SS RZM(6)291-Line 第6回 「誕生 きらめき高校自動車部」 正式に、鈴鹿4時間耐久レースへエントリーする事を決めた望と公、そして京間の 3人には、それから目まぐるしく動く日々が続いた。 「何!? 鈴鹿4時間耐久レースに出るぅ!? 公、お前本気か!?」 朝のHR前の教室で、公は好雄に相談を持ちかけた。 その内容に、好雄は絶句する事になるのだが、公の真剣な眼差しに、好雄も表情を引 き締める。 「・・・どうやら本気のようだな」 声を出さずに公はうなずいた。 「で、俺にそう言ったということは、何か頼みたいということだよな?」 「さすが、早乙女先生、察しがよろしいことで」 表情を一変させて、公は自分の額を軽く平手うちして、おどけてみせた。 「ふざけるなよ! 俺は真面目に聞いてるんだぜ」 「悪い悪い。すまなかった」 右手を上げて謝る公に、『しょうがねえなあ』と言うような表情で、好雄は公に聞き 直す。 「それで、用はなんだよ?」 「メカニックやってくれない?」 「メカニックね・・・メカニック、・・・・・・なにいいいいいい、めかにっくう!?」 好雄はあわあわと口を震わせているだけで、言葉が続かない。 そんな事にはかまわずに、公は制服のポケットから、メモを取り出し、何やら書き始 める。 「えーーと、好雄は了解、・・・と」 「ちょ、ちょっと待てぇ! いつ、俺が了解したよ!?」 「今」 「してない、してない! してないって言うの!!」 「あれ?」 「あれ? じゃねえだろ! どうして俺がメカニックをする事になるんだ!?」 「いやあ、いろいろあってね」 公はこれまでの経緯を、かいつまんで好雄に語った。 結局のところ、公と望の交友関係では、高校での友人と言うのが主なものになる。 ライダーは決まったが、その他にも人手は必要だった。 メカニックは、栗田と言うベテランがいるが、いくらなんでも一人ではとうてい間に あわない。 不手際は、最初から覚悟のうえで、その他の人員は、自分たちで集める事にしたの だ。 まさに手作り、手探りの立ち上がりだった。 話を聞くにつれ、好雄の表情が変わっていった。 「俺に出来るのか? メカニックなんて」 好雄のその質問は、実際に参加するための前向きな物だった。 「そりゃ、練習と言うか、勉強はしてもらうけど、みんな初めてなんだから、そんなに 心配しなくてもいいと思うぜ。 なんて言っても、俺がライダーをするぐらいなんだから」 「そうだよな、大体、大丈夫なのか? お前」 「わかんないなぁ。でも、清川さんも俺も、それは納得の上なんだ」 「・・・判ったよ。他ならぬ、お前の頼みは断れないよ。 いっちょ、やってみようかな」 公が好雄に頼み込んだようにして、望も別の場所、別の時間で別の人物と交渉してい た。 「私が望さんのお手伝いを?」 そう答えたのは、いかにも柔らかそうな緑色の髪を、リボンで左右にまとめた女生徒 だった。 眼鏡をかけたその少女は、望の頼みに、戸惑いと困惑を表情に浮かべていた。 「でも、私は、体が弱いので、炎天下ではお役に立てないと思うのですが?」 「別に、サーキットで動いてもらうというわけじゃないんだよ。 レースには関係書類とか、許可証とか、提出するのが多くって、そういうのが意外と 手間を食うんだよ。しかも、重要と来てる。 如月さんの様なしっかりした人が、一人いてくれるとすごく助かるんだけど、駄目か な?」 望が頼み込んでいる女生徒は、如月 未緒と言った。 彼女は生徒会で書記と会計を兼任しており、その優れた事務処理能力は、広く知れ 渡っていた。 約一カ月前の3月上旬、年度替わりの予算編成(要するに予算のぶんどりあいだね) で、望と未緒は、水泳部の予算について、真っ向から激突した。 実績を成績として残していた水泳部の予算が、水泳部が望むほど増えていなかったの だ。 互いに譲らなかった二人だが、なんとか予算編成が終わると、お互いの力量を認めあ うようになっていた。 望は未緒の言い分に説得力を感じ、どこまでも公平、客観的に話を進める姿勢にも感 嘆していた。 未緒は未緒で、自分の言い分は、しっかりと堂々と言う望の姿に、あこがれのような 物を感じていた。 戦友というのもおかしなものだが、二人はそれ以後も、よく話をするようになってい た。 「私に出来ますか?」 「如月さんにしか出来ないと、私は思ってるんだけど」 「・・・判りました。私も覚悟を決めました」 このようにして、チームの人員は徐々にではあるのだが、着実に揃えられていった。 だが、ここに来て一つ問題が起きていたのである。 京間は個人面談室でかしこまっていた。 『やれやれ、教師になってから、個人面談を”受ける”とは思ってなかったぜ』 正面に座る、学年主任の姿を見ながら、内心でそう思う京間だった。 鈴鹿4時間耐久レースを目指す、望、公、そして京間の行動は、学校の耳にも入って しまったのである。 「確かに校則にも違反していませんし、法律上も問題ありません。 しかし、レースに参加するというのは、今まで前例がなかったことですし、ここは 一つ、自重ということにしてはもらえませんか?」 その言葉に、京間は精神的に反発してしまった。 「自重ですか? なぜ自重せねばならないのです。 公道を走るような、違法なもので はありません。 言ってみれば、マラソンや、野球などのスポーツ大会に出るようなものです。 そのスポーツ大会に、私および、私の知り合いで出るだけです。 どこに問題があるんですか?」 正論を突き進む京間の主張に、学年主任の表情が曇る。 「いや、確かにその通りですが、我が校の校則では、オートバイの所有は認めていませ ん。 ですが、清川さんは一台所有しているというではありませんか?」 この点が、学校側からすれば一番の問題であり、京間に問い詰める根拠だった。 だが、その根拠も、京間があっさりと打ち砕く。 「所有というのは、陸運局等に手続きをした上で、公道を走る自動車としのバイクを保 持することで、今回の場合は、それには当てはまらないはずです。 それに、オートバイと言っても、シューズやバットと同じ道具にしかすぎません。 いわば趣味です。それすら規制するのは、人権にかかわりますねえ」 京間がレースを続けていたとき、いわれのない誹謗中傷を、何度受けてきたことだろ う。そのせいで、京間には、理論武装がすっかりと出来上がっていたのだ。 「まあ、学校側の立場もあるでしょうが、ここはまあ、黙認という事で、お願いできま せんか?」 いつの間にか、京間から学校側に要望を伝える立場になっていた。 「黙認というのも、あまり良くありませんね」 言葉につまった学年主任に代り、そう答えたのは、部屋に入ってきた校長だった。 『こうちょうせんせい?』 呆気に取られる京間を尻目に、校長が椅子に腰を下ろしながら言った。 「問題というのはですね。これによって、なしくずし的に校則が破られる可能性のこと を言っているのです。 どこかで歯止めをかけなければいけません。それは判っていただけますね?」 そう言われれば、京間としても肯くほかにない。 会話の主導権が、あっと言う間に校長のものになっていた。 (さすが百戦錬磨の校長先生) 「では、どのようにすればよいとおっしゃるのですか?」 京間の質問に、校長は右手で顎を撫でながら、もったいぶるように言った。 「その運営に、京間さんが、先生として、指導監督していくと言う事でどうです?」 「はぁ!?」 京間には校長の言っている意味がさっぱりと判らなかった。 「きらめき高校生がレース等に出る場合は、学校側の監督指導の元で行われる。 それならば、確実な歯止めになるでしょう」 「・・・あの、それってどういう意味なのでしょうか?」 校長の言う意味が、さっぱり判らない京間の質問に、校長が笑みを浮かべながら、 困ったように答える。 「京間先生。 臨時クラブ、自動車部の顧問を、お願いいたしますよ」 「・・・?」 京間は、今、自分がどんな立場にいるのか、全く判らなかった。 その意味が、ようやく判った瞬間、京間は心の中で叫んでしまった。 『な、なにーーーーーーーーーー!!!』 (無理もない・・・) 「きらめき高校自動車部?」 それは、望にはとんと似合わない、間の抜けた声だった。 校長から決定事項を聞かされた京間は、翌日の昼休み、校内の駐車場に、望、公、 そして好雄、未緒の4人を集めた。 そこで、事の次第を話したという訳である。 「自動車部って言っても、私、もう文芸部に所属しているのですが?」 凛とした声でそう言ったのは未緒だった。 「わ、私だって!」 そう言って続いたのは望だった。言うまでもなく、彼女は水泳部である。 