(第4集) 第16回 「それぞれの決意」 「なんだか久しぶりね。メグ」 だが、この日は少し様子が違っていた。 愛が車に乗ってきたのである。 赤いその車体は、軽自動車の規格でありながら、FR、2シーターというレイアウト を与えられた、カプチーノだった。 「そうかぁ、メグも車に乗るのね。・・・でも・・・」 首をかしげた詩織に愛が聞いた。 「でも、意外? 私がこれに乗るって?」 愛が中断された詩織の言葉を継いだ。 それが正しかった事は、詩織がうなずいたことで証明されていた。 「だって、メグだったら、もっとかわいい感じの車に乗ると思っていたから・・・」 「え? そうかな? この子もなかなか可愛いと思うんだけど・・・」 「・・・」 すっかりカプチーノに感情移入してしまった愛の返事に、詩織は少しばかり絶句して しまった。生き物ではないものに、そういう言い方をするのは、女子の中では、まま、 あることではある。が、詩織にはどうにも馴染めなかった。 (私もです)(笑) そんな詩織に構わず、愛が続ける。 「この子は、親戚のおじさんが長いこと乗っていたんだけど、私が免許を取ったって聞 いて、安く譲ってくれたの。 最初はコツンコツンとぶつけるからって」 そう言って、愛はペロリと舌を出して苦笑いを浮かべた。 「選択の余地はなかったわけね・・・」 納得したような口調で答えた詩織は、カプチーノを改めて見直した。 そう言われてみれば、確かに車のあちこちに細かな傷などが見え、全体的に年式の古 さが漂っていた。 だが、それでも、愛が乗るには十分の整備と、十分過ぎる改良(笑)が施されてい た。 「で、今日はどうしたの?」 詩織の問いに愛が答える。 「うん。せっかくだから、一緒にどこか行かないかな? と思ったの。 どう? 詩織ちゃん?」 愛が言った言葉、それ自体は別段変わったところはなかった。だが、その物腰と言う か、雰囲気と言うべきか、ともかく、そう言ったものに、多少、不自然な成分が含まれ ていた。 それを感じとった詩織が、なぜか、ふと、意地悪そうな笑みを浮かべながら、愛に聞 いた。 「それで早乙女くんは?」 「え?」 「早乙女好雄くんはどうしたの? 私より、彼を誘うのが先なんじゃないのぉ?」 その言葉自体よりも、その口調が、言外に十分に愛を冷やかしていたため、愛は顔を 赤らめながら、首を振った。 「な、なんで、そこに早乙女くんが出てくるのよぉ」 「なんで、って言ってもねえ。大方、早乙女くんの都合がつかなかったから、しょうが なく、わたしのとこへ来たんでしょ?」 愛は何も言わなかったが、その表情が詩織の推測が正しい事を物語っていた。 「もう、いじわる」 愛が真っ赤な顔で、頬を膨らませる。 その様子が、少々しゃれにならないような雰囲気を漂わせたので、『ちょっと、やり すぎたかな?』と詩織は内心で舌を出した。 「分かったわ。一緒に行きましょう。・・・もちろん、メグの運転でね」 それは愛の機嫌をとると言う意味もあったが、自分の車なのだから、と言うこともあ った。もっとも、その後、詩織はその事を後悔をすることになるのだが・・・。 「ふう、気持ち良かった。やっぱり、きらめき峠は走りやすいわね」 「・・・そ、そうね・・・。」 その数十分後、詩織と愛はきらめき峠、頂上の展望台にいた。愛が運転するカプチー ノは、詩織に、まったく”違う意味で”の恐怖を与えていた。冷や汗を浮かべながら、 助手席で身を硬くした詩織だった。 『ああ、怖かったぁ。メグ、よく免許取れたわねえ』 ようやくついたと言う安心感からか、手すりにぐったりともたれながら、詩織はそん な事を思っていた。(笑) 「・・・なの? 詩織ちゃん」 「え? なに?」 気が抜けたため、愛の言葉が全く耳に入っていなかったため、自分の名前を呼ばれ て、慌てて詩織は聞き返した。 「んもう、どうしたの? 詩織ちゃん? ぼうっとしちゃって?」 「ううん、なんでもないの。ごめんね。なんだったの?」 「だから、大学に行きながら、レースもするって本気なの?」 「・・・早乙女くんね」 ”まったく”と言いたげな表情で、目をつぶりながら詩織がつぶやいた。 どこから聞き出したかは知らないが、情報通の早乙女好雄のことである。かなり早い 段階から、知ったことだろう。それが付き合っている(本人達にはそのつもりはないの かも知れないけど)愛の耳に届くのに、さほどの時間が掛かるとは思えない。 詩織のあきらめと言うべき表情に、愛が続けた。 「本当なのね?」 「ええ。早乙女くんの情報網には、驚かされるわね。 で、それがどうしたの? メグ?」 「私、詩織ちゃんが、そんな事になっているなんて、全然知らなかったわ。 詩織ちゃん、なんにも言ってくれないんだもの・・・」 『あちゃあ・・・』 詩織は内心で”しまった”と言う表情をしつつ、そう思った。 愛はもっとも親しい友人の一人なのだが、彼女の言う通り、全く話していなかった。 ここ数カ月のどたばたで、そう言うことを話す機会がなかったと言うのは、詩織の都 合で、愛の立場からすれば、進路という大事な事を話してくれないのは、正直言って面 白くないだろう。 「ごめんなさい」 いきなり頭を下げ、詩織は愛に謝った。 「メグに言わなかったのは、本当に悪かったって思うわ。ごめんなさい」 詩織らしいと言えば詩織らしいが、そう面と向かって謝られては、愛の方が恐縮して しまう。愛としても、確かに面白くはないが、詩織には詩織の都合があるというのは判 っているのである。 「ああ、いいのよ、詩織ちゃん。別の怒っているわけじゃないんだから。 ただ、詩織ちゃんが、そこまでモータースポーツに熱くなるなんて、と思ったの。 去年の鈴鹿の時だって、そんなに詳しいようには思えなかったのに・・・」 「私もあの時までは、単なる家のお手伝いにしか思っていなかったのよ。でも、その 後、ちょっと見方が変わって、なんか面白くなったのよ。それもほんのつい最近の事な のよ」 「・・・そうなの。