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   第16回 「鈴鹿の熱い午後」
 
 
 
 鈴鹿4時間耐久レースも開始から、2時間余りが過ぎていた。
 リタイヤしてしまったチームや、トラブルに見舞われ、修理に追われるチームなどを
除いた各チームは、予定通りであったりそうでなかったりはするが、何度かのライダー
交代をしていた。
 きらめき高校も2度のライダー交代を終え、現在は望がライディングをしている。
 そして、間もなく公の2度目のライディングの時間である。
「こんなに汗ってかくもんなのか・・・」
 ライディングスーツを手にした公は、思わずため息を漏らした。
 先ほどのライディングで、公はびっしょりと汗をかいた。
 走れば涼しくなるだろうと思っていたのだが、照りつける太陽とアスファルトの反射
で、まるでサウナ風呂の中を走っているような感じさえした。
 ドライヤーで乾かしてはいたのだが、完全に渇ききってはいなかった。
 加えて、かつてない緊張感や、初めてのレースというプレッシャーとで、1時間弱の
ライディングで、公は疲労しきっていた。
 重い体を引きずるように、スーツを着込む公を詩織が手伝う。
「詩織?」
「公くん、大丈夫?」
「・・・大丈夫だよ。このぐらいなんでもないさ」
 公は笑って答えたが、その笑顔には、いつものような明るさは影を潜めていた。
 それは詩織にも判ってはいるが、まさか
”やめてもいいのよ”
 等とは、とても言えない。
「頑張ってね」
 月並みな、そんな台詞しか言えない詩織だった。
 
 その時、京間の声がピットに響き渡った。
「驚くなよ。なんと俺達がトップだぞぉ!!」
「?」
 ピット内は喜びというより、事態が飲み込めないといった空気に満たされた。
 
 
 
「荒れたレースだ」
 栗田が思わず独り言を漏らしたように、レースは荒れに荒れた。
 転倒やクラッシュが続出し、順位が目まぐるしく変わる中、きらめき高校は、全くの
ノートラブルで走っていたため、気が付けば上位グループを走っていたのだった。
 だが・・・、
「と言っても、次のライダーチェンジで順位は落ちる。それも相当な落ち方だ。
 今、上位グループは目茶苦茶な接戦で、7台ぐらいが団子になってるんだ。
 公」
「はい」
「いいか。ここまでが、出来すぎた。くれぐれも変な欲を出すんじゃないぞ」
「そんな余裕ありませんよ。
 無事に走り終え、清川さんにRZを手渡すことしか考えていません」
「それを聞いて安心だ。
 ・・・さあ行くぞ!」
 そう言って、京間は左の拳で、公の左胸をトンと軽く叩く。
「はい」
 うなずく公に沙希がコップを差し出す。
「はい、公くん、水分を補給していって」
「ありがとう、虹野さん」
 コップを飲み干した公の前に、優美がヘルメットを持って立ていた。
「はい、公先輩」
「ありがとう、優美ちゃん」
 ヘルメットを受け取る公に、ピットの外から声がかかる。
「公くん!」
 公が振り返ると、そこには夕子と魅羅が手を振っていた。
「公!」
 さらに公は振り向く。
 サインボードを持ってピットウォールに取りついていた好雄と、その脇に立ってい
た愛がうなずく。
 日陰で記録をとっていた未緒も、ゆっくりうなずく。
「さあ、公くん」
「はい」
 ストッピングボードを用意する栗田に促され、公はヘルメットをかぶる。
 そして、スモークバイザーを閉じる。
「なんか、バイザーが曇るなあ」
 公はそう言って真夏の空を見上げた。
 
 
 
 望の駆るRZがピットインして来た。
 RZを止め、望が公にヘルメットを近づける。
「コースはかなり荒れてるわ。
 デグナーとスプーンには特に気をつけてね」
「判った!! 
 ・・・清川さん」
「ん? 何?」
 望が公に聞き返す。
「俺、必ず戻ってくるからね」
「うん、頼んだよ」
 そんな望に見送られ、公のRZはピットを出ていく。
「お疲れさま」
 ヘルメットを取った望に、詩織はタオルを差し出す。
「ありがとう」
 汗を拭きながら、望はなんの抵抗もなくライディングスーツを脱ぐ。
 スーツの下は、素肌にビキニのアンダーウエアを着ているだけなので、かなり刺激的
なものなのだが、今はそういった事にかまう者はいなかった。
「今、何番手?」
「このライダーチェンジで8番手ぐらいだ。
 ともかく、順調に来ているよ」
 望の質問に京間が答える。
「本当? すごいね。いいとこ来ているね。
 私も驚いちゃったよ」
「清川さんも、なかなか言うね」
「え?」
 京間の意外な言い方に、望が首を傾げる。
「走る以上、勝つつもりなんだろ?」
 望は笑いながら答える。
「そりゃ、そうだけどね。
 ・・・じゃあ、私着替えてくるから。
 ・・・あ! 早乙女くん」
「へ?」
「覗くなよ」
「の!?」
 驚いた表情の好雄は、その横に立つ、両手を口に当てた愛の姿に、さらに慌てふため
く。
「俺? 俺は、俺はそんな事しないよ。美樹原さん!!
 しないからね!!」
 慌てふためく好雄の姿に、優美は内心で舌打ちした。
『日頃の行いがなあ』
(妹にまでそんな風に思われているのか? 彼は(笑))
 
 
 
 汗を拭き、Tシャツに着替えた望が、ピットの裏のパラソルの日陰で、椅子に腰を下
ろし休んでいた。
 そんな望に声をかけた者がいた。
「いい調子みたいだな、望」
「?・・・お父さん」
 望が言う通り、それは彼女の父親、つまり、チームキヨカワの総監督である。
 もちろん、チームキヨカワも鈴鹿4時間耐久レースに参加していたのだが、この荒れ
たレースの中、残念ながら全滅となってしまっていた。
「残念だったね」
 何が残念だったか? 望は語らなかったが、それを言うのは明らかに蛇足だった。
「まあ、残念だったが、これもレースだからな。
 明日の8耐に捲土重来を期すさ」
 悔しいことは明白なのだが、まだ望はレースを終わってはいない。その前で、悔しさ
をあらわにしては、望の心理にどんな影響を与えるか知れない。
 そう考え、悔しさを押し殺していたのである。
(お父さん! 男だねえ)
 
