。
ミラーに頻繁に目をやりながら、ビリーは応じる。
「わざわざ運び屋に依頼するぐらいだから、なんかあるとは思っていました。
依頼を受けてしまいましたが、説明してくれますよね?」
「もちろん、そのつもりです」
「今のは、いったい何者です?」
「感情的なもつれがなければ、危険はないのですよ」
「は?」
論点がずれた答えに、ビリーはどういう意味なのか全く理解できなかった。
「あれは、私の息子の部下なんです」
「部下?」
予想外の単語をビリーは口にしながら、しつこいほどミラーを見る。どうやら追っ手
の心配はなさそうだった。
「私の息子は、ちょっとした量販店チェーンを経営しているのですが、ここ数年の景気
の後退で、経営が思わしくなくなってきたのです。
そこへ資金提供を持ちかけてきた企業があるんです」
話に集中したビリーには、一つの仮定が浮かんだ。
「そこが問題有りだと?」
「・・・はい。ラジェーネグループ、ご存じですか?」
「名前ぐらいは・・・」
「資金提供を持ちかけてきたのは、そこの武器製造部門なんです」
「なにか条件が悪いんですか?」
「その代わりに、うちの販売ルートで武器を扱うことが条件でした」
「・・・?」
ビリーには、オハーラの言っている意味が判らなかった。この国では武器を扱うこと
は許されているし、扱う商品の数が増えることは、ビジネス上のメリットもあるはずだ
からだ。
だが、それが自分にとっての感覚だと、しばらくしてから気が付いた。
「武器を扱ってない?」
「ええ、創業時から武器を扱わない事を誇りとしてきたのです」
「なるほど・・・」
と言ったものの、ビリーには話の全体像が今一つ見えてこなかった。「ふう」と大き
くため息をついて、一旦話を整理するため景色を見回した。すでに市街地を抜け、シス
テムハイウェイを走っていた。旧世代の車種のため、SASの恩恵は受けないが、それ
はそれで、楽しいものである。ただ単にドライブだったら、であるが。
ともかく、いくつかある疑問点の一つを、ビリーは聞いた。
「で、さっきの野郎、・・・男たちはどういう事です? 力づくとは穏やかじゃないで
しょ?」
「それは、私が大株主で、取締役を兼ねているからです。付け加えるなら、私は一応、
先代の社長だったのです」
「は?」
意外な話の展開に、ビリーは間抜けな声を上げてしまった。それでも推理力をフル回
転させた。
「つまり、なんですか。こういうことですか? 先代社長派と現社長派とに分かれてい
たりして、奥様が賛成しないと、この提携話は進まない。
焦った現社長、息子さんは実力行使に出た。
こんなところですか?」
ビリーの推理に、今度はオハーラが驚いた表情を浮かべた。
「素晴らしいですわ。よくおわかりです。
運び屋さんは頭脳も明晰でいらっしゃるのね」
嫌味なのか、正直な感想なのか、判断つきかねるが、そんなビリーの内心をよそに、
オハーラは続ける。
「とにかく話し合おうとエドは言うのですが、次の取締役会まで拘束して、強行採決す
るつもりでしょう。
情けない話です」
「取締役会までとりあえず逃げて、正式に反対するつもりなんですね」
「なにかご不満そうね?」
ビリーのささやかな口調の変化を読み取って、オハーラが聞いた。
「え? いや、その、私は経営に関しては素人ですから・・・」
「あら、運び屋さんなら、個人経営とは言え、立派な経営者ではありませんか?
お考えがあるのならお聞かせください」
オハーラの言葉使いは、文句の付けようもない丁寧なもので、悪意もなさそうなのだ
が、押しが強い。
(さすが、社長だなあ)
と感心しながら、ビリーは答えた。
「その大切な取締役会を控えて、現場を離れて良いんですか?