詩織ちゃんが、やりたいと思っているんだから、それはいい事なの よね。良かった」 安心したように言った愛に、詩織に一つの疑問がわいた。 「なに? まさか、私が何かに強制されたりしてる、とか思ったの?」 ともすると突拍子もないような発想だったのだが、それは意外にも的を射たもので、 愛はためらいもせずにうなずいた。 「ちょ、ちょっと、なんでそんな事になるのよぉ?」 苦笑というより、あきれたと言った笑いを表情に浮かべながら、詩織が力のない声で 聞いた。 「甲斐先生」 愛も力のない声で、ボソリとそれだけ言った。 愛の言葉はそれだけだったが、十分言いたいことは判った。詩織の脳裏に、先の尖っ た尻尾を持った甲斐がにやりと笑った姿が浮かび、キョトンとしている愛をしりめに、 クスクスと笑い出してしまった。 「・・・考えてみると、甲斐先生、そんな雰囲気あるわよね」 ようやくのことで笑いを収め、詩織は言った。 「でも、それは違うわ。確かに最初の頃は甲斐先生にのせられた感じがあったけど、そ れはきっかけにすぎないわ。私なりに出した結論なのよ。 もっとも、甲斐先生には、どうにも素直に感謝出来ないんだけどね」 そう言って、再び詩織は笑い出した。 その姿に、心底安心する愛だった。 その後、二人は景色を見たり、とりとめのない話をしながらしばらくすごした。そし て、帰ると言う段になって、愛が言った。 「ねえ、詩織ちゃん、帰りは詩織ちゃんが運転してくれる?」 「え? なんで?」 「詩織ちゃん、運転うまいでしょ? 隣でどんな感じか見てみたいのよ」 愛の提案に、しおりは首を振って否定した。 「だ、だめよ。メグの車でしょ。私が運転するなんて・・・。 それに、そんなに上手いわけじゃないわよ、私」 「そんな事言わないで、お願い。詩織ちゃんの運転する車に乗るの。ちょっと楽しみに してたんだから」 そう言って、顔の前で手を合わせる愛に、これ以上何をいっても無駄だと悟った詩織 は、苦笑いで答えた。 「はいはい。わかったわ。ここも日が陰って寒くなってきて、いつまでもいるわけいか ないんだからね」 「わぁ、よかった。ありがとう、詩織ちゃん」 満面の笑顔を浮かべてそう言った愛だったが、その後、とんでもない世界をかいま見 てしまうことになるのだった。(笑) 夕闇が迫るきらめき峠の下り道、観光客の車両が少なくなる頃を見計らって、走り始 める者達がいた。 そんな”いかにも”と言った外観のインテグラが1台、下りを走っていた。 その中には二人の男が乗っており、ナビシートの男が言った。 「1台、後ろからくるぞ。なんか、速そうだ」 そんな声にドライバーシートの男が答える。 「気にすんな。このインテグラが、そう簡単に抜か・・・」 男は最後まで言葉を続けることが出来なかった。そのインテグラのイン側に、その背 後の車があっと言う間に割り込み、あっさりと抜き去ってしまったのだ。 「か、かぷちーのぉ!!??」 インテグラの二人が、”ひらがな”で合唱した。 その抜き去った車、それは詩織の運転するカプチーノだったのである。 抜かれた側のインテグラの車内では、ほとんど半狂乱で男たちが叫んでいた。 「な、なんじゃ、こりゃぁ!?」 「カプチーノが、なんであんなに速いんだよぉ!!」 「中身、モンスターマシンじゃないのかぁ!? そうじゃなきゃ、こんなに簡単に、イ ンテグラが抜かれる訳ねえ!!」 (腕の差だよ)(笑) 抜いた側のカプチーノの車内、ナビシートで、愛は顔面をひきつらせながら、詩織に 聞こえるか聞こえないか、というような小さな声で言った。 「・・・今、・・・抜いた・・・よね?」 それに反して、詩織はあっさりと答える。 「うん。なんかゆっくり走ってるから、抜かせてもらったわ」 『ゆっくりって・・・』 愛はそれを言葉にはしなかった(できなかった?)。今、愛に出来ることは、右に左 に横に流れる”フロントウインドウ”の景色を見つめることだけだった。 愛はこの時になってようやく、詩織と自分のスピード感覚の違いを実感したのであ る。(もう、遅いけど) そんな愛とはうって変わって、詩織は平然とカプチーノを操っていた。 (まるで、のんびりとドライブするかのように・・・) そして、思った。 『なんか、カーブに思い切って入れるような気がするわ。 ・・・車が軽いからなのかな?』 そんな思いと、声にならない愛の悲鳴を乗せながら、カプチーノはきらめき峠を掛け 降りて行った。(笑うしかないよなあ・・・) 詩織の家の前で、詩織がカプチーノから降り、愛がそれに代わって運転席に座る。 「ちょっぴり、驚いちゃったけど、詩織ちゃんって、やっぱりすごいのね」 ため息混じりの愛の言葉を、詩織は黙って聞いていたが、ふと愛の表情が変化したの に気づいた。 「でも、詩織ちゃん。あんまり、無理はしないでね」 「え? う、うん」 とっさにそう答えたものの、詩織はその言葉の意味が理解できないでいた。 「じゃあね」 そう言い残して、愛のカプチーノが走り去っていくのを見送った後、言葉の陰に隠さ れていた真意がつかめた詩織は、肩を落とし、ため息を一つついてから、静かに笑っ た。 「まったく。早乙女くんは、どこまで耳が早いのかしら?」 そうつぶやいた後、詩織は家の玄関のドアを開けながら思った。 『私って、みんなに心配かけてるのかな? 今回のことで・・・』 「15取ってくれる?」 「うん、・・・はい」 公は望に言われた通りに、工具を彼女に手渡した。 それを受け取る望はと言うと、仰向けになって自動車の下に潜り込んでいた。 ここ最近は自動車を持ち上げるか、下に深い穴を掘り、立ったまま点検整備をすると 言うのが主流になりつつあるのだが、今の望はそうではなかった。 二人がいるのは望の家、すなわち整備工場のある店舗である。 だが、基本的には2輪から、4輪の自動車に手を広げ初めてからまだ間がなく、そう 言った専用の作業場はまだ1台分しかなかった。 