「しかし、我が娘ながら、お前には驚かされるよ。
 いくら栗田の親父さんがいるとはいえ、1から作り始めた手作りのチームで、この順
位はすごいよ」
 心底、感心したような父親の表情だったが、望は首を振る。
「それは違うよ、お父さん。
 栗田さんの力は確かに大きかったけど、それだけじゃない。
 みんなの力があったから、ここまで来れたんだよ。
 私や、栗田さんだけの力じゃない。
 みんなが力を合わせてここまで来たんだ。
 誰か一人でも欠けたら、今、こうしていることもなかったよ」
 遠慮がちだが、それでいて力強い望の言葉に、父親は驚きにも似た表情を浮かべた。
「はははは」
 別の方向から笑い声がおこり、二人は振り向いた。
「父さん」
「お爺ちゃん」
 そこに立っていたのは、(本人は嫌がるが)キースキヨカワと言われ、レースの神様
とまで称される、望の祖父だった。
 満面の笑みを浮かべ、彼は言った。
「ついこの前まで、小さな赤ん坊だと思っていたんだが、いつの間にか、いっぱしの口
をきくようになったもんだ。年を取るわけだ。
 ・・・望」
「なあに、お爺ちゃん?」
「やってみなさい。
 お友達の力を信じ、望の全てをぶつけなさい。
 そして、お爺ちゃんに、望の可能性を見せておくれ」
 その声に、望の表情がパッと明るくなる。
 大きくうなずき、望は答えた。
「うん。見ていてね、私の素敵な仲間達と私を」
 望は嬉しかった。
 今までの、自分の選択、苦労が決して無駄でないと実感できたからだ。
 
 だが、好事魔多し。
 荒れたレースを司っている運命の神は、きらめき高校自動車部にもその手を伸ばして
いたのである。
「ああ!! 130Rで一台転倒!! どこだ!? 
 41番!? 41番だ!! 健闘していた、きらめき高校自動車部だぁぁぁ!!」
 ラジオから聞こえる、悲鳴にも似た実況の声に、望は自分の血が引く音を聞いたよう
な気がした。
 
 
 
 130Rアウト側のタイヤバリアに埋もれ、公は青空を見上げていた。
『なんで、俺、空を見てるんだ?
 コースにオイルがのってて、・・・ああ、俺、転倒したんだ』
 なかば、もうろうとした意識の中、ようやく公は状況を理解することが出来た。
 公のわずかに前を走っていた1台のマシンが、裏ストレートでエンジンブローをおこ
し、巻き散らかされたオイルを、公の乗るRZは踏んでしまったのである。
 不注意と言ってしまえばそれまでだが、そこまで公に要求するのは酷と言うものなの
かも知れない。
 起き上がった公が見た光景は、傷つき横たわるRZに駆け寄るオフィシャルの姿だっ
た。
 公は叫んだ。
「RZに触るなぁ!!」
 
 
 
「公くん」
「公・・・・」
 きらめき高校自動車部のピットの中は、重苦しい空気に包まれていた。
 とにかく、その後の状況が掴めない。
 誰もがいらだちと不安を覚えた時、詩織が言った。
「私、見に行ってきます」
 それに沙希が続く。
「わ、私も!」
 だが、京間は首を縦には振らない。
「二人とも、おたおたするな」
「で、でも・・・」
 なおも詩織が反論を試みようとした時、ラジオから絶叫が響く。
 
「先程、転倒した41番のライダー、マシンを押しながら、ピットに戻ってきた!!
 耐久レースの過去に、今まで何度もあった光景です。
 そのライダー達は口々に言います。
 もはや順位は度外視だと。
 ただ、次のライダーにマシンを渡す。彼等の中にはこの考えしかないと言います。
 今の41番も、きっとそんな心境のはずです」
 
 アナウンサーの声に詩織は叫ぶ。
「私、行きます! 先生が止めても行きます!!」
 京間もこれは止められないと悟った。
「よし行け!! だが、どんなにつらくても、ここに来るまで公に触るな。
 失格になるからな!」
「はい!!」
「私も行きます!!」
 走っていく詩織に、沙希も続く。
 その二人を見送った京間は望の方に目を向けた。
 そこには顔面蒼白で立ちつくす、望の姿があった。
 
 
 
『俺、なんでこんな事してるんだ?
 今さらピットの戻ってどうするんだよ?
 清川さんが大事にしていたRZをこんなにしちゃって、どんな顔すりゃいいんだ
よ?』
 RZを押しながらピットレーンを進む公は、何度も自問自答を繰り返していた。
 転倒した時に身体のあちこちを痛めたらしい。特に左わき腹と、左の足首に激痛がは
しる。
 そのショック症状と暑さのせいで、猛烈な吐き気に悩まされ、ヘルメットを取り、何
度か吐いた。
 だが、空腹の胃からは胃液しか戻って来なかった。
 もうろうとしながらも、まるで本能がそうさせているかのように、公はRZを押して
いた。
 だが、それも限界に近づいていた。
『やめちまえよ。やめて、パッと手を放せばいい。
 簡単な事さ、それで全て終わりだ。 
 ここまでやったんだ、誰も俺を責めやしないさ。
 よくやったって言ってくれるさ』
 だが、この時、公の脳裏に悲しげな表情の望の姿が浮かんだ。
 公の胸が痛んだ。
『ごめんね、清川さん』
 疲労の極みの公が、その手をハンドルから離そうとした、まさにその時、公に向けら
れた、聞き慣れぬ声が響いた。
「頑張れ、あともう少しだ!!」
「パートナーにマシンを渡すんだろ!! 根性見せてみろ!!」
 それは他のチームのクルーや、ライダー達の声だった。
  