きらめき高校では、クラブの入退部は基本的には自由である。(同じ部に一学年で、 2回は入れない)だが、クラブの重複は認められていない。 未緒が心配したのは、正にそこだった。 頭を掻きながら京間が答える。 「だからレンタルなんだって。 籍は元の部のままだが、一定期間、自動車部で活動する事になるわけだ」 「それでなければ、活動は認めないと?」 公は皮肉まじりの口調で、京間に言った。 「はっきりとそう言われたわけじゃないけど、まあ近いよな。どうだ。やれるか?」 公は、親指を立てた拳を突き出し、力強く言った。 「まあ、まあ任せてよ」 「そうだよな。かえってその方がすっきりするよな」 公の首に片手を回し、笑いながらそう言ったのは好雄だった。 好雄はさらに続ける。 「まあ、いいじゃない。これで堂々と学校で話が出来るんだから。なんでも、いい方に とろうぜ」 明るくそう言った好雄のおかげか、その場の空気が軽くなった。 「ああ、お兄ちゃんたらぁ、こんなとこにいるしぃ!」 そんなところにやって来たのは、やや濃いめの茶色の髪を、ポニーテールにした女子 生徒だった。 制服胸の名札から、公達の一学年下、2年生だということが判る。 「優美、何しに来たんだ? こんなところへ?」 そう答えたのは好雄だった。好雄に”優美”と言われた少女、フルネームは、早乙女 優美と言う。 彼女は好雄の妹であり、そう言われてみれば、その髪は好雄と共通の色だった。 そんな好雄の問いに優美は答えず、公に向かって頭を下げる。 「こんにちは、公先輩」 「あ、ああ、こんにちは、優美ちゃん」 公が口ごもりながら答える。(その理由は、まあ、いろいろ) 「ところで、どうしたの優美ちゃん?」 気を取り直して聞いた公の質問に、優美は素直に答える。 「はい、優美、聞いたんです。鈴鹿4時間耐久レースに公先輩が出るって話し」 「それ、誰に聞い・・・」 誰に聞いたか? そう聞こうとしたが、公にはそれがすぐに判った。 「好雄・・・お前だな? 昨日の今日だぞ、もう喋ったのか?」 照れくさそうに好雄が答える。 「いやあ、早速、家で本なんかを調べているところを、優美に見つかってさ。 それでね」 「公先輩、優美にもお手伝いさせてください」 「ちょ、ちょっと待ってよ。ええと、優美ちゃんだっけ?」 そこに望が割り込んだ。 公との付き合いで、好雄は知ってはいたが、その妹の優美 とは面識がなかった。 いきなり、手伝うと言われても、対処に困ってしまう。 「あのね、手伝ってもらえるというのは嬉しいけど、なかなか、難しいんだよ。 その辺りのこと、考えてくれたかな?」 「はい」 気を使って言葉を選んだ望の言葉にも、優美はあっさりと、そう答えた。 そこに好雄がフォローを入れる。 「あの、清川さん。実のところ、優美は俺より、車関係は詳しいんですよ。 今回の事を優美に話したのも、優美に聞きたい事があったからなんだよ」 「それでも、実際、何をしてもらえるのかなぁ?」 困惑の表情の望に、優美は向き直る。 「清川さんですね。はじめまして、早乙女優美です。 優美、勉強します。なんでもやりますから、お手伝いさせてください」 固い決意を表す優美の表情に、望の心の中で、一つの仮定が生まれた。 『ひょっとして、この娘も・・・?』 結果的に、それは正しい仮定だった。だが、だからと言って、無下に断ることは気が ひけた。 そんな、望に公が言った。 「いいじゃない、やってもらおうよ、清川さん。 優美ちゃんは頑張りやさんで、覚えも早いから、きっと戦力になるよ」 公のその声に優美が照れる。 「えへへっ、そう言ってくれると、優美、嬉しいなあ」 もう、こうなっては決定したようなものだ。望は内心頭を抱えたが、にっこりと微笑 んで優美に言った。 「それじゃあ、優美ちゃん。これからよろしくね」 「はいです」 望と優美が握手を交わし、その姿を公達が見守っているその背後から別の声が上がっ た。 「私も、この話に加えてもらえるかしら?」 「・・・詩織」 その声に振り返った公の視線の先には、詩織が立っていたのだ。 「藤崎さん・・・」 そう言ったきり、言葉に詰まった望に対して、詩織が微笑みながら言った。 「ね、いいでしょ。清川さん?」 「・・・断っても、無駄でしょ? ね、藤崎さん?」 望も微笑んで答えたのだが、まわりの人間は、その二人の間に、極小の熱帯低気圧が 発生したような気がした。 (約一名、例外がいるのだが、それをここで言うのは蛇足でしょう) 自動車部の発足と、その目標が正式に発表された以後、公と望の人員確保の苦労は、 激減した。 逆に、入部(?)を断る人間もいたほどだった。 そして、ある日の午後、仮設の部室としてたてられたプレハブで、未緒は一枚の書類 を書き上げた。 「これで良いと思いますが」 「どれどれ・・・」 その紙を京間が受け取り、望、公、そして、優美や好雄が覗き込む。 その紙には、「きらめき高校自動車部人員配置」と言うタイトルがつけられており、 以下のように記されていた。 顧問 監督 京間 郡司 ライダー 清川 望(水泳部レンタル移籍) 同上 主人 公 メカニック 栗田 正一(外部指導) 同上 藤崎 詩織(テニス部レンタル移籍) 同上 早乙女 好雄 同上 早乙女 優美(バスケット部レンタル移籍) マネージメント 如月 未緒(文芸部レンタル移籍) 同上 美樹原 愛 同上 虹野 沙希(サッカー部レンタル移籍) 広報 朝日奈 夕子 同上 鏡 魅羅 「しかし、先生も、広報とは上手いこと考えましたね」 公が感心半分、呆れ半分という口調で言った。 公の言う広報、朝日奈 夕子と鏡 魅羅は驚いたことに「キャンペーンギャル」を希望 してきたのだった。そして、断っても、両名とも、なかなか引き下がらなかったのだ。 そこで、京間は広報という役職を考えたのだ。 「高校生チームとなれば、マスコミ等から多少の注目は浴びるだろうから、彼女達に引 き受けてもらおうじゃないの」 という事だったのだ。正直言って、この時点で京間はこの二人に多くのものを期待し ていなかったのだ。 ところがである。 夕子は人間関係の調節に、魅羅はチームの細かな実務、洗濯やら整理といったもの、 それぞれに(意外と言っては失礼だが)目を見張る能力を発揮し、チームにとって、な くてはならない人員になっていった。 その事は京間達にとって、嬉しい誤算となるのだが、それはまた、後程の話である。 ともかく、こうしてチームの概要は決まった。 「あとは・・・」 「テストだね」 結奈の元に行っていたRZが戻ってくるのは、明後日となっていた。
to be continue RZM「7」 SS RZM(7)298-Line 第7回 「シェイクダウン」 伊集院スーパースペシャルサーキット、通称きらめきサーキットはきらめき市の郊外 に新設されていた。 元々は伊集院家の施設なのだが、一般に開放されているのである。 ゴールデンウイークのある一日、「きらめき高校自動車部」の一同はそのパドックに 顔をそろえていた。 正確に言うと、望と栗田の顔が見えない。 二人は、今、RZを軽トラックに乗せここに来る途中なのだ。 科学部の結奈に頼んであったエンジンのチューンアップが終わり、RZにセッティン グをして持ってくるのである。 いわばエンジンのシェイクダウンテストである。 エンジンの改造が予定より遅れ今朝出来たばかりなので、ぶっつけ本番のシェイク ダウンテストとなる。 「なんだか、箱庭みたいなサーキットだなあ」 コースレイアウト図とコースを見比べながら公が言った。 「雰囲気としては、岡山のTIサーキットに似ているな」 それに京間が答える。 「ちょっち、私にも見せてよー」 そう言って、公が見ていたレイアウト図を夕子が取り上げる。 「ふーーん、こうなってるのかあ」 _______________________________________ 伊集院スーパースペシャルサーキット ●●●● 全長 3.879km ● ● 最狭コース幅 10.7m ● ●バ (インフィールド ● ●ッ(アウトフィールド セクション) ● ●ク セクション) S字コーナー→ ● ●ス ● ●ト ナイフエッジ→ ●●●●●● ●レ ● ●| ● ●ト ● ● ● ●●←シケイン ●●●● ●●● ● ● ● ●←ヘアピン ● ● ●●●●●● ● ● ● ● ホームストレート ←| ● ←最終コーナー レイコーナー→ ●●●●●●●●●●●●●●●●● メインスタンド _______________________________________ 「ほーーんと、小さいとこだね」 そう言った夕子に、京間が笑いながら言った。 