それだけなら、それが空いている時間に使えるのだが、それもならなかった。 なぜなら、彼女は、自分の車を整備しているからだ。 (自分の車をいじるのに、会社の設備は使わせない。公私の区別ってやつだね) そして、その車は、それまで望みが乗っていたスカイラインではなかった。 「ねえ、清川さん?」 「ん? なあに? 公くん?」 作業の手を止めずに、望が答える。その金属同士が触れる音を聞きながら、公がさら に続けた。 「う、うん。もう、かなり走り込んでいるんでしょ? こいつで。 それで、どうかな?って思って・・・具合は」 「あは、気になる? そうね。ずばり期待通りって、ところだよ」 「・・・ふーーん。そう。・・・それなら・・・いいんだけどね」 なんとも言えぬ間をもった公の言葉に、金属音が途絶える。 そして、頬に油汚れを付けた望が、車体の下から顔をあらわした。 「何よ、その間は? 言いたいことがあったら言えばいいじゃないの? 公くんらしく ないなあ」 望に正面から切り込まれ、公はあっさりと土俵を割った。 「本当に、これで走るの?」 そう言って、公は軽く車体を叩いた。 望はゆっくりと立ち上がり、その”屋根”のない車体の、助手席側のドアに両手を置 き、ゆっくりと前方から後方に向けて視線を移動させる。そして、たっぷりと間を置い てから、公の問い掛けに答えた。 「冷静に考えれば、公くんが考える通り、性能的にはかなり苦しいことになるかも知れ ないけど、私はこれがいいの」 望はそう言って、今度は後ろから前に向けて、車体を見渡した。 望が選んだマシン。それは純白のユーノスロードスターであった。 望は続ける。 「別に、勝負をあきらめたわけじゃないのよ。 必ず勝てる保証はないけど、最良の選択をしたつもりなんだから」 望の答えは、公に対する答えという物のだけにとどまらず、公に新たな疑問を投げ掛 けていた。疑問と言うより、確認と言うべきだろうか? 公がさらに聞いた。 「やっぱり、勝ち負け、と言うのが入るんだね?」 「う、・・・うん」 公の表情に、不安げな成分が浮かんでいたため、今度は望のほうが口ごもる番となっ た。 「なんで、そんな事になっちゃったんだろう? 詩織との間に、いったい何があったの? 清川さん!?」 望はすぐには答えられなかった。長いためらいの間に、多くの無言の会話が交わさ れ、ようやくのことで望が口を開いた。 「別に、藤崎さんと仲が悪いとか、そういうのじゃないのよ」 「じゃあ、なんで?」 「判ってもらえないかも知れない、とは思うけど、卒業するための、けじめみたいなも のなのよ。 別に、これで何かを賭けるとか、決着をつけるとか、そういう事は無いのよ」 「清川さん・・・」 正直言って、そう言われても、公にはそれがどういう事なのか、全く理解できなかっ た。 だが、望、そして詩織の決心が固いと言うことは、充分すぎるほど判っているので、 これ以上何も言うことが出来なかった。 ただ、一つだけ言うべきことを思い付き、公が言った。 「清川さん」 「?」 「とにかく、無茶はしないでよ。無事にそのけじめを付け終えてね」 「・・・うん」 望は公の言葉そのもの以外に、多くのことが感じとれたため、ゆっくりと、しかし、 はっきりとそう答えた。 その時は、3日後に迫っていた。 to be continue RZM-2「17」 第17回 「詩織の弱点」 「レイも、こんな時間まで出歩いていていいのか? 親父さんやじっさま、何も言わな いのか?」 「お兄さまと一緒ですから、問題ありませんよ。その点では、お兄さまは信用あります からね」 「そんなもんかね」 そう言って、甲斐は複雑な表情を浮かべた。 夜もすっかりふけた、きらめき峠頂上付近のパーキングエリアで、甲斐とレイはプリ メーラに乗っていた。 「で、準備のほうは?」 甲斐の短い問い掛けに対して、レイもその意図をくみ、的確に答える。 「各コーナーに人員を配置して、何かあればすぐに対応できるようにしてあります。 もちろん、目立たないように、・・・ですが」 「それならいい。が、結局、世話かけちゃったな」 「お安いご用ですよ。 元は取らせてもらうつもりですから」 そう言って悪戯っぽく笑ったレイに、甲斐は苦笑いを浮かべるしかなかった。そんな 甲斐に、レイは表情をやや真面目なものそのままにしながら、さらに続けた。 「様子は無線で入ってきますが・・・、どうします? 彼らに教えますか?」 レイはその”彼ら”の方向にちらりと視線を向ける。 それは、公や好雄を含めたきらめき高校の面々だった。 今日のことが気になって、ここにやって来てしまったのは、愛の車、カプチーノで一 緒に(冷や汗をかきながら)来た好雄。 いつの間にやら免許を取り、いつの間にやら、中古のマツダファミリアを手に入れ (ああ、本当にいつの間に(笑))、なぜか沙希と来ていた人思。 ----------------------------------------------------------------------------- 君本人思搭乗 マツダファミリア(E−BG5S)データ ノーマルのまんま 車両価格17万円。中古車ディーラーからGET(笑) (このデータになんの意味があるんだ(笑)) ----------------------------------------------------------------------------- そして、望と公である。この二人も一緒にここまで来ていた。 レイが言う「彼ら」とは以上の6人だった。 「いや、それはいいだろう。途中経過は喋りたければ本人が言うだろうし、余計なおせ っかいになりかねないからな」 甲斐がそう言うと、レイは納得したようにうなずいてから、甲斐に聞き返した。 「でも、清川さんがロードスターに乗るとは意外でした」 「スペックからすれば、古いとは言えRSの方が上のように見えるからな」 そう答えた甲斐の表情に不思議な感覚を覚えたレイが、やや懐疑的な表情で聞いた。 