 
 
 公のそばまで来た詩織と沙希は、予想もしなかった光景に立ちつくした。
 他のチームが公を励ましている。言わば敵を励ましているのである。
「耐久の真の敵は時間だけ」
 京間が以前、言っていた言葉を、詩織は思い出していた。
 同じレースで戦う以上、各チームは確かに敵同士である。だが、それ以上に同じ時間
と戦う友なのだ。
 そこには敵も味方もない。
 詩織と沙希は、今、それを実感していた。
「公くん! 頑張って!」
 そう詩織が叫ぶと沙希も声を張り上げる。
「公くん! 根性よ!あと、もう少しよ!」
  
  その声に後押しされ、公はRZを押す。
  そして、短くカットされた緑色の髪の少女が、公の視界に現れた。
 「清川さん!」
  そう言って、公は最後の力を振り絞り、RZを押し出した。
 ふらふらとしながらも、RZは望のもとへと届いた。
 望がRZを受け止めた事を確かめた公は、そのままゆっくりと、地面に倒れ込んだ。
「公くん!」
「公!」
「先輩!」
 公に駆け寄る詩織達の姿を目に焼きつけ、RZを支えながら、望は身体を振るわせ、
小さな声で言った。
「・・・公くん・・・」
 
 
 
to be continue RZM「17」
 

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  第17回 「奇跡を目指して」

            BGM ORIGINAL SOUNDTRACK ALBUM PATLABOR VOL.5"INQUEST"
                            #10「共鳴」#15「方舟」
 
 
 
「レンチよこせ!!」
「そんなもん、ひっぱがしちまえ!」
 きらめき高校自動車部のピットでは、望の父、祖父、そして栗田の3人が、RZの修
理に集中していた。
 優美、好雄の二人は、部品や工具を運ぶなどという類の補助に、ピット内を走り回っ
ていた。
 転倒した公は、なんとかRZをピットまで”持ち帰った”のだが、RZのダメージは
相当、深刻なものだった。
 詩織達もかなり経験を積んできてはいたが、それはあくまでも整備に関してのことで
あって、修理となると、まだまだ、経験も技術も足りなかった。
 それを見かねた清川親子が、修理をかって出たというわけである。
(本当は違反なんだけどね・・・)
 
「大丈夫だよ、先生! この3人が直してるんだ、走れるようにして見せるって!」
 作業を覗き込む京間に、望の父親は作業をしながら叫ぶ。
 京間はそれを聞いて、うなずきながら思った。
『という事は、問題はライダーの方か・・・』
 京間はピットの奥に視線を向ける。そこには椅子に座り、沙希の手当てを受ける公
と、それを心配そうに見守る、詩織、望、未緒、愛の姿があった。
「公くん我慢強いけど、左足、下手をすると骨折してるかもしれないし、左の肋骨は、
少なくともひびは入っているわ。
 メディカルセンターに行った方がいいわ」
 サッカーはなかなか激しいスポーツである。そのサッカー部でマネージャーをしてい
た沙希は、何度かねんざや骨折などのケガの現場に立ち会ってきた。
 無論、専門的なことまでは判らないが、それまでの経験や独自に学んだ知識などか
ら、ある程度の判断は出来る。
 沙希の言い方は控え目なものだったが、それは彼女には手に負えない、すなわち専門
家に任せた方がいいというレベルのケガだったのだ。
 そんな沙希の提案だったが、苦痛に耐える表情で公は首を振る。
「だめだ。俺、まだ行かない。レースが終わるまではここにいる」
「公くん!」
 沙希の声を、まるで意識して無視するかのように、公は視線を望に向ける。
「俺、清川さんが走る姿をこの目で見ておきたいんだ。
 チェッカーフラッグを一緒に受けるんだ!
 走ってくれるよね? 清川さん」
 その場にいた者の視線が望に集中する。
 だが、青ざめた表情の望の声には、いつものような力強さのようなものが、まるでな
かった。
「だ、駄目だよ。私、・・・。私のせいで、私が一緒に走ろうだなんて言わなければ、公
くんがこんなけがをする事もなかったのに。
 私、走れないよ」
「清川さん・・・」
 言葉に詰まる公に代わって口を開いたのは詩織だった。
「甘ったれないで、清川さん!」
 それは普段の詩織からは想像することも難しい、厳しい口調だった。整った顔立ちの
彼女の表情が、その迫力をさらに増加させていた。
「・・・藤崎さん・・・」
 明らかに気押されした望に、詩織はさらに続ける。
「もう、清川さんだけの鈴鹿じゃないの。誰かに頼まれたからとか、仕方がなくではな
く、みんな、自分達の意思でここにいるのよ。
 清川さんは、私達のその気持ちを無駄にしてしまうの!?」
「!」
 詩織の言葉は望の心に、強烈な一撃を加えた。
「清川さん、以前、私に言ったわよね。メカニックを信頼してるから、マシンに乗れる
んだって。
 メカニックやクルーだって同じよ。ライダーが走ってくれると思うから頑張ることが
出来るの!
 そんな私達の気持ちまで、清川さんは無駄にするつもりなの!?」
 詩織の言葉で、まるで我に帰るように望は辺りを見回した。
 その場にいた者達は、声にこそ出さないものの、気持ちは詩織と同じだということ
は、それぞれの表情からうかがい知れた。
「・・・みんな・・・」
 望はそう言って、移動させていた視線を公に向ける。
 痛みをこらえるように、ややひきつった笑いを浮かべながら、公がうなずく。
 一旦、小さなため息をついた望は、自分の右の拳を左の手のひらに打ちつける。
「判った。私が悪かったよ。
 最後まで走らなきゃ、いけないよね。
 私、走るよ」
 その場に、高揚感に似たものが満ち始める。
 だが、それに京間が”待った”をかける。
「最後まで走るだけなら、それもいいだろうが、それだけじゃ、少しばかりつまらんと
は思わないか?」
「・・・先生?」
 一同の心には、例外なく疑問が首をもたげた。
「いいか、俺達はほんの一時ではあるがトップを走ったんだぞ。ここまで来て勝負を捨
てることもないだろう」
 京間の言葉に、公達は互いに視線を交わす。
「先生、・・・それはどういう事です?」
「先頭との差は約5周。時間はあと一時間ちょっと。通常なら逆転は無理だろう。だ
が、可能性はある。その可能性は極端に低いが、可能性はあるんだ。
 いいか。レースも終盤、他のチームのマシンだって、がたがただ。ことにタイヤは深
刻だよ。普通4時間じゃ交換なんかしないからな。
 だが、こちらはフレッシュタイヤ。マシンも・・・」
 そこまで言って、京間は視線を修理を受けるRZに向ける。
「新品同様に帰ってくるさ。
 それに他のチームは最後のライダー交代もしなくちゃならん。差はまだまだ縮まる。
 残り時間での周回数は、大体20周前後だろう。
 そこでその間に俺達は25周するのさ」
 ニヤリと笑う京間の表情は、普段見られるようないたずらっぽいものだった。
 口々に声が上がる。
「先生・・・」
 京間は辺りをぐるりと見回したあと、望に視線を向ける。
「どうだ? 清川さん。
 奇跡を見てみないか? いや、見せてみないか?」
 ”・・・まさか”
 その場にいた誰もが、そんな思いを心の中に浮かべたが、やがてそれが別の思いに変
わる。
”もしかして”
 というように。
「清川さん」
 詩織の声に望はうなずいた。
「うん、行くよ。
 やってみる」
 そんな望に公が声をかける。
「でも忘れないで。充分気をつけてね。
 無事に帰ってきてよ」
「うん」
 望は大きく、そして力強くうなずいた。
 京間が手を叩く。
「よし行くぞ!!」
 