「これでもFIAの基準を満たしていて、F1グランプリが開催できる国際サーキット なんだそうだ。 基準すれすれらしいんだけど、文句はつけようがないらしい」 「えーー!? ほんとに?」 そう驚いたのは優美だった。実は彼女のF1の知識は相当なものなのだ。 (ちなみに、ミカ ハッキネンのファンらしい) 「おい、公。本当にお前こんなとこ走るのか?」 一連の会話を聞いていた好雄が、公に聞いた。 「うん。ちょっと不安になってきたけど・・・」 「もう、何言ってるの、公くん。ここまで来たら根性で乗り切るしかないわよ」 不安な気持ちを抑えきれない公を、沙希が励ます。 「そ、そうだね。頑張るよ」 公はそう言ってうなずいた。 そのころ、公の後方にあるカーテンが閉められたワンボックス車の中では、行動し やすいようにと、詩織が髪を後ろで束ねていた。 今、彼女と、すでに表にいる優美、好雄の3人は、真新しい白いつなぎの作業服を着 ていた。 おしゃれとはとても言えない服だったが、詩織が着るとなかなか格好よく見えるか ら、不思議である。 「サイズはいいみたいね。ほつれなどもないようだし・・・。でも、意外ね。藤崎さんと 機械という取り合わせは」 詩織が服を着るのを手伝っていた魅羅が言った。 優美のつなぎのサイズが極端に合わなかったので、彼女はその手直しをしたのだ。 そして念のため、詩織が着るのも手伝ったのである。 「え? そうかしら?」 魅羅の言葉に、詩織は表面的には落ち着いて答える。だが、魅羅はすべてを見切った ような表情で、平然と言った。 「まあ、訳は聞かないでおくわね」 「鏡さんこそ、こういう部活動に参加するの、意外よ」 詩織にしてみれば、それはささやかな反撃だったのだが、魅羅はさも当然といったよ うに答える。 「私の美しさを、モータースポーツのような華やかな場所に置くのは、当たり前のこと だとは思いません? おーほっほっほ」 高らかに笑う魅羅に、詩織は右手を額に当てた。 「お、来た来た」 京間が指さした先に、白い軽トラックがやって来た。 「お待たせしました」 運転席の栗田が言った言葉に、京間が答える。 「ご苦労さまです」 「さあ、早速降ろそうぜ」 助手席から降りながら、望が言った。 「これが・・・」 降ろされるRZを見て、公が思わず言葉を漏らす。 「フルカウルがないから、まだ、市販車のビキニカウルしかつけてないけど、問題はな いはずだよ」 車の荷台から降ろされたそのRZは、新車とはとても言えないが、充分きれいになっ ており、望が大切にしてきたことがよく判った。 「メカの方はこちらに来てください」 栗田が詩織達を呼び、RZを使って整備の方法などを説明した。 「しかし、マシンは一台こっきり、予備のパーツは必要最小限のものしかなくて、おま けに初心者揃い。 絵に描いたような貧乏チームだなあ」 そんな光景を見ながら、自分がそのチームの監督だということを忘れているかのよう に京間が言った。 「いいじゃない。私、こう言うの好きよ」 望が苦笑いを浮かべながら、反論した。もっとも、 「俺も嫌いだなんて、言ってないぜ」 と、京間が答えたのには、呆れてしまったのだが。 「先生」 「おう、如月さんか? 何?」 京間の背中から、未緒が声をかけた。その未緒の脇には愛も立っていた。 「マシンが来ましたから、出走許可をお願いしてきますので、先生も来てください」 「おう、そうだな。 清川さん、主人」(男は呼び捨てかい?) 「はい」 二人の返事は同時だった。 「出走許可をもらってくる間に準備しておけよ。時間はあまりないんだからな」 「はい」 二人がまたもや同時にそう答えると、京間は未緒と愛を連れて、コントロールタワー へと向かった。 「でも、なんで美樹原さんまで行く訳?」 公が半ば独り言のように言った言葉に、望が答える。 「如月さんは、自分が体が弱いことを知っているから、もしもの時には、美樹原さんに 自分の代役をしてもらうことを考えているんだよ。 やっぱり、彼女はすごいよね。そこまでちゃんと考えているんだもん」 「そうだね」 望は心底感心したような台詞に、公が相づちを打つ。 そんな公の姿を見て、望が言った。 「それにしても、結構似合ってるね。そのスーツ」 「そ、そうかな?」 望が言ったのは、公が着ているライディングスーツのことだった。 公は、事が決まってから、ライディングスーツを専門店に注文した。 白地にグリーンのKという字が背中にデザインされたそれは、その店の特徴の物 だった。(クシタニだね) 決して安いものではなかったが、バイクを買うためのバイトをしたりして貯めてきた 貯金が役に立った。 公がそのスーツを注文したことを望に告げた時、それが望と全く同じデザインだった ので、望は言ったものだ。 「なんで、わざわざ同じ物にしたの?」 そんな望に、公はこう答えた。 「いやあ、清川さんが着てるのを見て『かっこいいなあ』と思ったし、Kは、公のKに なるだろ? カタログ見た時に速攻で注文しちゃったよ」 ”かっこいい”と言われるのは少々複雑だったが、それでも嬉しかったので、望は照 れ隠しのために公の背中を思いっ切りひっぱたいた。 「あの時は痛かったなあ。家に帰って見たら、背中に紅葉が出来てたもん」 その事を思い出して、公が言った。 「ご、ごめん」 「そんな、謝らないでよ」 そんなたわいのない会話は、二人をリラックスさせた。 「・・・ともかく、今日はテストなんだから気楽に行こうね」 それでも、表情を引き締めそう言った望に、公はうなずく。 「そうだね」 練習走行が始まった。まず、最初は望が乗る事になった。 2サイクルエンジンが、アイドリングの排気煙を上げる中、望がシートに跨る。 「虹野さん、とにかくラップタイムだけ取っておいてね」 「はい」 「望さん、テストなんですからあまり回さないようにしてくださいよ」 「判ってるわよ、栗田さん。・・・でも」 「全開にしなければ、テストの意味がない。ですね?」 意地の悪い笑みを浮かべて栗田がそう言ったのには、望も首を横に振る。 「もう栗田さんは、なんでもお見通しだからなあ」 フルフェイスヘルメットの下で、望は苦笑いを浮かべていた。 「清川さん気をつけて」 公の声にウインクで答え、望はシールドを下ろした。 スロットルを開け、ギアを一速に入れ、クラッチを素早くミートさせると、RZはヤ マハ2サイクル独特の排気音を残し、ピットを後にしていった。 「あーあ、行っちゃった」 何故だか残念そうに優美がそう言うと、京間は手を叩きながら命令を下す。 「今だって、やることは有るんだぞ。ともかく言われた通りに、一周ごとのラップを取 り、それをボードで知らせる事。いいね?」 「はい!」 「主人」 「はい?」 「お前は見える範囲だけでいいから、清川さんの走行ラインを見ていろ。 参考になるぞ」 「はい」 てきぱきと命令を下す京間に、公達の彼を見る目が変わった。 そんなピットに、白衣(!?)を着た一人の少女が入ってきた。 「あれえ、ユイナじゃないの? どうしたの?」 夕子がそう言って、彼女、結奈を呼び止める。きらめき高校には多数の生徒がいるが 彼女のことを、気安く呼び捨てにするのは、夕子ただ一人である。 最初の頃は訂正を求めた結奈だったが、今ではすっかりあきらめていた。 「自分の改造したエンジンが、どうなっているのか知りたくてね」 「へー、珍しいじゃん。自信家のユイナがそんな事言うなんて」 夕子が変に感心したような声を上げる。 「あのエンジンには失望したからよ」 その言葉に反応したのは、端で聞いていた京間だった。 「それは、聞き捨てならないな。君が失望したエンジンを、君は供給したのかい?」 「間違えないでちょうだい。私が言っているのは、私が計算した通りの出力が出なかっ たと言う事よ」 京間の表情に厳しい物が加わる。 「だから?」 「あのエンジンは、私が計算した以上の出力を出したのよ。 つまり、ヤマハ技術陣の勝ち、私の負けよ。これが失望でなくてなんだというの?」 それを聞いた京間の表情が崩れる。 「それじゃあ、俺達は期待して良い訳だな?」 「さあ、それはどうかしらね?」 「それってどういう事?」 「それは、見ていれば判るわよ。ともかく私に出来ることはしておいたわ。 ここからはあなた方の番よ」 結奈はそれだけ言うと、ピットから立ち去っていった。 「なんなの、あの人?」 「さあ?」 京間の問いに、疑問で返す夕子だった。 ちょうどその頃、望の操るRZはホームストレートに帰って来ていた。 『一万一千ぐらいでMAXパワーが出るのか。これが紐緒さんの味付けなのかなあ? 意外とおとなしいのね』 タコメーターの針をちらりと見た望は、そんな事を考えていた。 