「なにか、ご存じなんですか?」 「いやね。あくまでも想像の域を出ないんだが、なんとなく清川さんの考えていること が判るような気がしてね。ただ、それだけだよ」 「なんなんです? それは?」 「ま、それが正しいのかどうかは、すぐに判るさ」 そこまで言い、甲斐は視線で上り口の方向を示した。 「ほら、もう一人の主役の登場だ」 詩織の180SXは、望を交わした約束とほぼ同時刻にやって来た。 望のロードスターの横に180SXを停め、詩織が降り立つ。 人思や沙希と言う、やや予想外のメンバーに、少しばかり意外そうな表情を浮かべた 詩織だったが、すぐに望のほうに視線を向けた。 その傍らにいる公に、一瞬視線を向けたが、その表情に変化はなかった。 「お待たせ」 「ううん。時間通りだから、気にすることはないよ」 望がそう答えたものの、そこで妙な間ができ、その場にいた誰もが何もいえず、重苦 しいような沈黙が流れた。 特に、詩織と望の間には、決して険悪とは言わないが、一種独特の緊張感が漂ってい た。 その沈黙をとりあえず破ったのが公だった。詩織と望の双方に、せわしく視線を向け ながら言った 「あ、あのさ。こうしていても寒いだけだし、どうにか動かない?」 動くと言っても、この山の上でする事がそうそうある訳もなく、考えようによっては 間の抜けた発言ではあった。が、それがきっかけになったのは確かだった。 すぐに望が続けた。 「そうだね。さっそく、と言うのも変だけど、はじめようか?」 それに対して、詩織は声もなくうなずくだけだった。 他の者も、まるで申し合わせでもしていたいかのように、一言も発することもなく、 二人が乗り込む姿を見つめるだけだった。 ただ一人、公だけが、一瞬、躊躇した後、詩織の180SXに近づいていった。 「どうしたの?」 運転席のドアを開けながら、詩織が聞いた。 「あ、いや、・・・その、気をつけて、というか、・・・あまり無理するなって言う か・・・」 歯切れの悪いその言葉に、詩織は失笑してしまった。 「心配してくれてありがとう。判ったわ。無理はしませんよ」 そう答えた詩織だったが、彼女自身も、また、公にしても、その言葉を額面通りには 受け取ってはいなかった。 「私のほうより、清川さんのところに行かなくてもいいの?」 「え?」 「心配なんでしょ?」 「あ、ああ。・・・それじゃ」 「うん」 そんな会話を交わした後、望のロードスターに近づく公の姿を見ながら、詩織は再び 笑いを漏らした。 「なんで、私がこんな事心配してるのよ」 その声はあまりに小さく、車外にいる人間には、とても届く物ではなかった。 「寒い思いをさして、悪いとは思うんだけど、公くんはここで待ってて。後で迎えに来 るから。 隣に乗せられる余裕は、今の私にはないの」 その公に対して、望はメーター類をのぞき込みながらそれだけ言った。 「うん。判ってるよ。もともと無理して同乗したんだから、待ってるよ」 ともすればつっけんどんな言い方ではあるが、それが望が集中しているからだ、と判 る公も、多くは言わずに、そう答えただけだった。 「じゃあ、始めようか」 望がそう言い、そろそろとロードスターを前に出した。それに続く形で詩織の180 が続き。2台はノーズを並べた。 ----------------------------------------------------------------------------- 清川望 搭乗 ユーノスロードスター(NA6CE)データ ・サスペンション HKSスポーツサス四段減衰調整 ・タイヤ BS RE710 KAI F185/60/14 R 195/55/14 ・ホイール カンパニョーロ マグネシウム ベルトーネ ・タワーバー クスコ ブレーキマスタシリンダストッパー付 ・ブレーキ系 マーベル メタルパッド ロッキードDOT4 フルード ・オイル カストロールRS ・シート COBRA クラブマン スプリント(赤)運転席のみ ・ハーネス シュロス4点(赤) ・ロールバー T−HOUSEキャメルバー ・ステアリング ナルディクラシック レザー ・吸気系 HKSパワーフロー ・点火系 ボッシュプラチナ7番プラグ 永井電子シリコンコード ・ライト レイブリック ・ミラー ビタローニ レーシング ・エアロ M2 1002フロントスポイラー リアリップ ・LSD マツダスピード 機械式2ウェイ ・クラッチ マツダスピード メタルクラッチ ・エキマニ マキシムワークス エキゾーストマニホールド ・マフラー スーパートラップ or HKSスーパードラッガー ・ロールバー オクヤマ6点ロールケージ サイドバー装備 ・ステアリング ナルディ コンペティション ・点火系 スプリットファイア8番プラグ ・各部軽量化 ----------------------------------------------------------------------------- 藤崎詩織 搭乗 180SX(S13)データ ここまで来たら書けましぇ〜ん(笑) ----------------------------------------------------------------------------- 「180SXが前です」 車の中、無線からの声に、レイは甲斐の表情に目を向けた。 甲斐がそれを聞いていたことは確実だが、興味がなさそうに無表情のまま、窓の外の 暗闇を見つめるだけだった。 レイはそれを頼もしそうに見つめ、静かに笑いながら無線機に視線を落とした。 スタートして最初のコーナーを取ったのは、詩織の180SXだった。 それはマシンの性能差を考えれば充分有り得る事ではあったが、多くの人間がその場 にいれば、そのうちの何人かは、望のロードスターが”譲った”と見えたかも知れな い。そんな感じであった。 そして、そのオーダーはしばしの間変わることはなかった。 