 
 
 場内放送が叫ぶ。
「41番、きらめき高校ピットアウト! 傷つきながらもチェッカーを目指します!」
 この時、サーキット内の注目はトップ集団に集中していた。
 サバイバルレースとなり、6チームが同一周回でトップを争うという、近年まれに見
る接戦。
 さらに有力なチームが次々と脱落したいったため、実力が伯仲し、この先の展開が全
く予想できないのである。
 注目が集まるのは、ごく当然のことだった。
 その間に、その後方、すなわち望が、ささやかな異変を起こしていた。だが、それは
後に大きな嵐となっていったのである。
 
「2分21秒で回ってる?」
 通常、他のチームが、全く順位外の別のチームのラップタイムを取ることは滅多にな
い事である。
 そんな事をしてもあまり意味はないし、第一、それほどの余裕はないのが普通だから
だ。
 そのチームが望のRZのタイムを取っていたのは、気まぐれとか偶然に近い。
 『なんか、速いような気がするけどなぁ』
 という気がしたため、試しにとってみたのである。
「まさか、測り間違いだろ」
「ああ、そうだろう。次の周回、測り直してみるよ」
 だが、その測り直してみたタイムはさらに彼等を驚かせる。
「2分20秒88!?」
「そんな馬鹿な!! GPマシンじゃねえぞ!! 
 どうして、そんなタイムが出る!?」
「いや、だって!」
「なんだってんだ? 何が起こってるんだよ!?」
 
 1チームが気付けばそれは徐々に広がっていく。
 サーキット内がざわめき始める。
 もちろん、公式時計にも記録としては残る。残っているが、それが全体に広まるまで
には、多少のタイムラグが出る。
 そのわずかの間に、望はRZの性能を限界付近まで、引きだし始めていた。
 
 
 
 望の駆るRZが、デグナーカーブに差し掛かる。
「スパンッ」
 正にそんな音がしそうなスピードで、RZはその車体を傾け空気を切り裂き、コーナ
ーを抜けていく。
 ヘアピンまでのわずかな直線で、信じられない加速を見せ、前を行く2台をごぼう抜
きにする。
「やべえー!!」
「止まらねえよ、あれ!!」
「ブレーキ、イカれたかあ!?!
 あまりにも異質なスピードは、ヘアピンカーブに陣取っていた観客達に悲鳴を上げさ
せる。
 明らかにオーバースピードだと思われたRZだった。
 だが、
「ぐわっ!!」
 というような音がしそうなほど、ブレーキレバーが絞られ、フロントサスペンション
が沈み込む。
 横倒しになったのではないかと思われるほどのバンクを見せ、RZはカーブをクリヤ
ーして行った。
 後の残された観客は、声もなくヘアピンカーブをしばらく見つめていた。
 やがて、口々に、今見た状況を整理し始める。
「な、なんだよ。あれは?」
「4耐のスピードじゃねえぞ・・・」
「今、何番だった?」
「・・・41番に見えたけど・・・」
「41番って、例の高校生チームだろ? 高校生があんな走りできるのか?」
「知るかよ! ワークスライーダーが乗ってるっていうのか!?」
「・・・でもさ、ひょっとしたら俺達、今、とんでもない物、見せられているんじゃねえ
か?」
 それは、今、サーキット内のあちこちから、広がり始めた感想だった。
 
 
 