多数派工作とかがあったら・・・」
「その時はそれまでの事です。
なぜ、私がこの大事な時期に、休暇を取った意味が判らないようなら、息子と会社も
それまでです。手持ちの株を売って、あとは悠々自適の暮らしを楽しみますよ」
口調そのものは柔らかなものだったが、そこには独特の迫力があった。
(まあ、親子の間には、いろんな事があるわな)
ビリーはそんな事を漠然と思った。
これ以上、プライベートなことには踏み込めないし、大体の事情は飲み込めた。
ビリーの方からは、他に質問するようなことはなかった。
結局、事の重大さとは裏腹に、何事もなく、まだ朝靄が残る目的地についた。なんだ
かんだと言っても、ほとんど夜通しビリーが運転してきたので、疲れがないと言えば嘘
になる。だが、あっけないほど何事もなく済み、かえって拍子抜けしたぐらいだった。
「せっかくここまできたのですから、お付き合いください」
と、オハーラに誘われたのは、最終目的地である軍人墓地の中だった。
どうしようかと悩んだものの、結局、同行することにしたビリーは、やがて、他の物
より大きく、装飾も施された墓標へとやって来た。
一目で将官クラスの墓標だと判る。
「主人の墓です」
短くオハーラがそう言った。
「・・・」
ビリーは何も言葉が出ず、無言で頷くだけだった。
(ハワード・ライアン・オハーラ宇宙軍少将 UC 399〜461。
宇宙賊との会戦にて勇猛果敢に戦い、自らの命と引き換えに、多数の将兵と非戦闘員
を救う)
墓碑銘を読むビリーに、オハーラが言った。
「私達夫婦は、共働きをしていたのです。
幸か不幸か、私には商才があったようで、幸運にも恵まれ、興した事業はどんどん大
きくなりました。
主人は、それを許してくれたのですが、一つだけ条件を付けられたのです。武器、特
に銃などは扱うな。ですって。
おかしいでしょ? 自分は軍人なのに」
ビリーは答えなかった。問い掛けの口調になっているが、彼女の言葉は、すでにここ
にはいない、追憶の中の人物に向けられているのだから。
「あの人はちょっと変わったところがあって、軍人なのに武力を嫌っていたんです。同
じように銃も嫌っていました。
身を守るためというのは詭弁だ。人を傷つけると言う前提があっての事だ。というの
が口癖で・・・。
その銃を売るためには、それ相応の覚悟と責任が必要なのに・・・」
オハーラの言葉が途切れた。現実と記憶とをさまように、空と墓標に、視線を交互に
向けた後、再び口を開いた。
「それが欠けている事を、あの子は知っているはずなのに・・・」
それは親としての後悔の念を含んだ、苦い口調だった。
様々な事情があるのだろうと悟ったビリーは、無言で、いつ以来だろう、本当に久し
ぶりの最敬礼を墓標に向けた。
事が済み、二人が墓地の門にさしかかった時だった。数人の男がそこに並んでいた。
一番前に、中年の小太りの男が立っていた。
「お母さん」
男が口を開くと、オハーラは毅然とした口調でこう言った。
「今日が命日だと思い出した様ね?」
男に返事はないが、それが肯定を意味することは表情から、はっきりと読み取れる。
「屋敷の抵当権と、私の絵を売りました。取締役会の日には、そちらに届きます。
その上でお父様の言葉を、もう一度考えてみること。いいわね?」
そう言うと、返事を待つことなく、「さあ、行きましょう」とビリーを促し、その場
を後にした。誰も追ってはこなかった。
バルバロッサと言う名のハンドガンを持つビリーに、銃器店の主人は言った。
「本当に売るのやめるのかい?」
無事仕事を終えたビリーは、銃を預けた銃器店に戻っていた。
未練が残る主人の問いに、ビリーは笑顔で答える。
「銃を売るには覚悟と責任が必要でね。まだ、俺にはそれが欠けてるのさ」
終
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