漆黒の闇を二対のヘッドライトが切り裂き、二つの白い車体は、まるで連結されたか のように一定の距離を保ちながら、きらめき峠を駆け降りて行く。 そのエギゾーストさえ一つにさせて。 そのころ、山頂で待つ公達は、寒さの中、ひたすら時間を過ぎ去らせていくだけだっ た。 白い大きな息を吐いた沙希に、人思が心配そうに声をかけた。 「寒いから、虹野さんは車の中にいれば?」 「いえ、いいんです。何ができるわけでもないですが、ここにいます。あの二人とはい ろいろありましたし、じっとしていられないんです」 「そう、それならいいんだ。無理にこんなところまで連れ出して、嫌な思いをさせてし まったかな? と気にしてるんだ」 「そんな事はないですよ。連れてきてもらって助かりました。私一人じゃ、なかなか来 れませんでしたから」 「そう? それならいいんだけどね」 安心したように人思がほほ笑むと、沙希の頬に、寒さのためとは明らかに違う赤みが さした。 その様子をすぐそばで見ていた好雄が、愛に小声で聞いた。 「あの君本ってどういう人なの?」 「いえ、私も良くは知らないんです。詩織ちゃんにそういう幼なじみがいると言う話は 聞いた事はあるんですけど、詳しい事は・・・」 「ふーん。そうなのか」 頭の後ろで手を組み、釈然としない表情で好雄はそうつぶやいた。 彼には沙希が、公以外にそんな表情をすると言うことが、目の前で起こっている事に もかかわらず、どうしても実感できなかったのである。 しかし、同時にこうも考えた。 『考えてみれば、あの鈴鹿から7カ月。そうなっても、別に不思議はない頃か・・・』 そう考えると、今の公の心境が(完全な野次馬根性で)知りたくなり、好雄は声をか けようとした。 「おい、公・・・」 だが、それは半ばで途切れてしまった。 今のこの場の状況を、公は全く意に介していなかったのである。 もともと、ここに来た理由を考えれば、公が何に神経を向けているのかは明確なこと である。その程度の推論は好雄にもたやすいので、好雄はさりげなく質問を変えた。 (どこがさりげなくなんだか・・・) 「なあ公。どうなってると思う?」 実のところ、好雄は質問に対する明確な答えを、公から聞き出せるとは思ってはいな かった。なにしろその対象は、はるか彼方にいるのである。 「競り合ってるよ」 だが、公の答えは予想に反して断定的なものだった。 「なんで判るんだよ? そんな事!?」 「スキール音が重なって、ほとんど一つに聞こえるだろ? 同じ速さで同じポイントを 抜けてるって事さ。どちらが前かは判らないけどね」 「!?」 あっさりと公は言ったが、好雄には衝撃的だった。 確かに、言われてみればそんな音が聞こえるような気はする。だが、他の車の排気音 等も聞こえているのである。にわかにはその違いの判断はつきかねた。 だが、もし公の言う通りだとすれば、公自身、恐ろしいまでに集中していると言う事 であり、好雄には現在の気温以上の寒気さえ感じたのであった。 「公、お前・・・」 力なく言った好雄の言葉は、公の耳には全く入ってこなかった。 はたして公の推測は、事実その通りだった。 コーナーの出口で多少の差が開くものの、コーナーが迫ると、ほとんどその差はなく なり、同時にタイヤが悲鳴を上げ、車体が進行方向に対して横に向いていた。 もし、ここ、きらめき峠で、何度も人の車が走っている光景を見ている者がいれば、 その2台の速度が、今までかつて、誰も辿り着いたことがない次元の速さだという事に 気が付いたかも知れない。 低い路面温度をものともせずに、180SXとロードスターはアスファルトに、もつ れるようなブラックマークを刻み込んでいった。 「ワンエイティが前、ロードスターが後ろなんだな?」 甲斐が無線機に問いただすと、力強い声で返答があった。 「はい。依然、そのオーダーは変わりません。180SXに張りつくようにロードスタ ーがいます」 「やっぱりな」 その返事に対して、小さな声でつぶやいた甲斐の声をレイは聞き逃さなかった。 「やっぱりってどういう事なんです? なにか判っているんですか?」 事態の見えないもどかしさに、多少、声を荒げて言ったレイに対して、甲斐は落ち着 きはらい、それに見合う冷静な声で答えた。 「なに、そんなに難しいことじゃないさ。 恐らく清川さんも俺と同じ推測をしたんだろう。そして、それが事実だった。それだ けの事さ」 「だから、それはどういう事なんですか!?」 「藤崎さんの弱点に気が付いたのさ」 そう言った甲斐の表情は、レイでさえ滅多に見た事のないような真剣なものだった。 「藤崎さんの弱点って、一体何なんです!?」 甲斐の口から放たれた意外な単語に、レイは多少なりとは言え、冷静さを失ってしま った。 「まあ、落ち着けよ。別に、それでお前がどうこうなる訳でもないし、それが彼女の致 命的な弱点と言うわけでもないんだ」 真剣な表情でいながら、軽く笑みを浮かべる甲斐を見て、レイも落ち着きを取り戻し てきた。 それを見計らって甲斐が続ける。 「簡単なことさ。藤崎さんは競り合いには慣れてない。はっきり言えばバトルに弱いん じゃないか? と言うことだよ」 たえずバックミラーに写るロードスターのヘッドライトに、詩織は表現の出来ない息 苦しさを感じていた。 冷静な時ならば、それが「プレッシャー」という単語で表現される事に考えが至った のであろうが、今の彼女にはそんな余裕はどこにもなかった。 その重圧にさいなまれながらも、長年に渡って培われ、身体で憶えた詩織のテクニッ クは、180SXを最速ラインから外すことなく、そのコントロールが破綻することは なかった。 だが、詩織の形の良い唇からこぼれた言葉は、彼女の意志に関わらず、その心情を表 す弱々しい口調のものだった。 「・・・振り切れない・・・」 to be continue RZM-2「18」 第18回 「決着」 「つい、藤崎さんの速さに目を奪われ、見落としてしまうんだが、彼女自身にレース経 験があるわけじゃないんだ。 