『もうちょっと上のバンドが欲しいけど、今はこんなものかな?』 そんな事も考えている望のRZの背後に、一台のCBR(HONDA CBR 400R R)が迫っていた。 ホームストレートを駆け抜けるRZの音を聞いていた栗田に、好雄がたずねる。 「あのお、一つ聞きたいんですけど?」 「なんでしょう?」 「栗田さんぐらいになると、音で大体のエンジンの性能が判るって聞いたんですけど、 本当ですか?」 栗田は少し照れたように笑いながら、その質問に答える。 「そんなに大層なものではありませんが、なんとなく判ることもありますね」 「それじゃあ、あのRZはどうです?」 「そうですね。悪くはありませんが、パワーバンドに余裕がありませんね。 公くんが乗るには、少々つらい物があるかも知れません」 「そうですか・・・」 そう言われて、考え込む好雄の後ろから、声がかかった。 「栗田さん。お久しぶりです」 「おや、雅君ではありませんか?」 栗田が「雅」と呼んだのは、赤と黒のレーシングスーツを着た青年だった。 黒い髪が長い、少しばかりなよっとした感じの物腰である。 「君がここにいると言うことは、境君も来ているんですね?」 栗田がそう聞くと、雅はうなずき、笑みを浮かべながら答える。 「今、望ちゃんについて行ってるCBRがそうです」 「・・・またか?」 「ええ、その様ですねえ」 困ったような、二人の表情を見て、好雄が聞く。 「あの、お二人はお知り合いで?」 「え? ああ、この方は雅 啓介 <みやび けいすけ> 君、チーム カンザス・・・だよね? 今も」 「はい。また、今年も4耐に出ます」 「君たち、まだノービスやってるのか?」 「はい、なんせ、パートナーが勇作ですから」 「なるほど」 栗田は納得しているのだが、好雄には何の事かさっぱり判らない。 「あの、・・・話が見えないんですけど?」 そんな好雄に栗田が説明する。 「この雅君とパートナーの境 勇作<さかい ゆうさく>君はいいコンビで、耐久でもいい 成績を残すんだが、境君はむらっけがあってね」 「ああ、勝つか自爆か、ってやつですか?」 「それもあるんだが、悪い癖があってねえ」 「悪い癖?」 好雄の疑問に、雅がコースを指さして答える。 「すぐに判るよ。ほら。たく、・・・あのバカ」 その先には、今にも望のRZを捉えようとするCBRがあった。 「あ、抜く」 「左手」 ぼそっと雅が言った。 「え? あ、クラッチから離れてる?」 好雄が言ったように、境の左手がクラッチから離れ、RZに並んだところで、その 左手が、望の背中(の下)に伸びた。そして・・・。 「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」 望が悲鳴を上げる。対するそのライダー、境はその左手でVサインを作る。 「やったあ!!」 「な、なんなんです? あの人?」 ズルッと肩を落として好雄は呆然と言った。 「ああ言う奴なんだよ」 平然と雅が言った。 そして、 「あれさえなければ、いいライダーなんだがなあ」 という栗田の声が空しく響いた。 to be continue RZM「8」 SS RZM(8)290-Line 第8回 「ジキルとハイドと・・・」 |/ -- 思いがけなくお尻を触られた望は、フルフェイスのヘルメットの下で、顔を真っ赤 にしていた。 だが、その相手の背中のローマ字表記の名前、Y.SAKAI、を見た時、その赤みは怒 りから来る物に変わった。 「このスケベ! エッチ! 変態! セクハラ! 全く! いい加減にしなさいよっ!!」 聞こえるわけがないと思いつつも、望は思いっ切り怒鳴った。怒鳴らずにはいられな かったのだ。 走り去っていくそんな光景を見ながら、境のパートナー雅は呆れたように、ぽつり と言った。 「好きな娘にちょっかいを出す、か。・・・あいつは小学生か?」 そんな雅とは対照的に、栗田が好雄に言った。 「好雄くん、ひょっとしたら忙しくなりそうですよ。ピットの準備をしておきましょ う」 「え? どういう事です?」 「望さんも、ああなってしまうと、火がついてしまいがちですから、万が一を考えませ んと」 「危険なんですか?」 心配げな好雄の表情に、栗田は笑みを浮かべる。 「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。 望さんもそのあたりは判っていますから、万が一、という事です」 「はい」 ピットで準備が進められている中、望のRZは境のCBRの後ろにつく。 「もう、絶対に抜く!」 なんでそうなるのか判らないのだが、望はそう自分に言い聞かせた。 (これが体育会系なのか?) だが、周回を重ねても、そのわずかな差を埋めることが出来ない。 ヘアピンからナイフエッジ、そしてS字コーナー、ぴったりとくっつくものの、抜き 返すことは出来ないでいた。 ここまで最新型のマシンと互角に戦えるだけの戦闘力を持っていることだけでも、 充分驚くべきことなのだが、望はつい思ってしまう。 『ああ、もう。あともう少しパワーがあれば抜けるのに』 S字の立ち上がり、バックストレートにの差し掛かった時、それが無意識の内にスロ ットルを開ける右手にオーバーアクションを強いる。 「どわわわ!!」 その瞬間、突然起こったRZの異変に望は焦る。 「な、何よこれ!? 紐緒さん、何をしたのよ!?」 「栗田さん、さっき言ってた余裕がないとかって、どういう事なんです?」 ストッピングボード(ピットに入って来たマシンが、前輪を当てて止まる板のこと) を片手で支えながら好雄は栗田に聞いた。 「ああ、あれですか。 あのRZは、1万1千ぐらいで最高馬力が出るようになってると思います。 しかし、それですと変速などの時、回りすぎてしまいます。 あのエンジンですと、一万1千5百ぐらいが上限でしょう」 「・・・オーバーレブ・・・ですか?」 「ええ、そうです」 「高校生じゃ、仕方がないさ」 「京間先生?」 好雄と栗田の会話に京間が割り込んできた。 「実際、ここまでチューンできるだけでも大したものなんだが、少々、最高馬力にこだ わりすぎたようだな。 ま、上々の部類に入るんじゃないか?」 京間の言い方にはいやみと言ったものはなく、心底そう思っているのものに聞こえ た。 「これからが勝負ですか?」 好雄の問いに、京間が笑いと共にうなずきながら答える。 「ああ、そうだね」 「先生!」 そんな会話をしていた京間を呼んだ声は、沙希のものだった。 「清川さんが帰って来ません!!」 『な、なんだあれ?』 バックストレートを終えシケインに差し掛かる頃、CBRに乗った境は、望のRZ におきた異変に、首をひねった。 望のRZは、バックストレートの立ち上がりで、突然前輪をはね上げた(!?)かと 思うと、そのまま境のCBRを抜き去り、猛烈な加速で、・・・シケインに突っ込んだ。 正確に言うと、止まりきれずに旧コースであるシケイン奥のアスファルトで、よう やく止まったと言うべきであろうか。 『大丈夫かな?』 そう思い、望に声をかけようとした境だったが、 <先に行って> という意味で、コースの先を示す望の右手を見て、しぶしぶコースに戻った。 『せっかくのチャンスだったかも知れないのになあ』 そんな事を思いながら・・・。 シケイン奥で、望はヘルメットのシールドを上げ、タコメーターを見ながら思った。 『紐緒さん、とんでもないエンジンに仕上げてくれたわね! これ、1万1千で最高出力なんかじゃない。そっから上が、天井知らずなんだ!! RZが2重人格ってのは有名だけど、・・・これ、3重人格エンジンなんだぁ!!』 前の周、望がピット前を通過してから、すでに3分以上経過していた。 大体のラップタイムが、1分41秒前後だから遅すぎる。 沙希の手の中で、動きを止めないストップウオッチを見ながら、京間の心に不安がよ ぎる。 『こけたか?』 最悪の仮定に京間が行き着いた時、公が叫んだ。 「あ! 来た!! 清川さんだ!!」 公の言う通り、望の乗ったRZがピット前を走り抜けていった。 その通り過ぎる時、望は左手でピットを指さした。 <ピットインする> と言うサインだった。 「清川さん、次の周入ってくるわよ!」 そう言った詩織の声にピットが緊張した。 その中にあって、京間は栗田にそっと聞いた。 「栗田さん?」 「先生も、気が付かれましたか?」 「・・・ええ、やってくれましたよ。紐緒って生徒は」 「何の事です? 先生?」 そう言った好雄の声に栗田が答える。 「恐らく、あのRZのエンジンは一万5千から6千まで回ります。 そして、出力は70馬力ほど・・・。 材質も相当に考えたのでしょうね。 