「出たあ、2分20秒34!!
 ゼッケン41番、またもや最速タイム! もちろんコースレコードだ!!
 一体どうなってる? 実況している私にも、事態が全く飲み込めません!!」
 場内放送が流れるラジオに耳を傾けていた公だったが、そばに立っていた詩織に声を
かける。
「詩織」
「え? どうしたの公くん?」
「肩を貸してくれ。ピットウォールの所に行きたいんだ」
 詩織の表情が強ばる。
「何言ってるの!? 今はじっとしてなきゃ駄目よ!!」
「頼む。清川さんの姿を見たいんだ。走っている清川さんと、一緒にゴールを迎えたい
んだよ。いや、せめて、サインボードぐらい出したいんだ。
 頼む、詩織!」
「公くん・・・」
 数瞬、悩んだ詩織だったが、無理に立ち上がろうとする公の右肩を、そっと支える。
「判ったわ。公くんには負けたわ。でも、あまり無理はしないでね」
「ああ、判ってるよ」
 立ち上がった公だったが、肩を貸す等ということに、詩織もそんなに慣れていないた
めもあって、フラッとよろけてしまった。
 それを沙希が支える。
「?・・・虹野さん」
「ゆっくりね。慌てちゃ駄目よ」
「ああ」
 二人の助けを借りて、公はコース脇に腰を下ろした。
 その前を望のRZが駆け抜けて行く。
「清川さん」
 その後ろ姿を見送って、公はぽつりと言った。
 
 
 
 チームアルゴノーツが最後のライダー交代のためピットインする。
 鈴帆が降り、清人が乗る。
「悔しいわ。スピードの質が全然違うんだもの」
 マシンを降り、言葉の通りの表情で鈴帆がいった言葉に、メカニックが聞いた。
「そんなにすごいのか? あのRZ?」
「すごいのはあのRZのライダーよ! 抜く時、何も考えてないのよ」
「何も考えてないって?」
「インもアウトもないわ。隙があればどこでも飛び込んでくるわ!」
 そこまで言った鈴帆の表情が変わる。
「・・・でも、正直言って、清人に代わって、ほっとしているのも事実よ。清人には悪いん
だけどね。
 後ろに付かれた時、100m後ろからでも殺気を感じるわ。まるで、悪魔に迫られて
るみたいにね。
 でも、やっぱり、・・・悔しいなあ」
「鈴帆ちゃん・・・」
 それは、このチームだけの事ではなく、どこのチームでも似たような会話が交わされ
るようになっていた。
 レース展開は、また新たな局面を迎え始めていた。
 
 
 
 ある者は暗算で、またある者は電卓を片手に(持ってる人いるんだよなあ、12万人も
いると)計算をしだした。
 そして、口々に計算結果をしゃべり始める。
「追いつくぞ」
「このままいくと、追いつく」
「3周差をはねかえせる!?」
(この時点で先頭グループとの差は3周差までに縮まっていた)
 サーキット内は、一種異様な興奮に包まれはじめていた。
 
 
 
to be continue RZM「18」
 
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  第18回 「伝説が生まれる時」

               ORIGINAL SOUNDTRACK ALBUM PATLABOR VOL.5"INQUEST"
                              #16「バベルの崩壊」
 
 
 
「2分19秒88ぃぃっ!! 41番、さらにコースレコードを更新!! ついに20秒を
切ったっぁぁぁ!!
 どこまで行くんだ! どんな世界を見せるんだ!?」
 場内放送の実況が響き渡る。
 もはや、望の駆るRZは、レースの中心にあった。
 
 
 
 自動車部のピットでは、誰一人声も出さずにレースを見つめていた。いや、出せな
かったと言うべきだろうか。
 清川親子、栗田は申し合わせたように目を閉じ、腕を組みながらラジオから流れる実
況と、ストレートを駆け抜けるマシンの音に集中していた。
 他のメンバーは、それぞれにレースに集中し、会話をするどころではなかったのであ
る。
 同じようにレースに集中していた京間だったが、その横顔をパドックの奥から見つめ
る一人の女性の姿があった。
 京間の婚約者、光代だった。
「・・・郡司さん・・・」
 小さく漏れた彼女の声は、ストレートを駆け抜けて行くマシンの排気音にかき消され
た。
 
 
 
 快進撃を続けるRZが、S字コーナーでリアタイヤをスライドさせる。
 ハイサイド寸前で、望はそのRZをコントロールする。
「すっげー!! なんだ、ありゃぁ!!」
「なんで、あれだけすべって、マシンをコントロールできるんだよ!?」
「完全に切れちゃってるぜ!! 怖いって感覚が麻痺しちゃってるんじゃねえか!?」
 そして、アナウンスで乗っているのが望だということが知らされると、サーキット内
のボルテージはさらに上昇する。
「えー? あれに乗ってるの、女の子なのぉ!? だったら、私、もう応援しちゃうもん
ね」
「ちくしょー!! 燃えてきたぜぇ!」
 観客の目が、そして耳が、41番のゼッケンをつけたRZに集中していた。
 アナウンサーの実況にも、さらに熱がこもる。
「41番! さらに加速する! ヘアピンコーナーで固まっていた3台を、あっと言う間
に抜き去った。
 立ち上がり、前輪を上げて加速するRZぉ! 本当にこれは250CCなのかぁ!?」
 
 
 
「うおーー、なんで雅はペースアップしないんだあ!? せっかく俺がトップを奪い返
したというのにぃぃ!!」
 チームカンザスのピットでは、スタート直後のクラッシュに巻き込まれた境が吠えて
いた。
 転倒というハンデをもろともせず、驚異的な追い上げで、トップにまで持ってきた境
だが、それも望の前に霞んでしまった。
 境にはそれが面白くない。それ以上に、このままでは、トップの座が危ないのであ
る。
 叫びたい気持ちも判らなくはないのだが、年長のピットクルーにたしなめられる。
「静かにしろ境!! 今、こっちのマシンだって不安を抱えてるんだ!
 ここで無理をすれば、すべてが無駄になるかもしれないんだ! お前と違って雅はそ
ういう計算ができるんだよ!」
 考えてみればひどい言われようなのだが、境は納得してしまう。
 そんな境に言うでもなく、そのピットクルーはつぶやいた。
「あんなペースで、最後までマシンが保つわけない。・・・保つわけがないんだ」
 
 
 