普通、レースとなれば駆け引きとか、読みあいのようなもんが勝負を左右することが 多い。その経験が彼女にはない。それは接戦になった時、大きなウエイトを占めてくる ぞ」 山頂のプリメーラの中で無線での”実況中継”を聞いた甲斐が、その解説をレイにし ていた。 もっともその口調は解説者というよりも、教師そのものの口調だったが・・・。 甲斐が続ける。 「その点、2輪で、とは言え清川さんの方は場数を踏んでいるから、これはかなりのア ドバンテージになるよ。 同じ速さで走るなら、後ろのほうがずっと有利だ。もし、清川さんが俺と同じ考えだ とすると、後ろからプレッシャーをかけつつ、タイヤを温存するという作戦を取って、 充分うなずけるな。 もっとも、藤崎さんのあのスピードについていくだけでも、そうとうなもんだ。そう とう走り込んだに違いないな」 なかば感心したように甲斐はそこまで言ったが、その直後、内心で思った。 『それともついていくのがやっとで、抜ける余裕なんてないのかな? 前に出なきゃ、 絶対に勝てないんだぜ、清川さん』 実際、望にもそれほどの余裕があるわけではなかった。むしろ逆で、詩織とは全く違 ったプレッシャーと彼女も闘っていた。 それは、”一旦離されたら置いていかれる”という緊張感である。 必死で追い掛け、詩織に隙あらば、ミスでもしようなら抜きに掛かるつもりでいたの だが、残念ながら、ここまで詩織にそういったことは皆無と言って良かった。 しかし、それでも望は悲観はしていなかった。確かに苦しい状況ではあるが、それは あくまでも予測していた事態の範疇だったのである。 彼女には勝機が残されていた。 「あと3コーナー」 誰に言うでもなく、望はそうつぶやいた。 「すると、清川さんは追い掛けるのに都合がいいように、取り回しの良いロードスター を選んだ訳ですか?」 甲斐からの”解説”を聞いたレイが、自分なりの推測を言った。 それに対して、甲斐はにこやかに笑いながら答えた。 「うーん。良い解答ではあるね。 だけど、それだけだと80点ってところだな」 鳩が豆鉄砲を食らった。その時のレイの表情は、まさにそんな感じであった。 なにしろ、先程からの甲斐の口調は、教師のそれを連想されるものだったし、この発 言に至っては、生徒の解答に採点を付けるという構図そのものだったからである。 そんなレイに関わらず、甲斐は話を先に進めた。 (そうしてくれないと、話が進まないんだよ(笑)) 「これも、仮に、という話になるんだが、清川さんが俺と同じ考えをもっていたとした ら、ロードスターが有利という状況で仕掛けるポイントが、一つだけある。彼女は、そ こに賭けるだろうな」 「それはどこなんですか?」 「すぐさ。少し長いストレートと直後の右ヘヤピンさ」 「ここ!」 甲斐の言うポイントにさしかかった時、望は無意識のうちにそう叫んだ。 そして同時にロードスターの車体を、左に振った。それは、今日、望が見せた初めて のオーバーアクションだった。 「!?」 直線ということでバックミラーを見る余裕があった詩織は、その動きに少なからず動 揺した。本能的に180SXを左に寄せる。 その瞬間、いや、それを見越していたように、そのコンマ数秒前に、ロードスターは 逆の方向に車体を向けていた。 つまり、次のヘヤピンのイン側にあたる右側にである。 次の瞬間、ロードスターはそのノーズを、180SXとイン側のガードレールの間に 割り込ませていった。 それは「並んだ」という物ではなく、前を行く車がイン側を「締め」れば、抜くこと の出来ない差はあった。しかし、現実にはそれはできなかった。次のカーブに備えるブ レーキングが、わずかに180SXの方が早かった。 そのわずかな差の時間で、ロードスターはイン側に滑り込み、180SXのイン側の 自由度を奪う。 2台の白いマシンが、アクロバットさながらにコーナーをクリアしていく。そして、 有利なイン側にいたロードスターがコーナー出口で前に出た。 見る者が見れば、絵に描いたような展開だと言うだろう。 こと、このコーナーに限って言えば、勝負は詩織が望の動きにつられて、左側に寄せ た時についていたのである。 望の作戦勝ちだった。 「いったい、何があったんです!?」 無線からロードスターが前に出た、と聞いても、事態が飲み込めないレイが、甲斐に 食い掛かるように聞いた。 「ブレーキングの差だよ」 甲斐の口調は、先程までと変わらず、いや、さらに落ち着いたものになっていた。 「ロードスターは軽いからな。かなりブレーキングを我慢できる。 ラインさえ確保できれば、前に出ることは不可能じゃないさ」 そこで一息ついてから、甲斐は車の天井を見上げながら続けた。 「おそらく、清川さん、その前になんらかの揺さぶりをかけたんだろう。そうでなけれ ば、藤崎さんが最速ラインを外すとは思えない。直線だから、どうしたって後ろを見る さ。 そこが経験の差という奴だな」 レイは甲斐の”解説”に感心したようにうなずいた。そしてレースというものの奥深 さを感じた。 だが、甲斐は、これで望が勝ったとは思えなかった。口にこそ出さなかったが、この 先の展開を考えていた。 『ここで前に出たのはいいが、この先のことは考えていたのかい、清川さん? 確かに有利な状況ではあるが、一カ所だけ、絶好のパッシングポイントがあることを 知らないわけはないだろう。 今度は逆の立場だ。後ろになった藤崎さんが冷静さを取り戻したら、苦しいことにな るはずだぞ』 (あんた、どっちの味方や!?) 甲斐の予想した通り、ロードスターのテールランプを見ることとなり、未経験のプレ ッシャーから解放された詩織は、急速に冷静さを取り戻していた。 速いとか遅いという概念が、自分が走っている時にはなかった詩織だったが、抜かれ たという事実に、ほんの一瞬ではあるが自失してしまった。 