とんでもないエンジンですよ」 「2サイクルの250CCでですか!? そんな、むちゃくちゃですよ!」 好雄の反論に、京間が答える。 「エンジンの馬力を上げるには、いくつか方法があるが、多分、紐緒さんはこれを やったのさ」 「これって?」 「燃焼室の形状を変えたのさ」(ひえーーーーー!!) 断言した京間だったが、好雄はにわかには信じられなかった。 「ちょ、ちょっと待ってください! 燃焼室の形状を変えた、って言ったって、あれはもうスーパーコンピューターの世界 ですよ!? そりゃあ、パソコンぐらいは使ったでしょうけど、たかがパソコンぐらい で計算できると思いますか!?」 好雄の疑問はもっともだが、京間は平然と続けた。 「俺達の大学が8耐に優勝した時だって、スーパーコンピューターはおろか、パソコン 一台なかった。 徹夜して、ピストン磨いて、軽量化でいらないところを削り落として、一つ一つ、 全て手作業だったよ。 コンピューターを否定する気はないが、まだまだ、人間にかなわない部分が多すぎ る。 結局、人間のひらめきと言うか独創力にはまだまだ追いついちゃいない。 あの紐緒さんって人、確かに天才だよ。短期間でここまでチューンナップして、今な おさらに熟成中だ。 清川さんの判断は間違っちゃいなかったよ。 レースはスポーツであって、技術開発競争ではない、とはよく言ったもんだ」 心底、感心したような表情を京間が浮かべたとき、ピットに優美の声が響き渡った。 「清川さんが入って来たよっ!! お兄ちゃんボードッ!!」 「おっといけねえ!」 慌てて好雄がボードを掲げ、望に知らせる。そのボードを望が確認したことを受け ボードを地面に立て体で支える。栗田がそれを手伝った。 そんな二人が支えているボードに前輪を当てて、望はRZを停止させる。 「どうしたの? 清川さん?」 レーシングスーツを着て、駆け寄る公に、望はシールドを上げながら叫んだ。 「このRZ、1万2千から上がはんぱじゃない!! 1万5千ぐらいまでは天井知らずにパワーが出るわ!!」 「代わるよ、清川さん」 「公くんじゃ、まだ無理よ。とにかくめちゃくちゃなんだから、このエンジン!」 「清川さん!」 「な、なに?」 「とにかく、一度乗らせてよ。無理はしないから」 そんな会話をしている二人に、京間が駆け寄る。 「どうした?」 「あ、先生も止めてよ! 公くんたら、こんなRZに乗るって聞かないんだ!」 「どういう事だ、主人?」 「だって俺、このRZにまだ乗ってないんだ! とにかく一度でいいから乗っておきた いんだよ」 「む、うむ」 京間は唸った。確かに、公の言う事も一理ある。 望はともかく、公は経験というものが皆無と言っていいほどない。 少しでもマシンに慣れるという事は、重要なことだ。 「よし、判った。だが、無理はするなよ。タイムなんか気にするな、ゆっくり走れ! いいな!」 「はい!」 「ちょっと!先生まで!」 「乗せて上げなよ、清川さん。主人だって不安なんだ。一度も乗ってないって事は」 「・・・判ったわ。・・・公くん!」 「なに? 清川さん?」 「とにかく、ホームストレートとバックストレート以外じゃ、アクセル開けちゃ駄目 よ! タイヤも、ブレーキも、全然追いつかないんだからね!」 「判った!」 怒鳴るようにそう答え、公がRZに乗ろうとした。 だが、燃料を補給していた詩織が戸惑った表情とともに言った。 「先生。16リッター入っちゃいました・・・」 「なに? 虹野さん、今、何周した?」 京間にそう言われて、沙希は手元のボードのラップ数を数える。 「えーーと、16周です」 「16周でか!?」 「1リッター、4km弱ですね」 未緒の冷静な声と、信じられないような事実によって、その場にいた者はお互いの視 線を交互に交わしあう。 「馬力が出るはずですね」 変に感心したように栗田が言った。 「とにかく、行きます。テストをしなきゃいけないんでしょ?」 「気をつけろよ」 京間の声に公はうなずき、RZに乗る。 「行きまーす!!」 (実は、前々から公は、これをやりたかったらしい・・・) そして、注意深くクラッチをつなぎRZはピットを飛び出して行った。 その姿が見えなくなって、ようやく望はヘルメットを脱ぎ、椅子に腰を下ろす。 「ありゃ、ゼロヨンマシンよ」 ぐったりとした声で、望は言った。 「そんなにすごいの?」 そう聞いてきたのは優美だった。 「ここのアウトフィールドだけだったらGPマシンにだって勝てるわ。 でも鈴鹿じゃなあ・・・」 がっくりとうなだれる望だった。 「あの・・・」 そんな望に声をかけたのは愛だった。 「なあに、美樹原さん?」 「一つ、聞きたいんですけど、今、何が問題なんですか?」 望は内心で肩を落としたが、そう言う美樹原に手伝ってもらってるから、こうしてい られるのだ。 それを知ってる望は、ゆっくりと説明する。 「マシンってのはバランスなのよ。エンジンの馬力が上がれば、それに見合ったブレー キ、タイヤ、フレームなんかが欲しくなるのよ。 あのRZは、エンジンだけがずば抜けていて、他は全く追いついてないの。 判るわよね?」 「はい」 コクリと美樹原はうなずく。 「耐久って言うぐらいだから、マシンは長持ちしてくれなきゃ困るのよ。 あれだけの馬力を支えるとなると、タイヤの消耗もばかにはならない。燃費だって、 もっと直さないと話にならないわ」 「清川さん・・・?」 愛に説明してるはずが、いつの間にか、自分に言い聞かせるようになってしまった望 に、愛は戸惑う。 そんな所に京間が割り込んで来て、望と愛に言った。 「それだけじゃないぞ。 あんな勢いでぶん回したら、エンジンそのものが持たない。 短時間に効率よく回すのなら、2サイクルの方が効率はいい。 あんな調子で4サイクルエンジンを回せば、簡単にバルブがやられっちまうが、 2サイクルにはそんなめんどくさい物はない。 だが、そんな2サイクルでも、いくらなんでも4時間は持たないよ。 プラグかピストンか? ま、俺はピストンと見るがね」 「先生?」 不安げに顔を上げた望に、京間は笑って答える。 「まあ、何にしても、うちには換えのマシンもなけりゃ換えるエンジンもない。 じっくり手を加えていこう。 それしかないんだから」 「はい」 望達がそう答えるのを聞いて、京間はうなずいた。 そのピット前を、RZが通過していった。 「虹野さん、タイムは?」 「えっとぉ、1分51秒34です」 「なに?」 京間が驚いた表情を浮かべる。 同じような表情で望も立ち上がった。 「虹野さん、ほんとに?」 そうたずねた望に、うなずきながら沙希は答える。 「はい、間違いありません」 望と京間、そして栗田が互いの視線を交差させる。 「あの、何かまずいんですか? 公くん、そこそこ速く走っているようですけど?」 詩織の質問に、京間が答える。 「速すぎるんだよ」 「え?」 「公くんは、本格的なレーサーに乗るのは初めてなんだ。 それが、いきなりこんなタイムを出すなんて、なかなかない事なんだよ。 普通はそのスピード感覚に戸惑って、アクセル開けられないものなんだ」 望に栗田が続いた。 「スピード感覚が優れているのか、それとも何も感じてないのか? いずれにしても 望さん」 「はい?」 「主人君という子、彼はひょとしたら、かなりの才能を秘めているのかもしれません ね」 望は声も出さずにうなずいた。そこに京間の声が重なる。 「だが、そうなったら、そうなったで心配だ。主人がアクセルを開けきれないと踏んだ から乗るのを許したんだが、こうなると問題だな」 「問題?」 愛がまるで独り言のように言った。 「あのRZはもろ刃の剣だ。一歩間違うと危険なんだよ」 それを受けた京間に、好雄が答える。 「大丈夫なんじゃないですか? 公だって馬鹿じゃないんだし、そこまで開けないと思 います」 京間は首を振る。 「ライダーってのはね、エンジンに上の領域があれば、踏み込みたくなってしまうんだ よ。今の主人は、そうなってきているかも知れん」 緊張の面持ちの京間の前を、公の乗るRZが走り抜けて行った。 「うわわあああああああああああああ ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁ」 (ドップラー効果) 公の叫び声とともに、前輪をはね上げながら・・・。 「たーーー! やっぱりあいつもライダーだったか!」 京間は頭を抱えた。 栗田が困ったような顔で、望に言った。 「とにかくピットインさせましょう。このままでは死んでしまいかねません」 「え、ええ、そうだね」 残念そうな顔をした望に、栗田は笑って付け加えた。 「大丈夫ですよ。なかなか、素性はいい物を持っていますから」 それが、エンジンのことなのか、公のことなのか? 