 それは、自動車部の中でも同じように出てきた不安だった。
 長い沈黙を破るかのように、京間が言った。
「タイヤか、ガスか、エンジンそのものか? いや、こうなっては清川さんも心配だ、
どこまで体力が保つか?
 いずれにしても、どこが限界に達してもおかしくない。
 ・・・タイトロープだな」
 京間の言葉が引き金になったかのように、自動車部の面々はそれぞれの顔を見合わせ
た。
 その中にあって、詩織はこの場に、好雄と優美の姿がない事に気が付いた。
 
 
 皆がレースに集中する中で、そっとその場を抜け出した優美に、注意を払っていたの
は、兄である好雄だけであった。
 心配になった彼は、彼女の後を追った。その姿を見失った好雄だったが、物陰でうず
くまる優美の姿を見つけた。
「おい、優美。どうしたんだ?」
 そっと問いかける好雄に、身体を振るわせながら優美が答える。
「・・・お兄ちゃん、優美、変なんだよ・・・」
「ん? どうしたんだ?」
 背中を向けたまま、優美はかすれた声で、途切れがちに言った。
「・・・変なの。・・・悲しいわけじゃないのに、・・・涙が、・・・涙が止まらないんだよ。
 変だよね?・・・優美、どうしちゃったんだろう?
 涙が、・・・涙が止まらないよう」
 好雄はためらいがちに、優美の肩に手を乗せた。
「優美・・・」
 だが、彼も上手く言うべき言葉を見つけ出せなかった。
 
 
 
 実況は、さらに熱く、望のRZの姿を場内に伝える。
「裏ストレートを駆け上がる41番。まさに鬼神の走りだぁ!! いま情報が入った。
 彼女の名前は清川望! 私立きらめき高校の3年生! 12月3日生まれ、いて座、血液
型はA! スリーサイズは秘密・・・、いやこんな事はどうでもいい!!
 操るマシンは、ヤマハRZ250ヒモオSP! 
 データ全て不明! じゃあ、書くなよ!!
 よーーしっ!! こうなったら行くところまで行け、望ちゃん!!
 俺はもう個人的に君を応援するぜ!! おおやけの立場なんかくそくらえだ!!」
(切れちゃったなあ・・・)
 絶叫するアナウンサーがさらに続ける。
「130R突っ込んだ。・・・ああ!リヤが滑る!! 危ない、危なーい!! いや、押さ
え込んだ、押さえ込んだ!! 
 さらに加速!! 前方の団子になった集団に襲いかかる。なんとこれがトップ集団だ。
 トップ集団が41番からすれば、まるで動くパイロンだ! シケインの飛び込みで2台
・・・!あっと切り返しで一台! さらに加速でもう一台!
 こんな事が信じられるかぁ!? まるで無人のコースを走ってるかのようだ!
 何者も彼女を妨げられないぃ! もう一度、この集団を追い抜いた時、それは41番
がトップになる時だ!!
 さあ、最終コーナーを駆け降りる41番! もう手がつけられない!!」
 
 
 
 自動車部のピットでは、愛が身体を振るわせ、青白い表情で詩織にもたれかかった。
「詩織ちゃん、私、怖い、怖いよ」
「駄目よ、メグ。ちゃんと見るのよ。最後まで」
「詩織ちゃん?」
 顔を上げた愛が見た物、それは溢れる涙を必死に抑える、詩織の表情だった。
 
 
 望のRZがピット前を通過する時、夕子は魅羅の制止を振り切って、ピットウォール
に向かって駆け出していた。
 壁の手前に来ると、両手を壁の上につき、跳び箱の要領で厚さのある壁の上に、仁王
立ちになる。
(やっぱり、本当は、違反なんだけど)
 そして目の前を通過するRZに向かって叫んだ。
「望いい!! ちゃんと帰ってくるんだよ!! 
 ちゃんと帰ってこなかったら、絶交だからねえっ!!」
 叫んだとしても、声が届くとはとても思えない。それは彼女自身にも判っていた。だ
が、夕子は叫ばずにいられなかったのだ。
 夕子は右の腕で目頭を押さえ、そして横に拭った。
「ちっくしょう。かっこいいじゃんかよぉ」
 そして、震える声でそう言った。
 
 
 
 残り時間を示す、電光掲示板の数字が0になった。次に先頭がフィニッシュラインを
通過する時、それがレースの終了する時である。
 その先頭集団は、ヘアピンカーブに差し掛かるところだった。
 だが、観客達は、本来見るべきはずの先頭集団を見てはいなかった。いや、見てはい
るのだが、注意の対象は先頭集団の後方だった。
「来たぞーー!!」
「追いついたあ!」
 観客が指さす先、傾きかけた夏の太陽が造り出す、やや長めの影を従え、RZが立体
交差を抜け出してきた。
 もはや、アナウンサーの暴走する実況を止める者はいなかった。
「来たぞ、来たぞ!41番がついに来た!先頭集団に追いついた!
 7番、89番、56番、18番と続いて、41番が猛追する!! 
 スプーンコーナーで差がつまる! グングン詰まる! もう完全に射程距離だ!!
 バックストレート立ち上がり、加速する!。追いつく! 完全に追いついた!! 完全
に先頭集団に追いついた!
 勝負は130R!! インを取った奴が勝ああつ!!」
 