それでも、冷静となり、ロードスターについていくうちに、一つの事実に気が付き始 めた。 『私のほうが速い?』 その車間は、離れたり近づいたりで、絶えず一定間隔というわけではないが、総合的 に考えると、自分のほうが速い。自分一人で走っているなら、もう少し速く走れるはず だ。詩織はそう考えていた。 だが、多少の速度差では抜くまでには至らない。望がラインを外さないからだ。むし ろ、走りのリズムが崩れる危険性のほうが、可能性としては高かった。 望が前に出たのは、前にいながらプレッシャーをかける事ができると、そこまで考え たのだ。もっとも詩織にそこまで考える余裕はなかったのだが。 (経験が少ないから、それがかえって幸いしたわけだ) 余裕がない事はあまり変わりがないのだが、それでも、詩織は後ろから、望の走りを 観察する事ができるようになっていた。理詰めではなく感覚的なものでしかないが、自 分と望の走りの性質の差が段々とつかめてきていた。 「あそこしかないわね」 結論が出た時、詩織はそう独り言を言った。 望にしても考えは同じだった。 彼女は詩織と違い、(2輪でとは言え)後ろにつかれた経験は多い。プレッシャーは 感じるものの、それをコントロールすることはできた。 しかし、わずかに自分より速い追走車の存在は、彼女の緊張感を高めていることは間 違いがなかった。 『それでもミスをしてラインを外さない限り、抜かれる事はないわ。 勝負は結局、あそこと言うわけね』 二人が同時にそう考えた地点は、すぐそこに迫っていた。 きらめき峠のふもと付近、すなわち、下りのゴール手前に、一部分だけ片道2車線に なっている左コーナーがある。 下りの場合、奥に行くにしたがってRがきつくなり(カーブがきつくなると言う事で す)、走り方によって最良のラインが複数存在する地点で、最大のパッシングポイント (抜き所)と呼ばれている。 2台は当初からの競り合いを演じつつ、そこにさしかかった。 ターボチャージャーの加速を生かし、詩織は180SXをロードスターの右側につけ る。それは次のコーナーのアウト側になるが、望がインを開けなかったため、そこに行 くしかなかったのだ。 そして一瞬2台は並びかけるのだが、ブレーキを遅らせたロードスターが前に出た。 2台はそのままドリフトへと移行し、縦に連なりながらクリッピングポイントに向け て車体を滑らせる。2台の違いがそこから出た。 イン側につき、クリッピングポイントを手前に取った望のロードスターは、コーナー の出口に向けてイン側のラインを確保しきれない。 徐々にではあるが、イン側にスペースが生じはじめた。 対する、詩織の180SXは奥にクリッピングポイントを取った。早めに制動をか け、出口に余裕を持たせたのである。それは詩織の頭脳ではなく、身体がその経験から 考え出したラインだった。 2台のラインが交錯した。 ほんの数センチの間隔でインとアウトが入れ替わった2台は、並んだままコーナーを 脱出した。 そして、前に出たのは180SXだった。 エンジンパワーを抜きにしても、コーナー出口、すなわち加速に重点を置いた180 SXに、ロードスターは先行を許す結果となった。 勝敗は決した。 「ワンエイティです! ワンエイティが前です!!」 無線からの興奮したようにも聞こえる声が、プリメーラの車内に響いた。 「・・・そうか・・・」 そう言った甲斐の横顔を、レイは興味深そうに見ていた。 それまでは、あれほど饒舌だったにもかかわらず、急に無口になり、考え込むような 表情で水平方向の夜空を見つめるだけになってしまった。 「どうします? 待機させている人たちは?」 しばしの沈黙の時間を経た後、レイが聞いた。そこには申し訳なさそうにしながら も、こらえ切れないと言った笑顔があった。甲斐がそんな風に固まってしまうのは、レ イに取って滅多にないことだったからだ。 そんなレイの心情が伝わったのか、甲斐は苦笑いを浮かべながら、それでも口数は少 ないままに答えた。 「ああ、引き上げよう。 俺たちも帰ろうか」 「はい」 明るい声で返事をした後、無線で指示をするレイを横目で見ながら、甲斐はプリメー ラを発進させた。 詩織と望は、どちらからともなく車を路肩に停めた。 ほとんど同時にドアが開き、ゆっくりと二人は歩み寄った。 「・・・お見事。さすがだね」 ためらいがちに望が言った。 「たまたまよ。次はどうなるか判らないわ」 詩織はそう答えた。それは謙遜でも何でもなく、心底そう思っていた事だった。 今回は望みがマシンを変えたばかりであったし、4輪そのものに乗ってから日が浅い ことを考えれば、それも当然と言えた。 「次か・・・、あるのかな?」 「・・・そうね。どうかな?」 二人はそう言った後、しばし感慨にふけった。 もうすぐ卒業なのだ。二人がごく当たり前のように会えるとは限らない。また、今日 のような機会が巡ってくるとも限らない。 そんな事に思いが及び、望が寂しそうに言った。 「卒業なんだね。私達」 「そうね」 お互いに上手い言葉が出てこない。もどかしさと共に静寂が流れ、寒風が二人の間を 駆け抜けて行った。 寒さに首をすくめ、望が凍えた声で遠慮したようにも聞こえる口調で言った。 「それじゃあ、私、そろそろ行くね。公くんを迎えに行かないといけないから。 藤崎さんはどうするの?」 「私は一人で来たから、このまま直接帰るわ」 「そう、それじゃあね」 「うん」 お互い、もっと話す事があるような気がしたのだが、結局何も言えず、自分の車に戻 って行った。 そして望がロードスターのドアノブに手をかけた時、詩織が声を上げた。 「あ、清川さん」 「?」 なんだろう?という感じで望が視線を向けると、詩織がにこやかに笑いながら望に向 いていた。 「公くんの事、お願いね」 「え? う、うん」 「じゃあ」 詩織はそう言ってうなずき、180SXに乗り込む。 そして、その言葉の意味を察し、何か言おうとする望を残し、闇に向かって走り去っ ていった。 