望には判らなかった。 to be continue RZM「9」 SS RZM(9)272-Line 第9回 「トラブル」 「きらめき高校自動車部」はRZの熟成を、順調、とは言えないもののなんとか進め ていた。 それは、きらめきサーキットでのテスト走行であったり、クローズドレース(非公式 なレースのことで、主にレーシングチーム内や仲間内だけで行う。雑誌等が主催するこ ともある)に出場したりという事で進めていた。 そして、その経験などは望達に、 「何とかできるんじゃないか」 という、おぼろげな自信のような物を芽生えさせていた。 そんな毎日が続き、梅雨入りも近づいたある日。 校舎裏を歩く二人の男子生徒が、会話を交わしていた。 「見たか? 自動車部に入った藤崎さん。 油まみれになってバイクの整備してるんだぜ。 ちょっと、想像つかない姿だったな あ」 「ああ、俺もそう思ったよ。正直言って驚いちゃったな」 「まあ、ショックと言えばショックなんだけど・・・でも、なんか、輝いてるって言うか、 綺麗に見えたんだよ、これが」 「お前もか? 実は俺もそう思っていたんだよ。 やっぱり藤崎さんだなあって思っちゃたぜ」 (おいおい、お前たち。それじゃ、優美ちゃんの立場は?) そんな会話が校内のあちこちで交わされるように、自動車部という存在は、その生い 立ちや特殊性などからある程度注目を集める存在になっていた。 その詩織は、優美、好雄と共に自動車部の部室の前で、栗田の指導の元、RZの整備 をしていた。 「ええ、そうです。ねじ山がつぶれてしまいますから、緩くなったら指で回してくださ い」 栗田の声に詩織が答える。 「はい」 「はい、そのまま抜いてください」 「栗田さーーん。オイル持ってきましたよーー!」 オイル缶を持ってきた優美が栗田に尋ねる。 「はい、そこに置いてください」 栗田に指示された優美が缶をおきながら、その脇でボーーっとしている(ように見え た)好雄に言った。 「お兄ちゃん! 何ボーーっとしてるのよ!!」 優美の言葉に、好雄は校舎に遮られ直接見ることのできないグラウンドを顎で指し示 しながら、つくづくホッとしたという口調で言った。 「やーー、正直言って公をうらやましいと思ったんだけどな。ああいうのを見るとライ ダーじゃなくて良かったって思っていたんだ」 「もう、お兄ちゃんの根性なし!!」 優美はそう言ったものの、好雄の気持ちも解らないではなかった。 その頃、そのグラウンドを眺められる土手の上で、夕子と魅羅が会話を交わしてい た。 呆れたような表情で魅羅が言った。 「ねえ、自動車部っていつから陸上部になったのかしら?」 「さあ、私に判るわけないっしょ」 苦笑いを浮かべながら夕子が答えた。 二人がそう言うにはもちろん理由がある。 複数の運動部に混じって、望と公はグラウンドを走っていた。 「がんばって、ラスト一周よ!」 そう叫ぶ沙希の声に公はうなずいたが、その息は上がりっぱなしだった。 その脇を走る望も、公ほどではないが疲労した表情となっている。 そして、二人は沙希のこの声を聞いた時、同時に思った。 『あと、一周が長いんだ』 ・・・トラックではない。グラウンド自体の外周を回っているのである。 そこには凸凹があったり坂があったりで、どちらかと言うとクロスカントリーに近い ものがあった。 鈴鹿の夏の暑さを乗り切るため、二人は体力造りの真っ最中というわけである。 『自動車部って言ったって、自分の足で走ってばっかり』 ・・・公がそう思うのも無理はない。 計算してみるまでもなく、RZに乗っている時間より、自分の足で走っている時間の 方がはるかに長い。 夕子や魅羅が「陸上部」と言うのももっともではある。 それは単調な苦しいメニューだったが、 『清川さんに見合ったパートナーになるんだ』 という、公の強い意志が公自身を支えているかのように、そのメニューをこなしてい ったのである。 そして、望だ。 彼女は50kmを自分の足で走れるほどの体力はあるが、それでも、それに備えて体調 を整えるという意味もあって、一緒に走っていた。 まあ、名目上ではある。 決して彼女は認めてないが、クラブ時間中に彼女が公といる時間を多くとっているこ とは明白な事実だった。 他の者の中には(名は秘す(笑))不満をあからさまではないにしろ、表情に浮かべた 者もいた。 それに対する、望の 「パートナーなんだから、息が合わないとまずいだろ?」 という余裕さえ感じさせる言葉に、小さく歯ぎしりする者さえいた。 (再び名は秘す)。 そんな事があったりしたのだが、ともかく、公の体力造りのメニューには必ずと言っ ていいほど望がそばに付いていた。 「ぜえ、ぜえ、ぜえ・・・ぜえ」 両膝に上半身の体重を乗せるように両手を乗せ、公は絵に描いたような(?)荒い息 をはいていた。 定められた距離を走り終えたのである。 「お疲れさま。ハイ、タオル」 沙希が差し出したタオルを受け取り、望は答える。 「ありがとう」 望の答えは、荒い息の中でもしっかりとしたものだった。望にタオルを手渡した後、 沙希は”両手で”公にタオルを差し出した。(無意識なんだと思うんだけど) 「ハイ、公くん」 「・・・はあ、はあ、・・・ありが・・・とう」 それに比べて、公の返事は聞き取ることが難しいほどだった。 「なんだ、なんだ。公くん、息も絶え絶えじゃん」 大きめのタオルを両手で扇ぎ、公と望、二人に風を送りながら夕子が言った。 その姿は、横にいた魅羅に、 『朝日奈さんがこんな事を自分から進んでするなんて、意外だわ』 と思わせた。 「そんな事言うけど、・・・大変なんだよ・・・朝日奈さん・・・」 公が必死に息を整えながら夕子に答える。 そんな会話の中、魅羅がビニールシートを引きながら、公に言った 「それは判ったから、ともかく、ここに腰を下ろしなさい。 マッサージして上げるから」 「へ?」 公が(いや、この場にいた全員なのだが)はとが豆鉄砲食らったような表情を浮かべ た。 「早くしなさい。足をほぐさないと痙攣するかもしれなくてよ」 ぴしゃりと言った魅羅に公は慌てる。 「は、はい」 腰を下ろした公の足を取りマッサージを始めた魅羅に、今度は夕子が心の中で驚嘆の 声を上げる。 『ミ、ミラが、こんな事するなんて・・・明日は雨だわ』 (お互い相手の事をどう思ってるんだろう?) 「あ、あの、私は?」 自分を指さしながら聞いた望に、魅羅は思い出したように言った。 「・・・ああ、そうね。 虹野さんにやってもらったら?」 その声に望と沙希は顔を見合わせる。 「・・・じゃあ、お願いしようかな。虹野さん」 「ええ、いいわよ」 二人はそんな言葉を交わしたのだが、二人は内心同時に、 『その手があったか!』 と思っていた(笑)。 ともかく、魅羅に足のマッサージをされ、夕子に風を送られ、そばに望が座るとい う、考えてみれば天国のような(極楽、ハーレム、パラダイス、酒池肉林?・・・まあ、 そんな、うらやましい)状況に公はいるのだが、そのありがたみを、公は実感・・・して いなかった。(そういうのは無理なのか?) しばしの後、望が言った。 「次は腕立て伏せに、腹筋、そしてネックブリッジだな」 「あああーーー!!」 その声に、身体から力が抜けたように公が仰向けに寝ころんだ。 (・・・まあ、それほどうらやましいとは言えないかもしれない) 「それにしても公の奴、なんだかんだ言っても清川さんに付いていけるようになっちま うんだから、実際大したもんだよ」 RZのタンクににオイルを入れながら、好雄は感心したように言った。 「そうだよねぇ」 優美がそれに応えた。 そして詩織は、と言うと、その脇でレンチを右手で持ち、左手の手のひらに軽く打ち つけながら考え事をしていた。 『なによ、清川さんったら、トレーニングと称してずっとそばにいるなんて考えが見え 見えじゃない。 公くんも公くんよ。そんなに四六時中一緒にいなくたっていいじゃない。 私だって、一所懸命勉強して公くんの役に立ちたいと思ってるのに、いつもいつも、 清川さんについているんだもん。 でも、今度の日曜日のクローズドレースは、ピット作業が重要だって言うし、その時 ばっちり決めればいいのよね。 よーーし、頑張らなくっちゃ。頑張って、公くんにいい成績残してもらおう。 それで、公くんに ”詩織のおかげでいい成績が残せたよ” なんて言われちゃって、その後、・・・やっだ、やだ、私ったら何を考えているのかし ら?』 自分の頭の上に浮かんだ目に見えない空想の雲をレンチで追い払う詩織だった。 レンチを振り回しながらも、詩織の顔がにやけているのを見て、優美と好雄は思うの だった。 