「神様」
 手を合わせうつむきながら未緒は祈った。その合わせた手を、上から包み込むように
握りしめ、沙希も無言で祈った。
 
「ああ!! 130R、先頭4台、横に広がったぁ!! 41番行き場がない!!」
 そう、4台が横に広がっては、コースは塞がれる。少なくとも、速いラインは消され
るはずである。そして、その次の瞬間、そこにいた観客達は悲鳴を上げる。
「あ、あぶねえっ!!」
「なんだあ!?」
 アナウンサーの絶叫が頂点に達する。
「うわーーっ!! ゼブラゾーーンから行ったあ!! 砂煙が上がる!! 
 一番外の56番が吹っ飛んだあ。
 加速勝負だ、加速勝負だ!!41番抜け出した! 
 シケインの飛び込み! 切り返し!滑るタイヤを強引に押さえ込んだ!!」
 サーキット内は熱狂の嵐が荒れ狂っていた。今、その嵐は最終コーナーをその中心と
していた。
「さあ! 最終コーナー、音が入った!先頭は? 先頭は?
 ・・・41番先頭ーーーーっ!!」
 きらめき高校自動車部のピット内で、思わず歓声が上がる。
「さあ、チェッカーだ!チェッカーだ!チェカーフラッグだあ!!」
 アナウンサーが叫んだその時だった。
 信じられない、いや信じたくない光景を目撃することとなる。
 
「ああああ!! 41番、白煙が上がったあ!! エンジンか!? エンジンなのか!?
 ここまで来て、エンジンが息絶えたのかああ!!」
 もはや悲鳴に近いアナウンサーの声が響き渡る中、RZはそのチャンバーから白煙を
吐き出していた。 
 惰性だけで走るRZの横を、一旦は抜いたマシン達が駆け抜けて行った。
 力なくフィニッシュラインを超えたRZは、自動車部のピット前にその傷だらけの車
体を止める。
 それは、まさしく公の目の前だった。
「清川さん!!」
 ケガの痛みを忘れたかのように、公は右手を差し出した。
 その手に気づき、望は顔を上げるが、その表情はスモークバイザーに遮られ、うかが
い知る事は出来なかった。
 公の両脇から、望の父親、祖父が手を差し伸べる。
「よくやった、望」「ほら、こっちへ来なさい」
 だが、望はそれにも答えることが出来なかった。
 京間や好雄の手を借りて、ピットウォールを乗り越えた望は、詩織の手によって、よ
うやくヘルメットを取った。その下の表情は、完全に疲労しきっていた。
「清川さん」「望!」
 複数上がった彼女を心配する声に、望は小さく、本当に小さな声でやっと言った。
「みんな、・・・ありがとう。・・・私、忘れないよ。・・・この日を、一生忘れないからね」
 それは、この場にいる全ての者が同じくしていた想いだった。
 そして望は、右の拳を静かに、ゆっくりと突き上げた。それに答えるように、メイン
スタンドが揺れた。
 公式の順位は4位である。
 だが、この日の主役は、間違いなく望、そしてきらめき高校だった。
 
 
 
 レース終了後、きらめき高校自動車部のピットには、各雑誌社やマスコミの取材陣が
押し寄せていた。
 それに応対したのは京間だった。本当は、「奇跡の追い上げ」を見せた望に取材をし
たかったのだが、
”未成年であり、今は非常に疲れきっているので”
という理由で、監督である京間が、それに答えることとなったのだ。
 本人への取材は、後日改めて申し込んで欲しい、ということになった。
 実際、望は疲れきっていた。体力面もそうだが、精神的に疲労の極致だったのであ
る。
 マイクロバスの中で、シートをリクライニングさせ、望は横になっていた。
 公も、通路をはさんだ右隣のシートに座っていた。その公に望は静かに言った。
「なんだか、疲れちゃった。こんなに疲れたレースは初めてだよ」
「うん。俺もだよ。走り終えたと思ったのに、清川さんの走ってる姿を見てるだけで疲
れちゃったよ。
 清川さんはそれ以上なんだから、今はゆっくり休んでよ」
 優しく微笑む公の笑顔に、望も答えた。
「うん。・・・公くん、・・・ありがとう」
「こちらこそ、お礼をいわなけりゃね」
 二人はまるで申し合わせていたかのように、腕を伸ばし、静かに指を絡ませた。
 
 
 
 マイクロバスのドアのところで、中をうかがい知る事が出来ない詩織は、やや不満げ
で不安な表情を浮かべていた。
 彼女は二人をそっとしておくために、見張りをするという、彼女にとっては損な役目
になってしまったのだ。他のメンバーは、後片付けなどに忙殺されている。
 そんな詩織に栗田が近づき、そっと言った。
「こればかりは仕方がありませんよ。マシンに乗ったライダーだけにしか出来ない世界
があるんです。
 いくら頑張っても、そこには私達は踏み込めないんです」
 納得したわけではない、納得したわけではないが、詩織は静かにうなずくしかなかっ
た。
 
 
 
「郡司さん」
 取材攻勢の波がひいた後、大きく背伸びをする京間の背後から、光代が声をかけた。
「光代さん、・・・どうしました?」
「あ、あの、おめでとうございます、・・・というのも変ですね」
「そうですね。勝ったわけじゃありませんからね。・・・光代さん? どうしたんです?」
 様子がおかしいその姿に、京間は疑問を口にした。
 ためらいがちに光代は口を開く。
「結婚は一時延期しましょう。お父さまには、私がお許しをいただきます」
「!?・・・光代さん?」
「私、前から、郡司さんが、時々遠くを見ていることに気付いてました。それがなんな
のか、今日、ようやく判りました。
 郡司さん。夢にもう一度、挑戦してみてください!」
「そんな、ば・・・」
 ”そんな、馬鹿な”と言おうとして、京間は口ごもった。
 それはレース中、京間自身がどうしようもなく感じてしまったことだったからだ。
「光代さん・・・」
 そう言った京間に、光代は微笑む。
「そして、私にも、その夢を一緒に見させてください」
 京間は何も言いえなくなってしまった。
 
 数年後、オートバイの世界耐久選手権を、ある日本のチームが席巻することとなるの
だが、それはまた別の話である。
 
 
 
 熱い太陽が姿を消し、夜の帳が舞い降りる。
 熱く、長い、きらめき高校自動車部の一日が終わった。
 
 
 
to be continue RZM「19」
 

SS RZM(19)


  第19回 「エピローグ」
            BGM ORIGINAL SOUNDTRACK ALBUM PATLABOR VOL.5"INQUEST"
                               #17「朝陽の中へ」
 