その車内、何か身体中から力が抜けたような、心地好い倦怠感のようなものを感じな がら、詩織はぽつりと言った 「なんかスッキリしちゃったな」 「お待たせ」 望のロードスターが公達の待つ山頂へと戻ってきた。 「清川さん、・・・詩織は?」 心配そうにそう聞いた公に、望は笑顔で答えた。 「大丈夫、無事に終わったわよ。先に一人で帰ったの」 それを聞いた公は、安心した表情になり、大きく息を吐いた。そして、ためらいがち に言った。 「そう。・・・それで、どうなの?」 その質問の意味を正確に読み取った望が、ペロッと舌を出して照れくさそうに笑いな がら答えた。 「へへ、負けちゃった。完敗でした。 でも、なんとなく、スッキリした気分なんだ」 屈託もなく笑う望につられるように、公や人思達も笑った。 その笑いが収まると、望は、好雄、愛、人思、沙希、そして公という順に見回して、 ゆっくり頭を下げた。 「みんな、心配かけちゃってごめんね。それから、ありがとう」 「いいんだって、こっちが勝手に来ただけなんだから」 その場にいる者を代表して言ったのは好雄だった。 「そう言ってくれると、助かるな。 じゃあ、そろそろ帰ろうよ。なんか疲れちゃって・・・」 そう言った望の言葉、それが合図にでもなったように、6人はそれぞれの車に戻って いった。 シートに座り、人思を除く5人、それぞれが「何かが終わった」という感覚を覚えて いた。 to be continue RZM-2「19」 SS RZM PART-2(FINAL) 8 7 | 9 | 10 レッドゾーンメモリアル PART2 | / - -RED ZONE MEMORIAL-2 | / 11 Let's dancing | / -- 第19回 「ファイナル」 |/ -- −−−●−−−−− -- /| ×1000rpm −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 春早い3月、きらめき高校では卒業式が行われた。 長い卒業式が終わり、生徒達は送り出す者、送り出される者、それぞれの立場での別 れを惜しんでいた。 その中、詩織は2階の廊下の窓から、「伝説の木」と呼ばれる木がある方向へ走って いく公の姿を見つめていた。 「相手が誰だかは、察しがついているようだな」 「甲斐先生」 その背中に声をかけた相手に、詩織は振り向きながらその名を呼んだ。 「どうして、こう何とも言えないタイミングで姿を表すんですか、先生は?」 彼女にしては珍しい、藪睨みの表情(それは詩織が相手に対してうちとけている、と 言う事でもあるのだが)に、甲斐は軽く声を上げて笑った。 「まあ、幼なじみの二人とも取り逃がしたとあっては、面白くもなかろうが、これも良 い経験と言う奴だよ」 「べ、別に公くんとはなんでもないし、トシくんだって何とも思っていません!! ・・・なんで先生が、トシくんの事知ってるんです?」 「ははは、まあ、それは秘密だ」 『・・・本当に底が見えない人ね』 詩織はそう思った。なぜかとんでもない情報まで知ってる事こともそうだが、今の言 葉でも、かなりその内容は辛辣で、デリカシーがのないとも言えるのだが、不思議と気 分が悪くもならず、怒る気にもなれない。そう言ったキャラクターなのだろう。 『この人なりに、励ましているつもりなのかしら?』 そう思うと、救われたような気さえしてくるから、不思議なものである。 なんにしても、これからは甲斐とはかなりの関わりあいを持つことになるのだ。何事 も好意的に捉えた方が良いだろう。 「じゃあ、失恋の痛手を癒すためにも、先生に何かおごってもらおうかな?」 「おいおい、いきなり認めたな。だが、だからと言って教師にたかると言うのは良くな いなあ」 「あら? 私はもう卒業したんですよ。先生と生徒じゃありませんよ」 「友達とかと約束はないのか?」 「”今日は”ないんです」 「・・・判った。駐車場で待ってろ。会議が終わったらすぐ行くから」 「先生、優しい」 「大人をからかうんじゃないよ」 そう言って、一応は諭した甲斐だったが、校内でも屈指の美少女と呼ばれた詩織に、 そんな事を言われれば、多少の動揺は防ぎようがない。 それを隠すためか、甲斐はくるりと踵をかえし、そこから歩き去っていった。 「先生」 詩織がそれを呼び止めた。 「ん?」 首だけ振り向いた甲斐の視界に、スカートの前で両手を重ね、姿勢を正して立つ、詩 織の姿があった。 「いろいろありがとうございました。 そして、これからよろしくお願いします」 そう言って頭を下げた詩織に、甲斐は照れ臭そうに笑いながら視線を前方に向け、歩 きながら右手を上げた。 その姿が角を曲がり、見えなくなるまで見つめていた詩織は、大きく背伸びをした 後、ゆっくりと辺りの校舎を見渡した。 「さてと」 そして、小声でそう言い、小走りで軽やかに駆け出していった。 RZM2 レッドゾーンメモリアル2 ALL STAFF 出演 主人 公 清川 望 藤崎 詩織 早乙女 好雄 君本 人思 如月 未緒 美樹原 愛 虹野 沙希 朝日奈 夕子 紐緒 結奈 古式 ゆかり 館林 見晴 伊集院 レイ 甲斐 秀一 制作 鈴鹿8時間PROJECT 企画 原作 執筆 鈴木 良和 キャラクターデザイン イメージCG制作 矢島康之 シリーズ構成 設定監修 浅野光耳 協力(敬称略) ハードウエアサポート ソフトウエアアドバイザー 霧島 技術アドバイス 甲斐秀一 校正協力 A.H 取材協力 TEAM SHERATON HAMAMATU 参考資料 「頭文字D」講談社 Special Thanks (株)ニフティ NIFTY−serve (株)KONAMI ときめきメモリアルSS専用PATIOを 運営してくださった方々。 感想、ご指摘などをくださったすべての皆様 そして、ここまで読んでくださったすべての皆様 THE END SUZUKA8H PROJECT 1998