『藤崎さんが、・・・壊れていく・・・』 「あ、めまいが」 「ああ、如月さん、しっかりしてえ!」 か細い愛の声が聞こえてきた。 (おいおい、お前らなあ) 詩織の言ったクローズドレースは、きらめき市に本部を持つレーシングチームが主催 したもので、望がつてをたどって出場を取りつけたものだった。 「仲間内だけのレースで、みんな同じノービスです。 勝ち負けにはあまりこだわらず、楽しくやりましょう。 まあ、ノービスといっても、昨日ライセンスを取ったような、どノービスからスーパ ーバイクを操っちゃうようなライセンス保持者真っ青の人までいろいろですが、くれぐ れもケガなどがないようにしましょう」 きらめきサーキットのパドックで、一人の中年の男性が50人ほどの人間を前にして 話をしていた。 言ってしまえばお遊びレース。通称どん亀レースである。 マシンの規定もなければ、厳しい参加資格もないレースで、スターティンググリッド 等はくじ引きだったりする。 それでもレースの経験になるのは間違いないので、公がライダーとして出場する事に なったのである。 きらめき高校自動車部のメンバーは全部で8人、公、望、詩織、好雄、優美、沙希、 夕子そして京間である。 「ピット作業の準備をしてるチーム少ないけど、なんで?」 優美の声に望が答える。 「ナンバーをとってないバイク、つまりサーキット用レーサーは最低一回10秒以上の ピットインが義務づけられてるの。詰まりハンデだよ、性能差がありすぎるからね」 「たった10周で?」 詩織の声に望がうなずく。 「サーキット用レーサーには最初、ガソリンを2リットルしか入れられないのよ。だか らピットインが重要だって言ったの」 京間が苦笑いを浮かべながら言う。 「勝ちにいってるの?」 「当たり前でしょ」 それを聞いて、公はめまいのような物を覚えたのだった。 「清川さーーん、冗談でしょ?」 「本気よ。・・・勝つの!」 念を押すように言った望の声に、観念したように公は頭を垂れた。 「はい」 とは言うものの、公のくじ運は最悪だったようだ。 「ひでーっ。どんけつじゃねえか」 公のRZは16台並んだマシンの一番後ろにつく事となってしまったのだ。 「いいんじゃないの? 後ろから追い込むのは公くんの得意技じゃない」 グリッドが決まった時の詩織の言葉だった。 それは一年の時後ろから数えた方が早かった公の成績が、この2年足らずの間に詩織 とトップを争うまでになっていた事を言っていたのである。 「でもなあ」 それでも自信なさそうな公の言葉に、望が右手を顔の位置に上げ、ニッコリと微笑み ながら言った。 「また、背中に紅葉つけてあげようか?」 「け、結構ですーーー!!」 慌てふためき答える公に、その場にいたメンバー全員に笑みがこぼれた。 『ま、これ以上落ちる心配はないか?』 などと開き直り、公はスタートラインに立つ緑の旗を持った人物に注意を集中させて いた。 その旗が振られたときがスタートとなるのだ。 (料金を節約するためシグナルランプが使えないのです) お遊びとは言え、高鳴るエキゾーストはサーキットに緊張を走らせる。 そして、緑の旗がひるがえる。 16のエンジンサウンドが鳴り響き、16台のマシンは第一コーナーに飛び込んでい った。 「なんとかスタート出来たみたいだな」 ピットで京間が安心したような声で言った。 それに優美が答える。 「公先輩、スタート苦手だから、スタートが上手くいって良かったな」 「まあ、問題はこれからだろうけど」 何気なく好雄が言ったことがすでに起こっているとは、そう言った好雄も思いもよら ない事だった。 公のRZは16番手(つまり最下位)を走っていた。 「わー、もうごちゃごちゃと」 全くのノーマルなマシンも参加しているのだから、本来なら簡単に抜かなければなら ないのだろうが、それが密集してるとなるとそう簡単にはいかない。 その間にも、他のサーキット用レーサーは差を広げていく。 「ともかく抜かなきゃ」 公がそう思い覚悟を決めた時、それは起こった。 RZのすぐ下のアスファルトにささやかな金属音が響き、後方に消えていったのであ る。 音自体はささやかなものだったが、そこから導き出された仮定は重大なものだった。 公は叫んだ。 「なんだ!? 何の部品が落ちたんだ!!?」 to be continue RZM「10」 SS RZM(10)274-Line 第10回 「秘めたる力」 「なんだ! 何の部品が落ちたんだ!?」 公が焦るのも無理はない。 レーサーには無駄な部品、無くても構わない部品などというものは付いていない。 その部品が落ちたとなれば、それは重大な事態になるのは間違いない。 『どうする、どうする?』 自分自身に問いかけてはみるが、すぐに答えられるはずもない。 何しろ走行している最中では、自分で確かめる事も出来ないのだから。 『ピットインするか? 今、動けるって事はしばらくは持つかもしれないって事だから、 だましだまし持っていくか・・・』 だが、その考えを公は否定した。 『何考えてんだ、俺は。大事なのは4耐だろ? もしRZ壊しちゃったらどうするんだ よ? ピットインだよ!』 そう決断した公は一周目にRZをピットレーンへと進入させた。 「え? 公くん?」 「な、なんだ?」 慌てたのはピットにいた望達だった。 予定ではピットインするのは3周目以降だったのに、1周目というのは明らかに予定 外だった。 「どうしたんだ、主人?」 そうたずねた京間に公が答える。 「どこかの部品が落っこちた! 見て!」 「わかった! 一旦降りろ。 藤崎さんは燃料入れて。好雄、スタンド立てて!」 京間の声がピットに響き渡る。 『やっかいだな』 望と京間は思った。 ”ここが”と言われればそこを見る事が出来る。だが、”どこか”がわからないので は時間がかかる。 『最悪、リタイヤかも』 望がそう思った時、優美の声が上がった。 「あ! ここだ。ここだよ!」 優美が指し示したのは右のチャンバー(排気管)だった。 チャンバーを支えるため、排気口付近でフレームにつないでいた部分のねじが抜け落 ちていたのだ。 今、右のチャンバーはエンジン部分の2本のボルトだけで支えられており、言うなれ ばそこから先は浮いているような状態だったのである。 「これか・・・、ともかく締めよう」 「はい」 不幸中の幸いと言うべきだろうか? 問題の箇所が早く見つかったため、決定的なほ どのタイムロスにはなってはいなかった。 だが、公がそれをひっくり返すには少し荷が重い。正直なところ誰もがそう思ってい た。 「ともかく出ろ! くれぐれも無理するな」 「はい!」 ピットロードを飛び出していくRZを見送り、望が独り言のように言った。 「公くん、よく気が付いたな。なかなか気が付けないと思うんだけど」 それに京間が答える。 「冷静と言うか、落ち着いていたな。でもまあ、後は気楽に走ってもらうんだな。 順位は度外視してね。 無理して走ってもしょうがない」 京間は苦笑いでそう言ったのだが、望の表情は固いものになっていた。 「本当ならそうだろうけど、きっと公くんは無理してしまうよ」 「・・・なぜ、そう思うんだ?」 「それはね。・・・後、お願いできるかな?」 「?・・・ああ、いいけど」 京間がそう答えると望は振り返り、詩織に言った。 「藤崎さん。ちょっといい?」 「・・・ええ、・・・」 そう答えた詩織の顔色はまさに蒼白と言うべき物になっていた。 パドックのはずれの物陰で、望と詩織は相対していた。 「藤崎さん、判っているのね?」 望の問いに詩織は声もなくうなずいた。 「藤崎さん、あのチャンバー、この前外したわよね?」 再び詩織がうなずき、今度は言葉を発する。 「あのねじの本締めを、私しなかったと思う。手で締めただけの緩んだ状態だったと思 うの。 ・・・ごめんなさい」 頭を下げる詩織に、望が首を振る。 「私に謝ったってしょうがないでしょ。 今は気が付いたし、それほど重要な部分でもなかったからまだよかったけど、もしこ れが重要な部分だったらどうするの!? ・・・って言ったって、藤崎さんも判ってるよね。このぐらいの事は」 しばらくの間をおいて詩織が答える。 「・・・こんな単純なミスするなんて、私自身、情けないわ」 望が首を振る。 「私が心配なのはね、これで公くんが無理をするって事よ」 「公くんが?」 「チャンバーの部分がおかしいと判ったとき、公くんの目が変わったもの。 チャンバー外したあの時、公くんそばにいたものね。公くんの事だから藤崎さんに負 担を感じさせないためにきっと無理をするわ。 