 
 
「名誉の負傷だよ」
 望に肩を借りながら、そう言って、公は微笑んだ。
 公は左の肋骨を2本骨折、左足の足首上部にひびが入るという大怪我だった。
 レースが終わり、興奮も覚めやらぬ中、疲れて眠りに入った公だったが、昨夜は熱が
出て寝苦しい夜をすごしてしまった。
 そして今日、自動車部の面々は沢田鷹志の招待を受け、ホンダワークスのパドックパ
スを手に鈴鹿8時間耐久レースを「見学」する事となっていたが、公はそんな調子なの
で待機という事になってしまった。
 そもそも、ろくに動ける状態ではなかった。
 それに付き添ったのが望だった。
 彼女も疲労困憊で、その夜は、泥のように眠るという表現が当てはまるほどの爆睡を
してしまった。
 そして「まだ、本調子じゃないし、大事を取って」宿舎に待機という事になり、家主
もレースを見に行ってしまったため、今、この家には、公と望の二人だけだった。
 本来なら、安静にしていなくてはならない公だったが、どうしてもRZを見たいとい
うたっての希望で、二人は前庭に駐車してある、RZを積んだ軽トラックの所に来てい
た。
 望からそっと離れ、公はそのそばにあった、手ごろな大きさの庭石に腰を下ろした。
 望がそのすぐ脇に立つ。
 二人は無言でRZを見つめた。
 長い沈黙のあと、口を開いたのは望だった。
「ピストンに穴が開き、クランクケースにもひびが入っているわ。シリンダーブロック
も限界だし、車体そのもののフレームにも歪みが入ってしまった。
 もう、このRZも寿命だよ」
「うん、そうだね。よく走ってくれたね」
 
 再び沈黙が流れる。
 風の具合で、時より、はるか彼方から、エンジンサウンドが、セミの声に混じりなが
ら、かすかに響いてくる。
「公くん」
「ん? 何、清川さん?」
 見上げる公の瞳を見つめながら、望はゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「正直言うと、レース最後のあたりの事、頭が真っ白になってよく覚えていないんだ。
 でも、公くんがピットの前に出て来てくれた事は、よく覚えているのよ。
 公くんだって、痛くて動くのもつらいはずなのに、ずっと、サインボード出してくれ
でしょ?」
「・・・うん。俺、こけちゃったから、清川さんに申し訳が立たなくて、せめてこのぐら
いの事はしないと、と思ったんだ。清川さんには、なんの助けにはならなかったとは思
うけど」
「ううん。公くんの顔がピットの前にあったから、私、うんと励まされたわ。すごく嬉
しかった。
 ちゃんと公くんの前に戻ってこよう。無事に戻ってこよう。
 そう思ったの。
 公くんがいなかったら、きっと、あんな走りは出来なかったと思うわ」
「清川さん・・・」
 二人は何を言うでもなく、無言で見つめあった。
 そして、望はしばらくためらった後、思いきるように口を開いた。
 
「私、納得のいくレースが出来たら、
 ・・・公くんに言おうと思っていた事があるの」
「え? なに?」
 望は瞳を閉じる。
 
「公くん、あのね、私ね・・・
 
 
 
 
 
 
               RZM レッドゾーンメモリアル
                 ALL STAFF
 
 
                 出演
 
 
                主人 公
 
                清川 望
 
                藤崎 詩織
 
               早乙女 好雄
 
               早乙女 優美
 
                如月 未緒
 
               美樹原 愛
 
                虹野 沙希
 
               朝日奈 夕子
 
                 鏡 魅羅
 
                紐緒 結奈
 
                片桐 彩子
 
                古式 ゆかり
 
                館林 見晴
 
               伊集院 レイ
 
 
 
                京間 郡司
 
                栗田 正一
 
                川井 光代
 
                沢田 鷹志
 
                明科 鈴帆
 
                市野 清人
 
                温田 勝
 
                坂口 大志
 
                 境 勇作
 
                 雅 啓介
 
 
 
 
                 制作
 
 
             鈴鹿8時間PROJECT
 
 
          企画 原作 執筆 鈴木 良和
 
        キャラクターデザイン 
          イメージCG制作 矢島康之
 
       シリーズ構成 設定監修 浅野光耳
 
 
 
                 協力(敬称略)
 
        ハードウエアサポート 
      ソフトウエアアドバイザー 霧島           
 
              校正協力 A.H
 
             コース設計 あるふれっど
 
             コース名称 ぷりま・ぽあ
 
              取材協力 TEAM SHERATON HAMAMATU
 
 
                資料提供
 
              鈴鹿市商工部観光課
 
           鈴鹿サーキット 鈴鹿サーキットランド
 
             HONDA 本田技研工業株式会社
 
            YAMAHA ヤマハ発動機株式会社
 
            SUZUKI スズキ株式会社
 
          KAWASAKI 川崎重工株式会社
 
                風雅書房
 
                参考資料
 
            新谷かおる著 「ふたり鷹」小学館 スコラ
 
            しげの秀一著 「バリバリ伝説」講談社
 
                   「頭文字D」講談社
 
 
                      Special Thanks
 
 
                     (株)ニフティ  NIFTY−serve
 
                     (株)KONAMI
 
                      ときめきメモリアルSS専用PATIOを
                      運営してくださった方々。
 
           清川 望ファンクラブ NK3研の皆様
 
                      感想、ご指摘などをくださったすべての皆様
 
           そして、ここまで読んでくださったすべての皆様
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
        私立きらめき高校 鈴鹿4時間耐久レース 公式リザルト
 
 
                予選通過タイム
 
                2分26秒12
 
                予選通過51位
 
 
                決勝順位
 
                総合4位(82周)
            
             ファーステストラップ
 
               2分18秒37
            (TT−F3 コースレコード)
 
 
 
 
                              THE END
 
                                                        SUZUKA8H PROJECT 1996
                                                        
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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