自分のミスで成績が悪かったとなれば、藤崎さん気にするでしょ? なら、そう感じさせないためにいい成績を残そうって、公くん絶対無理をするわ。 それって危険なことよ」 詩織は何も言えずうつむくだけだった。 「外したものを元に戻す。なにも、そんなに難しいことじゃないはずでしょ? そんなミスで公くんが無理をして、もしものことがあったらどうするの? 公くんや私はメカニックを信頼してマシンに乗るの。 締め忘れなんて単純なミスでその信頼を崩さないで!」 「・・・・」 強い口調の望の声に、詩織は何も言い返すことが出来なかった 「私も、一緒に鈴鹿に行きたいって言う口実で、公くんを誘ったって負い目があるか ら、藤崎さんがメカニックになるというのを断れなかったけど、そんなうわついた気持 ちでいじられたらRZもかわいそうだよ。 公くんと一緒にいたいのか、それとも鈴鹿に行きたいのか。 もう一度考え直してよね。公くんと一緒にいたいだけならRZに触らないで!」 「わ、私は・・・」 そう言ったきり言葉に詰まる。答えのない詩織をそのままに、望はその場を後にし た。 後に残された詩織は唇をかみしめ、両拳を握りしめる。 そして、震える視線で足元を見つめるだけであった。 自分で自分が情けなかった。整備をしていた時、そばにいた公とつい話し込んでしま いメンテナンスが雑になってしまった。 望に言われるまでもなく、その事は判っていた。 『こんな事をしてしまって、私、もう、自動車部には居られないかもしれない』 詩織がそんな事を思ったときだった。 「しーおーりん」 自分を呼ぶ声に詩織は振り返る。 「朝日奈さん?」 そこには夕子が立っていた。普段と変わらぬ屈託のない笑顔を浮かべ、右手を振って いた。 「もう、どうしたのよん? そんな暗い顔しちゃってえ。 わがきらめき高校のアイドルしおりんに、そんな顔は似合わないよぉ」 そう言われ、詩織は夕子から顔を背ける。 それを見て夕子は「困ったなあ」と言うような表情になり、頭を掻いた。 そして詩織に歩み寄り、詩織の両肩をぽんぽんと叩いた。 「望とやり合ったんでしょ?」 一瞬ビクッとした詩織だったが、すぐに首を振る。 「やり合ったって訳じゃないの。私が悪いんだから。 ・・・私・・・もう自動車部には居られない・・・」 消え入りそうな詩織の声に、夕子は天を仰ぐ。 「あ、あのさぁ。こんな事、私が言っても信じてもらえないかもしんないけど、望って すっごくしおりんの事ほめてたんだよ」 「うそ」 「うそじゃないってぇ。 藤崎さんはすごい。 完全な初心者だったのにどんどん覚えていくから安心してRZ を任せることが出来るって言ってたもん」 「・・・本当?」 「ほんとだってばぁ。だから、締め忘れなんてミス、望だって信じられなかったと思う よ。それで余計にショックだったと思うんよ。 口ではあんなこと言ってたけどぉ、今、しおりんにやめられたらダメージ大きいよ。 ねぇ、もう一度頑張ろうよ。一緒に鈴鹿に行くんでしょ?」 そう言って微笑む夕子に詩織は聞いた。 「私も一緒に行っていいのかな?」 「あったり前じゃん。しおりんがいなかったらつまんないっしょ?」 詩織は夕子の声に勇気付けられる思いだった。 そして、ゆっくりと、だが力強くうなずいた。 (それにしても、なんで詩織がいないとつまらないんだ? 朝日奈?) 「公くんは!?」 ピットに戻った望の第一声だった。 「10番手」 沙希の声が答える。 「順位を上げた?」 「公先輩すごいですぅ。自分のタイムどんどん更新してくんです。 優美驚いちゃった」 優美が言う通り、公の乗るRZはその順位をみるみる上げていった。 それは京間も目を見張るほどの追い上げだった。 「主人には驚いたよ、清川さん。 いくらノービス同士のレースとは言え、これ程の追い上げが出来るとは思いもよらな かったよ。 清川さんはこうなることを見込んでいたわけ?」 感心したような声の京間に対して、望の声には多少なりとも不機嫌なものが混ざって いた。 「今、公くんが速いのは誰かのおかげよ」 「・・・?・・・」 望の意味不明な言葉に、他の者は首を傾げるだけだった。 そんな公のRZは、他のチームの目にも止まっていた。 「あのRZはなんじゃ?」 「勝も気が付いたか?」 「当たり前だろ、どん亀レースであんな追い上げあるか! シャレにならんぞ」 そう話し合っていたのはチーム アルゴノーツのメカニック、温田 勝(ぬくた まさ る)と坂口 大志(さかぐち たいし)の2名だった。 「あれが例のきらめき高校自動車部さ」 「清人?」 そこにもう一人の人物がやって来た。名前は市野 清人(いちの きよひと)。 ひょろっとした、やや、やせ型の若い男だった。 清人の言葉に大志が答える。 「て事は俺達と同い年か?」 「そういう事になるね」 清人がそれを認める。 「驚いたね、どうも」 これは勝の言葉である。 「4耐出るのか?清人」 「さあ、そこまでは知らないけど、出るんじゃないの?」 「あの時代遅れのRZで?」 「あのなあ勝。それを言うなら、うちだって時代遅れのVF400(HONDAVF400 F)じゃないか」 「清人ぉ、自分で言うか? お前と鈴帆ちゃんが離さないんだろ。あのVFを」 呆れ顔で言った大志の言葉に勝ものる。 「そうそう、そのおかげで俺と大志は部品自作しなきゃいけないんだぜ」 「俺も手伝ってるだろ」 「当たり前だ!タコ! お前はVFに乗るんだろ!? 手伝わなくてどうする!」 「鈴帆は手伝ってないけど・・・」 「鈴帆ちゃんは良いの」 「あれぇ?」 彼らが言う鈴帆は、フルネームを明科 鈴帆(あかしな すずほ)という女性だった。 彼等が言う通り、彼らも高校生だった。 蒼風高校と言う高校の寮「アルゴー寮」の寮生同士で息が合い、チームを結成してし まったのである。 そしてきらめき高校自動車部と同じく鈴鹿4時間耐久レースに出場する事になった。 今日はそのテストを兼ねて参加したのだ。 (もちろん、鈴鹿で絡む事になるんですが、それは後の話です) 「鈴帆ちゃん、大丈夫かな?」 「大丈夫なんじゃない?」 「清人は楽天的だからなあ」 彼等が噂をしていた鈴帆のVFは、公のRZにあっさりと抜かれた。 「な、何よ? このRZぉ!?」 遠ざかる公の背中を見て鈴帆は叫んだが、すぐに気を取り直す。 「いけない、いけない、今日はあくまでもテスト、むきになってどうするのよ?」 と言ってはみたものの、悔しいことは間違いなかった。 そして、ある事を思い出した。 「ああ、あれが清人が言っていたきらめき高校のRZか。・・・まあいいや、本当の勝負 は鈴鹿4時間耐久レースで決めようじゃない」 まるで自分に言い聞かせるように鈴帆はそう言った。 (結構、負けず嫌いのようだ) 鈴帆のVFを抜いた公は、S字の立ち上がりでRZのスロットルをさらに開け放つ。 「じゃまだ! どけ!!」 手を加えられ扱いやすくなったとは言え、別名、紐緒スペシャルと呼ばれるRZのエ ンジンは、ほんのちょっとの操作でもその秘められたポテンシャルをいかんなく発揮す る。 RZは自らの前輪を持ち上げながら、バックストレートで団子になっていた3台を、 いとも簡単にまとめてぶち抜いた。 『詩織の事だから、俺の順位が悪かったら自分のせいだって思うだろうからな。 そうさせないためにも、俺が頑張らなきゃ』 言葉ではっきりとそう言った訳ではないが、公の考えをまとめるとだいたいこういっ た感じになる。 その思いは公の能力を最大限に発揮させていた。 「望ちゃーーん、少しは手加減してよ」 きらめき高校のピットにそう言って来たのは、このレースの主催者だった。 「望ちゃんが初心者だって言うからノーマークだったんだけど、考えてみれば望ちゃん がパートナーに指名したって話なんだから、その実力は推して知るべしだったんだよな あ。 それにしても、あんな逸材、どこから見つけてきたの?」 主催者の問いに、望は首を振る。 「私だって、こんなだとは思いもしなかったよ」 「?」 それはうそやごまかしではなく、望の素直な感想だった。 結局、公はこのレースを2位として終えた。 1位がスーパーバイク仕様のYZF750(YAMAHA)だったという事を考えれば(完 全に反則だよな、これ(笑))事実上の優勝だった。 レース終了後、京間が望に言った。 「ひょっとしたら、俺達はとんでもない人材を集めたのかもしれないぞ、清川さん」 うなずきながら望が答える。 「なんか、身体が震えてきたよ」 「武者震いってとこか?」 「そうかもね」 「判るような気がするよ、鈴鹿が急に近くなったからな」 「うん」 だが、望の心には暗い影が差していた。 『・・・公くんは、藤崎さんのために走ったんだ』 to be continue RZM「11」 (第3集)